「ドドドッカーン! 早苗の神社が爆発したって」
「はい、はい。餅は餅屋。仮に神社が爆発したとして、小傘ちゃんは生きてられると思います?」
えまーじぇんしー。
妖怪的本能が私に警鐘を鳴らす。脱兎のごとく逃げの一手あるのみ!
背後から迫る早苗から逃げつつ、私はため息をついた。最近、人間を驚かすことができない。
「ため息をつくなんて余裕ですね、小傘ちゃん」
「ひぇぇう――! おたすけ――!」
この日から1週間、私は驚かせ失敗記録を更新し続けていた。
*
「全然人間が来ない、お腹が空いた、ひもじい……」
人里の近くにある森の広場。この1週間、私はここを拠点に活動している。
遊んでるの? いいや違うよ、人間を驚かすためにいるのさ!
この広場は、子どもが遊べるように舗装された場所だ。遊具なんかも置いてある。子どもたちに人気の場所で、お昼時は、ここでご飯を食べる人もいる。
人里で騒ぎを起こすと、もれなく巫女が飛んでくる。だから私は、人里に近くて人間が多いこの広場に目を付けた。人里の外なら早苗も多くは言えまい。そこから先は、妖怪のてりとりーでもある。
「それなのに、なんで人間が来ないのさ」
私は自慢の愛傘を胸に抱きながら、ため息をついた。
たまに妖精は通るんだけど、人間がまったく来ない。場所の選択みす?
いやいや私は度重なる調査――人間の子どもたちに紛れて遊んで情報を得たのだ。一体この場所に何が起こったというの。
「まさか、私のてりとりーに、他の妖怪が侵入している」
私は戦慄した。他の妖怪が人間を驚かすことで、人間が近寄らない場所になったのかもしれない。勝手に決めたてりとりーではあるが、そこに侵入を許してしまったのか。だとしたら由々しき事態である。縄張り争いはいつだって命がけ。こっちは腹の虫がかかっている。負ける道理はない! 傘を大きく振り回し、私は声高に宣言する。
「どこからでも、かかってきなさい!」
「そう、じゃあ遠慮なく」
誰かの返答があった。半分本気、半分冗談で叫んだだけなのに、本当に他の妖怪がいたの? 私が周りを確かめようとした瞬間、視界が真っ暗になった。そして何かが私の服につかみかかる。
「うわっ、なになに、何が起きたの」
「ちょっと、暴れないで」
「誰かが私の服に手を! やめて乱暴はイヤ――!」
「イタイイタイ。叩かないで、獲物は大人しくしてて」
「獲物、獲物だって。私の獲物(子どもたち)は渡さないよ」
「うるさいなぁ、もう――」
私の服をつかむ何かが、離れる気配があった。同時に真っ暗だった視界も晴れてくる。視線の先にいたのは……なんと闇色の球体だった。なんだこれ?
「くんくん。あなた、もしかして妖怪?」
「わたっ、わたしが妖怪だともの申すか。お見事、よく見破ったな!」
きゃらがぶれているのを自覚する。闇色の球体は、まるで子犬のようにこちらに近づいてきた。正直怖い。
「くんくん。匂いで分かるよ。嗅いでみれば分かる」
「匂い……それは盲点だった、のかな」
「あーあ、人間を探してたのに、とんだハズレだったなぁ――」
闇色の球体から、残念そうな声が漏れた。もしかして、この妖怪も人間を探していたの? この姿だ、人間を驚かすのには困ってないように見える。こんな怖そうな妖怪でも苦労てるんだな。私は少し同情を覚えた。
「あなたの、名前はなんて言うの」
「私? 私の名前はルーミア」
「ルーミアか、私は小傘、多々良小傘って言うんだ!」
「へぇー、傘のお化けなのね」
「そうそう、これが自慢の愛傘だよっ」
「そうなのかー」
あれ、案外普通に話せる。しかも傘に注目してくれた!
