Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ホット・デイ

2019/06/01 18:01:05
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「氷精、大地に散ゆ。なんて記事はいかがでしょう?」

 夏の強烈な日差しの中、溶けかけている氷精に、射命丸文は問いかける。
 そんな射命丸に対して、立つことも座ることも放り出していた氷精からは、“あ”という音に濁音を混ぜた声が長く発せられた。これは不機嫌というやつだなと、射命丸は理解した。
 溶けかけた彼女は、視線だけを天狗に向けて、先ほどと大して変わらない声色で文句を言った。

「あや、ふざけてるの?」
「そんなに怒らないでくださいな。せっかくの可愛いお顔が台無しですよ?」
「ふんだ」

 彼女には、もはや言い返す気力もなくなっているのか、怠そうに、ごろりと身をよじり、そっぽを向いた。拗ねたという表現が適切なのだろう。
 射命丸は少しばかり自身の頬をかいた後、わざとらしい足音を立てながらチルノに近づいてしゃがみこんだが、それでもチルノは射命丸とは顔を合わせようとはしなかった。やはり拗ねていた。

 射命丸は、そっとチルノの頭に手を伸ばし、ゆっくりと時間をかけて撫でていく。
 彼女はなにも言うことはなかった。だから、完全にそっぽを向かれている訳ではないと射命丸は悟った。
 ならばと、射命丸の口が開く。

「チルノさん。こっちを向いてくださいな」
「う―」

 向いてはくれなかった。それでもあきらめず続ける。

「一生のお願いですから~、ね?」
「う―」

 射命丸はここで一生の願いを使った。しかし、彼女は向いてくれなかった。
 うぐぐ、という声が天狗から漏れる。それでもあきらめずに続けた。

「あ、そうだ! 今日ですね、ラムネを持ってきたんですよ―。
 チルノさんと一緒に飲もうと思いまして。一緒に飲みましょうよ」
「う―」

 甘いもので釣る作戦も失敗した。
 ラムネは本当に持ってきており、いつも持ち運んでいる取材用カバンの中に、二人分入っている。
 宣言したとおり、彼女と一緒に飲むために持ってきたのだが、それも失敗に終わるかもしれないと、嫌な未来が射命丸を怯えさせた。

「え―っと……チルノさん?」
「う―」

 その単調な反応に射命丸も「う―」と唸りたくなった。
 射命丸は頭を抱えた。なにせなにをいっても「う―」なのだ。どうしようもない。
 心の中では、すでに白い布切れと棒を準備していて、棒に布を括り付けて、立ち上げようかと検討を始めていた。
 だが、この状況が長く続くのは良くないとも考えていた。二人の仲が、というのもあるが、それよりも問題なのは、この天気の良さにふさわしいこの暑さである。
 氷精を溶かすだけあって、お互いの頬や額には汗が滴っていた。このまま日向に晒され続け、時が過ぎれば、夕方には天狗と妖精の干物が出来上がること間違いなしだった。射命丸は当然干物にはなりたくないし、妖精の干物というのも見たくなかった。

「あの―、せめて日陰に移動しませんか? 暑いでしょ?」
「……」

 なにを言っても紅魔館の主人のような声しか返してこなかった彼女が、ここにきて沈黙する。
 射命丸はついに無視されたかと内心焦ったが、ある可能性を見いだした。
 勝手に半信半疑になりながら、時間をかけて考えて、そして言葉を紡ぐ。

「もしかして、日陰で休むこと失念してました?」

 射命丸自身、まさかそんなことあるわけが無いだろうと思いつつも、念のため彼女に問う。
 だがしかし、その予想はどうやら的中したようで、チルノは膨れっ面を射命丸に見せた。

「……抱っこ」

 両腕を伸ばし、言われた小さい言葉の意味に、射命丸は安堵と脱力が混じった大きなため息を吐き出した。
 伸ばされた腕に従って、彼女を引き寄せた。いつもより若干温かい体温が射命丸の体を冷やす。

「じゃあ……移動しましょうか」
「……うん」

 氷精を抱きかかえたまま、近くの涼しそうな木陰へと移動する。案の定そこは、日向よりも過ごしやすく、暑い日照りも心地よい照明に変化していた。
 ここなら大丈夫だろうと、射命丸はチルノを地面へ降ろそうとしたが、当の彼女は地面に降りる気配を見せなかった。それどころか射命丸の服を掴む力が強くなっている。

