平日の朝の寺子屋は、生徒達の喧騒でにぎわっていた。
だが、今日はいつもと様子が違った。
新顔、つまり転校生が来ていたのだ。
「ふ~ん、じゃあ、外の世界から来たんだ」
「うん。三日前に、この幻想郷県に引っ越してきたんだ。名前はヒロシ。特技はサッカー。よろしく」
「よろしくね、ヒロシ。私はキョウコ」
「俺はカツヤ」
「あたしはミキ」
「まことなのだ」
問題なく通過儀礼の自己紹介が終わり、彼らの話題はヒロシの郷里のことに移った。
「ねー、外の世界から来たってことは、私達の知らない妖怪を知ってるんじゃない?」
「妖怪? なんだそれ」
「えっ、もしかして妖怪を知らないのお前?」
「妖怪って……お前らそんなの信じてるのかよ。迷信だろ」
「迷信じゃないわよ。幻想郷はね、妖怪がうじゃうじゃいるの。この里だって、け~ね~が守ってくれているから安全なのよ」
「け~ね~?」
「そう。上白沢慧音先生。寺子屋の教師で、私達の先生よ」
キョウコはその先生について語りはじめる。
だがその前に、教室の戸が、ガラッと開いた。
「どすこい!!」
いきなり、奇妙な形の帽子をかぶった女性が突入してきた。
低空を水平飛行しながら、教卓に突進し、頭突きで吹っ飛ばす。
「な、なんだ!?」
教壇が舞い上がる埃で、一瞬見えなくなる。それが引いた後には、教卓が壊れて粗大ゴミと化していた。
ゆらりと立ち上がりながら、入ってきた女性がこちらを向く。
きりっとした眉に、整った顔立ち。間違いなく美人といえる容貌だったが、その行動は瀟洒とは無縁であった。
女性は首をかしげて、
「む、ウケなかったか」
「先生、また滑ったー」
「いや、新学期の初日だから、インパクトが大事だと思ったんだが」
滑ったといいながら、子供たちには大ウケであった。
しかし、転校生のヒロシには、インパクトが強すぎた。
その教師は、二十貫(七十キロ)はありそうだった机を、頭突きで豪快にはね飛ばしたというのに、ふらついてもいない。
見た目は人間だが、トリケラトプス並の破壊力であった。
「みんな、しばらくぶりだな。そして、ヒロシ君は、はじめましてだね。私は君の担任である上白沢慧音。け~ね~、と呼んでくれ」
白い歯を見せて、け~ね~はヒロシに笑いかけた。
「なんだあの先生。顔は美人だけど、ただの変な先生じゃねぇか」
寺子屋は休み時間になっていた。
慧音先生は他の生徒には人気なようだが、ヒロシにはどうも彼女が胡散臭く思えてしかたがなかった。
授業はつまらなくて眠くなるし、頭は固い。いや、本当に硬い。
「大体、何だよあの変な帽子」
「け~ね~はね。昔ある生徒に取り付いた鬼を、あの頭に封印してるんだって」
「何でわざわざ頭に……」
普通は手とかだろう、と思う。
「ヒロシ、け~ね~が妖怪から守ってくれないと、この里は大変なことになるのよ」
「また妖怪かよ。いねーよ、そんなやつ」
「いるのよ。例えば、この前も夜雀に襲われた子がいたって噂だもの」
「夜雀?」
「あ、ヒロシは知らないんだ。夜雀っていうのはね」
ミキが得意げに語りだす。
夜雀は鳥の妖怪。暗い夜道や人気の無い森を歩いていると、急に辺りが真っ暗になる。
そこで歌声が聞こえてくるため、迷い人はその歌の方へと向かう。
実はそれが夜雀の歌声であり、人間を鳥目にしてから、歌でおびき寄せて襲うのだという。
ヒロシはそれを聞いて、はん、と鼻で笑った。
「どうせ大人が、森に子供が入らないように作った怪談だろ」
「違うわよ。森に入っちゃいけないのは本当だけど」
「じゃあお前らはそれを見たっていうのかよ」
「見てないけど……だって怖いし」
皆の顔は不安そうになる。
それを見て、ヒロシはいいことを思いつき、ニヤリと笑った。
放課後。黄昏時になっていたが、空は曇りで日は見えない。
ヒロシと四人は、里のはずれにある、森の近くにいた。
夜雀とかいう妖怪が本当にいるなら、いっそのこと確かめにいこう、というのがヒロシの考えだった。
「ねぇ、ヒロシ。やっぱりやめた方がいいよ」
「何びびってんだよ。意気地なしだな、ここの奴らは。ほら来いよ」
ヒロシは先頭に立って、森へと入っていく。
子供たちは顔を見合わせたが、結局彼の姿を見送ることにした。
「…………ついてこないな、あいつら。大体、今時妖怪なんて、ガキでも信じてないぞ。まあ、あの先生の頭突きは妖怪っぽかったけど」
