――私は走っていた。
小学校の時に走れメロスと言う話を読んだが、まさにあれに近い。
そのくらいの勢いで、私は廊下を疾駆していた。
世界が後ろに流れて、私は風になって。
求める貴女は今何処。
なんて。わかってるけどね本当は。
* * *
貴女が幸せでありますように。
私はいつもそう思っていた。
たとえそれが私ではない、他の誰かに因るものだったとしても。
ただ貴女が笑っていてくれることだけが、私の願いだった。
どのみちずっと一緒にいられる訳ではないのだし。
…そうやって何処かであきらめていたのかも、知れない。
だからこそ、そう。私は何も言えなかった。
貴女が私の目を見て、顔を赤くしながら「好きなの」って言ってくれた時。
泣きそうになりながら、一生懸命「貴女が、好きです」って言ってくれた時。
私は、酷く自分を恥じた。
私が貴女に伝えられなかったこと。私が貴女に言いたかったこと。
貴女が私に伝えてくれた。貴女が私に言ってくれた。
だけど。
この想いが同じものだったとして。
私は貴女との関係を壊すことを恐れたのに、貴女は私との関係を変えることを望んだ。
貴女は私を信じてくれた。私は貴女を信じ切れなかった。
…私はなんて、臆病で卑怯。
今更私も、なんて言ったところで、白々しい言葉にしかならないでしょう?
そうやってウジウジしていた私は、結局また貴女を傷つけてしまった。
幸せでありますように。
笑顔でいてくれますように。
そう願っていた筈だったのに。
貴女を泣かせて、辛い思いをさせてしまったのは、紛れもなく私自身。
口を衝いて出たのは、ごめんなさいなんて陳腐な言葉。なんて、浅慮。
もっと他に言うべきことだってあった筈なのに。
くだらない意地と、くだらない見栄。
たったこれだけの所為で、私が貴女に伝える事が出来なかった言葉。
貴女が女の子であることは関係なくて。
――だって私は、「貴女」が好きなのだから。
貴女が少しおかしな力を持っていることも関係なくて。
――だって私も、似たようなものだから。
貴女が私をどう思っているかさえ、本当は関係無かった筈なのに。
――だって私達は、ずっと一緒にいたのだから。
ねぇメリー。
今から貴女を追いかけて、私は貴女を捉まえられるのかな。
捉まえられるか?…ああ、それすらも関係ないのか。
だって私は。
ずっと前から貴女を追いかけているんだから。
いつも、いつだって、本当は。
すぐ傍にいて、手を伸ばしたくて、でも出来なくて。
だから。
私は。
* * *
結局私達の行きつく先は此処しかないのだと、私は息を切らせながら部室の扉を開けた。
「メ、リー」
「蓮、子…?」
声はすれども姿は見えず。否、見える事には見えるのだが。
探し求めたその人は窓際のカーテンに子供みたいに包まって、頭から爪先まですっかり隠してしまっている。
その姿が愛おしいとは、私にはどうしても思えなかった。
だから、どうか、私の願ったその姿に。
そう思って私は、躊躇いなく歩み寄ってカーテンごと彼女を抱きしめた。
言葉なんかよりずっと、こっちの方が早いと思ったから。
それでも気付けば、私の口は勝手に言葉を紡いでいて。
「泣いてる、メリーは、嫌、だから、ごめんなさい」
…私は何を言っているんだろう。脊髄でしゃべっているような気分になった。
呆れたところで私の口は止まらない。
「私は、ほんとは、メリー、に、言いたくて。何にも、関係なくって、だけど」
あぁもうこの口は。私の制御下をとうに離れてしまっているのだ。
手で塞いでやりたくても、生憎私の両腕は忙しくて手が離せない。
だから、私にはどうする事も出来ない。
「私は、私も、好き。メリーが、メリーの事が、好きです」
言ってしまった。
…最悪な。最低な告白。
