「バレンタインデー?」
「ええ。この時代ではそういった名の祭りが催されているのだとか」
今日、二月十四日はバレンタインデーという記念日で、人里では友人や恋人に贈り物をする日らしい。買い物から帰ってきた屠自古がそう教えてくれた。
「特にこの菓子を贈るみたいですよ」
屠自古はそう言って、薄い板状の包みを差し出してきた。包みを開いてみると、表面がデコボコになった茶色の板が現れた。何だか変な色合いで、私がこれは本当に食べ物なのかと訝しんでいると、屠自古が悪戯っぽく笑って言った。
「大丈夫ですよ、太子様。私も店で試食させてもらいましたが、おいしかったですから」
そう言われては仕方がないので、小さく齧ってみた。
硬い手触りとは違い、板は簡単に折れた。チョコレートとやらは口の中に入った途端に溶け始め、歯を立てた時にはドロっとした不思議な感触がした。けど、味はもっと不思議だった。
「甘い……いや、何というのでしょうか、これは」
「おもしろい味ですよね。甘いのだけど、少しほろ苦いというか。幻想郷でも割と最近、入ってきたとかで、里中でみんな噂していましたよ」
私たちが生きていた頃から考えれば、遠い未来の産物ということか。遥かな時の流れを感じながら、もう一口、今度は大きめに齧ってみる。すぐに噛まずに、舌の先で転がしてみると、何とも言えない柔らかい波が口内を満たした。
不意に、屠自古がじっと私を見ているのに気が付いた。袖で口元を隠しているが、目が笑っていた。
「太子様ったら、まるで子供みたい」
彼女からは“神子様をからかいたい”という欲が聴こえてきた。
「子供とはなんですか、私は君よりも年上ですよ」
「だって、菓子を食べてそんな幸せそうな顔をされるなんて、まるで布都みたいですよ」
さすがにそれには傷つく。一応まだ若いつもりではいるけど、そこまで子供扱いされたいわけじゃない。
「ふふっ、冗談です。結構いっぱい買ってきましたから、後で布都も呼んで一緒に食べましょう」
「……そうですね。あれも甘味が好きですから、喜ぶでしょうね」
まだ釈然としない部分はあったが、夕食の準備を邪魔する訳にはいかない。屠自古は買い物袋を抱えると、台所へと飛んで行った。
「あっ、そういえば、こないだ買ってきたケーキとかいう物も買ってきましたよ。チョコレート味の」
ぴくっ。魅力的な単語に思わず振り向く。
すると、屠自古はニヤッと私に笑いかけて、さっさと消えてしまった。
やられた。私はきっとまた、彼女の言う子供っぽい表情をしていたのだろう。いつまでたっても、彼女にはからかわれっぱなしだ。
けれども、仕方がないじゃないか。先日、私の誕生日であった二月七日に買ってきてもらったケーキ。あんなにおいしい物は今まで食べたことが無かった。あの生クリームなどという真っ白でふわふわしたのが食べれるだけでも、千四百年も眠っていたのも無駄ではなかったというものだ。
そうして、ぼんやりとチョコレートケーキに想いを馳せていた時だった。
「うおーい、誰かいるかー?」
間の抜けた声と共に、芳香が現れる。いつも通り手を前にピョンピョン跳ねながらこっちに迫ってくる姿は、恐ろしさよりもおかしさが際立っていた。
「芳香、何か用ですか?」
「あっ、太子様だー」
おや、今日はちゃんと私のことを覚えているのか。
キョンシーである芳香はあまり記憶力が良くない。私のことはおろか、自分の主人すら忘れることもあるという筋金入りだ。
「伝言でーす。せーがさまが遊びに来るぞー。ってせーがって誰だ?」
ほら、さっそく。
ってあれ。
「今日、青娥が来るのですか?」
「うん。ん? せーが?」
ついこないだ遊びに来てくれたばかりなのに。青娥が来てくれると分かると、自然と胸が高まってくるのを感じた。
青娥は私に道教を教え、仙人にしてくれた、いわば師匠のような存在だ。だから、彼女が私の元に来てくれると、嬉しくってたまらなくなる。
そうだ、彼女にもこのおいしい菓子を紹介してあげよう。
