第13回稗田文芸賞に秋静葉さん
第13回稗田文芸賞は24日、人間の里・稗田邸にて選考会が行われ、秋静葉さんの『巡らない季節の中で』(鴉天狗出版部)が受賞作に決まった。授賞式は来月10日、人間の里にて行われる。
今回の選考会の模様について、選考委員の稗田阿求氏は「今回も票が割れました。実は一回目の投票で受賞作に票を投じたのは幽々子さんひとりで、候補作全体でも四番目タイの評価でした。しかし高熱を押して出席されていた慧音さんが二回目の投票前に倒れられてしまい、慧音さんを除いた討議の結果、受賞作の評価が徐々に上昇し、最終的に静葉さんの単独受賞という形に落ち着いた次第です」と語った。
秋静葉さんは、妖怪の山の麓に住む紅葉の神様。秋を舞台にした静謐な作風の恋愛小説で知られ、『神恋し森』で第二回幻想郷恋愛文学賞を受賞している。その他の作品に『落ち葉の季節に逢いましょう』『紅葉グラデーション』『焼芋屋台《みのり号》の事件簿』などがある。受賞作は、ずっと同じ秋が繰り返される世界を舞台にした恋愛小説。
選評は来月15日発売の《幻想演義》如月号に全文掲載される。
秋静葉さんの受賞のことば
まさか受賞できるとは思わず、とても驚いています。作品については読んでいただいた方それぞれのご感想を大事にしていただきたいので、私から何か言うことは差し控えさせてください。私の執筆活動を支えてくれた友人たちと、妹の穣子に感謝します。本当にありがとうございました。……ええと、穣子、これでいい? OK? よ、よかったぁ……緊張したあ……。って、もうコメント終わってます、終わってますからぁ!
(文々。新聞 師走25日号一面より)
【選評】
選考会の情勢は複雑怪奇なり 射命丸文
まず最初に謝っておきましょう。受賞された秋静葉さんには大変申し訳ないのですが、今回の候補六作を読み終えた時点で、まさか『巡らない季節の中で』が受賞作になるとは全く予想だにしないことでした。今回は『亡失のフェニックス』と『スラムラビット』の一騎打ちだと確信して選考会に臨んだのですが、まさかその二作が共倒れになろうとは……。第十回に続いて、稗田文芸賞の選考会は一筋縄ではいきません。
本命とみられていた『亡失のフェニックス』は、サバイバルの緊迫感、アクションの迫力、ドンデン返しの衝撃と、エンターテインメント性山盛りの傑作長編です。選考会でも不退転の覚悟で推されていた慧音委員に引きずられるように、最初はその圧倒的な面白さを肯定的に評する流れだったのですが、慧音委員が体調不良で中座されると、ドンデン返しを踏まえて読み直すと前半の主要人物の心理描写がやや不自然ではないか、そもそも状況設定が恣意的でご都合主義ではないか、などの疑問が呈され、徐々に評価を下げていってしまいました。それらの批判に反論する理論武装を構築しきれず膝を屈した筆者の力不足を痛感する次第です。
一方、『スラムラビット』も同様に、機を見るに敏な題材のセレクトからサービス精神に溢れた展開、真相の意外性まで高い完成度を誇り、選考会の前半は受賞有力という流れだったのですが……。前回前々回と推薦作に対して大演説をぶち、選考会を支配した白蓮委員は、本作一点推しで臨まれておりましたが、今回の大演説は不発に終わりました。演説内容は白蓮委員の選評に譲りますが、その大演説を正面から受けての藍委員の果敢な反論、とりわけクライマックスで主人公が企む大がかりな詐欺の不可能性をズバズバと指摘する快刀乱麻の否の方に説得力があり、やはりこちらも徐々に評価を落とす結果となってしまいました。個人的には『フェニックス』が消えたならこちらに受賞させたかったのですが……。
代わって浮上してきたのが『球体関節の恋人』『ハンドメイド・ハート』そして受賞作『巡らない季節の中で』でした。『球体関節』に対してはもっといい長編であげたいという意見もありましたが、収録作の質の高さ、同一のテーマを扱いながら様々な形式で書き分ける技術が改めて評価されました。『ハンドメイド』は断固否定の慧音委員が中座したこともあり、この破天荒な展開、二人の作者の合作という形式が生む特異なユーモアなどに幽々子委員や藍委員が好意的な評価を寄せました。ただ『ハンドメイド』は作品自体の特殊性を鑑みると他五作と同列に評価していいのかという疑問が寄せられ、最終的に『球体関節』『巡らない』の間での決選投票となり、中座された慧音委員の票を含めた四対三で『巡らない』受賞となりました。