最近、人里の中でも人間に間違えられる。この傘を見てよ、おどろおどろしいでしょ――と叫んでも、独創的だねお家に帰ろうねと言われる始末。
「どうかした」
「少し悲しい記憶を思い出しちゃって」
「変な妖怪だね」
「エヘヘッ、そうかな、変かぁ」
褒められたのかな。闇色の球体からは、クスクスと可愛らしい笑い声が聞こえる。
女の子なのかな……。まぁ、人間を騙すために声質を変えてるだけかもしれないけど。でも悪い妖怪ではなさそうだ。
「ルーミアも人間を驚かせに来たんでしょ。獲物(子どもたち)は半分になるけど、一緒に人間どもを恐怖のドン底に陥れようよ!」
「人間を驚かせに? うーんと、少し違う。驚かせることにはなるけど」
「あれ違うの。じゃあ、ここには何しに」
「食べてもいい人間を、探しに」
「ヘっ」
思考停止。ルーミアが何を言ってるのか理解するまで、数秒かかった。そして理解する。ルーミアはもしかしなくても、
「ひひひ、人食い妖怪――!」
「そうだけど、それが何か」
「人間を食べるの、食べちゃうの」
「当然じゃない、妖怪だもん。あなたは違う」
「こっ、こんの人でなし――!」
「だから妖怪だってば」
私は全力で空へ上昇した。ひさしぶりに妖怪的本能が私に逃げろと囁いている。人食い妖怪。話は聞いていたが、あんなに恐ろしい姿だったとは。一瞬でも心を許した我が身の愚かさを知った。なるほど、恐い妖怪がこの森には潜んでいる。人間も寄り付かなくなるわけだ。
「そこの住所不定無職の妖怪、多々良小傘ちゃん。守谷法により人里付近での高速飛行は禁じられていますよ」
「早苗、どうしてここに。といういか、そんなルール初めて聞いた。それに無職って!」
「今決めました。この辺りで最近、謎の妖怪が現れるとの噂を聞きつけやって来ましたが……よもや血に飢えた小傘ちゃんだったとは」
「血になんて飢えてない。飢えかけてはいるけど」
「進んで白状するとは。刑は軽くしておきましょう」
「うわわわーん、早苗が自分正義過ぎるし、全く話を聞かない――!」
空腹の体にムチを打ち、闇色の球体以上に恐怖を感じさせる早苗から、私は逃げることになった。私の脳内では、いつまでもえまーじぇんしーこーるが鳴り響いていた。
*
「変な妖怪」
小傘が飛び上がった後、ルーミアは空に上がろうとして、ガツンと何かにぶつかった。
「イテテ……何だ木か」
ルーミアは周りの闇を解除した。世界が色を取り戻し、一気に視界が晴れる。
そういえば闇を解除するのを忘れて、先程の妖怪、小傘の姿をきちんと見れなかった。薄ら大きな傘だけ見えたので、傘の妖怪だとは思ったのだが。
「また今度、どこかで会えるかも」
視界良好。今度は木にぶつからないよう、気をつけて空へと飛び立った。
「はい、はい。餅は餅屋。仮に神社が爆発したとして、小傘ちゃんは生きてられると思います?」
えまーじぇんしー。
妖怪的本能が私に警鐘を鳴らす。脱兎のごとく逃げの一手あるのみ!
背後から迫る早苗から逃げつつ、私はため息をついた。最近、人間を驚かすことができない。
「ため息をつくなんて余裕ですね、小傘ちゃん」
「ひぇぇう――! おたすけ――!」
この日から1週間、私は驚かせ失敗記録を更新し続けていた。
*
「全然人間が来ない、お腹が空いた、ひもじい……」
人里の近くにある森の広場。この1週間、私はここを拠点に活動している。
遊んでるの? いいや違うよ、人間を驚かすためにいるのさ!
この広場は、子どもが遊べるように舗装された場所だ。遊具なんかも置いてある。子どもたちに人気の場所で、お昼時は、ここでご飯を食べる人もいる。
人里で騒ぎを起こすと、もれなく巫女が飛んでくる。だから私は、人里に近くて人間が多いこの広場に目を付けた。人里の外なら早苗も多くは言えまい。そこから先は、妖怪のてりとりーでもある。
「それなのに、なんで人間が来ないのさ」
私は自慢の愛傘を胸に抱きながら、ため息をついた。
たまに妖精は通るんだけど、人間がまったく来ない。場所の選択みす?
いやいや私は度重なる調査――人間の子どもたちに紛れて遊んで情報を得たのだ。一体この場所に何が起こったというの。
「まさか、私のてりとりーに、他の妖怪が侵入している」
私は戦慄した。他の妖怪が人間を驚かすことで、人間が近寄らない場所になったのかもしれない。勝手に決めたてりとりーではあるが、そこに侵入を許してしまったのか。だとしたら由々しき事態である。縄張り争いはいつだって命がけ。こっちは腹の虫がかかっている。負ける道理はない! 傘を大きく振り回し、私は声高に宣言する。
「どこからでも、かかってきなさい!」
「そう、じゃあ遠慮なく」
誰かの返答があった。半分本気、半分冗談で叫んだだけなのに、本当に他の妖怪がいたの? 私が周りを確かめようとした瞬間、視界が真っ暗になった。そして何かが私の服につかみかかる。
「うわっ、なになに、何が起きたの」
「ちょっと、暴れないで」
「誰かが私の服に手を! やめて乱暴はイヤ――!」
「イタイイタイ。叩かないで、獲物は大人しくしてて」
「獲物、獲物だって。私の獲物(子どもたち)は渡さないよ」
「うるさいなぁ、もう――」
私の服をつかむ何かが、離れる気配があった。同時に真っ暗だった視界も晴れてくる。視線の先にいたのは……なんと闇色の球体だった。なんだこれ?