「うーん、せーがせーがせーが……」
私がワクワクしている一方で、芳香はまだ青娥のことが思い出せないらしい。かといって、私にはどうすることも出来ない。前に青娥のことを思い出させようとしたが、上手くいかなかった。どうも、彼女は目の前にいない人物のことは認識できないようだ。
ふと、手に持ったままのチョコレートを思い出す。私は食べかけの部分は千切って左手に握り、大きい方を芳香に差し出した。
「芳香、お使いご苦労様です。疲れたでしょう、これでもお食べなさい」
キョンシーは死んでいる身でありながら大喰らいで、先の神霊騒ぎでは大量の欲霊を食べて、随時燃料補給しながら巫女たちと戦っていたらしい。こんなおいしいお菓子を食べたなら、思い出せない主のことなんて頭の中から飛んで行ってしまうだろう。
「いらない」
それなのに、芳香は首を横に振った。
私は驚いた。芳香が食べ物を拒否するなんて、初めて見たからだ。確かに彼女から聴こえる食欲は普段よりも大人しい。私は包みに入ったチョコレートを机の上に置いて尋ねた。
「どうしてです? お腹が空いていないのですか?」
「それ、飽きた」
飽きたとはどういうことだろう。この未来の食べ物を、すでに口にしたことがあるのだろうか。しかも飽きたということは、それなりの量を食べたということだ。だとすれば、誰に与えられたのか。
「こんにちは、豊聡耳様」
突然、真後ろから声をかけられる。穏やかで、余裕に満ちているその声は、考え事に夢中になっていた私の心を乱した。
「……青娥、随分と早いご到着ですね」
動揺を悟られぬよう、溜め息を混ぜながら振り向く。
霍青娥。“壁をすり抜けられる程度の能力”を持つ彼女はいつだって神出鬼没だ。いつものように嘘っぽい笑みを張り付け、私に対して首を傾げてみせる。それが、誰に対しても見せる仮面だということが分かっていても、私は自然と微笑み返してしまうのだった。
「あら、芳香に伝言を頼んだはずですけど」
「芳香でしたら、ついさっき来たばかりですよ」
「えっ、もう何やってるのよー。この子ったら」
青娥は呆れたように芳香の前に立つ。青娥本人を目の前にしても、いまだ芳香の頭には主人は戻ってこないらしい。
「あれ? お前は誰だ?」
「また忘れちゃったの? しょうがない子ねぇ」
青娥はそう言って、芳香を抱きしめた。
「私は青娥。青娥娘々よ。あなたのご主人様で、麗しの仙人。ほら、青娥よ、せーが」
ポン、ポン、とリズムよく芳香の背が小さな手に叩かれる。僅かに聞こえる衣擦れの囁きと、芳香の身体の太鼓の音が私を柔らかく包む。
「あっ、せーがさまだ! せーがさま!!」
「ちゃんと思い出せたわね。いいこ、いいこ」
頭を撫でられる芳香。そんなに嬉しいのだろうか。死体になっても、感じられる彼女の温もりとはいかほどの物なのか。どうして、そこにいるのは君なのか。
「豊聡耳様、今日は何の日かご存知ですか?」
まだ芳香を撫でながら、青娥が尋ねてくる。私との会話は、彼女にとってはその程度の価値しか持たないというのか。
「バレンタインデーとやらですか?」
「ええー、何でご存じなんですか。せっかく驚かせようと思ったのに」
ふくれっ面の青娥の手には、いつの間にか小さな袋が握られていた。淡い黄色の布に、紫色のリボンで留められている。
「ま、知っておられるなら仕方ありませんね。はい、ハッピー・バレンタインデーです」
小袋が渡される。それは見た目通り軽く、私は貰った瞬間に落としそうになった。
「こんなおいしい物をやりとりする日を作るなんて、基督もなかなか味な真似をしてくれますよね」
「せーが、おなかすいたー」
「えぇ! さっき、いっぱいあげたじゃないの」
芳香は甘えるように青娥の肩に手をかける。元々、手を前に出した姿勢しか取れないのだから、そうなるのは当然なのだけれど。
「良かったら、これをどうぞ。食べかけですけど」
私は机の上の、包みに入ったままのチョコレートを指さした。
