「あとは釜の蓋を開けて終わりです」
私の号令に、地獄の鬼達が一斉に声を上げた。
彼らの手で地獄名物の大釜の蓋が上げられていく。溜まりに溜まった蒸気が開放され霧散した。
明日は閻魔賽日といい、私達閻魔の休日である。それに従い、地獄にも休日が訪れる。今している作業はそのための作業なのだが、やはり休めるということで地獄の住民も張り切る。
私がその作業を見届けていると後ろから声をかけられた。
「お疲れ様です、四季様」
「あら。あなたにしては遅いわね、小町」
現れたのは私の部下の小野塚小町。彼女は三途の川の渡し守をしているが、仕事がとにかくマイペースなのだ。それこそ定時で戻ってこないことが珍しいくらいに。
「そんな、ひどい。これでも大変だったんですからね。明日の説明をしても最近の霊たちはなかなか納得してくれないし」
小町も当然のことながら明日は休みになるので、順番待ちをしている霊たちに一時解散してもらうのだ。
「そうね、最近は明日のことを知らない霊が増えてきてるわね」
大釜の蓋を開け終わった鬼達は自分の住処へと散りはじめる。それを確認して私も踵を返して歩き出した。小町があとについてくる。
「それどころか、やぶいりのことも知らない霊が増えてきているんですよ。人間界の行事なのに」
おかげで説明もままならないと小町は文句をたれる。
たしか、やぶいりとは基本的に閻魔賽日と日を同じにする人間界の行事で奉公人達の休日だったはず。
「昔の霊たちは、この日は地獄に落とされるからって絶対寄ってこなかったのに」
「なんですか、それは?」
あまりに事実無根なことを言われて私は思わず足を止めていた。
「どうやら、やぶいりとは地獄の釜の蓋が開く日。釜に入れられてしまう日と勘違いしてた霊も少なくないみたいですよ」
小町が肩を竦めて説明する。それを聞いて私は思わず唸ってしまった。
「それはまた、すごい曲解ですね」
立場上、口出しできることでもないのだが、伝えられるべきことが伝えられないことも、また伝わる内容が(結果的に同じ効果をもたらしたとしても)誤っていることも悲しく思う。まして、その内容が地獄に関することであるならばなおさら。
「ですよね。まあ、霊が寄ってこなくなることに違いは無かったのであえて説明はしませんでしたけど」
こういう情報に関しては、霊とよく語り合う小町に敵わない。
そういう意味では彼女の行いも見直さなくてはいけないのかもしれない。ただ彼女の場合、その行為が目に余るので素直に認められないのだが。
「ところで、小町。あなたは明日どうするつもりですか?」
「そうですね。別にやりたいことも無いですし、おとなしく家でゴロゴロしてるんじゃないですか?」
「またそうやって……」
と、声に出して、続きを口に出すのを思い止まった。
ただでさえ説教くさいと言われている私だ。それは仕方が無い。仕事なのだから。
しかし、休日の時まで説教するのは流石にやり過ぎだという考えが頭をよぎった。
「い、いえ。それでは小町。ゆっくりしすぎて仕事に遅れるなんて失態犯さないでくださいよ」
小町が呆気に取られた顔をしている。……そんなに意外な事だっただろうか。
私が困っていると、彼女はにっこりと微笑んで、
「そう。そうやって公私を混同しないことが善行に繋がるのですよ」
私の真似をしてみせた。
「……何か言いましたか、小町?」
「いいえ、なにも。……それでは四季様。よい休日を」
そう言う小町は、ダッシュで逃げ出している。
怒られると思って逃げ出すくらいなら、怒らせることを言わなければいいと思う。が、きっと小町には無理なのだろう。
私はため息を吐いた。
ひとつ問題を思い出してしまった。
私は仕事以外に別にしたいことも無い。かといってゆっくり休むのは性に合わない。それならば仕事をしている方が落ち着く。
要するに、私は休日というものが苦手なのだ。