「チルノさん? 日陰につきましたよ?」
「やっ」

 短い言葉は否定を意味していた。離れたくない、ということらしい。

「えっ、その……私は別にいいですけど……暑くないですか?」

 その問いにチルノは、こくりと小さく頷く。
 射命丸は戸惑いながらも、彼女の願い通り、抱いたまま木の根もとに腰を降ろした。

 やさしいそよ風が彼女たちにも恵まれる。どこかで、ざあざあと木の葉が擦れた。
 射命丸が見上げた先には、新緑のすきまから、ムラのない青が広がっていた。
 ……白色はまだない。

 チルノはいまだ射命丸に抱きついている。いくら木陰であっても、人並みの体温を持つ射命丸にくっつけば、普通暑く感じるはずなのだが、彼女は一向に離れる気配を見せなかった。
 反面、射命丸はくっついている相手が氷精なので、そんなことはなかったが、しかし、チルノのことが気掛かりだった。
 無理やり離すわけにもいかず、しばし考えた射命丸はカバンから葉団扇を取り出して、チルノを扇ぐ。水色の髪がやわらかく揺れ、チルノの表情が和らいだ。射命丸は少しばかり安心して、ほっと息をつく。
 それからしばらくは、セミの鳴き声だけがよく響いていた。


 ……遠くには、大海を泳ぐ入道雲が現れて、ゆっくりと東の方角へ進んでいた。


「あや」

 チルノの声は籠っていた。射命丸の胸に顔を当てているせいなのだろう。
 にこやかな表情で、射命丸は返事をした、

「はい、なんでしょうか?」
「さっきは……ごめんね……」

 射命丸の服をより強く掴む仕草は、なにかに怯えているようにも見えた。
 そんな彼女の射命丸は強く抱き締め、わずかに震えていた身体を止めた。

「私は何も怒ってないですよ。大丈夫です」

 安心してほしいという思いをこめて、氷精の髪を一度だけ撫でた。

「本当?……怒ってない?」
「本当ですよ。まぁ、チルノさんがなかなかこっち向いてくれなかったから、少しだけ寂しかったですけどね。
 ……それよりも私こそ、ごめんなさい。チルノさん辛いはずなのに、つい、からかっちゃいました」
「ううん、あやは悪くないよ。あたいが悪いの」
「いや、私がからかわなければこんなことには……だから私が悪いです」
「あやは悪くないのっ。あたいが――」
「いやいや、私がっ――」

 しばらくそれを言い合って、彼女たちの間には、笑みがこぼれた。
 自分こそが悪いと、お互いが主張し譲らないことに、よくわからない面白さを感じたのだろう。
 やがて彼女たちは、この無意味なやり取りをやめ、笑顔で言い合った。

「仲直りですね」
「うん、仲直り!」

 より強く抱き締め合った二人。この時だけは、世界から暑さが消えていたかもしれない。

 ……木漏れ日は、強さを増した。

「あっ、そういえばラムネ持ってきたの忘れてました。一緒に飲みましょうか」
「うん! 飲みたい!」

 射命丸がカバンの中からラムネを二瓶取り出した。
 ガラスについた生ぬるい水滴が地面に落ちる。冷たさはなくなっていた。

「あちゃ~……時間経ちすぎたか」

 しまったと思っても遅く、そのまま飲めば美味しくないだろう。水滴だけが無常に垂れる。
 けれども、それを見た氷精は、「あたいにまかせて!」と射命丸に言った。

「貸してみて」

 言われるがまま、射命丸はチルノにラムネを渡した。彼女は受け取ったそれを手のひらに握り締めた。
 すると、彼女の手から漏れだした冷気が急激にガラス瓶を冷やす。パキリと、なにかに圧迫されたような音が響き、ガラス瓶からは白い煙がおぼろげに立ち込めた。

「いや―、すごい。さすがチルノさんです」
「ふふん。もっと誉めてもいいよ?」

 胸を張るチルノから、冷えきったラムネが渡される。
 お礼に、と射命丸は彼女の頭を撫で、そしてチルノは顔をほころばせた。

「ねぇねぇ、はやく飲もう!」
「そうですね。温くなる前に早く飲んじゃいましょうか」

 二人とも、ほぼ同時にガラス玉を押し、瓶から泡が勢いよく飛び出してきた。
 瓶の飲み口に残った泡と一緒にラムネを啜る。口の中に、どこか掴みどころのない甘さと焼けるような感覚が広がって、舌を刺激した。

