「じゃあ、こんなのはどうだ。
体が茶色で、『め』が無数にある。その半生を地中で過ごし、最終的に皮を剥がれて刻まれるものは何だ?」
「…………サンドワーム」
「ぶー。正解は『じゃがいも』だぜ」
「霊夢さん、意外と頭が固いんですねぇ」
「うっさいわね。次は分かるわよ」
人里からほどほどに離れた街道沿い。
夜雀のミスティアが経営する屋台で横に並び、酒を飲みながら謎々を出し合っているのは、霊夢・魔理沙・早苗の幻想郷において主要な顔ぶれ3人衆である。
それぞれ違う用事で来た人里でばったり会った3人は、何となく夕方までダラダラとお喋りをしてしまった。
そのまま夕飯時になって、「折角だから何か食べに行く? 無論割勘で」と霊夢が提案した。他の二人はいいねぇと賛同。
それならツケが効いて、あわよくばそのツケが自然と忘却される店がいいと夜中の屋台に繰り出し、現在に至る。
さて、酒席での話題は時代の様によく回る。
さっきまで目玉焼きの固さについて熱く議論していたが、いつのまにか頭の固さの話になってしまった。
人間頭が固いと言われるよりは、柔らかいと言われた方がいいに決まっている。
それでお互いとっておきの謎々を出しては当てっこをして、その度出題者も回答者も当てたり当てられたりで一喜一憂している。
傍から見ていると、いい年をして子供の遊びに盛り上がっている様だが、酒が入るとこうした言葉遊びが意外と楽しい。
なんとか出題者の魔理沙と端でケラケラと笑う早苗をやりこめようとして、霊夢はいい問題をひねり出そうと唸る。
そして、霊夢はあることを思い出した。
「そういえば、いい問題が近くに転がっていたわ」
「おお、何だ何だ?」
「これは慧音に聞いた話なんだけどね。妹紅の焼き鳥屋って知ってる?」
「ああ、知ってる。私の家からはちっと遠いからあまり行かないけど、美味いんだよな、あそこの焼き鳥」
「お客さん。美味しい八つ目鰻はいかがですか?」
「おっと。こりゃ失敬」
ミスティアが口をへの字に曲げて皮肉を言うと、魔理沙は額を叩いて素直に詫びる。
するとミスティアは微笑んで、蒲焼を一枚おまけしてくれた。
「話を戻すわよ。
そこで最近、変わったサービスを始めたみたいなの。
食べ終わった焼き鳥の串を3本持って行くと、新しい焼き鳥1本と交換してくれるんだって。
お陰で店は何本も焼き鳥を頼む客であふれて、文字通り羽振りがよくなったとか。
ここで問題。
私は今、30本の焼き鳥を持っています。さて、これから何本の焼き鳥が食べられるでしょう?」
「質問。そんなに焼き鳥が食えるのか?」
「腹が減っていたら食べるわよ。さ、考えてちょうだい」
霊夢が不毛な魔理沙の問いに真顔で答えて、さっさと先を促す。
すると、早苗が勢いよく手を上げる。その顔は、なんて易しい問題なんだという自信に満ちていた。
「はい、早苗」
「あの、もう答えちゃっていいですよね。
まず初めから持っている30本を食べる。次に30本の串を全部交換して10本食べられる。
だから30+10で40本ですね!」
「ぶー、はずれ」
「えええ!?」
完全に当たっていると思っていただけに、早苗は信じられないといった声をあげる。
すると魔理沙は不敵に笑った。
「詰めが甘いな、早苗。いいか、10本食べたら串も10本できるだろ。
何故それを交換しない?」
「あっ……」
早苗は鋭い指摘に、顔を悔しそうにしかめる。
魔理沙はしたり顔で解説を始めた。
「まぁ、40本までは同じだろ。それで手元には10本の串。
そのうち9本取り替えて、3本食べられる。これで出来た串はさっきの余りも入れて4本。
それをまた3本だけ取り替えて1本食べる。ここで残った串は食べたのも合わせて2本しかないから、もう交換できない。
よって、食べられたのは30+10+3+1で44本だぜ」
魔理沙の理路整然とした説明に、早苗は「おぉ~」と感嘆の声を送る。
これには魔理沙も得意顔だ。
しかし
「ぶー、惜しい。正解は45本よ」
「はいぃ!?」
魔理沙のドヤ顔が驚愕に彩られる。魔理沙が計算間違いかと指折り数えるのを、霊夢は勝ち誇った表情でニヤニヤと眺める。
そして、真相をゆっくり明かし始めた。
「44本食べて、串が2本余る所までは模範解答通り。
だけど、まだまだ食べる方法はある。それには、まずこうする」
霊夢はそう言って、魔理沙の取り皿から蒲焼用の串を一本取り上げる。
「隣の客から、串を1本借りるのよ」
「……は?」
「これで手元に串が3本。1本と交換して食べられるわ。
そして、食べた後に残る1本の串は、ちゃんとお礼を言って隣に返す」
霊夢は串をまた魔理沙の皿に戻した。
二人は「あぁぁ~」と得心がいった声を無意識に漏らす。
「これで貸し借りゼロ。半端な串も綺麗に消却して、全部で45本の焼き鳥が食べられるわ」
そう言って霊夢は、ぐうの音も出ない二人を尻目に日本酒をいただく。勝利の美酒だ。
そんな無言の優越感を感じて、魔理沙の負けん気に火が付いた。
魔理沙は腕組みをして記憶をたどり、ぱっと目を輝かせた。
「そういう話なら、私にもあるぜ。
この前霧の湖を通りがかった時、湖のほとりに生えていた木のそばに、チルノと大妖精がいたんだよ」
「ふんふん」
「何をやっているんだと思って事情を聞いたら、ゴム毬で遊んでいて、そいつを木の洞に落としたらしいんだ。
それで、そのゴム毬が取りたくて試行錯誤していたらしい」
