*これは後編です。お手数ですが「宝探しをしませんか?」をお先にお読みください。
私こと小悪魔は、現在魔法の森近くの古道具屋に来ています。もちろん、パチュリー様の命令で。
「すいませーん」
「はい」
返事を返してくれたのは、青年と言った風体の男性です。少し前に魔理沙さんの紹介で知り合ったこの店の店主さんで名前は・・・忘れました。
「何かいい本入ってませんか?」
「魔道書はいくつか手に入ったけど、見てくかい?」
「よろしくお願いします」
店主さんが立ち上がり、奥の方へと入っていきます。奥への扉を開いた時振り返ったのは、ついて来いってことでしょうか? 多分、そうですよね。
「待ってくださ~い」
店主さんを追いかけ、店の奥に入って行きます。するとそこには数冊の本が積み上げられたいました。雰囲気から察するに、ある程度の力を持った魔道書のようですけど・・・。
「見てもいいですか?」
「あぁ、構わないよ。対価を払ってくれる、貴重なお客さんだしね」
彼の妙な言葉に、私は首を捻ってしまいます。店に来た客は対価を払って商品を手に入れるものです。なのに貴重とは、どういう意味なのでしょう? そこまで考えて、私はこの店が常に閑古鳥が鳴いている状態だった事を思い出します。
「あ、その。これ、全部頂きます」
「そうかい? 引き取ってくれるというのはありがたいけど、確認しなくていいのかい?」
「確認はさせて貰いますけど、全部頂いていきます」
眉をひそめる店主さん。きっと冷やかしのお客ばかりで、買ってくれるお客がいる事に戸惑ってるんですね。あぁ、なんて可哀相な店主さん。いえ、私も言えたモノじゃないですが。今まで買った事なんてほとんどないですし。
「そうか。じゃあ払いは・・・どうする?」
「これでお願いできますか?」
私が取り出したのは1粒の宝石だった。私の髪と同じ色をした、美しい宝石。よっぽどの希少本でない限り、ヴワル図書館に相応しくない。だからこそ、対価もそれ相応の物しか準備していません。
「ふむ、十分すぎるくらいだよ。今からそれは君の物だから、好きに見てくれ」
「はい」
「場所はそこを使ってくれて構わないから」
「ありがとうございます」
そう言って店主さんは部屋を出て行きました。本と、それ以外の幾つかの商品が保管されている部屋に残された私は、あまり期待せずに本の確認を始めました。
「これは、うちにもあるなぁ。こっちもあるし。あ、でもこれ改訂版なんだ」
更に1冊、もう1冊と確認して行きますが、どれも希少本ではありませんでした。どれもそれなりの魔道書なのですが、如何せんヴワルの蔵書は半端ではなく、既に網羅されている品ばかりなのです。
「最後の一冊かぁ。ネクロノミコン、って、思いっきりダメそうですねぇ」
私は半ば諦めながら本を開きました。そして開いた本には、びっしりと魔文字が敷き詰められています。
「あれ、これって・・・?」
違和感を感じ、急いでページを捲ります。そして私は確信しました。ネクロノミコンなどと言う幻想の名を語ってはいますが、これは間違いなく個人の研究記録。しかもかなり高度な魔法使いの。
「この世にたった1つの魔道書が手に入るなんて・・・!」
感動の余り震える手を押さえ、私はそれを読み続けました。魔力の制御に関する画期的なアイディアに始まり、それを利用した魔法の数々。果てはその応用例。それはヴワルに相応しい、素晴らしい希少本でした。
「こ、ここここれがあんな物で!? 私ってすごい!」
私は驚き、浮かれ、狂喜乱舞しました。普通、個人の研究記録と言うのは出回りません。魔法使いは秘密主義ですし、何より個人主義な方が多いのです。ここまで言えば、この本が如何に希少かが理解して貰えると思います。
そんな私の喜びは、されど長続きしませんでした。
「よーっす、お邪魔するぜー」
私の耳に届いたのは、少しくぐもってはいますが、聞きなれた声。間違いなく、我がヴワル魔法図書館最大の敵にして、最悪のネズミ。その癖泥棒猫と言う最終兵器傍若無人、霧雨魔理沙さんの声でした。
「ミニ八卦炉、直ったか?」
「まだだよ。もう少し待ってくれ」
「お前な、本気で直してるのか?」
「もちろんだ」
「そうか。じゃあ、今日のところは帰るぜ」
私は今、扉に耳をあてて2人の会話を盗み聞きしています。こんな情けない姿、パチュリー様には見せられませんね・・・。
「どうしよう・・・?」
これを図書館に持って帰れば、きっとパチュリー様は喜んでくださるでしょう。でも、それは同時に彼女に盗まれる危険性も孕みます。あぁ、どうしたモノか。私は頭を悩ませ、なんとかしなければと方策を思案しました。
「・・・よし」
私の小悪魔的頭脳が導き出した答えは無難なモノで、館、並びに図書館の警備の強化でした。まず手始めに門番である美鈴さんにがんばって貰いましょう。真面目な彼女の事です、レミリア様から直々に注意でも受ければ、きっと命をかけてでも止めてくれるに違いありません。幸い魔理沙さんのミニ八卦炉は修理中らしいですし、多少ですが時間はあります。
「すいません~ん」
「ん、どうかしたかい?」
「紙とペン、貸して貰えますか?」
こうして私の、私による、私の為の紅魔館警備強化計画が幕を開けたのでした。
