夏の日差しが照り返す中、博麗神社の境内を掃除しながらふと思う。
「随分綺麗ね」
確かに妖怪退治などで留守にしない限り日課である掃除を欠かした事はない。が、それにしても綺麗過ぎる。
「なんでかしら?」
「人が来ないからだろ」
不愉快な発言に苛立ちを覚え後ろを振り向くと、トレードマークの帽子を脱いで木陰に佇んでいる魔理沙がいた。
「失礼な事を言わないで頂戴。お賽銭箱にだってお金が一杯……」
「という夢を見たんだ」
何を馬鹿な事を。と思いながら賽銭箱を覗いてみると魔理沙の言う通り夢かと思うぐらい何もなかった。何も。
「な、なんで!? 不況のせい? お賽銭なんか入れてる余裕はないっていうの?」
「早苗ンとこは結構賽銭入ってるみたいだけどな」
「なんでよ! 立地条件? 神格の差!?」
「巫女の差だろ」
心が痛かった。ボールを思いっきり蹴る勢いでタンスの角に足の小指をぶつけた時くらい痛かった。
「早苗と私。何が違うっていうのよ!」
「髪の色?」
「外見じゃないわよ。中身よ中身」
「早苗は誰にでも分け隔てなく優しいからな」
「私だって優しいわよ」
「ソウダネ」
ツッコム気すらしなかった。間違いなく私を馬鹿にしている。
早苗と私の違いかぁ。私が聞いてもどうせ皆、気を使って本当の事言わないだろうし。
――そうだ!
「ちょっと私出かけてくるから魔理沙留守番よろしく!」
「え、ちょ、おい!」
呼び止める声を無視して矢のように飛び立つ。
@@@
カラーンコローン。
何処か心の落ち着くベルが香霖堂全体に鳴り響く。
「やぁ、霊夢」
「霖之助さん。髪染め液あったわよね」
「髪染め? あるにはあるが何に使うんだ?」
「ちょっとね。緑色のものが欲しいんだけど」
何かに気づいたのか霖之助さんがニヤリと薄く笑い、奥から緑色の液体が入った容器を持ってくる。
「これでいいかい?」
「ありがとう。代金はツケで」
ツケといっても一度も払った事はない。それでも嫌な顔一つせず頷いてくれる霖之助さんは私にとって、そこらの神様より立派な神様だった。
「奥で染色してくるといい。早苗が服を仕立ててくれと言った時に作った予備もあるからそれを着ていきなさい」
――この人には敵わないなぁ。全部見抜かれているみたいだ。
「うん、ありがとう。遠慮なくそうさせてもらうわ」
お礼を言いながらも既に足は店の奥へと歩き出していた。
初めての染色に心が浮かれ一部分残した方が可愛いかしら?などと当初の目的を忘れそうになる。
「おっといけない。全部満遍なく染めてっと」
前後左右全てが緑色に染まったのを確認してから奥に掛けてあった早苗の服を着て準備完了。
「さて、お礼を言っておきましょうか」
着替える為にしっかりと閉めておいた襖をあけ、店番をしている霖之助さんに頭を下げる。
「うん。あまり面識がない人なら早苗と言い張ってもわからないと思う」
「そうかしら」
早苗に化けるのが目的なのだから、その言葉はとても嬉しかった。
「ねぇ霖之助さん。私と早苗の違いってなんだと思う?」
「髪の色?」
「それはもういいの。中身よ中身」
「難しい事を聞くなぁ……」
霖之助さんは、うーん。と腕を組み虚空を見つめ、何かを思いついたような顔をする。
「早苗は何でも溺れている子を助けたり、産気づいた妊婦さんをおぶって産婆さんの所まで連れて行ったりしたらしい。」
「な、なんですって! そんな布教活動を!?」
人の良さそう顔をしてやる事が汚い! そうやって信者を増やしてお賽銭を毟りとってるのね!
「ありがとう霖之助さん! ちょっと裏をとってくるわ」
「う、裏?え、あ、霊夢!」
それが本当なら由々しき事態だわ。会話もそこそこに切り上げて急ぎ人里へと飛び立つ。
@@@
「うん。太助君が溺れたときでしょ? お姉さんかっこよかったよ」
「あの時は本当に嫁がお世話になりまして、落ち着いたら嫁と一緒に改めて御礼に行こうと思ってたんですよ」
「日照り続きで不作だと思っとったが巫女さんの奇跡ですかのぉ? 近年稀に見る豊作じゃ。ほんにありがたいことで」
「あー! おねーちゃんまた綾取り教えてねー!」
「土砂崩れの時は助かりましたよ。守矢神社に持っていった米俵お役にたってますか?」
なによこれ。いつの間にか村全体が早苗経になってるじゃない。私が里に下りて来た時なんか「妖怪退治ごくろーさま」で終わりよ? 米俵もらってないわよ?
