Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

いつものカウンター

2022/11/22 19:22:49
最終更新
サイズ
25.75KB
ページ数
1

分類タグ

 ――落葉か常緑かで分かれる時期のこと。
 僕のお店、香霖堂にてカウンター越しに話しかけられる。
「霖之助さんって香霖堂の跡継ぎは考えたことある?」
「ふむ。考えたこともなかったな」
 宇佐見菫子という女子高生と他愛のない会話を交わすのが、僕の日常に組み込まれて久しい。
「今、にわかに考えてみて話すんだが、僕と同じ能力がなければ跡継ぎは難しい話だ」
「難しい上にまだまだ元気だから縁遠い……と」
「いくら僕の寿命が長いからとはいえ、まったく関係ない話とは言えないかもしれないがね」
「そっかぁ。経営不振で店主交代って流れはないかぁ」
「繰り返すが、僕と同じ能力がなければ難しい話だよ」
「ドッペルゲンガーとしてマネならできるんだけど、私が継いでもーってね」
 経営不振に焦点を絞るなら業績目標に届かない、もしくは経営を続けられない理由がある場合にのみ僕は問題視する。
 天狗にも触れられたことはあったが、とくに触れようと思える話題ではない。
「それで、なぜ菫子君は跡継ぎに興味があるんだい?」
「やっぱり私って人間のときもあるわけじゃない? 気になる年ごろってこと?」
「僕は僕で半分人間ではあるが、君の言っていることに思い当たる節は……あったか。ただ、僕自身の問題ではないから、どちらにしろ共感できないな」
「えぇー? 残念だねぇ。でも、あんまりほじくり返すと俗っぽ~い? ……ふひひっ」
 この幻想郷にて、いつか見るイタズラっ子の顔を目の当たりにした。
 大抵の見受けられる表情の中には高圧的だったり呑気だったり、あとは彼女の今にも何かしそうなのが常態的だ。
「霖之助さんったら私を見つめ返しちゃってぇ。やだやだ。もしかしたら、もしかして?」
「君が何を想定しているかは判らない。イタズラなら乗らないぞ?」
「あぁ、うん。そうだよね。分かってたぁ」
「自己完結だな。不思議な感じだ。イタズラを期待したわけではないんだが」
「なんとも言えない。だからこそいいんだけど」
「思考を巡らせるだけでいいなら、かつての持統天皇のように、あいだに君を挟む形で継いでもらうのもいいかな」
「想定外だなぁ。それもいいよね……うんうん。いや、違うわ」
「読み違ったか。何を想定しているか判らないから想像し難い。僕は単純に跡継ぎを考えるだけさ」
 香霖堂に跡継ぎは? と問いかけられて始めは、そのような考えはないと答えた。
 寿命が間近になったのなら、僕とて本格的に考えもするだろう。
 彼女いわく、そうやって余裕ぶっこいてた中小企業は跡継ぎがいなくて倒産していったらしい。
 だからとはいえ、そこで君が焦る必要はないだろうと返したら、霖之助さんったら化石じゃないんだからとツッコミを入れられた。
 化石とは掘り出しものを意味するのだから、跡継ぎを数百年先のことと考える僕を皮肉っているに違いない。
 しかし、まったく考えなくなるのは子どもみたく反発するようで心苦しいので、雑然ながらも別の計画を立ててみた。
 まずは店の経営を誰かに任せ、僕は隠居の立場に居座るというもの。
 つぎに、想像し難いなりに僕に妻と子どもができ、家族経営に移行して代々受け継がせるもの。
 三つ目はありもしない機械任せの経営だろうか。
 四つ目はその辺の誰かに、半ば押しつける形で継がせるか? 子会社を設けるか? フランチャイズか?
