今しかない、と閃く瞬間がある。
人はそれを天啓というらしい。妖怪とて変わりはしない。
とにかくリグルは思いついてしまったのだ。
「たくさんの私でバトンを繋いだら、どうなるんだろう?」
なぜそんなことを思いついてしまったのか。
きっと、正気ではなかったのだ。
/
本来のリグル・ナイトバグは一個体の蟲の妖怪でしかない。一匹の蛍が力を持ち、一人の妖怪となっている。
だがリグルには同時に、蟲の集合無意識にアクセスする力があった。
全ての蟲は個でありながら群である。一個体のみで完結する蟲はいない。それは生物なら全てそうであろうが、蟲は特に群としての性質を強く持つ。
であれば、蟲を操る程度の能力を持つリグルが大多数の蟲と意識を繋げることができるのは当然と言えた。元より、妖怪は肉体よりも精神に依って存在している。
自分の意識と、蟲の意識を繋げる。
繋がった意識の境界線上は曖昧となる。
その境界線をさらに広げ、曖昧を良しとし、混ぜ合わせる。
それは、リグルと蟲を溶け合わせ、一つのものとしてしまう行為であった。それ自体は難しくはないが、危険な行為。
完全に溶け合ってしまえば、リグルはリグルではいられなくなる。蟲たちも我を忘れ、蟲としての生命を放棄する。
当然、リグルにその気はないので。
「短時間だけならすぐ戻れる、セーフセーフ」
セーフらしい。
そうしてリグルと蟲を繋げて、溶け合わせて、どうするかというと。
「蟲たちを、リグル・ナイトバグにする」
リグル・ナイトバグに擬態させ、リグル・ナイトバグと意識を溶け合わせて、リグル・ナイトバグそのものに作り変える。
蟲をいたずらに消耗させたくもなかったので、短時間で作り変えるのは「一人分」にしておこうと思った。
つまり。
/
「よーい……どん!」
号砲はリグルの掛け声のみ。自分一人だけの思い付きだった。
寺子屋から借りてきたバトンを手に、スタートを切るリグル。
マラソンと同じ気分なので全力疾走ではない。最初は気持ち早めくらいのダッシュ。
寺子屋から一直線に走る、走る。ひとまずの目的地は、人里の外。
脚の速さにはそれなりに自信があった。徐々にペースを上げる、次第に体が温まり、息が弾んでいく。
みるみるうちに景色は変わり、人里から出ると。
そこに待っていたのは、リグル・ナイトバグ。
寺子屋の人間の子どもたちがやっていたリレーと同じように、バトンを受け取る姿勢で待っていた。
「はい、バトンタッチ!」
リグルが、リグルにバトンを渡した――瞬間。
人里から走って出てきた方のリグルが、一匹の小さい蛍へと変化した。
「オーケー、任せて!」
そしてバトンを渡されたリグルが、走り出した。
走り出した方のリグルは、リグル自身ではない。だが、同時にリグルだ。
『リグルの意識』をバトンタッチされた蟲たちは、本当にリグル自身になったつもりで走っている。
つまり。
リグルが思いついたのは、「たくさんのリグルでバトンを繋いで走っていく」という、ただそれだけの遊びだった。
走る、走る。リグルが走る。
人里を離れ、草原を駆け抜け、魔法の森の入り口へ。
ちょうど香霖堂のすぐそばに、またも、リグルの姿。
誰が知ろうか――このリグルもまた、今しがた現れたリグル。この一帯の蟲が集まって創られたリグル。
今走っているリグルが命令を飛ばし、生み出されたリグルであった。
「バトンタッチ!」
「よっしゃ、次は私の番だ!」
走る、走る、リグルが走る。
障害が多い魔法の森でも何のその。この一帯の蟲たちにとっては、自分の庭も同然である。
/
遊びに意味は無い、そのはずだった。
少なくともリグルにとってはただの遊びだった。リグルからリグルへ、バトンを渡し、意識を繋ぐ。