私個人は最終投票で『球体関節』に票を投じました。私はアイリス作品のもつ問題意識に対してあまり共感できず、良い読者とは言えないのですが、収録作のうちの一編「指人形とゴリアテ」の、傍から見る恋愛の滑稽さを嫌味なく描くユーモア精神に感じ入るところがあったためです。それを打ち破った受賞作に関しては、恋愛小説不感症気味の私などが繰り言を述べるより、他の委員諸氏にお任せすることにしましょう。
選評というよりレポートめいた文章になってしまいましたが、どうかご寛恕願います。
上善水の如し、わびさびの世界 西行寺幽々子
第三回からずっと選考委員をしているけど、ずっと不満に思っていたことがあったの。それは、毎回どうしてもこってりした重量感のある作品の方が、軽くてさくさくつまめる作品よりも高く評価されがちだということ。『土の家』や『いじわる巫女と三匹の妖精』みたいに、スナック感覚の中に隠し味の利いた受賞作はこれまでにもあったけれど、それらも隠し味の部分がこってりした主題に繋がっている部分が評価されてのことだったわ。
そういう意味で、今回私は受賞作の『巡らない季節の中で』を最初から一番に推したのだけれど、これが受賞したことはとっても喜ばしいことだと思うの。この上品な口当たりのよさ、ほろりと口の中で溶けて消える、上善水の如しの味わいが認められたということだから。見えにくい細部まで職人の気配りが行き届いていて、小さな茶室でお茶を飲みながら白砂の庭を眺めるわびさびの世界がここにはあるわ。別に受賞作が深みのない作品だと言っているわけではなくて、口角泡を飛ばして作り手の意図や作品の意義を熱弁しなくても、ただあるがままの料理をあるがままに味わえばいい。そのとき舌の上に浮かび上がる味わいの景色こそが料理の価値であって、いくら素材や技術を論評しても味の本質には届かない――そんなことを思わせる選考会だったわ。
落選した五作の中で印象深く、できればこちらにも受賞させたかったのが『ハンドメイド・ハート』。何が飛び出してくるかわからない闇鍋的な面白さ、とよく評されているけれど、私はむしろシェフの気まぐれフルコースと評したいわ。思いつくままに作っているとしか思えないんだけど、それをちゃんとしたコース料理にしようという努力とのせめぎあいによって、普通では味わえない独創的な組み合わせのハーモニーが生じているわ。これを他の作品と同列に評価していいのかという意見もあったけれど、料理がどう作られたかなんて食べる方には関係ないと思うのだけれどね。
『亡失のフェニックス』と『スラムラビット』は、まさに鶏のソテーと兎肉のステーキ。どちらもこってり濃厚な味わいで美味しかったけれど、並んじゃうとお互いの味を殺し合っちゃう感じがして、これはちょっと組み合わせが不運だったかしら。『球体関節の恋人』は色んな味が楽しめるソーセージ盛り合わせだけど、それだけで食べるにはちょっと一本調子な感じがして、ビールが欲しくなるわね。『フルメタル・ライダー』は色んな具材の入った大盛りのパフェ。美味しいけれど、最後には結局どの具材がメインだったのかわからなくなっちゃったわ。
自分の無力が情けない 上白沢慧音
まずは今回、他の選考委員諸氏に多大なご迷惑をお掛けした件、深くお詫び申し上げたい。当日三十九度の熱を発し、友人から欠席を薦められる中、無理を押して出席したのだが、選考会途中で意識を失い中座、最終投票には意思表明のみという形での参加ということになってしまった。自分の体調管理の至らなさに恥じ入るばかりである。
