最近、香霖堂への客足が減った。
そう思い込んでいるだけで実際のデータがあるわけではない上、ただの客足の波だと結論づけられるかもしれない。
巷で怨霊騒ぎが起こっている話は霊夢から聞いた。
しかし、いつものことなので特に問題視はしない。
幻想郷のどこかで異変が起こった。さすれば今までの僕への影響は、読書の時間が長くなることだった。
今では異変の有無に限らず、香霖堂の店内で宙に浮くお店の従業員、菫子君こと宇佐見菫子が話し相手になることが多い。
「霖之助さん、ゲームしよ?」
「見たことがある電子機器を取り出したな。菫子君が買ってきた物かい?」
「盗んだゲームをプレイする~……っていうネタだからね? ジョーク、ジョーク」
「今し方ジョークだと共有できたよ」
ジョークはさておき、僕は以前にも同じようなものに触れたことがある。
僕の能力でそれを<魔王を倒すもの>や<複数の女性の中から好きな人を選んで口説くもの>などと判別したことで、記憶に新しい。
「二台も用意してきたんだね」
「ひとり一台、必要だからだよ。とりあえず触ってみる?」
「僕が何をするか判っているだろう?」
「もちろん見て見て~」
渡されるがままに受け取り、道具である電子機器の判別を試みた。
驚くべきことに用途が多数浮かんできた。
だが、これにもまた経験がある。
言わずもがな菫子君のスマートフォンのことだ。
「画面点灯は上部の、このボタンを押して。私がプレイしたいのは『ノロイカグラ』っていうゲーム」
「ふむ。名前から連想するなら祈祷に関するものを探せばいいが」
「横に振って遊ぶゲームじゃないからね?」
「大幣みたいな形では使役させないということだね。判った」
差し当たって電子機器もとい携帯型ゲーム機のモニターから放たれる光をかき分け、目的に沿った反応をする。
機械操作については商品陳列の前に動作確認時、触れることがある。
菫子君が僕のお店に入り浸るようになってからというもの、より長く電子機器を操作する機会が増えた。
なぜなら、菫子君の私物に触れられるからだ。
「操作方法を確認していいかい?」
「あっ、OKOK。そういえば馴染みないって考えたほうがいいよね」
「思いのほか用途が多くて、例によって使い方が想像できないんだ。よろしく頼むよ」
「ふっふっふ。私に頼っちゃうー?」
なぜか得意げな菫子君から一通りの操作方法を教わった。
これから操作するゲーム『ノロイカグラ』についてもチュートリアルなるものに触れ、朧気ながらも勝手を知った。
「いやぁ、馴染んでいく感じが微笑ましいよねぇ」
「なぜそんなに親目線なんだい、菫子君。うかうかしていると瞬く間に僕のほうが上手くなるんだぞ。呑気に宙に浮いていられない君の姿が火を見るよりも明らかだ」
「たまには、いいでしょ。普段から霖之助さんがやってることだし?」
「そうだね。まぁ、たまになら趣深いことだ」
――ヂリンヂリンヂリン!
