神社の掃除を終えて、いつものように空を見上げながらお茶を飲んで一息つく。
と、こちらに向かって来る黒い点が見えた。
どっかの野良魔法使いかとも思ったけれど、その影のはっきり見える速度から、天狗のほうだとすぐに確信。
新聞の勧誘か取材か、あるいは問題ごとか……。
なんにせよ、厄介ごとしか運んでこない。
念のため、御札と針を片手にその影の到着を待った。
空を飛ぶ影が神社に降り立った瞬間、脱力する。
こいつは新聞もカメラも手帳も持っていなかった。
持ってきたのは、よく冷えた水羊羹。
なにか裏でもあるのかと思ったけれど、そんな感じはしなかった。
根拠は特にない、すべては勘。
とりあえず、そのまま縁側に座らせてお茶を差し出す。
「で、今日は何の用?」
「何の用だと思います?」
「質問に質問で返すのはマナー違反」
「妖怪にマナーを求めるほうがって、嘘です、嘘ですからその針はしまってください!」
必死な様子に、しぶしぶ針を収める。
こいつは助かった、なんて言いながらお茶をすする。
「その力技でなんとかしようっていう癖、どうにかしたほうがいいですよ?」
「人を魔理沙みたく言わないでくれる?」
「どうしてここの人間はこうも好戦的なんでしょうねぇ」
「あんたたちが怒らすのが悪いんでしょうが」
おもたせで悪いけど、とお皿に分けた水羊羹を渡す。
二人して、一口ずつ口にして頷きあった。
「やっぱりよく冷えてますね」
「ほんと。よくこんな冷やせたわね」
「山の水は冷たいですから」
「なるほどねぇ。冷たいからさらに美味しく感じるわ……って、違うわよ!」
おいしい水羊羹のせいで、ついつい和んでしまった。
「え、おいしくないですか?」
「いや、おいしいのはあってるのよ、おいしいのは! 違うのは、文! あんたよ!」
水羊羹を食べていた黒文字でびしっと指す。
文はぱちぱちと瞬きを繰り返した後、危ないです、と文を指していた黒文字をそっと下ろした。
「一体なんなんですか、いきなり。私のどこが違うんですか?」
「カメラがない。手帳がない。新聞がない。手土産がある……って、あんたはたまに持って来てたわね」
だいぶ頭が混乱している。
落ち着け自分、と心の中で何度も繰り返す。
その間も文はきょとんとしたまま。
まるで、私のほうがおかしいみたいじゃないの。
「まぁ、いいや。で、結局何の用?」
「ああ、そういえばそんな質問されてましたね」
「覚悟はいいかしら?」
「あはは、まさか」
話が進まないからそろそろおふざけをやめにして、文の話を待つ。
けど、待てども待てども口は水羊羹とお茶のためだけに動かされる。
「まさかとは思うけど、用はないとか?」
その問いに、にこりと笑って頷いた。
くらりとしたのは、きっと暑さのせい。
「まぁまぁいいじゃないですか、おかげでおいしい水羊羹も食べられましたし」
「それはいいんだけどさ……」
それはいい、けど。
どうにも腑に落ちない。
「納得いかないって顔してますね」
「そりゃね」
お皿と湯飲みを隣に置いて、うーん、と腕を組んで考え始めた。
お皿は空。
湯飲みも空っぽ。
お腹は満たされたままだけど、喉の潤いは随分乾いてきた。
それでも、文はまだ考え続けている。
「なに考えてるのよ」
「いえ、どうしたら霊夢さんが納得してくれるのかと」
「もういいわよ」
ひらひらと手を振ると、不満顔が向けられた。
どうしてあんたがそんな顔すんのよ。
「あんたは妖怪。風を操る烏天狗。風が吹くまま、気ままに動く」
それが、あんた。
だから私は気にしない。
そう続けて、お茶のおかわりを取りに行こうと腰をあげる。
と、かくんと膝が折れた。
「な、なによ……?」
引っ張られたほうを見ると、さっきの不満顔から一変。
満面の笑みを浮かべていた。
「わかりました!」
「な、なにが?」
「私がここに来た理由ですよ!」
なにが嬉しいのか、声を弾ませてくいくいと袖を引く。
もういいと言うのに……。
仕方なく、袖を引かれるまま再び腰を下ろした。
