Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

チップ上の幻想郷

2022/10/05 22:01:01
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 マエリベリー・ハーンこと私と相棒の宇佐見蓮子こと蓮子と、一緒に採血を受けた。
 通っている大学がデータを集めるため、被験者募集しているのを知ったのが切っ掛けだった。
 私たちには周りとは違うものを見る目がある。しかし、その能力を持つ領域が眼か脳か、はたまた別の場所かは分からない。
「Hey、メリー。今から能力を持つ臓器を作成します」
「そんな再現性あるレシピなんてどこにもないでしょ? 何言ってるの、蓮子」
「HaHaHa。こちらにあらかじめ作ったものが、って出てこないよね」
「持ってきた人がいたら何もかも無視して、私は尊敬の眼差しを送るわ」
 ある日、蓮子が提供した一滴の血液から解析されるかもと提案してきた。
 否。得られたデータは匿名性が優先されるから、そこから私たちのデータは特定しようがない。
 蓮子は『だったねぇ。あっはっは』などと笑っていた。
 自分たちで調べようとは考えたが、研究内容がオカルトすぎるからと支援金は回ってこなかった。
 それなら、VRシミュレーションの中で被験者が体感した情報をモニタリングする検査を受けてみようと、蓮子から検査への参加に誘ってきた。
 蓮子は以前から行動力が服を着て歩いているようなものだ。
「ってことで、ちょっくら検査に行こうよ」
「CMみたいなノリね。そこまで軽いなら月まで行けるわ」
「よし、月に行こう!」
「検査でしょ? 行くなら私の気が変わらないうちに早急でお願い」
 被験者がどう体感しているかをモニタリングする技術自体は、すでにマウスなどへの実験が繰り返され、論文としてまとめられている。
 ただし、それは飽くまで通常の感覚をモニタリングしたものだった。
 したがって、私たちを含めた四色型色覚や共感覚など通常とは違ったメカニズムを持つ人たちの感覚を、すべて網羅するものじゃなかった。
 だからこそ、私は参加を承諾した。ただ、結果的には解析結果を得るだけで収まってほしい。
 ついで、それとは別に私たち個人で揃えられないVR機器を体感できるとあって、今は好奇心が勝っている。肩ひじ張らないでいい。
 収集されたデータは匿名情報として扱われるのだから。
「もうひとりの私たちとVRシミュレーションする流れは読めなかったわ」
「意表を突かれて、うひょーって目玉がぽーんってね? メリー」
「そんな水晶玉みたいなデカい目が出てくるもんですか」
「たくさんある私たちの中に一体くらいは、いるかも? ってね」
 事前に受けた説明では私たちを元に作成した、中身が微妙に違うモデルを何体も重ねて本人の隣に構築しようと設計したものだという。
 ひとりの被験者から複数のデータを取得する狙いらしい。
 まさに計算の暴力だし、量子コンピュータをフル活用していると言えるわ。
「常に鏡が隣にある感じだから便利といえば便利よね、メリー」
「分身があるだけだし、そこまでポジティブに考えられるなら感心できるわ。私の場合は横に広がる分、気を回さなきゃいけないって思っちゃう。せめて荷物持ちくらいにはなってくれないかしら」
「なんにしても変な空気。呼吸の問題? 息が変な感じしない?」
「蓮子は感受性が高いのね。その場で体感しているみたいな反応じゃない? ちなみに分かっているとは思うけど、VRは感覚への作用があるだけで場所は変わってないわ」
「じゃあ、変わった体にしよっか。雰囲気、雰囲気。ふんふん雰囲気よ」
「変わっているのは貴方のテンションでしょ?」
 それにしても蓮子の言うことを真に受けてみれば、本当に没入してる感じになるのだから不思議ね。
 少し彼女と心の距離が近すぎるのかしら。
 シミュレーションとリアルの境界が分からなくなるようだわ。
「いい匂いしない? 木槌で割って占いをしたくなる匂いが、ふぁ~ってする。いわゆる焼き芋!」
「んっ?」
 断言できる。そんな匂いはしない。
 というか、どんな例えよ! 
 ……ただ、近くに焼き芋の屋台が見えるのは明確ね。
「VRとは思えない。きっと始めから屋台があったんだ」
「食べたすぎて幻覚が見えてきた? まぁ幻だけど。蓮子が食べたければ買いに行っても……」
 リアルで壁にぶち当たらないかしら。蓮子なら実際にトコトコ歩いてそうよね。
 もしかして私も近づけば匂いをかげると? そんな流体的な問題?
 抱いてしまった疑惑を晴らしたいので、どこまで歩けるか試してみる。もちろん実際に歩くわけなく、操作によって移動する。
 そこまでして焼き芋の匂いがしなかったら、いよいよもって蓮子をメルヘン少女扱いしよう。
 ただ、私の鼻が変だったという末路も考慮できるわけで。
「通りすぎてるよ、メリー。見てこの焼き芋、すごい緻密に描写されてる。食べられるんじゃない?」
「私の気が済んだら食べさせてもらうわ。できれば蓮子が先に食べてくれる? 私このまま進むから」
「まさかイケメンとか見つけた? ダメだよ。これシミュレーションだからね」
「どういう想定よ。食い意地張りながら注意しないで」
 歩いて十数秒ほどで気が変わった。
 シミュレーションのほうで微風が流れるよう設定されていた。
 閉め切った会議室にて漂う匂いを遠くから感じても蓮子は正常であり、それが少し残念な気もする。
 私は振り返って蓮子を眺めつつ、代わりに新しく湧き上がってきた自身の好奇心に触れてみた。

   ※ ※ ※

 ――ぼんやりと考える。
【私たちが大学に入学して二年目】
 私の中に漠然と社会への参加意欲が湧いてきた。
 蓮子に関しては判断は難しいが、『被験者の募集』の話題を振ってきたのだからまったく社会に興味がないとは受け取れなかった。
 ただ、大学一年目に蓮子が秘封俱楽部という非公認サークルに誘ってきたときの言動と比べると、それが本気の姿勢かは疑わしかった。
 そんなこんなで私たちは始め、血液検査を受けた。
 次に行き着いた先が今の、会議室の使い回しでの検査だったため行き当たりばったりだと感じた。
 これから大学生特有のノリと勢いからの、飴と鞭がもたらされるはず――そう。あまり羽目を外さないよう蓮子の手綱をしっかり握っておこう。
 会議室では教授か助教授らしき人が二名、生徒っぽいのが四名ほど目視できた。
 きちんとVR機器を使うためのスペースが広げられ、雰囲気のギャップに興味が湧いた。
 それでも、これから起こる流れには若干、引き気味になりつつあった。
 この検査に十数億単位の助成金が出たという背景を知っているからだ。
 そこで、蓮子を先行させるよう誘導し、検査の出方をうかがってみた。
「何そんなにビクビクしてるの、メリー」
 蓮子に指摘された通り、とくに何も警戒する必要はなかった。
 いつから私こんな性分になったのかしら?
 検査の始め、VR機器を装着して頭の角度、視線を定位置に固定した。つぎに、肌に何かを貼られた。女子生徒から行われたことなので抵抗はなかった。その後、映像が流れた。
 眼球内に一筋の光を照射されたので、今までのように画面を見るのとは違う。
 どうにも境界を見ようとする私の目とは、相性が悪い。
 私は今一度、感覚を休ませるために私自身の状態を確認した。
 客観的にはVR機器の装着感が消えかかった?
 最近は何か現実離れした体感があったとき、自分の能力が作用したと疑うようにしている。
 それにしても、完成された没入感とはいえど飽くまでシミュレーション。けれども、シミュレーションかリアルか、本当に区別つかず混同してしまいそう。
「もしかしたら私ったら何か、やっちゃったみたい? ……急に恥ずかしい」
 心当たりは一旦、胸の奥に仕舞った。
 あれこれ変なのを見すぎて過敏になっているだけかもしれないし。

   ※ ※ ※

 ねぇ蓮子。
 さっきから蓮子の頭には何が占めているの? 焼き芋の絵文字でいっぱいかしら。
 蓮子は焼き芋屋を経営する人に支払いを求められてから何やら渋っている。
 私も一緒に考えるのなら経営する人がモデルか実在する人か、検査とはいえ実際に支払っていいものか。支払うにしても決済方法が現金しか用意されていなさそうに見えた。
「蓮子? 始めはジョークを向けてみない? これは検査なんだから少しくらい逸してもいいのよ」
「今まさに人の目はあるの忘れてない? まぁメリーに乗ってみようかな」
 雑に話題を振ってしまった。
 この流れは私にジョークを要求している?
 なんとか蓮子に振り返せないだろうか。
「そういえば蓮子? いくらなの?」
「値段は私に支払う分、多くしてもいいよ?」
「はいはい。テキトーにウン十万円になりますとか言わないでね」
「先にツッコミされた!」
 なんやかんやで経営する人が請求してきたことで答えを知った。
 ぐだぐだした私たちの進行のことですし? 相手にとっては仕方のないことなのでしょう。
「三十だって、メリー。安いんじゃない?」
「安いの? 三十万ってわけじゃないよね。本当に円で払うつもり?」
「だからってプリペイドのポイントは使えないでしょ……クレジット?」
「クレジットは十八になってすぐ発行したけど、さすがに使う気にはなれないわ。というか、ここで現金以外を出してもOKなの?」
 さらにモタモタしていたら私たちが一体どこの子か聞かれた。学部? 学科の話かしら。
 確か検査に募ったときに記入したはず。確認されてる?
「こっちのメリーは海外産の子で、私は国内産の子です。すくすく育ちましたよ。あ、そういえばメリー? 海外の紙幣か何か持ってたら、そっちで支払ってみてよ」
「ちょっと? 冗談きついんじゃない? 払ってはみるけど」
「払うんかーい」
 蓮子からツッコミが来た。
 逆に、私もツッコミをしたくなった。
 経営する人に三十ユーロセント支払ったら、とくに大したリアクションなく売買が成立したから。
 いや、検査が終わったらお金、返してほしくはある。
「ありがとうございまーす」
「……どうも、ありがとうございます」
 私と蓮子、共に新聞に包まれた焼き芋を受け取った。
 焼き芋一本のカロリーを考えるなら、これが虚実どっちなのかが重要となる。
 かいだり摘まんだりしてみれば香りは焼き芋そのものだし、身のほぐれかたも焼き芋に違いない。このほぐれる動作が作りものなら、あらかじめバラバラの素材を用意しなければならない。
 なのに、細かく千切ろうとすればできてしまう。
「食べないの? もしかしてメリーって猫舌?」
「蓮子が早いのよ。というか、どうなの? ちゃんとお腹に溜まる?」
「実質これは霞。ブレーキ要らずね」
「仙人ってグルメなのね……じゃないでしょ? ほどほど。そこは、ほどほどにして?」
 ぱくぱくぱくぱく、ぱくぱくぱくぱくと蓮子が焼き芋にかぶりついた。
 もぐもぐ。もぐもぐ。
 ほどほどに、とは注意したものの見ているだけでそそられる。
「美味しいから二本目がほしいかも。なんならそっちの半分、食べてあげてもいいんだからね」
「違うわ。私は始め、絵に描いた餅かどうか聞いたの。これが検査だって忘れてないかしら?」
 口では注意しつつも、とうとう私も焼き芋を口にしたくなった。
 ほくほくと甘い塊を口の中でほぐしていく。
 鼻に抜けてきた香りは香ばしく、頬張るのをためらった私を満たすには十分だった。
 こんなのシミュレーションじゃない!
「がっついてるねぇ」
「んっ……あ、ん……美味し」
 こんなに熱いのが、私の中に入ってきているのに体が拒もうとしない。
 やっぱりシミュレーションなの?
 もっと入れて確かめないと分からないわ!
「忘れてもいいんじゃない? どっちかというと、メリーと不思議な場所を巡った日のことを忘れない」
「ごめん。てっきり私は蓮子が焼き芋に一心不乱だとばかり」
「合ってるよ。だからこそ飛びついたんだって。料理は化学。知的財産は後付け。でしょ?」
「無鉄砲かと思えば、しっかり考えてるんだから、蓮子は」
「ねぇメリー、このままシミュレーションだかリアルだか分からない、この近辺を歩いてみない? もう頭につけてたVR機器がどこ行ったか自覚ないでしょ?」
 いつのまにやら、焼き芋に夢中になったのは私のほうだった。
「例えそうだとしても、さすがに自由すぎない?」
「TPO気にしない。いこいこ? メリー」
「そ、そうね。食べ歩きしましょ。たべ……」
 一瞬、蓮子がふたりいるように見えた。
 違う、そうじゃない。
 あれはシミュレーションの一部であり、私たちを元に構成されたモデルが複数、集合したものとなる。
 私の隣にも存在している。
 構う必要はない。
 相手は中身のない土偶みたいなものだから、霧か何かだと思えばいい。
「なんでもないわ。私の偽物に焼き芋を手渡しそうになっただけ」
「まだ何も聞いてないよ。ときどきぃあわてんぼうだな、メリーは」
「焼き芋が熱いから慌てただけよ」
 なぜだか顔まで熱い。
 赤くなった顔を蓮子に見られてないか心配よ。
「本当? 私の焼き芋も、メリーの口に突っ込んでいい?」
「やめて。脈絡ないでしょ、それ」
「冷静なツッコミいただきましたー。大丈夫、大丈夫」

   ※ ※ ※

 ――焼き芋を巻いている新聞の一面。
【文々。新聞】
 竹林にて体から炎を噴き出す不審者が出没
 本日未明、竹林の奥深くで少女を狙いすまし、犯行に及ぼうとする不審者を撮影した。
 不審者は体から炎を噴き出し、上空から脅迫めいた行動に出たと思われる。
 被害者となった少女は無事、怪我などを負うことなくその場から逃げ去ったとみられる。
 なおも執着する不審者に対して取材を試みると、不審者は『タケノコと一緒に焼いてやる』などと供述し、現場から逃げるように立ち去った。
 その不審者については今も竹林を徘徊している模様であり、付近を通る際は十分な注意が必要だ。
 現場は竹林の奥深くまで入り込んだ場所で、まれに迷子となった人間が発見されることで知られている。
 近くの住人は『野蛮なホームレスが住み着いていて大変迷惑だ。誰か見つけ次第、消火剤まみれにしてやってほしい』と協力を呼びかけていた。
 近日中には近隣住民が総出となり、不審者をあぶり出す計画に踏み切るという。

 香霖堂の業績不振浮き彫りに
 昨今、外来人が出入りする香霖堂を間借りして始めた事業が好調との噂が流れている。
 これまで先んじて商売を営んでいた、車輪の動かない自転車操業を続ける香霖堂の店主は、座敷わらしに見捨てられたことで知られている。
 昨今のテレワークで座敷わらしは事業拡大を続けているが、この店主についてはどの座敷わらしもお手上げ状態だった。
 近くを徘徊する貧乏神は、この店主について『あれは将来を渇望する気がない、ある意味で無敵の人。貧富のベクトルがバラバラだから一筋縄ではいかない。心折れそうになって嫌』と苦言を呈した。
 突如、商売敵として現れた外来人への取材では『闇市場ならぬ闇流通って感じ? タコ足配線かな? パズル感あって楽しいよ』などと意味不明なことを述べていた。
 それから、後日の取材では『その流通には君も一枚かんでいるだろうって言われちゃった』と裏金流通への関与をほのめかす供述をした。
 これらのことから普段から経営が芳しくなかった香霖堂の店主が、外来人の進出によって客足を取られ、より一層の経営悪化を懸念される形となった。
 裏金流通については度重なる経営の悪化から外来人と結託し、経営難を装う形で裏帳簿に手を出したと思われ、これについては多方面から非難が浴びせられるのも時間の問題だ。
 店主のことをよく知る博麗の巫女は『変なの売り始めたのね。まったく胡散臭いったらありゃしないわ』と話し、関係者に警戒するよう促している。
                              射命丸文
【花果子念報】
 香霖堂の店内で紙巻煙草を吸う店主(写真右)
 煙たがる客の前で天狗煙草を自慢げに服用している模様だ。この店主についてはその後、自らが煙で咳き込む姿が写し出された。

 縁日の屋台にて売り主が異物を取り除いている(写真左)
 客に出す埴輪クッキーの中に土で作られたものが混じっているとして、売り主がクレーム対応する様相を呈している。

 黄昏どきの博麗神社に続く参道にて撮影
 複数の妖怪相手に容赦ない弾幕を返す少女が写し出されている。この人間の少女については面識あるものが周りにいないため、おそらくは外来人だと思われる。
                              姫海棠はたて

