「おーい、小鈴ー。
何か面白い本、入ったかー?」
「ちょうどさっき、『ラーメン王の悲劇~うどん帝国の侵略~』が入りましたよ」
「何、マジか! それ借りる! ラーメン王シリーズ面白いよな!」
「面白いですよねー。
この緻密に組み上げられたトリックが、最後に怒濤の展開で展開・解決されていくのは、さすが超人気推理小説って感じです」
ここは人里の一角、貸本屋。
そこの主である少女が、手にした本をやってきた客へと手渡した。
「あれ? 今回、挿絵変わってないか?」
「普段の挿絵をやっている方が、ちょっと長期の不在としているそうで。
代わりに、その方と交流のある新進気鋭の挿絵師『COMPAQ』さんが」
「へぇ。
まぁ、こっちでもいいか。普段より三割増しくらいで男性キャラがかっこいい」
「あ、魔理沙さん、もしかしてそういう耽美系のデザイン好きだったりします?」
「んー、いや、まぁ……あっはっは」
近頃の寒さの中、もこもこふわふわの衣装に身を包んだ彼女、霧雨魔理沙の頬が赤い。
店の主――本居小鈴の言葉は、外の寒さでほっぺたまっか、とはまた違う点を見事に指摘していたらしい。
「ところで、小鈴ちゃん」
「何でしょう?」
「そこのカウンターの陰に隠れているお尻は誰のお尻?」
「ああ、これですか?
来週〆切りなのに残り10ページの原稿が真っ白で編集さんから逃げているダメな歴史編纂家の薄っぺらいぺちゃ尻です」
「誰がぺちゃ尻よ、あんただってそう変わらないでしょうが!」
と、抗議の声を上げて立ち上がろうとして、自分が今、カウンターの陰に隠れていることを忘れていたらしい歴史編纂家はがつんと頭部をカウンターにヒットさせてうずくまる。
「わたしはあんたなんかと違って、まだまだ未来があるもーん。
ねぇ? 霊夢さん」
「そうね。あと10年、20年後が楽しみね」
「だってさ。どうだ、阿求。羨ましいか」
「転生の時期を先延ばしにしてやるわ……」
呻く彼女――稗田阿求が小鈴をにらみつけ、そろそろとその場から這い出してくる。
そんな二人の相変わらずの仲の良さ。それを見ていたもう一人の来客、博麗霊夢が軽く肩をすくめる。
「霊夢は何か本を借りたりしないのか?」
「んー……そうね。
小鈴ちゃん、この前頼んでいた、『世界祝詞大全』って入った?」
「入ったんですけど、ページが結構虫食いで。
なるべく直すようにしてるんですけど、元々、何が書かれていたかわからないくらいの欠落で。
お店に出すかどうか迷ってるんですよ」
「まぁ、それはねぇ。
祝詞なんて一行どころか文字一つ変わっただけで別物になるし」
「半分、ゴミとして扱われていたんでしょうね」
全くけしからん、と小鈴は憤る。
曰く。
本は心の栄養、命の糧。それを粗末に扱う奴は、このわたしが本の山の雪崩を起こして埋めてやる。そして一晩中、『怪奇! 暗黒魔王のラブレター』シリーズを耳元で朗読してやる、と。
「……小鈴。あなた、それはひどすぎるわよ」
「そうだぞ、小鈴。
あのシリーズは、一晩中、朗読なんてするもんじゃない。怖くて夜眠れなくなっちゃうだろ」
「……あ、ホラー小説なの、それ」
タイトルだけでは何が何だかわからない書籍の名前に反応し、神妙な顔つきになる阿求に魔理沙を見て、霊夢が呻いた。
「何を言ってるんだ、霊夢。ホラー小説なんてレベルじゃないぞ」
「そうですよ、霊夢さん。
かの書籍は呪われているともっぱら評判で、全てのシリーズを読み解いたものは、その命を魂ごと本に吸い込まれてしまうと言われています」
「事実、そのシリーズを全て読破したものはいないらしい。
いつの頃からか、本は七つに分けられ、世界のどこかに飛散し、そのまま封印された――そう言われている」
「我が鈴奈庵にも、たった 三冊しかありません」
「それ呪いのアイテムだから詳しく教えろ私が直々に封印する」
何かよくわからないやりとりを、『それはそれとして』と小鈴。
「最近、寒いですから。
今、お茶を用意してきますね」
「ああ、小鈴ちゃん。これ、最中。一緒に食べましょう」
「わーい、やった。