さて、どうしたものか。
私の号令に、地獄の鬼達が一斉に声を上げた。
彼らの手で地獄名物の大釜の蓋が上げられていく。溜まりに溜まった蒸気が開放され霧散した。
明日は閻魔賽日といい、私達閻魔の休日である。それに従い、地獄にも休日が訪れる。今している作業はそのための作業なのだが、やはり休めるということで地獄の住民も張り切る。
私がその作業を見届けていると後ろから声をかけられた。
「お疲れ様です、四季様」
「あら。あなたにしては遅いわね、小町」
現れたのは私の部下の小野塚小町。彼女は三途の川の渡し守をしているが、仕事がとにかくマイペースなのだ。それこそ定時で戻ってこないことが珍しいくらいに。
「そんな、ひどい。これでも大変だったんですからね。明日の説明をしても最近の霊たちはなかなか納得してくれないし」
小町も当然のことながら明日は休みになるので、順番待ちをしている霊たちに一時解散してもらうのだ。
「そうね、最近は明日のことを知らない霊が増えてきてるわね」
大釜の蓋を開け終わった鬼達は自分の住処へと散りはじめる。それを確認して私も踵を返して歩き出した。小町があとについてくる。
「それどころか、やぶいりのことも知らない霊が増えてきているんですよ。人間界の行事なのに」
おかげで説明もままならないと小町は文句をたれる。
たしか、やぶいりとは基本的に閻魔賽日と日を同じにする人間界の行事で奉公人達の休日だったはず。
「昔の霊たちは、この日は地獄に落とされるからって絶対寄ってこなかったのに」
「なんですか、それは?」
あまりに事実無根なことを言われて私は思わず足を止めていた。
「どうやら、やぶいりとは地獄の釜の蓋が開く日。釜に入れられてしまう日と勘違いしてた霊も少なくないみたいですよ」
小町が肩を竦めて説明する。それを聞いて私は思わず唸ってしまった。
「それはまた、すごい曲解ですね」
立場上、口出しできることでもないのだが、伝えられるべきことが伝えられないことも、また伝わる内容が(結果的に同じ効果をもたらしたとしても)誤っていることも悲しく思う。まして、その内容が地獄に関することであるならばなおさら。
「ですよね。まあ、霊が寄ってこなくなることに違いは無かったのであえて説明はしませんでしたけど」
こういう情報に関しては、霊とよく語り合う小町に敵わない。
そういう意味では彼女の行いも見直さなくてはいけないのかもしれない。ただ彼女の場合、その行為が目に余るので素直に認められないのだが。
「ところで、小町。あなたは明日どうするつもりですか?」
「そうですね。別にやりたいことも無いですし、おとなしく家でゴロゴロしてるんじゃないですか?」
「またそうやって……」
と、声に出して、続きを口に出すのを思い止まった。
ただでさえ説教くさいと言われている私だ。それは仕方が無い。仕事なのだから。
しかし、休日の時まで説教するのは流石にやり過ぎだという考えが頭をよぎった。
「い、いえ。それでは小町。ゆっくりしすぎて仕事に遅れるなんて失態犯さないでくださいよ」
小町が呆気に取られた顔をしている。……そんなに意外な事だっただろうか。
私が困っていると、彼女はにっこりと微笑んで、
「そう。そうやって公私を混同しないことが善行に繋がるのですよ」
私の真似をしてみせた。
「……何か言いましたか、小町?」
「いいえ、なにも。……それでは四季様。よい休日を」
そう言う小町は、ダッシュで逃げ出している。
怒られると思って逃げ出すくらいなら、怒らせることを言わなければいいと思う。が、きっと小町には無理なのだろう。
私はため息を吐いた。
ひとつ問題を思い出してしまった。
私は仕事以外に別にしたいことも無い。かといってゆっくり休むのは性に合わない。それならば仕事をしている方が落ち着く。
要するに、私は休日というものが苦手なのだ。
さて、どうしたものか。