「どうしたのよ霊夢、箸が進んでないじゃない。もしかしてお口に合わなかったかしら?」
ここは博麗神社内、参拝道から少し離れた所にある私の生活空間だ。卓袱台の向こう側から、私のことを心配気に覗き込んでくる妖怪が一匹。名前は八雲紫。
「霊夢、お風呂が沸いたみたいよ?一緒に入りましょう?」
にこにこと笑いながら私が行うはずの家事を行ってくれているスキマ妖怪。いったい何故こいつが居るのだろう。そんな私の思考に付き合う気は無いのか、さて霊夢の胸の発育は如何程かしらね、などといいながら紫は悠々と脱衣所に消えていく。私の意向はお構いなしかい。っていうかもしかして風呂に一緒に入って私の胸を揉む為に今日ここにいるのだろうか。まあ、時たま私にイタズラ(主に性的な)をしかけて悦ぶ癖があるコイツのことだ。今回もそういう類かもしれない。
いいだろう挑戦とうけとった。
それまで巡らせていたあれこれの思索を止め、これから我が家の風呂場で行われる壮絶な泡レスリングに想いを馳せながら、私こと博麗霊夢はよっこいしょ、と立ち上がった。
思い返せばそれは今日昼の出来事であった。「来たわよー」といいながらウチの卓袱台上の空間に出現したスキマからずるりと落ちてくる紫。幻想郷外の人間が見たら発狂しそうな出来事であるがこのボケ妖怪の突然の訪問と勝手な振る舞いはもう慣れていたので、私は茶か何か出してやって共に初春の朗らかな日差しを堪能した。最近日増しに暖かくなってくる風の中で、神社の周りの木々も幸せそうに揺れている。ついうっかり紫の存在を忘れるくらいまで景色に見入っていたような気がする。まあマイペースなのは普段どおりだ。
さて、私以上にマイペースで、常日頃なら「もう行くわー」といいながら夕暮れまでにマヨヒガに帰る奴が、今日はいつもと違って帰らなかった。
「泊まるわー」と言って、突然甲斐甲斐しく働きだしたのである。掃除洗濯など私がやりかけていた家事を全部引き継いで。
おかしい。コイツ紫は式である藍と、式の式である橙に家事全般を任せきりであり、自分は平均睡眠時間15時間を年単位で実現するほどの怠惰なヤツであったはずなのに。っていうか何故マヨヒガの家の家事ならともかくウチの家事を代わりにやりはじめるのか?さらにおかしなことに、コイツは家事をしながら
「霊夢ーっ宿題をやってしまいなさい」だとか
「後で髪を結ってあげましょうか」だとか
「霊夢ったら、母乳は一日十回までですよ」とか言ってる。
ついに紫がおかしくなったかと思った。私見では統合失調症、老年性アルツハイマーのどちらか。あるいは両方。季節の移り変わりに先駆けて紫の頭に春が来てしまった可能性もある。一刻も早くマヨヒガに帰って欲しくなった。
紫の発言は360°どこから検証してもたわ言であったので、おまえは私の母親じゃねえだろ、というツッコミは敢えてしなかった。
私は問題解決に関してプロフェッショナルであるという自覚がある。私のスタンスは泰然自若。あるがままの自分で、出たとこ勝負。ここ一番という局面では無類の強さを誇る私は、あの霧の事変からこのあいだの地下でのにゅーくりあーな死闘まで常勝にして無敗。
最強にして孤高の存在であるこの私だから、例え戦いのフィールドが弾幕であろうと死合いであろうと泡レスリングであろうと勝つ。羽織袴を脱ぎながら巫女は自分にそう言い聞かせた。
大きく深呼吸。数秒だけ思考する。
『風呂場へ侵攻とともに0.2秒で現状把握、紫のステータスの分析から有効な戦術割り出し、マウントポジションからのサブミッションで紫の戦意を2秒で折ってやるわ』士気MAXの私が力のみなぎった手で風呂場へ続く木製の扉をがらり、と開けると、そこには湯船の縁に腰掛け艶然とこちらに微笑んでいる紫がいた。一糸まとわぬ肢体とその笑みに、私は吸い込まれそうになる。
「待ってたわ霊夢、さ、ここに座って頂戴」
「え、ええ…」
戦意喪失。
なすがままにお互いの身体を洗いっこするハメになってしまった。ごしごしと背中にあたる手拭。まるでわが子にそうするかのように私の身体を念入りに洗ってくれている紫は、夕食前のお母さんごっこの続きのつもりなのだろうか。
「霊夢の腋はかわいいわねえ」
「そうかしら、ありがとう」
「胸は…もうちょっとってとこかしらね」
「くすぐったいわよ、このスケベ妖怪。橙にどんな性教育を施しているのか心配になるわ」