「よし、こうなったらこの姿で悪事を働いて……」
「霊夢さん?」
何処かで聞いた声に背筋が凍った。恐る恐る振り返るとそこには緑色の巫女、正確には風祝が立ち尽くしていた。
「しゃ、さ、早苗!」
「何してるんですか?」
「え、えーとこれは……」
この格好で何を言っても手遅れね。仕方ない本当の事を話しましょうか。
「早苗と私の違いを確かめる為に村人に聞き込みをしてたのよ」
「違い? どういうことですか?」
「魔理沙が博麗神社に賽銭が集まらないのは巫女のせいだって言うから」
両手をブンブンと顔の前で交差させ必死に否定をする早苗。
「わ、私は偶然手助けをしたら村の方が感謝してくださっているからですよ。私、霊夢さんの事を尊敬してますし」
「お世辞でも嬉しいわ。ありがとう」
「お世辞じゃないですよ。村の方も霊夢さんのいい所を知らないだけなんです! それを知れば博麗神社もお賽銭一杯貰えますって」
お賽銭一杯。嗚呼なんと甘美な響きだろうか。朝食に沢庵がつけられるじゃない! 昼食に卵がつけられる! 夕食には冷奴まで!
「私のいい所って何かしら」
「そ、それは私より霊夢さん自身の方がよくわかるんじゃないでしょうか」
何やら上手くはぐらかされた様な気もするけど。いい所ねぇ。
「そうね。わかった早苗! 私は私のやり方で神社を繁栄させていくわ」
「そうです! その意気です!」
それじゃあ。と手を振ろうとした瞬間。
「髪と服は元に戻してくださいね」
「あ、はい」
@@@
夏だというのに既に日も暮れかかり、ジメジメと蒸し暑い中、博麗神社で一人の少女が私の帰りを待っていた。
「お、やっと戻ってきた」
「あれ、魔理沙。何してるの?」
「お前が留守番してろと言ったんじゃないか」
「そういえばそうだったわね」
今日は一日色々あって疲れたなぁ。早苗にヒントも貰ったし明日から頑張りましょうか。
「んー。もう遅くなっちゃったわね。魔理沙泊まってく?」
「いや、どうせ飯が出ないしな。家に帰って豪華なディナーを食べるぜ」
「白いご飯くらい出すわよ」
少し前までは銀シャリとも呼ばれていてこれを巡って血で血を洗う争いがされるほどすごい高価なものだったんだから持て成しとしては充分よね。うん。
「き、気持ちは嬉しいが今日はパスタの気分なんだ」
「そう」
「また来るぜ」
一人置いてけぼりにした事で恨み節の一つぐらい言われると思ったけれどあっさりと帰って行ったわね。
さて、寝ましょうか。
―――――――――――――――――――
―――――――――――――
―――――――
――何日経ったのかしら。もう日にち感覚がないわ。
遠くから箒に乗った魔法使いがやってくる。えーとあれは、そうだ魔理沙だ。
「霊夢ー! 久しぶりだな」
「んーそうねー」
「っておい! 神社荒れ放題じゃないか」
「んーそうねー」
「まさか私が帰ってから掃除してないんじゃ」
「んーそうねー」
もう返事するのも面倒くさい。返事をする度に膨大なカロリーが消費されている様な気さえする。
「な、なんでこんな事に」
「早苗が私らしさを強調した方がいいっていうから貧乏を強調してみたのよ」
「え」
「だからーしばらく何もせずにみすぼらしさを強調すれば誰かがお賽銭をくれるんじゃないかと思ったのよ」
「それは……」
「でも思った通りよ。前よりお賽銭増えたもの」
まさか何もしない方がお賽銭が増えるなんて思いもしなかったわ。逆転の発想ね。コロンブスもびっくりだわ。
「霊夢さん。それを人は同情っていうんだぜ……」
「同情でも何でも貰ったもん勝ちよ」
「――っ!」
そう言った直後、魔理沙が途端に無表情になり両目から透明な雫が頬を伝わり毀れた。
その涙が何だったのか私には未だに理解できていない。
「随分綺麗ね」
確かに妖怪退治などで留守にしない限り日課である掃除を欠かした事はない。が、それにしても綺麗過ぎる。
「なんでかしら?」
「人が来ないからだろ」
不愉快な発言に苛立ちを覚え後ろを振り向くと、トレードマークの帽子を脱いで木陰に佇んでいる魔理沙がいた。