「あら、よろしいんですか?」
「ええ。たくさん買ったと、屠自古が言ってましたから、このぐらい構いませんよ」
青娥は品よくお辞儀をすると、手早く机の上のチョコレートの包みを剥がして、芳香に見せた。芳香はパッ、と顔を輝かせ、青娥の手も一緒に食べそうなほど勢いよく茶色の菓子に喰らいついた。瞬きする間もなく、芳香はチョコレートを食べきった。満足そうな表情で、青娥に笑いかけている。
「おいしかった?」
「うん!」
「そう。それは良かったわ」
青娥はそう言って、また芳香の頭を撫でる。同じことを何度も繰り返しても飽きがこないのは、この行動が習慣として根付いてしまっているからか。
「そうだ、屠自古様と布都様はいらっしゃいますか? お二人にもチョコレートを差し上げたいのですけど」
また、青娥の手には小袋が握られている。今度は緑色、白の二種類だ。
「屠自古は台所だと思いますよ。布都はもう少ししたら帰ってくるかと」
「そうですか、じゃあ先に屠自古様の元へ向かいましょうか。ほら、芳香行くわよ」
「はーい」
青娥が行ってしまう。付いていくのは芳香。私は、いけない。
「それでは豊聡耳様、失礼しますわ」
「さよーならー」
残されたのは私だけ。彼女の羽衣が完全に見えなくなってしまうと、何やら重たい物が身体の中に落ちてきた。
貰ったばかりの贈り物はどうしてか食べる気が起きず、机の上に放り投げてしまった。
どろり。
左の手の平の中がチョコレートで溢れる。すっかり忘れていたそれは完全に溶けてしまっていて、少し床に垂れている。
私はその手に付いたチョコレートを食べ始めた。舌でゆっくりと絡め、指の味を楽しむように丹念と。
私の指は細い。彼女の手は柔らかい。私の爪は長い。彼女の指先はあたたかい。どれだけ意識しても、私は彼女からもう何かを貰えることは出来ないんだ。
「苦い」
すっかり溶けてしまったチョコレートは最初と違って、とても苦みが強かった。
「ええ。この時代ではそういった名の祭りが催されているのだとか」
今日、二月十四日はバレンタインデーという記念日で、人里では友人や恋人に贈り物をする日らしい。買い物から帰ってきた屠自古がそう教えてくれた。
「特にこの菓子を贈るみたいですよ」
屠自古はそう言って、薄い板状の包みを差し出してきた。包みを開いてみると、表面がデコボコになった茶色の板が現れた。何だか変な色合いで、私がこれは本当に食べ物なのかと訝しんでいると、屠自古が悪戯っぽく笑って言った。
「大丈夫ですよ、太子様。私も店で試食させてもらいましたが、おいしかったですから」
そう言われては仕方がないので、小さく齧ってみた。
硬い手触りとは違い、板は簡単に折れた。チョコレートとやらは口の中に入った途端に溶け始め、歯を立てた時にはドロっとした不思議な感触がした。けど、味はもっと不思議だった。
「甘い……いや、何というのでしょうか、これは」
「おもしろい味ですよね。甘いのだけど、少しほろ苦いというか。幻想郷でも割と最近、入ってきたとかで、里中でみんな噂していましたよ」
私たちが生きていた頃から考えれば、遠い未来の産物ということか。遥かな時の流れを感じながら、もう一口、今度は大きめに齧ってみる。すぐに噛まずに、舌の先で転がしてみると、何とも言えない柔らかい波が口内を満たした。
不意に、屠自古がじっと私を見ているのに気が付いた。袖で口元を隠しているが、目が笑っていた。
「太子様ったら、まるで子供みたい」
彼女からは“神子様をからかいたい”という欲が聴こえてきた。
「子供とはなんですか、私は君よりも年上ですよ」
「だって、菓子を食べてそんな幸せそうな顔をされるなんて、まるで布都みたいですよ」
さすがにそれには傷つく。一応まだ若いつもりではいるけど、そこまで子供扱いされたいわけじゃない。
「ふふっ、冗談です。結構いっぱい買ってきましたから、後で布都も呼んで一緒に食べましょう」