霊夢さん、いつも差し入れありがとうございまーす」
「いつも……だと……!?」
「れ、霊夢さん、あなたまさか、『暗黒魔王』の呪いを……!」
「夢想封印」
七色の魔王の呪いがその場で着弾して爆発したとか何とかかんとかありおりはべりいまそかり。
「最近、儲かりまっか?」
「ぼちぼちでんな」
「何よ、小鈴。そのやりとり」
「さあ?」
「私もよくわからないんだが、うちの家に来る連中とおやじやおふくろが会話してたのを覚えてるだけだ」
お茶とお菓子を用意した、少女たちのお茶会(?)の開始である。
「本屋に人が足を運ぶ理由は、大半がその好奇心が理由です。
ですが、その好奇心を超越したところに、真の本好きの理由があります」
「その心は?」
「本を読むことが目的となり、読むことが最終的な目標となり、それを超越することが究極的な達成となることです」
「よしわからん」
「それって、手段が目的化してるっていう、一番やっちゃいけないことじゃない?」
「ちっちっち、わかってないな、阿求。
本を手に取る、読む、そこから何を得るかはその人次第。
その、たくさん得るものを片っ端から手に入れる――いわば、我々は己の欲望に正直になるのだよ」
「何をわけのわからないことを。この子は」
「それだから阿求は阿求なんだよ」
「何かよくわからないけどすっげーむかつくわ」
けらけらと笑う小鈴にあしらわれ、阿求のこめかみに青筋一つ。
しかし、それで行動に移さないのが、ある意味、この二人の関係というところか。
「霊夢はここには何しに来るんだ?」
「大抵、本を手に入れることね。
近頃は紫が『勉強しろ』ってうるさくて」
「巫女というのは何かと知識と知恵を求められますからね」
「そういうこと。
変なことまで知ってないといけない。だけど反対に、常識を知らなくても問題なかったりする。
浮き世から離れてしまうというのはそういうことで」
「それはただの世間知らずっていうのだと、私は思うけどね」
「私もそう思う。
っていうことを紫に言ったら『言葉の上っ面しかとらえないからそういう結論になる』って怒られたわ」
「理不尽だな」
わっはっは、と二人。
人生は生きている限り勉強である、とはよく言ったもの。
長く年月を重ねていくことで、一つのものを見た時、それから受け取るものは変わっていく――つまりはそういうことなのかもしれない。
「小鈴と阿求は、明日、暇か?」
「暇でーす」
「……編集さんが来なければ」
「お前さっさと原稿終わらせろよ」
「わかっていても出来ないことはある――それを知る人は、この界隈、とても多いのですよ。魔理沙さん」
「顔青くして言うことじゃない」
もはや現実逃避を通り越してあの世にまで逃げ出しそうな雰囲気ではあったが、小鈴曰く、『三日くらい前になったら強制的に缶詰ですから』という状態になるらしい。
何度同じことを繰り返しても、そうならない限り解決が出来ないというのは、これはもう一種の職業病なのかもしれない。
「ま、いいや。
明日、里の公民館でちょっとした祭りがあるんだ。
私ら、そこのスポンサーだからさ。飯と酒が無料。来ないか?」
「魔理沙さんの他にも? 霊夢さんですか?」
「ああ、いや。私はお呼ばれした方」
「魔法の森の魔法使いたちは、時として気まぐれさ」
なるほど、と小鈴はうなずいた。
そして、そういうお誘いなら断る理由はない、と手を挙げる。
「だけど小鈴ちゃん、あなた、お酒はダメよ」
「ちぇー」
「そうよ、小鈴。あなたみたいな子供はお酒は飲んではいけないわ」
「何、勝ち誇ってるのさ。
お猪口一杯でひっくり返って二杯目で全裸になって、三杯目で幽体離脱するくせに」
「酒に弱いだけよ!」
果たしてそれを『酒に弱い』というのかどうかははなはだ疑問であるが、まぁ、本人がそう言うのだからそうなのだろう。多分。
「当日は人間は当然として、人に扮した奴らも来る。
あいつらは大抵、友好的だが、中には変な奴もいる。そういう奴らには飯と酒だけ渡すつもりだけど、ま、気をつけるんだぞ」
「そういうのって、人間が妖怪になった部類に入るんですかね?」
「さあ?