僕のお店のドアが豪快に開かれた。
「おおっと? 誤タップした!」
「やはり君からは余裕が感じられなくなってきた。もう足を床から離していられないだろうね」
「ちょっと中断~」
「ああ。ただ、客というわけではなさそうだが」
入ってくるなり早々に来訪者が目を光らせている。
その緊迫した空気すらも怒涛の勢いで過ぎ去ったようだ。
「誰かと思えば博麗殿じゃーないですか」
「また変わった呼び名だね、菫子君」
「はぁ、相変わらず……とにかく何事もなかったようね。こんにちは、ふたりとも」
「いらっしゃい、霊夢。珍しくお仕事かい?」
僕の質問に答えるよりも先に、菫子君のほうへと霊夢が詰め寄った。
当の菫子君は挨拶もそこそこに、携帯型ゲーム機から手を離して両手を上げていた。
「すっかり私のところに寄らなくなったじゃない」
「あはは。作法がメンドくて、つい香霖堂にね? そ、そのうち顔を出してみようかなーなんて」
「作法? 境内に入る常連どもの大体は清めてないわよ。まぁ、あんたは香霖堂以外に顔を出していないみたいだから、別に責める気にはならないけど」
「いやぁ、すみません。っていうか案外、幻想郷の人も雑?」
「人ではないわ。来るのは魑魅魍魎が主流。本殿に用があってのことじゃないから、どうでもいいわね。それに、穢れた願いなんて私がいれば問題ないし」
「かっくいい。異変解決の代表格」
「ふふん。朝飯前よ」
「ちなみに外の世界だと今は清めるのを放り出して、手水舎を使わないことでの感染対策が主流なの」
「清める手段なんて別に手水だけじゃないでしょ。人の家に上がるときの、埃を払うくらいの気持ちがあれば十分」
「んあーなるほどぉ……ところで、鬼気迫る感じで入ってきた博麗殿は何用で?」
水面下でまた、なんらかの異変解決の動きがあると僕は予測している。
さて、霊夢の口から鬼が出るか蛇が出るか、どちらだろうね。
「用なら済んだわ。で? ふたりして何をしていたわけ?」
「あっ、そうだ。博麗殿にも渡そうって思ってたんだ。ちょっと待ってて」
「僕らがやっていたのは電子機器を使ったゲームだよ。最近は客足が遠のいているからね」
「客が来ないのは、いつものことでしょ」
あらぬことで毒づかれたが、今に始まったことでもないので気にはしない。
何やら菫子君は僕に渡してきたものと同じような袋を霊夢に渡している。
「はい。バレンタインデーのチョコ、プレゼントだよー」
「外の世界の風習らしい。カカオなんて滅多に見ないから、霊夢にとっては初めてなんじゃないか?」
「いろんなのを持ち込むわねぇ。ま、ありがたく受け取るわ。お返しは……私の気分次第ね」
「ホワイトデー? お礼ならー、今ここでゲームの対戦していかない? 『ノロイカグラ』っていうの」
「白い日? 白旗のこと? あっちには勝ちを譲る日でもあるの?」
「ホワイトデーは最近作られた話だよ、霊夢。ゲームとは関係ない。ついでだが、僕からもゲームの相手を願い出ようじゃないか」
「霖之助さんからゲームのお誘いなんて珍しいわね。いいわよ」
「もちろんゲームのプレイ方法なら僕が教えるから心配ない。仮にも僕が負ける未来などないがね」
ゲームを教えれば教えるほどトントン拍子に霊夢は上達した。
霊夢との対戦で負ける可能性が膨れ上がることを見越しての、指南というのは妙な冥利を感じた。
それでも、霊夢に負けるつもりなどなかったはずだ。
「ようやく勝てた。どんどん勝ちを重ねるわ」
「博麗殿も上手くなるの早いぃ」
「私は強い。まだ涼しい顔を貫くつもりのようね、霖之助さん」
「確かに強くなったのは認めるよ。僕が霊夢を育てたからね。当然だ」
なぜ霊夢に負けたのか、いくつか敗因が挙げられる。
まず菫子君よりも強くなった霊夢に対処できなかった。
さらにモニター上部から下ってくる未知の音符にも対処できなかった。
この『ノロイカグラ』というゲームはモニターから飛び出す音符に触れるのが基本だ。特殊な触れ方を要求する音符もある。
そして、人と人との対戦においては様々な条件をもってして、対戦相手に追加の音符を出現させることができる。
音符に触れ損ねるか、特殊な触れ方の要求通りにできなければ、負けに近づくのは判ってはいたが……。
「それに、僕が負けたのは追加されてきた新しい音符に戸惑ったに過ぎない。これっ切りというわけさ」
「強がりなら妖精でも可能よ」
「ねぇねぇ。一旦、私と対戦してみない?」
「菫子と? 負ける気がしないわよ? 構わないわ。相手してあげる」
僕としても負けた空気のまま対戦を継続しようとは思わない。
そうであるからして菫子君へと手番を渡した。
