ある日の紅魔館
いつも通りの朝に、いつも通りの盗っ人が現れた。
「よう門番、今日も通させてもらうぜ!」
何か言おうとする門番を尻目に、魔理沙はご自慢のマスタースパークを放つ。
「なんのこれしき」と気合を入れるも所詮は3ボス、耐え切れるはずも無かった。
「っと、やりすぎたか。まぁいいや、さーて今日は何を借りるかな…」
気絶して地面に転がる門番の姿もやはり、いつも通りだった。
「あーあ。また咲夜さんに叱られる…」
傷が癒えた美鈴は、浮かない表情で門前に立っていた。
魔理沙の侵入を許した日は決まって上司のナイフが飛んでくるからだ。
今のところ命中率は100%、しかも全て頭部。おまえはスナイパーか。
美鈴は妖怪なのでナイフごときで死ぬことはない。
死なない、けどそりゃ痛い。ナイフだもの。
「はぁ…やだなぁ…」
しかし侵入を許してしまったのは事実。
結局、頭にナイフを生やす運命に変わりはないのだ。
嗚呼、もういっそシエスタしてしまおうか。そんな暢気な事を考えていた時だった。
館の内部から爆音が聞こえたのは。
「うぇっ!?寝てません!寝てませんよ!?」
半分寝ていた美鈴は一気に覚醒し、見えない誰かに弁解しはじめた。
…が、音は館の中から聞こえたのに気づくと、赤面して館に向き直った。
「…何でしょう。こんな事、しばらく無かったのに」
ちなみに前回とは、冗談で咲夜を背負い投げしたレミリアが報復を受けた時である。
あの時のポカンとした咲夜の表情は見ものだったが、我に返った時には鬼が宿っていた。冗談が通じないって怖いなぁ。
「うーん、方角から見て図書館からですか」
大方、図書館で魔理沙がスペルカードをぶっ放したんだろう。
今回は規模が大きかったが、何度か前例がある。
何だ、いつもの事じゃないかと持ち前の暢気っぷりを発揮させていた所で魔理沙が出てきた。
「あれ、魔理沙さん。もうお帰りですか?」
「……ああ、じゃあな」
「えっ、ちょ、ちょっと!」
魔理沙は俯いたまま、箒に乗ってさっさと帰っていった。
その様子に只事じゃないと察知した美鈴は、とりあえず図書館へ向かう事にした。
図書館へ繋がる扉の前で美鈴を迎えたのは、予想外の咲夜。
今日は頭にナイフを生やす所かハリネズミになるかもしれない。
「あら、美鈴。仕事はどうしたのかしら」
「え!?いや、これは何と言うか、その…」
「冗談よ。ここで何が起きたのか聞きに来たのでしょう? それに、こんな堂々とサボられたら投げるナイフも無いわ」
「はぁ…すいません。で、何があったんですか?」
「一言で言うなら喧嘩かしら。でも今回のは、パチュリー様も魔理沙も本気だったみたい」
お仕置きが無い事に安堵したが、どうやら事態は最悪のようだ。
これまでも図書館で二人が弾幕ごっこをする事は何度かあったが、遊び程度のもので本気でやりあった事など無かった。
「ま、発端はいつも通りの事だけど。何で本気になったのかは分からないわ」
「いつも通りって…本を強奪する事ですか?」
「そ。私は黙認してると思ってたんだけど、盗られすぎて堪忍袋の緒が切れたのかもね」
確かに、今まで本を強奪された回数は数え切れない。
だがパチュリー様は『もってかないでー』と言いつつも、本気で止める気配は無いので黙認していると思っていた。
咲夜の言うとおり、いい加減プッツンしちゃったのだろうか。
とにかく咲夜にパチュリー様の様子を聞こうとした時、ギィ…と鈍い音と共に扉が開いた。
ネグリジェのような服が所々破け、乱れた紫髪を整えようともしていないが、開いた少女はパチュリー様だった。
「気が散るわ…よそでやって頂戴。私は片付けで忙しいの」
言われて開いた扉から中を見れば、酷い有様である。
いくつか本棚が倒れ、本は乱雑に放り出され、窓も所々割れている。
司書の小悪魔は忙しそうに本を運んでいた。
静寂を冠する図書館の面影はどこにも残っていなかった。
「申し訳ありません。では、私は仕事に戻ります」