ヒロシがぶつぶつ呟きながら一人で森を歩いていると……
「あれ、なんだ?」
急に森の闇が深くなっていき、ついには真っ暗になってしまった。
「お、おい。嘘だろ」
うろたえるヒロシの耳に、不思議な歌声が聞こえてくる。
行ってはいけない。行ってはいけないと分かっているのに、足は勝手にそちらへと向かってしまう。
闇の向うで、ぼんやりと何かが光っている。
歌声はその明かりから聞こえてくるのだ。
「いーまーかーらーいーちーばーんーたーのーしーいーじ~かん~♪」
「も、もしかしてあれが……!」
ヒロシの全身に鳥肌がたつ。
大きな翼を持った夜雀が、行く手に待ちうけていたのだ。
「おーまーたーせーしーまーしーたーばーんーごーはーんー♪」
夜雀はご機嫌に歌いながら、餌を見る目つきで、ヒロシが来るのを待っている。
逃げ出したいのに、逃げられない。耳を塞ぐことも、目をそらすこともできない。
「いっただーきまーす♪」
恐怖のあまり、思わず彼は、その名を叫んだ。
「うわあ! 助けて、け~ね~!」
その時だった。
「待てーい!!」
突然、影が飛んできて、ヒロシの前に降り立った。
凛々しいその後姿の正体は、
「け~ね~!!」
寺子屋霊能教師、上白沢慧音。
人呼んで、地獄先生け~ね~だ!
「ヒロシー! 助けに来たよー!」
振り返むけば、森の入り口で別れたクラスメイト達が、手を振っている。
彼女達が寺子屋に、け~ね~を呼びに行ってくれていたのだ。
「私の生徒に手を出すな!」
慧音は決め台詞を放ち、妖怪と闘う構えを見せる。
だが、夜雀の方も乗り気であった。
「ふん、鳥目にしてあげる! 夜盲『夜雀の歌』!」
スペルカードが発動し、慧音の周囲を闇で覆う。
闇の中から弾幕が忍びより、慧音の体を傷つけていく。
「くっ、小癪な手を!」
「け~ね~! 頑張ってー!」
「負けるか! 私は生徒たちを守ってみせる!」
苦戦の中で、慧音は己を鼓舞する。
その時、子供達の応援に混じって、どこからとも無く、声が聞こえてきた。
「慧音先生! それでも貴方は、私のライバルか!」
そ、その声は、
「玉藻……じゃなかった、藍か!」
「今こそ使え! かつて私を追い詰めた、その究極の霊媒兵器を! 」
「ああ!」
慧音は力強く返事をし、ついにその帽子を脱いだ。
現れたのは、二つの大きな角。片側には、赤いリボンが結ばれている。
角は神々しい光を放ち、夜雀の闇を一瞬で払った。
「出たー! あれが、け~ね~の『鬼の角』だ!(注:ハクタクです)」
「見てヒロシ!」
「う、うん。本当だったんだ!」
子供たちに混じって、ヒロシは歓声をあげる。
闇が消え、姿が丸見えとなった夜雀に対し、け~ね~は不敵な笑みをみせて、
「ふふふ、さあ串刺しになるがいい!」
「な、なによそれ! ちゃんとルールに従いなさいよ!」
「問答無用!」
慧音は頭を下げ、夜雀の尻に照準をセットした。
「悪霊Caved!!!!」」
「ひぎゃー!!」
どごーん、という衝突音とともに、夜雀はお尻を押さえて飛んでいった。
け~ね~は変な帽子をかぶり直し、ヒロシの方へと駆け戻る。
「怪我は無いか、ヒロシ!」
「先生。俺……」
ヒロシはその顔を、まともに見上げることができなかった。
「俺……信じてなかったのに。先生なんて嘘つきだと思ったのに、エドモンド本田だと思ったのに、どうして」
「気にするな。お前は、私の大事な生徒だ。例えどんな風に思われていても、本田と思われようとザンギエフと思われようと、絶対に守ってやる」
「け、け~ね~!」
ヒロシが、子供たちが、慧音に飛びつく。
寺子屋の地獄先生は、彼らをしっかりと抱きしめた。
「よーし、夜雀も退治して、ヒロシも無事戻ったことだし、今日は先生がおごってやる!」
「えー? け~ね~の安月給で大丈夫なの?」
「大丈夫だとも! えーと今財布の中には……く、串焼きでいいか、みんな?」
「また串焼き~?」
「あはは先生、もう少し生活面でも甲斐性がないと、もこたんに嫌われちゃうよ」
「やかましい!」
無事に事件を解決した教師と生徒は、夕方でもないのに、夕日に向かって笑顔で去っていく。
慧音先生のお気に入り、美味しい串焼きの屋台を目指して……。
(おしまい)
最初の妖怪は確か九十九神でヒロシに取りいてたような・・・