「で?」
「風が吹くからです!」
文が笑顔で力いっぱいそう答えたから、私も笑顔で力いっぱい殴ってやった。
「くっ……ーったーぁ! 何するんですか!」
「それはさっき私が言ったじゃないのよ」
「話には続きがあるんですよ!」
「だったら早く話しなさいよ」
紛らわしい、と殴った手をさする。
無駄に痛がる文に続きを促すと、浮かべた涙を拭って口を開いた。
「私もどうして霊夢さんのところに向かうのか不思議で仕方なかったんですよ」
「あんた無意識なの?」
「いえ、ちゃんと意識してますよ。これもちゃんと霊夢さんにって思って用意しましたし」
自身の食べかけの水羊羹を指差して言う。
「ただ、どうして霊夢さんに、って思ったのかがわからなくて」
「ああ、そういうことね」
「はい。最近は取材対象も増えてきましたし、暇を潰す場所も他にありますし」
暇つぶしなら他へ行け。
そう反射的に突っ込もうとした手を必死に抑えた。
「だから、どうして貴女なのかと。今日霊夢さんとお茶を飲んでたらわかるかと思いまして」
「そんなことわかるわけないじゃないのよ」
「いえ、わかりましたよ」
風が吹くから、ね。
でも、自身が風を操ることができるんだからそれくらい自分で操れるでしょうに。
行こうと思えば、風の吹く向きや強さなんて簡単に変えられる。
もしかして、私に会いたくて無意識に風を動かしているとか……?
「っふ、まさかね」
自分の考えに首を振って否定する。
まさか文が、そんなことあるはずがない。
「霊夢さん?」
「お茶のおかわり持ってくるわ。まだいるんでしょう?」
「ええ、お願いします。風の吹く先は、どうやらまだ霊夢さんのようですから」
どこからか取り出した、紅葉の形をした大きな団扇。
ふわりと舞った風は、私の髪をふわりと揺らした。
おしまい
と、こちらに向かって来る黒い点が見えた。
どっかの野良魔法使いかとも思ったけれど、その影のはっきり見える速度から、天狗のほうだとすぐに確信。
新聞の勧誘か取材か、あるいは問題ごとか……。
なんにせよ、厄介ごとしか運んでこない。
念のため、御札と針を片手にその影の到着を待った。
空を飛ぶ影が神社に降り立った瞬間、脱力する。
こいつは新聞もカメラも手帳も持っていなかった。
持ってきたのは、よく冷えた水羊羹。
なにか裏でもあるのかと思ったけれど、そんな感じはしなかった。
根拠は特にない、すべては勘。
とりあえず、そのまま縁側に座らせてお茶を差し出す。
「で、今日は何の用?」
「何の用だと思います?」
「質問に質問で返すのはマナー違反」
「妖怪にマナーを求めるほうがって、嘘です、嘘ですからその針はしまってください!」
必死な様子に、しぶしぶ針を収める。
こいつは助かった、なんて言いながらお茶をすする。
「その力技でなんとかしようっていう癖、どうにかしたほうがいいですよ?」
「人を魔理沙みたく言わないでくれる?」
「どうしてここの人間はこうも好戦的なんでしょうねぇ」
「あんたたちが怒らすのが悪いんでしょうが」
おもたせで悪いけど、とお皿に分けた水羊羹を渡す。
二人して、一口ずつ口にして頷きあった。
「やっぱりよく冷えてますね」
「ほんと。よくこんな冷やせたわね」
「山の水は冷たいですから」
「なるほどねぇ。冷たいからさらに美味しく感じるわ……って、違うわよ!」
おいしい水羊羹のせいで、ついつい和んでしまった。
「え、おいしくないですか?」
「いや、おいしいのはあってるのよ、おいしいのは! 違うのは、文! あんたよ!」
水羊羹を食べていた黒文字でびしっと指す。
文はぱちぱちと瞬きを繰り返した後、危ないです、と文を指していた黒文字をそっと下ろした。
「一体なんなんですか、いきなり。私のどこが違うんですか?」
「カメラがない。手帳がない。新聞がない。手土産がある……って、あんたはたまに持って来てたわね」
だいぶ頭が混乱している。
落ち着け自分、と心の中で何度も繰り返す。