   ※ ※ ※

 私と蓮子ふたり、正確にはモデルを含めた四人で知らない土地で食べ歩く。
 辺りは暗くなろうとしているが、実際は日が暮れる時間にはなっていない。
 私のスマートフォンの時間だと十三時を回った。
 え? 圏外? ここは大学のはずでは?
「そろそろ夜よね。どこかに月は出ていない?」
「え?」
「どこかに月は出ていないか聞いているの、蓮子。私のスマートフォンがいつからか圏外でね? そんなすぐズレないけど一応、聞いておきたいなぁって思って」
「ああ、時間ね。それをメリーから振られるなんて思いもしなかったから言い淀んじゃった……えぇーっと待ってて」
 月を見ただけで判断できるのは月齢および月相くらいだと思われる。
 方角や角度、月の出や月の入りを計算し、時間を割り出すのは難しい。
 でも、相棒の蓮子は見ただけで現在の時刻まで分かる。
 始めは計算高い女と茶化していたが、次第に正確な時刻を示され続けられると、少し引いた私がいた。
 ただ、はたから眺めるだけなら可愛い。口元についた焼き芋の欠片が彼女を幼く見せてくれる。
 やんちゃでガキ大将と称しても合点がいく。
 それはそれとして、その隣には蓮子と同じ顔をした……? 蓮子を模したモデルに違和感がある。
「ねぇ。今日は千九百年なの? 千九百年の十月三十一日午後六時だって。いかにもシミュレーションの中って感じ?」
「ああ、夢でも同じだったわね。能力が狂ったとしてもメタいことを言えない。とりあえず口元をきれいにしてから落ち着きたいわ」
 蓮子の下唇を摘まみ、指先で焼き芋を拭ってあげた。
 すると、彼女の口から可愛い声が漏れた。
 とても同じ女子大生とは思えない。
「すいませーん。ここがどこか案内してくれませんか?」
「はい? なんでしょう。すみませんが、ただいま取り込み……」
 そう。外見は違えども中身は今、私に話しかけてきた女の子のような?
 思わず女の子を足蹴にするところだった。
「そっちのお姉さん相手してくれる?」
「あ、誰か教授のお子さんとか? はぐれて会議室に入ってきちゃったかな」
 私たちに話しかけてきた女の子には蓮子が対応した。
 その子の服装が現代風に見える。さきほどの焼き芋屋を経営する人は意識してみれば古めかしい。
 シミュレーションだからと片づけてしまえば楽ではある。
 私たちは座りながらVR機器を操作しているはず。
 女の子は今、シミュレーションの中から話しかけてきた? それとも、リアルのほうから?
 理解に至るまでに何か強烈な歯止めが効いているせいで、確信までたどり着けないでいる。
「はぐれたには……はぐれたけど、ここって会議室?」
「たしかに今は会議室には見えないよね。私たちはVR機器をつけて検査してるの。だから、目を閉じて心で見たら見えてくるかもよ?」
 会議室を心で見ても仕方ないじゃない、蓮子。
 はぐれて会議室に入ってきたのなら一体、どこの子なの?
 ……一体どこの子なんて、経営する人と同じ疑問を持ってしまったわ。
「お姉さんの言う通りかもぉ。ここに来たときも心を、っていうか思い出を見てたから!」
「思い出かぁ。私も思い出が詰まった手記を眺めてたことあったね。『幻想郷では結局アナログが強い』とか書き殴ってあったのを思い出した」
 それ会話として成立してる?
 つい口を挟みたくなる。
「あたしは早く自分のスマホがほしい! あったら撮れてた写真あったんだけどー?」
「スマホ? そういえばメリーと同じで私も圏外なのよ。通信衛星と直接通信ができる時代になっても、圏外になるなんて不思議ぃ」
「あ、スマホ! いいなぁ。お姉さんいいなぁ?」
「いいでしょー? 少しくらいなら操作しててもいいよ? はいどうぞ」
「やった! スマホ~スマホォぅぉっほ~♪」
 はたから見ている限り、蓮子と女の子は相性がいい。
 どちらも先に体が動くタイプらしくジェスチャーに富んでいる。
 蓮子が増えたように感じた。ただそれなら、すでに隣にたくさん重なったものがある。
 だから? あれは思考の外に置きたい。
 今はモデルを見るだけでも心が揺らぐ。
 そうよ。モデルかどうか判別がつかないのなら、あれは現実的に何?
 ……考えても仕方ない。気楽に考えよう。
「女の子と辺りを散策してみない? どこまで行っても会議室から出ないだろうから、遠くまで連れても大丈夫なはずよ、蓮子」
「うん。何も気にしなくても大丈夫、大丈夫。なんなら次のお店、探しに行かない? あ、さっきの人に聞いてくるから。この子よろしく」
 よろしくされたことより早く、私のもとへと女の子が寄ってきて手を握ってきた。
 心温まる。
「貴方も焼き芋、食べない? お姉さんに丸々一本はキツくて」
「食べる! くださーいな!」
 乳歯が抜けた口の中を見せつつ、女の子が片手にスマートフォンを持ち、両手を広げた。
 それに私は応えたい。
 口つけていない部分が女の子に渡るよう焼き芋を千切り、新聞紙から取り出してあげた。
「ありがとーございます!」
「かわいいわねぇ。もし貴方がシミュレーションの一部だとしたら作り手は分かってるわ」
 思わずオバサンみたいな受け答えをしてしまった。
 自分に呆れてしまう。
 まだ私はオバサン構文する年齢ではない。
 うってかわって隣を伺えば可愛さの欠片もない、私の偽物がいる。可愛くなってはくれないかしら。
 途端に偽物が歪んだ。
 けれども、すぐに人の形へと戻った。
「ああっ! カメラ間に合わなかった。あちこち見ちゃったー」
「……ふふ、早速触ってるのね」
 女の子は女の子でスマートフォンに苦戦して表情を歪ませている。
 口振りからすれば何かを撮影したかったようだが、さきほどの歪んだ変なものを撮る趣味が、女の子にあるとは思えなかった。
「ねぇお姉さん、このカメラアプリの説明お願い~」
「そうね。ほとんどのアプリに触ったことがないとも想定できたわね」
 お願いされて給仕欲求があおられた。
 手取り足取りパーソナルエリアを侵してでも教えたくなる。
「わかったわ。お姉さんがお願いされましょう」
「ありがと。いいお返事で……おっとぉ?」
 女の子との距離をゼロにした。
 接近完了までの時間も、ほぼゼロだった。
 その際、金魚についてくるアレみたいなものが女の子に当たらないよう、尻目にかけた。
「失礼して近くで教えるわね? とりあえず手始めにしたいこと、口にしながら操作してみて?」
「マム、イエスマム。OK。動画を撮って」
 まずは初心者にありがちな行動と予測がバラバラなのを精査する。
 女の子の肩に手を回し、私は身体的な触れ合いを兼ねつつ、したいことと実際にスマートフォンで操作できることを寄せてあげた。
 これはセクハラではない。
 それから、女の子は思ったより飲み込みが早いようだった。
「そうそう。音声操作できるアプリを探せばあるだろうけどね」
「ありがとだからねー。よし、さっそく収めるか。収集撮れin!」
 こんなにも私と近いのだからツーショットを撮ると思いきや、やはりレンズの先は偽物のほうだった。
 一瞬、私から表情が消える感覚を味わわされたが、それを女の子に見せるわけにはいかない。
 大人しくシャッター音を聞き続けた。
 私は表情に影を落としていない。
「キレーに撮れてる。お姉さん見る? いろいろ収まってるよ」
「見せてくれるの? それじゃあ、お言葉に甘えまして拝見といきましょう」
 スマートフォンの画面に映し出されているものに対し、深く暗い感情はあふれなかった。むしろ何かの見間違いかと勘繰った。
「貴方が? これを?」
「私が今そのスマホで写したんだよ。お姉さん本人に間違いないって」
 まるで考えていたことに返された感覚があった。その急な返事に焦ることより先に、間違いなかったのならと今一度、スマートフォンの画面を確認した。
 被写体が誰かを無視すれば女の子の言う通り、きれいに映っていると受け取れた。
 自惚れてもいいなら……自分が美しい。
 完璧なメイクのあとに鏡を見たときの感覚だった。
 それより、写真一枚一枚ごとに被写体の服装、姿勢や角度に至るまで同じものがひとつもない。
 確か女の子は、その場で動かずカメラも動かさず、複数回撮ったのだと覚えている。
 奇妙な状況よ。

   ※ ※ ※

 ――宇佐見菫子の手帳。
【二月十五日】
 延長が決まった大節分祭にやってこれた。
 私は現地人じゃないから余裕ある金銭はない。屋台は見るだけ! 我慢しかなかった。
 突如決定しただけあって用意されてる豆が得体の知れないものだった。
 なかなかに面白いし、すごく楽しい見栄えだし? レイムっちはどこから、こんな豆を?
 とうもろこしみたいな豆にソラマメ? インゲン豆に……これ豆?
 聞いてみたら紫花豆らしい。どう見ても節分豆には見えなかった。
 さらにさらに? 『食べたら駄目』との説明書きがある豆まであった。やばやば。
 店の人は投げるだけで食べなければ大丈夫って笑ってて草。
 ついでに名前を教えてくれた。エゼールっていう名前の豆らしい。
 それと店の人がこっそり教えてくれたけど、大半の売ってる豆は未祈祷だって。神社とは一体。
 節分豆ってお守りと一緒で念力みたいなものじゃなかった? 
 まぁいいや。
 んなことより小さいころに来た記憶があって懐かしい。
 知らないお姉さんに誘われて後ろをついていってみれば、その先は空の中だった。
 そして、浮いてる私を見て驚かれたのを覚えてる。
 今思えば殺されかけたんだろうなぁって思った。私に超能力がなければ違ってた?
 それから……なんだっけ? つづきつづき~ぃい?
 ああ、寝坊した焼き芋屋さんに博麗神社のお祭りを勧められたんだった。
 え? 私がついていったお姉さんは? 思い出せそうで思い出せない。書けるのはこれくらい?
 そうだ。迎え犬とかの妖怪や悪魔と参道で遭遇して弾幕ごっこで遊んだんだ。
 んだんだ!
 みんな手加減してくれてたっけ。今の私が本気で挑んだときの感覚と、大して手応えが変わらない。
 勝ったご褒美に博麗神社で食べ物、買ってくれたんだよ。
 今でも変わらない優しい妖怪神社だったなぁ。

   ※ ※ ※

「そこまでいうなら間違いないのでしょう。もうちょっと見てもいい?」
「うん。紫お姉さん、どうぞ。私、焼き芋食べてるね?」
「人違い? 誰かと似てたのかな。私はメリーっていうの。さっきの子は……」
「メ、メリーさん! ……って冗談キツキツ。まず電話かけてこなきゃ」
「いや、そっちじゃなくてね? ん~、紫お姉さんでもいいわ。メリーだって本名じゃないし。ほらほら、食べて食べて?」
 シミュレーション上のことだから呼び名には拘らないけど、せめて羊のほうにならなかった?
 それはそうと女の子までシミュレーション側かどうかは、疑問に思わなくていいよね。
「うん! いただきまーす」
「召し上がって♪」
 女の子が口を大きくしてかぶりついた。見た目の可愛さに似合った仕草だわ。
 うんうん。
 そ、それより女の子が撮影したときに出た偽物からの何かが、私のスマートフォンに吸い込まれたことが気になる。まさかカメラとして魂を盗んだなんて言わないでしょ?
 できれば変なものを保存させないでほしい。
 ただ、それはそれとして連写することで偽物が消えるなら……。
 いいえ? ただの設定に、そこまでムキにならないでもいい。
 いつ尽きるか分からない偽物を延々と相手にするくらいなら並んで歩くほうがマシ。でも?
「あ、たぶん写らないかも? お姉さん」
「写らない? 吸血鬼か何か?」
 試しに一回、撮影してみた。だが、女の子に指摘された通りにはならなかった。
 写真は色彩が霞んだ人物を浮かび上がらせた。辛うじて人を撮ったかもしれないとは判断できた。
 よくあるホラー写真となっている。
「なんでなんで? 不思議。その謎を解明すべくアマゾンの奥地へと向かうのであ~る」
「いや、向かわないから」
 まるで蓮子を相手しているノリだけど、まだ当たりの強さには迷いがあるわ。
「あれ? 動画で撮ったの? 動いてるように見えるんだけど」
「いいえ? 確実に写真で収めたわ。もしそれが本当だとしたら私としては確実に想定外の出来事ね」
「あたしが念写で撮らないと、そうなっちゃうんだ? はにゃ?」
「……はにゃ?」
 女の子が可愛く首を傾げている。
 まさに地獄からの天国。思わず私まで同じことをしてしまったわ。
 しばらく女の子を目に焼きつけるのも悪くない。
「あたしが撮ったのは、すっごくきれいに写るから見てみてー?」
「何かコツがあるのかしらね。見せてもらうわ」
 またスマートフォンに視線を戻さなくてはならない。女の子の温もりで癒されよう。
 そういえば何か重要な部分を聞き逃したような?
 可愛さの前にして私の頭が、だいぶ緩くなった。
 ラクトンの香りが全盛期となる女の子に対し、こうやって生命の鼓動を肌で直に感じ取り、かつ私自身の目を閉じればより穏やかな心にさせてくれる。
 女の子を持ち帰りたい。思うだけなら問題ない。
 犯罪じゃないのよ?
「お姉さん撮ったよー? 見てたー?」
「はい。見てました。大変素晴らしい写真でございます」
「メリーお姉さん? 私も女の子とべたべたしてた姿を見てた」
「お、おかえり。早かったわね、蓮子。もしかして焼き芋の屋台がどこかに移動してたとか? 予想外のことって意外と起こるものよね」
「意外な感じだとは私も思うよ、メリーお姉さん」
「……メリーお姉さんです。先に抱きついて出迎えるのが正解だったかしら」
「思うなら行動すればいいのに。浮気現場じゃあるまいし……で? 私に抱きつかないの?」
「脳に熱が入りすぎるのでお戯れは。それに、子どもの目があるし、このへんで。よければ結果を教えてもらってもいい?」
 私は目のやり場に困っている。
 こんな空気の中、謎の笑顔を女の子が振り撒いてくる。今は手を出す場面ではない。
 ほっぺぷにぷにとか笑顔を突き合わせるとか。
 背中ではうずうずしている。
「メリーの気が済むまで私は見ている側でもいいし? 意思を尊重するよ」
「合わせているんだか合わせていないんだか」
 蓮子にお手上げの意味で、手のひらを上に向けてみせた。
 その手を女の子に触れられ、ぷにぷにした感触に一瞬、高揚した。
 重ね重ね、犯罪じゃないのよ。
 なんだなんだとうかがえば蓮子の手をも引き、どこかへ行こうと促してくる。
「誘い込もうとしてる? ふふっ、どこに連れていかれるか楽しみね」
「ああ、さっきの焼き芋屋さんに博麗神社をお勧めされたのよ。今日が縁日だから行ったらどうかって。女の子はどこか行きたがってるんでしょ? そうだよね? お姉さんたちと一緒に行く?」
 私としては女の子に促されるまま、どこか知らないところに誘い込まれるのも良かった。
「おしっ。あたしは、このままキャトられようぞ」
「それを言うならアブダクトでしょ? ただ、たしかに貴方は両手を引かれてるから、なくはないわね」
 ただのさらう行為が魅力的に思えた。
 分かってしまってはいけないが、ほんの少しなら人さらいの天狗や鬼に同調することができる。
「あーあー、あたしさらわれるぅ~」
「そうね。私とあっちのお姉さん、どっちに誘拐されたい?」
「いや、今日のメリー過去一、気持ち悪いけど大丈夫そう?」
「ふふ、気持ち悪いなんて言及すると余計、気持ち悪くなるわよ。ここはポジティブに考えましょ、蓮子」
「危ない集団にしか思えなくなるなぁ。私たち三姉妹でーすとかアピールする? しよっか」
「ちょっと待って。まだあたしがアブダクトする側ってのが選ばれてない。いつまでもされる側じゃない! あたしからしちゃうぞ~!」
 女の子が私たちの手を引きながらぴょんぴょん、あがいている。
 うってかわって進行具合は微妙で進んでいるんだか留まっているんだか判断つかなかった。
 しかし、それでは女の子が可哀想なので、蓮子と見合ったあとに連れていかれようと決めた。
「あたしには分かる。次、どこに向かえばいいか聞くのを、あたしが聞くかって話じゃない?」
「へぇ、そうだよ。もうすでに博麗神社へは、どう向かえばいいか分かってるんだ?」
「紫お姉さんって人に教えてもらったのかしらね。聞いて? 蓮子。私、紫お姉さんという人と見間違えになったの」
「……別のお姉さんなら分かるけど。そんなわけないよね」
「どう間違えた? 貴方の目がとんでもないものだって訴えてくるわ」
 私たちの会話の最中、女の子のアピールする姿があった。
 何やら自身の目を強調している。
「見て。小さい蓮子がいるの。目を見てほしいってことは視力が八程度はある、ってことかしらね」
「小さい私がマサイ族って思わぬカウンターだわ。でも案外、目薬がほしいだけかも?」
「イエス! アイアム、スーパーマサイ族! いぇあ!」
「いやいや、そこまで乗らなくてもいいのよ? とはいうものの目薬が必要? には見えないわよね」
 女の子がぴょんぴょんしてたからって私までマサイ族を肯定しても仕方ない。
「あたしは三千九百二十七キロメートル眼で見たって意味なんだよ。そゆこと~」
「なんだか逆に分かりにくくなってるパターンじゃない? とにかく遠くを見たって言いたいのね?」
「うんうん。行こ? あっちあっち」
「大変だわ。孫を持ったらこんなふうに、あたふたするのかしら」
「老けすぎでしょ、メリー。せめて娘にしてくれないと……気分上げていかないとね」
「若い子からエキスを吸う魔女の気持ちが分かるわ。ぜひ、この子から吸いましょう」
 そこで仮として孫の力を借りてみようと、女の子の背中に負ぶさってみた。
 小さい身体が愛らしく、ためらいを覚えるほど頼りにならない。
 女の子が踏ん張りながらも「うううっ」とうめく。
 さすがに女の子に、のし掛かるのをやめようと思ったそのとき、私自身に浮遊感が舞い込んできた。
「あたしが飛んでも同じ?」
「メ、メリーが浮いた? ただでさえ浮き勝ちなメリーが」
「蓮子? ちょ、ちょっと! おばあちゃんを背負おうとして動けなかったころの孫はどこ行ったの? 下ろして下ろして。私の心が準備できてないまま飛んでるわ。私飛べないから。ただ、シミュレーションだから貴方みたいに飛べるかもしれないけど! まずは一旦、落ち着いて地面に下りましょ?」
「なんだか早口。ごめんね。お姉さん、ごめんね」
「あっはっはっ。また老けてるんだから、メリーは。友人を介護とかイヤだからねー。いつまでも元気でいてねーって、これ老人に向ける言葉かもだけど」
「一言二言多いわよ、蓮子。私が飛べたら星のひとつでもしてあげようかしら」
「一緒に星になる? あの星座は秘封俱楽部っていうのよ、って誰かに言われたいねぇ」
「はぁ、呆れた」
 とにかくいきなり飛ぶなんて、とんでもなかった。
 シミュレーションかリアルか曖昧な今の状況では、軽い気持ちで高い場所にいられない。
「あのねー。ちょっと前に会ったお姉さんは飛んでたんだ」
「ああ、私と別の人とを見間違えたって話?」
「そのお姉さんも私が飛んだら驚いてた。もしかしたらやっぱり同じかも~って思ったんだけどなぁ」
「ふふっ、私が巻き込まれたのだけは分かったわ」