「くんくん。あなた、もしかして妖怪?」
「わたっ、わたしが妖怪だともの申すか。お見事、よく見破ったな!」
きゃらがぶれているのを自覚する。闇色の球体は、まるで子犬のようにこちらに近づいてきた。正直怖い。
「くんくん。匂いで分かるよ。嗅いでみれば分かる」
「匂い……それは盲点だった、のかな」
「あーあ、人間を探してたのに、とんだハズレだったなぁ――」
闇色の球体から、残念そうな声が漏れた。もしかして、この妖怪も人間を探していたの? この姿だ、人間を驚かすのには困ってないように見える。こんな怖そうな妖怪でも苦労てるんだな。私は少し同情を覚えた。
「あなたの、名前はなんて言うの」
「私? 私の名前はルーミア」
「ルーミアか、私は小傘、多々良小傘って言うんだ!」
「へぇー、傘のお化けなのね」
「そうそう、これが自慢の愛傘だよっ」
「そうなのかー」
あれ、案外普通に話せる。しかも傘に注目してくれた!
最近、人里の中でも人間に間違えられる。この傘を見てよ、おどろおどろしいでしょ――と叫んでも、独創的だねお家に帰ろうねと言われる始末。
「どうかした」
「少し悲しい記憶を思い出しちゃって」
「変な妖怪だね」
「エヘヘッ、そうかな、変かぁ」
褒められたのかな。闇色の球体からは、クスクスと可愛らしい笑い声が聞こえる。
女の子なのかな……。まぁ、人間を騙すために声質を変えてるだけかもしれないけど。でも悪い妖怪ではなさそうだ。
「ルーミアも人間を驚かせに来たんでしょ。獲物(子どもたち)は半分になるけど、一緒に人間どもを恐怖のドン底に陥れようよ!」
「人間を驚かせに? うーんと、少し違う。驚かせることにはなるけど」
「あれ違うの。じゃあ、ここには何しに」
「食べてもいい人間を、探しに」
「ヘっ」
思考停止。ルーミアが何を言ってるのか理解するまで、数秒かかった。そして理解する。ルーミアはもしかしなくても、
「ひひひ、人食い妖怪――!」
「そうだけど、それが何か」
「人間を食べるの、食べちゃうの」
「当然じゃない、妖怪だもん。あなたは違う」
「こっ、こんの人でなし――!」
「だから妖怪だってば」
私は全力で空へ上昇した。ひさしぶりに妖怪的本能が私に逃げろと囁いている。人食い妖怪。話は聞いていたが、あんなに恐ろしい姿だったとは。一瞬でも心を許した我が身の愚かさを知った。なるほど、恐い妖怪がこの森には潜んでいる。人間も寄り付かなくなるわけだ。
「そこの住所不定無職の妖怪、多々良小傘ちゃん。守谷法により人里付近での高速飛行は禁じられていますよ」
「早苗、どうしてここに。といういか、そんなルール初めて聞いた。それに無職って!」
「今決めました。この辺りで最近、謎の妖怪が現れるとの噂を聞きつけやって来ましたが……よもや血に飢えた小傘ちゃんだったとは」
「血になんて飢えてない。飢えかけてはいるけど」
「進んで白状するとは。刑は軽くしておきましょう」
「うわわわーん、早苗が自分正義過ぎるし、全く話を聞かない――!」
空腹の体にムチを打ち、闇色の球体以上に恐怖を感じさせる早苗から、私は逃げることになった。私の脳内では、いつまでもえまーじぇんしーこーるが鳴り響いていた。
*
「変な妖怪」
小傘が飛び上がった後、ルーミアは空に上がろうとして、ガツンと何かにぶつかった。
「イテテ……何だ木か」
ルーミアは周りの闇を解除した。世界が色を取り戻し、一気に視界が晴れる。
そういえば闇を解除するのを忘れて、先程の妖怪、小傘の姿をきちんと見れなかった。薄ら大きな傘だけ見えたので、傘の妖怪だとは思ったのだが。
「また今度、どこかで会えるかも」
視界良好。今度は木にぶつからないよう、気をつけて空へと飛び立った。
人食い妖怪にびびる感性とか中身まで人間っぽくてかわかわ