「あたい達、妖精って何か舐められてる気がするんだよ」
「そりゃそうだろ。
だって、お前ら、バカみたいだし」
「何だよ、バカっていうなー」
「そうそれ。そういうところ」
むきー、と怒って手を振り上げる妖精をからかうのは霧雨魔理沙。
本日、とある巫女の務める神社にやってきて、そこに居候――というよりは勝手に住み着いている、アメリカンな雰囲気の妖精をからかって遊んでいる。
「何がどうバカだって言うんだよ」
「そうだなー。
とりあえず、毎日脳天気に遊んでるところだな。
お前らには、生きる上で一本通っているべき筋が見当たらない」
「それは魔理沙が言うことではないと思うわ」
「何だと、根無し草の風に吹かれて飛んでいく巫女のくせに」
「どっしりと構えた大木は台風でへし折れる。だけど、竹はそう簡単には折れない、ってね」
「言ってることが速攻で矛盾してるんだが」
やってくるのは神社の主、博麗霊夢。
彼女は手に持ったお盆を縁側に置くと、「で、何の話をしてるの」と目の前の妖精に問いかける。
「最近、あたいら妖精がバカにされてる、って話し。
こいつもそうだ。人のことを脳天気とか」
「実際、脳天気じゃない。
真面目に物事を考えて、思索を巡らせる妖精……が、いないとは言わないけど。そういうのはすごく少ない印象よ。
第一、あなた達、子供じゃない」
「それをお前らに言われたくない」
「お、言うじゃないか。
それなら、どうだ。大人の私たちと勝負をするか。酒の早飲みとか」
「いいぞ、あたいはそう簡単に酔っ払って倒れたりしないからな」
えっへん、とない胸張る彼女。
その彼女とためを張るくらいの魔理沙も「言うじゃないか」と威張ってみせる。
端から見てると、『どっちもどっち』である。
「というか、どうしたのよ、突然。
いきなりそんなことを気にしたりして」
「あいつらがそんな話をしてたんだ。
それで、『お前ら、そんな風にバカにされてて気にならないのか』って言ったら『気にするけど、その憂さを晴らす、具体的な手段が見当たらない』とか」
「まぁ、あいつら、憂さ晴らしっていうか、自分たちの好きなことして人に迷惑かけてるからな」
この神社に住まう、もう一人――いや、三人の妖精たちを示す彼女に、魔理沙が『そんな奴らだから、お前みたいに躍起になったりしないのさ』と言う。
「そう、それ。
そういう脳天気具合が、あたいは許せない。
どうせなら思いっきり言い返してやりたい」
「じゃあ、その言葉を考えてみたらどうだ?」
「え、えーっと……」
そう言われてみるとうまい言葉が見当たらないのか、腕組みして眉根を寄せる。
しばらくして、ぽん、と手を打つと、
「うっさい、ばーかばーか」
――と、わかりやすいくらいに『お子様』な返事をしてくれる。
魔理沙は、「ま、お前らはそれでいいと思うよ」と相手の頭なでてやり、霊夢も「変に難しいこと考えるよりは、自分の生き方……というか、在り方のまま、生きていくのが気楽よ」とある意味達観したアドバイスをしてくれる。
「何だよー。
じゃあ、お前らは、何をどうしたら、あたい達妖精が『すごい』って思うんだ」
「そりゃなぁ?」
「実力、ってやつ? あんた、そっち方面は無駄に力があるんだし、ある程度は、他人に対して『おおー』って思わせることは出来るんじゃない?」
「そういうのだと、何かぱーっとしないんだよ。
やっぱり、誰から見ても『すごい!』ってならないと」
自己顕示欲というのは、人間のみならず、あらゆる生き物が持つと言われているが、妖精というのもそういうものであるらしい。
とにかく、誰かにバカにされるというのがよほど気にくわないのか、妖精は『もういいよ、あっかんべー』と舌を出して飛んでいってしまった。
「あーいうところが『子供だ』って言うんだけどな」
「馬鹿にするというよりは、なんだか『悪ガキっぽくてかわいい』って思われてるだけだろうしね」
「あ、わかる」
「似たもの同士だしね」
「誰が悪ガキだい!」
ほっぺた膨らませて抗議する魔理沙の顔は、文字通り『悪ガキ』そのものだったという。
さて、その悪ガキことクラウンピースはほっぺた膨らませたまま、空を行く。
「何かいいことないかな。
妖精だってすごいんだぞ、って思わせることの出来る」
実に子供の思考である。
彼女たちくらいの年頃の子供――大体、年齢で言うなら二桁にさしかかる程度――は大人達を『あっ』と驚かせることにこだわる。
自分たち、子供だってすごいんだぞ、と世間に向かって宣言したくてたまらないお年頃なのだ。
妖精というのにもそういう時期があるようなのは疑いようもないだろう。
「自分には、そういう一面がない、と思わせておいて実は、というのがイメージに残るって言われるけど」
何やら難しい言葉を知っている妖精である。