館に戻ってきた私は、今までの事を振り返りながら写本作業を進めていました。
紙を6枚に分け、お店に1枚、買い物に来ていた人形に1枚、そして神社に寄って伊吹さんに1枚預けました。更に帰り道で偶然出会った兔さんにお願いし、1枚を美鈴さんに届けて貰うよう、お願いしました。その時、幸運のお賽銭箱への賽銭を奮発して、悪戯、もとい作戦の成功を一生懸命お願いしておいたのでバッチリです。で、その後門の所であった美鈴さんにも1枚、仕込んできました。そして残るは私の手元にある1枚のみ。
「っとと、そろそろ時間ですね」
レミリア様のお茶の時間にあわせて会いに行く予定だった私は、時計を見て慌てて部屋を出ます。どうやら写本作業と回想に集中しすぎたみたいですね。
コンコン
「はい」
「レミリア様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「かまわないわ」
ガチャ
一歩一歩、踏みしめるように歩く私は、様々な意味で緊張していました。レミリア様は私などとは格の違うお方。その方を利用しようと言うのだから、緊張しない訳はありません。最悪、命はないかもしれません。でも、この計画に無くてはならないお方でもあるのです。
「ふぅん、何をたくらんでいるのかしら?」
「はうっ」
いきなり内心を言い当てられた事に驚き、私は引きつった悲鳴を上げてしまいます。落ち着け、落ち着け。平常心よ、小悪魔。
「美鈴に何かしてた時はぱたぱたと犬みたいだった癖に」
「は、はう」
レミリア様は楽しそうに羽をぱたぱたと振り、更には両腕を顔の横、耳の辺りにつけて手をひょこひょこと動かしました。本人にも気づかれずに仕掛けたのに、まさか見られていたとは・・・。
「ほら、何かいいなさいよ」
「えっと、その。これを預かって欲しいんです」
「ん、わかったわ」
私が2つ折りにした紙を差し出すと、レミリア様を何もおっしゃらず、しかも中身を見ることなくポケットの中へと仕舞いました。これで目的は達成されたのですが、私は嫌な予感ばかりがします。何故でしょう?
「これを受け取りに来たのに渡せばいいんでしょ?」
「はい。お願いしても構いませんか?」
「いいわよ、楽しそうだし。まぁ、楽しくなかったら貴方で楽しむからいいけどね」
鋭い視線。レミリア様のぞっとする様な笑みにびくりと怯えながらも、私はなんとか悲鳴を上げる事を堪えました。そして恐怖で引きつる全身を無理やり動かし、一刻も早くこの部屋から退室すべく、扉へと向います。
「で、では、失礼します」
「楽しめたら御褒美をあげるから、楽しみにしててね」
「はい。ありがとうございます」
部屋を出ると、私は汗だくの額を袖で拭いました。大丈夫、私の仕掛けは完璧です。美鈴さんの性格も考慮しましたし、紙には軽い魔法をかけて、誘導されるように仕向けました。大丈夫、抜かりは無い・・・はずです。
「・・・戻ろう」
細工は隆々仕掛けをご覧じろ、ってとこです。どんとこい!
図書館の写本部屋に戻った私は、先程放置していった写本作業の続きを再開しました。完成まで3日ってとこですかね。このペースだと。
「敵襲、敵襲!」
外から響く声に反応し、私はがばっと立ち上がりました。私の計画通りになっていれば美鈴さんは門にはいないはずです。門番隊の方々を信用していない訳ではないですが、私は念のため様子を見に行く事にしました。
「あら、小悪魔。丁度いいところに」
「あ、はい? なんでしょうかパチュリー様」
「お茶とお茶菓子を準備して貰えるかしら? 2人分」
先程まで読書に没頭していたはずなのに、なんてタイミングの悪い・・・。私は間の悪さに小さく舌打ちしながら、神は死んだのかと嘆きました。むしろ死んでる方が嬉しいですけどね。
「あー、でも侵入者が・・・」
「美鈴がどうにかするでしょ。あの子を突破出来るのは魔理沙くらいだし」
「・・・魔理沙さんだったらどうするんですか?」
「それなら貴方が行っても同じでしょ?」
「・・・はい」
私はパチュリー様の命令どおり、お茶を淹れる為に図書館に備え付けられたキッチンへと移動しました。最近のパチュリー様は、何故か2人分準備させるのが好きなんですよね。大体は私と一緒に飲むんですが、たまに魔理沙さんが来てると私の分は飲まれてしまいます。「お、気が利くな」って言って。
「お待たせしまし・・・た」
「早かったわね」
「おう、待ちくたびれたぜ」
パチュリー様の元へ戻ると、そこでは悪夢が具現化されていました。凄まじい精神力でなんとか意識を保った私は、震える手足を押さえ込み、なんとかお茶とお茶菓子をテーブルに乗せて一旦その場を後にしました。
マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ。
「ほ、本。隠さなきゃ!」
なんでこの時間にピンポイントに来るのかとか、ミニ八卦炉は修理中じゃないのかとか色々と疑問は尽きませんが、兎も角今はあの希少本を隠す事を最優先です。それ以外の事など、今はどうでもいいのです。えぇ、どうでも。
だから後ろから聞える「今日はミニ八卦炉がないから、美鈴がいなくてよかったぜ」とか「あいつが門にいたら今日のところは退散するつもりだったんだけどな」なんて声は聞えません。聞えないんですってば!
