いつも通りの日常、いつも通りの訓練。
侵入者がやってきたときのための訓練メニューに今回からウサギ跳びが追加されたのは永琳様の嫌がらせだろうか。
輝夜様と二人で珍しく訓練風景を見学に来られて、「うんうん、感心感心」と上機嫌に頷いていた。
ウサギ跳びをすることの利点を輝夜様に聞いてみたところ、にこやかに「根性よ」と答えられた。
きっと何かの本の影響を受けたに違いない。
あるいは、ただ単に「ウサギにウサギ跳びやらせたら面白いんじゃないかしら」なんて話題に出ただけかも。
……そんな風に今日の訓練のことを思い返していると、前方から鈴仙様がふらふらと疲れた顔でやってきた。
珍しい、今日はてゐは一緒じゃないんだ。
いつも(見た目は)仲良さそうにくっついている二人が揃ってないと、少し違和感がある。
「あ」
ようやく私に気が付いたのか、鈴仙様がこちらを向いた。
ふらり、ふらりと私に近づいてきて…… どさっ、と座り込んだ。
随分疲れているらしい。おそらく、またてゐに悪戯でもされていたんだろう。
「ねえ…… 今、暇?」
「え? あ、はい、訓練も終わりましたし、暇です」
一体、何の用だろう……?
とりあえずは鈴仙様に合わせて私もその場に座ることにした。
ひんやりとした、硬い床。素足には少し辛い。
……座布団が欲しいな。
「私達って、今日みたいに毎日訓練してるじゃない? 毎日鍛えて鍛えて、鬼になるんじゃないかってくらい」
「そうですね、私も鈴仙様に鍛えられているおかげで強くなっていってるって実感できてます」
愚痴らしい。
新しい仕事を申しつけられるわけでは無いとわかって、少し安心した。
「でも、師匠はともかく…… 輝夜様は、訓練らしい訓練をしているところを見たことが無いのよ」
「確かに、私も見たこと無いです」
してないだろうなぁ、と思ったけど口には出さない。どこで誰が聞いているかわからないし。
鈴仙様はそんな考えにはおよばないのか、構わず話を続ける。
「私が輝夜様と出会ってから何十年も経ってるのよ、何十年も。正確には覚えてないけど。
一度もマトモな訓練らしい訓練をしてないなら、腕がなまっても不思議じゃないと思うでしょう?」
まあ、それは確かにそうだ。例えば私が何十年も訓練を怠けていればどうなるかなんて、考えるのも怖い。
けれど、輝夜様は訓練らしい訓練もしていないのに全く変わらぬ強さを保ち続けているように思える。
おそらく原因は妹紅とかいう不死人とのケンカだろうと思う。そのときだけは思いっきり身体を動かしているみたいだし。
「そこでね、私は考えたのよ。どうして輝夜様は強いんだろう?
それはきっと、輝夜様だからなのよ」
よくわからない理論に入っていこうとしている気がする。
でも迂闊に口を挟むと話が無駄に長くなりそうなのでスルー。
「輝夜様の持つ能力は永遠と須臾を操る程度の能力。
ちなみに須臾の読み方知ってる? しゅゆよ、しゅゆ」
「知りませんでした。鈴仙様って物知りなんですね」
「ふふ、まあね?