「フフフ」
ざぱー、とお湯で泡が流れていく。次は攻守交替であり、私が紫の背中を流す番だ。
目の前に微かに上気した紫の背中や、悩ましげな美しさのうなじがある。
「ふ、ふーん。年増なアンタにしてはなかなか綺麗なお肌ね。これは何かの薬でも使っているのかしら」
「ふふ、まだまだ娘には負けないわよ」
「…」
「?何かしら?」
「何で今日だけ私はアンタの娘になってるのかしら?」
仕方なくツッコミを入れてみる。
「あら、たまにはこういった遊びもいいじゃない」
「はあ。遊びのつもりだったのね。」
脱力。
「まあ良かったわ。いよいよ紫が要介護認定になると、幼い式の教育と主人の介護を任される藍が不憫でならないと思っていたところよ」
「失礼な巫女ね、貴女のためを思ってやっているのに」
「どういうこと?」
「今日景色を眺めているあなたを見て、なんとなく寂しそうだなって思ったの。やっぱり、同居人というか家族が誰も居ないのが辛いのではないかと思ったのよ。そんな貴女の孤独を癒すには私のような母親の存在が必要なんじゃなくって?」
自分の耳が信じられなかった。
…私はそんなに寂しそうに見えたのだろうか。っていうか私って寂しかったんだっけ。紫の背中を流しながら、自分の感情をよく認識できなかった。
風呂上り。台所で明日の朝食の仕込をしている紫を確認して、私は浴衣のまま屋外へ出た。昼から天気が良く周囲に灯りも無いせいで、今夜の博麗神社には満天の星空が広がっていた。にぎやかな空の星が互いに寄り添っている様が、まるで家族のようで私には微笑ましい。
「家族か」
風呂での紫の発言を思い出す。
自分では意識していなかったが、私の心の奥底に家族が居ないことを気に病んでいた部分があったのかもしれない。そんな私を案じて今日一日世話を焼いてくれていたのであろう紫は、意外と良いヤツだと思う。きっとアイツはマヨヒガの家で暖かい家族に恵まれて、豊かな情緒を持った妖怪になったんだろう。あんなにぐうたらなヤツなのに羨ましいことだ。
さて。昼間の「泊まるわー」からすると、今日アイツはうちに泊まっていくようだ。
「たまには…『お母さん』に甘えてみようかしら」
子守唄を聴きながら母に寄り添って休む、という経験が遠い昔自分にもあったのだろうか。紫の待つ台所へ向かいながらそんなことを考えた。
「紫、なんで鼻に詰め物をしているの」
「いやいや霊夢、そんなことよりもう寝ましょう」
外から帰ると私の寝室に既に布団が一人分敷かれており、何故か枕は二つであった。
「?意外と早く寝るのね。そういえば…明日の朝食の仕込までしてくれたみたいで、ごめんなさいね、普段私そういうのしていないから、助かるわ。」
「え!?ああいいのよそういうのは、ところで霊夢、あたしそろそろ我慢できな…じゃなかった、眠いんだけど早く寝ましょう。ここで一緒に。」
「ああ、そうね。私も今日はそのつもりだったわ。別に客用の布団と二つ並べてもいいと思ったんだけれど。じゃあ寝ましょう」
いそいそと布団に入る紫。その動きはどう見ても眠そうな人間の動作ではなく、獲物を待つハンターのそれであったように思う。
「サ、寝ましょう娘」
「ええ、じゃあこう呼ぶわね。お…お母さん…」
「霊夢!!」
「おかあさ…きゃ!?」
え…何?
ちょっとどういうこと?母親ってこんなに娘の身体をまさぐるものなのかしら。
霊夢の『お母さん』に対する不信感が高まり、調子に乗った紫が霊夢の腋を舐め始めた頃に「夢想封印・瞬」のゼロ距離射撃が紫に全弾命中した。
「あ、お帰りなさい紫様!遅かったですね。全然心配してませんでしたけど。」
「くすん…ひどいわ。ただいま。」
「それで、何していらっしゃったんですか?」
「霊夢の心のスキマに入り損ねた」
>>霧の事変からこのあいだの裏山での信仰をかけた死闘まで常勝にして無敗
萃夢想以外イージーしかクリアできない俺涙目。
いい雰囲気ぶち壊しじゃないかw
っていうか娘に欲情する母親もどうかと
もう、なんていうかね、大好きだ。
ところで皆さんゆかりんのママン属性だけ強調されてますが、霊夢の娘属性も侮れないと思います。つまり……ゆかれいむは究極の母娘カップリングだったんだよ!!
なんという傍若無人なスキマ妖怪でしょうか!!
クスリときたし良かったw 見事なオチですた
筆者は腋好きだということも分かり親近感が沸いた。腋良いよ腋wwwry