 彼女は三つ目の計画を練っている最中なぜか嬉々として帰宅した。
 再び話を振る機会があったなら、これらいずれかを取り沙汰にしよう。
 結果的には呆れられるだろうが、僕はそれで構わない。
 彼女が本来の意図していたことを口にしてくれたなら、僕はその時点から本腰を入れるだろう。
 ……いや、本気ではない。

   ※ ※ ※

 いつものように宇佐見菫子が外の世界から来て起き上がった。
 かすかに雪が舞い散ってくる。
 雪に埋もれた状態で起き上がる日が、またも近づく。
 とはいうものの、わりと雪に埋もれるくらい易しいものと菫子は判断していた。
 代わりに豪雨に雷、あとは誰かに踏まれたりひかれたりと、忌避すべきことをピックアップした。
 そうこうしているうち、菫子が夢魂を視界に入れた。
 深く考えずに行動を起こす。
 夢魂に向かって白紙のカードが飛んだ。
 その両者が衝突したとき、白紙のカードが夢魂を吸収した。

   ※ ※ ※

 ――後日。
「学校の帰りに寄り道してたら海外のカムチャッカ半島まで行っちゃってた」
「君は実に浮いているな。よく帰ってこられたものだと感心する」
「帰られない無理ーって思ったら、その時点で帰った状態になるからね。超能力、超能力。あって良かった超能力」
「逆に余裕ぶっていると、いつまでも発動しなさそうだな。なかなかに興味深い話だ」
 香霖堂の店内を魚のように遊泳する女子高生、宇佐見菫子が今日も来ている。
 ただ、彼女が空中を泳いでいるからとて何も始まらない。
 以前にも同じ行動に出ていた彼女に、何をしているか聞いたことがあった。
 そのときは『天井の模様を見てる』という他愛もない回答が返ってきた。
 僕が『ほかにすることを優先すればいいじゃないか?』と諭そうとすれば、彼女は『今は天井の優先順位が高いの。どうしても私が気になるなら水槽で飼う魚みたいに、私の観察日記でも書いてみる?』と逆に質問を投げかけてきた。
 当然、観察日記には遠慮させてもらった。
 そこで会話が途絶えるかと思いきや、今度は天井の模様について話しかけてきた。
 学校にも自室にも板張りの天井を見かけないという。
 珍しいか珍しくないかで分別すれば珍しい話になるが、どこまでも会話に他愛がない。
 さらに彼女は『一応、フローリングっていう床板を見る手があるにはある。でも、床って天井より意識しないと見ないっていうか。何が言いたいのかってね。板は混ぜものじゃなくて、出所が分かりづらい塗装より思いを巡らせやすいって話』と続けた。
 話が途切れた。
 彼女が言いたかったことは判らないでもなかった。
 しかし、言葉に詰まった。
 理由は目のやり場に困ったからに他ならない。
 今も相変わらずな彼女は店内を泳いでいる。
「霖之助さん見て見て? 私の動く髪」
「なんだい? 今度は。メデューサのマネかい? もう君とは目を合わせられないな」
「ノリいいなぁ。好き」
「そうかい」
「何も続かなーい。ノリ悪い。メッ。ダメダメダメッ」
「そうかい」
 魚の観察、おそらくは金魚鉢の観察で金魚と会話をする者はそうそういないだろう。
 金魚鉢の上から眺めるくらいが相場だ。
「あ、寄り道といえばさぁ。この幻想郷で感じたのと同じこと、外の世界でも感じたことあるんだよね」
「既視感だろう? 幻想郷は外から切り取られた場所ではあるが、もともと地続きだから不思議ではない」
「うんうん。んで、見つけたの。幻想郷で出回ってるアビリティカードみたいなものが外でも転がってた。見て見て?」
「どれどれ……ふむ。まったく判らない。道具ではないな?」
 彼女から見せられた鉱石のようなものを返した。
 それはそうと、今の彼女が僕の頭上を泳いでいるため、目のやり場に困って仕方ない。
「なるほど。分類されてない、名づけされてないものに能力は反応しようがないんだ」
「一応、名づけられなかったり道具に分類されなかったりしたものでも、たまに判るものはある。今回、君が持っているものに関しては判らないということだよ」
 そのとき、視界の端に回転するものが入り込んできた。