幻想郷の隅から隅まで、リグルはただひたすらに走る。誰の邪魔も入らない、ひたすらに何の意味も無い遊び。
しかし。
「あれ、今、リグルちゃん、あれ?」
「どったの大ちゃん、リグルのお化けでも出たの? リグルのお化けってなんだろ、見てみたいな」
「いや……え、お化けだったのかな。リグルちゃんが目の前で増えたと思ったら減って?」
「何それ……あ、わかった分身の術だ。巫女が得意だよそれ」
「あ、そういうやつなのかな。とにかくあっちに走ってったよ」
幻想郷のあちこちで。
「あっ……声をかけそびれたわね。せっかく花畑を通ったのに挨拶無しなんて、いい度胸だわ」
「あれ? なんでリグルがここを通って行ったの?」
「知らないわよ、ただのかけっこじゃない? 一人しかいないけど」
「あ、なんでってそういう意味じゃなくて……さっき、ここじゃなくて私の鈴蘭畑で、逆方向に走っていくのを見たわよ?」
「……? ジグザグに走ってるのかしら?」
「時間が合わない気がするんだけど……あれー?」
何か、奇妙な目撃情報が。
「……文。射命丸文、聞きたい事がある」
「様をつけろと何度言えば……まあいいです。どうしました椛?」
「リグルって妖怪いただろ、お前も確か記事にしてた」
「また昔の記事の話をしますね、知ってますけどそれが?」
「あいつ、何人まで増えられるんだ?」
「――――詳しく」
/
リグル自身が最初に気が付いたきっかけは、バトンが二本に増えたことだった。
「なんでバトン増えたの?」
答えは簡単で、二人のリグルからバトンを渡されたからだった。
「あれ、なんか変だけど……まあいいや、それより走らないと!」
走る、走る、リグルが走る。文字通り野を越え山を越え。
そうして走っているうちに、気付く。
リグル・ナイトバグが、増えている。
一人かと思えば、二人。
かと思えばまた一人に戻り。
次の瞬間には三人、四人に増えて。
変だなと思ったら、また一人で走っている。
「変だけど、でも」
それでも、走るのは気持ちよかったし。
一人じゃないというのは、意外と、悪くない気がした。
/
面白かった、というのが最も近い。
本来、蟲に娯楽を求める感情は無い。
しかしその蟲が、リグルの娯楽に付き合わされた。
ただ走ってバトンを繋ぐ、という単純明快さ。
さらに、リグルと一体化しリグルを体験するという、得難い経験。
そして――リグルと繋がったことで、「バトンがまだ繋がっている」とわかる、現在進行形の確信。
蟲たちは。
自主的に、「リグル・ナイトバグ」をやってみようと思ったのだ。
/
「幻想郷のあちこちでリグルがリレーをしてる?」
「そうなんですよ霊夢さん、これは一種の異変だと思いませんか? 解決すべきではないでしょうか?」
「いや意味がわかんないし。リグルが誰とリレーしてるって?」
「リグルさんとリグルさんとリグルさんとリグルさんです」
「意味がわかんないし」
「リグルさんが増えてリグルさんとリレーをやってるんですよ」
「はあ」
霊夢は茶をすすった。
そして興味を無くした。
「ただの妖怪の道楽でしょ」
「ええー。追いかけましょうよー、ぶっちゃけ一人の妖怪があちこちで増えてるのキモいでしょ?」
「なおさら付き合っていられないわ、そんなの」
ばっさりである。
「追いかけたきゃあんた一人で追いかけなさいよ、得意でしょ」
「霊夢さんが解決してくれれば記事として映えるんですよ」
「はいはい……ま、記事になったら持って来なさい。本当に異変なら解決してあげる」
全く危機感の無い調子で、茶をすすった。
/
気が付けば、十人くらいのリグルが並んで走っていた。全員バトンを持って走っていた。
「なんでこんなことになったんだろ?」