   ※ ※ ※

 ――空中から下ろされながらも、ぼんやりと考える。
【私たちの認識の境界】
 隣に視線を向ければ飛んでいる私の偽物がいる。
 爪先が下に向けているその姿は、まさに飛ぶ能力がある世界線の私のよう。
 私は自分より優れた自分がいてもそれで結構。それぞれがそれぞれの生命の行くままに。まぁ偽物改めモデルが独立した形で生きているならに限る。
 蓮子のほうは、どうかしら。今の蓮子より優れた蓮子なんて時間をきっちり守る姿しか思いつかない。
 そうね。どちらにしろ生命が宿った状態の蓮子が、私の隣にいてくれるならいいわね。
 女の子に関しては……モデルが用意されているわけない。検査志願の応募は大学内に限定だったから。まさか飛び級? この子は現実的に優れていると?
 いいえ。正式に参加したならモデルが用意されたはずで女の子は親から……はぐれたと。
 子どもをあやすためにVR機器を提供するかしら。それに、飛び入り参加なら膨大な数のモデルをいきなり準備では無理がある。確か女の子は、ここがどこか聞いてきたわ。
 空を飛ぶことを鑑みれば、普通にシミュレーションの一部だと結論づけられる。
 焼き芋といい女の子といい、本当よくできたシミュレーションね。
{聞こえますか? 今あたしが心の中に話しかけてます。シミュレーションのこと、よく分かんないけど。あたしは本物だよ?}
 貴方が女の子じゃなければ引っぱたいたわ?
 心に直接だなんて丸裸の状態で会話しているようなものだから。
{お姉さん裸で家の中うろうろするタイプ? エッッッだね}
 少し待ってね? お姉さんは頭で考えたことのいくつかを差っ引いて話すから。
 貴方は考えていることすべて私に伝えてくる? でなければ不公平よ?
{はーい。じゃあ、テキトーに話しておくね? お姉さんは気にしないで考えてて。うーんっと。紫お姉さんと別れたあと建物の周りをうろうろして? 突撃お宅訪問とか思ってたらどの家も呼び鈴なくて? ぴんぽーんぴんぽーんって口で言っても誰も出なくてぇ。そしたらお姉さんたちを見つけたぁ。どっちか行き先を教えてくれないかなーって頭の中を見てみたら、帽子を被ったお姉さんが『何か重大なファクターとかシミュレーションの中で見つけられない?』とか?}
 頭の中。滝……ね。
{『ちょっと変なことしても検査中だと思ってくれれば。私は会議室の机とかで怪我しなければいいのよ』とか? あと『私の能力が変化する切っ掛け……メリーだけ先に行かせない』とか頭の中で吹き出てて、あたしまで頭の中こんがらがっちゃった。会議室? 検査中? シミュレーション? って何って。それで、お姉さんの返事まとまった?}
 残念だけど貴方の声の中だと、うまく考えがまとまらなかったわ。
 とんでもない話が通りすぎた気もするし。この際、軽い相づちだけでいいかしら。
 まだ貴方が心のやりとりを続けたいならね?
{あたしから話してみたら分かったことがあったんだ。それだけでも収穫だね。へへんっ}
 うん。何が分かったか教えてくれる?
{お姉さんが心を読んでくれないと説明が大変だ! ってーねぇ}
 そうよ? だから、お姉さんも実際に会話するまでは待ってほしいわけね?
 もう頭の中がゴミ屋敷状態よ。
 貴方との会話は疲れ……あ。カロリーを多く使うっていうか。
{ごめんね? あたしができるのはヒーリングくらい。癒されろ~}
 あ……あっ。頭の中……波打って。何? なんなの?
 全身じゃない。皮膚じゃなんだわ。体の芯がくすぐったい!
 こんなの初めて! これが検査? 私だけの経験じゃダメ。相棒にも……れ、れ。
 ああ、油断したら最後、腕の力が入らなくて落ちちゃう。
{へっへ~。隣のお姉さんたちも喜んでる~}
 隣? 頭の中では、モデルは稼働しているとは分かっていた。モデルまで同じ反応をしていたら本来の反応に影響するからと真顔で身振り手振りすらせず、今も隣で浮きながらも存在している。
 だからとはいえ、さんざん軽視してきた対象に、急には感情移入はできない。
{キレーとキレーなのに目を反らすなんてフクザツゥ}
 今の私の浮ついた気持ちで見てしまっては、本当にモデルを生きた対象として捉えてしまう。
 私の目は境界を見るだけだったが、最近は捉えどころが曖昧になっている。
 メデューサなどのように見たら石化とまではいかないが、何がしかの影響あると考えられてきた。
{あるある。あたしもやっちゃったってのが。うんうん! っていうか、あたしにもできないかな。見たら丸々。大人っぽく見たら誘惑がいいかしらっつって。あ、これって大喜利の流れってこと?}
 いえいえ。変な影響力を持つと、あとが大変よ? ギフテッドよ、ギフテッド。
 せめて見たらお菓子になる程度に……ないわね。見た目が可愛いだけだわ。
{お菓子にして食べちゃうぞーってね? こわーい。だとしたら、キレー同士もムズカシーってこと? とりあえずお姉さんたちが動かないのは、まだ中がぐちゃぐちゃだからだね。イメージは星の誕生?}
 やめて? 私は何人もいらないわ。軽い気持ちでの検査が大火傷よ。
{帽子かぶったほうのお姉さんは大丈夫そ?}
 蓮子は……そう。蓮子は可愛い。
{ズコーッ!}
 と、とにかく大地に立てるのは、いつかしら。一旦、貴方とは離れて普通に会話しましょう。
{今ねー、その蓮子ってお姉さんがあたしの足を手に取って、風船で遊ぶみたいにして歩いてる}
 いつまでも下りられないはずだわ。
 いっそのこと、このまま背中で寝ちゃう?
{蓮子お姉さんの上に舞い降りまーす。ご注意ください。ご注意ください}
 ちょっと?