なぜか菫子君はカウンター席に座っている、僕の膝の上に座り、代わりに僕に携帯型ゲーム機を持つよう願い出てきた。
膝の上に座るのが霊夢の場合、僕の顎の辺りに頭のてっぺんが来る。
菫子君の場合は頭が視界を遮ってくる。
ましてや後ろから手を回し、携帯型ゲーム機を持つ体勢はどちらかが体を傾けないと、僕がモニターを見ることができない。
それどころか後ろ髪が僕の口元に当たる。
「へ? もう負けそう。対戦開始したばっか! っていうか、見たことない音符が出てくるー」
「ああ、僕との対戦でも見た音符だ。君も知らなかったのは意外だな」
「今度は強がりすら口にできないくらいヤッてやるわ」
「こわこわ……あっ。こういうこと? 幻想郷的だぁ」
何やら菫子君は気づいた様子だ。
雰囲気的に対抗処置として、なんらかの能力を使ったのだろう。
狡いとは思うが、それを先んじて霊夢が行っていたとしたら、お返ししただけとして目をつむろう。
「なるほど。博麗殿は介入じゃなくて機械内部に干渉したんだ。ホラゲーっぽい」
「ホラゲーって何? 大げさね」
「テレビの中からぬべーって出てくる感じ。でも、妖怪お茶請け泥棒って感じ?」
「誰が妖怪よ。どちらにしろ私の優勢。あんたにも負けないんだから」
傍から見ても霊夢の勝ちは濃厚だ。
逆転されることはないだろう。
その一方、菫子君は懐から小さい破片を取り出し、手慰みがてらに対戦を続行している。
潔く敗北を受け入れる心の準備だろうか。
僕も見倣って負けを認めないままにしないでもない。
「何? 急に私が劣勢に傾いてな……なんで、あんたたちがいるの?」
「思念体の群れだよ。私ドッペルゲンガーでもあるし、シェイプシフターみたいにマネて増やしてみた。道端で拾った妖怪の化石たちをサイコキネシスで動かし、効果を引き出してゲームを補助させてるんだ。外見はそれっぽく可視化させてる」
「いや、逆に手間でしょ。ますます菫子相手に劣勢になるなんて、ちょっと理不尽じゃない?」
「ゲーム機から手を離しちゃダメダメ~、博麗殿ぉ」
いつの間にやら、僕たちの周りに人が増えた。
ドアベルの音は聞いていない。
いきなり店内に侵入するタイプなら例外とはなるが、侵入して悪さをする素振りなどは見受けられない。
菫子君の言う通りなら対戦の片手間にお人形遊びをしていることになり、これまた霊夢の言う通りに手間だ。
おそらく他の理由に基づいて、菫子君の優勢に近づいているのだろう。
「まぁ、私の勝ちよね。当然、当然」
「負けたぁ。結局、博麗殿に負けちゃった」
「ところで、どんな小細工で私に勝とうとしてたのかしら? 絶対に思念体以外にも何かあったでしょ」
「雰囲気? 勝つのは夢のまた夢ってとき、それを越えて勝つときもあるってね?」
夢のまた夢か。
雰囲気に左右されるならば豊臣秀吉の人生観のように、儚いことこの上ない。
それもまた言うなれば幻想郷的だろう。
そのうえ、菫子君がいる今ならひょんなことから僕のお店、香霖堂が大繁盛になるのも夢であり夢ではない。
僕らを打ち負かしたのちに霊夢が、ほくほく顔で香霖堂をあとにした。
店から出ていく前に僕が物のついで、軽く質問を投げかけてみた。
異変解決は順調かい? と問うと、霊夢は言葉を濁していた。
僕の予測が当たった。であれば、詳しい内容までと欲するところだが、差し当たって思いつくのが安直なことばかりだった。
誰でも判ることを示しても語るだけ無駄だ。
「ここ最近の怨霊騒動について菫子君は何か知っているかい?」
「知らなーい。あっ。だから、博麗殿は怖い顔してた? 巫女との兼業で陰陽師だった?」
「兼業の話は聞かないな。ところで、君が僕のお店以外に行くとき、十分に気をつけるといい。まぁ、香霖堂以外に寄りつかない話は聞いたがね」
「怨霊相手にねぇ。すっごい格上って感じ? 私なら逆に親和性、高いんじゃない?」
「君は香霖堂の従業員でもある。できるなら無駄にヘイトは買わないでおくれよ」
「ちんどん屋と暴走族を合わせたようなバカにはなるなってね。OKOK。大型のサイドカーに乗りながらドラムセット叩くの、魅力的ではあるけど……ちんちん、どんどん! ちん! どんどん! どんがらがっしゃーん!」
「うん。心配だな」
「気になるなら怨霊騒動の、犯人の名前を叫んでみるのも手じゃない? 霊を呼ばうっつって」
「ませてるね、菫子君は」
「にひひひ」
確かに相手の名前を呼べば魂は引きつけられるものだ。
言霊や言挙げを例とし、易々と名前を言ってはいけない理由が、そこにある。
菫子君の超能力とも相まって呼びつけることは容易いだろう。
すなわち、召喚することには僕にも関心がある。
だが、呼びつけておいて何をする?
