「あーだこーだ、あーだこーだ」
小野塚小町は説教を受けていた。
「あーだこーだ、あーだこーだ」
「へい。へい。へい」
彼女の上司である四季様が小町を叱るのはもう何回目だろうか。
悔悟の棒をしっかりと握り締めて、無能な部下をどうにか改善しようと努めていた。
この頃ではよくも飽きないものと小町は逆に関心している。
「ぴーちくぱーちく。ぴーちくぱーちく」
「へい。へい。へい」
もっとも、ありがたい説法も小町の耳を通せばこの通りである。
「くどくど、くどくど」
「へい。へい。へい」
しかし小町がひどく憂鬱なのは、何も長々続く説教のせいではなかった。
こんなものは聞き流して、最後に『あたい、もう心を入れ替えました!』とでも感動した様子で言えばいいのだ。
心が広い四季様はそうと言えば許してくれる。
その入れ替える方の心もすで腐ってるとは露と知らない。純真なお方なのだ。
「小町、小町。聞いているのですか?」
「今までのあたいはなんてヤツだったんだろう。あたい……あたいもう心を入れ替えました!四季様!」
わぁぁと泣いて抱きついた。
小さな子供に泣きつくようでどうにも気に入らないが、ここに小町の魔法がある。
彼女はその豊満な胸を閻魔の顔におしつけると、ぎゅうぎゅうに腕をしめた。
「小町ぃ!苦しいですっ。やぁっ…!」
「四季様!四季様!四季様ぁ!」
大慌てで四季様は離れようとする。
それを逃がさんと柔らかな谷間におしつけ、きっかり一分、谷間に埋めた。
なんとか小町の拘束を脱出すると、息も上がった四季様は再び威厳を取り戻さんと服の乱れを正す。
「小町…あなたは少し大き……。こどもっぽすぎる!」
「はい、すいません」
「わたしの話に感銘を受けたのは分かったから、抱きつくのはやめなさい」
「分かりました。それでは、一層仕事に励みまなければ…失礼します!」
だが息を荒げている四季様の視線は胸に釘付けだった。
よっしゃ。今日も勝った。
この下着もつけない双丘こそ小町の魔法だ。
そしてそれはまた皮肉なことに、小町を苦しめる最大の要因だった。
小町はさっそくサボった。
今日は少し足を伸ばして地上に出ることにした。
お日様はきついが、代わり湖の木陰で寝れば夕方までの安眠は保障されたもの。
道すがら、空を飛ぶメイドに会った。
何、小町の頭がいかれたわけではない。本当にメイドが空を飛んでいたのだ。幻想郷では普通のことである。
名前は咲夜といったか。別に無視するような間柄でもないので、一応と手をあげて挨拶をした。
「よぉ」
「あら、こんにちは」
人里近くの小さな並木道。
すれ違う人はみな小町がゆったり歩くと、一緒にゆれるゆっさゆっさしたものを凝視した。
このメイドもどうやら例外ではないらしい。
卑猥な。と、思う反面すこし小町は誇らしい気分になる。
空からスルスル降りてきてくれた咲夜もそこを見て、一つ大きなため息をついていた。
「こんな暑い日にどうしたんだい?」
「お嬢様に入用なものを言い付かってね。買い物よ」
ちょっとした雑談の後、特に引き止める理由もなく、二人は別れていった。
咲夜は館に入って、自室でため息をつく。
昼間見たあの死神。彼女のように開放的に胸をはだけさせることができれば、どれほど気持ちがいいか。
咲夜はその誘惑に頭を横に振った。
べつに間違ってはいけないのは、自分が慎ましいバストの方が美しいと思う少々古い人間だし、咲夜の主人もまたそれに同じだった。
一部では私が貧乳だとかパッドだとか噂されているようだが、それらの風評は咲夜を別の意味で苦しめている。
咲夜は鏡を見た。
鎖骨の下、はだけさせた胸部には、豊かに揺れ動くそれがあった。
「はぁ…。また大きくなった……」
そこには素晴らしいバストがあった。嘘偽りはない、下着ははずしている。
咲夜がためしにぴょんと飛んでみる。同時にぷるんと揺れた。
見る人が見れば凄まじい驚愕を起こしかねないこの光景は、ただ彼女の頭を悩ませているだけだった。
咲夜は、胸が大きかった。
咲夜は必要に応じて紅魔館を拡張している。自分の能力の応用でそれを行っているのだが、勿論、ところどころ広くするだけでなく圧縮しなければならない空間というのも出てくる。たとえば廊下を削ったり、無意味な倉庫を潰したり。
それを使って、咲夜は普段から自分の胸を控えめに抑え込んでいるのだった。
自分の能力を自分に使うんだから相性は言わずもがな。造作も無いことだ。