……それはともかく。輝夜様はえいえんを操ることができるのよ。
つまり、自分の力量を永遠に固定させておくことが可能なの。
だから訓練なんてしなくても輝夜様の腕はなまったりせず、永遠に固定されているのよ。
この推理、どう思う?」
「凄い推理ですね、きっとその通りだと思いますっ」
まあまあですね、と返したくなるのをぐっと堪える。
話を長引かせないためのコツは相手を徹底的に肯定すること。
鈴仙様も満足そうだ。うん、きっともうすぐ話は終わる。
終わったら部屋に戻っておやつのにんじんでも食べよう。
「つまり、輝夜様の力量が永遠に一定なんだとしたら……
こうして毎日訓練して力量を伸ばしている私は、いつか輝夜様に追いつくことができるのよ!」
「ぇ……」
呆気にとられて返事が遅れた。
どこか陶酔してるような鈴仙様。きっと脳内で強くなった自分を思い描いてる。
でも鈴仙様、きっと貴方はそこまで強くなれない。才能がどうとか言うより、キャラ的に。
「私が輝夜様よりも強くなったら、きっと今より待遇も良くなって……」
「そのまま下克上するの?」
「うん、それもいいかも…… ……って、あれ?」
今の声は、私じゃ、ない。
振り返ると、にこにこと鈴仙様を見ている―― てゐ。
「ふぅん、下克上かぁ」
「え…… あ、ち、ちょっと、てゐ……?」
通常の三倍は楽しそうにしているてゐとは対象的に、真っ青になっている鈴仙様。
今の会話をてゐが輝夜様に告げ口すればそれだけで鈴仙様が大変な目に遭うだろう。
これだけあっさりと鈴仙様よりも優位に立てるてゐが少し羨ましい。
「凄いなぁ、鈴仙、そんなこと考えてたんだ?
やっぱりこういうことって、輝夜様に報告したほうがいいのかなぁ……♪」
「う、あ、ま、待ってっ!!
ええと、き、今日の私のおやつのにんじんてゐにあげるから、それで…っ」
とりあえず、私の役目は終わったように思う。
涙目で(よっぽど輝夜様のお仕置きが怖いのだろう)てゐに縋り付いている鈴仙様を眺めつつ、立ち上がる私。
鈴仙様を虐めている時のてゐは、凄く楽しそう。 ……気持ちはわかるけど、私はきっとそういう役には回れない。
そんなことを考えながら、ゆっくりとその場を離れていく。
「あ…、ち、ちょっとっ!!」
「はい?」
鈴仙様に呼び止められた。涙声で。
「あ、貴方にもにんじん分けてあげるから……、ね?」
不安そうに、じぃっとこちらを見る鈴仙様。
口止め料のつもりなんだろうか。正直、面倒なことになるだけだから告げ口をするつもりは無かったんだけど。
「……ありがとうございます、鈴仙様」
ぺこり、と笑顔でお辞儀。
まあ、貰えるものは貰っておいて損は無いはず。にんじんは、私も大好物だし。
その後。
貰えるにんじんは一本だけだろうと思っていたら、鈴仙様は三本も持ってきてくれた。
流石に可哀想になって一本返してあげたら、急に泣き出して、抱きついてきた。
鈴仙様は、私の胸に顔を埋めながら、延々と泣き言を言ってきた。
曰く「私のことを判ってくれるのは貴方だけ」だの「てゐも師匠も輝夜様もみんな私のことなんて嫌いなのかも」だの。
とりあえず、抱き返しながら慰めておいた。
鈴仙様は、落ち着いた後に真っ赤な目をして(泣いていたからなのか元からなのかはわからないけど)私の顔を見て、にっこりと笑った。
私の両手をぎゅっと握って、「明日からまた、頑張ろうね」と言ってくれた。
なんだか、凄く幸せそうだった。
鈴仙様の考えは、よくわからないけど。
きっと、明日からの訓練指導で贔屓してくれるはず。
その後。
何故か、てゐや永琳様から私への風当たりが強くなった。
心当たりが無いのに虐められるのは辛いけど、鈴仙様が何故か庇ってくれるからまだ楽。
まあ、うん。
いつも通りの、日常だと思う。
吹きだしましたw。鈴仙、君は強い、頑張って「被犠る鬼」になって下さい。てな感じで楽しく読ませていただきました。謝々。
>てゐや永琳様から私への風当たりが強くなった
結局鈴仙は皆から愛されてるんですねー・・・・・・歪んでら^^