「――っていう話なんですが、私は何か食べることができますでしょうか」
梃子でも動かない不審者を演じる。そんな私は鯢呑亭の店内で店員さんに紙幣を見せながらコンタクトを図った。
「そ、そうですね。森近さんのお知り合いということで軽食までなら提供できますけど。大人のお客様がご来店なさる時間までですが、いかがでしょうか」
「願ったり叶ったりです。対戦よろしくお願いします!」
あまりの私の不審者っぷりに、店員さんを除けば白い目を向ける人間はいない。そもそも現在の来客が私しかいないうえ、鯢吞亭が開店前なので当然といえば当然になる。
「たいせん? ……ど、どうぞカウンター席へお座りください。仕込んでる料理の中から出せるものを掻い摘みますので」
ようやく席に招かれる結果を得られた。これは大きいと自画自賛する。席のうえで小躍りして、さらに不審な目で見られないか心配だ。
「ありがとうございます! あ、ちなみに鯢呑亭様は居酒屋ってことで合ってますか? スナックとかバーとか、レストランとか食堂とか色々呼びかたがありますが」
「おっしゃってることに存じ上げない言葉が含まれていますが、とにかく居酒屋で合ってますよ。一応、お子様がご来店なさる場所ではないですからね?」
「重々承知です! 成人が太政官布告で二十歳からになったのはネットで調べました」
店員さんの目が見開く。さしあたって会話の滑り出しがスベったと分かる。
これから何回、店員さんを硬直させてしまうのか。ワクワクが止まらない。
「そう! 調べものです。聞きたかったことがあったので立ち寄りたかったのが、ことの発端なんです。ちょっとしたゲーム脳なんですが、食事と一緒に会話イベントって発生しますよね? その場合、スナック方面に近いですけど」
「え~っと。うん……うん?」
「この里以外にも里を見かけたんですが、その里の名前とか知ってたりします? あのとき見かけた以来ぜんぜん見かけなくって」
店員さんが息を吹き返したかのように反応する。
馴染みなさそうなカタカナ言葉で店員さんを思考停止させたあと、すんなり理解できる質問を投げかけたので飲み込みが早くなると計算していた。
「里? ですか? この里以外に里があるなんて聞いたことないですが」
ここで私は獲物を見るような目で見ないよう配慮する。とくに目つきが正直になりがちなので注意が必要だ。
「んー、里の人で見かけたって人ほとんどいなかったけど、それでも私以外にも見た人いるには……いるので。このお店に来るお客から何か聞きませんでした?」
「聞いたことないですねぇ。それに酔っぱらったお客様は支離滅裂な話が多いですし、私は真偽を深く追求しませんからその場その場で覚えてないことが多いです」
「その里、耳にした噂からしてトンデモないらしいです。たしか最果ての里? とか名前が。まだ眉唾物ですけど」
「ト、トンデモない!? 具体的にはどんなことが行われているとか、何かありますか?」
「えーっとね。あ、里に住んでるのがエビ人間だとか。その里はすでに龍に滅ぼされたとか。実際には確認したことないから、私からの保障はできないけど」
「気になってきました。つぎに、お店を開けたときにいらっしゃるお客様に聞いてみましょう」
おお、会話が弾む! なんだろう。ものすごく小さいことでワクワクしてる!
