「当たれ、当たれぇぇぇ!!」
掛け声と共に、下方向から鋭い緑の光線が連続して私に向かってくる。
対する私は小粒だか範囲の広い紅き弾幕を撃ち降ろす。
あの光線は威力は中々だが単発の為、避けるのは容易だ。狙いと軌道を意識しながら私は一面に弾幕を撒き続ける。
地面に届いた紅い光は絨毯爆撃の様に地面を焼く。
障壁を張りながら避ける彼女。被弾を恐れたか防御に専念し始め、次第に攻撃の手が緩んでいく。
攻撃のチャンスだ。弾幕の範囲を徐々に狭め、絞っていく。
「どうしたパルスィ!攻撃が疎かになってるよ!」
相手に檄を入れる。
が、変わらず耐えながら逃げ回るだけ。
やがて攻撃の手が止まってしまった。
こちらとしては狙い撃つだけで楽なものだが、いたぶるだけの戦いなど詰まらない。
「くそ……避けきれない…!!」
「頭だけでアレコレ考えてちゃだめだよ!ダメでもいいから撃ち返さないと何も変わらない!!」
「そんな事言ったって…ううぅ……。」
私の弾幕が彼女を捕らえ始めた。
障壁で防いでいる為ダメージになってはいないが、衝撃で動きが明らかに鈍くなる。
「仕方ない、コレで終わりよ!」
目いっぱい力を込め、拳を振り下ろす。
拳圧から発生した衝撃波は、空気をバリバリと裂きながら一直線に目標へ向かう。
その一撃は障壁を張った相手を巻き込みながら、轟音と共に地表を穿った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
砂埃が収まり、倒れたパルスィの方へ向かう。
持っていた右手の杯に目をやる。
長い時間、これを持ちながら勝負をしていたが、注がれていた酒は全然こぼれてない。
……埃だらけで飲めたものじゃないけど……。
地底の縦穴、最下層の地面に大の字で打ち付けられたボロボロのパルスィにその杯を見せて、
「……全然ダメねぇ…減ってない。」
私の呟きを聞いたパルスィはガクッと首をうなだれさせる。
「これで私の10戦10勝。今日はこのくらいにしましょっか。」
妖力を使い果たしたのか、全然動く気の無いパルスィを地面から引き剥がして、座りやすそうな岩場に運ぶ。
「戦闘なんだから、もっと攻めなきゃダメ。
すぐ守りに入ろうとするから勝てないんだよ?
それに防御に徹するなら素早く動く。凌ぐんじゃなくて、避けるの。
最後の勝負なんて、止まった的を撃ってるのと同じくらい味気なかったよ。」
とりあえず言うだけ言って、私は杯の酒を注ぎ直し、呷る。
度数の高い辛口の日本酒だ。運動後で水分を欲している胃に良く染み渡る。
ぷはぁっと、一息入れてから私もパルスィの隣に腰掛ける。
「……何か言う事無いの?」
俯いたまま動かないパルスィの顔を覗き込む。
……。
怖ッ。
口の両端から見える犬歯が下唇を噛み締め、眉間に皺が寄りまくってる。
これが鬼の形相という奴か……。私も鬼だけどそんな怖い顔、多分できない。
「パルスィ、何か喋って……?」
「……。」
「言ってくれなきゃ分からないよ?
私はさとりじゃないんだ。気持ちも心も、黙して察するなんて芸当できないよ?」
「……。」
「言いたい事あるならぶちまけなよ。泣き言だって構いやしないさ。
そうやって堪えて腹に溜めてたって消化不良起こすだけだよ。」
……音沙汰が無いなぁ。
二杯目を呷る。いい感じに酔いが廻っているのにこの空気。勿体無い。
「星熊勇儀……。」
おお、体勢はそのままだが何とか口を開いたぞ。
「何?」
「私は……弱いのか…?」
擦れる様な小さな声でパルスィは言った。
「私や萃香の基準で物を言ってるというのなら。
――話にならないね。」
「……そうか…。」
気まずい。
果てしなく気まずい。
どうすんのこの雰囲気。なにコレ私が悪いのコレ?