言われて、泣かせて、追いかけて。
いつだって後手後手のくせに、さもさもしく言葉を吐くこの口が、憎ったらしくなって唇を噛み締めた。
ぶつりと血がにじみ出たけど、血の味が広がったけど、こんなのは罰にもならない。ざまあみろ、口め。
腕の中のカーテン人形は、体を少し震わせた。
――手遅れだったのかな。
温もりを感じるけど、少し変なだけの只の人間の私には、それだけじゃ何にも解らないのと変わらない。
最悪。私は、本当に最悪。根性も、タイミングも、何もかも。
できる事ならそこいら走っているトラックにでも豆腐の様に潰されてしまいたいぐらい。
運転手さんに迷惑だからそんなことはしないけど。
なんて火星に意識を飛ばしていたら。
すうっと目の前に裂け目ができたかと思うと、そこからメリーがぬるりと顔だけ出してきた。
後ろから抱き締めていたつもりだったのに、どうやらこっちが前だったようだ。
酷い顔だった。
いつも憧れるくらい綺麗に整えているナチュラルメイクも、涙と鼻水の跡で無残に汚されていて。
それでも、さっきのカーテン人形よりはずっと。泣きそうな顔で笑っている彼女は。
私の大好きなメリーだった。
だから私は顔がふやけるのを止めることなんてしなかった。
「間に合った、かな」
自分でも吃驚するぐらい、口からこぼれた声は安堵の色を湛えていて。
「遅過ぎよ、本当は…でも」
許してあげる、と。そっと寄せられた唇に、とても情けない顔で私は応えた。
「ファーストキスが鉄の味だなんて。あんまりだわ」
そう言ってメリーは私の傷口をちろりと舐めた。犬みたい、と思ったのは口に出さないでおいた。
っていうか。
「初めて…だったの?」
この容姿のメリーの事だ、てっきり初めてなんて幼稚園で済ませていると思っていた。
などという私の意図が伝わったのか、途端ムッとした表情になり口をとがらせる。
「そんなに尻軽じゃないわ」
いっそ幼稚園児であれば微笑ましいだろうに。
嫌ではないが重苦しい空気をどうにかしようと、私はメリーの顔を指差した。
「化粧、直しなよ。見れたもんじゃないわ」
…グーで殴られた。痛かった。
「何笑ってるのよ」
「痛いから」
嘘。嬉しいから。
私は酷いにやけ面のまま、自分の体ごとメリーをカーテンに押し込んだ。
その後は、
…内緒。
――これがメリーの、私の、私たちの幸せ。
――「求めよ、さらば与えられん」
――きっとつまりは、そういう事。ね?メリー。
小学校の時に走れメロスと言う話を読んだが、まさにあれに近い。
そのくらいの勢いで、私は廊下を疾駆していた。
世界が後ろに流れて、私は風になって。
求める貴女は今何処。
なんて。わかってるけどね本当は。
* * *
貴女が幸せでありますように。
私はいつもそう思っていた。
たとえそれが私ではない、他の誰かに因るものだったとしても。
ただ貴女が笑っていてくれることだけが、私の願いだった。
どのみちずっと一緒にいられる訳ではないのだし。
…そうやって何処かであきらめていたのかも、知れない。
だからこそ、そう。私は何も言えなかった。
貴女が私の目を見て、顔を赤くしながら「好きなの」って言ってくれた時。
泣きそうになりながら、一生懸命「貴女が、好きです」って言ってくれた時。
私は、酷く自分を恥じた。
私が貴女に伝えられなかったこと。私が貴女に言いたかったこと。
貴女が私に伝えてくれた。貴女が私に言ってくれた。
だけど。
この想いが同じものだったとして。
私は貴女との関係を壊すことを恐れたのに、貴女は私との関係を変えることを望んだ。
貴女は私を信じてくれた。私は貴女を信じ切れなかった。
…私はなんて、臆病で卑怯。
今更私も、なんて言ったところで、白々しい言葉にしかならないでしょう?