「試行錯誤って……手突っ込んで取れば済む話じゃない」
霊夢の至極まっとうな反駁に、魔理沙は待ってましたと話の核心を紡ぐ。
「それがな、その洞の直径はゴム毬より少し大きい程度。手では確実につかみ出せない。
しかもその洞はこう曲がりくねっていて、ゴム毬はその底に落ち込んでいるんだぜ」
魔理沙は空中に傾斜のゆるいS字を指で描き、その終点で指をグルグルと回し示した。
「これは……棒を使って取るのも難しいですね」
「早苗もそう思うよな。
ところが、この魔理沙様はそのゴム毬を取り出すことに成功したんだぜ」
「「えっ?」」
「嬉しい反応をありがとう。さて、これが問題だ。
私はどうやってこのゴム毬を取り出したか? レッツ・シンキングだぜ」
魔理沙の問いに、二人はつまみのいり豆を齧りながら考える。
すると、霊夢が仮説を発表し始めた。
「こう、魔法でさーっとやった」
「そんな抽象的で万能な魔法は無いんだぜ。ちなみに、私が取った方法は霊夢や早苗にも出来る」
「じゃあ、木を切り倒した」
「霊夢ならやりそうだが、違う」
「それなら、お金を渡して『これで新しい毬を買いなさい』とか」
「私は若旦那か。そんなオチなら、問題にしないんだぜ」
数打ちゃ当たるの理論で様々な答えを提出してみるが、全て空振りに終わった霊夢。
それに対して、早苗は黙りこくって屋台の張り出しテーブルを眺めて静かに考える。
ふと、早苗が顔を上げた。
「魔理沙さん。たしかその場所って、霧の湖でしたよね」
「おお、そうだよ」
「その妖精は、何か道具を持っていませんでしたか。例えば、大きな容器のような」
「ふふふ、鋭いな。チルノ達は砂遊び用にバケツを持っていたぜ」
「なるほどなるほど。魔理沙さんは機転が利きますね」
「いやぁ。それほどでも」
早苗は今の問答で、どうやら自分の答えが正しいことを確信したらしかった。
同時に魔理沙も、的確な質問から早苗が答えにたどり着いたことを悟ったらしい。
面白くないのは、仲間外れの霊夢だ。自分一人だけ分からなくて、居心地が悪い。
霊夢は酒をあおる。今度はヤケ酒のテイストが混ざっている。
そんな霊夢を眺め倒してスッキリした魔理沙は、そろそろ頃合いかな、と早苗に話しかける。
「早苗。答えを教えてやってくれ」
「ええ? いいんですか」
口では遠慮の言葉を紡ぐが、実はクイズの醍醐味を譲られてかなり早苗のテンションが上がった。
早苗はコホンと芝居がかった咳払いをして、霊夢に正解を発表する。
「魔理沙さんはバケツを借りて、湖から水を汲んで洞に流し入れたのでしょう」
「その通り」
霊夢はそこまで聞いて、その手があったか! という風情で手をポンと叩く。
後ろで魔理沙と早苗が片手ハイタッチをした。
「ゴム毬だし、洞の直径は少し大きい。多少途中の道筋が曲がっていても、浮かび上がってくるって寸法だぜ」
そう解答の補足をする魔理沙。
霊夢は悔しい思いをしたが、だんだん闘志が滾ってきた。次はスマートに当ててみせると意気込む。
一方の魔理沙も興が乗ってきて、新しい問題を望み始めた。
そして、二人は端に座る早苗に目を向ける。
「なぁ、早苗も何かないのか?」
「えぇ?」
「そうよ。一個くらいないの?」
「そうですねぇ……」
突然の無茶振りだが、早苗は頬杖をついて考える。
しばらくして、「あ」と口から何かを思い出した合図が飛び出した。
「ちょっとさっきまでと意味合いが違うかもしれませんが、それでもいいですか?」
「いいぜ」「はやくはやく」
「わかりました。
霊夢さんと魔理沙さんは、守矢神社に石段があるのはご存じですよね。
空を飛んでいると気付きにくいのですが、実は結構段の数が多くて、歩きで参拝される方々にはやや大変な思いをさせてしまっているんです。
これから話すのは、その石段で不思議な行動をとる男の人のことです」
「不思議な……行動?」
「ええ。その方は天狗さんの許可を得て参拝される熱心な信者なのですが、石段の登り方に特徴があるのです。
その方は、下から数えてピッタリ100段目で必ず足を止めるのです」
「……はい?」
霊夢は、意味が分からないといった声を漏らす。
「毎回毎回、一段も間違えずに100段目で一度立ち止まり、しばらくしてからまた歩みを進めるのです。
ちなみに、その男の人は体力自慢の壮年の方で、疲れたから休んでいる訳ではありません。
怪我をしている訳ではなく、100段目が異様に登りづらいなんてことも勿論ないです。
なのに、彼は今日も100段目できちんと足を止めていました。
さぁ、その理由は何でしょう?」
早苗は芝居がかったような口調で問いを発し、二人はふうむと考える。
始めは突飛な話だったが、よくよく考えてみると確かに不思議だ。
その男は、どうしてそんな無意味に思える行動を取るのか。
「質問」
「はい、魔理沙さん」
「その人、帰りはどうなんだ。ちゃんと100段目で止まるのか?」
「おお。いい質問ですねぇ」
早苗はもったいぶる様にゆっくりと質問に答える。
「実はその方、帰りも止まるわけではありません。
下りは100段目を素通りして、スタスタと最後まで下りてしまいます」
「ええ!?」
意外な新事実に、二人はますます混乱する。
うーんうーんと唸り声が聞こえるが、これだというひらめきは無いらしい。
この場は早苗の独り勝ちかと思われたその時、意外な所から声があがった。
「あの……分かっちゃいました」
「!? み、ミスチー、謎が解けたのか?」
