秋、食べずにはいられない!
「魔理沙さん?」
「2、私は2だ」
「早苗」
「私も2です……ごめんなさい、さば読みました。……3、です」
「咲夜、お前は?」
「私は……4…」
『うそぉぉぉ!!!』
彼女たちは太った。
「アレだ。私は研究でちと篭りがちだったせいもあるかな」
アリスが差し入れしてくれたりもしたし、と魔理沙。
「私は、穣子様方からお芋をたくさんいただいて……」
とっても美味しかったんです、と早苗。
「私は、まぁ、最近門番隊の訓練に参加してたから、筋肉が付いたってことかしらね。……ごめんなさい。それでお腹へって食べ過ぎました」
咲夜の部屋に集まった三人。彼女たちは今、有史以来、常に女性の敵であるものについて話し合っていた。
ぶっちゃけ、腹回りが気になっていた。
季節は秋。鏡に映る自分の姿に違和感を覚え、恐る恐るメジャーを手にし、そして発覚した驚愕の新事実。
この世の終わりにすら等しい大事件を打破すべく、三人の乙女が此処に集結していた。
やはりここは、と咲夜。頷く早苗と魔理沙。
「ダイエットしかないわね」
「ダイエットですね」
「ほっときゃ減るだろうさ」
…………………。
「ダイエットしかないわね」
「ダイエットですね」
「ダ、ダイエットだよな!」
三人の結束は鋼の様に固い。乙女として、美の探求者として、ビューティーハンターたちは美しいくびれを求め、今旅立たんとしていた。
「話しは聞かせてもらった!」
「呼んでません」
急に開かれる扉。そして閉じられた。
咲夜~、と悲しそうな声が外から響いてくる。
咲夜は、またしょうもないことを始める気だとげんなりした表情で再び扉を開けてやる。
泣いたカラスがもう笑った。眩しい笑顔で部屋に入ってくるレミリアに、咲夜と同じく身構えてしまう魔理沙と早苗。
「話は聞かせてもらったわ。秋だものね、ついつい食べすぎちゃうわよね。お腹一杯で、鏡を見るのが嫌になっちゃうわよね」
分かるわ、とレミリアはしきりに頷く。
うぜぇ、幼児体形は黙っていろと皆思ったが、言わない。泣くから。
そも、吸血鬼は鏡に映らない。
「だから、今日は咲夜たちのために、とびっきりのプレゼントを用意してあげようかと思ったの」
食いもんか、と聞く魔理沙は先ほどの桃園の誓いを既に忘れているのだろうか。
レミリアはそれに答えず、何故か窓の方へ近寄っていき、そのまま開け放つ。
うっかり日差しがあることを忘れている彼女のために、咲夜はすばやく、どこから取り出したのか、日傘をさしてレミリアを守る。
レミリアは息を大きく吸い、
「お昼休みはーー!!!」
叫んだ。
「ウキウキウォッチン!!!」
美鈴が来た。
扉が弾け飛びそうな勢いで開け放たれ、耳を覆いたくなる叫び声を挙げて乱入してきた。
「なるへそ。ラジャです」
何が分かったのだろうか。入ってくるや否や、レミリアにただ指で指されるだけの咲夜たち三人。それにツーと言えばカーで返すくらいにあっさりと納得顔で頷く美鈴。何故か腹が立った。
―――――
「私が訓練教官のリー・アーメイリン先任軍曹である!」
アテンション!秋晴れの空の下、美鈴の鈴を転がしたような声が響く。
一夜明けて、紅魔館の正面。準備があるからとそのまま解散させられ、翌日ここに集められた。
美鈴の前に並ぶ三人。無論、咲夜、魔理沙、そして早苗である。
「あの、美鈴?」
「口からボムを垂れる前と後に――!………いたい、痛いです、咲夜さん。時を止めてコブラツイストはやめて下さい」
咲夜は美鈴を開放して、いったい何をするつもりなのと聞く。
とは言っても予想は付いている。集められた三人は皆、どこで買ってきたのかジャージ姿。
「何って、ダイエットですよね?ならば運動しかありません。名づけてビューティフルブートキャンプ」
まぁ、そうだろう。
人間の体はよく出来ていて、栄養が不足すると、次に摂取したときに過剰に体に溜め込もうとする。
食事制限によるダイエットのリバウンドが多いのはこのためである。
また、筋肉とは実に燃費が悪く。筋肉質の人は平均的な体をしている人よりカロリー消費が激しい。
筋肉の維持という手間を差し引いても、体形を気にするならば、たとえ女性であってもある程度筋力トレーニングを行うべきなのである。
ダイエットには運動が一番とは、そういうことだ。
