アリス・マーガトロイドと風見幽香が結ばれて三日になる。
「幽香……」
「なに、アリス」
腰周りを締め付けるナイロンザイルは、いまだに緩む気配を見せない。
「いいかげん、これ、どうにかならない ? 」
「ならないわね」
『或る向日葵と人形遣い』
春告精が騒々しく春を告げれば弾幕飛び交い、妖精が撃ち落とされる春先の太陽の畑予定地。
鍬と土、ばら撒き予定の種とか苗に囲まれて、ナイロンザイルに囚われた赤格子の服に緑髪の女性、足元に日傘、
及び土に塗れた青服金髪、赤いカチューシャの少女が水筒を傾けて、三つ用意されたコップの中に焦げ色を注いでいる。
当然の話だが、三日の間ふたりとも何の手立ても無く指をくわえてザイルを見ていた訳ではない。
様々な人形が鎖を切り離さんと手持ちの武器を打ちつける事が幾星霜、妖怪の山まで園芸用の土を強奪に行く事が一回、
白金の受け皿に湛えられる溶解液をかける事が三度、寅の刻を過ぎた頃に七輪に火をいれ朝粥を作ったのは三日で六食。
明ける前に春の草花に水を撒き夏に備えて土を耕す事が連日になれば、梅雨時の開花を期待して種を撒き苗を育み、
腐葉土を抱えていた人形遣いが”せんそうどおるずうおぉ”などと叫び二体まとめて汚い花火になった事がついさっき。
多少煤けて煙など上がっている赤地にチェックの衣服の花妖怪と、風見幽香愛用スペル 豪腕「適当に右パンチ」を受け
頭に瘤を作って痙攣していた金髪カチューシャ、一息ついて時期はずれの麦茶などを嗜みながらの会話になる。
「ていうか、何で私しか切り離そうと行動していないの、少しは協力してよ」
「と言われてもね、別に何か困っているわけでもないし」
「幽香が日常生活を一切妥協しない分、私が全面的に被害を受けているのよ ! 」
魔法の森の人形師の館は、本日に留守です三日目に突入した。
ちなみにここ三日でアリスが受けた被害、花畑予定地に勢い良く飛び込んできた烏天狗と一緒に消し炭になった事が三回、
隙間からはみ出た上半身型消し炭の巻き添え二回、土強奪時にアリスバリアーを使われのの字に斬られた事が一回。
もう我慢も限界だと、互いを繋ぐナイロンザイルを幽香の目の前に突きつけたアリス、その目はどこまでも据わっている。
「で、どうしろと」
「こんなもの、幽香が力いっぱい引っ張れば」
「その発想に至るのに三日かかった事には脱帽するわ」
苦笑い、不機嫌が顔に出ている人形遣いを笑いながらも引っ張って、引いてみても、びくともしない。
「あれ ? 」
引っ張って、引っ張って、引っ張ってみても千切れない、捻ってみても砕けない、押してみたけど潰れない。
ゴルディアスの結び目すらも戦車ごと叩き壊せる風見幽香の怪力が通用しないとは何事かと、製造者刻印を見てみれば。
Manufactured in Mima, Assembled in Marisa
「あ、無理だコレ」
「諦めるの早ッ」
晴れやかな笑顔で空を仰ぎ見る花妖怪、爽やかな春の風がふたりの間を吹き抜ける。
「徒に過去に囚われるのは良くないわ、私たち妖怪は今を生きているのだから」
「良いこと言った雰囲気を出して誤魔化さない」
「まあ千切るのが無理とわかっただけでも前進よ」
それでこれからの事だけど、などと前向き思考で話を続ける。
「とりあえず後日に魔理沙は消し炭」
「異存は無いけど未来よりも今を見て」
「魅魔の帽子にもやしを植えておく」
「霊体だから精神攻撃の方が効くのね、参考になるわ」
沈思黙考。
「湖のとこの吸血鬼の館攻略のためにも、アリスを鍛えないと」
「今なにか物騒な単語が聞こえたんですけど !? 」
「夏場の向日葵大侵攻のためにも、今のうちから準備を」
「ろくでもない計画に私を巻き込まないで ! 」
不貞腐れた表情で、つまんなーいなどと言葉が出れば、十割酔狂で生きてる妖怪なんか幻想郷であんただけだぁと叫び声。
喧々囂々とした会話の末に、どうにかナイロンザイルから身体を切り離す方向でと、ようやくに話が進み始める。
「アリスを消し炭にして砕くとか」
「却下」
「じゃあ、アリスを千切る」
「私が無事な方向で」
「アリスが人生を諦めて園芸家に」
「私が無事な方向で」
「………かくなる上は」
「私が無事な方向で」
どちらともなく吐き出したため息が、空気を揺らす。
「困ったわ、一方塞がりよ」
「あきらかに七方向開いてないかしら」
白い目をした人形遣いの視線などは何処吹く風と、のんびりと野草を眺めている花妖怪。
そうこうする内に麦茶も切れて、途端に何か思いついた表情で、ならこんなのはと口を開いた。
「出でよ風見幽香すとろんがー」
「せいりんぐじゃーんぷ」
「ちょっと、すかい風見幽香が出てきてるわよ」
どこからともなく現れた二人目の風見幽香が、一人目とハイタッチをしながらぐるぐるあたりをぐるぐる回っている。
ナイロンザイルが捻じれれば、アリスも回り気がつけば、二人は背中合わせに腹部を圧迫、してされている状態。
それなりに有名な話だが、風見幽香百八の秘密の中で七番目あたりに、両方本体という意味不明な分身能力がある。
力の一号、力の二号、最終的に力と力を兼ね備えたぶるぅすりぃとかに分裂できない事もないらしい、不思議。
「そして一号を消す」
「おのれでぃけいどぉ」
「だから、すかい風見幽香だってば」
かくしてアリスの腰には微妙に捻じれて垂れ下がったナイロンザイル、先端の輪っかに挟まっているのは空気だけ。
セイリングジャンプで風に乗り、綿毛のように飛ばされていく花妖怪に、大地に残されて呆けているのは人形遣い。
「え、あれ ? 」
自分の腰に結ばれたナイロンザイルを握り締めたアリスの身体を、柔らかな春の空気が包んでいた。
(終)
でもなんだろう、後半何やってるのか全然わからない。