人が妖怪になる――と言うのは場合によるけれど。けれど、人が鬼になるのは珍しくない。
そして、鬼もまた、『人』であるのは言うまでもない」
ならば、彼らは人であるとともに『人』ではないのだ、というのが霊夢の回答だった。
難しい言葉ではあるが、そうした相手なのだから、『人の理屈』が通じないのも当然である、というのが導き出される答えではある。
「小鈴もそうなってしまえば、もしかしたらわかったのかもしれないけどね」
「興味はあるけどねー。
だけど、わたしは霊夢さんに退治されるのはごめんだよ」
「そうならないように努めなさい。変なものへの興味は程々に」
「だけど、霊夢さん。
興味心は猫を殺してしまいますけれど、死んだ猫は猫又にだってなるんですよ」
「そういう屁理屈はいいの」
ぽこぺん、と頭を叩かれて、小鈴はぺろりと舌を出す。
「小鈴が妖怪になったらどうなるのかね。
レミリアみたいになるんだろうか」
「もしかしたら、大人っぽい美人妖怪になるかもしれませんよ。紫さんとか」
その一言を小鈴が口にすると、テーブルの上にぽんとお茶菓子が増えた。
それを見て、誰からも見えないところでぺろりと舌を出す小鈴は、なるほど、したたかな性格と態度、そして人格を兼ね備えた『傑物』であるようだ。
「いや、そうはならないわよ。小鈴」
「なんでさ」
「知らないの? 妖怪に限らず人もそうだけど、外面というのは内面に引きずられるわ。
妖怪というのは、人間よりもよほど精神的な物体に近いのだから。
内面が子供であるうちは、いつまでもその見た目は変わらない。
すなわち、子供のうちに妖怪になってしまうと、ずっと一生、そのままなのよ」
「えー」
ぷっく~っとほっぺたを膨らませる小鈴。
したり顔で言う阿求への抗議なのだろうが、そういう態度を見ていると阿求の言うことも正しいと言わざるを得ない。
「そんなことないもん。
じゃあ、わたしが妖怪になる時は、大人の女性になってからなるわ!」
「はいはいそーですね、っと」
「あ、何よ、その『小鈴なんて大人になってもそのまんまよ』な目。腹立つー。
アリスさんとか咲夜さんに教わって、美人の女性になってみせるんだから」
そんなやりとりを横目で見ながら、『あんな目に遭っても、まだ妖怪に興味があるのかね』と魔理沙は苦笑する。
これも彼女の好奇心がなせる業なのかもしれないが、全く懲りていないというのもどうしたものか。
とはいえ、それを彼女に言うことはない。
なぜなら、魔理沙もまた、そのように『全く懲りずに同じことを繰り返し、そして後悔と反省はするものの、けれどやっぱりめげない』からである。
「霊夢。お前は小鈴が妖怪になったら、本当に退治するのかね?」
と、友人の方を見て――。
「……小鈴ちゃんが大人に? そんなあり得ない。いやだけど人間ならいつかは成長するわけで……。
だけど小鈴ちゃんはいつまでも小さなままで……それなら妖怪に……いやいやそんなことしたら私が……。
あ、だけど、それをこっそり見逃し……ダメダメ、紫にばれる……。ならいっそ、それを結界とかで隠して……妖怪特有の気配さえ隠せれば……。
見た目は中身に固定されるから、これならいつまでも小さな小鈴ちゃんで……。
だけどちょっと待て、私。さすがにそれは……。
けれど、そういう小鈴ちゃんもまたいいものだと思うし……ぬいぐるみ? 人形? さすがにそういう展開は……う、う~む……」
「……悩んでるな」
「ものっすごい悩んでますね……」
つと、小鈴が席を立ち、『お茶のおかわりを用意してきます』と奥に歩いて行った。
その場に残された魔理沙と阿求は、ものすごい難しい顔をして、ぶつぶつつぶやき、時折頭を抱えたり首を左右に振ったりやおら天を仰いだり握り拳作る霊夢を見て、顔を引きつらせる。
「あいつがあそこまで悩む姿は初めて見た」
「わたしも初めてです」
「どうするよ」
「どうしましょう」
「とりあえず正気に戻そう」
「そうですね」
そういうわけで、とりあえず、魔理沙は手にした箒を振り上げて、霊夢の脳天めがけてそれを振り下ろすのだった。