「やけに楽しそうですね。よほど美味しかったんですか? そうでしょう。どれも自慢の一品ですからね」
「はい、ありがたく頂いてます! お酒を飲めないのが悔しいくらい」
「そういえばお酒は呑まれないと仰ってましたね……でも、ほんのちょっとなら、どうでしょう? そのためにお猪口があるんです」
流れるようにお酒が提供されてきた。ちっちゃな器に本当に少し入っている。そして、何やら感じるものがある。
未成年にお酒を飲ませないのは、脳のマヒやアルコール分解に差があるためで、ぶっちゃけ手元で先に分解してしまえば済む話だ。サイコキネシスでアルコール分子のパズルゲーム、決して難しい話なんかじゃない。
それはともかく、以前に華扇ちゃんと来たときにはいなかった店員さん。興味が尽きない。ほんの少しだけ、目の前で起こっている三つの能力のうち、ひとつに触れてみたい。文字通り能力で能力に触れる。
「飲みました。しゅわしゅわ! でも、子ども舌なので味がよく分かりません。残念!」
「しゅ、しゅわしゅわ? まあいいです。早かったんですね。仕方ありません。大人になられてお酒の味が判るようになったら、またお出しします」
「ところで、店員さんお酒に何か仕掛けました? 飲む直前まで何かがあるって感じてたんですが、飲むときには何もなくなってたんです」
「え? そんなはずは? いや、ち……違う。お酒が美味しくなるおまじないをかけたんですが、なんらかの理由でなくなってしまったようですね」
「ますます残念! 美味しくなるおまじないが直前で消えるなんて! ああ。だから、私には味が分からなかったんだ」
「そういうことです。消えた原因は調べておきますので、またの機会ですね。次があればですけど」
今の『そういうことです』のときの、店員さんのドヤッが可愛かった。こっそり写真として収めておきたかった!
それにしても、次の機会の話? どうしよう。ほぼ次はないんだろうけど、次の今回はある?
最近はすんなりと基本の幻想郷に行けることが少なくなったんだよなぁ。まるで、どこかの幻想郷の切り抜きに迷い込んだかのよう。でも、杞憂民になることはないんだ。人間が記憶可能なエピソードのパターンをランダムで味わえていると思えば、冒険としても味わえる! 名づけるならドリームスウォークって奴? 夢浮橋はポジティブに考えようってね。
「――っていう話なんですが、私は何か食べることができますでしょうか」
「そ、そうですね……っていうか、この夢は何度目なの! もう悪夢って言っても過言じゃないのよ。この私が悪夢を見せられるほうになるなんて……あれ? 前も悪夢を見せられたことがあったような」
「あ、以前にも悪夢を? その話、気になります。よかったら思い出せるうちに聞かせてもらえまえんか?」
梃子でも動かない不審者を演じる。そんな私は鯢呑亭の店内で店員さんに紙幣を見せながらコンタクトを図った。
「そ、そうですね。森近さんのお知り合いということで軽食までなら提供できますけど。大人のお客様がご来店なさる時間までですが、いかがでしょうか」
「願ったり叶ったりです。対戦よろしくお願いします!」
あまりの私の不審者っぷりに、店員さんを除けば白い目を向ける人間はいない。そもそも現在の来客が私しかいないうえ、鯢吞亭が開店前なので当然といえば当然になる。
「たいせん? ……ど、どうぞカウンター席へお座りください。仕込んでる料理の中から出せるものを掻い摘みますので」
ようやく席に招かれる結果を得られた。これは大きいと自画自賛する。席のうえで小躍りして、さらに不審な目で見られないか心配だ。
「ありがとうございます! あ、ちなみに鯢呑亭様は居酒屋ってことで合ってますか? スナックとかバーとか、レストランとか食堂とか色々呼びかたがありますが」
「おっしゃってることに存じ上げない言葉が含まれていますが、とにかく居酒屋で合ってますよ。一応、お子様がご来店なさる場所ではないですからね?」
「重々承知です! 成人が太政官布告で二十歳からになったのはネットで調べました」
店員さんの目が見開く。さしあたって会話の滑り出しがスベったと分かる。
これから何回、店員さんを硬直させてしまうのか。ワクワクが止まらない。
「そう! 調べものです。聞きたかったことがあったので立ち寄りたかったのが、ことの発端なんです。ちょっとしたゲーム脳なんですが、食事と一緒に会話イベントって発生しますよね? その場合、スナック方面に近いですけど」