パルスィが珍しく私の所まで足を運んできて「腕試しがしたい。」と言うから付き合ったのに。
終わったら美味しいお酒を一緒に楽しんで夜の『あばんちゅーる』を洒落込もうと思ったのに、このままでは勇儀お姉さんが全然空気読めない子になってしまう。
「……妬ましい。」
「え゙っ?」
見れば、いつの間にかパルスィから緑色のオーラが。
「勇儀が妬ましい呆れる強さが妬ましい息も切らしてない余裕が妬ましい無傷で妬ましい酒まで飲んでる妬ましい座ってても私を見下す妬ましい必死なのに簡単にあしらわれる妬ましい本音も簡単に言える妬ましい鬼だから言えるのか妬ましい角が生えてる妬ましい髪もサラサラ妬ましい乳もデカい妬ましい尻もデカい妬ましい旧都でモテモテ妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ま「ストップゥゥゥゥッッ!!!」」
隣でそんな呪詛を吐くんじゃない!!胃がもたれる!
「……言いたい事をぶちまけろと言ったのに止められた。妬ましい。」
「言ったけど!角の辺りからは関係ないでしょ!??」
乳はともかく尻は言うな!デカいの気にしてるの!!尻に関してはセンチメンタルなの勇儀お姉さんは!!
「……いいじゃないか、安産型で。」
「口に出してないのに何でピンポイントで尻の事を言ったの!?心読めるの!??」
「どうでもいいだろ。」
「良くないし!!地底の縦穴でヒッソリ暮らしてるパルスィが私のコンプレックス知ってるとかマジ怖いし!!
パルスィ、発信源誰なの!?
萃香か!?ヤマメか!?それともさとりか!?」
犯人見つけたら絞るし!!カチカチの雑巾みたいに絞るし!!
「賑やかでいいなぁ、お前は。」
「遠い目で見ないで質問に答えてぇぇぇ!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……犯人は後日シバきあげるとして、今はパルスィの視線がとっても気になる。
先ほどから私の顔をジッと見つめている。
正確には、額の辺りを。
「私にも……角があったら、強くなれたのかな…。」
「ん?パルスィは、鬼になりたかったのかい?」
鬼は妖怪の中でも群を抜いて強い。
とはいえ、元々強いのは『膂力』で、他者と揉めてケンカになった時に有利というだけだ。妖術の類など初めからできる訳でもなく、行使したければ地道な鍛錬や修行で培わなければならない。
そも妖怪とは何かしらの「能力」が顕著に秀でている事で種別を分類される。力が強い私たち鬼が、たまたま角を生やしていただけ。それが目立って、角=鬼になっただけだ。
たとえ私が角を生やしていなくとも、怪力無双ならば私を鬼と呼ぶだろう。
逆に生やしていても非力なら鬼と呼ばれないのも然りだ。
「分からない……。」
私の真紅の角を眺めながら、
「でも、勇儀の様に、強く有ればと思う事は……ある。」
妬ましいと、付け加えながら
「そうであれば、私はちょっとでも、明るく生きられたのかなって……。
護りたいものを護って生きていけたのかなって……。」
「パルスィ。」
私は彼女の頬を撫でた。地面の泥で黒くすすけた部分を指で拭うと、白い肌が現れる。
「いつでも言いなよ、腕試し。
アンタが高みを望むなら、いくらでも付き合ってあげるよ。」
「……勇儀?」
パルスィは、きょとんとした顔で私の瞳に視線を移す。
互い合う視線。
彼女の持つ美しく輝く翠の瞳の奥に、彼女の不幸が見える気がした。
これは贖罪だ。
パルスィが望む事、パルスィが護るもの。
それを私が護り抜く。