 すでにその正体が彼女だと予測はできていた。
 だが、彼女は目を疑うほどの勢いで空中を回転し、スカートをシャンプーハットのようにグルグルさせている。
 僕は思わず数分間、そぞろに彼女を凝視していた。
「急に黙り込んだな。その……菫子君は何か考えごとかい?」
「未来視してさらにサイコメトリーまで重ねて、時間の入り組んだ迷路で遊んでた。これ妖怪のフラグメントだったよ。化石? よくある河童とか人魚のミイラ」
「そういえば最近、ミイラの話を耳にしたことがあった。君の感じた既視感はそれかもしれないな」
「おお、謎がすべて解けた! 犯人も分かって大満足~」
 またも彼女の自己完結だ。
 しかしながら、それは僕自身も同じ傾向にあるので、すんなり受け入れられる。
 むしろ――うっ。
「あ、ごめん。霖之助さんの顔面にマリサンサン直伝のケツアタックしちゃった」
「少なくとも客がいるときには店内を飛ぶのは遠慮してくれよ。空中遊泳するときの君は、たまに動きが激しいから」
「はぁ~い。っていうか、ボケに対するツッコミを私のケツに入れてほしいのに」
「まったくもって何を言ってるか判らないな」

 ――チンチン。
 店のドアベルが比較的大人しく鳴った。
 今の僕は店内に設置したカウンターの上を使い、菫子君との遊びに付き合っている。
「客か? いや、疑う余地なく来客だな。いらっしゃい」
「あ、咲夜さんじゃん。いらっしゃい。ようこそ私の香霖堂へ」
「あら、何かお遊びの最中だった? お邪魔したかしらね」
「気にすることはない。客商売が最優先だ。飯事ならぬTRPGというものをやっていたんだよ。とりあえず菫子君、香霖堂は僕のだからな」
 菫子君がカウンターの上に乗せている、厚紙に印刷されたキャラクターやマップなどを隅へと追いやった。
 今回は客らしい客が相手なので、もう少し丁寧な対応でもいい。
 むしろここで惜しんでいては腐ってしまうという懸念が僕の中では存在する。
「すみません。それは売りものに含まれます?」
「ん? 気になった? これは私が厚紙に印刷した紙を貼って、その上にフラグメントを接着させた手作りなんだ。一応3Dプリンタで出力したミニチュアも用意して雰囲気を出してみたよ」
「貴女の手作りでしたか。なるほど、ひいな遊び。何かと思いましたが珍しいものではありませんでした」
「まぁ、確かに子どもの遊びではある。ちなみに僕が遊びに付き合っているのは、菫子君が持ってきたカードに関わるかな」
 日ごろ滅多に自分から道具の説明することはない。
 でも、今は違う。
 僕が子どもの遊びに飛びついたのでなく、遊びに使う玩具に目を向けていると知ってもらいたいからだ。
 珍しいものを求めて来店する十六夜君なら同調するに違いない。
「それは巷で流行ったアビリティカードとは別だと捉えても?」
「素材が一緒の転用品だよ。私がカードの内容物を能力から夢魂に入れ替えたんだ」
「香霖堂の売りものではないんですね。それなら、私と勝負することで譲ってくれるというのは如何でしょう?」
「興味あるー。もちろん勝負方法はポイント制のTRPGっていうテーブルを囲んで遊ぶ役者のゲームだから。私が勝ったら……そうだなぁ、私のメイドとしても務めてもらおっかな」
「いいですよ。貴女は幻想郷に入り浸っているとはいえ、こちら側にいる時間は少ないでしょうから。早速ゲームの準備に取り掛かりましょ?」
「君が客でなくなるのは珍しいな。今日は特別だよ。カウンターを好きに使うといい」
 僕と菫子君、それにお客様だった十六夜君を含めた三人でカウンターを囲う。
 すっかり待合室から憩いの場へと扱いが変わりつつあるが、僕は認めていない。
 とにかく気持ちはくすぶりつつも手は動かしている。
 隅に追いやった玩具を再び広げた。
 ふたりで遊んでいたときは菫子君がゲームマスターという役割を兼ね、ゲームとしてルールなどが固まってない手探りの状態で進行した。
 確か……始めにどちらかが先行するかを決め、交互に左右どちらに進むか決めたはずだ。
 操作する駒はひとつだけだから相手の行動に左右されやすかった。