「え~っと。うん……うん?」
「この里以外にも里を見かけたんですが、その里の名前とか知ってたりします? あのとき見かけた以来ぜんぜん見かけなくって」
店員さんが息を吹き返したかのように反応する。
馴染みなさそうなカタカナ言葉で店員さんを思考停止させたあと、すんなり理解できる質問を投げかけたので飲み込みが早くなると計算していた。
「里? ですか? この里以外に里があるなんて聞いたことないですが」
ここで私は獲物を見るような目で見ないよう配慮する。とくに目つきが正直になりがちなので注意が必要だ。
「んー、里の人で見かけたって人ほとんどいなかったけど、それでも私以外にも見た人いるには……いるので。このお店に来るお客から何か聞きませんでした?」
「聞いたことないですねぇ。それに酔っぱらったお客様は支離滅裂な話が多いですし、私は真偽を深く追求しませんからその場その場で覚えてないことが多いです」
「その里、耳にした噂からしてトンデモないらしいです。たしか最果ての里? とか名前が。まだ眉唾物ですけど」
「ト、トンデモない!? 具体的にはどんなことが行われているとか、何かありますか?」
「えーっとね。あ、里に住んでるのがエビ人間だとか。その里はすでに龍に滅ぼされたとか。実際には確認したことないから、私からの保障はできないけど」
「気になってきました。つぎに、お店を開けたときにいらっしゃるお客様に聞いてみましょう」
おお、会話が弾む! なんだろう。ものすごく小さいことでワクワクしてる!
「やけに楽しそうですね。よほど美味しかったんですか? そうでしょう。どれも自慢の一品ですからね」
「はい、ありがたく頂いてます! お酒を飲めないのが悔しいくらい」
「そういえばお酒は呑まれないと仰ってましたね……でも、ほんのちょっとなら、どうでしょう? そのためにお猪口があるんです」
流れるようにお酒が提供されてきた。ちっちゃな器に本当に少し入っている。そして、何やら感じるものがある。
未成年にお酒を飲ませないのは、脳のマヒやアルコール分解に差があるためで、ぶっちゃけ手元で先に分解してしまえば済む話だ。サイコキネシスでアルコール分子のパズルゲーム、決して難しい話なんかじゃない。
それはともかく、以前に華扇ちゃんと来たときにはいなかった店員さん。興味が尽きない。ほんの少しだけ、目の前で起こっている三つの能力のうち、ひとつに触れてみたい。文字通り能力で能力に触れる。
「飲みました。しゅわしゅわ! でも、子ども舌なので味がよく分かりません。残念!」
「しゅ、しゅわしゅわ? まあいいです。早かったんですね。仕方ありません。大人になられてお酒の味が判るようになったら、またお出しします」
「ところで、店員さんお酒に何か仕掛けました? 飲む直前まで何かがあるって感じてたんですが、飲むときには何もなくなってたんです」
「え? そんなはずは? いや、ち……違う。お酒が美味しくなるおまじないをかけたんですが、なんらかの理由でなくなってしまったようですね」
「ますます残念! 美味しくなるおまじないが直前で消えるなんて! ああ。だから、私には味が分からなかったんだ」
「そういうことです。消えた原因は調べておきますので、またの機会ですね。次があればですけど」
今の『そういうことです』のときの、店員さんのドヤッが可愛かった。こっそり写真として収めておきたかった!
それにしても、次の機会の話? どうしよう。ほぼ次はないんだろうけど、次の今回はある?
最近はすんなりと基本の幻想郷に行けることが少なくなったんだよなぁ。まるで、どこかの幻想郷の切り抜きに迷い込んだかのよう。でも、杞憂民になることはないんだ。人間が記憶可能なエピソードのパターンをランダムで味わえていると思えば、冒険としても味わえる! 名づけるならドリームスウォークって奴? 夢浮橋はポジティブに考えようってね。
「――っていう話なんですが、私は何か食べることができますでしょうか」
「そ、そうですね……っていうか、この夢は何度目なの! もう悪夢って言っても過言じゃないのよ。この私が悪夢を見せられるほうになるなんて……あれ? 前も悪夢を見せられたことがあったような」
「あ、以前にも悪夢を? その話、気になります。よかったら思い出せるうちに聞かせてもらえまえんか?」