「ええ、多分」
そう、屋台の奥で調理がひと段落したミスティアが名乗りをあげた。
これには早苗もつい好戦的な態度で臨む。
「ほう。では答えを聞かせてもらいましょう」
「はい。このお話しのポイントは先入観だと思うんです。
早苗さんは最初に言いましたよね。『守矢神社は、石段の数が多い』って。
神社の石段は長くて段数が多い。特に空を飛ぶお二人は正確な段数なんて分かりっこないから、頭の中にとても長い階段のイメージができてしまった。
でも、それはひっかけですよね?」
ミスティアの口上に、霊夢と魔理沙は何がひっかけ? と不思議そうな顔をする。
だが早苗は違った。まるで急所を突かれた様に、冷汗を浮かべて悔しそうに目線をそらす。
ミスティアはそれに呼応するように、解答を述べた。
「守矢神社の石段は、実はかっきり100段しか無いのだと思います。
その男の人は単に石段の頂上である100段目、いや視野を広く見て頂上と地続きの拝殿まで行って、普通に立ち止まって参拝しているってだけじゃないですか?」
ミスティアの答えに、二人は「ああぁ~!」と胸にストンと腑が落ちた声をあげる。
一方の早苗は、しばらく間をおいて、その後両手をヒラヒラと上げてこう宣言する。
「……負けました。降参です」
どうやらドンピシャリの答えだったらしく、早苗はしぶしぶ負けを認めた。
「なーるほどな。変な情報に騙されたぜ」
「でも拝殿まで100段目の一部と見るのは、いくらなんでも無茶じゃない?」
「だって、いきなり振られたらこんな感じですって!」
霊夢の冷静なツッコミに、早苗はミスティアにあっさり破られた事実と酒の力が手伝ってついムキになってしまう。
それを諌めるのは、店主のミスティアの役目だ。
「まぁまぁ。私は答えを思いついた時に、上手いなぁ、って感じました」
「なにおう! じゃあ女将さんは私たちより上手い問題があるんですかぁ!」
どうやら酒のスイッチがあらぬ角度から入ったらしい。早苗が悔しさというよりカラミ酒でミスティアに詰め寄る。
ミスティアはそう言われて、ふぅむとしばらく黙考する。
ふと3人の客を眺め、ミスティアは人差し指を立てる。
「そういえば、この前気になることがありましてね。よかったら聞いていただけますか」
「ヨッ! 待ってました」
こちらもほろ酔いの魔理沙が、手を叩いて新たな参入者を歓迎する。
ミスティアはそれに笑顔で応えて、気になる話を紡ぎだす。
「これは私の勘違いかもしれないんですが、先日常連のてゐさんがいらっしゃったんです。
その日はお酒と肴、都合2000円分を召し上がられたのですが、その会計にどうも違和感があるんです」
「違和感?」
「ええ。説明が難しいので、実演しながらでいいですか」
そう言って、ミスティアは魔理沙に視線を向ける。
「ん? 私が手伝うのか?」
「はい。私がてゐさんの動きを再現しますので、魔理沙さんは私の役で言う通りに動いてください」
「おう、分かった」
「では、私はこう言いました『2000円です』
するとてゐさんは5000円を差し出しました」
そこでミスティアは本当に五千円札を取り出し、コップと皿の間に置く。
「それで私はおつりとして3000円をてゐさんに渡しました。魔理沙さん」
「おお、3000円っと」
ミスティアが手を差し出すので、どうせ後で返してくれるだろうと予想し魔理沙は3000円を財布から取り出して渡した。
「普通ならこれで終了なのですが、この瞬間てゐさんはこう言ったんです。
『そうそう、五千円札がもう一枚あったウサ。悪いけど、これをさっきの五千円とで一万円に両替してくれない?』」
ミスティアはてゐの口調を真似ながらまた五千円札を取り出し、先ほどからテーブルの上に置きっぱなしの五千円札に重ねる。
「それで私が取った行動は」
「五千円札2枚を仕舞って、一万円札を出した」
魔理沙は実際に五千円札を財布に入れ、代わりに一万円札をミスティアに渡した。
「それで、その後どうなったんだ?」
魔理沙は先を急かすが、ミスティアはきょとんとした顔になる。
「……これでお終いですけど」
「はぁ?」
魔理沙は拍子抜けした声を漏らす。それは霊夢と早苗も同じだった。
「お終いって……」
「両替の後、てゐさんは帰られました。……違和感、ありませんか?」
ミスティアの真剣な目に、魔理沙はやれやれと肩をすくめ、霊夢や早苗はなにやらかわいそうなものを見る目つきになった。
「ミスチー。いくらてゐが胡散臭いからって、疑心暗鬼は良くないぜ。別にここで両替したっていいだろう」
「そうよ。なにもおかしくないじゃない」
「ですよねぇ」
3人は異口同音に何も違和感がないと言い張った。ミスティアはしっかりとその意見を聞いて、申し訳なさそうに話す。
「あー、申し訳ありません。やっぱり勘違いでした。このこと、てゐさんには内緒でお願いします」
「はは、いいぜ。あいつが金関係で何かやらかしそうなのは昔からだしな」
「そーよ。こないだなんて私でさえ騙そうとしたんだから」
「え? 何それ初耳です」
「あんたも気をつけなさいよ。あの兎、賽銭箱に『故障中 臨時賽銭箱はこちら』なんて偽の張り紙を――」
酒の席での話題は時代の様によく回る。
3人はクイズのことをコロッと忘れて、別の話で盛り上がる。ミスティアはその様子を会計の時まで静かに眺めていた。
「――うぅー。じゃ、そろそろ帰る?」
「ええ、そうしましょう」
「ミスチー、勘定なんだがな……」