そんな折、腕組みして悩む彼女に、横手から声がかかる。
「おや、妖精が何やら楽しそうな顔をして」
「何だ、うるさい天狗じゃないか」
「うるさい天狗とは失礼な。
幻想郷の真実を伝える、清廉潔白新聞記者とは私のこと」
「その言葉の半分くらいが、多分嘘だと思ってる」
「じゃあ、残り半分は?」
「幻想郷の真実、くらい」
「……あんたいい性格してるわね」
子供相手に青筋浮かべるのもおとなげないとわかってはいても、そういうところつつかれると弱いのか、自称『清廉潔白新聞記者』はこめかみひくつかせながら、何とか笑顔を浮かべつつ、
「何を難しい顔をしてるんですか」
と問いかける。
「妖精をバカにする奴らが多いからさ。
そういうのに対して、妖精だってすごいんだぞ、って思わせる手段を探している」
「たとえば?」
「知らない。だから困ってる」
「なるほど。
うちのお子様天狗みたいなことで悩んでいるのですね」
「おこさまゆーな!」
実際、お子様なのだからしょうがない。
とはいえ、それをつつくとさらに相手はヒートアップしそうなので、彼女は言葉を選ぶことにしたらしい。
「だったら、何か面白いネタを考えたらどうです?」
「たとえば?」
「そうだな……」
うーん、と悩んだ後、
「自分は子供じゃないんだぞ、ってところを示すために、大人っぽい格好をしてみる」
「大人っぽい、かぁ」
そう言って腕組みして空を見上げる。
しばらく悩んで具体的な案が浮かばなかったのか、「どんな?」と問いかける。
「えっ」
そこで、相手は言葉に詰まる。
どうやら、提案したはいいものの、彼女自身衣装などに全く頓着がないためいいアドバイスが口から出てこないらしい。
「え、えっと……」
――そういえば、私、今、持ってる服以外に服あったっけ……? タンスの中とかに何か色々あったような気もするけど、全く袖を通して……。
「どうしたのさ、天狗」
「いや、その、ちょっと待って。
その、えっとだな……えーっと……」
悩んで考えても、事実は覆らない。
結局のところ、彼女自身、『大人っぽい服装』に全く意識が向かない。頭が考えるのを拒絶してるのだ。
悩んだところでこれでは答えが出てくるはずもない。
「……見識が狭かったかもしれない」
「は?」
「こうしてはいられない! こんな、妖精なんかに質問されてまともに答えられないなんて、新聞記者失格だわ! それじゃっ!」
「あ、う、うん……」
「はたてさん、私に大人っぽい服装のイロハを教えなさーい!」
何やら叫びながら、天狗は去って行った。
勢いに圧された感じはするが、まぁ、それはとりあえずである。
クラウンピースはしばし、相手の言葉を反芻した後、気づく。
「……あいつも妖精のことバカにしてた……」
そこですかさず抗議できない辺り、実は彼女自身も、その話題についてはどうでもいいと思っているのかもしれなかった。
答えは出てこないまま、彼女は人里へとやってくる。
ふわりと地面に舞い降りて、てくてく、当てもなく歩いて行く。
すると、そんな彼女に『おっ、かわいいお嬢ちゃんじゃないか。一人で歩いていると危ないぞ』と声がかけられる。
いつもこうだ、とクラウンピースは思う。
自分は子供じゃない。きちんとした妖精なんだ、と言い返しても「いやいや、そんな見た目でなぁ」と笑われ、『大人ぶりたい年頃なんだな』と何やら微笑ましいものを見るような目を向けられて、飴を渡されるのである。
「まぁ、飴は美味しいからいいけど」
そうしてお菓子に釣られる時点で、彼女は立派な子供なのだが、それは否定したいらしい。
「やっぱり、誰かを『あっ』と言わせてやらないと気が済まない」
どうせなら、ここでいっちょ、いたずらでもしてやるか。
そう、彼女が良からぬ事を企んだ時である。
「……ん?」
何やら通りの向こうに人だかりが出来ているのを見つける。
そちらに歩み寄ってみると、一人の妖怪……いや、二人の妖怪がいる。
一人は舞台の上に乗って舞を舞っている。もう一人はその一人を囃し立てつつ、「あ、おじさん、おひねりありがとー」と周囲の観客に屈託のない笑みを向ける。
「妖怪。しかも子供が、人間を、大人を驚かせている」
クラウンピースの目から見ると、その光景はそのように見えるらしい。
事実、あちこちから『すごいぞー』という声が飛んでいるのだ。
確かに、誰も彼もが『彼女たち』を見て驚いている。
「お前達、すごいな」
その舞も終わって、舞台の上の妖怪がぺこちゃんと頭を下げてから。三々五々、人々が散ってから、彼女は相手に話しかける。
「誰?」
「知ってる。神社の妖精だよね?」
「そうだぞ。
というか、あそこはいずれ、あたいのものになるんだ。だから、『神社の』じゃなくて『神社』だ」
「神社妖精」