真ん中のリグルが首をひねる。すると左隣にいたリグルも同じ角度で首をひねった。どうやら真似をしているらしい。
よくわからない。その上、走るペースが上がっている。
なぜか、競走みたいになっていた。リグルとリグルとリグルとリグルが競って走っている。
「よくわかんないけど、でも」
でも、走るのは楽しい。
誰かと一緒なら、なおさら楽しい。
それに――なんだかさっきから、賑やかだ。
「うおー、リグル頑張れー!」
「そうだそうだー頑張れーリグルいっぱいでみんな頑張れー!」
上空から、声が聞こえてくる。
無責任に応援するのはチルノとルーミアの声。
「走るー走るーりぐりぐるーん♪ 本命穴馬かきわけてー♪
走るー走るーりぐるんるーん♪ 追いつけ追いこせ引っこ抜け―♪」
陽気な歌声、聞き間違えようもないミスティアの歌だ。無条件で元気が出てくる。
「り、リグルちゃん大丈夫なの? これ本当に応援してもいいの、ねえ!」
混乱しっぱなしの声は大妖精だ。友達みんなで集まるとツッコミ仲間になることが多い。
「リグルは未来に生きてるわね……何この遊び、ちょっと理解が追いつかないわ」
「リグルずっと走りっぱなしじゃないの? 結構すごくない? 妖怪マラソン記録とか、もしあるのなら更新しそうじゃない?」
のんきなおしゃべりは幽香とメディスン。そういえばろくに挨拶もせずに花畑を通り過ぎたことを今思い出した。後で謝っておこう。
他にも――
酒を飲む鬼の声。
無責任に実況の真似事をする天狗。
物見遊山で見物に来たらしい魔法使いたち。
色んな人妖たちの声が、リグルに届いてくる。
当然だが――
妖怪たちは、空を飛ぶことができる。
リグルとて、走るよりも飛ぶ方が早い。それに楽だ。
空を飛ぶ妖怪たちが悠々とリグルを追いかけて観戦できるのは、当然である。
リグルは――
走り続ける。地を駆ける。
「はい、バトン、タッチ!」
十人だと思っていたリグルはいつの間にか二十人に増えていた。
「よっし、任せて!」
そして、バトンを渡されたリグルも二十人だ。
二十人が、ラストスパートをかけた。
何かに突き動かされるように、全員が全力で走る。
それは――
理由は、もちろんわかっていた。
ゴールが近いから。
今まで、ずっと走ってきて。
リグルからリグルへ、バトンを繋いできて。
全員で走って、その先に――
一匹の。
蛍が、宙を舞っていた。
ふよふよと無防備に、気楽そうに。
その、何の変哲もない蛍に。
リグルが。
我先にと、二十人のリグルが。
次から次へと、駆け付けてきて。
最後には当然、全員が全速力で。
誰が、一番だっただろう。
みんなリグルだから、誰が誰かはわからないが――
バトンが、二十本。
一斉に手渡された。
受け取ったのは、蛍――リグル。
一瞬の光と共に現れたリグル。蛍の姿から、いつもの少女の姿への変化。
二十本のバトンは、いつの間にか一本になっていて。
二十人のリグルはいつの間にか、それぞれの蟲へと戻っていた。
「うひゃあ!」
「あ、そっかこいつら蟲か!」
無責任な観客たちが騒いでいる。リグルの知ったことではない。
リグルはバテバテだ。幻想郷の隅から隅まで走り抜けて、心も体も疲れ切っている。
息は上がり、顔は火照り、汗が噴き出て止まらない。
それでも、言わないと。
お疲れ様? いや、違う。
言うことは決まっていた。バトンを掲げて、高らかに。
「いっちばーん!!」
/
バトンを返しに行った時に、慧音にげんこつを一個食らった。
幻想郷を騒がせるのも、ほどほどにするように、と。
短く叱られる程度で済んだのは、リグルの笑顔に呆れたからだ。
とても満足そうに笑うその顔に、怒る気も失せてしまったのだった。
人はそれを天啓というらしい。妖怪とて変わりはしない。