「とまぁ、そんな訳です。大丈夫ですよ。アスリートやボディビルダーみたいに特殊なトレーニングをしない限り、見た目あんまり変わりませんし、マッチョになることもありませんから」
その言葉に早苗はホッと胸を撫で下ろす。いくら元々が戦神である神を奉ずる巫女であっても、怒りのアフガンな体形はごめんこうむる。
「今日より、魔理沙と早苗さんは二週間の間、『紅魔館一緒にトレーニング』に泊り込みで参加してもらいます」
「ビューティフル何とかじゃねーの?」
魔理沙うるさい。
二週間という期間に、早苗は神社のことが心配になるが、既にレミリアにより、神奈子たちの承諾を受けて紅魔館勤務の妖精が派遣されているということを伝え納得してもらう。
以後、守矢神社では家事に勤しむ妖精が見受けられ、訪れる者の目を楽しませることとなる。
魔理沙は、めんどくせぇとテンションが低い。
早苗は早苗で、学生時代は体育の成績があまり芳しくなかったために不安顔だ。
唯一すまし顔なのが、咲夜。彼女は見た目に反して武闘派メイド。少し運動して調整する程度にしか思っていしないのだろう。
今一乗ってこない三人に、美鈴は不満そうだ。
ふとそこで一計を思い付く。
「ところで、博麗の巫女をご存知ですよね」
何を今更なことを。三人は怪訝そうに美鈴を見る。
彼女たちの意識を集めた美鈴は、次いで一拍置いて言葉を続ける。
「博麗霊夢は―――太らない」
そのとき、三人に衝撃が走る。
意図した通りの反応に微笑み、続ける。
「博麗霊夢は太らない。何故か、お賽銭が少なくて満足な食事が取れない?否。彼女は八雲紫によって守られている。では、妖怪退治で運動しているから?否。彼女はものぐさだ。では何故か?それは、彼女が―――博麗の巫女だからなんです!」
ババーンと、全く答えになっていないのだが、その場のノリで驚く三人。
「博麗の巫女になると、特典としてスリムボディが約束されているんですよ!許せますか?彼女は、貴方たちの努力をあざ笑い、神社でいつもお茶を啜っている!」
嘘である。
だが、三人の瞳に炎が宿る。
スリムボディを手に入れて、見返すのだ。美しいくびれを手に入れて、ついでに限界まで食べさせて太らしてやる。博麗特典など容易に突破してくれよう。
「皆さん実に良い目をしている。では行きましょう!」
彼女たちの殺る気に満ちた表情に頷き、背を向けて走り出す美鈴。否、先任軍曹リー・アーメイリン。
追うようにして走り出した咲夜たちは既に乙女ではなく、一人一人がソルジャーの卵―――ウジ虫であった。
右、左、右、左、規則正しく響く美鈴の足音。続く三人のそれも、次第に歩調が合わさってきた。
何事かと集まってくる霧の湖の妖精たちがギャラリーを形成しだしたが、それを意に介すことなく、坪面積にして優に百を超える紅魔館の外周をひたすら走る。
「幻想郷では当たり前」 『幻想郷では当たり前』
「博麗の巫女はサノバビッチ」 『博麗の巫女はサノバビッチ』
「八雲紫はスキマババア」 『八雲紫はスキマババア』
「見つかりゃしばかれたかられる」 『見つかりゃしばかれたかられる』
「抱え落ちはド素人」 『抱え落ちはド素人』
「お頭のイカれたあいつらに」 『お頭のイカれたあいつらに』
「ボムを、全部食らわせて」 『ボムを、全部食らわせて』
「お嬢様にこう言おう」 『お嬢様にこう言おう』
「貴方によし」 『貴方によし』
「私によし」 『私によし』
「うん、よし」 『うん、よし』
…………………
……………
…………
………
「いつ聞いても心に沁みる……」
紅魔館のバルコニー。そこにレミリアはいた。
紅魔館門番隊のランニングカデンス。伝統ある門番隊では、新兵訓練の際にこのリズムが館に響き渡る。
それはもはや新春の風物詩であり、この春告と共に、新たな門番妖精が誕生する。
レミリアはいつも、それを楽しみにしている。
思いがけぬ季節に、それを堪能することが出来た。
「咲夜、頑張りなさい。頑張っただけ、それが貴方の糧となるのよ」
涙がちょちょぎれる。ハンカチーフで拭われたレミリアの涙は、ダイヤモンドの輝きを放っていた。
紅魔館の外壁に沿って延々と続けられる持久走。
秋とはいえ、日差しはある。空気を読んで必要以上にギラギラと輝く太陽。
陽光が注ぎ、ワシといいことしようやないかと言う様に肌を刺す。
何度も見かける氷精が、湖畔で涼しげに美味しそうなキャンディーを舐めている。
だが振り返らない。振り返れない。