舞を舞っていた妖怪は、何やらその一言がつぼにはまったのか、後ろを向いて肩をぷるぷるさせている。
「こころちゃんって、意外と笑い上戸だよね」
少し意味合いは違うのだが、この場合、間違ったことも言っていない。
その相手に声をかけてから、
「えっと……」
「クラウンピースだ」
「古明地こいし。よろしくね」
「うん」
差し出された手を握ることに悪い気持ちを持つことなどない、こういうのは彼女のいいところなのかもしれない。
誰とでも仲良くなることが出来るというのは立派なスキルである。
「で、こっちが秦こころちゃん」
「ふーん」
まだ肩ぷるぷるさせている妖怪からは興味をなくしたのか、クラウンピースはこいしに振り返る。
「あのさ、お前らは妖精のことバカにしたりする妖怪?」
「何で?」
「いや、そういうのが多いから」
「こいしちゃんは、別に人を見た目とか種族で判断はしないなぁ。
世の中、見た目が第一だし、特に接客業なんてしっかりした格好と言葉遣いが出来てないとダメだけど。
だけど、他人を不快にさせないのが一番だと思うのです」
「古明地こいしがそういうこと言うの、すごく違和感がある」
「あ、こころちゃん、笑い飽きた?」
「別にそういうのじゃない」
話に復帰してきたこころが、『それはともあれ』とクラウンピースを向く。
「妖精は何を気にしているの?」
「あたい達、妖精をバカにする奴らにひと泡吹かせてやりたい」
「じゃあ、何かしてみたら? 芸の一つも出来ないの?」
「芸。芸か。
あれ? 掌からぴゅーっと水を出したり」
「こころちゃん出来るよね。扇子から水」
「うん」
「ほんと? すごい!」
クラウンピースが目を輝かせて身を乗り出す。
こころは手にした扇子をばっと開くと「ほいっ」とそこから水をぴゅーっと出してみる。
よく見ると、その裏側にチューブらしきものが見えるのだが、クラウンピースはそれに気づいてないらしく「すげー!」と驚いていた。
「こういう風に、他人を驚かせるのって、そんなに難しくない」
「いやいや、それはこころちゃんが多芸だからだよ。才能、才能」
「えっへん」
こちらもない胸張って威張る。
最近の子供たちの間では、ぺたんこの胸を張るのが流行っているようだ。
「だけど、あたいに芸と言われてもなぁ。
そう考えてみると、妖精って、そういう『すごい』技を持ってないのかもしれない」
「だから、からかわれてるのかもしれないねー。誰にも威張ることが出来ない、って」
うーん、と悩むクラウンピース。
そこでこころが横から、
「たとえば、その相手が聴いたことのないこと、見たことのないものを披露するのが一番簡単」
とアドバイスをしてくれた。
つまるところ、それを目にする耳にする相手が『知らないこと』を見せつけてやるのが一番だ、と。
先ほどのクラウンピースの、こころに対する反応を見る限り、そのアドバイスは間違っていないだろう。
「ふーん。
じゃあ、人間相手に妖精のすごさを見せるのが一番いいのかな」
「妖精のすごさ、って?」
「え……っと……」
言われてみると、具体的には浮かばないらしい。
せいぜい、死んでもしばらくすると復活する、程度だろうか。
「んー……」
「耳慣れない言葉とか楽しそう」
「言葉、かぁ。
『ひゃっはー! 汚物は消毒だぁー!』とか?」
「それやると、多分、神社のお姉さんに退治される」
こいしが横から至極冷静なツッコミを入れてきた。
やっぱりそうか、とクラウンピースは思い直し、「じゃあねぇ……」と眉根を寄せる。
「外の世界の言葉とかすごいかもしれない。
外の世界から入ってきたものに、人が興味を惹かれるのって、やっぱり、この世界にないものだからだし」
「あ、それわかる。
こいしちゃんも、外の世界の本とかすごく興味がある」
「外の世界の言葉かぁ。
どんなのがあるのかな?」
「……どんなのがあるんだろう?」
「こいしちゃんはわかりません」
きっと何かあるのだろう、と子供三人そろって頭を悩ませる。
文殊が知恵を振り絞っているようには見えず、少女たちの井戸端会議という微笑ましいものであるのだが、
「そういうのを取り扱ってる本を読んでみよう」
こころの提案で、適当な本を一冊、立ち読みしてみよう、ということで結論は出たらしい。
そういうわけで、とある貸本屋で読んだ本から『英語』なる外の世界の言葉があることを知った三人。
『それ、誰も読まないから、読みたいなら無料で三日くらい貸してあげる』という店主の言葉に甘えて、本を持ち出し、読みながら通りを行く。
「あ、あいあむあふぇありー、って言うとあたいのことを示すみたい」
「何で『あいあむあふぇありー』で妖精になるんだろう?」
「わかんない、不思議だね。すごいね」
今まで耳慣れない言葉を聞いてみると、確かに不思議で『すごい』ものを感じる。