頭を下げると同時に咲夜は消えた。
きっと時を止めたのだろう。その能力で片付けを手伝ってやればいいのに。
まぁここにいても仕方がないし、自分も門前に戻ろうとしたところでパチュリーの視線に気付いた。
とても冷たく、敵意すら感じられる眼だった。
「使えない門番ね」
そう言うとパチュリーは扉をしめた。
美鈴には、まるでそれが扉ではなく、心を閉ざされたかのように見えた。
門前に戻ってきた美鈴は、またも浮かない表情で立っていた。
「使えない門番ね」
今まで何度も聞いた台詞である。
だが、今まで言われたそれは、どこか冗談めいた響きがあった。
さっきパチュリー様に言われたそれは、言葉自体は一緒なのにまるで別の物だった。
「使えない門番ね」
何度もその言葉を反芻する。
心の奥深くに突き刺さるその言葉は、確かな事だった。
盗人の侵入を許したあげく、昼寝で仕事もサボる。
これで誰が胸を張って自分が門番だと言えるだろう。
「ははは…全く、使えない門番ですね」
自嘲的な笑いと共に出た言葉は、夜風に吹かれて消えていった。
「酷い有様ね」
夜起きの主が図書館に来て開口一番に出たのがそれだった。
だいぶマシにはなったが、まだ惨状である事には変わりなかった。
「全くよ。それでレミィ、あなたは笑いに来たのかしら?」
「まぁね」
そう答えたレミリアは、倒れていた椅子を二つ起こすとちょこんと腰掛けた。
お前も座れ、そういう事だろう。正直今は気が立っているが、この我侭な友人がただで引くとは思えない。
渋々それに従い、パチュリーは椅子に腰を下ろした。
「話があるのならさっさとしてくれるかしら。私は今忙しいの」
「まぁ落ち着いてよ。私だってロイヤルフレアは御免だわ」
司書の小悪魔はこの一瞬即発の空気にも我関せずといった表情で本を運んでいる。素敵だ。
「聞いたわ、魔理沙と大喧嘩したんだってね。どうして? 本を盗られるなんていつもの事じゃない」
「……盗りすぎなのよ、あの子は」
「まぁそうだけどね。でも私は、それくらいでパチェが怒るとは思えないわ」
「ええそうね。それで、何が言いたいの…!?」
「何年友人やってると思ってるの? 本当の事を教えろ」
レミリアは威厳に満ちた態度でそう言った。
久々のカリスマたっぷりな姿にパチュリーは自失したが、やはり小悪魔は涼しい顔で本を運んでいる。素敵すぎる。
「……」
「…別に、言いたくなければそれでもいいわ。でもね、美鈴は許してあげて」
「あの門番を…? どうして?」
「魔理沙を館に通すように頼んだのは私。等身大でフランに接してくれるのは、あの子だけだったから」
「……!」
予想外の告白にパチュリーは唖然とした。
言われてみればそうかもしれない。一人の友達としてフランドールを見る事ができるのは魔理沙だけだった。
館の住人は主の妹としてしか見る事ができないのだから。
「危険だっていうのは分かってる。でも、私も美鈴も捨てきれないのよ」
「…何を、かしら」
「希望よ。フランが、自由に歩き回れるっていう希望」
「本気で言ってるの? レミィ、そんなこと無理だって一番分かってるのはあなたでしょう」
「ええ、何年かけても無理ね、私には。でも魔理沙なら? ね、予想もつかないでしょう。どうなるか」
確かに、予想ができない。
あの自称普通の魔法使いは、いつも支離滅裂な事を言い出して、周りを巻き込む。
それでも、最後には絶対に何とかしてしまう。そんな少女だ。
フランドールの問題は確かに別格だ。
でも、もしかしたら、そう思わせるほどのものを魔理沙は持っている。
「分かってほしいの、パチェ。ちょっとでも可能性があるなら、私はそれに賭けるわ。勿論、美鈴もね」
「…だから、本を盗られるのを許せとでも言いたいの?」
「そう聞こえるのは仕方ないと思うわ。でも、美鈴を咎めるのは筋違いでしょ?」
「……」
レミリアは正論だ。咎める相手は美鈴ではなく、レミリアである。