試しに菫子君に聞いてみれば雑談だとかゲームだとか、異変解決の意思はその口からは出なかった。
あまつさえ「黒幕は誰? 私がなる? 手助けしちゃおっかな。バレンタインのプレゼントっぽい」などと言い出した。
「新しい香霖堂のお客さんになるかもー」
「怨霊を客にする気かい?」
「んぬぬ。死神の鎌で脅しておくといいかも? ……できれば避けたいかぁ。まるで弾幕だし」
「弾幕が僕のお店から律儀に礼儀正しく商品を買ってくれたら、それはそれで面白い。今度から怨霊様様だ」
「マネーロンダリングしなきゃ」
「同意はしたいところだが、その都度、神社に世話になるのもなんだかね。ところで、いつまで僕の上に座っているつもりだい?」
「あー怨霊に呪われて霖之助さんから離れられない!」
「そんなわけあるかい」
怨霊などの不浄なるものに商売のご利益を賜るのは、鬼門を念頭にすれば避けるのは必然だ。
荒神信仰があるのは知っている。
決して好き好んで肖ろうとするものではない。
ところが、どういうわけか菫子君は積極的に触れようとする。
実際に頼りにしたのは不浄なる力が宿った化石だ。
そして、一緒にゲームをプレイした記念にと、僕とのツーショットをスマートフォンに収めていた。
写真内にはチョコレートが入ったハート形の箱が写り込んだ。
その写真を後日、外の世界にあるSNS上にアップロードしたらしい。
結果は一部から反感を買い、非難するコメントは散見されたが、幸い事態はプチ炎上をピークとして治まった。
菫子君は「これが炎上商法ってやつ?」と関心を示していたが、おそらく本筋はそこではない。
香霖堂が特定されない謎の古道具屋として、一部の閲覧者の記憶に刻まれたのだ。
それは菫子君がSNS上にアップロードした異様な場所と弾幕の、たくさんの写真に関心が寄せられた話である。
そう思い込んでいるだけで実際のデータがあるわけではない上、ただの客足の波だと結論づけられるかもしれない。
巷で怨霊騒ぎが起こっている話は霊夢から聞いた。
しかし、いつものことなので特に問題視はしない。
幻想郷のどこかで異変が起こった。さすれば今までの僕への影響は、読書の時間が長くなることだった。
今では異変の有無に限らず、香霖堂の店内で宙に浮くお店の従業員、菫子君こと宇佐見菫子が話し相手になることが多い。
「霖之助さん、ゲームしよ?」
「見たことがある電子機器を取り出したな。菫子君が買ってきた物かい?」
「盗んだゲームをプレイする~……っていうネタだからね? ジョーク、ジョーク」
「今し方ジョークだと共有できたよ」
ジョークはさておき、僕は以前にも同じようなものに触れたことがある。
僕の能力でそれを<魔王を倒すもの>や<複数の女性の中から好きな人を選んで口説くもの>などと判別したことで、記憶に新しい。
「二台も用意してきたんだね」
「ひとり一台、必要だからだよ。とりあえず触ってみる?」
「僕が何をするか判っているだろう?」
「もちろん見て見て~」
渡されるがままに受け取り、道具である電子機器の判別を試みた。
驚くべきことに用途が多数浮かんできた。
だが、これにもまた経験がある。
言わずもがな菫子君のスマートフォンのことだ。
「画面点灯は上部の、このボタンを押して。私がプレイしたいのは『ノロイカグラ』っていうゲーム」
「ふむ。名前から連想するなら祈祷に関するものを探せばいいが」
「横に振って遊ぶゲームじゃないからね?」
「大幣みたいな形では使役させないということだね。判った」
差し当たって電子機器もとい携帯型ゲーム機のモニターから放たれる光をかき分け、目的に沿った反応をする。
機械操作については商品陳列の前に動作確認時、触れることがある。
菫子君が僕のお店に入り浸るようになってからというもの、より長く電子機器を操作する機会が増えた。
なぜなら、菫子君の私物に触れられるからだ。
「操作方法を確認していいかい?」
「あっ、OKOK。そういえば馴染みないって考えたほうがいいよね」
「思いのほか用途が多くて、例によって使い方が想像できないんだ。よろしく頼むよ」
「ふっふっふ。私に頼っちゃうー?」
なぜか得意げな菫子君から一通りの操作方法を教わった。
これから操作するゲーム『ノロイカグラ』についてもチュートリアルなるものに触れ、朧気ながらも勝手を知った。
「いやぁ、馴染んでいく感じが微笑ましいよねぇ」
「なぜそんなに親目線なんだい、菫子君。うかうかしていると瞬く間に僕のほうが上手くなるんだぞ。呑気に宙に浮いていられない君の姿が火を見るよりも明らかだ」
「たまには、いいでしょ。普段から霖之助さんがやってることだし?」
「そうだね。まぁ、たまになら趣深いことだ」
――ヂリンヂリンヂリン!