 大まかにイメージするならゲーム木が近い。
「それじゃ『転生したらひとりの身体にふたり。どっちが生き残るか決めるだって?』を回そっか」
「名前的に蹴落とし合いをするゲームのように聞こえましたが」
「ああ、それで合っている。ほかにも判らないことがあったら聞くといい。僕はゲームマスターとしての参加でゲームを仕切るよ」
「了解しました。最悪いずれか玩具のひとつでも譲っていただけるよう宇佐見さんには食らいつきますよ」
「眼鏡クイッてしそうな気迫っ。あぁっと。マップは荒野で私たちプレイヤーに与えられるシチュは……今回はどっちが好きな人と過ごせる環境を得られるかで肉体の主導権争いを行う。ってことで霖之助さん? NPCでプレイヤーに好意を持たれる男性の役をお願い」
「次は恋愛か。意表を突かれてしまった。とりあえずゲームの流れとしては埋もれた左右どちらかを選び、道中でエナジーを獲得しつつ拾ったフラグメントやカードを活用し、最終的に主導権を得たほうが勝者となる」
 先の菫子君とのゲームでは、即興劇の傾向が強かった。
 拾ったフラグメントを集めるか売りに出すかで揉め、拾ったカードから展開するイベントに翻弄された。
 次は好意を持たれる男性役……こちらも難易度が高そうだ。
「はい、咲夜さん! サイコロ振って? 奇数だったら私が先」
「では……偶数でした」
「よし。私から左右どっちに進むか決める。さぁ霖之助さん? 私たちの冒険が始まるわよ!」
「私の記憶違いでなければ身体はひとつ……もしかしなくても私が視界に入っていませんね? 負けません」
 どうしたものか。
 一度やったからとゲームマスターを買って出てみたものの、なかなかにセリフが出てこないものだな。
 ゲームの進行なら分かる。
 プレイヤーは左右どちらに進むかを選ぶ。
 菫子君なら左に進めば自分に火のエナジーが1ポイント足され、右に進めば相手から水のエナジーを1ポイント奪う。
 逆に十六夜君なら右で水のエナジーを足すか、左で火のエナジーを奪うか。
 単純に考えるなら足すか奪うか、それだけだ。
「寡黙な霖之助さん、目をうるうるさせて私たちの争いを見守ってるんだね。絶対に手に入れてみせる。まず私は左だよ。そして、第一回フラグメント探し! プレイヤーは進むごとにフラグメントをランダムでひとつ獲得するの」
「僕を変なキャラクターに仕立てあげないでくれ」
「私たちは甲斐性なしの殿方を奪い合う……そういうことですか」
「おおっと、ゲームマスターへの精神攻撃が炸裂! 大丈夫。跡継ぎに積極的になれない甲斐性なしでも私、貴方のこと好きだから! あ、フラグメント選ぶねー」
 ……リアルの僕は関係ないはずだろう。
 とにかく菫子君は鍵山雛オリジンのフラグメントを手にしたな。
「進むごとに水のエナジーが追加で2ポイント足されるやつだ。マジ?」
「あら、次の貴女のターンにプレゼントしてくれるのね」
「十六夜君。フラグメントは君たちの身体がひとつだから共有されるんだよ」
「なるほど。私のターンでも足されると。それでは、私は左を選びます。貴方は私に選ばれ、私を選ぶものだと分からせてあげましょう」
 この十六夜君の役に対する務めに、どう応えるのが正解なのか。
 困ったな。
 僕の過去には付き合いを断った記憶しか存在しない。
「咲夜さんから出る貴族感がスゴイ! 尻叩かれまくるのが見えるわぁ。いや、某門番の人と一緒にナイフに?」
「だから、なぜリアルが混ざるんだい? まぁいいさ。今のところ僕はどちらも平等に好きだ……こんなものだろう? フラグメントを選んでくれ」
「店主の貴方もリアル甲斐性なしを持ち込まないでもいいんですよ? はい、これは……伊吹萃香オリジンですね。貴方! どちらが好きか判然としなさい?」
「う、うむ。そのフラグメントは発動は一回のみで、両者のエナジーを倍にする。だから火はゼロのままで水は四となる」
「ピンチなのにリアクションの薄さにつられて私まで感情が迷子ー」
「ノーリアクションも僕が演じるキャラクターの味ということにしておいてくれ」
 とりあえず進行を優先する。