無理を押して出席したのは、兎にも角にも『亡失のフェニックス』を受賞させたい一心からである。刊行と同時に読み、読み終えた瞬間に今年の八坂神奈子賞と稗田文芸賞はこれで決まりだと確信したほどの、掛け値無しの傑作である。富士原作品をこれまで熱心に読んできた読者ほど鮮やかに騙される中盤の大ドンデン返しに驚愕し、見えていた景色ががらりと入れ替わった瞬間、真の物語がくっきりと立ち上がってくるのには舌を巻いた。激しいアクションを躍動感溢れる筆致で描きながらも文章には乱れがなく、妖怪に襲われる人間の恐怖心と、それに果敢に立ち向かう勇気を克明に描いて間然とするところがない。生死の狭間にあって上品なユーモアを忘れず、それが富士原作品の統一テーマである《不死》へと繋がっていくプロットは魔術を見るかのようだ。この作品を絶対に落としてはならぬと、不退転の覚悟で選考会に臨んだが、結局私が意識を失っているうちに退けられてしまったことは慚愧に堪えない。後に聞かされた批判点は、全て私が想定して論破するつもりであったものだけに、あそこで意識を失ってしまった自分の無力があまりに情けない。
斯様な次第で私にとっては悔いばかりの残る選考会であったが、一抹の救いは私の一票が決め手となって『巡らない季節の中で』が受賞となったことである。風見幽香『輪廻の花』を想起させる静謐な筆致には好感を抱かずにはいられないし、いくらでも下品なドタバタになりそうな設定を用いて、これほど切実な恋愛小説が綴れるということには驚いた。選考会では退屈という声もあがったが、それはさらりと読めてしまう端正な文章のせいだろう。二読三読するほどに魅力が見つかり、噛めば噛むほど味がでる作品である。私自身、選考会後に改めて読み直し、初読時よりも感慨が深まった。一文一文をじっくり腰を据えて味わってみてほしい。
逆に私の一票で落選となってしまった『球体関節の恋人』も、作者の確かな筆力を証明する優れた作品集であったことは付記しておきたい。特に「エナメルの目の乙女」には感心した。ただ、作者が実力ある書き手であることは周知のことであり、この作品集でそれを今さら追認することには躊躇いを覚えてしまった。やはり、作者の進境を示した作品に受賞の栄誉を授けたいのが本心である。
その意味では、一過性のサプライズ小説から社会的なテーマに挑んで一皮剥けた感のある『スラムラビット』が最終投票に残っていればかなり迷っただろう。しかしこの作品については、後から側聞した藍委員による鋭い批判に納得させられた。さらなる進境を期待したい。
『フルメタル・ライダー』は、人間の里を守る者の孤独というテーマには個人的に強く共感を覚える。だが作者が主人公にあまりにも感情移入しすぎている。第三者を語り手に据えることで客観化しようとしているが、かえって作者の感情移入を引き立てるばかりだ。構成が未整理なため、せっかくのテーマを生かし切れていない点も含め、より入念な推敲をすべき作品だったのではないだろうか。
最後に、何とは言わないが、たとえ頑迷と誹られようとも、小説として破綻した、悪ふざけのような作品を持ち上げる風潮には、これからも断固抵抗していく所存である。
答えが合っていればいいというものではない 八雲藍
算学の試験は、ただ答えが合っていればいいというものではない。答えを導きだす式が正しいか、すなわち正しい過程をもって結論に辿り着けているか、それこそが算学の理解の肝である。そしてそれは、小説の評価にもある程度当てはめることができるはずだ。いかに高尚な問題意識を持ち、面白い物語を紡げていたとしても、その土台となる設定や世界観に無理や矛盾、必要な説明の不足があっては、高い評価を下すわけにはいかないだろう。
もちろん、作品の要求するリアリティレベルによっては、無理や矛盾、説明不足に目を瞑るべきである場合もある。たとえば過去の世界へ恋人を救いに行く時間SFロマンスに対し、私を納得させる時間遡行理論がないことを指摘しても仕方がない。だが、その設定でタイムパラドックスの問題を無視した結末であっては、SF者として高い評価をするわけにはいかない。
以上の信念から、今回私は『スラムラビット』に対して完全否定の立場に回った。世評の高い作品であるから、これが頑迷な数学者の繰り言と誹られることは覚悟している。しかし、クライマックスの詐欺において、数学的に明らかな間違いを犯している作品を、数学の徒として認めるわけにはいかない。