「はいはい、ツケですね」
「すまないね、どうも」
魔理沙が片手合掌で感謝と詫びを同時に表し、3人はそのまま店を出た。
その後3人は二言三言会話し、三方に分かれて帰った。
神社に帰った霊夢は、萃香が小さないびきをかく横で自分の布団にくるまり眠った。
魔理沙は魔法の森の自宅で寝る前に本を読み、ベッドにもぐりこんだ。
早苗は起きて待っていた二柱の神に感謝と寝る前の挨拶を済ませ、床に就いた。
そして、翌朝。
ほぼ同時刻に起き出した3人の少女は、運命に導かれる様にふと昨日の最後に投げかけられた問題を思い出す。
そしてその問題を、何となく寝ぼけ眼で検証してみる。
瞬間、皆の目が限界まで広がり、幻想郷に3つの雄叫びがこだまする。
「「「あああああっ! 分かったああぁぁぁ!!」」」
「ミスチーミスチーミスチー!」
「違和感どころか大変な間違いですよ!」
「あんた損しているって!」
夜も明け、閉店準備でのれんを片づけていたミスティアに3人は着の身着のまま猪突猛進に駆けつけて、前述の台詞を口々に訴えた。
ミスティアはすこし驚いたが、落ち着いた表情でこう問い返した。
「昨日の最後にしたお話しですか? 私が損をしていると?」
「そうだ! これ、これを見ろ」
魔理沙は慌てて作ったのか、乱雑にちぎった紙に走り書きされたメモを手渡す。
「いいか。私は単純にミスチーが得たものと、てゐが得たものをリストにしてみた。
そしたらどうだ。あの兎の姦計が浮かんできたんだよ」
まるで古文書を解き明かした考古学者の様に勢いよく喋る魔理沙。
ミスティアが受け取った紙にはこう記されている。
・ミスチーが得たもの
5000円×2
・てゐが得たもの
酒と肴
おつり 3000円
10000円
「ここで5000円×2と10000円は、両替分で相殺されるからリストから除外する。
するとどうだ。ミスチーは何も得てないのに、てゐは酒に肴に3000円まで残るんだぜ!」
「あんたタダ酒飲ました挙句に、お金まで持って行かれたのよ!」
「詐欺です! 訴えましょう!」
皆が口々にミスティアへ強く諭す様に、気づいた全てを説明した。
だがミスティアは通常なら予想できない表情を浮かべる。
彼女は、笑っていた。まるで、獲物が上手くかかった罠を開封する狩人の様に。
そして、3人を驚愕させる一言を発する。
「いいんですよ。てゐさんのカラクリはぜーんぶ知っていますから」
「…………は?」
3人を代表した魔理沙が、呆けた表情でそう間抜けな声を漏らす。
そしてミスティアは、昨日の客人達に語らなかったその後を紡ぎ始めた。
「私はあの夜、一万円札を取り出しました。そしてそれをそのまま渡すと見せかけて――
『……どうして急にひっこめるの? ちゃんと10000円あるでしょ』
『その内の片方は清算済み。つまり本当は存在しないお金です。それで両替したら、5000円こっちが損です。
屋台だと会計を飲み食いするテーブル上でやりとりしちゃうから、分かりづらい手口ですよね。
でもプロの名に懸けて、お客様に適正価格を気持ちよく払っていただけるよう努力しているんですよ』
『……はぁ、また負けたか。自信あったのになぁ』
『今度は普通に飲みに来てください。歓迎しますよ』
『い~や、これが私の天性なの。それに、みすちーは一度も損なんてしたことないじゃない。
次こそはアッと言わせてやるウサ』
『ありがとうございました。またご贔屓に』
――という訳で、私はてゐさんを見送ったのでした。ちゃんちゃん」
締めの言葉は抑揚をつけて歌うように終えた問題の真実。3人はあんぐりと口を開けてミスティアを眺める。
「あんた……あの兎相手で、互角に知恵比べしてるの?」
「はい」
「しかも負けなし!?」
「ええ、お陰様で」
ミスティアをよく知る……この場合はミスティアが妖精と同程度の知慧しか持ち合わせていないと錯覚していた面々は、信じられないといった風情でミスティアを見直す。
そんな空気を感じ取ったのか、ミスティアはこう続けた。
「私は些末なことをあまり覚えていないだけです。でも、お酒のツケとかはしっかりと覚えていますよ。
まぁ、昨日のお支払い分は差し引きますけど」
「昨日の支払い?」
「……ああっ!」
「!?」
霊夢が不思議そうに反駁する横で、魔理沙が大声をあげる。その声に巫女二人はびくっと肩を震わせた。
「まさか、おまっ! 昨日の実演は」
「ああ! あんた昨日全く同じやり取りして、お金そのまんまだったわね」
「まさか……あれも」
そう、魔理沙はようやく気付いた。昨日てゐの手口で3000円をミスティアに持って行かれて、気づかなかったことを。
早苗が恐ろしげなものに語りかける口調で問うと、ミスティアは営業時のような柔和な笑みを浮かべて、答える。
「皆さんが帰られるまで、答えを出す機会はありましたよね。でも最後まで誰も異議を申し立てなかった。
つまりお支払いの単純承認で、3000円は私の物です。お三方で割勘なさってくださいな」
まさに非の打ちどころもない理論に、三人はぐぅの音も出ない。
やられたと天を仰ぐ面々を尻目に、ミスティアは閉店準備を済ませ、屋台を引っ張りながら最後にこう締めくくった。
「それでは失礼。今後もお酒と鰻と『謎解き』が楽しめる屋台を、どうぞご贔屓に」
そんな余裕の決め台詞を残して森の暗がりへ消えていく屋台の後部を、3人が(次こそは……!)という闘志に満ちた目で追いかけるのだった。