そうやってウジウジしていた私は、結局また貴女を傷つけてしまった。
幸せでありますように。
笑顔でいてくれますように。
そう願っていた筈だったのに。
貴女を泣かせて、辛い思いをさせてしまったのは、紛れもなく私自身。
口を衝いて出たのは、ごめんなさいなんて陳腐な言葉。なんて、浅慮。
もっと他に言うべきことだってあった筈なのに。
くだらない意地と、くだらない見栄。
たったこれだけの所為で、私が貴女に伝える事が出来なかった言葉。
貴女が女の子であることは関係なくて。
――だって私は、「貴女」が好きなのだから。
貴女が少しおかしな力を持っていることも関係なくて。
――だって私も、似たようなものだから。
貴女が私をどう思っているかさえ、本当は関係無かった筈なのに。
――だって私達は、ずっと一緒にいたのだから。
ねぇメリー。
今から貴女を追いかけて、私は貴女を捉まえられるのかな。
捉まえられるか?…ああ、それすらも関係ないのか。
だって私は。
ずっと前から貴女を追いかけているんだから。
いつも、いつだって、本当は。
すぐ傍にいて、手を伸ばしたくて、でも出来なくて。
だから。
私は。
* * *
結局私達の行きつく先は此処しかないのだと、私は息を切らせながら部室の扉を開けた。
「メ、リー」
「蓮、子…?」
声はすれども姿は見えず。否、見える事には見えるのだが。
探し求めたその人は窓際のカーテンに子供みたいに包まって、頭から爪先まですっかり隠してしまっている。
その姿が愛おしいとは、私にはどうしても思えなかった。
だから、どうか、私の願ったその姿に。
そう思って私は、躊躇いなく歩み寄ってカーテンごと彼女を抱きしめた。
言葉なんかよりずっと、こっちの方が早いと思ったから。
それでも気付けば、私の口は勝手に言葉を紡いでいて。
「泣いてる、メリーは、嫌、だから、ごめんなさい」
…私は何を言っているんだろう。脊髄でしゃべっているような気分になった。
呆れたところで私の口は止まらない。
「私は、ほんとは、メリー、に、言いたくて。何にも、関係なくって、だけど」
あぁもうこの口は。私の制御下をとうに離れてしまっているのだ。
手で塞いでやりたくても、生憎私の両腕は忙しくて手が離せない。
だから、私にはどうする事も出来ない。
「私は、私も、好き。メリーが、メリーの事が、好きです」
言ってしまった。
…最悪な。最低な告白。
言われて、泣かせて、追いかけて。
いつだって後手後手のくせに、さもさもしく言葉を吐くこの口が、憎ったらしくなって唇を噛み締めた。
ぶつりと血がにじみ出たけど、血の味が広がったけど、こんなのは罰にもならない。ざまあみろ、口め。
腕の中のカーテン人形は、体を少し震わせた。
――手遅れだったのかな。
温もりを感じるけど、少し変なだけの只の人間の私には、それだけじゃ何にも解らないのと変わらない。
最悪。私は、本当に最悪。根性も、タイミングも、何もかも。
できる事ならそこいら走っているトラックにでも豆腐の様に潰されてしまいたいぐらい。
運転手さんに迷惑だからそんなことはしないけど。
なんて火星に意識を飛ばしていたら。
すうっと目の前に裂け目ができたかと思うと、そこからメリーがぬるりと顔だけ出してきた。
後ろから抱き締めていたつもりだったのに、どうやらこっちが前だったようだ。
酷い顔だった。
いつも憧れるくらい綺麗に整えているナチュラルメイクも、涙と鼻水の跡で無残に汚されていて。
それでも、さっきのカーテン人形よりはずっと。泣きそうな顔で笑っている彼女は。
私の大好きなメリーだった。
だから私は顔がふやけるのを止めることなんてしなかった。
「間に合った、かな」
自分でも吃驚するぐらい、口からこぼれた声は安堵の色を湛えていて。
「遅過ぎよ、本当は…でも」
許してあげる、と。そっと寄せられた唇に、とても情けない顔で私は応えた。
「ファーストキスが鉄の味だなんて。あんまりだわ」
そう言ってメリーは私の傷口をちろりと舐めた。犬みたい、と思ったのは口に出さないでおいた。
っていうか。
「初めて…だったの?」
この容姿のメリーの事だ、てっきり初めてなんて幼稚園で済ませていると思っていた。
などという私の意図が伝わったのか、途端ムッとした表情になり口をとがらせる。
「そんなに尻軽じゃないわ」
いっそ幼稚園児であれば微笑ましいだろうに。
嫌ではないが重苦しい空気をどうにかしようと、私はメリーの顔を指差した。
「化粧、直しなよ。見れたもんじゃないわ」
…グーで殴られた。痛かった。
「何笑ってるのよ」
「痛いから」
嘘。嬉しいから。
私は酷いにやけ面のまま、自分の体ごとメリーをカーテンに押し込んだ。
その後は、
…内緒。
――これがメリーの、私の、私たちの幸せ。
――「求めよ、さらば与えられん」
――きっとつまりは、そういう事。ね?メリー。
二人に幸あれ!