とにかくリグルは思いついてしまったのだ。
「たくさんの私でバトンを繋いだら、どうなるんだろう?」
なぜそんなことを思いついてしまったのか。
きっと、正気ではなかったのだ。
/
本来のリグル・ナイトバグは一個体の蟲の妖怪でしかない。一匹の蛍が力を持ち、一人の妖怪となっている。
だがリグルには同時に、蟲の集合無意識にアクセスする力があった。
全ての蟲は個でありながら群である。一個体のみで完結する蟲はいない。それは生物なら全てそうであろうが、蟲は特に群としての性質を強く持つ。
であれば、蟲を操る程度の能力を持つリグルが大多数の蟲と意識を繋げることができるのは当然と言えた。元より、妖怪は肉体よりも精神に依って存在している。
自分の意識と、蟲の意識を繋げる。
繋がった意識の境界線上は曖昧となる。
その境界線をさらに広げ、曖昧を良しとし、混ぜ合わせる。
それは、リグルと蟲を溶け合わせ、一つのものとしてしまう行為であった。それ自体は難しくはないが、危険な行為。
完全に溶け合ってしまえば、リグルはリグルではいられなくなる。蟲たちも我を忘れ、蟲としての生命を放棄する。
当然、リグルにその気はないので。
「短時間だけならすぐ戻れる、セーフセーフ」
セーフらしい。
そうしてリグルと蟲を繋げて、溶け合わせて、どうするかというと。
「蟲たちを、リグル・ナイトバグにする」
リグル・ナイトバグに擬態させ、リグル・ナイトバグと意識を溶け合わせて、リグル・ナイトバグそのものに作り変える。
蟲をいたずらに消耗させたくもなかったので、短時間で作り変えるのは「一人分」にしておこうと思った。
つまり。
/
「よーい……どん!」
号砲はリグルの掛け声のみ。自分一人だけの思い付きだった。
寺子屋から借りてきたバトンを手に、スタートを切るリグル。
マラソンと同じ気分なので全力疾走ではない。最初は気持ち早めくらいのダッシュ。
寺子屋から一直線に走る、走る。ひとまずの目的地は、人里の外。
脚の速さにはそれなりに自信があった。徐々にペースを上げる、次第に体が温まり、息が弾んでいく。
みるみるうちに景色は変わり、人里から出ると。
そこに待っていたのは、リグル・ナイトバグ。
寺子屋の人間の子どもたちがやっていたリレーと同じように、バトンを受け取る姿勢で待っていた。
「はい、バトンタッチ!」
リグルが、リグルにバトンを渡した――瞬間。
人里から走って出てきた方のリグルが、一匹の小さい蛍へと変化した。
「オーケー、任せて!」
そしてバトンを渡されたリグルが、走り出した。
走り出した方のリグルは、リグル自身ではない。だが、同時にリグルだ。
『リグルの意識』をバトンタッチされた蟲たちは、本当にリグル自身になったつもりで走っている。
つまり。
リグルが思いついたのは、「たくさんのリグルでバトンを繋いで走っていく」という、ただそれだけの遊びだった。
走る、走る。リグルが走る。
人里を離れ、草原を駆け抜け、魔法の森の入り口へ。
ちょうど香霖堂のすぐそばに、またも、リグルの姿。
誰が知ろうか――このリグルもまた、今しがた現れたリグル。この一帯の蟲が集まって創られたリグル。
今走っているリグルが命令を飛ばし、生み出されたリグルであった。
「バトンタッチ!」
「よっしゃ、次は私の番だ!」
走る、走る、リグルが走る。
障害が多い魔法の森でも何のその。この一帯の蟲たちにとっては、自分の庭も同然である。
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遊びに意味は無い、そのはずだった。
少なくともリグルにとってはただの遊びだった。リグルからリグルへ、バトンを渡し、意識を繋ぐ。