だからと言って、今更この友人を責める事はパチュリーにはできなかった。
先ほどの話を聞いたなら尚更だ。
ならこの怒りの矛先をどこへ向ければいいのか。やり場がどこにもない。
パチュリーは立ち上がると、出口に向かって歩いていった。
「パチェ!」
「…大丈夫、ちょっと風に当たってくるだけだから」
そう言うとパチュリーは出て行った。
話し相手のいなくなったレミリアは、改めて図書館を見渡してみる。
荒れ果てた図書館は夜と妙にマッチしていて、まるでダンジョンのようだった。
「悪魔の館には相応しいわね。もうこのままで言いと思わない? 小悪魔」
と、話しかけてみるも小悪魔は本を運び続ける。
おかしいと思い様子をよく見ると耳にイヤホンがささっていた。
「ああ、そういえば新しい方の巫女が持ってきてたなぁ」と思いつつ、レミリアは封印したはずの背負い投げをかました。
紅魔館の門前
美鈴はあれからずっと立って考えていた。
これから魔理沙を通すべきか、通さないべきか。
あんな事があっても魔理沙はきっと来る。そういう少女だ。
夜も更けて来た頃、答えはまだ出ない。
そろそろ睡眠をとろうかと考えていた時、門が内側から開かれた。
何事かと思って見れば、パチュリーが不機嫌そうな顔で立っていた。
「パ、パチュリー様…」
「行くわよ」
「へ?」
きっと昼の事を咎められる。
そう思った美鈴に振ってきたのは意外な言葉だった。
「なんて顔してるのよ」
「す、すいません…。でも、どこへ?」
「本を取り返しに」
~少女探索中~
「本当にこの辺りであってるの?」
「うーん、巫女に聞いた話だとこの辺りのはずなんですけど…」
「じゃ、一旦降りて探しましょう。明かりがあれば分かるはずよ」
「わかりました」
「…ふぅ、中々みつからないわね」
「そうですねぇ、お腹も減ってきたし食事休憩にします?」
「食事って…何か持ってきてるの?」
「ええ、何故か帽子の中にラップで包まれたおにぎりが。パチュリー様の帽子の中にもあると思いますよ」
「そんな物あるわけ…あるし!何これ、いつの間に!?」
「あ、あれじゃないですか!?」
「確かに家だわ。でも電気がついてないわね」
「寝てるだけかもしれませんよ。とにかく行ってみましょう!」
「そうね。ところでこの人形達は何かしら」
「あははー、いつの間にか包囲されてましたね」
「あははじゃないでしょ…」
~少女逃走中~
「ようやく着きましたね」
美鈴とパチュリーは魔理沙の家に辿りついた。
霧雨魔法店と書いてあるし間違いないだろう。
「っていうか魔理沙は店をもっていたのね。初耳だわ」
「私もですよ。とにかく呼んでみましょう」
と、美鈴は扉をノックした。
パチュリーは本を取り返しに来たという事を再確認し、家主が出るのを待つ。
開いた扉から二人を出迎えたのは以外な人物だった。
「はいはい。って、珍客が来たわね」
「あ、アリス? どうしてこんな所に…」
「ホントにね、自分でも分からないわ。とにかく、寝室に行くわよ。全部解決するはずだから」
促されるまま、二人は顔に疑問符を貼り付けてアリスについていく。
家の中は魔理沙が言っていたように散らかっていた。「絶対掃除しない!」と気合を入れないとここまで散らかる事はないだろう。
と、そこでパチュリーは気付く。
本類が一切ないのだ。あれだけ『借りて』いったのに一冊も見つからない。
「捨てちゃったぜ!」等と言ったら燃やしてやろう。
「ここよ、入って」
扉を開くとアリスは中に入っていった。
慌てて二人も中に入ると、想像を絶するような光景が広がっていた。
ベットの上に魔理沙が転がって寝ている。
そしてその横には、部屋の半分は覆い尽そうかという巨大な袋があった。
「えっと、何ですかこれ?」
「中を見れば分かるわ」
と、アリスが袋の紐を解く。
催促され、美鈴が巨大な袋の中を覗きこんだ。
「…! パチュリー様!これ…」
「何なのよ一体…」
パチュリーも美鈴に倣って覗き込む。