「どこに、って、そうだ。本と本の間に挟んでおけばっ!」
写本と言うのはとても時間が掛かります。何冊もしていれば、尚更です。ですから、写本室には私の個人的な物も持ち込まれています。もちろん、本も。木を隠すなら森、本を隠すなら本の中とばかりに、私はその中に希少本を埋もれさせました。
「この辺に、っと」
適当に本を埋めると、私は急いで写本室から飛び出しました。あの部屋に魔理沙さんが入らないよう、見張らなければならないからです。
「じゃ、勝手に本読ませてもらうな」
「読むのはいいけど、持ち出さないでよ?」
「今日は勝ち目なさそうだからな。図書館の本は持ち出さない事にするぜ」
「いい判断ね」
よしよしよしよし、風は私に向いて吹いている! 今日は本を持っていかないのであれば、次までに警備の強化も図れるし、何より急げば写本が間に合います。余り考えたくは無いのですが、最悪強奪されても写本が終わっていれば持って行かれても傷は浅くて済みますし、上手くいけば写本の方を握らせる事が出来るかもしれません。
それからずっと、私は魔理沙さんに張り付くように監視を続けました。魔理沙さんはただ本を読み続けるだけなのでとても退屈でしたが、私はがんばりました。希少本の為なら少しの苦労なんて厭わないのが私、小悪魔なのです。
「あ、小悪魔さん。こんなとろにいたんですね」
「はい、なんでしょう?」
後ろから聞こえた声に、振り返る事なく返事を返しました。目を放した隙に消えるくらい、魔理沙さんならやりかねませんから。
「お嬢様がお呼びです」
「そうですか、ご苦労様です」
「今すぐ来るようにとの事ですので。では」
後ろの気配が消え、私は再度目の前の光景に集中を戻しました。ん、あれ? 今何かとても怖い発言を聞いたような・・・?
「――っぇ」
声にならない悲鳴を上げながら、私はその場に崩れ落ちるように蹲りました。レミリア様からの呼び出しに応じなければ命が危ない。かといって応じれば、魔理沙さんから目を離す事になる。何と言う最悪の展開!?
まぁ、そうでなくとも私は図書館、ひいては紅魔館に仕える身。言うまでもなく、レミリア様の命令は絶対なのですが。ですから、命の危険云々なんて言うのは二の次なのですよ?
「・・・小細工くらいはしておこう」
写本室に鍵をかけ、更にプレートを外して別のプレートと入れ替えておきます。結界や魔法のロックは怪しまれそうなので止めて置きました。これで多分、魔理沙さんの興味を誘うような事はないはずです。そう自分に言い聞かせながら、私はレミリア様の待つ私室へと急ぎました。
「遅かったわね」
「申し訳ありません」
着いた早々、お叱りの言葉を頂いてしまいました。もしかすると私の仕掛けは上手くいかなかったのでしょうか? もしかしたらは不愉快にさせる事をしてしまったのかもしれません。
「中々楽しませてもらったわ。これ」
「ど、どうも」
どうやらレミリア様の機嫌を損ねた訳ではないようですね。ほっとしました。それはそれとして、レミリア様が指差した6枚の紙。テーブルにおかれたそれらには、それぞれ別の文章が書かれています。
1枚目から順に列挙すると、こうなります。
悪魔の僕。それは門に飾られた龍。
戯曲の操者。彼女は寂しきヒロイン。
ここにはいない者。されどここに在る者。
ある店主。彼は古きを愛する者。
参向。最高位へ、最高位の礼儀を。
上手く切り抜けられるといいですね。
「手が込んでる割には、シンプルね。でもまたそこがよかったわ」
「お褒め頂き、光栄です」
褒められるのは嬉しい。それが自分の得意とする分野であれば尚更です。でも、悪戯を褒められた事はいままでなかったので、実は内心戸惑ったりもしていました。
「上手く切り抜ける、って、これは私からよね?」
「はい。それと咲夜さんからも、です」
「あら、そう。残念ながら咲夜からは逃れられなかったようよ」
「それは残念ですね」
特に残念とは思っていなかったのだが、否定の言葉を吐く勇気もなく、ごまかす言葉も思い浮かばなかった私は、無難にそう答える事しか出来ませんでした。普段の小悪魔節はどこへやら、と言う感じですね。あ、ちょっと余裕が出てきたかも?