幻想郷の隅から隅まで、リグルはただひたすらに走る。誰の邪魔も入らない、ひたすらに何の意味も無い遊び。
しかし。
「あれ、今、リグルちゃん、あれ?」
「どったの大ちゃん、リグルのお化けでも出たの? リグルのお化けってなんだろ、見てみたいな」
「いや……え、お化けだったのかな。リグルちゃんが目の前で増えたと思ったら減って?」
「何それ……あ、わかった分身の術だ。巫女が得意だよそれ」
「あ、そういうやつなのかな。とにかくあっちに走ってったよ」
幻想郷のあちこちで。
「あっ……声をかけそびれたわね。せっかく花畑を通ったのに挨拶無しなんて、いい度胸だわ」
「あれ? なんでリグルがここを通って行ったの?」
「知らないわよ、ただのかけっこじゃない? 一人しかいないけど」
「あ、なんでってそういう意味じゃなくて……さっき、ここじゃなくて私の鈴蘭畑で、逆方向に走っていくのを見たわよ?」
「……? ジグザグに走ってるのかしら?」
「時間が合わない気がするんだけど……あれー?」
何か、奇妙な目撃情報が。
「……文。射命丸文、聞きたい事がある」
「様をつけろと何度言えば……まあいいです。どうしました椛?」
「リグルって妖怪いただろ、お前も確か記事にしてた」
「また昔の記事の話をしますね、知ってますけどそれが?」
「あいつ、何人まで増えられるんだ?」
「――――詳しく」
/
リグル自身が最初に気が付いたきっかけは、バトンが二本に増えたことだった。
「なんでバトン増えたの?」
答えは簡単で、二人のリグルからバトンを渡されたからだった。
「あれ、なんか変だけど……まあいいや、それより走らないと!」
走る、走る、リグルが走る。文字通り野を越え山を越え。
そうして走っているうちに、気付く。
リグル・ナイトバグが、増えている。
一人かと思えば、二人。
かと思えばまた一人に戻り。
次の瞬間には三人、四人に増えて。
変だなと思ったら、また一人で走っている。
「変だけど、でも」
それでも、走るのは気持ちよかったし。
一人じゃないというのは、意外と、悪くない気がした。
/
面白かった、というのが最も近い。
本来、蟲に娯楽を求める感情は無い。
しかしその蟲が、リグルの娯楽に付き合わされた。
ただ走ってバトンを繋ぐ、という単純明快さ。
さらに、リグルと一体化しリグルを体験するという、得難い経験。
そして――リグルと繋がったことで、「バトンがまだ繋がっている」とわかる、現在進行形の確信。
蟲たちは。
自主的に、「リグル・ナイトバグ」をやってみようと思ったのだ。
/
「幻想郷のあちこちでリグルがリレーをしてる?」
「そうなんですよ霊夢さん、これは一種の異変だと思いませんか? 解決すべきではないでしょうか?」
「いや意味がわかんないし。リグルが誰とリレーしてるって?」
「リグルさんとリグルさんとリグルさんとリグルさんです」
「意味がわかんないし」
「リグルさんが増えてリグルさんとリレーをやってるんですよ」
「はあ」
霊夢は茶をすすった。
そして興味を無くした。
「ただの妖怪の道楽でしょ」
「ええー。追いかけましょうよー、ぶっちゃけ一人の妖怪があちこちで増えてるのキモいでしょ?」
「なおさら付き合っていられないわ、そんなの」
ばっさりである。
「追いかけたきゃあんた一人で追いかけなさいよ、得意でしょ」
「霊夢さんが解決してくれれば記事として映えるんですよ」
「はいはい……ま、記事になったら持って来なさい。本当に異変なら解決してあげる」
全く危機感の無い調子で、茶をすすった。
/
気が付けば、十人くらいのリグルが並んで走っていた。全員バトンを持って走っていた。
「なんでこんなことになったんだろ?」