「……そうですね。あれも甘味が好きですから、喜ぶでしょうね」
まだ釈然としない部分はあったが、夕食の準備を邪魔する訳にはいかない。屠自古は買い物袋を抱えると、台所へと飛んで行った。
「あっ、そういえば、こないだ買ってきたケーキとかいう物も買ってきましたよ。チョコレート味の」
ぴくっ。魅力的な単語に思わず振り向く。
すると、屠自古はニヤッと私に笑いかけて、さっさと消えてしまった。
やられた。私はきっとまた、彼女の言う子供っぽい表情をしていたのだろう。いつまでたっても、彼女にはからかわれっぱなしだ。
けれども、仕方がないじゃないか。先日、私の誕生日であった二月七日に買ってきてもらったケーキ。あんなにおいしい物は今まで食べたことが無かった。あの生クリームなどという真っ白でふわふわしたのが食べれるだけでも、千四百年も眠っていたのも無駄ではなかったというものだ。
そうして、ぼんやりとチョコレートケーキに想いを馳せていた時だった。
「うおーい、誰かいるかー?」
間の抜けた声と共に、芳香が現れる。いつも通り手を前にピョンピョン跳ねながらこっちに迫ってくる姿は、恐ろしさよりもおかしさが際立っていた。
「芳香、何か用ですか?」
「あっ、太子様だー」
おや、今日はちゃんと私のことを覚えているのか。
キョンシーである芳香はあまり記憶力が良くない。私のことはおろか、自分の主人すら忘れることもあるという筋金入りだ。
「伝言でーす。せーがさまが遊びに来るぞー。ってせーがって誰だ?」
ほら、さっそく。
ってあれ。
「今日、青娥が来るのですか?」
「うん。ん? せーが?」
ついこないだ遊びに来てくれたばかりなのに。青娥が来てくれると分かると、自然と胸が高まってくるのを感じた。
青娥は私に道教を教え、仙人にしてくれた、いわば師匠のような存在だ。だから、彼女が私の元に来てくれると、嬉しくってたまらなくなる。
そうだ、彼女にもこのおいしい菓子を紹介してあげよう。
「うーん、せーがせーがせーが……」
私がワクワクしている一方で、芳香はまだ青娥のことが思い出せないらしい。かといって、私にはどうすることも出来ない。前に青娥のことを思い出させようとしたが、上手くいかなかった。どうも、彼女は目の前にいない人物のことは認識できないようだ。
ふと、手に持ったままのチョコレートを思い出す。私は食べかけの部分は千切って左手に握り、大きい方を芳香に差し出した。
「芳香、お使いご苦労様です。疲れたでしょう、これでもお食べなさい」
キョンシーは死んでいる身でありながら大喰らいで、先の神霊騒ぎでは大量の欲霊を食べて、随時燃料補給しながら巫女たちと戦っていたらしい。こんなおいしいお菓子を食べたなら、思い出せない主のことなんて頭の中から飛んで行ってしまうだろう。
「いらない」
それなのに、芳香は首を横に振った。
私は驚いた。芳香が食べ物を拒否するなんて、初めて見たからだ。確かに彼女から聴こえる食欲は普段よりも大人しい。私は包みに入ったチョコレートを机の上に置いて尋ねた。
「どうしてです? お腹が空いていないのですか?」
「それ、飽きた」
飽きたとはどういうことだろう。この未来の食べ物を、すでに口にしたことがあるのだろうか。しかも飽きたということは、それなりの量を食べたということだ。だとすれば、誰に与えられたのか。
「こんにちは、豊聡耳様」
突然、真後ろから声をかけられる。穏やかで、余裕に満ちているその声は、考え事に夢中になっていた私の心を乱した。
「……青娥、随分と早いご到着ですね」
動揺を悟られぬよう、溜め息を混ぜながら振り向く。
霍青娥。“壁をすり抜けられる程度の能力”を持つ彼女はいつだって神出鬼没だ。いつものように嘘っぽい笑みを張り付け、私に対して首を傾げてみせる。それが、誰に対しても見せる仮面だということが分かっていても、私は自然と微笑み返してしまうのだった。
「あら、芳香に伝言を頼んだはずですけど」
「芳香でしたら、ついさっき来たばかりですよ」