「まぁ、美鈴はこれを見てないけどね」
「そうなんですか?」
「えぇ。で、本題に入るわね」
びくっ、と心と尻尾が跳ねる。この尻尾と言うのが中々曲者で、いかに感情を上手く隠しても尻尾の反応は丸見えなのです。動かさないように出来なくはないのですが、不自然になる事請け合いですし、面倒なのでやりません。
「楽しませてくれたお礼に、1つ願いを叶えてあげるわ。ただし、無茶な願いを言ったらその場でお終い」
「お終い、ですか?」
「安心して、殺したりはしないわ。ただ、お願いの権利が消滅するだけ」
「はぁ、なるほど」
いつの間にか震えは収まり、声も普通に出るようになっていました。そしてそれにあわせて頭も回り始めています。もしかしなくとも、これはチャンスではないでしょうか?
「えっと、それじゃあお願いを言っても構いませんか?」
「あら、早いわね。もう少し悩んでくれてもいいんじゃない?」
「すいません。でも、私の願いは1つだけなんです」
「そう、じゃあ聞くわ」
折角からかいがいがありそうなのに、と言うレミリア様の言葉は聞かなかった事にして、私はお願いを口にしました。震えることなく、いつも通りの言葉で。
「図書館の警備を強化して欲しいんです」
「・・・そんなのでいいの?」
「はい」
現在進行中の警備強化計画。これを一気に進展させる事が出来るなんて、まるで夢のようじゃないですか。上手くいけば本を強奪される時代は終わり、平和な図書館ライフが帰ってくるんです。これ以上に素晴らしい事なんてありましょうか? いや、ないです!
「咲夜」
「はい」
先程までいなかったはずの気配が部屋に現れました。突然現れた咲夜さんは、まるで最初からそこにいたかのような自然な様子で会話に加わります。
「図書館の警備、どの程度なら強化可能かしら?」
「そうですね・・・巡回メイドを5割増し程度が限界でしょうか」
「そう。それでいい?」
レミリア様の言葉に反論するのはとても恐ろしい。しかし悪魔にはやらなければいけない時、いや、言わなければいけない時があるんです。私の愛しい本達の為に。
「えっと、魔理沙さんを撃退できるくらいの戦力が欲しいんですけど・・・」
「だって、咲夜」
「不可能です。それ程の人員を常時割いていては、メイドが何人いても足りません」
「だって、どうする?」
「えっと、それじゃあ」
多分レミリア様は「だったら他のお願いにする?」と言う意図で聞いてくださったんだと思います。無茶なお願いをすれば即終了と言ってらしたのに、なんて寛大なお方でしょうか。そんなお気遣いをして頂いたにも関わらず、私の頭には、どうやって本を盗まれない警備を敷いて貰うか、その一点のみしかありませんでした。
「でしたら、魔理沙さんが来た時だけ警戒して頂けませんか?」
「・・・それじゃ間に合わないでしょ? 今みたいに」
「いえ、帰りです。本さえ盗まれなければいいんです」
「外へ出る者への迎撃、って訳ね。面白そうだわ」
「お願いできますか?」
「そうね。咲夜。どう?」
「そうですね」
咲夜さんは私の目を見つめながら、何か悩んでいるようでした。私は目を逸らす事なく、真摯にその視線受け止めました。ここが正念場ってヤツですね、きっと。
「お嬢様が許可してくださるのであれば、私自ら出向いても構いませんが?」
「そうね。緊急時以外なら許可するわ」
「それで構わないからしら?」
「はい、ありがとうございます!」
深々と頭を下げた私は、頭を上げるや否や、咲夜さんと共に図書館へと戻る事にしました。
こうして私の計画は予想以上の成功を収め、紅魔館で5指に入る実力者の力を得る事に成功したのでした。
私が図書館に戻ると、そこには悪夢が横たわっていました。
「お帰り、小悪魔。見事にやられたわ」
「あ、ああぁぁあ」
写本室の扉は無残にも砕け散り、中にあった本は1冊残らず消えていました。あの嘘吐き魔法使いがっ! 鬼! 悪魔! 極悪人! ついでに色魔!
「『悪魔の読む本に興味があるぜ。図書館の本じゃないから約束は破ってないよな』、だそうよ」
「そ、そんなぁ」
私は入れ替えたプレート――こぁの部屋と書かれている――を見つめ、少し涙目になってしまう。折角咲夜さんの助力を得て警備を固めたというのに、既に手遅れとは・・・。
「そういえば小悪魔、ここは写本室じゃなかったかしら?」
「・・・そうです」
「そう、大体事情は把握できたわ。あの本もこの中に?」
「はい」
荒らされた部屋から1つ1つ物を拾い上げ、片付けをしながら返事を返しました。あぁ、折角の希少本が。私の趣味の魔道書が。
「って、あれ? ない・・・ない・・・」
「どうしたの?」
私は片付ける事など忘れ、部屋中をひっくり返してある物を探し始めます。さっき書いていたのだから、ここにある事は間違いないんです。だったら一体どこへ・・・?
「い、いやぁぁ。ま、まさか!」
「ど、どうしたのよ小悪魔。とりあえず落ち着きなさい」
これが落ち着いていられるものですか!
私は形振り構わず部屋を飛び出すと、パチュリー様の符を数枚拝借し、魔理沙さんの後を追いかけます。何が何でも取り返さなければ!
