「寿命パトロンサイトって聞いたことあるかしら?」
八坂神社からの帰り、適当に立ち寄ったチェーンのカフェで、蓮子はそう話し始めた。
相方のメリーは、地味に気になっていた新作の合成抹茶ラテを飲みつつ応える。
「なあに、古いサイバー系新興宗教かしら?」
「ほら、Dr,レイテンシー名義でパトロンサイトにでも登録して活動費の足しにできないかって。それで調べていたらそんな所が見つかったのよ」
蓮子が情報端末で見せてきたサイトには、
「お金の代わりに貴方の寿命で、ねぇ……。時は金なりってこと?」
「こうして消耗品にされるんだから金って言うよりも鉄だけどね」
「それで、支援される側は寿命が伸びるって仕組みね。運営者は死神かしら」
「手数料を取るから悪魔かも」
「命のやり取りをして対価を払わないなんて、悪魔もずいぶん人間臭くなったわね」
「苦しいんでしょ、色々と」
そう言って蓮子は、本日のおすすめのオリジナル合成ブレンドを口にした。
一番安いやつだから頼んだのだろう、とメリーは思う。少し抹茶を分けようかと思うが、ふと思いに至り眉をひそめる。
「――まさかとは思うけど、蓮子」
「やあね、まだ登録していないわよ。Dr.レイテンシー?」
「まだ、は未来永劫無いまだ、にしておいて。そんな個人情報の無駄遣いに私のペンネームを使わないでほしいわ」
「でもさ、どこまで寿命が伸びるか気にならない?」
何気ない一言を、メリーは意外だと思った。蓮子が寿命を気にするような考えを持つとは。
疑問というより確認のために、問う。
「信じてるの……?」
だが友人はいつもの調子で応えてきた。
「こういう小さい所から信じなくてどうするのよ。面白そうじゃない? 貴方の寿命は残り495年です、とか表示されるの」
若干の安堵を覚えつつも、メリーは呆れた。
「なんだ、面白がってるだけじゃない。どうせ信じてない方がメインなんでしょ」
「景品表示法違反か、純粋に詐欺か、法学部の誰かに聞かないことには信じられないわ」
「やっぱり信じてないんじゃない」
「生憎と、他人の命を集めてまで生きようとも生かせようとも思わないからね、長生きはしたいけど」
「はぁ……あんたは長生きするよ」
「そりゃどうも。んで、そこの抹茶を味見させてくれたらもっと長生きしそうなんだけど」
蓮子の視線は無駄に女子力の高い上目遣いでメリーを向いていた。
ずるい、と思いつつ抗議する。
「他人の命をなんちゃらって、誰かが言ったばかりじゃないの」
「お酒と甘い物は別よ別。だいたい合成だし」
「じゃあ天然物の旧型酒はだめね」
「それはもっと別」
結局、抹茶ラテとブレンドを互いに一口ずつ、ということでその場は収まった。
蓮子が肺活量の限界まで一口啜ろうとするのをはたきつつ、例のサイトを適当に見ていく。
登録方法、よくある質問、手数料……どれも内容自体はよくあるクリエイター支援系サイトと変わらない。けれど、
「それにしてもこのサイト、どうやって寿命が伸びた縮んだを知ることができるのかしら」
命のやり取りは金銭とは異なる。100年の寿命があるとして数値化できるのは、今生きている"1"か生きていない"0"かの2択でしか無い。
わざとらしく未だはたかれた所をさすりつつ、蓮子はすぐに答えた。
「テロメアの長さでも測るんじゃない? それでなければ寿命まで誰かが見ているか」
「200年とかになったら誰が見るのよ」
「さあ? それこそテロメアの観測者じゃない?」
「死神?」
「ほら、ろうそくの長さで寿命を見るってやつ。アナログに」
メリーの脳裏には、真っ白な研究室でクリーンベンチに並んだろうそくの光景が浮かんでいた。
死神はどれも黒衣ではなく白衣で、鎌の代わりに緑と白の箱を何故か抱えている。
「へぇ、遺伝子学者だったのね、死神は」
「現人神が生物学者だったんだもの、そもそも地上にDNAばらまいたの誰ってことよ」
「じゃあ、運営者の神様探しにでも行く?」
「そうね、このサイトがもうちょっと続いてたら活動対象として調べることにするわ」
「あら、てっきり今日にでも調べると思ったのに」
「だって、パトロンサイトなんていくらあると思ってるのよ。広告目的か個人情報か、その程度のサイトなら少ししたら消えるわ。でも生き残るなら、それこそ誰かの命を手数料に集めてる現代の生贄集めね」
「その理屈だと、お金を集めてるところは国ね。人頭税とかの頃の」
それからしばらくして、やはりあのサイトは消えたとメリーは報告を受けた。