そして中の物を確認すると目を見開いた。
袋の中には無数の本があったのだ。
「もしかしてこれ…」
「そう、全部あなたの図書館の本よ」
アリスは袋を再び紐で縛ると話し始めた。
「ホントびっくりしたわ。夜中にいきなり尋ねて来たと思ったら『本を集めるの手伝え!』だからね。
訳が分からなくて、とりあえず話を聞こうと思ってたら急に頭下げたのよ。この魔理沙がよ? 土下座しそうな勢いだったわ」
そういえば魔理沙とアリスは犬猿の仲で有名だ。喧嘩もしょっちゅうしてると聞く。
そのアリスに魔理沙が頭を下げたのだ。よっぽど気に病んでいたのだろう。
二人は気持ち良さそうに寝息を立てている魔理沙を見た。
近くに紙が落ちている。その紙には汚い字で『ごめんな』と書いてあった。
大方、明日にでもこの袋に入れるつもりだったんだろう。
パチュリーはその紙を手に取ると、じっと見つめていた。
「明日図書館に返しに行く、って言ったあたりで何があったのか大体分かったけどね」
「うーん、確かにそれは露骨ですね…」
「まぁあなた達が来てくれて助かったわ、運ぶの手伝えって言われるの分かってるし。これ、持って帰ってよ」
「ええっ!? 無理ですよこんな物!」
ふざけたやりとりをしていたが美鈴は見逃さなかった。パチュリーの握る紙に水滴が滲んでいた事を。
それからしばらくして、紅魔館は平穏を取り戻していた。
妖精メイドは咲夜のパンチラポイントを探っているし、パチュリーは今日も元気に小悪魔のパンツをかぶっている。
レミリアはフランドールに背負い投げを身につけさせ、咲夜にリベンジする気らしい。ちなみに教えたのは美鈴。平和すぎる。
「よう門番、今日も通させてもらうぜ!」
そう言って美鈴をシエスタから覚まさせたのはマスタースパーク1秒前の魔理沙。
肩に本返却用の袋を担いでいるのを見て、美鈴は満足そうに微笑むとマスタースパークに直撃した。
いつも通りの朝に、いつも通りの盗っ人が現れた。
「よう門番、今日も通させてもらうぜ!」
何か言おうとする門番を尻目に、魔理沙はご自慢のマスタースパークを放つ。
「なんのこれしき」と気合を入れるも所詮は3ボス、耐え切れるはずも無かった。
「っと、やりすぎたか。まぁいいや、さーて今日は何を借りるかな…」
気絶して地面に転がる門番の姿もやはり、いつも通りだった。
「あーあ。また咲夜さんに叱られる…」
傷が癒えた美鈴は、浮かない表情で門前に立っていた。
魔理沙の侵入を許した日は決まって上司のナイフが飛んでくるからだ。
今のところ命中率は100%、しかも全て頭部。おまえはスナイパーか。
美鈴は妖怪なのでナイフごときで死ぬことはない。
死なない、けどそりゃ痛い。ナイフだもの。
「はぁ…やだなぁ…」
しかし侵入を許してしまったのは事実。
結局、頭にナイフを生やす運命に変わりはないのだ。
嗚呼、もういっそシエスタしてしまおうか。そんな暢気な事を考えていた時だった。
館の内部から爆音が聞こえたのは。
「うぇっ!?寝てません!寝てませんよ!?」
半分寝ていた美鈴は一気に覚醒し、見えない誰かに弁解しはじめた。
…が、音は館の中から聞こえたのに気づくと、赤面して館に向き直った。
「…何でしょう。こんな事、しばらく無かったのに」
ちなみに前回とは、冗談で咲夜を背負い投げしたレミリアが報復を受けた時である。
あの時のポカンとした咲夜の表情は見ものだったが、我に返った時には鬼が宿っていた。冗談が通じないって怖いなぁ。
「うーん、方角から見て図書館からですか」
大方、図書館で魔理沙がスペルカードをぶっ放したんだろう。
今回は規模が大きかったが、何度か前例がある。
何だ、いつもの事じゃないかと持ち前の暢気っぷりを発揮させていた所で魔理沙が出てきた。
「あれ、魔理沙さん。もうお帰りですか?」
「……ああ、じゃあな」
「えっ、ちょ、ちょっと!」
魔理沙は俯いたまま、箒に乗ってさっさと帰っていった。