 慣れないんだ。
 仕方ないこととして甘んじよう。
「霖之助さん? 次はカードを引くんだよ」
「そうだった……今から夢魂が込められたカードを引く。君たちが今立っている、この荒野にはフラグメントとともに、土地の記憶が込められたカードが眠っている。それを展開しよう」
 ここでゲームマスターがプレイヤーに課題を出すのだが、確か先のゲームで菫子君はノリで振ってきたんだったな。
 あまり間を開けるにはいかない。
 ならば……夢魂のカードにはふたりの人間が歌っている姿がある。
「君たちは輪廻転生を経て、この地に再び誕生した。不幸にも同じ身体にふたつの魂が宿ってしまったが、争うことなく和解して一緒に同じ人間を愛する道もある。それを示唆してくれるのが、このそれぞれが歌い合うカードだ」
「霖之助さん多妻趣味? いいや、こればかりは譲れない。私たちは争わないとダメ。どっちにしろ人格の区別がつかなくなってしまうの。いい? これからドリームタイムに突入する。私たちは歌い合って優劣を決めるの」
「水を差してすまない。どうにか名前は伏せるか、何か別の対処はできないだろうか……」
「名前は違うほうがいい? そのままのほうがギャップがあって、楽しいと思うんだけど」
「例えどちらであっても印象は変わるものと見通しますが。今さら狼狽などしなくても」
「まぁ、長引くようなゲームではないからな」
「そうそう。これから霖之助さんに向かって求愛の歌を歌い合う私たちと比べたらね?」
「少し時間をください。歌に関する判定は理不尽にならないようお願いしますよ」
 話が恋愛になっただけで、こんなにも慌てされられるのは想定外だった。
 今まで様々な道具を見てきた人生の中で、男女の恋路に関するものにも触れてきたはずだ。
「まず私からね? 菫子行きまーす」
♪静かな大地の下 眠っていた私たち 揺さぶられ起こされ また貴方を求める 次に眠るそのときまで 子守歌を歌おう♪
「いいですね。それでは、続いて私の番です」
♪どんな家も 人形も 縛る私も 見なくていい 貴方から 愛の糸を 飽きるまで 引きずり出して 私は気づく 解き放たれよう♪
 ああ、審査に進行役に役者に……さすがの僕でも頭がこんがらがりそうだ。
 音か映像を記録する機会が稼働していたら少しは楽だったが、それもまた今さらか?
 いや、焦ることはない。
 落ち着いて進めればいいんだ。
「どちらも良い出来だった。審査のポイントはカードの内容に沿っているかで判定する。であるからして今回は菫子君の勝ちとする。そして、負けた十六夜君には縛りを負わせる流れになる」
「もしかして愛ある縛りでしょうか?」
「残念ながら縛りは『大地からの呪縛』だ。この話の最後は」
「霖之助さんネタバレ、ダメ絶対」
「すまない。思わず口にするところだった」
「でも、喋りたくなるの分かるー。つい油断して出ちゃうんだよね」
 その通りだ。
 すでに菫子君は口に出している。
「話の最後で思い出したのだが、ゲームの終了条件を伝えてなかったな」
「そういえば? そうだ? 即席だから忘れちゃってた」
「菫子君から提案してきたんだよ。カードを三回展開させたあとゲーム終了。もしくはカード三回より前にどちらかのエナジーが20ポイントを超えたら終わりと」
「あー。らしいよ、咲夜さん」
「そんなことより愛の歌を捧げられて何もないんですか? 返しに歌ってみてもいいと思われます」
「無性に紙巻き煙草を吸いたくなってきた」
「え? 霖之助さんまだ喫煙してるの?」
「喫煙よりも喫茶にしましょう。少々台所をお借りしてもよろしいですか?」
「構わないよ。茶菓子も好きなのを取り出すといい……って、もう用意できたのかい」
「早速! 超能力じゃん。スゴイじゃん。あ、お茶ありがとう……ああ、カウンターせっま」
「マップを広げているからな。十六夜君、お茶をありがとう」
「恐縮でございます。さ、返しは思いつき次第お願いします」
 熱い煎茶が沁み渡る。
 先のゲームでは登場人物にNPCが含まれなかったため、参考にしようがない。
 普通に考えるなら……オウム返しか?