どうして言葉が違うのに意図が通じるのだろうと考えると、なんだかわくわくしてくる。これも一種の好奇心が刺激されている状態なのだが、それには彼女たちは気づいていないらしい。
「だけど、これ、すごく難しいよ。
何か文章作るのも大変だし」
「だけど、話せたらすごいと思う」
「確かに。こいしちゃんも、そういうのがぺらぺらの人が来たら、うちの温泉の従業員として一杯お給料出して雇っちゃう」
「温泉?」
「はいこれ。宣伝用チケット。是非とも来てください」
「『ちけっと』っていうのも英語みたい」
「あ、ほんとだ」
などと話をしながら歩いていると、前方に、見たことのある相手を見つける。
「あ、フランドールちゃん」
「こいしちゃんだ!」
その相手は、どうやらお使いか何かの途中だったらしい。
隣を歩くメイドの手を引いて、とてて、とやってくる。
「誰?」
「こいしちゃんのお友達のフランドールちゃんだよ。ねー?」
「ねー!」
にこにこ笑うフランドールは何が楽しいのか、手をぱたぱたさせながら、
「ねぇねぇ、こいしちゃん! あのねあのね、フランね、今日、おつかいに来てるの! すごい? すごい?」
「うん、すごい!」
「へへー」
しかしながら、恐らく、この彼女はまともにお使いをこなせていないのだろうなと言うのはわかる。なぜかというと、その隣にいるメイドが、優しい眼差しで彼女を見ているからである。
「あ、そうだ! ねぇねぇ、フランドールちゃん」
「なぁに?」
「この妖精さん。すごいんだよ」
「どうしてどうして?」
すぐに、『すごい人』という言葉に興味が惹かれて、目をくりくりさせながら身を乗り出してくる。
「なんと、外の世界の言葉が喋れるのです!」
こいしのその発言に、クラウンピースが目を丸くし、こころが『また余計なことを』という顔をしている。
しかし、フランドールは『本当!? すごいすごい!』とクラウンピースに向かって身を乗り出してくるものだから、
「え、いや、あの、えっと……」
その勢いに気圧されるクラウンピース。
こいしが『何か本に書いてあること、適当に喋ってみてよ』と視線を送ってくる。
「え、えーっと……『へ、へーい、みす・ふらんどーる。はうあばうちゅー』……」
「うわぁ~……!」
完全にフランドールの顔が『すごい人』を見た顔になっている。
クラウンピースの思惑は、図らずも成功してしまっているわけだが、
「ねぇ! ほかにも、ほかにも!」
手を伸ばしてクラウンピースの服を引っ張りながら急かしてくる。
無碍に振り払うことなど出来はせず、しかし、それっぽい言葉など即座には思い浮かばず、
「フ、フランドールちゃん、え、えーっと……か、かわいいデスねー」
「うん! フラン、かわいい!?」
「か、かわいいデース……」
と、なんだか段々言葉が怪しくなってくる。
それでもフランドールからしてみれば、最初に植え付けられた『外の世界の言葉を話す、すごいお姉さん妖精』のイメージは崩れなかったらしい。
しきりに、もっともっとと急かし、クラウンピースを追い込んでいく。
それを眺めるこころはぽつりと一言、
「そっか。あれがエセ英語ってやつか」
と、新しい知識を得たことに満足して、うんうんとうなずいていた。
「……この口調、やめられなくなったデース……」
「あんた、何か変わったわね……」
「そ、そんなことないデス! あたい、いつものあたいデス!」
「いや明らかにおかしいって」
それから数日後のことである。
すっかり口調のおかしくなったクラウンピースが、今後の身の振り方を、神社の縁側に座って考えているところに、霊夢と魔理沙が声をかけていた。
クラウンピースはしばらく、やたら怪しい口調で言葉を続けてから、ようやく元に戻れたのか、
「……いや、だってさ。
そんなことがあってさ……。
あんな小さくて純粋な子供にさ、『もっともっと!』って言われて……。
『そんなこと出来ない』って、お前ら、言える?」
「……うん。まぁ……」
「無理だな」
「だよね!? あたい、おかしくないよね!?」
あのような子供に攻められて、果たして反撃出来る人間や妖怪はいるのだろうか。
相手は子供だ。その子供の純真な夢をぶちこわしにするなど、文字通り、万死に値する。それだけはやっちゃいけないのだ。大人として。お姉さんとして。
「おかげで、何か喋り方もおかしくなるし……。意識してないと元に戻っちゃうデス……じゃなくて、戻っちゃう」
「お前も大変だな」
「というか、こいしに乗せられたのが運の尽きね。
あいつは無邪気に悪気なくやらかしてくるから」
「恨んでやるデス……!」
やっぱり微妙に元には戻りきれないらしい。
とはいえ、そのような事態になっても、クラウンピースはその『きっかけ』に対してどうこうするつもりはないらしい。
「まぁ、いいんじゃない?