その様子に只事じゃないと察知した美鈴は、とりあえず図書館へ向かう事にした。
図書館へ繋がる扉の前で美鈴を迎えたのは、予想外の咲夜。
今日は頭にナイフを生やす所かハリネズミになるかもしれない。
「あら、美鈴。仕事はどうしたのかしら」
「え!?いや、これは何と言うか、その…」
「冗談よ。ここで何が起きたのか聞きに来たのでしょう? それに、こんな堂々とサボられたら投げるナイフも無いわ」
「はぁ…すいません。で、何があったんですか?」
「一言で言うなら喧嘩かしら。でも今回のは、パチュリー様も魔理沙も本気だったみたい」
お仕置きが無い事に安堵したが、どうやら事態は最悪のようだ。
これまでも図書館で二人が弾幕ごっこをする事は何度かあったが、遊び程度のもので本気でやりあった事など無かった。
「ま、発端はいつも通りの事だけど。何で本気になったのかは分からないわ」
「いつも通りって…本を強奪する事ですか?」
「そ。私は黙認してると思ってたんだけど、盗られすぎて堪忍袋の緒が切れたのかもね」
確かに、今まで本を強奪された回数は数え切れない。
だがパチュリー様は『もってかないでー』と言いつつも、本気で止める気配は無いので黙認していると思っていた。
咲夜の言うとおり、いい加減プッツンしちゃったのだろうか。
とにかく咲夜にパチュリー様の様子を聞こうとした時、ギィ…と鈍い音と共に扉が開いた。
ネグリジェのような服が所々破け、乱れた紫髪を整えようともしていないが、開いた少女はパチュリー様だった。
「気が散るわ…よそでやって頂戴。私は片付けで忙しいの」
言われて開いた扉から中を見れば、酷い有様である。
いくつか本棚が倒れ、本は乱雑に放り出され、窓も所々割れている。
司書の小悪魔は忙しそうに本を運んでいた。
静寂を冠する図書館の面影はどこにも残っていなかった。
「申し訳ありません。では、私は仕事に戻ります」
頭を下げると同時に咲夜は消えた。
きっと時を止めたのだろう。その能力で片付けを手伝ってやればいいのに。
まぁここにいても仕方がないし、自分も門前に戻ろうとしたところでパチュリーの視線に気付いた。
とても冷たく、敵意すら感じられる眼だった。
「使えない門番ね」
そう言うとパチュリーは扉をしめた。
美鈴には、まるでそれが扉ではなく、心を閉ざされたかのように見えた。
門前に戻ってきた美鈴は、またも浮かない表情で立っていた。
「使えない門番ね」
今まで何度も聞いた台詞である。
だが、今まで言われたそれは、どこか冗談めいた響きがあった。
さっきパチュリー様に言われたそれは、言葉自体は一緒なのにまるで別の物だった。
「使えない門番ね」
何度もその言葉を反芻する。
心の奥深くに突き刺さるその言葉は、確かな事だった。
盗人の侵入を許したあげく、昼寝で仕事もサボる。
これで誰が胸を張って自分が門番だと言えるだろう。
「ははは…全く、使えない門番ですね」
自嘲的な笑いと共に出た言葉は、夜風に吹かれて消えていった。
「酷い有様ね」
夜起きの主が図書館に来て開口一番に出たのがそれだった。
だいぶマシにはなったが、まだ惨状である事には変わりなかった。
「全くよ。それでレミィ、あなたは笑いに来たのかしら?」
「まぁね」
そう答えたレミリアは、倒れていた椅子を二つ起こすとちょこんと腰掛けた。
お前も座れ、そういう事だろう。正直今は気が立っているが、この我侭な友人がただで引くとは思えない。
渋々それに従い、パチュリーは椅子に腰を下ろした。
「話があるのならさっさとしてくれるかしら。私は今忙しいの」
「まぁ落ち着いてよ。私だってロイヤルフレアは御免だわ」
司書の小悪魔はこの一瞬即発の空気にも我関せずといった表情で本を運んでいる。素敵だ。
「聞いたわ、魔理沙と大喧嘩したんだってね。どうして? 本を盗られるなんていつもの事じゃない」
「……盗りすぎなのよ、あの子は」
「まぁそうだけどね。でも私は、それくらいでパチェが怒るとは思えないわ」