肺がぎしぎしと悲鳴を上げ、足は既に鉛のよう。それでも止まらないのは、意地があるから。
乙女を殺すにゃ刃物はいらぬ、ただスイーツがあればよい。
だが彼女たちは違う。
食べて痩せる?甘えたことを言うな。
プチ断食?そのままリバウンドに苦しめ。
コアリズム?それで運動した気になっているのか。
彼女たちは走る。ただ走る。
「きゃっ!」
途中、早苗が足をもつれさす。既にボロボロの彼女。受身すら取れずに地に倒れ伏すかと思われた瞬間、
「早苗ぇぇ!」
魔理沙が間一髪抱きとめた。そのまま早苗の肩を担ぎ、再び走り出す。
だが過酷な訓練で魔理沙の肉体も満身創痍。このまま走れば、共倒れになることは明らか。
私のことは置いていってください。泣きながら懇願する早苗に、それでも魔理沙は耳を貸さない。
なぜなら、彼女たちはティームなのだ。どうして見捨てられよう。
「貴方ばかりに良い格好はさせないわ」
咲夜!魔理沙は驚く。まだ彼女は余力を残しているはず。だのに歩調を合わし、反対側から早苗を支える彼女。
私だけゴールしても意味ないもの。そっぽを向きながら、それでも彼女の心は伝わった。
共に走ろう。今、三人の心が一つになる。
「ラスト一周!」
先任軍曹殿の有難いお言葉に、なけなしの力を振り絞って足を動かす。
ラストスパートをかけたのか、どんどんと遠のいていく背中。
彼女たちはそれを絶望を持って見送るしかないのか。
否、仲間がいる。隣り合い、共に闘う彼女たちは万の敵すら恐れない。
終着点、紅魔館の正門で美鈴は待つ。
辿り着いた時、既に後ろには彼女たちの姿はなかった、脱落したのだろうか。
いや、美鈴はそのような心配はしていなかった。
まんじりともせず、辿った道を睨み付ける。
「ふっ、やはり」
そして現れる。両の肩を咲夜と魔理沙に担がれ、それでもなお自らの足で走る早苗。
美鈴の目の前で、やってやったぞと笑い、そのまま倒れる彼女たち。
指一つ動かせず、起き上がることができない。
美鈴は妖精メイドを呼び、それぞれをベッドに運ばせる。
レミリアお嬢様も御照覧あれ、咲夜さんたちは見事やり遂げましたぞ。
このウジ虫たちは、いったいどのように羽化するのだろうか。堪えられない愉悦に頬を歪めた美鈴は、それを隠そうともせずにゆっくりと立ち去った。
二週間、訓練はまだまだ続く。
「ふざけるな!玉落としたか!?それでよくルナシューターになろうだなんて言えたな!」
「サー!玉は母親の腹に置いてきました!サー!」
時に歯を食いしばって耐え。
「誰がベーグルなんぞ食べて良いと言った!」
「う、うぅ、ごめんなさい……」
時にくじけそうになる。
「シャーリーン…とても綺麗よ…ピカピカに磨き上げるわ…」
「それ私の箒だろ!?」
極限に、果たして彼女たちは乗り越えることができるのであろうか。
もはや、誰も彼もが当初の目的を忘れていた。
そして二週間後。
「本日をもって、貴様たちはウジ虫を卒業する。本日から貴様らは門番隊である。スールの絆に結ばれる。貴様らのくたばるその日まで―――」
―――つまり、貴様らも永遠である!
そしてこの日、門番隊に新たな仲間が加わった。
美鈴の前で、門番隊隊員を背に整列する咲夜たち。皆一様に、タフでマンダムの香る笑みを浮かべている。
そこにはもう、ウエストのサイズばかりを気にする豚娘はいない。
優れた能力を持ち、門番隊の魂を注ぎ込まれた彼女たちはまさに為虎添翼。
一人一人が一騎当千。共に闘えば驍勇無双。もはや幻想郷に敵はない。
博麗霊夢?おいおい、脇がお留守だぜ。
八雲紫?隙間などチャックしてやる。
風見幽香?ドSがなんだ、こちとら過酷な訓練を乗り越えた生粋のドMだ。
何人たりとも通しはしない。なぜならここに、門番隊がいるからだ。
我が征くは阿修羅道。
長き雌伏を経て、再び幻想郷に紅魔館の名を轟かせる時が来た。
行こう朋友よ。いざ、倒れ逝くその時まで。
嗚呼、我ら紅魔館門番隊。その栄光は、今、幻想郷史に屹立せん。
終わり
ランニングの時は必ずM14を担ぐんですね分かります
先任軍曹にあだ名を付けて貰うんですね、分かりますwwwww
美鈴はこういう役がとても似合いますね。
て、門番隊に入隊された!!え?あれ?www
おお、美鈴大金星じゃないですか。
旧作の陰陽玉の能力が今もあるのなら、
霊夢はいくら甘い物を食べても太らないのかも知れませんね。