詳細を解説するには紙幅が余りにも足りないので《幻想演義》にて別の機会に詳述することとするが、作中で「野良数学者」を名乗るウサギが主人公に授ける「確率論の穴」と称する詐欺の手口は、明らかに確率に対する初歩的な誤りを前提としていて成立しない。なのでこの「野良数学者」が主人公を騙して勝ち逃げするという話なのだろうと思って読んだのだが、単なる作者の誤解では欠陥の誹りを免れまい。誤った数学的記述が作中で正しいものとされる作品を、数学者として野放しにするわけにはいかないという職業的信念もあるが、作品の山場の部分が完全な誤りに基づいた張りぼてでは、娯楽小説としても高く評価するわけにはいかないだろう。まして文学賞を与えて称揚するなどもってのほかである。当該の記述に関しては、速やかな回収と訂正を作者と出版社に求めたい。
では、一種のタイムループSFであるが理論的な裏付けのない受賞作『巡らない季節の中で』はどうなのか。本作の場合、SF的な部分には一切突っ込まずに幻想小説的に処理したのが、作品としてまさに正しい立式である。下手に理屈をつけようとするから破綻が目立つのであって、受賞作はSF要素をモラトリアムのメタファーとして処理することで破綻を回避し、鮮やかな証明を見せた。その点を評価し、最終的にはこの作品を推すことにした次第だ。
と、ここまで書いてきて、個人的に最初に推したのが『ハンドメイド・ハート』だと書けばダブルスタンダードの極みだと石を投げられそうであるが、それこそまさに作品の要求するリアリティレベルの問題である。あらゆる破綻と脱線を許容する本作のリアリティレベルは、シンプルな数式こそを美とする数学者的価値観に対する強烈なアンチテーゼとして強い興奮を覚えた。慧音委員のようにそれを不真面目な悪ふざけに過ぎぬとする立場も理解できなくはないが、ミュージカルに対して突然歌い出すのは不自然と指摘するような野暮天にはなりたくないものである。
自省の弁 聖白蓮
選考会を終え、こうして選評の筆をとり、私は悔しさを忘れ、己の増長を自覚し、自省しているところです。過去二回、私の力説こそが選考会を動かし、『生首が多すぎる』『殺戮のデッドエンド』の二作を受賞へと導いたのだと。なればこそ、今回も必ずや『スラムラビット』という素晴らしい作品を受賞へと導けるはずだと、私は傲慢にも己が選考会を支配している気分になっていたのです。ああ、なんという増上慢。八雲藍さんに徹底的にやりこめられ、選考会の席上では悔しさに震えましたが、私こそが恥じ入るべきでありました。南無三。
私の最大の傲慢は、藍さんの批判に対し、それ以上の鋭い再反論の言葉を持たなかったことです。選考会では敗れましたが、私は藍さんの批判を受けてなお、『スラムラビット』は受賞に値する傑作であると確信しております。里で起こっているウサギブームに対して鋭い警鐘を鳴らし、捨てウサギのスラム街という幻想郷を戯画化した社会を舞台として、軽妙洒脱なストーリーの中に鋭い社会批評を忍ばせ、《真実》の脆さ、社会に圧殺される個人の呻き、人間に利用される妖怪の苦しみを活写する本作は、まさに今、人間の里の万人に読まれるべき作品であると言えるでしょう。
今回は『スラムラビット』一作に全身全霊を込めて臨んだため、申し訳ないのですが正直なところ受賞作となった『巡らない季節の中で』に対する印象は薄いものでした。今改めて選評を書くためにもう一度読み直したのですが、私にはこの作品から受賞に値するような主題や構成を読みとることができません。幽々子さんの仰るような「上善水の如し」の味わいを評するには私は修行不足であるようです。南無三。
同じく『亡失のフェニックス』も、評判となっているという中盤のドンデン返しが選考会で言われるまでドンデン返しだと理解できなかった私は、作品の魅力を十全に理解できたとは言えないようです。そのためか、登場人物の心理描写の不自然さの方が気になってしまいました。あの人物が不死者であったなら、たとえば六十五ページの心理描写などはおかしいと思うのですが、慧音さんにそのところを詳しく聞くことができなかったのが残念です。
『球体関節の恋人』は収録作のうち、「ゴリアテと指人形」と「エナメルの目の乙女」の二作品に惹かれるものがありました。特に前者の喜劇的悲恋は、喜劇的であるがこそに引き立つ哀しみが素晴らしいと思うのですが、これを「ギャグですよね」と言い切った射命丸さんはどういう神経をしていらっしゃるのか……。失礼。『巡らない季節の中で』との最終投票では私はこちらに票を投じたのですが、受賞させられず残念です。