その子供は、初めて、あんたのことを『すごい』って認めてくれたんだし」
それは、霊夢のこの言葉がきっかけである。
結局のところ、クラウンピースは目的を達成したのである。
それならば、結果はともあれ、やりたいことはやってのけたのだから、彼女にとっては満足すべき一面もあるのだ。
「……あとはどうやって、口調を元に戻すかデス……」
「それはまぁ、頑張るしかなさそうだな」
「ちゃんと意識してないと、すぐになんか変になるデス! 魔法使い、何とかするデス!」
「いや無茶言うなって」
「むきー!」
そんな具合に、子供二人、今日も神社の空でドンパチ始める。
それを眺める神社の主はというと、「ま、これもまた世の中の摂理。世は全て事もなしってやつよね」とやっぱり何か達観したようなセリフを口にして、悪ガキ二人の小競り合いを眺めるのだった。
「そりゃそうだろ。
だって、お前ら、バカみたいだし」
「何だよ、バカっていうなー」
「そうそれ。そういうところ」
むきー、と怒って手を振り上げる妖精をからかうのは霧雨魔理沙。
本日、とある巫女の務める神社にやってきて、そこに居候――というよりは勝手に住み着いている、アメリカンな雰囲気の妖精をからかって遊んでいる。
「何がどうバカだって言うんだよ」
「そうだなー。
とりあえず、毎日脳天気に遊んでるところだな。
お前らには、生きる上で一本通っているべき筋が見当たらない」
「それは魔理沙が言うことではないと思うわ」
「何だと、根無し草の風に吹かれて飛んでいく巫女のくせに」
「どっしりと構えた大木は台風でへし折れる。だけど、竹はそう簡単には折れない、ってね」
「言ってることが速攻で矛盾してるんだが」
やってくるのは神社の主、博麗霊夢。
彼女は手に持ったお盆を縁側に置くと、「で、何の話をしてるの」と目の前の妖精に問いかける。
「最近、あたいら妖精がバカにされてる、って話し。
こいつもそうだ。人のことを脳天気とか」
「実際、脳天気じゃない。
真面目に物事を考えて、思索を巡らせる妖精……が、いないとは言わないけど。そういうのはすごく少ない印象よ。
第一、あなた達、子供じゃない」
「それをお前らに言われたくない」
「お、言うじゃないか。
それなら、どうだ。大人の私たちと勝負をするか。酒の早飲みとか」
「いいぞ、あたいはそう簡単に酔っ払って倒れたりしないからな」
えっへん、とない胸張る彼女。
その彼女とためを張るくらいの魔理沙も「言うじゃないか」と威張ってみせる。
端から見てると、『どっちもどっち』である。
「というか、どうしたのよ、突然。
いきなりそんなことを気にしたりして」
「あいつらがそんな話をしてたんだ。
それで、『お前ら、そんな風にバカにされてて気にならないのか』って言ったら『気にするけど、その憂さを晴らす、具体的な手段が見当たらない』とか」
「まぁ、あいつら、憂さ晴らしっていうか、自分たちの好きなことして人に迷惑かけてるからな」
この神社に住まう、もう一人――いや、三人の妖精たちを示す彼女に、魔理沙が『そんな奴らだから、お前みたいに躍起になったりしないのさ』と言う。
「そう、それ。
そういう脳天気具合が、あたいは許せない。
どうせなら思いっきり言い返してやりたい」
「じゃあ、その言葉を考えてみたらどうだ?」
「え、えーっと……」
そう言われてみるとうまい言葉が見当たらないのか、腕組みして眉根を寄せる。
しばらくして、ぽん、と手を打つと、
「うっさい、ばーかばーか」
――と、わかりやすいくらいに『お子様』な返事をしてくれる。
魔理沙は、「ま、お前らはそれでいいと思うよ」と相手の頭なでてやり、霊夢も「変に難しいこと考えるよりは、自分の生き方……というか、在り方のまま、生きていくのが気楽よ」とある意味達観したアドバイスをしてくれる。
「何だよー。
じゃあ、お前らは、何をどうしたら、あたい達妖精が『すごい』って思うんだ」
「そりゃなぁ?」
「実力、ってやつ? あんた、そっち方面は無駄に力があるんだし、ある程度は、他人に対して『おおー』って思わせることは出来るんじゃない?」
「そういうのだと、何かぱーっとしないんだよ。
やっぱり、誰から見ても『すごい!』ってならないと」
自己顕示欲というのは、人間のみならず、あらゆる生き物が持つと言われているが、妖精というのもそういうものであるらしい。
とにかく、誰かにバカにされるというのがよほど気にくわないのか、妖精は『もういいよ、あっかんべー』と舌を出して飛んでいってしまった。
「あーいうところが『子供だ』って言うんだけどな」
「馬鹿にするというよりは、なんだか『悪ガキっぽくてかわいい』って思われてるだけだろうしね」
「あ、わかる」
「似たもの同士だしね」
「誰が悪ガキだい!」
ほっぺた膨らませて抗議する魔理沙の顔は、文字通り『悪ガキ』そのものだったという。
さて、その悪ガキことクラウンピースはほっぺた膨らませたまま、空を行く。
「何かいいことないかな。
妖精だってすごいんだぞ、って思わせることの出来る」
実に子供の思考である。
彼女たちくらいの年頃の子供――大体、年齢で言うなら二桁にさしかかる程度――は大人達を『あっ』と驚かせることにこだわる。