僕のお店のドアが豪快に開かれた。
「おおっと? 誤タップした!」
「やはり君からは余裕が感じられなくなってきた。もう足を床から離していられないだろうね」
「ちょっと中断~」
「ああ。ただ、客というわけではなさそうだが」
入ってくるなり早々に来訪者が目を光らせている。
その緊迫した空気すらも怒涛の勢いで過ぎ去ったようだ。
「誰かと思えば博麗殿じゃーないですか」
「また変わった呼び名だね、菫子君」
「はぁ、相変わらず……とにかく何事もなかったようね。こんにちは、ふたりとも」
「いらっしゃい、霊夢。珍しくお仕事かい?」
僕の質問に答えるよりも先に、菫子君のほうへと霊夢が詰め寄った。
当の菫子君は挨拶もそこそこに、携帯型ゲーム機から手を離して両手を上げていた。
「すっかり私のところに寄らなくなったじゃない」
「あはは。作法がメンドくて、つい香霖堂にね? そ、そのうち顔を出してみようかなーなんて」
「作法? 境内に入る常連どもの大体は清めてないわよ。まぁ、あんたは香霖堂以外に顔を出していないみたいだから、別に責める気にはならないけど」
「いやぁ、すみません。っていうか案外、幻想郷の人も雑?」
「人ではないわ。来るのは魑魅魍魎が主流。本殿に用があってのことじゃないから、どうでもいいわね。それに、穢れた願いなんて私がいれば問題ないし」
「かっくいい。異変解決の代表格」
「ふふん。朝飯前よ」
「ちなみに外の世界だと今は清めるのを放り出して、手水舎を使わないことでの感染対策が主流なの」
「清める手段なんて別に手水だけじゃないでしょ。人の家に上がるときの、埃を払うくらいの気持ちがあれば十分」
「んあーなるほどぉ……ところで、鬼気迫る感じで入ってきた博麗殿は何用で?」
水面下でまた、なんらかの異変解決の動きがあると僕は予測している。
さて、霊夢の口から鬼が出るか蛇が出るか、どちらだろうね。
「用なら済んだわ。で? ふたりして何をしていたわけ?」
「あっ、そうだ。博麗殿にも渡そうって思ってたんだ。ちょっと待ってて」
「僕らがやっていたのは電子機器を使ったゲームだよ。最近は客足が遠のいているからね」
「客が来ないのは、いつものことでしょ」
あらぬことで毒づかれたが、今に始まったことでもないので気にはしない。
何やら菫子君は僕に渡してきたものと同じような袋を霊夢に渡している。
「はい。バレンタインデーのチョコ、プレゼントだよー」
「外の世界の風習らしい。カカオなんて滅多に見ないから、霊夢にとっては初めてなんじゃないか?」
「いろんなのを持ち込むわねぇ。ま、ありがたく受け取るわ。お返しは……私の気分次第ね」
「ホワイトデー? お礼ならー、今ここでゲームの対戦していかない? 『ノロイカグラ』っていうの」
「白い日? 白旗のこと? あっちには勝ちを譲る日でもあるの?」
「ホワイトデーは最近作られた話だよ、霊夢。ゲームとは関係ない。ついでだが、僕からもゲームの相手を願い出ようじゃないか」
「霖之助さんからゲームのお誘いなんて珍しいわね。いいわよ」
「もちろんゲームのプレイ方法なら僕が教えるから心配ない。仮にも僕が負ける未来などないがね」
ゲームを教えれば教えるほどトントン拍子に霊夢は上達した。
霊夢との対戦で負ける可能性が膨れ上がることを見越しての、指南というのは妙な冥利を感じた。
それでも、霊夢に負けるつもりなどなかったはずだ。
「ようやく勝てた。どんどん勝ちを重ねるわ」
「博麗殿も上手くなるの早いぃ」
「私は強い。まだ涼しい顔を貫くつもりのようね、霖之助さん」
「確かに強くなったのは認めるよ。僕が霊夢を育てたからね。当然だ」
なぜ霊夢に負けたのか、いくつか敗因が挙げられる。