「私の日記帳返してくださぁぁい」
私は全速力で図書館を飛び出しました。そんな私が最後に見たモノは、大量のナイフが迫って来る光景でした。
私こと小悪魔は、現在魔法の森近くの古道具屋に来ています。もちろん、パチュリー様の命令で。
「すいませーん」
「はい」
返事を返してくれたのは、青年と言った風体の男性です。少し前に魔理沙さんの紹介で知り合ったこの店の店主さんで名前は・・・忘れました。
「何かいい本入ってませんか?」
「魔道書はいくつか手に入ったけど、見てくかい?」
「よろしくお願いします」
店主さんが立ち上がり、奥の方へと入っていきます。奥への扉を開いた時振り返ったのは、ついて来いってことでしょうか? 多分、そうですよね。
「待ってくださ~い」
店主さんを追いかけ、店の奥に入って行きます。するとそこには数冊の本が積み上げられたいました。雰囲気から察するに、ある程度の力を持った魔道書のようですけど・・・。
「見てもいいですか?」
「あぁ、構わないよ。対価を払ってくれる、貴重なお客さんだしね」
彼の妙な言葉に、私は首を捻ってしまいます。店に来た客は対価を払って商品を手に入れるものです。なのに貴重とは、どういう意味なのでしょう? そこまで考えて、私はこの店が常に閑古鳥が鳴いている状態だった事を思い出します。
「あ、その。これ、全部頂きます」
「そうかい? 引き取ってくれるというのはありがたいけど、確認しなくていいのかい?」
「確認はさせて貰いますけど、全部頂いていきます」
眉をひそめる店主さん。きっと冷やかしのお客ばかりで、買ってくれるお客がいる事に戸惑ってるんですね。あぁ、なんて可哀相な店主さん。いえ、私も言えたモノじゃないですが。今まで買った事なんてほとんどないですし。
「そうか。じゃあ払いは・・・どうする?」
「これでお願いできますか?」
私が取り出したのは1粒の宝石だった。私の髪と同じ色をした、美しい宝石。よっぽどの希少本でない限り、ヴワル図書館に相応しくない。だからこそ、対価もそれ相応の物しか準備していません。
「ふむ、十分すぎるくらいだよ。今からそれは君の物だから、好きに見てくれ」
「はい」
「場所はそこを使ってくれて構わないから」
「ありがとうございます」
そう言って店主さんは部屋を出て行きました。本と、それ以外の幾つかの商品が保管されている部屋に残された私は、あまり期待せずに本の確認を始めました。
「これは、うちにもあるなぁ。こっちもあるし。あ、でもこれ改訂版なんだ」
更に1冊、もう1冊と確認して行きますが、どれも希少本ではありませんでした。どれもそれなりの魔道書なのですが、如何せんヴワルの蔵書は半端ではなく、既に網羅されている品ばかりなのです。
「最後の一冊かぁ。ネクロノミコン、って、思いっきりダメそうですねぇ」
私は半ば諦めながら本を開きました。そして開いた本には、びっしりと魔文字が敷き詰められています。
「あれ、これって・・・?」
違和感を感じ、急いでページを捲ります。そして私は確信しました。ネクロノミコンなどと言う幻想の名を語ってはいますが、これは間違いなく個人の研究記録。しかもかなり高度な魔法使いの。
「この世にたった1つの魔道書が手に入るなんて・・・!」
感動の余り震える手を押さえ、私はそれを読み続けました。魔力の制御に関する画期的なアイディアに始まり、それを利用した魔法の数々。果てはその応用例。それはヴワルに相応しい、素晴らしい希少本でした。
「こ、ここここれがあんな物で!? 私ってすごい!」
私は驚き、浮かれ、狂喜乱舞しました。普通、個人の研究記録と言うのは出回りません。魔法使いは秘密主義ですし、何より個人主義な方が多いのです。ここまで言えば、この本が如何に希少かが理解して貰えると思います。
そんな私の喜びは、されど長続きしませんでした。
「よーっす、お邪魔するぜー」
私の耳に届いたのは、少しくぐもってはいますが、聞きなれた声。間違いなく、我がヴワル魔法図書館最大の敵にして、最悪のネズミ。その癖泥棒猫と言う最終兵器傍若無人、霧雨魔理沙さんの声でした。
「ミニ八卦炉、直ったか?」
「まだだよ。もう少し待ってくれ」
「お前な、本気で直してるのか?」
「もちろんだ」
「そうか。じゃあ、今日のところは帰るぜ」
私は今、扉に耳をあてて2人の会話を盗み聞きしています。こんな情けない姿、パチュリー様には見せられませんね・・・。
「どうしよう・・・?」
これを図書館に持って帰れば、きっとパチュリー様は喜んでくださるでしょう。でも、それは同時に彼女に盗まれる危険性も孕みます。あぁ、どうしたモノか。私は頭を悩ませ、なんとかしなければと方策を思案しました。
「・・・よし」
私の小悪魔的頭脳が導き出した答えは無難なモノで、館、並びに図書館の警備の強化でした。まず手始めに門番である美鈴さんにがんばって貰いましょう。真面目な彼女の事です、レミリア様から直々に注意でも受ければ、きっと命をかけてでも止めてくれるに違いありません。幸い魔理沙さんのミニ八卦炉は修理中らしいですし、多少ですが時間はあります。
「すいません~ん」
「ん、どうかしたかい?」
「紙とペン、貸して貰えますか?」
こうして私の、私による、私の為の紅魔館警備強化計画が幕を開けたのでした。