 やはりどちらも好きでは通らないのだろうか。
「……んー。じゃあ、ふたりとも娶りたいとかでいいから、それで歌ってみて?」
「ならば円滑に済む。そうだな」
 ここは考え込んでしまっては、また詰まってしまう。
 出任せこそ突破口と定めよう。
♪僕らの土地 恋人たち 周りを行き交う ともに生きよう ともに過ごそう さあ新しく迎えよう 僕らは輪になる♪
「私たちに飽き足らず新しく迎えると申しますか?」
「駄目だったか?」
「まぁまぁ。霖之助さんの趣味趣向だし、長生きを加味するなら多少はね」
「それでは縛りでしたか? 続けてください」
 腫れものとして扱われるのは久しぶりだ。
 まさかこんな形でとは。
「縛りは以降の二回も敗北して受けると、その時点でゲームの敗者となって終了する。『大地の呪縛』は土地からの永久追放を意味するんだよ」
「なるほど。幻想郷から追い出されるようなものですね」
「客観的になれば、そうとも捉えられる。ただ、もっと気楽にいてくれ」
「貴方のようにちゃらんぽらんは、さすがにマネできません。私は一夫一妻派ですので。理解しようと努力はしますけど」
 一瞬、僕に向けられた言葉かと受け取れたが、十六夜君なりの役作りだろう。
 気を抜けば頻繁にギャップが発生する。
「十六夜君なら判ってくれるはずだ。では、一回目のドリームタイムが終わったあとは土地の記憶が活性化し、プレイヤーそれぞれに前世の記憶が蘇る……えぇっとだな」
「私が霖之助さんと仲を深め、咲夜さんと霖之助さんは心が離れたって記憶が流れてきたんだね」
「それだ。そうしよう。流れがいい」
「貴方には言わされている感がありますが、恋愛ものにもなれない貴方のことです。言うだけに留めておきます」
 手厳しいな。
 僕としても、もっと軽はずみにセリフが出てほしいところだ。
 ……少し想像してみたら違和感が凄まじい。
「なんだかんだで霖之助さんに精神攻撃が効いてるっ」
「当たりの強さは、今までの関係上では見られない側面だよ。これからも客として付き合いをお願いしたい」
「あらぬ誤解を生んでいるようです。演技ですよ。とりあえず続けましょう」
「そ、そうか。次はフラグメントをふたつ引くことになっている。ちなみに最後は三つ引いてもらう」
 菫子君に向かって引くのを促した。
 ところが、不思議そうな表情が返され、さらにニコやかに頷かれる。
「霖之助さん? まだ私、動いてないよ」
「あ、すまない。左右どちらかに動いてくれ」
「うん。咲夜さん、さっき私が勝ったから先に進むね? 右に行くーついでに運命のドロー!」
「『レミリア・スカーレットオリジン』と『レティ・ホワイトロックオリジン』か。前者はサイコロをひとつ振って五以上ならフラグメントをもうひとつ。後者は水のエナジーを追加で1ポイントで火より少ないなら、さらに追加で1ポイントになる」
 この時点で火0で水が6と……単純に数字だけ見るなら十六夜君が優勢だな。
 僕のほうは役を演じることでいっぱいいっぱいで、気が気ではない。
「ほぉ、主人のフラグメントですか。ほかにも妹様やパチュリー様など所持していらっしゃいます?」
「幻想郷で生まれた人外と人間以外なら大体は揃ってる感じ。お口開いてる」
「な……何をするの、貴女。茶菓子を放り込んでくるなんて」
「くちびるで止まっちゃった。ガード固いなぁ」
「イタズラっ子は主人らで十分。お返しよ」
「んぬんぬんぬ……うぬぁ。咲夜さんのくちびるに挟められたやしょうまが、いつの間にか私の口に。何を言っているかなんじゃかかんじゃか」
 まだ二巡目なのに結構な時間を食っている。
 菫子君は七巡か八巡ほど回すと言っていたが、きっと本格的なものだと、そういう時間を食うものなのだろうな。
「サイコロ、ポン! ってね」
「出目は三。本当にポンだったわね」
「咲夜さんに煽られたーっ。でも、なんだか心地良い」
「どこぞの門番みたいなこと言うのね。次は私、また左を選んでみましょう。それとふたつ引きましてサイコロを振ります」
 火がマイナス1となり、水が9となった。