「失礼な事を言わないで頂戴。お賽銭箱にだってお金が一杯……」
「という夢を見たんだ」
何を馬鹿な事を。と思いながら賽銭箱を覗いてみると魔理沙の言う通り夢かと思うぐらい何もなかった。何も。
「な、なんで!? 不況のせい? お賽銭なんか入れてる余裕はないっていうの?」
「早苗ンとこは結構賽銭入ってるみたいだけどな」
「なんでよ! 立地条件? 神格の差!?」
「巫女の差だろ」
心が痛かった。ボールを思いっきり蹴る勢いでタンスの角に足の小指をぶつけた時くらい痛かった。
「早苗と私。何が違うっていうのよ!」
「髪の色?」
「外見じゃないわよ。中身よ中身」
「早苗は誰にでも分け隔てなく優しいからな」
「私だって優しいわよ」
「ソウダネ」
ツッコム気すらしなかった。間違いなく私を馬鹿にしている。
早苗と私の違いかぁ。私が聞いてもどうせ皆、気を使って本当の事言わないだろうし。
――そうだ!
「ちょっと私出かけてくるから魔理沙留守番よろしく!」
「え、ちょ、おい!」
呼び止める声を無視して矢のように飛び立つ。
@@@
カラーンコローン。
何処か心の落ち着くベルが香霖堂全体に鳴り響く。
「やぁ、霊夢」
「霖之助さん。髪染め液あったわよね」
「髪染め? あるにはあるが何に使うんだ?」
「ちょっとね。緑色のものが欲しいんだけど」
何かに気づいたのか霖之助さんがニヤリと薄く笑い、奥から緑色の液体が入った容器を持ってくる。
「これでいいかい?」
「ありがとう。代金はツケで」
ツケといっても一度も払った事はない。それでも嫌な顔一つせず頷いてくれる霖之助さんは私にとって、そこらの神様より立派な神様だった。
「奥で染色してくるといい。早苗が服を仕立ててくれと言った時に作った予備もあるからそれを着ていきなさい」
――この人には敵わないなぁ。全部見抜かれているみたいだ。
「うん、ありがとう。遠慮なくそうさせてもらうわ」
お礼を言いながらも既に足は店の奥へと歩き出していた。
初めての染色に心が浮かれ一部分残した方が可愛いかしら?などと当初の目的を忘れそうになる。
「おっといけない。全部満遍なく染めてっと」
前後左右全てが緑色に染まったのを確認してから奥に掛けてあった早苗の服を着て準備完了。
「さて、お礼を言っておきましょうか」
着替える為にしっかりと閉めておいた襖をあけ、店番をしている霖之助さんに頭を下げる。
「うん。あまり面識がない人なら早苗と言い張ってもわからないと思う」
「そうかしら」
早苗に化けるのが目的なのだから、その言葉はとても嬉しかった。
「ねぇ霖之助さん。私と早苗の違いってなんだと思う?」
「髪の色?」
「それはもういいの。中身よ中身」
「難しい事を聞くなぁ……」
霖之助さんは、うーん。と腕を組み虚空を見つめ、何かを思いついたような顔をする。
「早苗は何でも溺れている子を助けたり、産気づいた妊婦さんをおぶって産婆さんの所まで連れて行ったりしたらしい。」
「な、なんですって! そんな布教活動を!?」
人の良さそう顔をしてやる事が汚い! そうやって信者を増やしてお賽銭を毟りとってるのね!
「ありがとう霖之助さん! ちょっと裏をとってくるわ」
「う、裏?え、あ、霊夢!」
それが本当なら由々しき事態だわ。会話もそこそこに切り上げて急ぎ人里へと飛び立つ。
@@@
「うん。太助君が溺れたときでしょ? お姉さんかっこよかったよ」
「あの時は本当に嫁がお世話になりまして、落ち着いたら嫁と一緒に改めて御礼に行こうと思ってたんですよ」
「日照り続きで不作だと思っとったが巫女さんの奇跡ですかのぉ? 近年稀に見る豊作じゃ。ほんにありがたいことで」
「あー! おねーちゃんまた綾取り教えてねー!」
「土砂崩れの時は助かりましたよ。守矢神社に持っていった米俵お役にたってますか?」
なによこれ。いつの間にか村全体が早苗経になってるじゃない。私が里に下りて来た時なんか「妖怪退治ごくろーさま」で終わりよ? 米俵もらってないわよ?