館に戻ってきた私は、今までの事を振り返りながら写本作業を進めていました。
紙を6枚に分け、お店に1枚、買い物に来ていた人形に1枚、そして神社に寄って伊吹さんに1枚預けました。更に帰り道で偶然出会った兔さんにお願いし、1枚を美鈴さんに届けて貰うよう、お願いしました。その時、幸運のお賽銭箱への賽銭を奮発して、悪戯、もとい作戦の成功を一生懸命お願いしておいたのでバッチリです。で、その後門の所であった美鈴さんにも1枚、仕込んできました。そして残るは私の手元にある1枚のみ。
「っとと、そろそろ時間ですね」
レミリア様のお茶の時間にあわせて会いに行く予定だった私は、時計を見て慌てて部屋を出ます。どうやら写本作業と回想に集中しすぎたみたいですね。
コンコン
「はい」
「レミリア様、少しお時間よろしいでしょうか?」
「かまわないわ」
ガチャ
一歩一歩、踏みしめるように歩く私は、様々な意味で緊張していました。レミリア様は私などとは格の違うお方。その方を利用しようと言うのだから、緊張しない訳はありません。最悪、命はないかもしれません。でも、この計画に無くてはならないお方でもあるのです。
「ふぅん、何をたくらんでいるのかしら?」
「はうっ」
いきなり内心を言い当てられた事に驚き、私は引きつった悲鳴を上げてしまいます。落ち着け、落ち着け。平常心よ、小悪魔。
「美鈴に何かしてた時はぱたぱたと犬みたいだった癖に」
「は、はう」
レミリア様は楽しそうに羽をぱたぱたと振り、更には両腕を顔の横、耳の辺りにつけて手をひょこひょこと動かしました。本人にも気づかれずに仕掛けたのに、まさか見られていたとは・・・。
「ほら、何かいいなさいよ」
「えっと、その。これを預かって欲しいんです」
「ん、わかったわ」
私が2つ折りにした紙を差し出すと、レミリア様を何もおっしゃらず、しかも中身を見ることなくポケットの中へと仕舞いました。これで目的は達成されたのですが、私は嫌な予感ばかりがします。何故でしょう?
「これを受け取りに来たのに渡せばいいんでしょ?」
「はい。お願いしても構いませんか?」
「いいわよ、楽しそうだし。まぁ、楽しくなかったら貴方で楽しむからいいけどね」
鋭い視線。レミリア様のぞっとする様な笑みにびくりと怯えながらも、私はなんとか悲鳴を上げる事を堪えました。そして恐怖で引きつる全身を無理やり動かし、一刻も早くこの部屋から退室すべく、扉へと向います。
「で、では、失礼します」
「楽しめたら御褒美をあげるから、楽しみにしててね」
「はい。ありがとうございます」
部屋を出ると、私は汗だくの額を袖で拭いました。大丈夫、私の仕掛けは完璧です。美鈴さんの性格も考慮しましたし、紙には軽い魔法をかけて、誘導されるように仕向けました。大丈夫、抜かりは無い・・・はずです。
「・・・戻ろう」
細工は隆々仕掛けをご覧じろ、ってとこです。どんとこい!
図書館の写本部屋に戻った私は、先程放置していった写本作業の続きを再開しました。完成まで3日ってとこですかね。このペースだと。
「敵襲、敵襲!」
外から響く声に反応し、私はがばっと立ち上がりました。私の計画通りになっていれば美鈴さんは門にはいないはずです。門番隊の方々を信用していない訳ではないですが、私は念のため様子を見に行く事にしました。
「あら、小悪魔。丁度いいところに」
「あ、はい? なんでしょうかパチュリー様」
「お茶とお茶菓子を準備して貰えるかしら? 2人分」
先程まで読書に没頭していたはずなのに、なんてタイミングの悪い・・・。私は間の悪さに小さく舌打ちしながら、神は死んだのかと嘆きました。むしろ死んでる方が嬉しいですけどね。
「あー、でも侵入者が・・・」
「美鈴がどうにかするでしょ。あの子を突破出来るのは魔理沙くらいだし」
「・・・魔理沙さんだったらどうするんですか?」
「それなら貴方が行っても同じでしょ?」
「・・・はい」
私はパチュリー様の命令どおり、お茶を淹れる為に図書館に備え付けられたキッチンへと移動しました。最近のパチュリー様は、何故か2人分準備させるのが好きなんですよね。大体は私と一緒に飲むんですが、たまに魔理沙さんが来てると私の分は飲まれてしまいます。「お、気が利くな」って言って。
「お待たせしまし・・・た」
「早かったわね」
「おう、待ちくたびれたぜ」
パチュリー様の元へ戻ると、そこでは悪夢が具現化されていました。凄まじい精神力でなんとか意識を保った私は、震える手足を押さえ込み、なんとかお茶とお茶菓子をテーブルに乗せて一旦その場を後にしました。
マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ。
「ほ、本。隠さなきゃ!」
なんでこの時間にピンポイントに来るのかとか、ミニ八卦炉は修理中じゃないのかとか色々と疑問は尽きませんが、兎も角今はあの希少本を隠す事を最優先です。それ以外の事など、今はどうでもいいのです。えぇ、どうでも。
だから後ろから聞える「今日はミニ八卦炉がないから、美鈴がいなくてよかったぜ」とか「あいつが門にいたら今日のところは退散するつもりだったんだけどな」なんて声は聞えません。聞えないんですってば!