残る『フルメタル・ライダー』と『ハンドメイド・ハート』に対しては、例によって弟子の作品であるため論評は差し控えさせていただきたく思います。南無三。
耽美主義宣言 十六夜咲夜
近年、幻想郷の文芸において、耽美という言葉が安易に用いられすぎている気がしております。耽美とはすなわち、美に耽ること。美しいものを愛で、慈しみ、敬い、崇め、その爪先に口づける。意味も理屈も蹴飛ばし、至上の美の奴隷として奉仕する悦びこそが耽美なのです。
今回、私は耽美の徒として、マーガレット・アイリスさんの『球体関節の恋人』に◎をつけました。アイリスさんの作品は、そのさらりとした心理描写などの都会的な書きぶりから、耽美的な題材を選びながら耽美性に欠ける、というような無理解の極みのような誹りを受けることがあります。それがいかに表面的な読みでしかないかは、この短編集に収められた六編を読めばたちどころに了解できます。ピグマリオン、人形愛を共通テーマとする六編には、そのさらりとした、淡泊にさえ見える書きぶりの裏に、人形の美にはてしなく耽溺する、耽美の徒の業が詰め込まれているのです。それを示す箇所を片端から引用したいのはやまやまですが、紙幅が足りませんので涙を呑んで断念しまして、たとえば「エナメルの目の乙女」の結末のさらりとした一文に込められた、人間の人間的なるものに対する冷え冷えとした視線、そして非人間的なる人形の美に対する圧倒的なまでの屈服を読み取れぬような耽美無理解派には、誰とは言いませんが顔を洗って出直してきていただきたいというものです。最終投票で一票差で涙を呑む結果は慚愧の念に堪えず、やはり耽美主義をより遍く幻想郷に広めねばならないと決意いたしました次第です。
耽美の美は、ただ誰の目にも美しいものだけが対象ではありません。目を背けるような残虐の中に至上の美を見出すのもまた耽美の徒の宿業と言えましょう。『亡失のフェニックス』もその意味で、これまでの富士原モコさんの作品同様、私の魂をざわめかせるものでありました。しかし中盤の大ドンデン返しで、主人公コンビの受け攻めが完全に逆転してしまうのがあまりにも残念でありました。公式が逆CP推しほど辛いものはございません。
『スラムラビット』は耽美の徒としては物足りないのですが、洒脱なノワール型ミステリーとして楽しく読みました。しかし某選考委員の熱弁のため、瀟洒なコン・ゲームがひどく辛気くさい話に見えてきてしまい、選考会では推しかねました。重いテーマを軽妙に読ませる作品に対して、そのテーマの重さ自体を魅力として語るのは悪手ではないかと愚考します。
だからといって、重いテーマを愚直に重く描く『フルメタル・ライダー』の鈍重さを評価できるかと言われますと、やはり難しいものがあります。ヒーローの孤独な戦いという、幻想郷でも手垢のついた題材を、ネタの選択だけで蘇らせるには工夫が足りないのではないかと。
新鮮さでいえば『ハンドメイド・ハート』の破天荒なプロット、はてしなく脱線を続ける構成に魅力は感じますが、やや寸止めのうらみがあります。米井恋さんの無軌道ぶりを秦こころさんがなんとか鋳型にはめようとする悪戦苦闘ぶりにえもいわれぬおかしみがありますが、それを作品の面白さと評価していいのかどうかは判断に迷うところです。
最後に、受賞作となりました『巡らない季節の中で』は、題材的に自作と重なるところが多く、この設定ならば自分ならばこう書くのに、という思いばかりが先行し、冷静に評価しかねるところがありました。他の方の評にお任せすることにしましょう。
永遠のモラトリアム 稗田阿求
今回の受賞作『巡らない季節の中で』を、選考会前に最初に読んだとき、言語化できぬ心のざわめきを感じた。その正体が何なのか見極められないまま選考会に臨んだのだが、今にして思えば、それはすなわち私自身の御阿礼の子としての立場が、世界に対する永遠のモラトリアムなのではないかと指摘された、そのことへの居心地の悪さだったのだ。