「ええそうね。それで、何が言いたいの…!?」
「何年友人やってると思ってるの? 本当の事を教えろ」
レミリアは威厳に満ちた態度でそう言った。
久々のカリスマたっぷりな姿にパチュリーは自失したが、やはり小悪魔は涼しい顔で本を運んでいる。素敵すぎる。
「……」
「…別に、言いたくなければそれでもいいわ。でもね、美鈴は許してあげて」
「あの門番を…? どうして?」
「魔理沙を館に通すように頼んだのは私。等身大でフランに接してくれるのは、あの子だけだったから」
「……!」
予想外の告白にパチュリーは唖然とした。
言われてみればそうかもしれない。一人の友達としてフランドールを見る事ができるのは魔理沙だけだった。
館の住人は主の妹としてしか見る事ができないのだから。
「危険だっていうのは分かってる。でも、私も美鈴も捨てきれないのよ」
「…何を、かしら」
「希望よ。フランが、自由に歩き回れるっていう希望」
「本気で言ってるの? レミィ、そんなこと無理だって一番分かってるのはあなたでしょう」
「ええ、何年かけても無理ね、私には。でも魔理沙なら? ね、予想もつかないでしょう。どうなるか」
確かに、予想ができない。
あの自称普通の魔法使いは、いつも支離滅裂な事を言い出して、周りを巻き込む。
それでも、最後には絶対に何とかしてしまう。そんな少女だ。
フランドールの問題は確かに別格だ。
でも、もしかしたら、そう思わせるほどのものを魔理沙は持っている。
「分かってほしいの、パチェ。ちょっとでも可能性があるなら、私はそれに賭けるわ。勿論、美鈴もね」
「…だから、本を盗られるのを許せとでも言いたいの?」
「そう聞こえるのは仕方ないと思うわ。でも、美鈴を咎めるのは筋違いでしょ?」
「……」
レミリアは正論だ。咎める相手は美鈴ではなく、レミリアである。
だからと言って、今更この友人を責める事はパチュリーにはできなかった。
先ほどの話を聞いたなら尚更だ。
ならこの怒りの矛先をどこへ向ければいいのか。やり場がどこにもない。
パチュリーは立ち上がると、出口に向かって歩いていった。
「パチェ!」
「…大丈夫、ちょっと風に当たってくるだけだから」
そう言うとパチュリーは出て行った。
話し相手のいなくなったレミリアは、改めて図書館を見渡してみる。
荒れ果てた図書館は夜と妙にマッチしていて、まるでダンジョンのようだった。
「悪魔の館には相応しいわね。もうこのままで言いと思わない? 小悪魔」
と、話しかけてみるも小悪魔は本を運び続ける。
おかしいと思い様子をよく見ると耳にイヤホンがささっていた。
「ああ、そういえば新しい方の巫女が持ってきてたなぁ」と思いつつ、レミリアは封印したはずの背負い投げをかました。
紅魔館の門前
美鈴はあれからずっと立って考えていた。
これから魔理沙を通すべきか、通さないべきか。
あんな事があっても魔理沙はきっと来る。そういう少女だ。
夜も更けて来た頃、答えはまだ出ない。
そろそろ睡眠をとろうかと考えていた時、門が内側から開かれた。
何事かと思って見れば、パチュリーが不機嫌そうな顔で立っていた。
「パ、パチュリー様…」
「行くわよ」
「へ?」
きっと昼の事を咎められる。
そう思った美鈴に振ってきたのは意外な言葉だった。
「なんて顔してるのよ」
「す、すいません…。でも、どこへ?」
「本を取り返しに」
~少女探索中~
「本当にこの辺りであってるの?」
「うーん、巫女に聞いた話だとこの辺りのはずなんですけど…」
「じゃ、一旦降りて探しましょう。明かりがあれば分かるはずよ」
「わかりました」
「…ふぅ、中々みつからないわね」
「そうですねぇ、お腹も減ってきたし食事休憩にします?」
「食事って…何か持ってきてるの?」
「ええ、何故か帽子の中にラップで包まれたおにぎりが。パチュリー様の帽子の中にもあると思いますよ」
「そんな物あるわけ…あるし!何これ、いつの間に!?」