   ※ ※ ※

「ぶっ! 私は首でメリーを支えられないから! ツボより軽くなって、メリー!」
「そんな無茶なダイエット勧めたらダメよ、蓮子。まだお尻で座ってるだけじゃない。大丈夫よ」
「肩車のつもりだったぁ。頭に乗せちゃった。あたし誰か来たから話してみてくるねー」
「あ、えっと。お、女の子~……落ちる! 蓮子がんばって? 頭上にツボを乗せるみたいに」
 わりと大丈夫なのかしら。こっちは蓮子の頭が刺さってくるから早めに下りたいのに。
 けれども、私を頭に乗せたまま歩くなんて無謀ね。スカートで視界が遮られているはずだから。
 あの女の子、確かに遠くにいる誰かを目指して……浮きながら近づいていっている?
「普通に考えて空を飛ぶ女の子が近づいてきたら、ホラーなんじゃないかって思われないかしら」
「普通に考えてそろそろ私に限界が来るって思わない? 思って!」
「あら、蓮子。ごめんあそばせ? でも、さっき私みたいな風船で遊んで楽しんでたから、もうちょっとがんばってくださらない?」
「OK、メリー。今すぐ空飛べるようチャレンジして! がんばれがんばれ。やればできる。世界が空気を読んで、そこはかとなくできる!」
 熱いんだか冷めてるんだか。
 単純に飛べばいいんだけど、履いているのがパンプスだから着地に不安がある。
 その上、地面が荒いほうへと変わっていた。
 辺りの景色から、焼き芋屋から数百メートルほど移動したとは分かる。あ、無理。お尻痛い。
「ここどこ? 蓮子。博麗神社って近くにない感じ?」
「いいから早く! ジャンプして! ジャンプ!」
「痛い痛い。下から突き上げないで。ったく蓮子ったら堅いんだから」
「早くしてくれないと次は容赦なく下から突き上げるよ?」
「優しくしてちょうだい? ……蓮子」
 こうなれば足に衝撃が来ると分かっていても飛び降りるほかない。
 でも、多少なりとも無茶をすれば肩車に移行できるんじゃないかしら。
「た、食べられる!」
「誰か叫んだ? っていうかメリー! まったく見えないし、首回せない!」
 えっ? 何?
 向こうで誰かと会話していたはずの女の子から、穏やかでない叫び声を聞いた。
 のん気に身構えていたから心臓が跳ね上がった。
 一方で、私が蓮子の頭から落ちそうで、とても穏やかじゃない!
 もうすでに後頭部から落ちてる!
 なぜか左右から紫色の空間が広がった。その中で複数の目玉が浮いているのを見た。
 立て続けに私の背中が反動を覚えた。誰かに抱えられている。すでに紫色の空間は抜け、さきほどの空が目に映る。
 誰が私を? その私を抱えてくれた人物の顔を見ても、答えが明確にならない。
 いくつかある私のモデルのうち、一体が動き出したと見なしていい?
 私の頭には、たくさんの疑問が浮かんでいる。
「あ、ありがとうと応えていいのかしら?」
「どういたしまして。もしかしてあの子を助けようとしてバランスを崩した?」
「以心伝心とはいかない? 私を模したとしても別人よね。いえ、中身が大きくズレたとも……あの子! 女の子は?」
「相手は妖怪。おふたりとも助けに行こうとしてるけど、返って事態が悪化するわ」
 妖怪? 急にファンタジーじゃない? いかにもなシミュレーションよね。
 それでも、例えばの話。女の子もシミュレーションの登場人物で、この場で妖怪にやられたとする。
 シナリオだとしてもリアルと同じく嫌悪感を抱く。これは梅干しを見るのと同じ生理的なこと。
 あの女の子を作りものと仮定しても、私は行動を変えることはない。ならば、連鎖的に私のモデルへの対応も、改めなければならない。
 ただし、優遇するとはいえない。自己嫌悪が差し込んできてしまう。
 その上で私は私に優しく接するだろう。
「応援くらいなら大丈夫でしょ? 起こしてもらえる?」
「ええ、足から立ってね。地面はどこか分かる? 空飛んでると地面の認識がたまになくなるから」
「ね、全員で四人だよ? 助けに行かない? ねぇメリー、応援じゃなくってさ」
「お連れの子……元気ね。ただ、さっきも言ったように返って事態が」
「護身用アイテムならあるよ? あのトリフネ以来、準備することにしたんだから」
 トリフネのことは私にしか分からないから、蓮子。
 あれ? 隣の人も私だから?
 何? この感覚。まるで他人を相手にしているような。いや、所詮は私の近似値だから飽くまでも他人行儀がいいのかしら。
 か、鏡を持って違いがないか隅々まで探してみたい。
「だからこそよ。蓮子さんだったわね? 護身が過激になる分には、何も言わない。でも、それで戦えるなんて思うのは危険よ。戦闘とは攻撃し合うことであり、消耗し合うことなの。ダメージを負いに行くのは護身ではないわ」
「ええぇぇぇぅおおぉう。分かった……れ、蓮子さん?」
「ふふ、そりゃあ初対面だから敬称くらいつけるわ。ついでに勘違いをもうひとつ訂正しましょう。あの子が叫んだ、食べられるというのはビックリしただけ。不用意に妖怪の心を読んだから当然ね。なぜ妖怪になったかを考えてって注意したのに……あの子ったら」
「え? いつ話し」
「はい! ドォォォォォーンッ!!!」
 女の子が叫んだのと同時、轟音が続いた。それが身がすくむほどの雷鳴で、まったくもって私には状況が飲み込めない。
 うん? 私はどこから訂正したほうがいい?
「手加減を知らないって恐ろしいわ。切々と弾幕のイロハを教えていた相手が気の毒ね」
「お、応援ならいいのよね? その……えぇっと」
「逆にやりすぎないよう注意したいところだけど。参戦の可能性を考慮すれば応援してもらうほうがいいわね。失礼して私が先行するわ」
 納得するしかなかった。
 蓮子のほうを伺えば彼女の口が開いている。
「こらー! スミレっち! まずは能力の制御を優先しなさい! 暴走して自分まで怪我するわよ!」
「ごめん無理ー! 未来を見れば見るほど、あたし熱くなっちゃう!」
「はぁ、とんでもないほど直線的攻撃じゃない。もっと相手と自分を見て優雅に」
「応援でした? 私たちは普通にしていいんですよね?」
 対応に困る相手の出方をうかがってみた。突き放すようで悪いが、この私たちが小動物みたく振る舞う状況下では、ここまでの配慮が最適だと思えた。
 相手は微笑み返してくれた。
 私のほうは反射的に苦笑いを返した。
 とりあえずは相棒に気を配り、口を閉じてあげた。
 へぅっと蓮子が鳴く。
「ごめんなさい。舌は大丈夫? 蓮子」
「何か言いたかったのに全部飛んじゃった。もうシミュレーションっていうか冒険って感じ」
「そう。シミュレーションよね……ぼ、冒険? 呆れるほどノリがいいのね」
「だって、こうなった原因が自分にあるんじゃないかって思えるから」
「奇遇ね。私もやっちゃったって思って……ふーん? 何か原因を作った自覚があるの?」
「そういうメリーも、やっちゃったって? 境目を見るだけじゃ満足できなくて?」
 蓮子の意見に否定も肯定もできない。『やっちゃった』の意味合いが私と蓮子では違ってくる。
 私の場合は日ごろから比較論文を書く習慣があるため、言葉の羅列が多い。
 蓮子の場合は日ごろから筋を通す傾向にあり、話に一定の信憑性がある。
 ここは私が意見を引っ込めてみる場面?
「何もしてないと思うわ。やったと明確に言えないの。お分かりで?」
「奇遇だよね。私もはっきり言えない。まぁ詮ないことをつらつらと並べてもエンドレスだし、女の子の応援する? うちの大学にチアダンスサークルあるでしょ? あのマネしてみよっか。ね、メリー」
 応援の対象になる女の子は目視する限り、誰かと空に浮かびつつ連星っぽく振る舞っている。ふたつの惑星の周りを飛ぶチリが何か気にはなるが、少なくとも私たちが飛び込める領域ではない。
「チアダンスって、よく知らないのよ。曲を流すのが分かる程度? フィギュアスケートとか……名前が出てこない……あれね」
「あー、あれね? あれあれ。メリーが何を言いたいのか分からないのに、分かった気がする」
「理解が無茶苦茶。逆に冷静になったじゃない。スミレちゃん! 状況は理解してないけどね、お姉さんたち応援してるわよー!」
「雑ぅ? メリーにしては大雑把じゃない。野次馬レベルかも」
 蓮子のことは差し置いて、軽く状況をまとめると?
 妖怪に食べられそうになった女の子が反撃に出て、その妖怪とは今、遊んでいるように見える。
 私の複数あるモデルのうち、ひとつが自発的に動き、なぜか女の子と知り合いみたいな立ち居振る舞いを見せてきた。
 このシミュレーションいつまで続く?
 差し当たって状況が一枚岩じゃないのが明確です。
「むしろ誰もが分かる状況として総括するのが悪手で、今は大雑把でいいわ」
「あはは。私も手持ち無沙汰だし、とりあえずテキトーに応援しようかな。女の子は危険じゃなそうだし。見様によっては女の子が相手を泣かしてまであるんだわ。どなたが分からない人もがんばってー!」
「チアダンスは、どうしたの。してくれたら、あのふたりをそっちのけでガン見するから」
「ガン見するからじゃないのよ。私が先行するからメリーも踊って。軽く、軽くだから」
 分かったわ、蓮子。ここは貴方をカメラで連写しながら踊りをマネしましょう。
「良からぬほうに決意してない? 大丈夫そ?」
「このときまで想いが伝わるのね。それで満足するからお手本お願いね」
 蓮子が首を傾げ、「なっ……とくしづらい」と漏らした。
 それから、どこでも見られそうな身振り手振りで「ほいほい。がんばれ、ほいほいほーい」って何それ。
 動画がいい?
 でも、手振れが心配だわ。
「こっちにスマホが向けられてるのは、なぜなんでしょうかねぇ、メリーさん」
「反応早くない? 私のこと気になりすぎて仕方ないんだ。そ……」
 蓮子から強引に肩を組まされ、私のスマートフォンの背面が、女の子のほうへと向けられた。
 私自身を首根っこをつかまれた子猫だと思えた。
 今の状況、一緒にスマートフォンを持って画面をのぞき込むの、気分は社交ダンスかしら。もしかしてケーキ入刀を意味するってこと? いいえ、ちょっと調子に乗ってるわ。こんなこと口にできない。
「自分でやっておいてだけど応援しづらくなった」
「気にしたら負けよ。それで、蓮子ならインカメラとアウトカメラ、どっちを選ぶ?」
「どっちも。それ専用のアプリを起動するね」
「どっちを選ぶか迷うのを想定してた。着地点、失っちゃった」
 顔から火が出そう……おっと。実際に火が出そうな状況? 冷静になりましょう。
 とどのつまり、私の発想自体が冷静じゃないとは思える。
 それはさておきスマートフォンの画面、ファインダーに向こう側と私たちが分割で映されている。
 今……私、シャッター音を耳にした?
「メリーの気まずい顔ゲット」
「シャッター音がしたと思えば蓮子? 私、何か悪いことした?」
「した? してない? ほら、スミレちゃんのほうが花火みたいでそれっぽく一緒に写ってる。メリーが悪いことした自覚があるかどうかを、私の胸に手を当てて確認したら?」
「何そのハニートラップ。そんな見え透いたものに私が」
 釣られるまえに深呼吸しましょう。すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……。
「はい、二枚目~。メリーのキス顔♪」
「蓮子ー? さすがに次は私に撮らせなさい。もちろん変顔してくれるんでしょ?」
「直球だなぁ。相手と自分をよく見て撮ってね? ってね」
「そこで、そのセリフ? ズルい。卑怯。早く変顔。早く……え?」
 状況に異変が起こったと捉えたとき、自然と私は目を見張った。
 相手の体が別人かと思えるほど大きくなっていた。はぁ。スマートフォンでも見やすくなったねと感心している場合ではない。
 欲をいえば、もう少し大きくなると相手の身振り手振りが、こちらからでも識別できるようになる。
「敵キャラが大きくなるのが子ども向けで定番といっても、シミュレーションだからで済ませていい話? どう思う? 蓮子」
「定番ならスミレちゃんも強化する流れだね。変身にロボット。女の子向けなら魔法少女に変身する?」
「そうそう。スミレちゃんは今でも十分って感じなのに、さらに強化しちゃおう、って違うわよ!」
「変身じゃ定番すぎる? じゃあ、相手を変えるネタ? あ、今がまさに」
 今がまさに、ではない。そうツッコミしたかった。情けないことに納得してしまった。
 そもそもネタのほうではなく、シミュレーションに対する認識の是非を問うたはずだった。
「メリー、何か不満? できれば考えてることを言ってほしいなぁ」
「不満なんてないわ。いじけても……ないわ? とくに何も?」
 本当に何もない? 自分が疑わしくなってきた。
「逆に聞くわ、蓮子。客観的に私に何かある? あったら教えて?」
「何かあると聞かれたら? 心当たりしかない、この気持ち。もとの能力然りだし、夢への出入りも然りだし? ここは私の勘を利かせる。スマホのアプリを疑うの。ここをこうして、アプリの動作が影響したのならね。二本指を使って拡大してみたら……デカすぎない?」
 その返し、どういった解釈が適切かしら。
「パズルゲームをしましょう。ピースは私こと(マエリベリーの能力)(蓮子の能力)(スミレちゃんの能力)(相手の妖怪)(複数ある私たちのモデル)(動き出した一体のモデル)(VRシミュレーション)(シミュレーション側の存在)(現実側の存在)(シミュレーションに使われている空間と時間)。ひとまずこれらのピースを正しくつなぎ合わせ、状況把握に至りましょう」
「そんな仰々しい状況? まぁ気軽に~って言ってられなくない?」
 さきほど蓮子がアプリ操作で大きくした表示画面と連動し、相手の妖怪が大きくなった。
 ただし、スミレちゃんの大きさが、そのままだったことが解せない。
「はっきりしているのは私たちの行動は変わらないこと。さぁ、パズルを解いて?」
「のん気で助かるよ、メリー。えぇーっと何々? ……ピース何あった?」
「そうね。忘れるわよね。蓮子はアプリにメモ帳みたいなの入れてない?」
「……あ、えぇっと。私のはスミレちゃんに渡したままだわ。あんなに激しいと無事じゃなさそう」
 パッと見、スミレちゃんは体格差が数倍はある相手と終始、変わらず遊んでいる。
 そこで、よく目を凝らしてみれば、その手に蓮子のスマートフォンを握っているさまを確認できた。
「よっぽど気に入ったみたい。ちなみに子どもに悪影響あるようなものは入れてないよね?」
「何を想像してるのよ。お互いにスマホはリモートでつなげたりペアリングしたりしたし、中身駄々漏れだから。それに、変なの入れてたのはメリーでしょ。ファインダーで捉えたのを大きくしちゃうなんて。まさか改造しちゃう系アプリだった?」
「蓮子? 貴方が私のスマートフォンにインストールしてるアプリの中で、使ったことあるアプリだから使おうって言ってきたんじゃない?」
「う、うん。そういうアプリじゃなかったはず……あえ? 何が起こってるの?」
「私が聞きたいわ。きっと今までに兆しがあったかもしれない。私たちが順応しすぎたせいで見逃したのかもね。常識と非常識の境界に鈍感なのよ」
「忙しいの逆ぅ。のん気すぎて分かってないオチぃ」
 もはや肝心の正解がないことばかり。
 私は落ち着いている。蓮子の言う通り、のん気。
 今でも視界内で蓮子のスマートフォンを使うスミレちゃんが眺められる。
 そういえば私のスマートフォンに限ったことじゃない。
 起因はどこかしら。
 まさか、ふたりして『やっちゃったかも』と察したことに隠されてる?
「ところで、いつまで密着していたい? メリー」
「貴方が聞く? 蓮子から寄ってきて私を抱いたんでしょう?」
「やめどきが分からなくて。先に離したほうが冷たいって感じじゃない?」
「むしろあっちもこっちも熱狂的。少しくらい水を差しても構わないわ」
「水を差すのは待ってくれる? もうしばらくおふたりとも抱き合って。あの子たちを連れてくるわ」
「え?」
 私自身の疑問か、蓮子の疑問の声か。この際どちらでもいい。
 あれに話しかけられた。
 なんと呼べばいいか判断に迷う。私だからと『YO! YO! YO! 私ー!』と返すのもなんだか。
「聞いた? 抱き合ってだって。どうする?」
「だから、なんで私に聞くのよ、蓮子は。どうするもこうするもYESでしょ」
「あ、うんうん。そうだね。聞くだけ野暮だった」
「一応注釈すると警告的な意味合いを感じただけ。素直に従ってみただけだから。ねぇ聞いてる?」
「何か集団が見えてきた。あれ。たしか今の設定上は今日、十月三十一日のハロウィンだね」
「冗談? 今は千九百年って言わなかった? 世界観が合わなくない?」
「ここは京都だし、なまじ百鬼夜行でも解釈が通るかも」
「シミュレーション上は違うでしょ。ただの祭り好きに見える。博麗神社での縁日が目的よ」
「この年の幻想郷は第十五季だった。大結界が完全な物へと仕上がった年。とにかくなんでもかんでも、我先に試してみよう、やってみようと毎日お祭りだった。ああ、少し貴方の携帯電話を貸してくださる?」
 おそらくは何らかを解説してくれた。
 ただ、あれからの言葉の群れは、どっちつかずの宙ぶらりんで終わらせてしまった。
 私はできることだけをする。
「ええ、どうぞ」
「ありがとう。うん……貴方たちが操作したアプリのままね」
 私が私にスマートフォンを貸した――あれ、元は私で合ってる?
 自分に見られて恥ずかしいものはない、と考えた。
 そうでもない。若気の至りは例外で自分に見られるのは構わないが、見られるかもしれないという意識だけで恥ずかしい。
「そろそろ離れる? 一応は人の目があるし」
「まだ離れないで。別の恥ずかしさがあるから」
 相棒の胸を借りつつ成り行きに任せる。
 すぐ近くでは、あれが私のスマートフォンと格闘していた。
 仕草的には初めて触る人の行動と分析できる。私なのに? まったくの別人?
「質問してもらえたら分かる範囲であれば答えますよ」
「お心遣い痛み入ります。早速で申し訳ないですが、このアイコンについて軽く解説いただけます?」
 率先して蓮子がサポートに回った。
 私が気を回す前のことだった。私も秘封俱楽部というサークルに所属する以上、福祉には興味があるが、行動力が服を着た相棒には敵わない。
「ああ、メリー。こちらのかた、初対面で合ってた?」
「改めてご挨拶させていただきます。紫お姉さんって呼んでね? ゆかりさんでもユカリっちでもいいわ」
「イッツ、アメイジング! フランクで有り難いです。私、蓮子。こっちは引っ込み思案のメリー」
「どうも初めまして。というか蓮子? なんで私だけ余計なのを? あ、こちらは猪突猛進の蓮子です。大抵の計画の尻拭いは私となっております」
「おお? 盛ったね? プラス方面ならツッコミ上手を全面に推そうよ」
「ありがとう、蓮子。私は貴方にお節介を推してあげる」
「はい、聞き捨てならない。イタチごっこを始めるつもりだね。乗算的に増やす?」
「ごめんあそばせ? 私は紫お姉さんのサポートを優先するの」
 私から蓮子に、バチバチに火花を飛ばしたら蓮子から離れてしまった。
 いつものことながら、いつものこと。そう。安心の日常ね。
「メリーのことは差し置いて。よろしければ私が解説しますよ」
「ここは張り合いません。紫お姉さんの意向を優先的に尊重しましょう。どうぞ、お好きなほうで」
 蓮子と目が合った。
 正直、相棒に釣られて行ったことなので、どちらが選ばれてもいい。
 したがって、サポートを放棄するような真似はしない。
 とはいっても蓮子? 貴方、別の意味で私を見返してない? 気のせい?
「では、蓮子さんにお願いするわ。あの妖怪の子を大きくしたときの、操作をもう一度お見せできます?」
「操作ですか。私の場合は人差し指と親指で画面に触れて、両サイドを外側にスライドさせますね」
 重ね重ね、選ばれたのはどちらでもいい。
 翻って近くから眺めているだけなので、客観的に考えられて助かる。
 蓮子の説明通りに相手が同じ動作を行った。結果は違った。普通に考えてスマートフォンの操作により、遠方の対象を操作する話は荒唐無稽だ。
「え? そのスマホこちらに渡してくれます?」
「はい、どうぞ。操作自体は間違っていないのに不思議ねぇ」
 不思議と口で言ったわりに紫お姉さんと名乗る相手は困った表情をしていない。
 蓮子のほうが困っているのが明確だった。可愛い。
 断然、可愛い。
 蓮子は受け取ったスマートフォンで同じ動作をして妖怪を、さらに大きくした。
 ぽっかり開けた口も可愛いわ、蓮子。また口の中に指を突っ込んであげようかしら。
 今度は困った表情をこちらに向けてきた。ドキッとさせるじゃない?
「内側へのスライドを試してみません? 蓮子さん」
「あ、はい……縮んだ! メリー、縮んだ!」
 蓮子には微笑んで手を振って返してあげた。
 ああ、私は貴方のママではない。けれども、こっちに振り向いてくれた所作には好感が持てる。
「こ、今度はメリーが操作してみて!」
「ん? 何? 蓮子を産む方法?」
「は? 私メリーの何かに触れて変にさせてしまった? やめて怖いんだけど」
「な! なんでもない! 貸して! っていうか私のだわ! 返してもらうわね!」
 油断して口からとんでもないものを垂れ流してしまった。
 動揺しすぎて何に視線を向けていいか定まらない。
 とにかく蓮子に頼られたことをこなせばいい。
 私は返されたスマートフォンの背面を妖怪に向け、人差し指と中指を画面の上でスライドさせた。
 蓮子が起こした反応は外側でも内側でも、紫お姉さんに続いて私にも起こせなかった。
 その代わり、私の場合では妖怪が放っている何かを操作したと見受けられた。
 検査が始まって今までにスマートフォンを操作した人物は四人いる。
 四人のうち三人がそれぞれの効果を出した。スミレちゃんが操作するスマートフォンは蓮子のだから、特定のスマートフォンに限ったものとは推測し難い。
 むしろ何も効果が出なかった……紫お姉さん? に何かあるとでも?
「何か聞きたくて、こっちをジッと見つめてるの? 熱い視線ね。今のうちは無意識でもあまり人のことを見つめたら厄介なことになるかもしれないわよ? メリーさんも携帯電話を通して貴方たちのあふれる力が及んだのを、目の当たりにしたでしょう?」
「私は外的要因があると解釈していますが」
 私の疑問に対する答えを剛速球で返された気がした。とても心臓に悪い。
「そちらは私たちに起因するものがあると……?」
「本当に引っ込み思案なのね。このことはスミレっちにも言ったけど、自身の能力に対する制御力を確かなものにしたほうが貴方たちのためよ。不用意に周りを傷つけないというオマケつき。がんばってね? 私は見守っているわ」
 言いたいことを言われた挙句、どこかへと消え去られた。
 あの紫お姉さんという人は空間を裂き、ところどころに目玉が浮く紫色の空間をのぞかせ、その中へと入っていった。つまりはそれで私が助けられていたと察せた。
 憎めない人だわ。
 ん? あの人は私のモデルではない。ということよね? どう考えても他人。
 今のモデルたちの様子は、どうなっているのかし……。
 気になったので見てみたらモデルと目が合った。つい反射的に目を反らしてしまった。
 背筋が寒々しい。
 以前から私自身の能力には不透明さが増していると感じていた。いずれ対処すべきことが今に迫ったということかもしれない。
「メリー? 私、見てる?」
「ああ、目の保養ってことね? ありがとう。やはり見るべきものは相棒だと」
「う、うん。まぁ元気で何より。スミレちゃんのほうは、どうかな?」
「どうかなといっても。そういえば、あれ以来ずっと? 私たち三十分近く話していたわね」
 あの子、運動部? 安易かしら。球技系の?
「スミレちゃーん! そろそろ休憩、挟まない?」
「うん! この辺で! シメる!」
 元気を絵に描いたような子ね。
 動きも宣言通りに締めにかかっていて……スミレちゃんは手首に何か巻いてる?
 相手の妖怪に向かって黒い球体がいくつも飛び出したあと、叫び声が聞こえた。
 よく見ればスミレちゃんの後ろから、さきほどの紫お姉さんが抱きついていた。
「もしかしなくてもストップをかけられた?」
「最初の爆音から想像すれば、とんでもないことしそうだった。想像だけど」
 状況が穏やかになった。
 スミレちゃんの手首から出ていた虹色のオーラが今では見受けられない。
 黒い球体もスミレちゃんの元へと戻ったらしい。
 相手は蓮子に散々大きくさせられたわりに、膝から崩れ落ちたのがうかがえた。
「蓮子? スマートフォン渡すから戻せるなら戻してあげて」
「ん? ああ、そっかそっか。できたらいいなぁ。でっきるっかなぁ」
 拡大縮小どちらもできたでしょう?
 今さらながらスマートフォン操作での可能な域を越えていることにツッコミを入れたい。
 スミレちゃんや紫お姉さんの人外染みた能力然り。相手が妖怪であることも……妖怪?
 ツッコミはノルマじゃないのよ? 冗談キツい。
 あ、きっとそういう類のシミュレーションね! ツッコミどころ満載!
「大丈夫? メリー。元の大きさに戻せたよ。スミレちゃん、こっちに走ってきてる」
「ええ。こういうのツッコミ疲れって言う? どう見ても私に突進してきて」
「はい! ドォォォォォーン!」
「メリー! 大丈夫? なんだか見てる分には面白いけど、とにかく大丈夫だったら返事して!」
 視界も頭も真っ白になった。
 それは飽くまでも気分の問題であり、今がシミュレーションの中だと再確認できた。
 しかしながら? それはそれで? 蓮子以外が不確かなものに見えて物寂しい気もする。
「大袈裟よ、蓮子。スミレちゃんお疲れ様。楽しめた?」
「うむ! ルールとか教えてくれて、すぐに遊んでってお願いされた。あたしも夢中になれたし? でも、紫お姉さんにやりすぎだーって抱きつかれて耳なめられて。うひーって」
 やりすぎなのは紫お姉さん、貴方のほうでは?
 その問題の紫お姉さんに視線を移してみたが、相手の妖怪ともども、どこかへと消えていた。
 とくに憂慮する点はない。
 スミレちゃんが抱きついてきた衝撃が大きく、それ以外の大抵は細かいことと据え置いた。
「驚いちゃった? 私と蓮子の仲ならまだしも、スミレちゃんは紫お姉さんとは日が浅いのよね?」
「今日知り合った! いっぱい楽しいこと教えてもらった~」
「メリー? ちょっと隙間に何かセリフ挟まなかった?」
「歯の隙間? 焼き芋? ああん、楽しいこと教えてもらったのね。良かったねぇ、スミレちゃん」
 まだ暖かい焼き芋が私の手に残っている。
 すでに蓮子は食べ終え、残った新聞紙をきれいに折り畳み、手にしていた。
「あ、蓮こぉねーさん? スマホありがとだからねー。楽しかったー!」
「どういたしまして。丁寧に扱ってくれたね。なんていうか派手だった」
 スミレちゃんが首を傾げ、まざまざと疑問を顔に出した。
「あたしじゃないよ? 相手してくれた……なんだっけ。鬼の子を大きくしたの、あたしじゃない」
「ああ、大きくしたり小さくしたりしたのは私なんだ。私の相棒、メリーのスマホでやっちゃったんだ。びっくりさせてたらごめんね。それとは別に私ので何か発現させてなかった?」
「あれ、蓮こぉねーさんだったんだ。大丈夫。あたしパワーストーン持ってたし、スマホも使いこなせたのだ。それと、いつもよりパワーストーンが頼もしかったのだよ」
「へぇ! パワーストーンがねぇ。どんなの持ってる? 見せて見せて」
 見せて見せてじゃあないのよ。スマートフォンと同じでしょ? それぞれの大元からの延長線だから。見せてもらったところで、じゃない?
 焼き芋でも食べて落ち着いていよう。ああ、お茶がほしい。
 期待していたような石焼きではなかったけど、土鍋で焼いたものでも美味しいわ。
「んとねぇ。遊びに使ったのはヒスイとオブシディアンで、あたしの腕輪にしてるのがトルマリン」
「なんかグラデーションがスゴいって思ってたのはトルマリンだったんだ」
 トルマリン? もしや雷鳴の正体は電気石から来たものだった? まさかね?
 ちなみに電気石がトルマリン、トルマリンが電気石っていうのは合ってた?
 スマートフォンで……うん。たしかにウェブ事典と照らし合わせられた。
「ほかにもいぃーっぱい、パワーストーン持ってるんだ。蓮こぉねーさん何か持っておきたいのある?」
「最近レアメタルの仲間入りした金とか? 何があるかスマホで……って圏外のままだし」
 圏外? 私のは違う。
 というか子どもに桁違いな高級品を要求するな。
「蓮子、私のが接続されてるから使って?」
「お、ありがとー。メリー好き!」
 ここでエンディングにしましょう。流れるスタッフロールにBGM。至福のとき。
「ちょろ姉さん!」
「誰がちょろ姉さんよ、スミレちゃん。また私の心をのぞいた? 今からのぞき魔なんて悪い癖は早めにやめたほうがいいし、可能だからするというのは短絡よ? くわえて、脳は処理に段階があるから場合によっては成形されてない生情報を……」
 提供しているのが今の検査。けれども、スミレちゃんとの合意形成はない。
 ただし、合意があるからとはいえ、今の状況は違う。スミレちゃんに『丸裸の状態で会話している』と指摘した手前、変に意識してしまって気恥ずかしい。
 ただちに再認識すべきで、決して私は丸裸ではない。
 よし。
「よしっ!」
「よし、じゃないのよ」
「さっきからなんの話? ねぇスミレちゃん、ほかのを見せてくれる? 化学関連って本当、星の数ほど名前があるからアレだわ」
「あわわ。ほんとーいっぱい名前流れてきた。いいよぉ。ショルダーバッグとかに詰めてるから」
「ん? あ、ありがとう。メリー? スミレちゃんにスマホ貸していい? 配信サイトとか見てもらってそっちに集中してもらお?」
「ああ、そういうことね。ただの先延ばしみたいで気は進まないけど、譲り合いの観点なら少しは前向きになれるかしら。どうぞ? スミレちゃん」
 年齢制限は必要ないでしょう。
 むしろ意識して私の配慮内容を読まれでもしたら、スミレちゃんの自業自得ではあるものの結果的には望ましくない。
「おお、楽しみ! 早速そういうのを見てみよう!」
「スミレちゃん?」
「ジョーク、ジョーク! ごめんなさい。普通に普通の見る。あたしの普通が普通じゃなさそうだし」
「どうぞ。ごゆっくりね? 私は蓮子とパワーストーン見てるわ」

   ※ ※ ※

 ――配信サイトのおすすめ。
 これメリーお姉さんのアカウントだからカスタマイズがそっちになってるんだ。
 メリーお姉さんが思ってたのとは、だいぶ違うのが画面に出てる。
 声で探すのは、なんか違うし? テキトー再生でいーっか。
 それにしても『スミレちゃん?』って聞かれたとき怖かったなぁ。包丁持ってドアからひょっこりするタイプの顔だった。
 やっぱホラー要素に見込みあり?
【昔の食事をバグらせてみた】
「はい。今回もですね。昔の料理を再現したいと思います」
 まったく料理する準備とか映ってない。
「これまで情報が少ない状態でなんとかガンバってくれた、この3Dフードプリンタ。ですがぁ」
 ですがぁ? フードプリンタ?
「ちょっと趣向を凝らしてバグとなるデータを混ぜて、プリント出力してみようと思います。いえぇー」
 いえぇ? いぇー。
「具体的には途中、別のデータを参照してしまう感じですね。ハンバーガーだったら微妙に、中にアイスが混ざったりとか」
 普通に食べれそう。
「はい。じゃあ、スイッチ入れてみましょう。今回も、このプリンタがガンバってくれます」
 ほしー。あたしも使ってみたい。って自分で作らないんかーい。
 ▽▽十倍速
 あ、はやはや。いや、遅いのかぁ。
 これアイスとか途中で溶けない?
「ちなみにベースとなるレシピは、おやきっていう長野県の郷土料理で……だったんですけど、これ一体なんですかね。どう見ても宝石とかいろいろ混ざった鉱物みたいになっとる」
 おおー。で? 食べるんだよね?
「持ってみると案外柔らかい? ……結構崩れない。あ、匂いキッツ。これ大丈夫なんでしょうか」
 うんうん。大丈夫! 知らんけど。
「折角ですので食べていこう思いまーす。こういうのはですね。一気に行ったほうが……」
 行った!
 うわっ。中から何か出てきて口にへばりついてる。
 動いてない?
 あたし知ってる。ザンシンってやつだね!