自分たち、子供だってすごいんだぞ、と世間に向かって宣言したくてたまらないお年頃なのだ。
妖精というのにもそういう時期があるようなのは疑いようもないだろう。
「自分には、そういう一面がない、と思わせておいて実は、というのがイメージに残るって言われるけど」
何やら難しい言葉を知っている妖精である。
そんな折、腕組みして悩む彼女に、横手から声がかかる。
「おや、妖精が何やら楽しそうな顔をして」
「何だ、うるさい天狗じゃないか」
「うるさい天狗とは失礼な。
幻想郷の真実を伝える、清廉潔白新聞記者とは私のこと」
「その言葉の半分くらいが、多分嘘だと思ってる」
「じゃあ、残り半分は?」
「幻想郷の真実、くらい」
「……あんたいい性格してるわね」
子供相手に青筋浮かべるのもおとなげないとわかってはいても、そういうところつつかれると弱いのか、自称『清廉潔白新聞記者』はこめかみひくつかせながら、何とか笑顔を浮かべつつ、
「何を難しい顔をしてるんですか」
と問いかける。
「妖精をバカにする奴らが多いからさ。
そういうのに対して、妖精だってすごいんだぞ、って思わせる手段を探している」
「たとえば?」
「知らない。だから困ってる」
「なるほど。
うちのお子様天狗みたいなことで悩んでいるのですね」
「おこさまゆーな!」
実際、お子様なのだからしょうがない。
とはいえ、それをつつくとさらに相手はヒートアップしそうなので、彼女は言葉を選ぶことにしたらしい。
「だったら、何か面白いネタを考えたらどうです?」
「たとえば?」
「そうだな……」
うーん、と悩んだ後、
「自分は子供じゃないんだぞ、ってところを示すために、大人っぽい格好をしてみる」
「大人っぽい、かぁ」
そう言って腕組みして空を見上げる。
しばらく悩んで具体的な案が浮かばなかったのか、「どんな?」と問いかける。
「えっ」
そこで、相手は言葉に詰まる。
どうやら、提案したはいいものの、彼女自身衣装などに全く頓着がないためいいアドバイスが口から出てこないらしい。
「え、えっと……」
――そういえば、私、今、持ってる服以外に服あったっけ……? タンスの中とかに何か色々あったような気もするけど、全く袖を通して……。
「どうしたのさ、天狗」
「いや、その、ちょっと待って。
その、えっとだな……えーっと……」
悩んで考えても、事実は覆らない。
結局のところ、彼女自身、『大人っぽい服装』に全く意識が向かない。頭が考えるのを拒絶してるのだ。
悩んだところでこれでは答えが出てくるはずもない。
「……見識が狭かったかもしれない」
「は?」
「こうしてはいられない! こんな、妖精なんかに質問されてまともに答えられないなんて、新聞記者失格だわ! それじゃっ!」
「あ、う、うん……」
「はたてさん、私に大人っぽい服装のイロハを教えなさーい!」
何やら叫びながら、天狗は去って行った。
勢いに圧された感じはするが、まぁ、それはとりあえずである。
クラウンピースはしばし、相手の言葉を反芻した後、気づく。
「……あいつも妖精のことバカにしてた……」
そこですかさず抗議できない辺り、実は彼女自身も、その話題についてはどうでもいいと思っているのかもしれなかった。
答えは出てこないまま、彼女は人里へとやってくる。
ふわりと地面に舞い降りて、てくてく、当てもなく歩いて行く。
すると、そんな彼女に『おっ、かわいいお嬢ちゃんじゃないか。一人で歩いていると危ないぞ』と声がかけられる。
いつもこうだ、とクラウンピースは思う。
自分は子供じゃない。きちんとした妖精なんだ、と言い返しても「いやいや、そんな見た目でなぁ」と笑われ、『大人ぶりたい年頃なんだな』と何やら微笑ましいものを見るような目を向けられて、飴を渡されるのである。
「まぁ、飴は美味しいからいいけど」
そうしてお菓子に釣られる時点で、彼女は立派な子供なのだが、それは否定したいらしい。
「やっぱり、誰かを『あっ』と言わせてやらないと気が済まない」
どうせなら、ここでいっちょ、いたずらでもしてやるか。
そう、彼女が良からぬ事を企んだ時である。
「……ん?」
何やら通りの向こうに人だかりが出来ているのを見つける。
そちらに歩み寄ってみると、一人の妖怪……いや、二人の妖怪がいる。
一人は舞台の上に乗って舞を舞っている。もう一人はその一人を囃し立てつつ、「あ、おじさん、おひねりありがとー」と周囲の観客に屈託のない笑みを向ける。
「妖怪。しかも子供が、人間を、大人を驚かせている」
クラウンピースの目から見ると、その光景はそのように見えるらしい。
事実、あちこちから『すごいぞー』という声が飛んでいるのだ。
確かに、誰も彼もが『彼女たち』を見て驚いている。
「お前達、すごいな」
その舞も終わって、舞台の上の妖怪がぺこちゃんと頭を下げてから。三々五々、人々が散ってから、彼女は相手に話しかける。
「誰?」
「知ってる。神社の妖精だよね?」
「そうだぞ。
というか、あそこはいずれ、あたいのものになるんだ。だから、『神社の』じゃなくて『神社』だ」
「神社妖精」
舞を舞っていた妖怪は、何やらその一言がつぼにはまったのか、後ろを向いて肩をぷるぷるさせている。