【終】
体が茶色で、『め』が無数にある。その半生を地中で過ごし、最終的に皮を剥がれて刻まれるものは何だ?」
「…………サンドワーム」
「ぶー。正解は『じゃがいも』だぜ」
「霊夢さん、意外と頭が固いんですねぇ」
「うっさいわね。次は分かるわよ」
人里からほどほどに離れた街道沿い。
夜雀のミスティアが経営する屋台で横に並び、酒を飲みながら謎々を出し合っているのは、霊夢・魔理沙・早苗の幻想郷において主要な顔ぶれ3人衆である。
それぞれ違う用事で来た人里でばったり会った3人は、何となく夕方までダラダラとお喋りをしてしまった。
そのまま夕飯時になって、「折角だから何か食べに行く? 無論割勘で」と霊夢が提案した。他の二人はいいねぇと賛同。
それならツケが効いて、あわよくばそのツケが自然と忘却される店がいいと夜中の屋台に繰り出し、現在に至る。
さて、酒席での話題は時代の様によく回る。
さっきまで目玉焼きの固さについて熱く議論していたが、いつのまにか頭の固さの話になってしまった。
人間頭が固いと言われるよりは、柔らかいと言われた方がいいに決まっている。
それでお互いとっておきの謎々を出しては当てっこをして、その度出題者も回答者も当てたり当てられたりで一喜一憂している。
傍から見ていると、いい年をして子供の遊びに盛り上がっている様だが、酒が入るとこうした言葉遊びが意外と楽しい。
なんとか出題者の魔理沙と端でケラケラと笑う早苗をやりこめようとして、霊夢はいい問題をひねり出そうと唸る。
そして、霊夢はあることを思い出した。
「そういえば、いい問題が近くに転がっていたわ」
「おお、何だ何だ?」
「これは慧音に聞いた話なんだけどね。妹紅の焼き鳥屋って知ってる?」
「ああ、知ってる。私の家からはちっと遠いからあまり行かないけど、美味いんだよな、あそこの焼き鳥」
「お客さん。美味しい八つ目鰻はいかがですか?」
「おっと。こりゃ失敬」
ミスティアが口をへの字に曲げて皮肉を言うと、魔理沙は額を叩いて素直に詫びる。
するとミスティアは微笑んで、蒲焼を一枚おまけしてくれた。
「話を戻すわよ。
そこで最近、変わったサービスを始めたみたいなの。
食べ終わった焼き鳥の串を3本持って行くと、新しい焼き鳥1本と交換してくれるんだって。
お陰で店は何本も焼き鳥を頼む客であふれて、文字通り羽振りがよくなったとか。
ここで問題。
私は今、30本の焼き鳥を持っています。さて、これから何本の焼き鳥が食べられるでしょう?」
「質問。そんなに焼き鳥が食えるのか?」
「腹が減っていたら食べるわよ。さ、考えてちょうだい」
霊夢が不毛な魔理沙の問いに真顔で答えて、さっさと先を促す。
すると、早苗が勢いよく手を上げる。その顔は、なんて易しい問題なんだという自信に満ちていた。
「はい、早苗」
「あの、もう答えちゃっていいですよね。
まず初めから持っている30本を食べる。次に30本の串を全部交換して10本食べられる。
だから30+10で40本ですね!」
「ぶー、はずれ」
「えええ!?」
完全に当たっていると思っていただけに、早苗は信じられないといった声をあげる。
すると魔理沙は不敵に笑った。
「詰めが甘いな、早苗。いいか、10本食べたら串も10本できるだろ。
何故それを交換しない?」
「あっ……」
早苗は鋭い指摘に、顔を悔しそうにしかめる。
魔理沙はしたり顔で解説を始めた。
「まぁ、40本までは同じだろ。それで手元には10本の串。
そのうち9本取り替えて、3本食べられる。これで出来た串はさっきの余りも入れて4本。
それをまた3本だけ取り替えて1本食べる。ここで残った串は食べたのも合わせて2本しかないから、もう交換できない。
よって、食べられたのは30+10+3+1で44本だぜ」
魔理沙の理路整然とした説明に、早苗は「おぉ~」と感嘆の声を送る。
これには魔理沙も得意顔だ。
しかし
「ぶー、惜しい。正解は45本よ」
「はいぃ!?」
魔理沙のドヤ顔が驚愕に彩られる。魔理沙が計算間違いかと指折り数えるのを、霊夢は勝ち誇った表情でニヤニヤと眺める。
そして、真相をゆっくり明かし始めた。
「44本食べて、串が2本余る所までは模範解答通り。
だけど、まだまだ食べる方法はある。それには、まずこうする」
霊夢はそう言って、魔理沙の取り皿から蒲焼用の串を一本取り上げる。
「隣の客から、串を1本借りるのよ」
「……は?」
「これで手元に串が3本。1本と交換して食べられるわ。
そして、食べた後に残る1本の串は、ちゃんとお礼を言って隣に返す」
霊夢は串をまた魔理沙の皿に戻した。
二人は「あぁぁ~」と得心がいった声を無意識に漏らす。
「これで貸し借りゼロ。半端な串も綺麗に消却して、全部で45本の焼き鳥が食べられるわ」
そう言って霊夢は、ぐうの音も出ない二人を尻目に日本酒をいただく。勝利の美酒だ。
そんな無言の優越感を感じて、魔理沙の負けん気に火が付いた。
魔理沙は腕組みをして記憶をたどり、ぱっと目を輝かせた。
「そういう話なら、私にもあるぜ。
この前霧の湖を通りがかった時、湖のほとりに生えていた木のそばに、チルノと大妖精がいたんだよ」
「ふんふん」
「何をやっているんだと思って事情を聞いたら、ゴム毬で遊んでいて、そいつを木の洞に落としたらしいんだ。
それで、そのゴム毬が取りたくて試行錯誤していたらしい」
「試行錯誤って……手突っ込んで取れば済む話じゃない」