永遠に繰り返される秋。愛する秋が終わらぬよう、世界の綻びを自覚しつつ取り繕い続ける登場人物。その世界の綻びは人間関係のすれ違いに重なり合い、破綻が修正不可能となったとき、永遠の秋という名の楽園が終わりを告げる。歴史を記録するために転生を続ける御阿礼の子である私の人生は、この作品の永遠の秋そのものではないのか。同じ人生を繰り返し、世界の綻びに目を瞑って、使命という安楽に身を委ねているだけなのではないか……。選考会ではこのことを内心言語化できないままだったが、最終投票で私が『球体関節の恋人』に未練を残しつつ『巡らない』に票を投じた理由は、端正な文章などよりも、そこにあったのだと思う。
私が最初の投票で推したにも関わらず、このような次第で最終投票で翻意したために受賞を逸した『球体関節の恋人』に対しては、申し訳ないと言うほかない。ただ慧音さんも(体調不良で倒れられる前に)仰っておられたように、アイリスさんには代表作『ドールハウスにただいま』を落としてしまったことをこちらが反省する意味でも、最高傑作を更新する長編で受賞していただきたいという気持ちが強い。ただ収録作のうち「エナメルの目の乙女」は間違いなく受賞に値する作品だったと思う。
慧音さんが不退転の覚悟で推されていた『亡失のフェニックス』に対しては、私は積極的に反対した。それを言ったら始まらないという意見もあるが、やはり作中の狭い範囲内に特殊な能力の持ち主と過去に因縁のある登場人物が集まりすぎである。物語を盛り上げるためにそれぞれの要素が恣意的に集められている感が強く、ご都合主義という印象が強く残った。白蓮さんが大演説をぶった『スラムラビット』は、藍さんの数学的批判は、本作のミステリー的な面白さに対しては難癖ではないかという印象を受ける。むしろ、こういう洒落た作品に対し社会的な読みをするのは野暮ではないかという思いが強く、白蓮さんの推し方に同意しかねるという点で推すのをためらってしまった。
例によって慧音さんが怒っていた『ハンドメイド・ハート』は、不真面目とか悪ふざけと言うのはさすがに作者に失礼ではないかと思う。むしろ精一杯真面目に書いているだろう、少なくとも作者のうちの片方は。いまひとつ噛み合わないふたりの合作という形式が生むユーモアは捨てがたく、むしろ好感を持って読んだが、ただその成立形式の特殊性を鑑みると、他五作とは同列に評価しにくい。『フルメタル・ライダー』は内容に比して書き方が生真面目に過ぎた。もう少し語り口に余裕がほしい。
一読ではその魅力を掴みにくい『巡らない季節の中で』が受賞したことに、疑問の声は多く挙がるのではないかと予想する。私は、これから何度も頭の中で読み直すことになるだろう。読者諸賢も、二読三読することでこの作品の魅力を発見する旅に出てほしい。
(幻想演義 如月号 特集「第13回稗田文芸賞全選評」より)
◆受賞作決定と選評を読んで、メッタ斬りコンビの感想
萃香 いや、ホントに予想屋の看板下ろさないといけない気がしてきたよ。
霊夢 今回ばかりはほんとにねえ。二人とも無印なのが受賞したのは『生首』がそうだったけど、無印作品の単独受賞って初めてじゃない? ここまで見事に外すとはね。
萃香 しかし、選評読んでも結局静葉がどうして受賞したのかいまいち解らない……(苦笑)。
霊夢 慧音が風邪引いてなかったらすんなり妹紅で決まってたのかしらね。
萃香 かもねえ。モコはとことん運が無い。魔理沙ルート入ってるから、いっそほのぼの小説書けば獲れるかもしれないね(笑)。白蓮は今回見事に自爆したみたいだね。まあ、前回までの結果を受けての揺り戻しもあったんだろうけど、藍の数学者的批判はまあしょうがないとして、咲夜と阿求の反白蓮選評が容赦ない(笑)。
霊夢 幽々子って普段の選考会では特に何かを強く推すわけでも否定するわけでもなく、笑ってお茶菓子食べるらしいけど、最初にその幽々子だけが推した静葉が獲るってのもなんていうか、コメントしにくいわねえ。
萃香 まあ、たまにはそういうこともあるってことかねえ。しかし私には静葉作品はどうもわからん。再読すればわかるっていうから再読したけどやっぱり寝落ちしたよ。
霊夢 あんた的にはどう思う? この結果。
菫子 妹紅さんが獲らなかったからつまんなーい。
萃香 はいはい(苦笑)。そういや、『巡らない』に対して身につまされるって言ってたけど、それって阿求が選評で書いてるような意味って考えていいの? ねえねえ。
菫子 ノーコメント! ところでさ、あのあと妹紅さんのこれまでの小説まとめて読んでみたんだけど。
萃香 お、どれが面白かった?