まず菫子君よりも強くなった霊夢に対処できなかった。
さらにモニター上部から下ってくる未知の音符にも対処できなかった。
この『ノロイカグラ』というゲームはモニターから飛び出す音符に触れるのが基本だ。特殊な触れ方を要求する音符もある。
そして、人と人との対戦においては様々な条件をもってして、対戦相手に追加の音符を出現させることができる。
音符に触れ損ねるか、特殊な触れ方の要求通りにできなければ、負けに近づくのは判ってはいたが……。
「それに、僕が負けたのは追加されてきた新しい音符に戸惑ったに過ぎない。これっ切りというわけさ」
「強がりなら妖精でも可能よ」
「ねぇねぇ。一旦、私と対戦してみない?」
「菫子と? 負ける気がしないわよ? 構わないわ。相手してあげる」
僕としても負けた空気のまま対戦を継続しようとは思わない。
そうであるからして菫子君へと手番を渡した。
なぜか菫子君はカウンター席に座っている、僕の膝の上に座り、代わりに僕に携帯型ゲーム機を持つよう願い出てきた。
膝の上に座るのが霊夢の場合、僕の顎の辺りに頭のてっぺんが来る。
菫子君の場合は頭が視界を遮ってくる。
ましてや後ろから手を回し、携帯型ゲーム機を持つ体勢はどちらかが体を傾けないと、僕がモニターを見ることができない。
それどころか後ろ髪が僕の口元に当たる。
「へ? もう負けそう。対戦開始したばっか! っていうか、見たことない音符が出てくるー」
「ああ、僕との対戦でも見た音符だ。君も知らなかったのは意外だな」
「今度は強がりすら口にできないくらいヤッてやるわ」
「こわこわ……あっ。こういうこと? 幻想郷的だぁ」
何やら菫子君は気づいた様子だ。
雰囲気的に対抗処置として、なんらかの能力を使ったのだろう。
狡いとは思うが、それを先んじて霊夢が行っていたとしたら、お返ししただけとして目をつむろう。
「なるほど。博麗殿は介入じゃなくて機械内部に干渉したんだ。ホラゲーっぽい」
「ホラゲーって何? 大げさね」
「テレビの中からぬべーって出てくる感じ。でも、妖怪お茶請け泥棒って感じ?」
「誰が妖怪よ。どちらにしろ私の優勢。あんたにも負けないんだから」
傍から見ても霊夢の勝ちは濃厚だ。
逆転されることはないだろう。
その一方、菫子君は懐から小さい破片を取り出し、手慰みがてらに対戦を続行している。
潔く敗北を受け入れる心の準備だろうか。
僕も見倣って負けを認めないままにしないでもない。
「何? 急に私が劣勢に傾いてな……なんで、あんたたちがいるの?」
「思念体の群れだよ。私ドッペルゲンガーでもあるし、シェイプシフターみたいにマネて増やしてみた。道端で拾った妖怪の化石たちをサイコキネシスで動かし、効果を引き出してゲームを補助させてるんだ。外見はそれっぽく可視化させてる」
「いや、逆に手間でしょ。ますます菫子相手に劣勢になるなんて、ちょっと理不尽じゃない?」
「ゲーム機から手を離しちゃダメダメ~、博麗殿ぉ」
いつの間にやら、僕たちの周りに人が増えた。
ドアベルの音は聞いていない。
いきなり店内に侵入するタイプなら例外とはなるが、侵入して悪さをする素振りなどは見受けられない。
菫子君の言う通りなら対戦の片手間にお人形遊びをしていることになり、これまた霊夢の言う通りに手間だ。
おそらく他の理由に基づいて、菫子君の優勢に近づいているのだろう。
「まぁ、私の勝ちよね。当然、当然」
「負けたぁ。結局、博麗殿に負けちゃった」
「ところで、どんな小細工で私に勝とうとしてたのかしら? 絶対に思念体以外にも何かあったでしょ」
「雰囲気? 勝つのは夢のまた夢ってとき、それを越えて勝つときもあるってね?」
夢のまた夢か。