 あ、広告。いいところで。
【CM】
「亡くなった大切な人と、もう一度話したい。昔の偉人、有名人と話してみたい。そう思ったことはないでしょうか」
 ん?
「そのチャンスが今、この商品が作り出すVR空間では可能なのです」
 そう?
「本人の遺骨を元に計算され完成された、まるで本人――いいえ! 完全に姿形を取り戻した本人とVR空間でご対面いただけます。さぁ今すぐアク……」
 ん? あたしの隣に顔が。

   ※ ※ ※

「サクセス!」
「わわ! どうしました? いきなり大声など上げていらして」
「急にあたしの肩から、にゅーって顔が出ててビックリ! 死ぬかと思った……いや? なんか死んでもVRで蘇るらしいから心配ないかも? かも?」
「便利なもの、お持ちですねぇ。おてがる輪廻転生ですか?」
 何やらスミレちゃんが騒がしい。
 その近くにいる見知らぬ女の子がのぞく体勢で、しかも一本足の下駄で片足立ちしている。
「どうしたの? スミレちゃん? その子とはお知り合い?」
「はい、どうもスミレちゃんの知人です。彼女が面白そうなのを見ていたので私もと、のぞき込んでいたわけですね。はい」
「あ、ふーん? あたしの知り合いでいいんだ。よろしくね? そうだよ。あたしたち広告見てたんだ、この広告」
「な、何か問題でもありましたか?」
 その知り合いについては、ともかくとして、私に向かってスマートフォンの画面が突きつけられた。
 既知の情報が流れてくる。今回の検査にも関連づけられたことなので判別しやすい。
「スミレちゃん、こういうのに興味持つのね」
「なんだかフクザツ! でも、キョーミあるかも! 用語多くて分かんないけどねー」
「どういった絡繰りかは存じ上げませんが、私も興味あります。広告は文字以外もあるんですね」
「今思い浮かべてるの、アンティークばかりじゃない? そゆ趣味?」
 また人の心を読んでる。懲りないのね。
「その言葉遣いには心当たりがあります。わりと苦心するのですが、ここは不問としましょう」
「まぁまぁ。スミレちゃんの言った通り、その広告に関しては背景が複雑だからね。端的にいうと、脳死判定を受けた人がVR空間に再現されて臓器提供の意思表示をして、それをもとに医師が移植を行った。それに関する法案が後手ながらも審議されてるの。ここまでで質問は?」
「お、おん。ねぇ何か質問は?」
「私に聞かれましても。人間がごちゃごちゃ言葉遣いを変えるのは昨今よくあることです。さすが日本で初めての世紀末といったところでしょうか。二十世紀が楽しみでなりません」
 二十世紀? 私のスマートフォンは? スミレちゃん手中ね。
 焼き芋の包み紙。いつの新聞かしら。まだ焼き芋が残っているわ。
「はい、蓮子。あーん」
「きゅ、急だねぇ。人の目あるし、どきどきするんだけど……あーん」
 食べかけの焼き芋を端っこだけ残し、蓮子に食べさせた。
 そう意識されると、こちらまでどきどきする。ともあれ、端っこは自分の口に放り込んだ。
「蓮子が持ってる新聞は日付いつになってる?」
「ぅふ? ふふょぃふんふぇふふ」
「無理にしゃべらなくていいわ。見せてくれる?」
「んふぅーふぅー」
 私に向けて新聞の一面を広げてくれた。新聞名は花果子念報とあり、号数だけで日付の記載がない。
 私が手にしている新聞には、文々。新聞とあって日付が第百……西暦で書かれてない。
「あやややや。面白そうなものを持ってますね。未来新聞ですか? 何を隠そう、その『文々。新聞』を手掛けたのは私なのです。よろしければですが、ちょっと読ませてもらえます? 代わりといってはなんですが、手持ちがありますので、どうぞご自由に」
「あ、はい。交換ですね。ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます。ちなみに花果子念報は盗作疑惑などある、きな臭い新聞媒体ですよ。あまり読むのはお勧めしません」
「そ、そうなんですね。あはは……」
 代わりにもらった新聞に目を通してみれば、ところどころ字が分からなかった。
 同じ『文々。新聞』ではあるが、代わりにもらったほうはレイアウトが簡素に仕上げられていた。
 そして、すべてのページに写真が掲載されてなかった。日付? は第拾伍季の神無月とあった。
 ここにきて蓮子が顔をのぞかせてきた。まだ口をもごもごしている。
「ふあほ。ふぁひん、ほふ」
「スマートフォンで写真、撮りたいのね? 新聞広げてあげるから撮って」
「ふんふんふんふん、ふぅんっ!」
「私がほっぺたを揉んだだけなのに蓮子、リアクションすごいわね。ちゃんと次は広げるから」
 蓮子から視線を感じるので、彼女が持つスマートフォン内蔵カメラのレンズが向く先を誘導した。
 シャッター音が響く。
 蓮子は私が地面に広げた新聞を一面ずつ写角に収めていた。
 彼女は素直で可愛い。ネチネチ反抗するようでは心象が違う。
「メリーがロングスカートで良かったよ」
「それは……なぜ?」
「新聞を挟んで対面でページをめくってくれてるでしょ? たまにメリーが入ってくる」
「ん? 私は写してないよね? そんなの写真に収めないよね? ……蓮子?」
 そのとき、明確に私にカメラが向けられた。
「可愛い反抗ね、蓮子」
「困惑のメリー三枚目。うんうん。よく撮れてる」
「新聞は撮り終えたんでしょ? 畳むわ……ん? どうして貴方が蓮子の後ろから、のぞこうと?」
「こ、これは失礼。ずいぶん変わった写真機をお持ちだと思いまして。度々手持ちできる写真機は香霖堂という古道具屋で見かけましてね。いやはや未来の私が、自身が手掛ける新聞に写真を掲載するのは荒唐無稽というわけでもない。といいますか、百年以上経てば幻想郷であっても変わるのは当たり前と?」
 ひとまず新聞を畳み、こちら側へと蓮子を手繰り寄せた。
 相手がスミレちゃんの知人だからとて、いつまでも相棒の背後を取らせるわけにはいかない。
 過剰な対応とは思ったが、すんなりと蓮子が引き寄せられてくれたので、それだけで満足だった。
 もし言い訳する機会があるなら、これを愛だと語ろう。
「まだ何もしてないんですが。警戒されちゃいましたか」
「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!」
「うおわ! なんでしょう。貴方でしたか。決して私は驚いてませんよ?」
「ぶんぶんちゃん! その新聞、二百年以上続いてるって本当? これ見て!」
 スミレちゃん、何を見たの。配信サイト以外を見た?
 それ私のスマートフォンよ?
 ブラウザの使いかた、誰が教えたの。
「ほう。まごうことなき文々。新聞ですがカラー印刷ですねぇ。写真も。私にしてはハイカラかと」
「違う違う。そっちも気になるかもだけど、書かれてることにチューモクして」
「内容? 新聞というのは質より量と相場が……ああ、私が書いた記事ではなく」
「すごくウワサされてる。オカルト感あるよね」
「噂が噂を呼ぶ。本来ならご勝手に、と言いたいところですが。どうやら価値が動いているようで」
「え、う、う。そこまで読んでなかった。私、知ってる。ガラパゴスだね!」
「知らぬ存ぜぬの言葉で、だねと言われましても。なんともはや覚妖怪の類には困ったものです」
「また読んだのね。スミレちゃん? お姉さんのスマートフォンからは変なの、目にしなかったよね?」
「今見ちゃった。あ、スマホのほうは見てないからセーフ?」
「セーフじゃないわ。いい? 他言無用よ?」
「じ、自信ない。どうしよう。どうしたらいい?」
「それなら、ここから東に進めば博麗神社での縁日がありますので、そこで飲食を楽しんだり遊んだり。いかがでしょう。きっと忘れたいことを忘れられますよ。見ざる聞かざる言わざるです」
「あ、お姉さんたちが行こうとしてた場所」
「スミレちゃん、戸が立てられないどころじゃないわ。とりあえずスマートフォンにコンパス機能があるから、それ使える?」
「OK、OK。分かってるから分かった。使いかたバッチリー」
「もうスミレちゃんったら。想起されてない情報すら読んだのかしらね」
「メリーお姉さんが読まれることに気持ち良く?」
「口にしないでくれるー? 読んでもいいから」
「つぎに、戸が立てられないんだったねって言う」
「もう好きにして。蓮子? スミレちゃんの手を引いていってちょうだい」
「うん。いいよ。さぁスミレちゃん、東は分かった?」
「分かってる答えを聞かれてもー。一応あっち」
「見破ったかぁ。さすがだね。月の位置が南中高度を少し過ぎたあたりだからスミレちゃんの差す通り」
「蓮こぉねーさんも、なんちゅー高度な読み。ってね! ……あれ?」
「あやややや。いつのまに摩訶鉢特摩地獄に来たんですかね。おお寒い寒い。あ、よろしいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「私は記者を兼ねておりまして。幽霊のような朧げなものとして後ろから追いますので、できればお気になさらないでいただけると」
「取材ですか? いいですよ? 別に横に並んでくださっても構いませんので」
「監視よろー」
「ほら来た。大人しく後ろから独りでうかがってまーす」
 記者と名乗った女の子が、背中の黒い翼を広げ、私たちから距離を取った。
 いかにも魅せようとの狙いがあり、その通りにスミレちゃんの口が開いていた。
「すごい。かっこいいいいいいいいい!」
「蓮子? 蓮子の手は私が引いていくわね?」
「だいぶ馴染んだ? どう見ても人間じゃなかったのにツッコミなしだね、メリー」
「しばらく何も考えたくないわ。目的の神社までゆっくりしましょ」
「そうだ。あれ、無言で手を引いてくれたときメリーかっこよかったよ」
「ふふ……ふふ。んふふふふふふ」
 くすぐったい。
 制御し切れないほどの感情を体現してしまっている。
 いつもなら誤魔化せるものが、そうではない。私ちょっと疲れてる?
 であるならばと蓮子たちと話す前、軽く頭の整理をして疲労回復としよう。
 蓮子の手を握りながら空に視線を向け、蓮子とするはずだったパズルゲームを思い起こし――
(マエリベリーの能力)
 蓮子は計算高い女。私は何と問えば蓮子曰く『立ち回りが上手い女』だった。なんとなく結界の境目を見ていたころに、自身の能力が立ち居振る舞いに寄与してくれた。
 最近は迷走し勝ちだが、それがすべて能力のせいとは言い難かった。
 漠然と湧く社会への参加意欲と一緒にノスタルジーを色濃く感じている。ホームシックと称せば子どもっぽいが、その精神状態が少なくとも能力に影響したと捉えられる。
(蓮子の能力)
 私と同じく『やっちゃった』なんて言い出して、秘封俱楽部ともどもが能力を迷走させた?
 蓮子の能力は私の迷子を正してくれていたから、言いかたは悪いけど役に立ってくれる。
 なので蓮子には変わってほしくない……っていうのはワガママ?
(スミレちゃんの能力)
 空を飛んだり心を読んだり、ほかにも普通の人間と比べたら行動が逸脱しているとうかがえた。
 私たちと同列に扱えばスミレちゃんも能力持ちとなる。
 でも、ここはシミュレーションの中だから答えは、いかようにも差し替えることができる。
(相手の妖怪)
 色々いじられた相手からすれば災難で、妖怪といえども可哀想とは思えた。
 それをやったのが私たちでもあるから苦笑いしか出ない。
 スミレちゃんは相手を鬼の子とは言っていたけど、真相を本人の口から聞いてみたくはある。
 私たちが話をしたいなんて酷かしら?
(複数ある私たちのモデル)
 きっと受けた説明通りであり、それ以上でもそれ以下でもない。
 私が邪推しすぎた……と?
(動き出した一体のモデル)
 ただ単に別人であって勘違いだった。
 私おっちょこちょいよ。
(VRシミュレーション)
 手にリモコンを持つタイプと違い、肌に貼ったウェアラブルデバイスでの操作だから没入感がすごい。
 ともすれば常時、私が迷走しそうだとネガティブにも考えられる。
(シミュレーション側の存在)
 最初の焼き芋屋さんにスミレちゃん、いじられ妖怪に紫お姉さん。あの遠くを先行する集団に、私たちの後ろからフォローしてくる女の子。もちろん私たちのモデルを含めた、すべてが作りものだと分かる。
 そう信じたいなんていったら嘘になるかしら?
(現実側の存在)
 私たち、ふたりだけが実在する。
 私たちだけの世界。決して醜くない。でも、返って醜く思える。
(シミュレーションに使われている空間と時間)
 何ゆえに、この知的財産を採用したのだろう。もっと理想的なのが良かった。
 お菓子の家を代わりに食べる? 子豚を三匹丸焼きにする? 眠っている姫のベッドを奪う?
 ああ、私は疲れているわ。
 このパズルゲームにおけるピースのまとめは……夢オチ? 爆発オチ? どれがいい?
 あいだを取ってUFOとエンディングしちゃう?
 ……違う。おそらく、どれも違う。答えは出さないが正解かしら。
 私を模したモデルたちが勝手に正解として存在してくれる。それが最も私らしいわ。
「あ、そういえばスミレちゃん? 私のスマートフォンで何を見てたの?」
「情報まとめ系サイトだよ。第二百五十季ってある『文々。新聞』が見える? はい、蓮こぉねーさんにパス! だよ~」
「ほいほい。メリーお姉さんにパス」
「同い年でしょ、蓮子は! とにかくありがと」
 どれどれ?
 ああ、隠された資源がある場所に関する都市伝説ね。
 世界は地球にある極地をテラフォーミングしてでも資源確保に躍起だから、こういう場所があるって噂が絶えないのかも。
「蓮子も読んでみて。あとパズルゲームの答え、貴方は出したの?」
「え? 答え? テキトーに見れば分かる、じゃダメ?」
「おぉい。ま……まぁ、蓮子らしいわね。私は賛同するわ」
「メリー、目が泳いでない? 私と目を合わせて」
「ふふ、私だったら隣に星の数ほどいるじゃない。そちらをどうぞ」
「メリーの瞳に映る月と星を見るの。どきどきしたいなぁ」
 うん……うん? うん。
 蓮子には敵わないわ。見つめ合いましょう。

   ※ ※ ※

 ――客観的な目の群れ。
【検査に使われている会議室にて】
 検査中は被験者にVR機器を装着させてシミュレーションをスタートさせるだけなので、さほど人数を必要としない。
 不測の事態さえなければ、その場にいるだけの簡単なお仕事となる。
 VR機器は予算との兼ね合いで十台ほど用意され、その範囲内で被験者を取っ替え引っ替えする。
 たまに被験者が騒ぐたび、これが不測の事態ではないのかと、教授や生徒たちが顔を見合わせた。
 そして、被験者に見えない聞こえないのをいいことに、口を押さえながら吹き出す場面もあった。
 当然のごとく宇佐見蓮子やマエリベリー・ハーンも、じたばたとイスの上で愉快なことをした。
 そこにスミレちゃんこと宇佐見菫子の姿はない。
 菫子はシミュレーションの過程で、被験者から汲み上げたデータを被験者の感覚に伝わせる、その中で生じた被験者固有の存在だった。
 シミュレーション自体は約四十五分で終了する。
 すでにその四十五分が経とうとしていた。
 終わりの合図も組み込まれているので終了した被験者から続々とVR機器を外した。
 蓮子とメリーは、まだシミュレーションを終えていない。
「今日も出ましたね。シミュレーション長い人」
 ふたりに対しては教授同士が一言二言交わしただけで慌てる様子はなかった。
 交代できる被験者だけ入れ替わる流れだった。
 その際、ふたりの愉快な姿を見た新たな被験者が不安を抱いた。
「このおふたかたは特殊な検査内容をお受けになっているので。はい、この機器を装着して体感していただく流れになりますので。人それぞれでシミュレーションの内容が変わる感じですね」
 当たり障りなく事が進んでいく。

【メリーたちのずっと先を歩く集団からの目】
「賢者様も鴉天狗も、あの人間らに誰も手を出そうとしねぇ」
「きっと何かあるんだよ。触らぬ神に祟りなしだね。くわばら、くわばら」
「それより、今日の縁日だよ。ハロウィンなんて初耳だからな」
「普段、妖怪側が人間のマネをするのに、今日に限って人間側が妖怪のマネをする。楽しそうだろう? 乗らない手はない」
「ああ、出しものも楽しみだ」
「妖怪が妖怪らしくそれぞれに与えられた小屋で思い思いに披露できるからな」
「そういうお前は、何か出す側にはならなかったみたいだな」
「俺は見物客で十分だ。こぢんまりした小屋じゃ十分に披露できない」
「違いない。家のデカさを超える巨体は初めから弾かれる。とはいえ、ただ歩くだけで目立つだろうが」
「そういうお前は?」
「私は縁日には相応しくないんだ。こんなときに雨なんて嫌だろう?」
「なるほど。でかい屋根でもないと大変だ」
「ちなみにアイツらはどっちだと思う?」
「子どもがいるから出しもの側とも言えるが、もうこんな時間だしな」
「順当に客か」
「しかしながら、ますます鴉天狗が後ろについている理由が分からん」