霊夢の至極まっとうな反駁に、魔理沙は待ってましたと話の核心を紡ぐ。
「それがな、その洞の直径はゴム毬より少し大きい程度。手では確実につかみ出せない。
しかもその洞はこう曲がりくねっていて、ゴム毬はその底に落ち込んでいるんだぜ」
魔理沙は空中に傾斜のゆるいS字を指で描き、その終点で指をグルグルと回し示した。
「これは……棒を使って取るのも難しいですね」
「早苗もそう思うよな。
ところが、この魔理沙様はそのゴム毬を取り出すことに成功したんだぜ」
「「えっ?」」
「嬉しい反応をありがとう。さて、これが問題だ。
私はどうやってこのゴム毬を取り出したか? レッツ・シンキングだぜ」
魔理沙の問いに、二人はつまみのいり豆を齧りながら考える。
すると、霊夢が仮説を発表し始めた。
「こう、魔法でさーっとやった」
「そんな抽象的で万能な魔法は無いんだぜ。ちなみに、私が取った方法は霊夢や早苗にも出来る」
「じゃあ、木を切り倒した」
「霊夢ならやりそうだが、違う」
「それなら、お金を渡して『これで新しい毬を買いなさい』とか」
「私は若旦那か。そんなオチなら、問題にしないんだぜ」
数打ちゃ当たるの理論で様々な答えを提出してみるが、全て空振りに終わった霊夢。
それに対して、早苗は黙りこくって屋台の張り出しテーブルを眺めて静かに考える。
ふと、早苗が顔を上げた。
「魔理沙さん。たしかその場所って、霧の湖でしたよね」
「おお、そうだよ」
「その妖精は、何か道具を持っていませんでしたか。例えば、大きな容器のような」
「ふふふ、鋭いな。チルノ達は砂遊び用にバケツを持っていたぜ」
「なるほどなるほど。魔理沙さんは機転が利きますね」
「いやぁ。それほどでも」
早苗は今の問答で、どうやら自分の答えが正しいことを確信したらしかった。
同時に魔理沙も、的確な質問から早苗が答えにたどり着いたことを悟ったらしい。
面白くないのは、仲間外れの霊夢だ。自分一人だけ分からなくて、居心地が悪い。
霊夢は酒をあおる。今度はヤケ酒のテイストが混ざっている。
そんな霊夢を眺め倒してスッキリした魔理沙は、そろそろ頃合いかな、と早苗に話しかける。
「早苗。答えを教えてやってくれ」
「ええ? いいんですか」
口では遠慮の言葉を紡ぐが、実はクイズの醍醐味を譲られてかなり早苗のテンションが上がった。
早苗はコホンと芝居がかった咳払いをして、霊夢に正解を発表する。
「魔理沙さんはバケツを借りて、湖から水を汲んで洞に流し入れたのでしょう」
「その通り」
霊夢はそこまで聞いて、その手があったか! という風情で手をポンと叩く。
後ろで魔理沙と早苗が片手ハイタッチをした。
「ゴム毬だし、洞の直径は少し大きい。多少途中の道筋が曲がっていても、浮かび上がってくるって寸法だぜ」
そう解答の補足をする魔理沙。
霊夢は悔しい思いをしたが、だんだん闘志が滾ってきた。次はスマートに当ててみせると意気込む。
一方の魔理沙も興が乗ってきて、新しい問題を望み始めた。
そして、二人は端に座る早苗に目を向ける。
「なぁ、早苗も何かないのか?」
「えぇ?」
「そうよ。一個くらいないの?」
「そうですねぇ……」
突然の無茶振りだが、早苗は頬杖をついて考える。
しばらくして、「あ」と口から何かを思い出した合図が飛び出した。
「ちょっとさっきまでと意味合いが違うかもしれませんが、それでもいいですか?」
「いいぜ」「はやくはやく」
「わかりました。
霊夢さんと魔理沙さんは、守矢神社に石段があるのはご存じですよね。
空を飛んでいると気付きにくいのですが、実は結構段の数が多くて、歩きで参拝される方々にはやや大変な思いをさせてしまっているんです。
これから話すのは、その石段で不思議な行動をとる男の人のことです」
「不思議な……行動?」
「ええ。その方は天狗さんの許可を得て参拝される熱心な信者なのですが、石段の登り方に特徴があるのです。
その方は、下から数えてピッタリ100段目で必ず足を止めるのです」
「……はい?」
霊夢は、意味が分からないといった声を漏らす。
「毎回毎回、一段も間違えずに100段目で一度立ち止まり、しばらくしてからまた歩みを進めるのです。
ちなみに、その男の人は体力自慢の壮年の方で、疲れたから休んでいる訳ではありません。
怪我をしている訳ではなく、100段目が異様に登りづらいなんてことも勿論ないです。
なのに、彼は今日も100段目できちんと足を止めていました。
さぁ、その理由は何でしょう?」
早苗は芝居がかったような口調で問いを発し、二人はふうむと考える。
始めは突飛な話だったが、よくよく考えてみると確かに不思議だ。
その男は、どうしてそんな無意味に思える行動を取るのか。
「質問」
「はい、魔理沙さん」
「その人、帰りはどうなんだ。ちゃんと100段目で止まるのか?」
「おお。いい質問ですねぇ」
早苗はもったいぶる様にゆっくりと質問に答える。
「実はその方、帰りも止まるわけではありません。
下りは100段目を素通りして、スタスタと最後まで下りてしまいます」
「ええ!?」
意外な新事実に、二人はますます混乱する。
うーんうーんと唸り声が聞こえるが、これだというひらめきは無いらしい。
この場は早苗の独り勝ちかと思われたその時、意外な所から声があがった。
「あの……分かっちゃいました」
「!? み、ミスチー、謎が解けたのか?」
「ええ、多分」