いつだったかの異変では胸をしまい過ぎて不審を買ってしまった。もうあのミスはしまい。
だから誰彼が咲夜に向かって胸がないのを悪口として指摘するのは的外れだ。
そもそも何故紅魔館が拡張できて、胸ができないのだ。
ではどうしてわざわざ胸を小さくするような事をしているのかと言うと、これが小さな理由が色々ある。
まず第一に自らの主人である。
咲夜の仕える吸血鬼はいわずと知れた控えめな体型だ。
咲夜は十年ほど前はブラのサイズも今より三つほど上で統一されていたのだが、その時はこちらを見たときに、主人は顔をわずかにしかめることが度々あった。
当初は自分の粗相のせいかとも思った。だが妙に視線は固定されている。
彼女が生きたのは中世。大きな胸は下品な娼婦のものとして認識されていた。
もしやと思い咲夜は急遽大きさを抑え込むと、それから主人の視線は柔らかになった気がしたのだ。
あとはそう、それから会った人間や妖怪たちに、咲夜は胸が小さいと認識されてしまったことだ。
今更になって胸が大きいと教えたところで、なんとなく自慢しているようで嫌味だろう。
また、やはりなんとなくこの小ささが完璧な従者に一つ染みを落とすようで、彼女たちの好評を買っている。
咲夜は元来人付き合いがそれほど得意でない。自分の弱みというか、弄り易いこの点にすこし感謝していた。
しかしまあ、やはり抑え込んでるものは苦しい。白い胸元を見て、咲夜は憂鬱に自分の胸をつついて触る。
こうして自室でしか真の開放感を咲夜は得られない。
小さくなってくれないかなと思うものの、返ってきたのは揺れる胸の振動だけだった。
小町は周囲に人がいないのを慎重に確認した。
日を遮る木の下に、腰を落ち着ける。
ふぅ、と息をつく。
「あっつぃー……」
距離を操る程度の能力を解いた胸元は、袖口からわきの下まで涼しい風が通り抜ける。
いまや小町は完全にぺったんこだった。
「いやぁ…蒸れるなぁ」
蝉が大声でジワジワと鳴り、夏の青空が頭上にはこれでもかと広がっている。
気温も湿気も高いが、風で汗が飛んで気持ちよかった。
この素晴らしい能力を提供してくれた死神って職業には感謝せねばなるまい。
むしろこのために死神になったのかもしれないと、小町はクククと笑った。
下を見ても、地面までストーンと視線が落ちた。
サイズを"普段"の自分用に合わせた船頭服。そこには本当に控えめな膨らみがあるだけだった。
上下左右に微調整された距離は、小町の胸に劇的な変化をもたらした。
たとえそれが偽りのものだと分かっていても、初めてこの能力を行使して、鏡の前に立ったとき小町は涙が止まらなかった。
ああ、生きるのはこんなにも素敵なことなのだろうか。誇張じゃない。ほんとにそう感じたんだ。
確かに、小町が胸を拡張しているのは罪である。
この能力を手に入れより、閻魔をも騙す嘘にどれほど必死になっただろう。
だがはたして、背が高いのに胸がないのが、どれほど残酷なことか想像がつくだろうか。
バカにされた修行時代。バカにされた死神学校時代。何が男勝りなカッコいい小町ちゃんだ。陰で男にすら劣るとバカにしやがって。
誰かにとってはからかうくらいのなんでもないことでも、それを何十、何百と言われ続けてみろ。
ひそかに泣いたのも一度や二度じゃない。
その反動でボーンとふくれあがったのだ。それでいいではないか。
や、嫌なことを思い出すのはやめておこう。気分が沈んでしまう。
こういうときは魔法の言葉だ。
「あたいは巨乳…あたいは巨乳…あたいは巨乳…あたいは…」
ぶつぶつと呟くとすこし元気が出た。
うん、やっぱり魔法の言葉だ。
そしてそれでも、深い悲しみを湛えた瞳で、いつまで待っても成長してくれない小さなふくらみを手でそっと覆ってみた。
そして今日も宴会で、小町と咲夜は席を同じくする。
「あははは!おい、また咲夜が小町の胸見てるぜ!うらやましいのか…はは!」
完全に悪酔いした魔法使いが声を大にする。
「ちょっ…違いますわ!失礼な輩ね、この白黒ネズミ!うらやましくなんてないわよ!」
「アッハッハ、いいさ。あたいの豊満なこれが羨ましいのかい? どれ、いっちょ胸を貸してやるから飛び込んどいで!」
宴会の会場がどっと盛り上がる。
しばらくすると、咲夜はトイレと言って席を立つ。
小町は涼んでくると言って外の草むらに消えていく。
小町と咲夜のふたりは疲れた表情で、深い深いため息を吐いた。
戦闘中とか能力の加減ミスった日には…
小町が…というのは珍しいですね