   ※ ※ ※

 無事、博麗神社へとたどり着いた。
 すでに神社の手前から賑わう雰囲気が味わえた。
 逆に普通の格好の、私たちが浮くほどに仮装した人が大多数を占める。ただ、現代風と古風に分けたら縁日は関係ないんだけど。
 これでハロウィンじゃなかったら嘘だろう。
「見物したい一心で仮装なんて頭になかったわ、蓮子」
「境内に入ったから、もう人の目は屋台とかに移ってる。気にせず参拝から始めよ?」
「最初は打ち水からだぁーい」
「いや、あれは手や口を清めるための杓よ、スミレちゃん」
「ツッコミを入れるための道具でも土俵を清めるためでもないと。なるほど」
「うん。違うわね。その通りよ。しようとしたら真っ先に止めるからね?」
 それはそうと、このあとは行き先が多岐に渡るからスミレちゃんを迷子にさせないよう、しっかり近くにいてあげなくてはならない。
 もちろん相棒の蓮子に対しても同じで、ふたりを両手に抱えながら手水舎でのサポートに徹した。
 新聞記者の女の子については、勝手についてくるので気に留めていない。
 その子がスカートを着用しているからか、もう飛びながらでは後ろからフォローしていなかった。
 ついでに、モデルのことも気にならなくなった。
 決定的だったのがモデルが人ごみの中への突入後、誰からも避けられず、風船のように人とぶつかっては弾んでいたことだった。
 私はスミレちゃんと見合った。
 スミレちゃんが答えてくれた内情は『ぶつかった人、誰も覚えてない』だった。
 そこまで答えが出たのは有り難かったが、全貌へとつながる答えではない。
 当面、私には追求よりも両手の華を手放さないことが重大なのよ。
「もう少しで貯金箱ー」
「ふふっ。ぐいぐい引くのね、スミレちゃん」
「だって放したくないんだよね? だから引っ張ってる」
「ああ、うん。ありがとう。ふたり分、引っ張ってるんだから、ほどほどにがんばって」
「一緒にメリーおバアちゃんを引っ張ろうか、スミレちゃん」
「誰がおバアちゃんよ!」
 そんなこんなでスミレちゃんの次に、私がふたりに引っ張られる形となった。
 両足を交互に軽く上げるだけで前へと進む。
 車イスのほうが楽そうではあるが、周辺の石畳を見る限り、そうでもない。
 ついでに参拝後に行くであろう屋台に、目を配った。
 中央の石畳を挟んで両サイドに小屋に近い、複数の屋台が並んでいる。客の流れから見て向こう側にもあると推測できる。
 はっきりしたことは食べもの系の屋台が見当たらなかったことだ。
 最初に焼き芋を食べたのが最後と考えるなら買っておいて正解……いや、何を言っているんだろう。
 絵に描いた餅を実際に食べられて、うきうきになってた?
 いずれかの屋台に、景品での飲食物はないのかしら。
 今じゃ喉から手が出るほどに願望が湧く。
 おおよその見積もりでは熱くても火傷しない、食中毒を患わないなどの利点がシミュレーションにあると見なせた。その代わり、何も胃に入ってないのに、胃液が出まくるデメリットも懸念できた。
 どこかにない? ほとんどの屋台が、中が見えないか見えづらい。
 私たちの常識から外れてるわ。
「メリーったら私以上に子どもっぽくキョロキョロしちゃって」
「人間の性ってやつだね、メリーお姉さん」
「そ、そうね。こればかりはどれだけ年齢を重ねても抗えないと思うわ」
「言葉で取り繕っちゃってぇ、メリーちゃん」
「あとでスミレちゃんに蓮子の、小さいころの写真を見てもらう? 今では死んだ子の年を数えることができて、さらに残せなかった小さいころの写真まで計算が導いてくれる。便利よねぇ」
「プ、プライバシィィィィッ」
 蓮子のしょんぼり顔も、またイイものね。グッと来る。
 それにしても……お?
「貯金箱に着いたよ? いろいろ入れよ?」
「なんでもいいってわけではない……のかしら? 蓮子」
「私に聞く? 変なものを入れなければいいんじゃない?」
「何が変かなんて時代とともに変わるわよ」
「じゃあ、あたしが先にコイン! 入れよ~」
「あ! えーっと……貯金箱の中に入れ終わったら」
「分かったぁ。今、伝わってきた」
「スミレちゃん? 今、教えようとしてたでしょ?」
「いいよいいよ。メリーのプライバシーもありませーん。じゃんじゃん見てって? 私がりゅりゅふ」
「さっき口をすすいで清めたはずよねぇ? しばらく手で塞いであげましょうか」
 蓮子の口を塞ぐ私の手が温かくなる。
 何やら蓮子がジェスチャーを交えて訴えてきたが、このまま頬の感触を味わうのも悪くない。
 リアルでの感触と変わらないのかしら。シミュレーションがリアルを超越する? 写真や映像加工での盛るってこと?
 わざわざ実態で来る必要がないから当然、機能として備わっているなら使用する。
 何? 蓮子。シミュレーションで鼻と口を塞いでも、リアルで窒息するわけないのに慌てちゃって。
 ……え? 急に視界が暗くなった。
 思わず蓮子への拘束を解いてしまった。
 その上、何かが私の頭から被さってきたのだけ分かった。
「メリー、今の痛くなかった?」
「え、ええ。私は一体、何をされたの」
「それより、スミレちゃんの話、聞いてあげて?」
「この状態で? 蓮子、この状態で?」
「大丈夫だよ、メリーお姉さん。真っ暗なテントの中ってだけだし。外から見ても全然大変じゃない」
「そうそう。ちょっと予想と違っただけだよ、メリー。完全に私と同じにはできなかったなぁ」
 蓮子と同じにはできなかった?
 ちょっと待ちなさい。パズルの続きね。
「メリーお姉さん、ぶんぶんちゃんが換金してくれるんだって。あたしはコインと交換したー」
「あ、お賽銭用のだね。私もふたり分、メリーのも合わせてお願いしていいですか? って何と交換すればいいか分かりませんが」
 私は私の状況が分からない!
 視界を覆い尽くすほどの何かがあるのに、なぜか肌への接触が僅かしか感じられない。
「差し出すに当たって支障がないものなら、どれでもお好きなものをどうぞ差し出してください。だからといっても、大きなつづらやパンドラの箱から出るようなものは勘弁してほしいですが」
「うーん。例か基準か、どちらか挙げてくれます?」
「例えるなら今わの際に手放すものでしょうか。ここ幻想郷は物々交換が基本です。昔はお年玉と同じく、金銭ではなく食べものが奉納されてました」
「なるほど! ありがとうございます。とはいっても今日は検査主体だから手持ちがそんなに……私たちのモデルは何か持ってないかな」
 ふふ、持っていたとしても抜き取る気? ……ちょっと。なぜ私を覆ったものを動かすの。
 もしかしなくてもモデルが頭上にいるのね。ただ、私に被せてきたのはスミレちゃん?
「聞きたいことがあるんだけど、蓮子」
「あたし願いごと終わったよー、お姉さんたちぃ。え? あー……あー、うん。八尺様のマネ?」
「スミレちゃん? 蓮子の心、読んだよね? 私の心を見て。都市伝説なんて思ってもいないでしょう? 百歩譲ってドッペルゲンガーなら、まだ分かるけど」
「たしかにメリーお姉さんは蓮こぉねーさんのことで頭がいっぱいだね。うんうん……っていうか、メリーお姉さんが向いてるほう、あたしいないよ?」
 とりあえず私の頭に乗っていたモデルを放り投げた。
 モデルは糸を結んだ風船のように、遠くには離れていかないから何ひとつ心配ない。
 明るくなった視界の中、蓮子が自身のモデルを盾にし、構えているのが見えた。
「ぼ、暴力は私のモデルが受けつけまーす」
「いくらモデルでも貴方に手は出さな……脇をくすぐってみましょう」
「え? ヤバくない? メリーって絶対エスカレートしてくでしょ?」
「どの方面でエスカレートするかイメージしましょう。程度の問題? スケール? それとも、じっくりねちねち時間をかけましょうか」
 それにしても、私のモデルの、太ももの感触は弾力が薄かった。予想では中に骨がない。
 差し当たって蓮子のモデルには、肋骨付近の脇に触れながらくすぐろう。
「私がされてるみたい」
「もじもじしちゃう? 私はモデルを蓮子とは思わないから一切の遠慮なし。貴方は感受性が高いのね」
 そもそも被験者がモデルに触れるのは想定されていなかったと考えられる。
 複数あるモデルをひとつひとつ、ページをめくるように区別して触れることすらできない。
 スミレちゃんが撮った写真には私の一定ではない、改めて自分でいうのも恥ずかしいが、きれいな姿が服装すら違う形で写し出されている。
 相棒の蓮子のきれいな姿を拝みたければ同じように写真に収めるほか、ないのかもしれない。
 そ……そういう私欲以前に、私たちが検査に参加した理由はデータ読み取りを利用するため……まさかモデルの目を見たら区別、つまりは境界が見えると?
 いや、見えるには見えるけど、細かすぎて目がツラい。
 手術用モニターみたいにサブに切り替わってくれない?
「ねぇメリー、小さい子がマネしてるよ。その変態行為」
「……スミレちゃん。わりと私のモデルに積極的なのね。というか変態って何よ。貴方は直接、私の目をのぞいてきたのに」
「それはー、メリーの目を見つめる自分を見られないからぁ」
「今度、見つめるときは自撮りも兼ねてね? 蓮子に見つめられないよう手で隠す……え?」
 後頭部が目の前に上がってきた。
 くちびるへの滑らかな髪の感触に期待通りだと称賛したい。
 今は蓮子を先頭に蓮子のモデルを次に、私のモデルを持つスミレちゃんが三番目となる。そして、私を含めての合計五人? かなりの密集具合よね。
 そのスミレちゃんは私のモデルの目を、じっと見たあとに続き、蓮子のも同じように扱っている。
「蓮こぉねーさんがいじって千九百年にしたのが今で……自由に設定できる感じ?」
「自由に? このシミュレーションは私たちが用意したものではないの。だから好き勝手には」
「あたしがいた年に戻してみた」
「戻した? とくに変わりなく縁日が……あるにはあるわね。ハロウィンではない。射的に輪投げ、金魚すくいにカラー……ニワトリ? 格好は普通に和服が占めてるわ。時間を見てくれる? 蓮子」
「そうだねぇ。月がない。ツイてないね。メリーのスマホは?」
「ああ、ええっと。私たちの元の現在が表示されているわ。だから、分からないってことね」
「あら? 普通じゃなかったんだ。あたしからしたら……あ、普通じゃないかもー。なにこれ楽しい」
「た、楽しいなら結構なことだよ、スミレちゃん」
「うむ。蓮こぉねーさんは楽しいがいっぱい。もちろんメリーお姉さんも! 今度はスマホの時刻~」
「私たちのね? 私たち? 何かの間違い?」
 周りが二度、変化した。千九百年の小屋みたいな屋台が戻ってきたわけではなさそう?
 造形からして現代風ではある。言ってしまえばアーケードゲームの屋台が散見できる。
 この戻ってきたようで戻っていない感覚は何?
「蓮こぉねーさんのモデルが持つ能力をサイコキネシスで、あたしが動かしたの。テンプテーション? で合ってるかな。それで蓮こぉねーさんが今はできないことの中から『違う世界線に時間を進める』ってのを選んで使ってみたんだ」
「説明されたら納得できるわ。ありがとう、スミレちゃん」
「えへへっ」
「うーん、かぁわいいっ」
 スミレちゃんのいい香り。現状に驚くよりも目の前の、華を楽しみましょう。
「しれっとスミレちゃんの後頭部に顔、突っ込んでない? メリー」
「ものは考え様よ。受動的な事態にポジティブなだけ。決して私からではないわ」
「便乗って考えてもいいってこと?」
「嫉妬してる? 貴方のモデルを避けたらすぐよ」
 盾にしたモデルを外す? 外さない?
「野生の感が止めてくる。メリーの目つきがギラギラしてるんだわ」
「そんな猛獣扱い……実は屋台に興味が出てきたの。原因はそれ」
「雑ぅ。ただ、あれって普通にリアルでも遊べない? わざわざ触れに行く?」
「おお、あたしもリアルに行きたい!」
「あ……うん。ごめんなさい。今の私たちには無理かな」
「ジョーク、ジョークだよ。あたし、あれで遊んでみたい。いい?」
 スミレちゃんの指差す方へと目を向けると、やたらと際立った眩さを放つ屋台がある。
 感傷に浸るより先に、目に入る眩さを前にっ! ……蓮子?
 私が目を離している隙に抱きつくとは、やるわね。
「あたしニオイブクロじゃないよー」
「メリーばかりズルいし、私の記憶にもいっぱい刻みたい」
「ああ、お姉さんたちにサンドされてくぅぅぅぅぅ」
「しばらくのあいだ、こうしていましょう。蓮子、スミレちゃん」
 この検査に要する時間が人それぞれだと説明に記載されていたのを、今に実感する。
 夢の終わりと同じく検査にも終わりがある。
 作品であれば続きを足せば延びるが、果たして検査は何に該当するのかしら。
 どちらにせよ、このスミレちゃんは検査終了を機に……。

   ※ ※ ※

 ――マルチルートストーリーズ。
【大天狗、射命丸文】
 大天狗の飯綱丸龍が座っていた場所に新しく大天狗となった射命丸文が座った。
 カメラ片手に独り、ふんぞり返って誇らしげに、肘掛けに肘をついている。
「あの未来人が持つスマートフォンから得た情報を活用した私が、優秀だったということ!」
 カメラの背面にある液晶画面に触れつつ、これまで撮った写真を眺めてもいた。
「千九百年、つまりは第十五季に入手できたのが何より大きかった。その年からカメラを導入したりカラー印刷を採用したりしたことに加え、十五という数字が私の報道を完全な物に押し上げてくれたのよ」
 カメラの次は紙の束をめくり続け、その内容に満足した。
「新聞ランキングは常に上位! 一位を譲ったことは何度かあったけど、それは些細なこと」
 つぎに、立ち上がって独りでいる部屋を見渡した。
「まぁ、そんなセレンディピティがなくても、いずれは私が大天狗になったことに間違いないですが……おっと龍の口ぐせをつい口に」
 すでに文は外に出て、龍のところへと飛んでいった。
 以前に龍から食らわされていた一方的な三脚での殴打を、今度は私の番だと言わんばかりに、真っ先に殴打する態勢へと移行した。
「先手必勝! 当然命中! ……おや? 殴っただけで伸びてしまいましたか。貴方ならグロッギーなどと言います? いけませんねぇ。元上司がこんなところで酔い潰れるなんて」
 龍に向かって連続でフラッシュが焚かれた。
 いつものごとく写角には文自身も入り込んでいる。
「これも運命です。素直に真実として受け入れてくださいね。ああ、撮影が捗る! ……そもそも鴉天狗なのに龍なんて名前、私は餌ですと名乗っているようなものですからね。この流れがお似合いなんです」
 妖怪の山の一角に、文の高笑いが木霊した。

【というユメを見たのよ】
「そういった内容だったのよ。今の自分と比較して該当する箇所は、いくつあるかね?」
「飯綱丸様がご健在であることに加え、そんな人間の話は知らぬ存ぜぬと……あと言葉遣いが西洋かぶれなどとは思っていない。そんなところでしょうか。つまり何ひとつ該当しないんですね、はい」
「今、お前の不満がチラ見えしたと思うんだが。新聞ランキングや名前については否定し切れなかった、そういうことかな?」
「いちいちそこまで言及しなくても。飯綱丸様ならお分かりいただけると思って……な、なにゆえに三脚を持って構えているんですか?」
 文が手で頭を覆う速さより先に、三脚が的確に文の頭にヒットした。
「こうなると言及しなくても分かっていたよな?」
「地味に痛いですよ。でも、なぜ手加減を? それだけは予想外です」
「お前の不満を考慮してのことだ。気を失うほど殴るまでもないと配慮したんだ」
「なるほど。徐々に私も認められてきたということですね?」
「ポジティブなのは良いことだ。ならば、これから続く地味な痛さもポジティブに考えられるな?」
「なぜ、また構えてらっしゃるんでしょう? まぁ始めは地味に痛いだけで済むんですが、さすがに回数を重ねるのはご勘弁願えると」
「何度殴っても心配する必要ないわよ。どうも、ごきげんよう。おふたりとも」
「ああどうも、こんにちは。賢者の貴方が、この部下の躾に何用ですか?」
 空間の亀裂から顔を出す八雲紫という妖怪の登場に乗じ、すかさず文が飛び去った。
 しかし、次の瞬間からは地面に向かって飛び出す形に変わり、結局は戻されることとなった。
 今では文は地面とキスしている。
「別に天狗には関わらないわよ。私は人間を追ってきただけ。すでに用は済んだわ」
「便利な移動手段を持ったにしても貴方の奔走癖は変わりませんね」
「性分ですので、それでは失礼」
「ええ、こちらこそ……で、お前はそのままでいいのかい?」
「いえいえ。当然あちらの手にノっただけですので、痛くも痒くもありません。どんなに転んでも我々が中心なのは変わらないということですな! あっはっは!」
「雑におだてようとするな。やれやれ。どの世界線でもお前が野心家なのは変わらないものだなぁ」