そう、屋台の奥で調理がひと段落したミスティアが名乗りをあげた。
これには早苗もつい好戦的な態度で臨む。
「ほう。では答えを聞かせてもらいましょう」
「はい。このお話しのポイントは先入観だと思うんです。
早苗さんは最初に言いましたよね。『守矢神社は、石段の数が多い』って。
神社の石段は長くて段数が多い。特に空を飛ぶお二人は正確な段数なんて分かりっこないから、頭の中にとても長い階段のイメージができてしまった。
でも、それはひっかけですよね?」
ミスティアの口上に、霊夢と魔理沙は何がひっかけ? と不思議そうな顔をする。
だが早苗は違った。まるで急所を突かれた様に、冷汗を浮かべて悔しそうに目線をそらす。
ミスティアはそれに呼応するように、解答を述べた。
「守矢神社の石段は、実はかっきり100段しか無いのだと思います。
その男の人は単に石段の頂上である100段目、いや視野を広く見て頂上と地続きの拝殿まで行って、普通に立ち止まって参拝しているってだけじゃないですか?」
ミスティアの答えに、二人は「ああぁ~!」と胸にストンと腑が落ちた声をあげる。
一方の早苗は、しばらく間をおいて、その後両手をヒラヒラと上げてこう宣言する。
「……負けました。降参です」
どうやらドンピシャリの答えだったらしく、早苗はしぶしぶ負けを認めた。
「なーるほどな。変な情報に騙されたぜ」
「でも拝殿まで100段目の一部と見るのは、いくらなんでも無茶じゃない?」
「だって、いきなり振られたらこんな感じですって!」
霊夢の冷静なツッコミに、早苗はミスティアにあっさり破られた事実と酒の力が手伝ってついムキになってしまう。
それを諌めるのは、店主のミスティアの役目だ。
「まぁまぁ。私は答えを思いついた時に、上手いなぁ、って感じました」
「なにおう! じゃあ女将さんは私たちより上手い問題があるんですかぁ!」
どうやら酒のスイッチがあらぬ角度から入ったらしい。早苗が悔しさというよりカラミ酒でミスティアに詰め寄る。
ミスティアはそう言われて、ふぅむとしばらく黙考する。
ふと3人の客を眺め、ミスティアは人差し指を立てる。
「そういえば、この前気になることがありましてね。よかったら聞いていただけますか」
「ヨッ! 待ってました」
こちらもほろ酔いの魔理沙が、手を叩いて新たな参入者を歓迎する。
ミスティアはそれに笑顔で応えて、気になる話を紡ぎだす。
「これは私の勘違いかもしれないんですが、先日常連のてゐさんがいらっしゃったんです。
その日はお酒と肴、都合2000円分を召し上がられたのですが、その会計にどうも違和感があるんです」
「違和感?」
「ええ。説明が難しいので、実演しながらでいいですか」
そう言って、ミスティアは魔理沙に視線を向ける。
「ん? 私が手伝うのか?」
「はい。私がてゐさんの動きを再現しますので、魔理沙さんは私の役で言う通りに動いてください」
「おう、分かった」
「では、私はこう言いました『2000円です』
するとてゐさんは5000円を差し出しました」
そこでミスティアは本当に五千円札を取り出し、コップと皿の間に置く。
「それで私はおつりとして3000円をてゐさんに渡しました。魔理沙さん」
「おお、3000円っと」
ミスティアが手を差し出すので、どうせ後で返してくれるだろうと予想し魔理沙は3000円を財布から取り出して渡した。
「普通ならこれで終了なのですが、この瞬間てゐさんはこう言ったんです。
『そうそう、五千円札がもう一枚あったウサ。悪いけど、これをさっきの五千円とで一万円に両替してくれない?』」
ミスティアはてゐの口調を真似ながらまた五千円札を取り出し、先ほどからテーブルの上に置きっぱなしの五千円札に重ねる。
「それで私が取った行動は」
「五千円札2枚を仕舞って、一万円札を出した」
魔理沙は実際に五千円札を財布に入れ、代わりに一万円札をミスティアに渡した。
「それで、その後どうなったんだ?」
魔理沙は先を急かすが、ミスティアはきょとんとした顔になる。
「……これでお終いですけど」
「はぁ?」
魔理沙は拍子抜けした声を漏らす。それは霊夢と早苗も同じだった。
「お終いって……」
「両替の後、てゐさんは帰られました。……違和感、ありませんか?」
ミスティアの真剣な目に、魔理沙はやれやれと肩をすくめ、霊夢や早苗はなにやらかわいそうなものを見る目つきになった。
「ミスチー。いくらてゐが胡散臭いからって、疑心暗鬼は良くないぜ。別にここで両替したっていいだろう」
「そうよ。なにもおかしくないじゃない」
「ですよねぇ」
3人は異口同音に何も違和感がないと言い張った。ミスティアはしっかりとその意見を聞いて、申し訳なさそうに話す。
「あー、申し訳ありません。やっぱり勘違いでした。このこと、てゐさんには内緒でお願いします」
「はは、いいぜ。あいつが金関係で何かやらかしそうなのは昔からだしな」
「そーよ。こないだなんて私でさえ騙そうとしたんだから」
「え? 何それ初耳です」
「あんたも気をつけなさいよ。あの兎、賽銭箱に『故障中 臨時賽銭箱はこちら』なんて偽の張り紙を――」
酒の席での話題は時代の様によく回る。
3人はクイズのことをコロッと忘れて、別の話で盛り上がる。ミスティアはその様子を会計の時まで静かに眺めていた。
「――うぅー。じゃ、そろそろ帰る?」
「ええ、そうしましょう」
「ミスチー、勘定なんだがな……」