「よし、こうなったらこの姿で悪事を働いて……」
「霊夢さん?」
何処かで聞いた声に背筋が凍った。恐る恐る振り返るとそこには緑色の巫女、正確には風祝が立ち尽くしていた。
「しゃ、さ、早苗!」
「何してるんですか?」
「え、えーとこれは……」
この格好で何を言っても手遅れね。仕方ない本当の事を話しましょうか。
「早苗と私の違いを確かめる為に村人に聞き込みをしてたのよ」
「違い? どういうことですか?」
「魔理沙が博麗神社に賽銭が集まらないのは巫女のせいだって言うから」
両手をブンブンと顔の前で交差させ必死に否定をする早苗。
「わ、私は偶然手助けをしたら村の方が感謝してくださっているからですよ。私、霊夢さんの事を尊敬してますし」
「お世辞でも嬉しいわ。ありがとう」
「お世辞じゃないですよ。村の方も霊夢さんのいい所を知らないだけなんです! それを知れば博麗神社もお賽銭一杯貰えますって」
お賽銭一杯。嗚呼なんと甘美な響きだろうか。朝食に沢庵がつけられるじゃない! 昼食に卵がつけられる! 夕食には冷奴まで!
「私のいい所って何かしら」
「そ、それは私より霊夢さん自身の方がよくわかるんじゃないでしょうか」
何やら上手くはぐらかされた様な気もするけど。いい所ねぇ。
「そうね。わかった早苗! 私は私のやり方で神社を繁栄させていくわ」
「そうです! その意気です!」
それじゃあ。と手を振ろうとした瞬間。
「髪と服は元に戻してくださいね」
「あ、はい」
@@@
夏だというのに既に日も暮れかかり、ジメジメと蒸し暑い中、博麗神社で一人の少女が私の帰りを待っていた。
「お、やっと戻ってきた」
「あれ、魔理沙。何してるの?」
「お前が留守番してろと言ったんじゃないか」
「そういえばそうだったわね」
今日は一日色々あって疲れたなぁ。早苗にヒントも貰ったし明日から頑張りましょうか。
「んー。もう遅くなっちゃったわね。魔理沙泊まってく?」
「いや、どうせ飯が出ないしな。家に帰って豪華なディナーを食べるぜ」
「白いご飯くらい出すわよ」
少し前までは銀シャリとも呼ばれていてこれを巡って血で血を洗う争いがされるほどすごい高価なものだったんだから持て成しとしては充分よね。うん。
「き、気持ちは嬉しいが今日はパスタの気分なんだ」
「そう」
「また来るぜ」
一人置いてけぼりにした事で恨み節の一つぐらい言われると思ったけれどあっさりと帰って行ったわね。
さて、寝ましょうか。
―――――――――――――――――――
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――何日経ったのかしら。もう日にち感覚がないわ。
遠くから箒に乗った魔法使いがやってくる。えーとあれは、そうだ魔理沙だ。
「霊夢ー! 久しぶりだな」
「んーそうねー」
「っておい! 神社荒れ放題じゃないか」
「んーそうねー」
「まさか私が帰ってから掃除してないんじゃ」
「んーそうねー」
もう返事するのも面倒くさい。返事をする度に膨大なカロリーが消費されている様な気さえする。
「な、なんでこんな事に」
「早苗が私らしさを強調した方がいいっていうから貧乏を強調してみたのよ」
「え」
「だからーしばらく何もせずにみすぼらしさを強調すれば誰かがお賽銭をくれるんじゃないかと思ったのよ」
「それは……」
「でも思った通りよ。前よりお賽銭増えたもの」
まさか何もしない方がお賽銭が増えるなんて思いもしなかったわ。逆転の発想ね。コロンブスもびっくりだわ。
「霊夢さん。それを人は同情っていうんだぜ……」
「同情でも何でも貰ったもん勝ちよ」
「――っ!」
そう言った直後、魔理沙が途端に無表情になり両目から透明な雫が頬を伝わり毀れた。
その涙が何だったのか私には未だに理解できていない。
出しちゃいけない自分らしさを出してしまった霊夢の今後が心配ですwww
はぁ…こうやって幻想郷にNEETが増えてゆくのか…
面白かったです。有難う。
どんどん新興宗教が嫌いになっていく
というタグだけでもう、なんだかなぁという感じ