 サイコロの出目は六で、十六夜君はフラグメントをもうひとつ引いた。
 今回だけ見るなら後攻有利だが、先のゲームでは先攻有利だった。
 変われば変わるものだ。
「『摩多羅隠岐奈オリジン』に『牛崎潤美オリジン』、『鬼人正邪オリジン』ですか」
「ふむ、了解。始めは別のオリジンに、火と水のエナジーを1ポイント追加させる能力を付与する。次は進むごとに相手が属するエナジーから2ポイント引く。最後はこれまでの計算の、プラスとマイナスや乗算除算を逆転させてポイントを再計算する」
 ざっと計算して火は2ポイントとなり、水はマイナス5ポイントか。
 まぁ数字は気にしても仕方ない。
 次のドリームタイムはプレイヤーの手にした手紙がプレイヤーごとに存在していて、どちらが本物か偽物か、ゲームマスターが判定する流れだった。
「お? 大富豪でいう革命っぽいフラグメントだ。私が優位になってそう」
「踏んだり蹴ったりではないですか? ……まぁいいです。構いません。ドリームタイムとやらに移行しましょう」
「はい! 次は霖之助さんから送られてきたラブレターが、どっちが本物か判定してもらうヤツだね」
「それは、つまり?」
「プレイヤーがどんな手紙を送られてきたか創作する流れになる……今回は恋愛がテーマだからって菫子君は僕に試練を負わせたいようだね?」
「偽物を作るにも力が入りそうな内容ですね。引き続き私は構いません」
「十六夜君は先のドリームタイムで負けたんだぞ? 勝ちに行こう」
「案外、貴方も気に入るものが捏造されるかもしれませんよ」
「すでに捏造と言い切るところが末恐ろしい」
「まぁまぁ。霖之助さんは夢魂のカードに沿っているかを判定してくれれば、それでいいんだよ」
「フラグメントも夢魂のカードも、こんな遊びに使われるとは思っていなかっただろうな」
「霖之助さんったら付喪神に話しかけるみたいになっちゃって草。さぁ、咲夜さんラブレター考えよ」
 考えよ、ではないんだよ。
 ……それにしても、フラグメントに夢魂のカードか。
 菫子君が持ってきたフラグメントの中に僕のは存在しなかった。
 オリジンが確立するほど外の世界で噂される存在ではない、ということなのだろう。
 僕が代々香霖堂を継がせれば存在し得るものと変わるかもしれないが……。
 夢魂のカードに関しては、単に夢が詰まったカードではある。
 ところどころに悪夢が混ざった代物だ。
 この幻想郷で見知った人物や、そうでない人物が入り乱れていて内容を眺めるだけでも飽きない。
「ねねっ、霖之助さん。できたよ」
「あ、ああ。できあがったほうから読んでくれて構わない」
「よし。んでは、私から『愛しの菫子君へ。君への求愛を受け入れてくれた日から僕たちの関係が始まった。その後の、いつもと変わらない日々が変わってしまったのも覚えているが、それさえも思い出だ。僕と過ごしてくれてありがとう。愛している。君と結びつけてくれた大地に感謝を。僕たちが生まれ変わったその時も、僕のことを受けて入れてくれると嬉しい。また一緒に過ごせる日々を待っている。そして、僕たちの魂は、いつでも一緒だ。霖之助より』ってな感じ」
「うーん。なんと言っていいものか」
 菫子君は話の制作者だけあって、きちんと踏まえるところは踏まえている。
 ただし、そのせいでラブレターというより遺書に近い。
「もしかして貴方、のぼせました? 続いて私の番ですから耳を傾けてください。それでは……『僕の婚約者、十六夜咲夜君に捧げる。君を初めて見たときから全身全霊をなげうってもいいと、君に吸い込まれる想いで過ごしてきた。君の命令が魂にまで沁み渡ったのを忘れない。君の傍に置いてくれた快楽を忘れない。どうか僕を鎖で繋いでおくれ。君の愛に縛られたら、どんなに幸せだろうか。もう僕の行く末は、君の傍にしか存在しないんだ。ああ、いつまでも君の命令を待っているよ。どんなに僕が錆びついても。いつまでも、ああ……いつまでも。永遠の下僕、森近霖之助より』……以上です」
「僕の名前を聞いたときが一番、僕の心が訴えようと必死だった」
