雪が降っている。
湯を沸かし、以前仕入れたココアを作ることにした。
一つは熱く、一つは温く。
来るのが遅くなるかもしれない。いや、もしかしたら今日は来ないかもしれない。
なに、その時は僕が彼女の分まで飲み干せばいい。甘い物の取りすぎは身体に悪影響かもしれないが、半人半妖の身、きっと大丈夫だろう。
引き戸を開けて、外を見る。この様子では明日は踝程度にまで積もるかもしれない。
「そろそろ来るころかな」
元々静かな場所ではあるが雪の所為だろうか、まるで『音』という存在そのものを世界が消し去ってしまったようだ。
勘定台へと戻り、定位置である椅子に腰を下ろし、読みかけの本を開く。吐く息は白く、店の中の空気はそれこそ肌に刺さるようであったが、代わりにこの静謐をくれるこの冬という季節は嫌いではない。
「おうい、こうりんどう」
どうやらココアは無駄にならずに済んだようだ。開いたばかりの本を閉じ、入り口を見やる。そこには小さい氷精の姿があった。
彼女が冬の訪れにここに来るようになって何年か経つ。冬になるとこの子と一緒にすごす雪女曰く、
「待ち合わせにちょうどいいのよ」
とのことだ。僕個人としては待ち合わせの場所として使われるのは少々困るのだが、彼女はこの季節には客として訪れることが多いので、さすがに無下に断るわけにも行かず、それ以来の決まりとなっている。
「ぬるくておいしい」
「そうかい。それはよかった」
待ち合わせの場所とは言われているが、具体的に何時(いつ)とは決めていないようだ。しかし、雪がちらつき始めるとこの子がふらりとこの店に現れ、そしてしばらく時間をつぶしていると、
「こんにちは」
彼女は必ず現れるのだ。
「レティ、見て!」
外で雪と戯れている氷精の無邪気な一言に、入り口にたたずんでいる彼女は目を細める。そっと、邪魔にならない程度に彼女の横に湯飲みを差し出した。
ありがとうと一言、彼女は一口湯飲みに口をつけて微笑みを返した。
外は相変わらずの雪景色。いや先ほどよりも降る勢いは増しているかもしれない。これが彼女たちの力なのかはわかりかねるが。
はしゃぎまわる氷精の声だけが響く、それ以外は何も聞こえない。逆にこの場に他の音はいらないだろう。無粋であるということくらいは、流石にわかる。
「今年は、長くいられそうなのかい」
「多分ね」
そうかと呟いて、二人で氷精の舞を観劇する。しかし、あの子はいつも薄着のままで風邪は引かないのだろうか、以前彼女にそんな質問をしてみたが、
「風邪なんて、凍らせてやればいいじゃない」
こんな返答では多少心配にもなる。
「そうだ」
僕は店内にある衣装棚に向かった。以前拾ったものだが、彼女たちなら似合うだろう。外に出ると、氷精は舞うのを止めていた。ちょうどいいタイミングだ。
「二人とも、出かける前にこれを」
渡したものは、外の世界では『ダッフルコート』と呼ばれているらしい。渡したとき、氷精は「暑そう」と言っていたが、彼女が着るのを見て、しぶしぶ袖を通した。
修繕する際に多少勘に頼ってしまったが、どうやら二人ともにちょうどいいサイズのようだ。真っ白なそれに身を包んだ二人は、まるで姉妹のように見えた。
「いいの?」
彼女はそう言って申し訳なさそうにこちらを見たが、僕は使う気はないし、知り合いには黙って強奪していく輩もいる。ならば、僕が誰かに渡したほうが精神衛生上も悪くない。
妹分に急かされる。そのまま走るように手を引っ張られながら、彼女は最後にこちらを振り向いた。
「今年も、いい冬を」
真っ白な彼女たちは、そのまま雪に溶けていくように消えていった。
今年も、冬が訪れる。
早く雪降らないかなぁ…
ところで、後書きの秋姉妹が二回繰り返されているのは、何か意図が?
のんびりして良かったです
低位置→定位置では?
原作設定? 見なかった事に……。