「こころちゃんって、意外と笑い上戸だよね」
少し意味合いは違うのだが、この場合、間違ったことも言っていない。
その相手に声をかけてから、
「えっと……」
「クラウンピースだ」
「古明地こいし。よろしくね」
「うん」
差し出された手を握ることに悪い気持ちを持つことなどない、こういうのは彼女のいいところなのかもしれない。
誰とでも仲良くなることが出来るというのは立派なスキルである。
「で、こっちが秦こころちゃん」
「ふーん」
まだ肩ぷるぷるさせている妖怪からは興味をなくしたのか、クラウンピースはこいしに振り返る。
「あのさ、お前らは妖精のことバカにしたりする妖怪?」
「何で?」
「いや、そういうのが多いから」
「こいしちゃんは、別に人を見た目とか種族で判断はしないなぁ。
世の中、見た目が第一だし、特に接客業なんてしっかりした格好と言葉遣いが出来てないとダメだけど。
だけど、他人を不快にさせないのが一番だと思うのです」
「古明地こいしがそういうこと言うの、すごく違和感がある」
「あ、こころちゃん、笑い飽きた?」
「別にそういうのじゃない」
話に復帰してきたこころが、『それはともあれ』とクラウンピースを向く。
「妖精は何を気にしているの?」
「あたい達、妖精をバカにする奴らにひと泡吹かせてやりたい」
「じゃあ、何かしてみたら? 芸の一つも出来ないの?」
「芸。芸か。
あれ? 掌からぴゅーっと水を出したり」
「こころちゃん出来るよね。扇子から水」
「うん」
「ほんと? すごい!」
クラウンピースが目を輝かせて身を乗り出す。
こころは手にした扇子をばっと開くと「ほいっ」とそこから水をぴゅーっと出してみる。
よく見ると、その裏側にチューブらしきものが見えるのだが、クラウンピースはそれに気づいてないらしく「すげー!」と驚いていた。
「こういう風に、他人を驚かせるのって、そんなに難しくない」
「いやいや、それはこころちゃんが多芸だからだよ。才能、才能」
「えっへん」
こちらもない胸張って威張る。
最近の子供たちの間では、ぺたんこの胸を張るのが流行っているようだ。
「だけど、あたいに芸と言われてもなぁ。
そう考えてみると、妖精って、そういう『すごい』技を持ってないのかもしれない」
「だから、からかわれてるのかもしれないねー。誰にも威張ることが出来ない、って」
うーん、と悩むクラウンピース。
そこでこころが横から、
「たとえば、その相手が聴いたことのないこと、見たことのないものを披露するのが一番簡単」
とアドバイスをしてくれた。
つまるところ、それを目にする耳にする相手が『知らないこと』を見せつけてやるのが一番だ、と。
先ほどのクラウンピースの、こころに対する反応を見る限り、そのアドバイスは間違っていないだろう。
「ふーん。
じゃあ、人間相手に妖精のすごさを見せるのが一番いいのかな」
「妖精のすごさ、って?」
「え……っと……」
言われてみると、具体的には浮かばないらしい。
せいぜい、死んでもしばらくすると復活する、程度だろうか。
「んー……」
「耳慣れない言葉とか楽しそう」
「言葉、かぁ。
『ひゃっはー! 汚物は消毒だぁー!』とか?」
「それやると、多分、神社のお姉さんに退治される」
こいしが横から至極冷静なツッコミを入れてきた。
やっぱりそうか、とクラウンピースは思い直し、「じゃあねぇ……」と眉根を寄せる。
「外の世界の言葉とかすごいかもしれない。
外の世界から入ってきたものに、人が興味を惹かれるのって、やっぱり、この世界にないものだからだし」
「あ、それわかる。
こいしちゃんも、外の世界の本とかすごく興味がある」
「外の世界の言葉かぁ。
どんなのがあるのかな?」
「……どんなのがあるんだろう?」
「こいしちゃんはわかりません」
きっと何かあるのだろう、と子供三人そろって頭を悩ませる。
文殊が知恵を振り絞っているようには見えず、少女たちの井戸端会議という微笑ましいものであるのだが、
「そういうのを取り扱ってる本を読んでみよう」
こころの提案で、適当な本を一冊、立ち読みしてみよう、ということで結論は出たらしい。
そういうわけで、とある貸本屋で読んだ本から『英語』なる外の世界の言葉があることを知った三人。
『それ、誰も読まないから、読みたいなら無料で三日くらい貸してあげる』という店主の言葉に甘えて、本を持ち出し、読みながら通りを行く。
「あ、あいあむあふぇありー、って言うとあたいのことを示すみたい」
「何で『あいあむあふぇありー』で妖精になるんだろう?」
「わかんない、不思議だね。すごいね」
今まで耳慣れない言葉を聞いてみると、確かに不思議で『すごい』ものを感じる。
どうして言葉が違うのに意図が通じるのだろうと考えると、なんだかわくわくしてくる。これも一種の好奇心が刺激されている状態なのだが、それには彼女たちは気づいていないらしい。
「だけど、これ、すごく難しいよ。
何か文章作るのも大変だし」
「だけど、話せたらすごいと思う」
「確かに。こいしちゃんも、そういうのがぺらぺらの人が来たら、うちの温泉の従業員として一杯お給料出して雇っちゃう」
「温泉?」