誰に嘲られようとも、それが彼女の世界を奪った私のたった一つの償い方。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
パルスィはかつて、鬼だった。
正確には『地底に住まう鬼』として恐れられていた。
過去、地上に居場所が無くなった私達は、新たな住処を得る為に、全ての財を投げ売って、是非曲直庁から地底にある地獄の土地を譲り受けた。
その土地に向かう途中、初めて遭遇した妖怪がパルスィだった。
パルスィは地獄に堕とされた妖怪の一人で、地底の入り口で地獄行きになった別の妖怪を襲い恐怖を植え付けていたという。
彼女は地獄を奪われる事を激しく拒み、何度も戦いを挑んできた。
けれども、彼女は弱かった。
彼女は橋姫。
嫉妬心を操る能力は心の弱みを突く力。
気さえしっかり持てれば怖い能力ではない。
私は鬼。
小細工など出来ないが、正攻法ならまず負けはしない。
ましてや『四天王』の肩書きを授かった身。そこいらの鬼とは格が違う。
何度も何度も打ち負かし。
それでも何度も挑んでくる。
力は弱けれど、折れる心を持たない強い意思を持つ者だと、感服したものだ。
しかし、そうではなかった。
彼女は弱かった。
護りたかった。
鬼の名を。
その名こそ、自分が強い証なのだと。
会話する機会が出来、パルスィと話す度に紡がれる言葉は泣き言ばかりだった。
やがて彼女の行動はすべて、彼女自身に返ってしまった。
地獄が楽園になり、皆が楽しく暮らす旧都では、かつて襲われた者が彼女を疎ましく感じ、排斥し。
それに耐えれぬ彼女が危害を加え、私が止めに入る日々が続き。
街の総意と、地底の管理人・古明地さとりの命により、地上で虐げられた者達が住む最後の楽園を追放された。
私が奪ったのだ。
居場所を。
存在を。
言ってくれれば。
もっと早く言ってくれれば助けられたかもしれないのに。
違う生き方を歩めたはずなのに。
でも、パルスィは言わない。
心が潰れて、手遅れになるまで、話さない。
強く在りたいと願うから、弱音は吐かず、耐える。
それが水橋パルスィの生き方だと。。。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……ん…。」
視界がぼやけている。あのまま寝てしまっていたのか。
変なところで寝こけたので体中が変に痛いが、胸焼けが酷いのは酒のせいではない。
あんな夢を見たからだ。嫌になる。
彼女を悪者のままにしてしまい、今まだこの状態が続いている。
旧都では、地獄に楽園を築いた鬼と敬われている私が、橋姫一人を救う事に難儀している。
本当に情けないな。私は。
ふと、首筋にこそばゆい感覚が走る。
見れば、金糸の髪。
パルスィが私の肩にもたれかかって寝ていた。
ダルさと痛みが体中に巡っていた為、パルスィの重みを気付かなかった。
いつものパルスィと違って、とても無防備で。
思わず、息を呑む。
スゥスゥと、小さな寝息を立てる彼女の寝顔は、何時も気を張りしかめ顔をしている時とは想像できないほど、無垢な子どもの様に安らかで愛らしい。
「…………。」
――何か、呟いている。
起こさぬよう、耳を近づける。
「……怖いよ……。」
寝言を聞き取れたと同時に、私の腕をゆっくり掴むパルスィ。
その動きはしがみつく様に身体を押し付け、両手を絡ませる。
……身体がパルスィの方に大きく傾いてしまい辛い体勢を強いられたが、目を覚ますまで黙ってこの体勢を保つ事にした。
「……暖かいなぁ……。」
彼女の安らぎを、邪魔したくなかったから。
私は彼女の碧い瞳の奥に、不幸を見た。
彼女は私の紅い瞳の奥に、何を見たのだろうか。
その成長の度合いにパルパル。