   ※ ※ ※

 スミレちゃんを気が済むまで抱き締めたあと、終わりまで思い出作りをしようと決め合った。
 とりあえず眩かった屋台をたずねてみた。
 そこは奥行きのある小屋になり、数人の店員と客がカジノとおぼしきものに携わっている。
「これはカジノで間違いないわよね、蓮子」
「っぽい? まだ私たちの年齢だとできないけど、今はシミュレーションだし。堅いことナシナシ」
「ふむふむ? 空気にタッチしてサーチしよ」
「ん? 何かしてるのかな? スミレちゃんの手のひらに向かって何か集約されてるのは見えるけど」
「またメリーだけ見て。むむむ。どうにか検知してくれない? スマホのカメラとか?」
「見えたら見えたで驚かれるような? 蓮子は見えなくていいのよ。そのほうが頼もしいから」
「あたしの頭がパンクしそー。むりむりむりむりむり。完成形のループだよこれ」
「大丈夫? 蓮子お姉さんが頭マッサージしてあげよう」
 ああああああぁぁぁああぁぁああぁあああなどとスミレちゃんが口から漏らしつつ、気持ち良さそうにしている。
 私はというと、スミレちゃんの体内を渦巻く境界を見た。
 そして、蓮子同様に何かできないかと、私もマッサージを加えてみた。
「ひゃんっ」
「おやおや? ちゃんと弱いところに触れられたようね」
 スミレちゃんが可愛く叫ぶ。
 そのあと、どこかに向けて指を差した。
 一連の流れにつながりがないことから、何が伝えられたかを探ってみた。
「エクスチェンジセンター……両替所? どれか遊びたいのがあるのね」
「どれかってわけじゃないよ。コインと替えてもらったお金、あそこで使ってたのが見えた」
 なるほど。
 ただ、スミレちゃんが交換にて手にした量は、何回くらい遊べる? ポケットに入る程度?
「私が両替してくるからスミレちゃん、出してくれる?」
「ほいほい。ぜーんぶ」
「ありがと。これで足りなかったらクレカ使えないか聞いてみよっか」
「怖いこと言うわね、蓮子」
 三十ユーロセントより多くを支払う姿を浮かべ、私は少し引き気味になった。
 その上、本当に怖いのは、この検査データの一般公開や流出のほう。
 蓮子が先行したので、私はスミレちゃんの手を引いて跡を追った。
 両替所では蓮子が受け取ったお金である紙幣を全部、ではなく半分ほどチップに変えていた。
 不思議なことに『店内での能力の使用はお控えください』との注意を受ける。
 そこで能力とは具体的に何を差すかを聞き、意図的に使用しないことができない場合、どう判断されるのかを聞いた。すると、ここで定義する能力とは魔法の類だと返事をもらい、能動的でない能力の使用は許可が下りるとの趣旨を教えてもらった。
「メリーお姉さん見て見て。きんきらきーん」
「キラキラね、スミレちゃん。まず何から遊ぶ?」
 光沢の強いチップは私が管理し、スミレちゃんの好きにさせてみる。
 しばらく様子を見ていると、再度スミレちゃん自身が向かう先に指を差して歩いた。
 私は蓮子の腰を後ろから押し、ふたりして跡を追う。
「このお姉さんのとこで遊ぼ?」
「ええ、ルーレットで遊びたいのね。蓮子、私を挟んで座る? それとも、スミレちゃんを挟む?」
「メリーを挟みたいかな。私、すぐ隣のスミレちゃんにあれこれ計算結果を吹き込みそうだし」
「それ私には、いくらでもちょっかい出していいっていう? まぁ座りましょう」
 先にスミレちゃんが座るのを優先する。
 脚の長いイスに座ろうと私の腕をつかんでくる重さに、サポートの甲斐性を覚えさせてくれた。
 ついで、私へのサポートには蓮子が率先する。
 蓮子が引いてくれたイスに私が座る……はずだった。
「しょーもないイタズラして、もう」
「私の手がメリーのお尻でサンドされるとこだったわ」
「イスの上で長時間クッションになるつもり? 構わないけど」
「気が向いたら支えになるよ」
 蓮子と私、共に席に着いた。
 そのタイミングで女性ディーラーからの案内が始まる。
 ルールやマナーの折り合わせを私たち三人に向け、物腰丁寧に施してくれた。
 当然、そこにモデルは頭数には入らない。
「干支お姉さんは能力使っていいの?」
「ディーラーさんのことを言ってるの? スミレちゃん」
「ノットのーどーってヤツ? んぉ? そうそう、虎柄のお姉さん。パンツじゃないから鬼じゃない」
「虎柄の下着で立っていられたら集中できないわ。それより、スミレちゃんって能力、気にするのね」
「あたしチョ~能力が使えるみたいだから。わかってるよ? あたし使わない。のーどーよりアクティブのが分かりやすいけど。パッシプは使っていいんだよね?」
「さようでございます、お客様。不肖わたくしめが毘沙門天様の加護下にあるとあらかじめご承知の上でいただければと存じます」
 すでに状況は不利と。でも、子ども相手に巻き上げようなんて腹に一物ある?
「ちまちまベットしてく? スミレちゃんに蓮子」
「三十六倍オンリーがいい。誰が一番当てられないかを勝負しよ? チップも百単位で置いて?」
「それ早く終わっちゃわない? チップは千しか持ってないの。飽くまでも思い出作りよ?」
「だいじょぶ。ばっちり。知らんけど」
 単に冒険がしたいのね。いいわ。ノりましょう。
「そろそろお時間です。準備ができ次第どうぞお好きなところへ置かれてください」
「九に八百ドォォォォォーン」
「え? 私たち百ずつ? れ、蓮子どうぞ。なんなら二百全部でも」
「百ずつでしょ? 百を合わせたらなんか……あれだし」
 そういうこと? そういう趣旨? というかスミレちゃん?
「当たっても次、残りが二百になるように賭け続けるなんてしないよね?」
「んー……当たったら考えるかなぁ。もう、あたしは満足したし」
「当たったら次は私が最速で残り二百にすれば、スミレちゃんとメリーのふたりで決まりかなー?」
「だめー。当たったら負けだよ。バツゲームつけちゃう? 最下位の人が二位の人に、ちゅーってね」
「これ順位、分かれる? とりあえず十五にするわ。最後に蓮子の百ね」
「ああ、そこは当たるんじゃない? メリー。なんとなくだけど」
「蓮こぉねーさん、まさかの予言?」
「いやいや計算だよ。ただの確率論で流体力学だし。能力っていうかアクティブ的なの使ってないって」
「計算で時間や場所が分かる女が何言ってるの」
「んえー? メリーと一緒に当たるべきか。それとも。スミレちゃん、三人タイの場合は?」
「みんなは、なんか違うなぁ」
「私が外す場合はスミレちゃんとタイになるから飽きるまでキスしちゃおうっかな」
「うっ」
「そこで、うっじゃないんだよ。蓮子お姉さんとしよ? 私は五にしますね。よろしくお願いします」
「当たったら三千六百、返ってくるから終わらないし。だいじょぶだもーん」
「よろしいですね? ではボールを回します。さらなる賭けはお控えください……行きます」
 蓮子が計算で予言?
 もし本当だったら、このシミュレーションを使わずに目的のデータを算出してくれない?
 なぁーんて……ひとりの人間の頭に担ってもらう計算量ではない。
「赤の九ですね。百のチップを二百八十八枚お返しします」
「あれ? 毘沙門天とは一体。あたしの計算が狂った」
「さすがの蓮子も狂ったみたい?」
「違うよ。直前に横槍が入ったんだ。けれども、そのふたりをルールに則って追い出すってのは……」
 蓮子の目が私やスミレちゃんにでも女性ディーラーにでもなく、モデルのふたりに向いていた。
 モデルが何か妨害してきた?
「私の目からは何かしたような気配は、まったくなかったわよ?」
「あら? 見間違えた? おかしい。何か、どこか」
「お先に二百八十六枚確保~。あたしの~」
「最下位のスミレちゃんさん。意地汚いですよ? メリーお姉さんがお仕置きしてあげましょう」
 スミレちゃんがイスの上で飛び跳ねる。
 私のくすぐりに可愛い悲鳴を笑いながら上げ、身をよじって私から逃れようとしている。
 ああ、いけない。ほんの少しのつもりが止まらない。
「も、もうゆるじで……ううぅ……あはっあっあっ」
「だーめ。正直に白状するまでやめてあげません」
「ええっ? あ、あたしは蓮こぉねーさんが計算で分かるっていうから、じゃあモデルのほうをいじれば計算を操るほうにできないかなーって試しただけで」
「やぁっぱりスミレちゃんのほうがしてたのね? 始めから使わないって嘘ついて、モデルを使ってでも勝ちたかった?」
「違うし」
「私はスミレちゃんのように心は読めないの。違うと訴えるのなら信じるわ。ただし、ルールはルール。ルーレットが終わるまでの参加権なしってことで……あの、いかがでしょうか」
「……ぃ……すよ」
「ん? 音声ガビガビ? 音声?」
 女性ディーラーの声が聞き取れなかった。
 メタいことに置き換えるなら、きちんと音声が再生されていない。
 急に没入感が失せてしまう。
 だからとて、ここでシミュレーションを放棄するわけではない。
「スミレちゃん? 操ったのはモデルだけ?」
「うん。そだよ。あたしと同じでモデルもここだけの命だから。あ、そいえば虎柄のお姉さんも同じだ。シン・キン・カン」
「……そうね。スミレちゃんは虎柄のお姉さんが何を言ったか分かった? ついでに蓮子は?」
「優しい口調で『ついでに』って。ちょっと? メリーと一緒だよ」
「あたしは心読むから分かる。たぶん? 何言ってるか、あたしが読むからお姉さんふたりで続けて? 続けて?」
「いきなり主役抜き。スミレちゃんがそれで進めたいのだから蓮子? 続けましょ?」
「……おー、あー」
「蓮子? まさか貴方まで? 勘弁してちょうだい。蓮子、蓮子」
「ごめんごめん。考え込んでた。音声が聞き取りづらかったのは周りがモデルに反応しないようにしてるでしょ? その無反応こじつけで起こるヌルポインター混入じゃない? 要するにバグってる」
「モデルの話題を出しただけで? スタイリッシュなほうかもしれないのに」
「まっ、あれこれ考えるより続けよ? スミレちゃんは音声サポートお願いね」
「まかされたぁ~」
 スミレちゃんったら笑顔のまま楽しそうね。
 結局は蓮子と遊ぶことになるんだから、なんだかねぇ。
「ちなみにメリーお姉さんが聞こえなかった声ってのは『あ、いいっすよ。こちとら気にしてないんで。続けもらってもいいっすよ』だって」
「そぉーんな口調だった?」
「合ってる合ってる、メリー。勝負は続行だよ。ルールはそのまま」
「笑いながら言ってるわね……あの、すみません。ベットしてもよろしいですか?」
{いかにも! 賭けてくださっても、くるしゅうねぇでござそうろう}
 これはスミレちゃんからの精神攻撃? 心の中に話しかけてきたのは分かるのに、私の考えていることが何もかも吹き飛びそうよ。
「今の蓮子にも聞こえた?」
「聞こえた。何も違和感ないね。私はゼロにメリーの百残しの、残り全額ベット」
{何? あた……女の子の分まで全額ベットだと? んちょっとは分けて、ぁやらねぇ~えぇ~か!}
 絶対に言ってない。
 言ってないわ、スミレちゃん。
「十一に一枚ベットします」
{あ、え? えっとぉ……うん! なんとかなる!}
 誰の声を代弁したの。ディーラーさんが客に向かって『なんとかなる』なんて言わないでしょう?
{そんなことないかも? あるかも? かもかも?}
「あーあー……そんなことないですぅ」
 女性ディーラーの立ち居振る舞いが変わった。
 このシミュレーションは被験者ごとに違った構成になると、事前の説明で知っている。まさか被験者に波が来ることで途中から内容が変更される? ホラー演出で建物や人物が歪むのは見たことある。
 くわえて、急に音声がクリアになった。
 バグを含めて私と蓮子、どちらから影響を受けたのかしらね。
「ディーラーさん早く回してですぅ。蓮子、早く結果を知りたぁい」
「は? 蓮子、急に貴方まで……」
 待って。考え直しましょう。
 まずは天丼をかました蓮子の頬を、わしづかみにする。
 いえ、私が蓮子も一蓮托生だと思っているだけだわ。
「ふぐぅ」
「確かな感触。確かなくちびるの歪み。確かな蓮子の声。何か見落とした?」
 女性ディーラーが指に挟んだボールを捻って回転させ、ルーレットの中へと投入した。
 明らかに動きが変わったし無言で始めたし、これもバグ? 投げかたからして回転盤の内側を正しくは回らないはず。いろいろと歪み始めた?
「蓮子のほっぺた、もちもちだから触ってて飽きないわ」
「でしゅぉ? ありごと」
「ところで、ディーラーさんについて何か言及することない? 蓮子」
「いあ、じゃべりにくいじ」
 それもそうね。
 ボールは回転盤の中をぐるぐる、いつものように正しく回っていた。
 ルールが継続ということで当たるほどに負けに近づく。
 明らかに多くベットしたほうが不利だけど、蓮子は勝つ気概はある? それとも、わざと負けるほうに仕向けてスミレちゃんとキスするつもりと。
 まぁ、それもそれで思い出作りとしてアリ。その瞬間を何枚も撮ってあげる。
 …………ぐるぐる、ぐるぐる。よく回るボールだこと。
 見ていると落ち着かない。いつ止まるのよとツッコミたい。
 ただ、それだけのこと?
 長い。かなり待たされている。うずうずして気持ち悪い。
 永久機関じゃないんだから、そろそろ落ちてほしい。
 いっそのこと指で止めて私の負けになろうかしら。
 キスは私とすればいい。思い出のキスをスミレちゃんの鼻にしてあげる。
 ああ、いつ? いつになったら。
 蓮子の頬の感触に集中して、いつまでも待とう。
 ぷにぷにした頬の手応えにまどろみを覚えてくる。
 私の薄れる感覚からシミュレーションはどんな流れを算出してくれるというの。
 私か蓮子どちらかが当て続け、百単位のチップであふれる?
 だとしたら女性ディーラーが気を遣い、百単位でチップを返してくれるのが申しわけない。
 どちらも当たらなかったら……失格のスミレちゃんがいるにしても三人で?
 まさかの四人目は登場しないわ。
 ……現れるとしたら?

   ※ ※ ※

 ――私と蓮子、ふたり。
【蓮子との思い出】
「別に蓮子は私みたいにならなくても、一緒に夢の中に入れるじゃない?」
「何を言ってるの。成長は大事なの。社会は成長率が大事ってメリーも分かってるでしょ?」
「蓮子のくせに……ってね。まぁ、手助けはするわ。相棒だし。とりあえず鼻を赤く塗ってみる?」
「私をトナカイか何かに、仕立て上げようとしてない? さすがの私も抵抗を示すんだわ」
「お前の目も役に立つのさ、って語呂悪かった」
「もう。メリーをおんぶして駆け抜けてやろうかな」
「さながら競走馬ね。三千メートルくらい走っておく?」
「どこまで急ぐ必要があって長距離を走る羽目に? むしろ電車のほうが静かで快適まであるわ」
「空は飛べる?」
「急に死角から来るじゃない」
「いやね? 無風の中、空を飛んでくれたら静かで快適でしょう」
「私が運ぶのは変わらないんかい」
「そうそう。それで、静かな場所で連れていきたいところは?」
「運ばないよ? ちなみに無響室」
「うん。そういうのじゃないなぁ。もっとこう……ない?」
「真空が良かった? 宇宙服で酸素ボンベくわえて」
「始めに静かの海とか出ないかなぁ、秘封俱楽部の部長さん?」
「そこはメリーが上手くツッコミ入れてくれるし」
「怠惰。もう怠惰よ。ヒモじゃないんだから、蓮子」
「ひも理論じゃダメかぁ」
「ダメ。それ理論じゃなくて屁理屈。もし一緒になるとしてもシェアハウスで共働きだから」
「うーん。あっ、ハニカムつながりでアガルタに行きたいな」
「つながった? ひもで括ってつながった、じゃないのよ?」
「もちろん。それと、指摘するところはそこじゃなくて、アガルタに行ったとしても三食昼寝つきの待遇があるかどうかね」
「指摘するところを間違えたことに同意するわ」
「アガルタ二泊三日の旅。行きたいなぁ」
「そんなに行きたい? 地下都市で、ともすれば真っ暗な中を手探り。秘封俱楽部としてなら分かるけど観光旅行だと共感できない」
「天井ぶち抜けばワンチャンス?」
「何もかもぶち壊しだし、普通に落下物で危ない」
「普通に……普通にかぁ。普通に行こうか、メリー」
「え? 大丈夫? 蓮子。スイレンでも食べちゃった?」
「んなわけないでしょ。ほら、手を出して? メリー……行くよ」