「えっ、もう何やってるのよー。この子ったら」
青娥は呆れたように芳香の前に立つ。青娥本人を目の前にしても、いまだ芳香の頭には主人は戻ってこないらしい。
「あれ? お前は誰だ?」
「また忘れちゃったの? しょうがない子ねぇ」
青娥はそう言って、芳香を抱きしめた。
「私は青娥。青娥娘々よ。あなたのご主人様で、麗しの仙人。ほら、青娥よ、せーが」
ポン、ポン、とリズムよく芳香の背が小さな手に叩かれる。僅かに聞こえる衣擦れの囁きと、芳香の身体の太鼓の音が私を柔らかく包む。
「あっ、せーがさまだ! せーがさま!!」
「ちゃんと思い出せたわね。いいこ、いいこ」
頭を撫でられる芳香。そんなに嬉しいのだろうか。死体になっても、感じられる彼女の温もりとはいかほどの物なのか。どうして、そこにいるのは君なのか。
「豊聡耳様、今日は何の日かご存知ですか?」
まだ芳香を撫でながら、青娥が尋ねてくる。私との会話は、彼女にとってはその程度の価値しか持たないというのか。
「バレンタインデーとやらですか?」
「ええー、何でご存じなんですか。せっかく驚かせようと思ったのに」
ふくれっ面の青娥の手には、いつの間にか小さな袋が握られていた。淡い黄色の布に、紫色のリボンで留められている。
「ま、知っておられるなら仕方ありませんね。はい、ハッピー・バレンタインデーです」
小袋が渡される。それは見た目通り軽く、私は貰った瞬間に落としそうになった。
「こんなおいしい物をやりとりする日を作るなんて、基督もなかなか味な真似をしてくれますよね」
「せーが、おなかすいたー」
「えぇ! さっき、いっぱいあげたじゃないの」
芳香は甘えるように青娥の肩に手をかける。元々、手を前に出した姿勢しか取れないのだから、そうなるのは当然なのだけれど。
「良かったら、これをどうぞ。食べかけですけど」
私は机の上の、包みに入ったままのチョコレートを指さした。
「あら、よろしいんですか?」
「ええ。たくさん買ったと、屠自古が言ってましたから、このぐらい構いませんよ」
青娥は品よくお辞儀をすると、手早く机の上のチョコレートの包みを剥がして、芳香に見せた。芳香はパッ、と顔を輝かせ、青娥の手も一緒に食べそうなほど勢いよく茶色の菓子に喰らいついた。瞬きする間もなく、芳香はチョコレートを食べきった。満足そうな表情で、青娥に笑いかけている。
「おいしかった?」
「うん!」
「そう。それは良かったわ」
青娥はそう言って、また芳香の頭を撫でる。同じことを何度も繰り返しても飽きがこないのは、この行動が習慣として根付いてしまっているからか。
「そうだ、屠自古様と布都様はいらっしゃいますか? お二人にもチョコレートを差し上げたいのですけど」
また、青娥の手には小袋が握られている。今度は緑色、白の二種類だ。
「屠自古は台所だと思いますよ。布都はもう少ししたら帰ってくるかと」
「そうですか、じゃあ先に屠自古様の元へ向かいましょうか。ほら、芳香行くわよ」
「はーい」
青娥が行ってしまう。付いていくのは芳香。私は、いけない。
「それでは豊聡耳様、失礼しますわ」
「さよーならー」
残されたのは私だけ。彼女の羽衣が完全に見えなくなってしまうと、何やら重たい物が身体の中に落ちてきた。
貰ったばかりの贈り物はどうしてか食べる気が起きず、机の上に放り投げてしまった。
どろり。
左の手の平の中がチョコレートで溢れる。すっかり忘れていたそれは完全に溶けてしまっていて、少し床に垂れている。
私はその手に付いたチョコレートを食べ始めた。舌でゆっくりと絡め、指の味を楽しむように丹念と。
私の指は細い。彼女の手は柔らかい。私の爪は長い。彼女の指先はあたたかい。どれだけ意識しても、私は彼女からもう何かを貰えることは出来ないんだ。
「苦い」
すっかり溶けてしまったチョコレートは最初と違って、とても苦みが強かった。
こういうドロリとしたのは大好きなんだぜ?(キリッ