真ん中のリグルが首をひねる。すると左隣にいたリグルも同じ角度で首をひねった。どうやら真似をしているらしい。
よくわからない。その上、走るペースが上がっている。
なぜか、競走みたいになっていた。リグルとリグルとリグルとリグルが競って走っている。
「よくわかんないけど、でも」
でも、走るのは楽しい。
誰かと一緒なら、なおさら楽しい。
それに――なんだかさっきから、賑やかだ。
「うおー、リグル頑張れー!」
「そうだそうだー頑張れーリグルいっぱいでみんな頑張れー!」
上空から、声が聞こえてくる。
無責任に応援するのはチルノとルーミアの声。
「走るー走るーりぐりぐるーん♪ 本命穴馬かきわけてー♪
走るー走るーりぐるんるーん♪ 追いつけ追いこせ引っこ抜け―♪」
陽気な歌声、聞き間違えようもないミスティアの歌だ。無条件で元気が出てくる。
「り、リグルちゃん大丈夫なの? これ本当に応援してもいいの、ねえ!」
混乱しっぱなしの声は大妖精だ。友達みんなで集まるとツッコミ仲間になることが多い。
「リグルは未来に生きてるわね……何この遊び、ちょっと理解が追いつかないわ」
「リグルずっと走りっぱなしじゃないの? 結構すごくない? 妖怪マラソン記録とか、もしあるのなら更新しそうじゃない?」
のんきなおしゃべりは幽香とメディスン。そういえばろくに挨拶もせずに花畑を通り過ぎたことを今思い出した。後で謝っておこう。
他にも――
酒を飲む鬼の声。
無責任に実況の真似事をする天狗。
物見遊山で見物に来たらしい魔法使いたち。
色んな人妖たちの声が、リグルに届いてくる。
当然だが――
妖怪たちは、空を飛ぶことができる。
リグルとて、走るよりも飛ぶ方が早い。それに楽だ。
空を飛ぶ妖怪たちが悠々とリグルを追いかけて観戦できるのは、当然である。
リグルは――
走り続ける。地を駆ける。
「はい、バトン、タッチ!」
十人だと思っていたリグルはいつの間にか二十人に増えていた。
「よっし、任せて!」
そして、バトンを渡されたリグルも二十人だ。
二十人が、ラストスパートをかけた。
何かに突き動かされるように、全員が全力で走る。
それは――
理由は、もちろんわかっていた。
ゴールが近いから。
今まで、ずっと走ってきて。
リグルからリグルへ、バトンを繋いできて。
全員で走って、その先に――
一匹の。
蛍が、宙を舞っていた。
ふよふよと無防備に、気楽そうに。
その、何の変哲もない蛍に。
リグルが。
我先にと、二十人のリグルが。
次から次へと、駆け付けてきて。
最後には当然、全員が全速力で。
誰が、一番だっただろう。
みんなリグルだから、誰が誰かはわからないが――
バトンが、二十本。
一斉に手渡された。
受け取ったのは、蛍――リグル。
一瞬の光と共に現れたリグル。蛍の姿から、いつもの少女の姿への変化。
二十本のバトンは、いつの間にか一本になっていて。
二十人のリグルはいつの間にか、それぞれの蟲へと戻っていた。
「うひゃあ!」
「あ、そっかこいつら蟲か!」
無責任な観客たちが騒いでいる。リグルの知ったことではない。
リグルはバテバテだ。幻想郷の隅から隅まで走り抜けて、心も体も疲れ切っている。
息は上がり、顔は火照り、汗が噴き出て止まらない。
それでも、言わないと。
お疲れ様? いや、違う。
言うことは決まっていた。バトンを掲げて、高らかに。
「いっちばーん!!」
/
バトンを返しに行った時に、慧音にげんこつを一個食らった。
幻想郷を騒がせるのも、ほどほどにするように、と。
短く叱られる程度で済んだのは、リグルの笑顔に呆れたからだ。
とても満足そうに笑うその顔に、怒る気も失せてしまったのだった。
本家にあってもいいと思った。作者さんの方針なのでなんともいえませんが。