その間も文はきょとんとしたまま。
まるで、私のほうがおかしいみたいじゃないの。
「まぁ、いいや。で、結局何の用?」
「ああ、そういえばそんな質問されてましたね」
「覚悟はいいかしら?」
「あはは、まさか」
話が進まないからそろそろおふざけをやめにして、文の話を待つ。
けど、待てども待てども口は水羊羹とお茶のためだけに動かされる。
「まさかとは思うけど、用はないとか?」
その問いに、にこりと笑って頷いた。
くらりとしたのは、きっと暑さのせい。
「まぁまぁいいじゃないですか、おかげでおいしい水羊羹も食べられましたし」
「それはいいんだけどさ……」
それはいい、けど。
どうにも腑に落ちない。
「納得いかないって顔してますね」
「そりゃね」
お皿と湯飲みを隣に置いて、うーん、と腕を組んで考え始めた。
お皿は空。
湯飲みも空っぽ。
お腹は満たされたままだけど、喉の潤いは随分乾いてきた。
それでも、文はまだ考え続けている。
「なに考えてるのよ」
「いえ、どうしたら霊夢さんが納得してくれるのかと」
「もういいわよ」
ひらひらと手を振ると、不満顔が向けられた。
どうしてあんたがそんな顔すんのよ。
「あんたは妖怪。風を操る烏天狗。風が吹くまま、気ままに動く」
それが、あんた。
だから私は気にしない。
そう続けて、お茶のおかわりを取りに行こうと腰をあげる。
と、かくんと膝が折れた。
「な、なによ……?」
引っ張られたほうを見ると、さっきの不満顔から一変。
満面の笑みを浮かべていた。
「わかりました!」
「な、なにが?」
「私がここに来た理由ですよ!」
なにが嬉しいのか、声を弾ませてくいくいと袖を引く。
もういいと言うのに……。
仕方なく、袖を引かれるまま再び腰を下ろした。
「で?」
「風が吹くからです!」
文が笑顔で力いっぱいそう答えたから、私も笑顔で力いっぱい殴ってやった。
「くっ……ーったーぁ! 何するんですか!」
「それはさっき私が言ったじゃないのよ」
「話には続きがあるんですよ!」
「だったら早く話しなさいよ」
紛らわしい、と殴った手をさする。
無駄に痛がる文に続きを促すと、浮かべた涙を拭って口を開いた。
「私もどうして霊夢さんのところに向かうのか不思議で仕方なかったんですよ」
「あんた無意識なの?」
「いえ、ちゃんと意識してますよ。これもちゃんと霊夢さんにって思って用意しましたし」
自身の食べかけの水羊羹を指差して言う。
「ただ、どうして霊夢さんに、って思ったのかがわからなくて」
「ああ、そういうことね」
「はい。最近は取材対象も増えてきましたし、暇を潰す場所も他にありますし」
暇つぶしなら他へ行け。
そう反射的に突っ込もうとした手を必死に抑えた。
「だから、どうして貴女なのかと。今日霊夢さんとお茶を飲んでたらわかるかと思いまして」
「そんなことわかるわけないじゃないのよ」
「いえ、わかりましたよ」
風が吹くから、ね。
でも、自身が風を操ることができるんだからそれくらい自分で操れるでしょうに。
行こうと思えば、風の吹く向きや強さなんて簡単に変えられる。
もしかして、私に会いたくて無意識に風を動かしているとか……?
「っふ、まさかね」
自分の考えに首を振って否定する。
まさか文が、そんなことあるはずがない。
「霊夢さん?」
「お茶のおかわり持ってくるわ。まだいるんでしょう?」
「ええ、お願いします。風の吹く先は、どうやらまだ霊夢さんのようですから」
どこからか取り出した、紅葉の形をした大きな団扇。
ふわりと舞った風は、私の髪をふわりと揺らした。
おしまい
水羊羹が涼な感じでよかったです。
大変遅くなって済みません。
≫奇声を発する程度の能力様
ありがとうございます。
のんびり伝わってよかったです。
≫拡散ポンプ様
ありがとうございます。
そう言ってもらえてほっとしました。
≫オオガイ様
ありがとうございます。
ちょっとワンポイントで置いてみました。
読んでいただいた方々もありがとうございました。