以来、寿命を集めるようなサイトは見ていない。
八坂神社からの帰り、適当に立ち寄ったチェーンのカフェで、蓮子はそう話し始めた。
相方のメリーは、地味に気になっていた新作の合成抹茶ラテを飲みつつ応える。
「なあに、古いサイバー系新興宗教かしら?」
「ほら、Dr,レイテンシー名義でパトロンサイトにでも登録して活動費の足しにできないかって。それで調べていたらそんな所が見つかったのよ」
蓮子が情報端末で見せてきたサイトには、
「お金の代わりに貴方の寿命で、ねぇ……。時は金なりってこと?」
「こうして消耗品にされるんだから金って言うよりも鉄だけどね」
「それで、支援される側は寿命が伸びるって仕組みね。運営者は死神かしら」
「手数料を取るから悪魔かも」
「命のやり取りをして対価を払わないなんて、悪魔もずいぶん人間臭くなったわね」
「苦しいんでしょ、色々と」
そう言って蓮子は、本日のおすすめのオリジナル合成ブレンドを口にした。
一番安いやつだから頼んだのだろう、とメリーは思う。少し抹茶を分けようかと思うが、ふと思いに至り眉をひそめる。
「――まさかとは思うけど、蓮子」
「やあね、まだ登録していないわよ。Dr.レイテンシー?」
「まだ、は未来永劫無いまだ、にしておいて。そんな個人情報の無駄遣いに私のペンネームを使わないでほしいわ」
「でもさ、どこまで寿命が伸びるか気にならない?」
何気ない一言を、メリーは意外だと思った。蓮子が寿命を気にするような考えを持つとは。
疑問というより確認のために、問う。
「信じてるの……?」
だが友人はいつもの調子で応えてきた。
「こういう小さい所から信じなくてどうするのよ。面白そうじゃない? 貴方の寿命は残り495年です、とか表示されるの」
若干の安堵を覚えつつも、メリーは呆れた。
「なんだ、面白がってるだけじゃない。どうせ信じてない方がメインなんでしょ」
「景品表示法違反か、純粋に詐欺か、法学部の誰かに聞かないことには信じられないわ」
「やっぱり信じてないんじゃない」
「生憎と、他人の命を集めてまで生きようとも生かせようとも思わないからね、長生きはしたいけど」
「はぁ……あんたは長生きするよ」
「そりゃどうも。んで、そこの抹茶を味見させてくれたらもっと長生きしそうなんだけど」
蓮子の視線は無駄に女子力の高い上目遣いでメリーを向いていた。
ずるい、と思いつつ抗議する。
「他人の命をなんちゃらって、誰かが言ったばかりじゃないの」
「お酒と甘い物は別よ別。だいたい合成だし」
「じゃあ天然物の旧型酒はだめね」
「それはもっと別」
結局、抹茶ラテとブレンドを互いに一口ずつ、ということでその場は収まった。
蓮子が肺活量の限界まで一口啜ろうとするのをはたきつつ、例のサイトを適当に見ていく。
登録方法、よくある質問、手数料……どれも内容自体はよくあるクリエイター支援系サイトと変わらない。けれど、
「それにしてもこのサイト、どうやって寿命が伸びた縮んだを知ることができるのかしら」
命のやり取りは金銭とは異なる。100年の寿命があるとして数値化できるのは、今生きている"1"か生きていない"0"かの2択でしか無い。
わざとらしく未だはたかれた所をさすりつつ、蓮子はすぐに答えた。
「テロメアの長さでも測るんじゃない? それでなければ寿命まで誰かが見ているか」
「200年とかになったら誰が見るのよ」
「さあ? それこそテロメアの観測者じゃない?」
「死神?」
「ほら、ろうそくの長さで寿命を見るってやつ。アナログに」
メリーの脳裏には、真っ白な研究室でクリーンベンチに並んだろうそくの光景が浮かんでいた。
死神はどれも黒衣ではなく白衣で、鎌の代わりに緑と白の箱を何故か抱えている。
「へぇ、遺伝子学者だったのね、死神は」
「現人神が生物学者だったんだもの、そもそも地上にDNAばらまいたの誰ってことよ」
「じゃあ、運営者の神様探しにでも行く?」
「そうね、このサイトがもうちょっと続いてたら活動対象として調べることにするわ」
「あら、てっきり今日にでも調べると思ったのに」
「だって、パトロンサイトなんていくらあると思ってるのよ。広告目的か個人情報か、その程度のサイトなら少ししたら消えるわ。でも生き残るなら、それこそ誰かの命を手数料に集めてる現代の生贄集めね」
「その理屈だと、お金を集めてるところは国ね。人頭税とかの頃の」
それからしばらくして、やはりあのサイトは消えたとメリーは報告を受けた。
以来、寿命を集めるようなサイトは見ていない。