「どこに、って、そうだ。本と本の間に挟んでおけばっ!」
写本と言うのはとても時間が掛かります。何冊もしていれば、尚更です。ですから、写本室には私の個人的な物も持ち込まれています。もちろん、本も。木を隠すなら森、本を隠すなら本の中とばかりに、私はその中に希少本を埋もれさせました。
「この辺に、っと」
適当に本を埋めると、私は急いで写本室から飛び出しました。あの部屋に魔理沙さんが入らないよう、見張らなければならないからです。
「じゃ、勝手に本読ませてもらうな」
「読むのはいいけど、持ち出さないでよ?」
「今日は勝ち目なさそうだからな。図書館の本は持ち出さない事にするぜ」
「いい判断ね」
よしよしよしよし、風は私に向いて吹いている! 今日は本を持っていかないのであれば、次までに警備の強化も図れるし、何より急げば写本が間に合います。余り考えたくは無いのですが、最悪強奪されても写本が終わっていれば持って行かれても傷は浅くて済みますし、上手くいけば写本の方を握らせる事が出来るかもしれません。
それからずっと、私は魔理沙さんに張り付くように監視を続けました。魔理沙さんはただ本を読み続けるだけなのでとても退屈でしたが、私はがんばりました。希少本の為なら少しの苦労なんて厭わないのが私、小悪魔なのです。
「あ、小悪魔さん。こんなとろにいたんですね」
「はい、なんでしょう?」
後ろから聞こえた声に、振り返る事なく返事を返しました。目を放した隙に消えるくらい、魔理沙さんならやりかねませんから。
「お嬢様がお呼びです」
「そうですか、ご苦労様です」
「今すぐ来るようにとの事ですので。では」
後ろの気配が消え、私は再度目の前の光景に集中を戻しました。ん、あれ? 今何かとても怖い発言を聞いたような・・・?
「――っぇ」
声にならない悲鳴を上げながら、私はその場に崩れ落ちるように蹲りました。レミリア様からの呼び出しに応じなければ命が危ない。かといって応じれば、魔理沙さんから目を離す事になる。何と言う最悪の展開!?
まぁ、そうでなくとも私は図書館、ひいては紅魔館に仕える身。言うまでもなく、レミリア様の命令は絶対なのですが。ですから、命の危険云々なんて言うのは二の次なのですよ?
「・・・小細工くらいはしておこう」
写本室に鍵をかけ、更にプレートを外して別のプレートと入れ替えておきます。結界や魔法のロックは怪しまれそうなので止めて置きました。これで多分、魔理沙さんの興味を誘うような事はないはずです。そう自分に言い聞かせながら、私はレミリア様の待つ私室へと急ぎました。
「遅かったわね」
「申し訳ありません」
着いた早々、お叱りの言葉を頂いてしまいました。もしかすると私の仕掛けは上手くいかなかったのでしょうか? もしかしたらは不愉快にさせる事をしてしまったのかもしれません。
「中々楽しませてもらったわ。これ」
「ど、どうも」
どうやらレミリア様の機嫌を損ねた訳ではないようですね。ほっとしました。それはそれとして、レミリア様が指差した6枚の紙。テーブルにおかれたそれらには、それぞれ別の文章が書かれています。
1枚目から順に列挙すると、こうなります。
悪魔の僕。それは門に飾られた龍。
戯曲の操者。彼女は寂しきヒロイン。
ここにはいない者。されどここに在る者。
ある店主。彼は古きを愛する者。
参向。最高位へ、最高位の礼儀を。
上手く切り抜けられるといいですね。
「手が込んでる割には、シンプルね。でもまたそこがよかったわ」
「お褒め頂き、光栄です」
褒められるのは嬉しい。それが自分の得意とする分野であれば尚更です。でも、悪戯を褒められた事はいままでなかったので、実は内心戸惑ったりもしていました。
「上手く切り抜ける、って、これは私からよね?」
「はい。それと咲夜さんからも、です」
「あら、そう。残念ながら咲夜からは逃れられなかったようよ」
「それは残念ですね」
特に残念とは思っていなかったのだが、否定の言葉を吐く勇気もなく、ごまかす言葉も思い浮かばなかった私は、無難にそう答える事しか出来ませんでした。普段の小悪魔節はどこへやら、と言う感じですね。あ、ちょっと余裕が出てきたかも?
「まぁ、美鈴はこれを見てないけどね」
「そうなんですか?」
「えぇ。で、本題に入るわね」
びくっ、と心と尻尾が跳ねる。この尻尾と言うのが中々曲者で、いかに感情を上手く隠しても尻尾の反応は丸見えなのです。動かさないように出来なくはないのですが、不自然になる事請け合いですし、面倒なのでやりません。
「楽しませてくれたお礼に、1つ願いを叶えてあげるわ。ただし、無茶な願いを言ったらその場でお終い」
「お終い、ですか?」
「安心して、殺したりはしないわ。ただ、お願いの権利が消滅するだけ」
「はぁ、なるほど」
いつの間にか震えは収まり、声も普通に出るようになっていました。そしてそれにあわせて頭も回り始めています。もしかしなくとも、これはチャンスではないでしょうか?