何か面白い本、入ったかー?」
「ちょうどさっき、『ラーメン王の悲劇~うどん帝国の侵略~』が入りましたよ」
「何、マジか! それ借りる! ラーメン王シリーズ面白いよな!」
「面白いですよねー。
この緻密に組み上げられたトリックが、最後に怒濤の展開で展開・解決されていくのは、さすが超人気推理小説って感じです」
ここは人里の一角、貸本屋。
そこの主である少女が、手にした本をやってきた客へと手渡した。
「あれ? 今回、挿絵変わってないか?」
「普段の挿絵をやっている方が、ちょっと長期の不在としているそうで。
代わりに、その方と交流のある新進気鋭の挿絵師『COMPAQ』さんが」
「へぇ。
まぁ、こっちでもいいか。普段より三割増しくらいで男性キャラがかっこいい」
「あ、魔理沙さん、もしかしてそういう耽美系のデザイン好きだったりします?」
「んー、いや、まぁ……あっはっは」
近頃の寒さの中、もこもこふわふわの衣装に身を包んだ彼女、霧雨魔理沙の頬が赤い。
店の主――本居小鈴の言葉は、外の寒さでほっぺたまっか、とはまた違う点を見事に指摘していたらしい。
「ところで、小鈴ちゃん」
「何でしょう?」
「そこのカウンターの陰に隠れているお尻は誰のお尻?」
「ああ、これですか?
来週〆切りなのに残り10ページの原稿が真っ白で編集さんから逃げているダメな歴史編纂家の薄っぺらいぺちゃ尻です」
「誰がぺちゃ尻よ、あんただってそう変わらないでしょうが!」
と、抗議の声を上げて立ち上がろうとして、自分が今、カウンターの陰に隠れていることを忘れていたらしい歴史編纂家はがつんと頭部をカウンターにヒットさせてうずくまる。
「わたしはあんたなんかと違って、まだまだ未来があるもーん。
ねぇ? 霊夢さん」
「そうね。あと10年、20年後が楽しみね」
「だってさ。どうだ、阿求。羨ましいか」
「転生の時期を先延ばしにしてやるわ……」
呻く彼女――稗田阿求が小鈴をにらみつけ、そろそろとその場から這い出してくる。
そんな二人の相変わらずの仲の良さ。それを見ていたもう一人の来客、博麗霊夢が軽く肩をすくめる。
「霊夢は何か本を借りたりしないのか?」
「んー……そうね。
小鈴ちゃん、この前頼んでいた、『世界祝詞大全』って入った?」
「入ったんですけど、ページが結構虫食いで。
なるべく直すようにしてるんですけど、元々、何が書かれていたかわからないくらいの欠落で。
お店に出すかどうか迷ってるんですよ」
「まぁ、それはねぇ。
祝詞なんて一行どころか文字一つ変わっただけで別物になるし」
「半分、ゴミとして扱われていたんでしょうね」
全くけしからん、と小鈴は憤る。
曰く。
本は心の栄養、命の糧。それを粗末に扱う奴は、このわたしが本の山の雪崩を起こして埋めてやる。そして一晩中、『怪奇! 暗黒魔王のラブレター』シリーズを耳元で朗読してやる、と。
「……小鈴。あなた、それはひどすぎるわよ」
「そうだぞ、小鈴。
あのシリーズは、一晩中、朗読なんてするもんじゃない。怖くて夜眠れなくなっちゃうだろ」
「……あ、ホラー小説なの、それ」
タイトルだけでは何が何だかわからない書籍の名前に反応し、神妙な顔つきになる阿求に魔理沙を見て、霊夢が呻いた。
「何を言ってるんだ、霊夢。ホラー小説なんてレベルじゃないぞ」
「そうですよ、霊夢さん。
かの書籍は呪われているともっぱら評判で、全てのシリーズを読み解いたものは、その命を魂ごと本に吸い込まれてしまうと言われています」
「事実、そのシリーズを全て読破したものはいないらしい。
いつの頃からか、本は七つに分けられ、世界のどこかに飛散し、そのまま封印された――そう言われている」
「我が鈴奈庵にも、たった 三冊しかありません」
「それ呪いのアイテムだから詳しく教えろ私が直々に封印する」
何かよくわからないやりとりを、『それはそれとして』と小鈴。
「最近、寒いですから。
今、お茶を用意してきますね」
「ああ、小鈴ちゃん。これ、最中。一緒に食べましょう」
「わーい、やった。
霊夢さん、いつも差し入れありがとうございまーす」