「はいはい、ツケですね」
「すまないね、どうも」
魔理沙が片手合掌で感謝と詫びを同時に表し、3人はそのまま店を出た。
その後3人は二言三言会話し、三方に分かれて帰った。
神社に帰った霊夢は、萃香が小さないびきをかく横で自分の布団にくるまり眠った。
魔理沙は魔法の森の自宅で寝る前に本を読み、ベッドにもぐりこんだ。
早苗は起きて待っていた二柱の神に感謝と寝る前の挨拶を済ませ、床に就いた。
そして、翌朝。
ほぼ同時刻に起き出した3人の少女は、運命に導かれる様にふと昨日の最後に投げかけられた問題を思い出す。
そしてその問題を、何となく寝ぼけ眼で検証してみる。
瞬間、皆の目が限界まで広がり、幻想郷に3つの雄叫びがこだまする。
「「「あああああっ! 分かったああぁぁぁ!!」」」
「ミスチーミスチーミスチー!」
「違和感どころか大変な間違いですよ!」
「あんた損しているって!」
夜も明け、閉店準備でのれんを片づけていたミスティアに3人は着の身着のまま猪突猛進に駆けつけて、前述の台詞を口々に訴えた。
ミスティアはすこし驚いたが、落ち着いた表情でこう問い返した。
「昨日の最後にしたお話しですか? 私が損をしていると?」
「そうだ! これ、これを見ろ」
魔理沙は慌てて作ったのか、乱雑にちぎった紙に走り書きされたメモを手渡す。
「いいか。私は単純にミスチーが得たものと、てゐが得たものをリストにしてみた。
そしたらどうだ。あの兎の姦計が浮かんできたんだよ」
まるで古文書を解き明かした考古学者の様に勢いよく喋る魔理沙。
ミスティアが受け取った紙にはこう記されている。
・ミスチーが得たもの
5000円×2
・てゐが得たもの
酒と肴
おつり 3000円
10000円
「ここで5000円×2と10000円は、両替分で相殺されるからリストから除外する。
するとどうだ。ミスチーは何も得てないのに、てゐは酒に肴に3000円まで残るんだぜ!」
「あんたタダ酒飲ました挙句に、お金まで持って行かれたのよ!」
「詐欺です! 訴えましょう!」
皆が口々にミスティアへ強く諭す様に、気づいた全てを説明した。
だがミスティアは通常なら予想できない表情を浮かべる。
彼女は、笑っていた。まるで、獲物が上手くかかった罠を開封する狩人の様に。
そして、3人を驚愕させる一言を発する。
「いいんですよ。てゐさんのカラクリはぜーんぶ知っていますから」
「…………は?」
3人を代表した魔理沙が、呆けた表情でそう間抜けな声を漏らす。
そしてミスティアは、昨日の客人達に語らなかったその後を紡ぎ始めた。
「私はあの夜、一万円札を取り出しました。そしてそれをそのまま渡すと見せかけて――
『……どうして急にひっこめるの? ちゃんと10000円あるでしょ』
『その内の片方は清算済み。つまり本当は存在しないお金です。それで両替したら、5000円こっちが損です。
屋台だと会計を飲み食いするテーブル上でやりとりしちゃうから、分かりづらい手口ですよね。
でもプロの名に懸けて、お客様に適正価格を気持ちよく払っていただけるよう努力しているんですよ』
『……はぁ、また負けたか。自信あったのになぁ』
『今度は普通に飲みに来てください。歓迎しますよ』
『い~や、これが私の天性なの。それに、みすちーは一度も損なんてしたことないじゃない。
次こそはアッと言わせてやるウサ』
『ありがとうございました。またご贔屓に』
――という訳で、私はてゐさんを見送ったのでした。ちゃんちゃん」
締めの言葉は抑揚をつけて歌うように終えた問題の真実。3人はあんぐりと口を開けてミスティアを眺める。
「あんた……あの兎相手で、互角に知恵比べしてるの?」
「はい」
「しかも負けなし!?」
「ええ、お陰様で」
ミスティアをよく知る……この場合はミスティアが妖精と同程度の知慧しか持ち合わせていないと錯覚していた面々は、信じられないといった風情でミスティアを見直す。
そんな空気を感じ取ったのか、ミスティアはこう続けた。
「私は些末なことをあまり覚えていないだけです。でも、お酒のツケとかはしっかりと覚えていますよ。
まぁ、昨日のお支払い分は差し引きますけど」
「昨日の支払い?」
「……ああっ!」
「!?」
霊夢が不思議そうに反駁する横で、魔理沙が大声をあげる。その声に巫女二人はびくっと肩を震わせた。
「まさか、おまっ! 昨日の実演は」
「ああ! あんた昨日全く同じやり取りして、お金そのまんまだったわね」
「まさか……あれも」
そう、魔理沙はようやく気付いた。昨日てゐの手口で3000円をミスティアに持って行かれて、気づかなかったことを。
早苗が恐ろしげなものに語りかける口調で問うと、ミスティアは営業時のような柔和な笑みを浮かべて、答える。
「皆さんが帰られるまで、答えを出す機会はありましたよね。でも最後まで誰も異議を申し立てなかった。
つまりお支払いの単純承認で、3000円は私の物です。お三方で割勘なさってくださいな」
まさに非の打ちどころもない理論に、三人はぐぅの音も出ない。
やられたと天を仰ぐ面々を尻目に、ミスティアは閉店準備を済ませ、屋台を引っ張りながら最後にこう締めくくった。
「それでは失礼。今後もお酒と鰻と『謎解き』が楽しめる屋台を、どうぞご贔屓に」
そんな余裕の決め台詞を残して森の暗がりへ消えていく屋台の後部を、3人が(次こそは……!)という闘志に満ちた目で追いかけるのだった。
【終】