「判定は? 恥ずかしげもなく十六夜君だと宣言してもよろしいんですよ?」
「あ、私からNTRだ? 判定は私。泥棒猫はダメだよ」
 ……どうしても自分事として捉えてしまう。
 ゆえにラブレターを思い起こしながら分別するのは至極難儀だ。
 理性よりも先に恥ずかしい感情があふれてくる。
 遺書だと思えた菫子君からのラブレターでさえ顔から火が出そうだ。
 とてもじゃないが、この先は集中できそうにない。
「ときに十六夜君、買い物の時間には猶予はあるかい?」
「切り上げようとしていませんか? 私はフラグメントを譲っていただけるよう時間などを浪費したんです」
「菫子君。僕がフラグメントを言い値で買い取るから十六夜君に譲ってくれないだろうか」
「なるほど。その提案であれば、お嬢様や妹様およびパチュリー様のフラグメントだけで十分ですので」
「んお? なんだか愛してるって言い合うゲームで勝った気分」
「それで、提案を呑んでくれるか? お願いする」
 突然、菫子君の眼が大きく開いた。
 そして、こちらを向いて何度も頷いてくれた。
 背に腹は代えられなかったが、せめて高額で吹っかけられないよう祈るばかりだ。
「いっのる~♪ お代は一日デート券でいいよ? 咲夜さん、すぐ持って帰る? すぐなら包むよ」
「ああ、私も手伝わせてもらうわ」
 一日デート券に関して交渉の余地なく事が進んでいく。
 絶対に要求を呑めないほどではないが、のぼせている今の状況では正常な判断が難しい。
 それに併せ、下手に話を通そうとすると、余計な墓穴を掘ってしまいそうだ。
「霖之助さんは私のデートの相手、自分のことだって思った?」
「うん? そういうことではないのか? まさか十六夜君とのデートを想定していて、その場面のセッティングに僕が動けと?」
「ん……始めから霖之助さんとデートしたかったで合ってる」
「悪いことを考えている顔だ。ドリームタイムの三回目を回避して良かったとも思える」
「最後は死を覚悟したとき相手に投げかける言葉。必死に霖之助さんに愛をぶつける場面が……惜しいといえば惜しいなぁ」
「聞く限りだと背景に、きちんと話が用意されているようですが、それは共有しないものなので?」
「がっちり作り込むなら共有する。あと話の作成者である私は、本当はプレイヤーとして参加しないんだ」
「まぁ私は始めから、どんな手段を使っても譲ってもらうつもりだったから。不利なのは想定内」
「おお、やっぱり咲夜さんは敵に回すと怖い特攻隊長っぷり。ありがとだからねぇ。いっぱい霖之助さんから愛を引き出せたっぽいー」
「私のほうとしても楽しめたから、また遊びに誘って? ただ、今度はフェアでお願い」
 一番の不利益を被ったのは僕だ。
 ゲームが終わり、どっと疲れながらもゲームに使った道具や湯吞みなどを片づけた。
 その一方、十六夜君はフラグメントを包んだ袋を引っ提げて帰路に就いた。
「一日デート券のこと忘れないでねー」
「君はゲーム中、僕と十六夜君の心を読んだかい? たまに道具や物からも何か読むことがあるよな」
「気づいてたんだ。鋭い」
「一日デートのあと、跡継ぎ問題が解決に向かうかもしれない……そうだろう?」
「はっ! きょ、今日は帰る! 霖之助さん、ばいばーい!」
「ああ、気をつけて帰るんだよ」
 菫子君への仕返しとし、僕の心を読むよう促してみた。
 顔が真っ赤になるほどの反応からして上手く行ったかに見えたが、はたして菫子君は心をどこまで読んできたのか。
 とりあえず今はゆっくりしよう。
宇佐見菫子の物語を書くのに際し、香霖堂で森近霖之助に話しかけるのが一番しっくり来るという次第でした。
イメージとしてドリフのばか兄弟が近いです。
ああまた何かやってるなー程度に、ふたりを捉えてると丁度良く感じます。
そして、宇佐見菫子が壮大に何かプロジェクトを動かすとか、イメージから遠ざかっていく感じです。
でも、何かやってるんだろうなー的な。
れにう
https://pawoo.net/@leniu
コメント



0. コメントなし