菫子 そりゃもう『屍は二度よみがえる』が最高傑作でしょ! あれで稗田文芸賞獲ってないの? なんで?
萃香 だよねえ。あれ候補にならなかったんだよ。
菫子 なにそれどこに目つけてんの? あ、あと『永遠の途中で』ってあれ妹紅さんの実話?
萃香 実話を基にしたフィクション。自伝的長編ってやつだよ。
菫子 ふーん。
霊夢 なんか微妙な顔してるわね。
菫子 べっつにー。
萃香 なんだろ、慧音の扱いが完全にヒロインなのが不満なのかね?(小声)
霊夢 単に「もうちょっと早く幻想郷に来てれば自分もあの小説に出られたのに」って思ってるんじゃないの?(小声)
菫子 そこ、聞こえてるわよ!
(文々。新聞 睦月20日号 三面文化欄より)
人間への詐欺未遂容疑で山童グループを逮捕
人間の里自警団は1日、里の商家に対して詐欺行為を行った容疑で、山童3名を逮捕したと発表した。逮捕された山童は博麗の巫女によって退治されたとのこと。
自警団の上白沢慧音氏によると、犯人の山童グループは、因幡てゐさんの小説『スラムラビット』を読み、その作中の詐欺の手口を真似て犯行に及んだとのこと。だが、犯人グループは資金の詐取に失敗したうえ、商家の息子が当該小説を読んでいたことで犯行が発覚、自警団による逮捕に繋がった。
取材に対し慧音氏は、「犯人逮捕後に作者のてゐ殿に話を聞きに行ったところ、誰かがあの手口を真似しようとしても失敗するように、わざと間違った手法を書いたのだということでした。『ちょっと考えれば間違いだとわかるのに、騙される方が悪いウサ』とのことで、小説を真似た犯罪が出るのは自警団としてはゆゆしき問題ですが、この件は作者の知恵と配慮に救われたというべきでしょう」と語った。
河童で作家の河城にとり氏は本紙の取材に対し、「あれ真に受けてホントにやる奴がいるかよ! ああもうバカだなあ! 山童になったからって盟友に迷惑かける奴があるかい!」と憤慨していた。
(文々。新聞 如月2日号一面より)
ありがとう。
もうアリスは永久に取れなさそうだが本人は多少愚痴りはしてもそこまで気にはしてなさそう
まぁ受賞したらしたで東野圭吾みたいに「面白いゲームだった」とかって皮肉を賞に叩きつ けつつホッとしてそうだけど
中々賞に恵まれなかった辺りも似ている(まぁあっちは渡辺淳一の私怨もあった?ようだが…)
今回審査員の三分の二がヒートしてて珍しい
慧音はともかく藍や咲夜ですら結構感情的になってて、構図が対白蓮みたいになってて変な笑いが出ました
一輪はヒーロー物なんだからそれこそ児童の方向けに書けばとれそうなのにな…菫子の言ったとおり仮面ライダーなんだろうけど、昔の子供向けの奴じゃなくて、ウルトラマン0とかライダースピリッツみたいな、「かつては子供だった大人」向けの奴を書こうとしてゴチャゴチャになった感じか
こころちゃんはこいし原案でなんか書いたのかなと思いきや普通に共同で筆記してんのか…確かに作者の状況も加味して笑うメタな作品になってますね…それを文学の賞で加味するかと言われればしないんでしょうが…幽々子も過程は関係ないっつってるしね
正邪の二律背反ぶりには天邪鬼のプロ根性を感じますね…書きたくないと言うことを書いたってなんじゃそりゃ(笑