「おいしいね!」
「ええ、おいしいですね」

 ちびちび飲む射命丸とは対照的に、チルノは勢いよくラムネを飲み干していく。
 そしてついにチルノのラムネは、ガラス玉のからんという音によって、早くも終わりを告げられた。

「む―っ」
「あやや、早く飲み過ぎですよ」

 チルノは必死になって、瓶の底にたまった残りを集めようとするが、上手くはいかない。
 やがて彼女の両目は射命丸へ向けられた。射命丸が持つ瓶の中身は、まだ並々とラムネに満たされていた。その視線の意味に射命丸が気づかないわけもなく、「あ―」とわざとらしく頷いた。

「飲みたいですか?」
「うんっ」

 射命丸はチルノに余ったラムネを渡した。
 チルノはさっそく飲もうとするが、射命丸がにやけながら「間接キスになっちゃいますけど良いんですか?」と彼女に問いかけたことでその手が止まった。

「間接キス? ……なにさ、それ」
「ありゃ……知らないの?」

 射命丸はチルノに説明する。曰く、口と口が直接触れなくともキスと言われることがあると。いまのような状況はまさにその代表例ともいえるものであると。
 チルノは「ふ―ん」と理解を示した後、ラムネを飲み干した。

「……躊躇わずにいきましたね。嫌じゃないんですか?」

 瓶の飲み口から、唇を離した氷精は答えた。なぜかとても神妙な面持ちをしていた。

「あやだから気にしないの」
「えっ。あっ……そうなの?…………こう言うときって、どう反応すれば良いのかしら……」

 射命丸は困惑していた。彼女の反応が想像と違いすぎたのだ。だから、心臓の脈打ちが早すぎて、身体がわずかに揺れていることにも気がついていなかった。
 チルノの手からガラス瓶が離される。瓶は音を立てることなく、草に包まれながらわずかに転がった。
 余った両手が、射命丸の首もとに回され、そこでようやく射命丸は、彼女の顔が朱に染まっていることに気づく。
 お互いの漏れだした吐息が二人を蒸らす。


「あやは……あたいとキスしたい?……」


 その震える声は弱く、いまにも世界に消されそうだった。
 氷精の湿った瞳は、曇りなく天狗のことを見つめていた。空を模したようなガラス玉に紅色が混じる。
 天狗は引き裂かれる胸の痛みを我慢して、しどろもどろに口ずさむ唇を必死に抑え、なんとか言葉を紡ごうとする。


「し、したいですけど――っ、んぐぅ!」


 しかし、射命丸が言い終わるよりも早く、二人の口が重なった。射命丸の言いかけた躊躇いの言葉は失われ、長く、長く、ずっと長く。
 天狗は首元に手を回され、頭を動かすことも叶わない。ただ氷精がその腕を緩めるまで、それが続いた。


 ……東へ旅立った入道雲は、もう見えなくなっていた。


 時が止まるほどに交わした口付けも、唐突に終わり、二人の吐息は外の熱された空気に消えていく。
 すぐさまチルノは、天狗の胸元にその顔を隠してしまったので、彼女の表情はもはや見ることはできなくなってしまった。
 射命丸も身体に力が入らず、手足は地面に放り出され、据わらない首は自然と天に向く。
 白く光る太陽に向かって、天狗は力なく口を漏らした。


「あつい、ですね」


 か細い声は、世界に消され、奪われていた季節が戻る。
 セミの鳴き声はいつの間にか始まっていた。
 わずかに吹くそよ風も、息を取り戻したようだ。



 ……夏の日差しは、なおも強く輝き、続く。









 ―了―
最後までお読みくださり、誠にありがとうございます。

三作目です。最近暑いので書いてみました。
誤字・脱字やおかしな文章などございましたら、ご指摘ください。

以上です。
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https://twitter.com/hatsuca79
はつかねずみ
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気でした
2.名前が無い程度の能力削除
はぁ…素晴らしい文チルでした。
3.名前が無い程度の能力削除
最高のチル文でした!他のチル文ないかなぁ~…ちらちら