ある日、魔理沙が私の家にやって来た。
「腹へったのぜ。何か食べさせてほしいのぜ」
そう魔理沙が言ったので、私はフレンチトーストを焼いてあげた。
「私は和食派だから米がいいのぜ」
「なっ、ばかっ、先に言いなさいよっ」
魔理沙は不満そうにフォークでフレンチトーストをぶっすぶっす刺している。
私はかすかに殺意を覚えた。
フレンチトーストがおかゆみたいになったあたりで、殺意は明確になった。
「ねえ魔理沙、私一生懸命作ったの。フレンチトースト、一生懸命作ったの。聞いてる? 魔理沙」
「これに梅干入れればうまいかなあ」
ぷつりと何かが切れる音がした。私の脳内の血管だった。
その日、森は火の海になった。
「アリスっ、やめてくれアリスっ、あついのぜっ」
火柱を派手にあげたので見物人が集まりだしていた。畜生、見世物じゃない。
「そんな所っ、そんな所焼いちゃだめなのぜっ、そんな大事なところっ」
「大事なところ・・・・・・だと・・・・・・!? 」
魔理沙のあえぎ声に、私の体が反応した。自分でも驚くほど素早い反応だった。
「まりさあああああ!!! 」
「ちょっ、アリスっ、来ちゃ駄目なのぜっ、大事なところが見えちゃうのぜっ」
外野が歓声をあげるが、無視して魔理沙にとびついた。
「アリス・・・・・・だめなのぜ。みんな見ているのぜ」
「あら、私は構わないわよハアハア」
「アリス、吐息が桃色だぜ」
「あんたがそうさせたのよ、ハアハア」
私の腕の中で、必死に身をよじる魔理沙。周りは火の海。でも私たちの体の方が、すっとずっと熱かった。
「アリス・・・・・・熱いぜ」
「私もよ魔理沙・・・・・・」
周りの歓声が遠くに聞こえる。たくさんの人がいるのだろうけれど、今の私たちには関係ないことだ。
「アリス、悪かったな・・・・・・・フレンチトースト、おかゆにしちゃって」
「いいの、いいのよ魔理沙。今度貴方に梅干入れてあげるから」
「ヒワイだぜ、アリス」
「いつものことよ」
森を覆い尽くす炎は今まさに広がっていることだろう。
けれども、そんな事は今の私たちには関係なかった。
「とけるっ、とけちゃうのぜっ、アリスっ」
「ああっ、魔理沙、魔理沙アアっっ!! 」
嗚呼、身も心も、あなたに溶かされていく。
これが恋。
熱く燃えるような恋。
遠くで誰かが森の火を消そうと助けを呼んでいる。
またあの七色莫迦のせいか、とっとと死ね、という声が聞こえる。
けれど、今の私たちにはそれも関係のないことだ。
「ああ、魔理沙、魔理沙っ」
「アリスっ、あついぜ。あついぜあつくて死ぬぜっ」
「あなたと死ねるなら、私は本望よっ、ああ、愛してる魔理沙っ」
「私もあいしてるぜ」
幻想郷の中心で、私たちは愛を叫んだ。
周りの火の音にも比べ物にならないぐらい大声で、愛を叫んだ。
熱気に体中の水分が奪われ、喉がカラカラになっても尚、私たちは叫び続けた。
「魔理沙っ、ねえ魔理沙っ」
「なんだアリスっ、そんなに呼ばなくてもちゃんときこえてるのぜっ」
「うめぼしっ、うめぼしちゃんと入れてあげるからねっ」
「ああ、わかってるのぜっ、アリスになら何されても構わないのぜっ」
炎はどんどん勢いを増し、森を、いや幻想郷中を焼き尽くす勢いだった。
私はそれでも構わなかった。この人と、最愛の人と共に往けるなら、これ以上の幸せはないだろうと思った。
氷精が、一生懸命氷を出している。
冬の置き忘れ物も、死にそうになりながら、それを手伝っている。
図書館の紫もやしが、七色莫迦はどうでもいい、でも魔理沙だけは助けなきゃだめっ、と言って、水の魔法を出す。
けれど、私たちも温度を下げることは誰にもできない。否、下げさせはしない。
この炎は私たちがそこに居る限り、決して消えはしない。
「ああっ、魔理沙っ」
「アリスっ、アリスっ」
ちりちりと燃える炎の中、私は貴方と一つになる。
体から、心から、どろどろに溶け合って、全てが混じりあって、貴方と一つになる。
なんて、なんて幸せなのだろう。
「アリスっ、私っ、私っ」
「魔理沙っ、きてっ、私のところへ来てっ」
魔理沙の顔が目の前に見えて、次の瞬間、互いの距離がゼロになる。
情熱的な口付け。
互いの体温が滲んだ汗と共に伝わって、やけにリアルだった。
誰も、誰にも、私たちの邪魔はさせない。この世界にいるのは、私と貴方だけ。
「ちょっ、炎の中から上海が飛んできたっ」
「あの七色莫迦、こっちの作業を中断させようってのね! そうはさせないわ! プリンセスウンディネ! 」
「も、もうだめチルノちゃん、私溶けちゃう。リリーホワイトにも溶かされて、これ以上溶けたら私死んじゃう」
「レティ、レティしっかりしてっ、もうすぐだから、あたいがこの火消すからっ」
遠くで声が聞こえたけれど、私たちはそれにも構わず、炎の中で、口付けを交わす。
何度も角度を変えながら、抱きしめながら。
「いい加減にしなさいこのバカップル! すっごい迷惑なんだけどっ」
誰かが何かを言っていた。巫女が異変に気が付いたのだろうか。
けれど、私たちにはなにも聞こえない。
聞こえるのは、互いの鼓動と、あなたのあえぎ声だけ。
それだけでいい。他にはなにもいらない。
「いくわよ魔理沙っ」
「へっ、えっ、あ、アリスっ」
私は魔理沙を押し倒す。びっくりしたように、彼女は体を震わせる。
それだけで、私の脳内はショートしそうだった。
「あんたら今年入って何回目よ!? 5回目よ! ボヤ起こすの! いい加減にして頂戴っ」
魔理沙がためらうように首を振る。けれども私のハートをとめることは出来ない。
炎が私たちの身を焼き尽くす中、彼女の細い肩にそっと口付ける。
彼女は一生懸命首を振っている。でも私にはわかる。それはただ私を誘っている行為だということを。
熱い炎に包まれながら、私はポケットの中から梅干の種を取り出した。
その日、幻想郷の一角が、全て灰になり、なくなった。