雰囲気に左右されるならば豊臣秀吉の人生観のように、儚いことこの上ない。
それもまた言うなれば幻想郷的だろう。
そのうえ、菫子君がいる今ならひょんなことから僕のお店、香霖堂が大繁盛になるのも夢であり夢ではない。
僕らを打ち負かしたのちに霊夢が、ほくほく顔で香霖堂をあとにした。
店から出ていく前に僕が物のついで、軽く質問を投げかけてみた。
異変解決は順調かい? と問うと、霊夢は言葉を濁していた。
僕の予測が当たった。であれば、詳しい内容までと欲するところだが、差し当たって思いつくのが安直なことばかりだった。
誰でも判ることを示しても語るだけ無駄だ。
「ここ最近の怨霊騒動について菫子君は何か知っているかい?」
「知らなーい。あっ。だから、博麗殿は怖い顔してた? 巫女との兼業で陰陽師だった?」
「兼業の話は聞かないな。ところで、君が僕のお店以外に行くとき、十分に気をつけるといい。まぁ、香霖堂以外に寄りつかない話は聞いたがね」
「怨霊相手にねぇ。すっごい格上って感じ? 私なら逆に親和性、高いんじゃない?」
「君は香霖堂の従業員でもある。できるなら無駄にヘイトは買わないでおくれよ」
「ちんどん屋と暴走族を合わせたようなバカにはなるなってね。OKOK。大型のサイドカーに乗りながらドラムセット叩くの、魅力的ではあるけど……ちんちん、どんどん! ちん! どんどん! どんがらがっしゃーん!」
「うん。心配だな」
「気になるなら怨霊騒動の、犯人の名前を叫んでみるのも手じゃない? 霊を呼ばうっつって」
「ませてるね、菫子君は」
「にひひひ」
確かに相手の名前を呼べば魂は引きつけられるものだ。
言霊や言挙げを例とし、易々と名前を言ってはいけない理由が、そこにある。
菫子君の超能力とも相まって呼びつけることは容易いだろう。
すなわち、召喚することには僕にも関心がある。
だが、呼びつけておいて何をする?
試しに菫子君に聞いてみれば雑談だとかゲームだとか、異変解決の意思はその口からは出なかった。
あまつさえ「黒幕は誰? 私がなる? 手助けしちゃおっかな。バレンタインのプレゼントっぽい」などと言い出した。
「新しい香霖堂のお客さんになるかもー」
「怨霊を客にする気かい?」
「んぬぬ。死神の鎌で脅しておくといいかも? ……できれば避けたいかぁ。まるで弾幕だし」
「弾幕が僕のお店から律儀に礼儀正しく商品を買ってくれたら、それはそれで面白い。今度から怨霊様様だ」
「マネーロンダリングしなきゃ」
「同意はしたいところだが、その都度、神社に世話になるのもなんだかね。ところで、いつまで僕の上に座っているつもりだい?」
「あー怨霊に呪われて霖之助さんから離れられない!」
「そんなわけあるかい」
怨霊などの不浄なるものに商売のご利益を賜るのは、鬼門を念頭にすれば避けるのは必然だ。
荒神信仰があるのは知っている。
決して好き好んで肖ろうとするものではない。
ところが、どういうわけか菫子君は積極的に触れようとする。
実際に頼りにしたのは不浄なる力が宿った化石だ。
そして、一緒にゲームをプレイした記念にと、僕とのツーショットをスマートフォンに収めていた。
写真内にはチョコレートが入ったハート形の箱が写り込んだ。
その写真を後日、外の世界にあるSNS上にアップロードしたらしい。
結果は一部から反感を買い、非難するコメントは散見されたが、幸い事態はプチ炎上をピークとして治まった。
菫子君は「これが炎上商法ってやつ?」と関心を示していたが、おそらく本筋はそこではない。
香霖堂が特定されない謎の古道具屋として、一部の閲覧者の記憶に刻まれたのだ。
それは菫子君がSNS上にアップロードした異様な場所と弾幕の、たくさんの写真に関心が寄せられた話である。