「いつも……だと……!?」
「れ、霊夢さん、あなたまさか、『暗黒魔王』の呪いを……!」
「夢想封印」
七色の魔王の呪いがその場で着弾して爆発したとか何とかかんとかありおりはべりいまそかり。
「最近、儲かりまっか?」
「ぼちぼちでんな」
「何よ、小鈴。そのやりとり」
「さあ?」
「私もよくわからないんだが、うちの家に来る連中とおやじやおふくろが会話してたのを覚えてるだけだ」
お茶とお菓子を用意した、少女たちのお茶会(?)の開始である。
「本屋に人が足を運ぶ理由は、大半がその好奇心が理由です。
ですが、その好奇心を超越したところに、真の本好きの理由があります」
「その心は?」
「本を読むことが目的となり、読むことが最終的な目標となり、それを超越することが究極的な達成となることです」
「よしわからん」
「それって、手段が目的化してるっていう、一番やっちゃいけないことじゃない?」
「ちっちっち、わかってないな、阿求。
本を手に取る、読む、そこから何を得るかはその人次第。
その、たくさん得るものを片っ端から手に入れる――いわば、我々は己の欲望に正直になるのだよ」
「何をわけのわからないことを。この子は」
「それだから阿求は阿求なんだよ」
「何かよくわからないけどすっげーむかつくわ」
けらけらと笑う小鈴にあしらわれ、阿求のこめかみに青筋一つ。
しかし、それで行動に移さないのが、ある意味、この二人の関係というところか。
「霊夢はここには何しに来るんだ?」
「大抵、本を手に入れることね。
近頃は紫が『勉強しろ』ってうるさくて」
「巫女というのは何かと知識と知恵を求められますからね」
「そういうこと。
変なことまで知ってないといけない。だけど反対に、常識を知らなくても問題なかったりする。
浮き世から離れてしまうというのはそういうことで」
「それはただの世間知らずっていうのだと、私は思うけどね」
「私もそう思う。
っていうことを紫に言ったら『言葉の上っ面しかとらえないからそういう結論になる』って怒られたわ」
「理不尽だな」
わっはっは、と二人。
人生は生きている限り勉強である、とはよく言ったもの。
長く年月を重ねていくことで、一つのものを見た時、それから受け取るものは変わっていく――つまりはそういうことなのかもしれない。
「小鈴と阿求は、明日、暇か?」
「暇でーす」
「……編集さんが来なければ」
「お前さっさと原稿終わらせろよ」
「わかっていても出来ないことはある――それを知る人は、この界隈、とても多いのですよ。魔理沙さん」
「顔青くして言うことじゃない」
もはや現実逃避を通り越してあの世にまで逃げ出しそうな雰囲気ではあったが、小鈴曰く、『三日くらい前になったら強制的に缶詰ですから』という状態になるらしい。
何度同じことを繰り返しても、そうならない限り解決が出来ないというのは、これはもう一種の職業病なのかもしれない。
「ま、いいや。
明日、里の公民館でちょっとした祭りがあるんだ。
私ら、そこのスポンサーだからさ。飯と酒が無料。来ないか?」
「魔理沙さんの他にも? 霊夢さんですか?」
「ああ、いや。私はお呼ばれした方」
「魔法の森の魔法使いたちは、時として気まぐれさ」
なるほど、と小鈴はうなずいた。
そして、そういうお誘いなら断る理由はない、と手を挙げる。
「だけど小鈴ちゃん、あなた、お酒はダメよ」
「ちぇー」
「そうよ、小鈴。あなたみたいな子供はお酒は飲んではいけないわ」
「何、勝ち誇ってるのさ。
お猪口一杯でひっくり返って二杯目で全裸になって、三杯目で幽体離脱するくせに」
「酒に弱いだけよ!」
果たしてそれを『酒に弱い』というのかどうかははなはだ疑問であるが、まぁ、本人がそう言うのだからそうなのだろう。多分。
「当日は人間は当然として、人に扮した奴らも来る。
あいつらは大抵、友好的だが、中には変な奴もいる。そういう奴らには飯と酒だけ渡すつもりだけど、ま、気をつけるんだぞ」
「そういうのって、人間が妖怪になった部類に入るんですかね?」
「さあ?