「はいこれ。宣伝用チケット。是非とも来てください」
「『ちけっと』っていうのも英語みたい」
「あ、ほんとだ」
などと話をしながら歩いていると、前方に、見たことのある相手を見つける。
「あ、フランドールちゃん」
「こいしちゃんだ!」
その相手は、どうやらお使いか何かの途中だったらしい。
隣を歩くメイドの手を引いて、とてて、とやってくる。
「誰?」
「こいしちゃんのお友達のフランドールちゃんだよ。ねー?」
「ねー!」
にこにこ笑うフランドールは何が楽しいのか、手をぱたぱたさせながら、
「ねぇねぇ、こいしちゃん! あのねあのね、フランね、今日、おつかいに来てるの! すごい? すごい?」
「うん、すごい!」
「へへー」
しかしながら、恐らく、この彼女はまともにお使いをこなせていないのだろうなと言うのはわかる。なぜかというと、その隣にいるメイドが、優しい眼差しで彼女を見ているからである。
「あ、そうだ! ねぇねぇ、フランドールちゃん」
「なぁに?」
「この妖精さん。すごいんだよ」
「どうしてどうして?」
すぐに、『すごい人』という言葉に興味が惹かれて、目をくりくりさせながら身を乗り出してくる。
「なんと、外の世界の言葉が喋れるのです!」
こいしのその発言に、クラウンピースが目を丸くし、こころが『また余計なことを』という顔をしている。
しかし、フランドールは『本当!? すごいすごい!』とクラウンピースに向かって身を乗り出してくるものだから、
「え、いや、あの、えっと……」
その勢いに気圧されるクラウンピース。
こいしが『何か本に書いてあること、適当に喋ってみてよ』と視線を送ってくる。
「え、えーっと……『へ、へーい、みす・ふらんどーる。はうあばうちゅー』……」
「うわぁ~……!」
完全にフランドールの顔が『すごい人』を見た顔になっている。
クラウンピースの思惑は、図らずも成功してしまっているわけだが、
「ねぇ! ほかにも、ほかにも!」
手を伸ばしてクラウンピースの服を引っ張りながら急かしてくる。
無碍に振り払うことなど出来はせず、しかし、それっぽい言葉など即座には思い浮かばず、
「フ、フランドールちゃん、え、えーっと……か、かわいいデスねー」
「うん! フラン、かわいい!?」
「か、かわいいデース……」
と、なんだか段々言葉が怪しくなってくる。
それでもフランドールからしてみれば、最初に植え付けられた『外の世界の言葉を話す、すごいお姉さん妖精』のイメージは崩れなかったらしい。
しきりに、もっともっとと急かし、クラウンピースを追い込んでいく。
それを眺めるこころはぽつりと一言、
「そっか。あれがエセ英語ってやつか」
と、新しい知識を得たことに満足して、うんうんとうなずいていた。
「……この口調、やめられなくなったデース……」
「あんた、何か変わったわね……」
「そ、そんなことないデス! あたい、いつものあたいデス!」
「いや明らかにおかしいって」
それから数日後のことである。
すっかり口調のおかしくなったクラウンピースが、今後の身の振り方を、神社の縁側に座って考えているところに、霊夢と魔理沙が声をかけていた。
クラウンピースはしばらく、やたら怪しい口調で言葉を続けてから、ようやく元に戻れたのか、
「……いや、だってさ。
そんなことがあってさ……。
あんな小さくて純粋な子供にさ、『もっともっと!』って言われて……。
『そんなこと出来ない』って、お前ら、言える?」
「……うん。まぁ……」
「無理だな」
「だよね!? あたい、おかしくないよね!?」
あのような子供に攻められて、果たして反撃出来る人間や妖怪はいるのだろうか。
相手は子供だ。その子供の純真な夢をぶちこわしにするなど、文字通り、万死に値する。それだけはやっちゃいけないのだ。大人として。お姉さんとして。
「おかげで、何か喋り方もおかしくなるし……。意識してないと元に戻っちゃうデス……じゃなくて、戻っちゃう」
「お前も大変だな」
「というか、こいしに乗せられたのが運の尽きね。
あいつは無邪気に悪気なくやらかしてくるから」
「恨んでやるデス……!」
やっぱり微妙に元には戻りきれないらしい。
とはいえ、そのような事態になっても、クラウンピースはその『きっかけ』に対してどうこうするつもりはないらしい。
「まぁ、いいんじゃない?
その子供は、初めて、あんたのことを『すごい』って認めてくれたんだし」
それは、霊夢のこの言葉がきっかけである。
結局のところ、クラウンピースは目的を達成したのである。
それならば、結果はともあれ、やりたいことはやってのけたのだから、彼女にとっては満足すべき一面もあるのだ。
「……あとはどうやって、口調を元に戻すかデス……」
「それはまぁ、頑張るしかなさそうだな」
「ちゃんと意識してないと、すぐになんか変になるデス! 魔法使い、何とかするデス!」
「いや無茶言うなって」
「むきー!」
そんな具合に、子供二人、今日も神社の空でドンパチ始める。
それを眺める神社の主はというと、「ま、これもまた世の中の摂理。世は全て事もなしってやつよね」とやっぱり何か達観したようなセリフを口にして、悪ガキ二人の小競り合いを眺めるのだった。
クラピの勝ちデース