   ※ ※ ※

 蓮子に引っ張られた先に降り立った。
 空は真っ黒で絵に描いたような地下世界と捉えられる。
 でも、私たちが神社の境内にいるのが、妙に違和感を生んでいる。
「ついさっきまで私、思い出の中にいた気がするんだけど? 蓮子にスミレちゃん」
「いやぁ、ごめんね? メリーお姉さん。思い出作りだからって張り切りすぎちゃった」
「張り切るのは良いことよ? ……ね? 蓮子」
「メリー? 具体的には女性ディーラーもスミレちゃんが操ってたって話だって。それで、ずっとボールを周回させてたら私たちのモデルやら女性ディーラーやらまで、こう……ぐるぐるって回転しちゃって。私は面白かったんだけど、なぜかメリーが眠りこけちゃって」
 操ったというのはモデルに何かしたんじゃないかって、私がカマかけたときのことね。
 女性ディーラーにまで手を出していたと、なぜ蓮子は知ったのかしら。
 場所が変わったことに関しては、またスミレちゃんが操作したのだろうけど。
「ちなみにスミレちゃんは私の心に話しかけてきた内容と同じものを、蓮子にも伝えてた?」
「あれ? メリーが私に向いてるのは、なぜなんでしょ? スミレちゃんはアッチ。あっちあっち」
「ふたりして私にイタズラしたというなら、これは蓮子がすべて背負うということよ?」
「おお? 面白がっただけなのに。あ、いや……失言、失言」
「代わりにスミレちゃんをリアルに連れていこうかな? 今ちょうど秘封俱楽部っていうサークルに欠員が出てね? 良かったらスミレちゃん、代わりに入ってみない?」
「ごめんって、メリー。いやぁ、軽い気持ちでノリノリにしてたら思ったよりってだけだし。ここいらで勘弁して……あ、くれねぇかぁ? って……あ、はい。反省してます」
「はっはっは。リアルに連れていってくれるのは嬉しいけどフクザツゥ」
「んースミレちゃんも反省しましょうね? とびっきりのいい思い出に……」
 ダメ。涙出てきた。
 泣くつもりもなかった。泣く場面でもなかった。考えすぎて涙腺が緩んでしまっていた。
「あ、ごめん。本当にごめんなさい、メリー」
「あたしもごめんなさい!」
 は? なぜ蓮子が一番、涙を流しているわけ?
 といいますか、よく分からないまま流したのだから謝られても困るわ。
 いても立ってもいられない。これまでを整理しようにも目の前から目が離せない。
 とりあえずふたりを抱きかかえましょう。
「蓮子もスミレちゃんのことを想って?」
「……うん。スミレちゃんからのメリーいじりが面白かったのに、ここで終わるって思うと」
 おかしなセリフを本気で言っているあたり、まったくもって蓮子らしい。
 私にいじられないと気が済まないの?
「一応、聞くわよ? 反省してくれた?」
「何を?」
「今度は指じゃなくて手を突っ込みましょうね」
「いや、歯が立っちゃうから。っていうか私の口、真実の口じゃないし!」
「遠慮しなくても口の中に手を突っ込んだあと口蓋垂を握ってあげるから」
「うん。むちゃくちゃ。スミレちゃんのことを思い出してあげて、メリー」
「良くも悪くもインパクトありすぎで忘れるわけないでしょう? はい、スミレちゃん。ハンカチ」
「ありあと、メリーお姉さん」
 落ち着きを取り戻し、改めて周りに目を向けてみた。
 スミレちゃんの鼻をかむ音を耳にしつつ、今いるこの場所を博麗神社だと認識した。
 位置から察するにカジノ営業していた屋台があった場所だと断定できる。
 どうやら今日は縁日ではなくなったらしい。
 地下世界でハレの日なんてパッとしないから? そんな不満を口にしていたら宇宙ステーション暮らしでのお祭りに満足できなくなるわ。
「えへへ、鼻水と涙の氷玉ができた」
「器用だかなんだか。今さらだけどスミレちゃんって超能力が使える?」
「うん。知らんけど。氷玉をサイコキネシスでひゅんひゅーんって」
「そ、それをやたらと飛ばし回らないで。外、外にポイッしちゃいなさい」
 スミレちゃんが私の言う通りに氷玉を遠くへと飛ばした。
 超能力保持の自覚が不足しているのは、そういうしょうもないことに使っているのも原因かもね。
「ところで、今さらついでにボールが回り続けたあとのこと、ざっとでいいからどうなったかを聞かせてくれない?」
「じゃあ、あたしから。その辺の思い出をまるごとテレパシーするよ。はい、メリーお姉さん」
 はい、ってスミレちゃん……確かにスミレちゃん目線での記憶を思い出せられる。
 やっぱり小っちゃくて可愛いわねぇ。
 ああ、私たちのモデルを操った上に女性ディーラーまでも操ったら、シミュレーションとのかみ合いで音声バグが発生したと。蓮子と口裏合わせなんてしちゃって、ふたりしてぶりっ子に走ったのね。片方は女性ディーラーさんが背負わされたから難儀なものよ。
 それで、私の意識が虚ろになったあとはシミュレーション側が場所を書き換えたのね。
 私の夢がベースになって私を抱き寄せる蓮子と私が話し始め、今度は会話の内容をもとにスミレちゃんがテレパシーを使い、間接的に書き換えさせたと。
 だから、こんな歪んだアガルタができ……スミレちゃん? ダジャレをテレパシーで送りつけないで。
「アガルタができあがるたー! はぁスッキリ!」
「勢いで来られて返す言葉もない」
「このままノリでアガルタの中、観光に行く? メリーお姉さん」
「もちろん観光したい。でも、この検査を受けた目的からは外れてしまうから」
「お姉さんたちの能力がどこから来るか、だね? 喉から? 鼻から? 赤ちゃんはお腹から」
「もう。当たり前のように心、読んできちゃって。ふふっ、今は私の何が読める?」
「うーん。もっとメリーお姉さんに近づく」
「近づく? お、あ。それ抱きつくっていうのよ?」
「だっこしてほしくなった? スミレちゃん。ここは私、蓮子お姉さんでも良かったんだよ」
「うむ。次お願い。一番近くでメリーお姉さんの目を見たかったんだ」
「物好きだねぇ。せめてメリーの腰を痛めないよう体重はかけないであげて?」
「飛んでるから軽いし。それに、近くがいい」
 目の前にスミレちゃんの顔がある。
 スミレちゃんはその瞳で何を捉えているのかしら。私の目はそれへの答えを教えてはくれない。ただ、それが普通ではあるので、不満は生じない。
「もしかしてバツゲームに沿ってキスする流れ?」
「私が? あのときの結果は十一だった?」
 ひとまず、スミレちゃんの鼻へのキスを終えた。
 再度スミレちゃんと目を合わせあう。
 途端に呼吸音が耳に入ってきた。距離が近いから、私にまで体温が伝わってくる。
 不意に涙が流れるのを目にしてしまった。
 そっと服の袖に涙をしみ込ませた。
「少し休む? スミレちゃん」
「だいじょぶ。もうちょっと見てたらたくさん広がる」
 私の目が広がる? 視野が広がるという意味?
 これ以上、何を見せられるのか。これ以上、何を見られるのか。冒険に近い。
 予想外のところだと嗅覚に変化をもたらされたり、喉に何か仕込まれたり。スミレちゃんが赤ちゃんとして私から産まれてきたり。
「涙、引っ込んだ」
「……嘘」
 ドン引きされた?
 口にしてないからセーフよね? いえ、何もおかしなことは思ってないはずよ。
「メリーお姉さんの目が、ぱっちり開いた」
「ゆ、誘導された? な……なかなかやるじゃない」
 待って? また解釈が合ってないだけかもしれない。
 何か手掛かりは……何か。
「メリーお姉さんの目が泳いできた」
「うん、そうね。ところで、私の目を見るのは終わったの? スミレちゃん」
「本当。メリーの目、すっごく開いてる」
「蓮子? 今なら眼力で貴方をどうこうできると思うわよ」
「怖い怖い。鏡を用意しなくちゃ」
「まったく。モンスター扱いは、やめてくださる? 蓮子」
「私とメリーをモンスターにしようなんて思ってないよね、スミレちゃん」
「ぜんーぜんっ。とにかく終わったには終わった。頭の中ってだけ分かって、あとなんて言えば表せるか分からないから。それに、テレパシーで送ってもメリーお姉さんには、いつもの視界だし」
「充分。ありがと、スミレちゃん」
「頭の中ってことは脳かぁ。ま、私もメリーと同じかな」
「調子がいいんだから。蓮子ったら」
「ふっへっへ……でー? たくさん広がるって何が広がった? まさかのプレートの話?」
「なんでもなーい。ちなみにモデルのほうをいじって、いろいろ見えるようにしたのをテレパシーで送ることできるけど、お姉さんたちやってみる?」
「スミレちゃんなりの気遣い? 予防線ってことね。少し考えさせて」
 いまだにスミレちゃんが軽い。
 折角なのでだっこを継続してスミレちゃんの後頭部をなで、あやしつつ近くに座れる場所がないか辺りに目を配った。
「ライトのひとつすらない。あの縁側が見える? 蓮子」
「神社の人いない? 大丈夫そ?」
「誰もいない。廃墟探検がいいかなって時間をうんーっとうんっと先にしたから」
「理想の地下都市が廃墟になったのだから、忽然と消えたと考えられる。断然この目で見たくなったわ……自分の目で」
「いろいろ見えるのは、なくていいってことなんだね。蓮こぉねーさんも」
「なんとなくかな、私の場合。いろいろ見えても結果、メリーとの距離が開きそうだし」
「奇遇ね、蓮子。私もなんとなく。というかスミレちゃん? 中途半端なまとめの段階で断言させられて意見が固まってないんだけど?」
「そう? 私は正しい選択だと思ったわ?」
 私でも蓮子でもスミレちゃんでもない。声のするほうへと向くと、紫お姉さんの姿があった。
 スミレちゃんと同様、時間を越えてきた様子だった。
 ただ、厳密には設定が変わっただけではあるので、単に紫お姉さんも巻き込まれた側とも捉えられる。
「スミレっち? あまりモデルをいじられるとデータとして、とても使いづらいものになるから、これで終わりでいいわよね?」
「いぃぃいい? そうなんだ。リアルってメンドリ。じゃなくてメンドイ。このあとモデルをそこら辺の幽霊にぶつける遊びとか思いついてたのに」
「シミュレーションにストップさせようと思わせたの、貴方が初めて。まるで生きたバグね」
「くっくっく……なんかよく分からんけど。くっくっく」
 だっこされながら悪ぶってる姿も可愛い。
 もう少し体勢を立て直してからスミレちゃんと密着しましょう。ほっぺをくりくりってしちゃったり、ぷにぷにってしちゃったり。
「そういえば紫お姉さんって実在するかたでした?」
「ええ。一応、スミレっちも実在するのよ。貴方が抱えてるのはシミュレーションの一部だけどね」
「紫お姉さんは、あの鬼の子と遊んでたときまでがシミュレーションの一部だよね」
「その通り。だから、まったくの別人とも言えるわ……そうそう。スミレっちはポラロイドカメラは手にしたことある? 今度は人じゃなくてカメラにテレパシーをしてみて。内容は貴方が見えるようにできるモデルの目を通した世界よ」
「ほっほー。お姉さんとのお別れ前に、記念にドォォォォォーンっと、だね?」
「ドォォォォォーンなの? なんとなくだけど断っておいて正解だった気がしてきたわ」
 私の腕の中、カメラを受け取ったスミレちゃんがファインダーをのぞく。
 もうすでに誰かから、使いかたに関する記憶を抜き取ったあとだろうか。
「ぅんっ……私の腕が非力すぎたわ」
「シミュレーションだからって空飛ばなかったら、あたし重いのかー」
 女の子ひとり抱えきれなくなかった。
 おそらく撮影に集中するため飛ぶのをやめたのだろう。無念なことに下りてもらうしか手立てがない。だっこするひとときが終わってしまったと、打ちひしがれるとともに私は自覚しなければならない。
 ああ、なんということでしょう。
 私の手中からスミレちゃんが離れてしまった。
「なんかメリーお姉さんが落ち込んでるから代わりに蓮こぉねーさん見てー?」
「うん。見せて見せて」
 気が進まないから先に見てもらうのもいい。譲るわ、蓮子。
「まじ? これどこが写ってるの?」
「この辺とか、アガルタの中だね。ウェルカムヘルって感じしない? してるしてるー」
 スミレちゃんが構えるカメラの向きからして被写体は蓮子なのに、どこ写しているか分からないなんて蓮子は吸血鬼か何か?
 もしそうなら、ここには私と蓮子、人間と吸血鬼がいる。
 くわえて、スミレちゃんはシミュレーションの一部であり超能力者であり、その能力ゆえのメタ視点を持つ。モデルに関しては結果的にスミレちゃんのおもちゃかしら。自分のことながら異なった姿の自分がきれいな装いで複数枚撮れたから、あわよくば蓮子のきれいな姿も複数枚ほしいところではある。
 定点で撮り続けるだけでいいなんて、まるで万華鏡の内部を写しているみたいね。でも、写らないんじゃ仕方ないわ。まぁ、普通に撮れば……いいえ? 確か私ではダメだった。
 カメラの問題? 私のスマートフォンでも同じ結果なのかな。
 違わなければ紫お姉さんがポラロイドカメラを渡してきた意味は? と考えられる。
 それにしても紫お姉さんは途中までスミレちゃんと同じでシミュレーションの一部だったという。言動からしたら検査に携わっている人っぽいけど、率直にまとめたらリアルの妖怪が検査してますって。
 でも、秘封俱楽部としてなら妖怪には違和感を覚えるものではない。
「ひとりでいつまで考え込んでるの、メリー」
「ああ、蓮子。貴方なら私のこと分かってるでしょ?」
「もちろん。だから、私が近くにいるのよ。はい、これ。幽霊いっぱい」
「ふふ……そんな軽いノリで渡すものじゃないでしょ。ありがと。スミレちゃんが撮ったものよね」
 一見してギョッとした。
 廃墟と化した地下世界が地獄と見なせる。ただ、そうだとしてもこれら幽霊たちをシミュレーションが構成させたと思えば、どこかくすぐったいものがあった。
 写真のことを踏まえ、改めて周りに目を向けてみる。
 暗いながらも目を凝らせば人だったものと背景の境目が辛うじて見分けられた。
「幽霊はいいから、この写真見て? メリー」
「本当、蓮子って肝が据わってるっていうか。どれどれ?」
 いつのまにやら撮られた集合写真がある。
 余計なものまで写っている辺り、まさに思い出に相応しい一枚ともいえる。
 よく見れば余計なものと捉えた中に自分を含んでしまっていた。ただちに認識を改めるとともに首謀者の顔を脳裏によぎらせる。
「私だけ俯きながら考えてるだけあって、なんか暗い印象なんですけど? 蓮子おおおおお!」
「あっはっは! 文句あるなら私をつかまえてみたらー?」
「れっ! ……私を後ろから抱き締めてるの、スミレちゃん?」
「紫お姉さんがもう終わりだって。VR機器を外して終わるんだって」
 かける言葉が見当たらない。
 付き合った時間の短さから考えたら当たり前ではある。
 思い出の一枚は撮ってあるのだからこれ以上、何を望めばいいのだろう。
「スミレちゃん、メリーは焼き芋食べたあとなんだから後ろにいると危ないよ」
「スミレちゃん、放してくれる? いいえ、記念にスミレちゃんにはあの悪女を退治してもらおうかな」
「き、気迫が……メリーが鬼とか、妖怪とかのレベルじゃなくなってる。も……もうVR機器は外そ? 終わろ、終わろ!」
「まだ私は終わらなくても? ああ、そうだわ。このアガルタ中を駆け回ってもらうためにトナカイさんに、がんばってスミレちゃんと私を引っ張ってもらいましょうか」
 突然、視界が明るい光に支配された。
 頭部への通気性が変わったことからしても、VR機器が外されたと瞬時に判断できた。
「終わりだって。だいじょぶ? みけんってのにシワできてないかな、メリーお姉さん」
「スミレちゃん? リアルに……っていう話は? まだ私、シミュレーションの中?」
「すみませんが、あとが滞ってますのでご退出のほど、お急ぎいただけますでしょうか」
「あ、はい! 蓮子、蓮子は……何、構えてるのよ。スミレちゃん? 私の手を持って。蓮子もいつまでもそうやってないで行くわよ」
 私の手にそっと重なる手を感じた。
 引っ張るにはあまりにも頼りない。
 私から背中を押そうと試みようとしたら、俯いているスミレちゃんを目にした。
 ここから出たくないというわけではなかった。素直に私の誘導に従ってくれた。
 会議室から出ると、ぽろぽろと涙を流す姿がそこにあった。
 時の流れの境目が分かる。
 これはどちらにしろ別れることになる。そう私の目に見せつけてくる。

   ※ ※ ※

 ――とあるシミュレーションの中。
【紫たちの謝肉祭】
 白玉楼という邸宅の一角にて、八雲紫こと紫に西行寺幽々子こと幽々子、ひとりだけシミュレーションの身体を持つスミレちゃんこと宇佐見菫子がテーブルを囲んでいる。
 菫子ひとりだけ、サツマイモだけ盛られた皿を目の前にし、テーブルについていた。
 ほかのふたりはミートシチューに焼肉、ハンバーグなどが盛られた皿をこれでもかと言わんばかりに、目の前に並べさせて大食いに走っていた。
「今ごろあのふたり、変わりなく元気にしてるわよ。ねぇ?」
「まだ霊界に来た感じじゃないから、ほーじゃない?」
「ありがと。ちょっとふたりの食べっぷり見てる。あたしのこと気にしないで」
「そう? 食べっぷりというよりお肉のほうに目が向いているように見えるけど。スミレっちのお肉への感受性が豊かということよね」
「いつの日か口にすることもあるかもね。今じゃなくて、いつの日か」
「そーゆー未来を見るのすらスッコーンって抜けてくー」
「スミレっちは本来の謝肉祭ということね。私たちはわざわざシミュレーション用に幻想郷の知的財産を用意したくらいだから食べなきゃ嘘ってことよ」
「妖夢~。そろそろおかわり追加してちょうだい。もちろん私たちのお肉のほうね~」
 その主人の要望に対し、白玉楼の庭師がよれよれとした口調で返事をした。
「庭師って大変なんだなぁ」
「あの子が大変がっているだけよ。紫の式神を見たでしょう?」
「み、見た。妖怪すごい」
「紫の式神だからこそ。妖怪だからってあそこまでテキパキできるわけではないの」
 このタイミングで、よれよれの声の主が入ってきた。
 新しくできた料理を盆に乗せてきて給仕し、代わりに空になった皿を下げていく。
「すっかりお皿運びねぇ、妖夢」
「ぅう。ご勘弁ください、幽々子さま。こちらではしっかりしますので~」
「まぁ妖夢は野生の動物を血抜きする食肉加工には、めったに機会がないもの。同じ切るでも勝手が違うようね」
「どうせなら切り分けられた状態で現れてくれるほうがいいです」
「あたしも同感……んぁぁぁぁぁ。ずっと『さいしょくしゅぎしゃ』でもいいや」
「そのわりにサツマイモ冷めていっちゃうわよ? スミレっち」
「年端も行かない女の子。初々しいわね」
「もぉぉぉ何がなんでも蓮こぉねーさんやメリーお姉さんがどこにいても、千里眼で探し当ててあたしは安心するんだからっ!」
「可愛い。ご飯が進んじゃう」
「紫も大概、大食らいに見えるわ。まぁ、こんなに多種多様なお肉を気が済むほど大量に、そうそう口にできないからだろうけどね」

   ※ ※ ※

 検査後、スミレちゃんや紫お姉さんとは『さようなら』を交わした。
 結局のところ、スミレちゃんはリアルまで超越してきただけで、リアル側の人間ではなかった。
 紫お姉さんが引き取るとの話だったが、今ごろどういった存在で保たれているのだろうか。
 ともあれ、消えてしまったわけではないからネガティブにならないでいい。
「またひとり考え込んじゃって。葬式帰りじゃないんだから」
「そりゃそうよ。私はサツマイモスムージーをじっくり味わってるだけだから」
「お互いに未練たらたらだなぁ。ま、急いで飲み干したらもったいない、ってのなら同意だわ」
「一品注文で粘る客と思われるのは心外だけど」
 検査結果については特別に紫お姉さんがデータを抜いて提供してくれた。
 くわえて、ポラロイドカメラでの写真に限り画像として印刷し、ともに提供してくれた。
 さらに始めから参加していなかったことにしてデータ抹消まで、至れり尽くせりだった。
 ただし、データ解析は自分でやれと言わんばかりに、ほぼ剥き出しの数値でデータ作成されていた。
 ざっくり眺めると信号伝達に際し、脳領域ごとに伝わっていく信号の数値差が個性が見受けられる。
 私と蓮子で同じ信号が入力されているのに、数値が違う箇所があった。
 今回の検査目的では個人を証明できるほどの詳細なモデルが取得できれば、公的に本人による意思表示の代わりとして用いられ、法案に使う資料として提出もできるという流れになっている。
 一方、私たちはというと、視覚野関連の投射先が私と蓮子では違っている。そんな感じかしら?
「そういえば蓮子? 貴方のいうやっちゃったって何? なんだったの?」
「そういうメリーもでしょ。盛大にやらかしたって顔で面白かった」
「ただ私は、いつも見てる境目が見えづらくなっただけ。あのVR機器、光一点に情報を詰め込んで照射してたでしょ? 普段たくさんの光が眼球に集まってくるのとは違うから、それで思うように詮索ができないかもって戸惑っちゃったの」
「あー、メリーもVR機器がねぇ。私の場合はその光一点照射が、映像を月や星みたいに見せてきて……ありとあらゆるものが数値化された感じ。まさか年数をいじったら本当に反映されるって思わなくて」
「千九百年が舞台になったのって蓮子の仕業だったんかいっ」
「いやぁ、やっちゃったんだわ」
「なるほどね。スミレちゃんが時間軸を変えたのって、蓮子のモデルを操ってのことかもしれないわね。ついでに私のモデルも操って境界を見ることで自由に世界線を変えられたと」
「ああ、モデルで思い出した。スマホに写真。いろいろ残ってた」
「集合写真だけじゃなくスマートフォンの写真まで? 支払った小銭が戻っていたからって盲点だった。そういうことなら蓮子のモデルの写真……っ!」
「そ、そこまで悔しがる? いやほんと、スミレちゃんはいいのを残してくれたなぁ」
 ああ、なんということでしょう。
 ここがカフェでなければ今すぐスマートフォンを奪って差し上げました。
「ん? そんなにじっくり私を見て。照れさせようとでも? 蓮子」
「ざんねーん。見てるのはスミレちゃんの、鬼の子との自撮りでしたー」
「見なさい。そこは私を見てよ」
「見てほしくないのか見てほしいのか。フクザツゥ」
「スミレちゃんみたいなこと言って……ここはひとつ蓮子のモデルを貴方が作成し、きれいな貴方を撮影するっていうのは、どうかしら」
「なんで地雷を自分で作って、しかも自分で踏まなきゃならないの」
「ほら、事前にシミュレーションで行きたいところを予習できるじゃない? 地雷ばかりじゃないわ」
「自分たちで用意できないから検査受けようって話はどこ行ったのよ。夢しかない。メリー、気分がハイになってきちゃった?」
「そう。今、夢として認識したわ。機会があれば夢の私たちを頼っていきたいわね」
「シミュレーションのモデルの次は夢。いつの日か他人事みたく思ってしまいそう」
「確かに。モデルの数ほど夢があったら、そう感じてもおかしくない」
「うんうん。広がるとは言えても増えるなんて言わないし」
「言わないなら増やしてみるのもいいわ。ぽこちゃかぽこちゃかって」
「やたらとハイだよね。ま、落ち込んでるメリーよりいいけど」
「いつかスミレちゃんと再会できたらいいなってことよ」
「ああ、そう言われてみればそうだわ。次の大型シミュレーションはシミュレーション上の追尾システムが作成されないかな」
「できてもそんなストーカーシステムを個人に流すわけないと思うけど」
「私だけに特別あげるーってサンタさんお願い」
「なんで私のほう見て……トナカイがお願いしてどうする」
「ダメならスミレちゃんをリボンでぐるぐる巻きにしてプレゼントして」
「女の子にさせる格好じゃないでしょう?」
「そっか。メリーがやってくれるか」
「趣旨反れたし? 寒い冬の時期にリボンだけで飛び回るっていろいろ不味いし」
「じゃあ、プレゼントはサツマイモでよろしくー」
「だから、なんで私がプレゼントする前提なのよ……いや、あげるけどね」
「やったぁ。収穫時期が十一月のを頼もー。二ヶ月保存で美味しくなるから」
「はいはい……ところで、次の秘封俱楽部の予定、何か決まってる?」
「小惑星の謎の人工物調査とか? エーデルワイスの原種探しとか?」
「相変わらず宇宙や海外、遠い場所を選ぶわね」
「最近わりと素直にメリーがなんとかしてくれる、なんて思えてきたから」
「ヒモが板についたって、冗談のうちで終わらせて? そんなこと言ってる蓮子は自分の能力に何か変化は感じていないの?」
「相棒にたかる能力がアップした」
「蓮子? 私はシミュレーションでの、時間を操った蓮子の話をしているの。そっちがそのつもりなら私がヒモになろうかしらね……支払いよろしくね、蓮子」
「あっ……ちょ、メリー」
「ごゆっくり残りのスムージーを楽しんで? 外で待ってる」
「こんなときだけ早飲みして。まったくメリーったら抜け目ないんだわ」
 こっそり持ち出したレシートつきのクリップボードをレジに置き、ふたり分の支払いを済ませた。
 あとで支払いができない蓮子が焦り、店員に尋ねるまでを想像する。
 さて……これから貴方はどんな表情になっちゃうの? 近くで見張っていましょう。
 くるくるくるくる。
 私の手の上で転がり、さぞ万華鏡のように様々な姿を見せてくれるんでしょうね。
久しぶりに蓮メリ書けて満足です。
タイトルの『チップ上の幻想郷』は菫子幻想入りの際の、別の手段を模索したときの名残でした。
夢オチがあるならシミュレーションオチもあるじゃない、っつって。
また蓮メリで、違うステージで書けたらと思いま。
ところで、あとがきから最初に読む人って今もいます?
れにう
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