人が妖怪になる――と言うのは場合によるけれど。けれど、人が鬼になるのは珍しくない。
そして、鬼もまた、『人』であるのは言うまでもない」
ならば、彼らは人であるとともに『人』ではないのだ、というのが霊夢の回答だった。
難しい言葉ではあるが、そうした相手なのだから、『人の理屈』が通じないのも当然である、というのが導き出される答えではある。
「小鈴もそうなってしまえば、もしかしたらわかったのかもしれないけどね」
「興味はあるけどねー。
だけど、わたしは霊夢さんに退治されるのはごめんだよ」
「そうならないように努めなさい。変なものへの興味は程々に」
「だけど、霊夢さん。
興味心は猫を殺してしまいますけれど、死んだ猫は猫又にだってなるんですよ」
「そういう屁理屈はいいの」
ぽこぺん、と頭を叩かれて、小鈴はぺろりと舌を出す。
「小鈴が妖怪になったらどうなるのかね。
レミリアみたいになるんだろうか」
「もしかしたら、大人っぽい美人妖怪になるかもしれませんよ。紫さんとか」
その一言を小鈴が口にすると、テーブルの上にぽんとお茶菓子が増えた。
それを見て、誰からも見えないところでぺろりと舌を出す小鈴は、なるほど、したたかな性格と態度、そして人格を兼ね備えた『傑物』であるようだ。
「いや、そうはならないわよ。小鈴」
「なんでさ」
「知らないの? 妖怪に限らず人もそうだけど、外面というのは内面に引きずられるわ。
妖怪というのは、人間よりもよほど精神的な物体に近いのだから。
内面が子供であるうちは、いつまでもその見た目は変わらない。
すなわち、子供のうちに妖怪になってしまうと、ずっと一生、そのままなのよ」
「えー」
ぷっく~っとほっぺたを膨らませる小鈴。
したり顔で言う阿求への抗議なのだろうが、そういう態度を見ていると阿求の言うことも正しいと言わざるを得ない。
「そんなことないもん。
じゃあ、わたしが妖怪になる時は、大人の女性になってからなるわ!」
「はいはいそーですね、っと」
「あ、何よ、その『小鈴なんて大人になってもそのまんまよ』な目。腹立つー。
アリスさんとか咲夜さんに教わって、美人の女性になってみせるんだから」
そんなやりとりを横目で見ながら、『あんな目に遭っても、まだ妖怪に興味があるのかね』と魔理沙は苦笑する。
これも彼女の好奇心がなせる業なのかもしれないが、全く懲りていないというのもどうしたものか。
とはいえ、それを彼女に言うことはない。
なぜなら、魔理沙もまた、そのように『全く懲りずに同じことを繰り返し、そして後悔と反省はするものの、けれどやっぱりめげない』からである。
「霊夢。お前は小鈴が妖怪になったら、本当に退治するのかね?」
と、友人の方を見て――。
「……小鈴ちゃんが大人に? そんなあり得ない。いやだけど人間ならいつかは成長するわけで……。
だけど小鈴ちゃんはいつまでも小さなままで……それなら妖怪に……いやいやそんなことしたら私が……。
あ、だけど、それをこっそり見逃し……ダメダメ、紫にばれる……。ならいっそ、それを結界とかで隠して……妖怪特有の気配さえ隠せれば……。
見た目は中身に固定されるから、これならいつまでも小さな小鈴ちゃんで……。
だけどちょっと待て、私。さすがにそれは……。
けれど、そういう小鈴ちゃんもまたいいものだと思うし……ぬいぐるみ? 人形? さすがにそういう展開は……う、う~む……」
「……悩んでるな」
「ものっすごい悩んでますね……」
つと、小鈴が席を立ち、『お茶のおかわりを用意してきます』と奥に歩いて行った。
その場に残された魔理沙と阿求は、ものすごい難しい顔をして、ぶつぶつつぶやき、時折頭を抱えたり首を左右に振ったりやおら天を仰いだり握り拳作る霊夢を見て、顔を引きつらせる。
「あいつがあそこまで悩む姿は初めて見た」
「わたしも初めてです」
「どうするよ」
「どうしましょう」
「とりあえず正気に戻そう」
「そうですね」
そういうわけで、とりあえず、魔理沙は手にした箒を振り上げて、霊夢の脳天めがけてそれを振り下ろすのだった。