「えっと、それじゃあお願いを言っても構いませんか?」
「あら、早いわね。もう少し悩んでくれてもいいんじゃない?」
「すいません。でも、私の願いは1つだけなんです」
「そう、じゃあ聞くわ」
折角からかいがいがありそうなのに、と言うレミリア様の言葉は聞かなかった事にして、私はお願いを口にしました。震えることなく、いつも通りの言葉で。
「図書館の警備を強化して欲しいんです」
「・・・そんなのでいいの?」
「はい」
現在進行中の警備強化計画。これを一気に進展させる事が出来るなんて、まるで夢のようじゃないですか。上手くいけば本を強奪される時代は終わり、平和な図書館ライフが帰ってくるんです。これ以上に素晴らしい事なんてありましょうか? いや、ないです!
「咲夜」
「はい」
先程までいなかったはずの気配が部屋に現れました。突然現れた咲夜さんは、まるで最初からそこにいたかのような自然な様子で会話に加わります。
「図書館の警備、どの程度なら強化可能かしら?」
「そうですね・・・巡回メイドを5割増し程度が限界でしょうか」
「そう。それでいい?」
レミリア様の言葉に反論するのはとても恐ろしい。しかし悪魔にはやらなければいけない時、いや、言わなければいけない時があるんです。私の愛しい本達の為に。
「えっと、魔理沙さんを撃退できるくらいの戦力が欲しいんですけど・・・」
「だって、咲夜」
「不可能です。それ程の人員を常時割いていては、メイドが何人いても足りません」
「だって、どうする?」
「えっと、それじゃあ」
多分レミリア様は「だったら他のお願いにする?」と言う意図で聞いてくださったんだと思います。無茶なお願いをすれば即終了と言ってらしたのに、なんて寛大なお方でしょうか。そんなお気遣いをして頂いたにも関わらず、私の頭には、どうやって本を盗まれない警備を敷いて貰うか、その一点のみしかありませんでした。
「でしたら、魔理沙さんが来た時だけ警戒して頂けませんか?」
「・・・それじゃ間に合わないでしょ? 今みたいに」
「いえ、帰りです。本さえ盗まれなければいいんです」
「外へ出る者への迎撃、って訳ね。面白そうだわ」
「お願いできますか?」
「そうね。咲夜。どう?」
「そうですね」
咲夜さんは私の目を見つめながら、何か悩んでいるようでした。私は目を逸らす事なく、真摯にその視線受け止めました。ここが正念場ってヤツですね、きっと。
「お嬢様が許可してくださるのであれば、私自ら出向いても構いませんが?」
「そうね。緊急時以外なら許可するわ」
「それで構わないからしら?」
「はい、ありがとうございます!」
深々と頭を下げた私は、頭を上げるや否や、咲夜さんと共に図書館へと戻る事にしました。
こうして私の計画は予想以上の成功を収め、紅魔館で5指に入る実力者の力を得る事に成功したのでした。
私が図書館に戻ると、そこには悪夢が横たわっていました。
「お帰り、小悪魔。見事にやられたわ」
「あ、ああぁぁあ」
写本室の扉は無残にも砕け散り、中にあった本は1冊残らず消えていました。あの嘘吐き魔法使いがっ! 鬼! 悪魔! 極悪人! ついでに色魔!
「『悪魔の読む本に興味があるぜ。図書館の本じゃないから約束は破ってないよな』、だそうよ」
「そ、そんなぁ」
私は入れ替えたプレート――こぁの部屋と書かれている――を見つめ、少し涙目になってしまう。折角咲夜さんの助力を得て警備を固めたというのに、既に手遅れとは・・・。
「そういえば小悪魔、ここは写本室じゃなかったかしら?」
「・・・そうです」
「そう、大体事情は把握できたわ。あの本もこの中に?」
「はい」
荒らされた部屋から1つ1つ物を拾い上げ、片付けをしながら返事を返しました。あぁ、折角の希少本が。私の趣味の魔道書が。
「って、あれ? ない・・・ない・・・」
「どうしたの?」
私は片付ける事など忘れ、部屋中をひっくり返してある物を探し始めます。さっき書いていたのだから、ここにある事は間違いないんです。だったら一体どこへ・・・?
「い、いやぁぁ。ま、まさか!」
「ど、どうしたのよ小悪魔。とりあえず落ち着きなさい」
これが落ち着いていられるものですか!
私は形振り構わず部屋を飛び出すと、パチュリー様の符を数枚拝借し、魔理沙さんの後を追いかけます。何が何でも取り返さなければ!
「私の日記帳返してくださぁぁい」
私は全速力で図書館を飛び出しました。そんな私が最後に見たモノは、大量のナイフが迫って来る光景でした。
解答編だけでは寂しいかなと思ったのでこぁに少しがんばって貰いました。
ちょっと練りこみが甘いかなとも思いますが、楽しんで頂けたなら幸いです。