「あ、あれじゃないですか!?」
「確かに家だわ。でも電気がついてないわね」
「寝てるだけかもしれませんよ。とにかく行ってみましょう!」
「そうね。ところでこの人形達は何かしら」
「あははー、いつの間にか包囲されてましたね」
「あははじゃないでしょ…」
~少女逃走中~
「ようやく着きましたね」
美鈴とパチュリーは魔理沙の家に辿りついた。
霧雨魔法店と書いてあるし間違いないだろう。
「っていうか魔理沙は店をもっていたのね。初耳だわ」
「私もですよ。とにかく呼んでみましょう」
と、美鈴は扉をノックした。
パチュリーは本を取り返しに来たという事を再確認し、家主が出るのを待つ。
開いた扉から二人を出迎えたのは以外な人物だった。
「はいはい。って、珍客が来たわね」
「あ、アリス? どうしてこんな所に…」
「ホントにね、自分でも分からないわ。とにかく、寝室に行くわよ。全部解決するはずだから」
促されるまま、二人は顔に疑問符を貼り付けてアリスについていく。
家の中は魔理沙が言っていたように散らかっていた。「絶対掃除しない!」と気合を入れないとここまで散らかる事はないだろう。
と、そこでパチュリーは気付く。
本類が一切ないのだ。あれだけ『借りて』いったのに一冊も見つからない。
「捨てちゃったぜ!」等と言ったら燃やしてやろう。
「ここよ、入って」
扉を開くとアリスは中に入っていった。
慌てて二人も中に入ると、想像を絶するような光景が広がっていた。
ベットの上に魔理沙が転がって寝ている。
そしてその横には、部屋の半分は覆い尽そうかという巨大な袋があった。
「えっと、何ですかこれ?」
「中を見れば分かるわ」
と、アリスが袋の紐を解く。
催促され、美鈴が巨大な袋の中を覗きこんだ。
「…! パチュリー様!これ…」
「何なのよ一体…」
パチュリーも美鈴に倣って覗き込む。
そして中の物を確認すると目を見開いた。
袋の中には無数の本があったのだ。
「もしかしてこれ…」
「そう、全部あなたの図書館の本よ」
アリスは袋を再び紐で縛ると話し始めた。
「ホントびっくりしたわ。夜中にいきなり尋ねて来たと思ったら『本を集めるの手伝え!』だからね。
訳が分からなくて、とりあえず話を聞こうと思ってたら急に頭下げたのよ。この魔理沙がよ? 土下座しそうな勢いだったわ」
そういえば魔理沙とアリスは犬猿の仲で有名だ。喧嘩もしょっちゅうしてると聞く。
そのアリスに魔理沙が頭を下げたのだ。よっぽど気に病んでいたのだろう。
二人は気持ち良さそうに寝息を立てている魔理沙を見た。
近くに紙が落ちている。その紙には汚い字で『ごめんな』と書いてあった。
大方、明日にでもこの袋に入れるつもりだったんだろう。
パチュリーはその紙を手に取ると、じっと見つめていた。
「明日図書館に返しに行く、って言ったあたりで何があったのか大体分かったけどね」
「うーん、確かにそれは露骨ですね…」
「まぁあなた達が来てくれて助かったわ、運ぶの手伝えって言われるの分かってるし。これ、持って帰ってよ」
「ええっ!? 無理ですよこんな物!」
ふざけたやりとりをしていたが美鈴は見逃さなかった。パチュリーの握る紙に水滴が滲んでいた事を。
それからしばらくして、紅魔館は平穏を取り戻していた。
妖精メイドは咲夜のパンチラポイントを探っているし、パチュリーは今日も元気に小悪魔のパンツをかぶっている。
レミリアはフランドールに背負い投げを身につけさせ、咲夜にリベンジする気らしい。ちなみに教えたのは美鈴。平和すぎる。
「よう門番、今日も通させてもらうぜ!」
そう言って美鈴をシエスタから覚まさせたのはマスタースパーク1秒前の魔理沙。
肩に本返却用の袋を担いでいるのを見て、美鈴は満足そうに微笑むとマスタースパークに直撃した。
王道なドタバタコメディでありながら、きちんと公式設定を踏襲しているところに
好感が持てました。
そこまでよ!!