「このあいだ引越ししたの」
とマエリベリー・ハーンが言う。
「引っ越すとか言ってたね。どんなところを選んだの?」
「普通のアパートよ。前の家は上の階の人がうるさいのが嫌だっただけだから、それ以外はほんと、普通」
「そういう快適さってほんと大事だよね」
「で、新居でしばらく暮らしてたんだけどね。なんか私以外の気配がしてさ」
「ええっ、怖い話じゃん。お化け系? 金縛りとかあったりするの?」
「金縛りとか、実害は全然なかった。何の気配かなーってしばらく悩んでたんだけど、猫だったのよ。猫の鳴き声がするの」
「鳴き声。えっ、猫の鳴き声だけが聞こえるの? いいなぁ、面白いね」
「うん。ふとした時に猫の鳴き声がして、気配っていうのは、それのことだったってわけ。それで、もしかしたら生身の猫かもしれないと思って探しまわったんだけど、どこにもいなかった」
「猫の幽霊じゃん」
「そうそう。まあ幽霊でも猫だしなあって思って、猫と生活してるつもりでいたんだけどね。あるとき気づいちゃったのよ。ドアの蝶番のきしむ音が、猫の鳴き声そっくりだったの。にぁー、にぁーって」
「あら、なんだ、残念」
「だから今、ドア飼ってるの」
「はぁ? なんだって?」
「ドア飼ってるんだってば」
「ドア飼うって何?」
「で、タマはねえ」
「名前つけてんの?」
「タマは私の部屋に居るんだけど」
「メリーの部屋のドアなんじゃん」
「ドアって言わないで!」
「ご、ごめ……情緒どうなってるのよ」
「あのねえ、家帰って部屋に入るときにペットが鳴き声で出迎えてくれるの本当に素敵だからね」
「部屋に入ったからでしょ……」
「考えてみてほしいんだけど、蓮子?」
「なんですか」
「えさ代がかからないのよ?」
「エサ代が要らないメリットに姿かたちが見えないデメリットが大きく勝ち越してんのよね」
「本当にそう? もうちょっとよく考えてみてほしいんだけど」
「考えてるよ、たぶん、メリーが思ってるよりも」
「蓮子さあ、猫の鳴き声が聞こえるって言っただけで羨ましいって言ったじゃない」
「うん。いいなあ、って言ったよ」
「いいなあって言ったよね! 幽霊の猫でも構わなかったんでしょ?」
「そう言ったかも」
「幽霊の猫ってことはさあ、気配だけしかしないわけじゃない? なにが羨ましいことあるのよ」
「一人暮らし寂しいしね、もし猫がいるなら、幽霊でも鳴き声だけでも、きっと生活に色どりが増すと思ったんだよ」
「ほら来た!」
「来た? 何が来たの」
「蓮子の言ってることをまとめるとさあ、猫の鳴き声が聞こえるだけでも羨ましい、実態がなくてもいい」
「まあ、うん」
「ってことはさ、猫の本体は、実は鳴き声のほうなんじゃないの!?」
「んーーーーーーいや、いかつい新説打ち出して来ないでよ!」
「はーもう、らちが明かないわ」
「ここでやれやれ感出せるの自己肯定力高すぎるって」
「こんな話してても意味ないわ。蓮子この後どうするの」
「どうするのって、メリーんち行くんだよ」
「何しに来るのよ」
「タマに挨拶すんのよ」
「酷いことたくさん言ったのタマの前で謝ってもらうからね」
「分かったよ」
「なんて言って謝るつもり」
「分かんないけど行きがけに猫じゃらしでも買ってったら機嫌直してくれるでしょ」
「ドアが猫じゃらし喜ぶかぁ!」
「ドアって言ってるじゃない!」
「ドアじゃらし買え!」
「無いよそんなもん。もういいよ、行こ行こ」
とマエリベリー・ハーンが言う。
「引っ越すとか言ってたね。どんなところを選んだの?」
「普通のアパートよ。前の家は上の階の人がうるさいのが嫌だっただけだから、それ以外はほんと、普通」
「そういう快適さってほんと大事だよね」
「で、新居でしばらく暮らしてたんだけどね。なんか私以外の気配がしてさ」
「ええっ、怖い話じゃん。お化け系? 金縛りとかあったりするの?」
「金縛りとか、実害は全然なかった。何の気配かなーってしばらく悩んでたんだけど、猫だったのよ。猫の鳴き声がするの」
「鳴き声。えっ、猫の鳴き声だけが聞こえるの? いいなぁ、面白いね」
「うん。ふとした時に猫の鳴き声がして、気配っていうのは、それのことだったってわけ。それで、もしかしたら生身の猫かもしれないと思って探しまわったんだけど、どこにもいなかった」
「猫の幽霊じゃん」
「そうそう。まあ幽霊でも猫だしなあって思って、猫と生活してるつもりでいたんだけどね。あるとき気づいちゃったのよ。ドアの蝶番のきしむ音が、猫の鳴き声そっくりだったの。にぁー、にぁーって」
「あら、なんだ、残念」
「だから今、ドア飼ってるの」
「はぁ? なんだって?」
「ドア飼ってるんだってば」
「ドア飼うって何?」
「で、タマはねえ」
「名前つけてんの?」
「タマは私の部屋に居るんだけど」
「メリーの部屋のドアなんじゃん」
「ドアって言わないで!」
「ご、ごめ……情緒どうなってるのよ」
「あのねえ、家帰って部屋に入るときにペットが鳴き声で出迎えてくれるの本当に素敵だからね」
「部屋に入ったからでしょ……」
「考えてみてほしいんだけど、蓮子?」
「なんですか」
「えさ代がかからないのよ?」
「エサ代が要らないメリットに姿かたちが見えないデメリットが大きく勝ち越してんのよね」
「本当にそう? もうちょっとよく考えてみてほしいんだけど」
「考えてるよ、たぶん、メリーが思ってるよりも」
「蓮子さあ、猫の鳴き声が聞こえるって言っただけで羨ましいって言ったじゃない」
「うん。いいなあ、って言ったよ」
「いいなあって言ったよね! 幽霊の猫でも構わなかったんでしょ?」
「そう言ったかも」
「幽霊の猫ってことはさあ、気配だけしかしないわけじゃない? なにが羨ましいことあるのよ」
「一人暮らし寂しいしね、もし猫がいるなら、幽霊でも鳴き声だけでも、きっと生活に色どりが増すと思ったんだよ」
「ほら来た!」
「来た? 何が来たの」
「蓮子の言ってることをまとめるとさあ、猫の鳴き声が聞こえるだけでも羨ましい、実態がなくてもいい」
「まあ、うん」
「ってことはさ、猫の本体は、実は鳴き声のほうなんじゃないの!?」
「んーーーーーーいや、いかつい新説打ち出して来ないでよ!」
「はーもう、らちが明かないわ」
「ここでやれやれ感出せるの自己肯定力高すぎるって」
「こんな話してても意味ないわ。蓮子この後どうするの」
「どうするのって、メリーんち行くんだよ」
「何しに来るのよ」
「タマに挨拶すんのよ」
「酷いことたくさん言ったのタマの前で謝ってもらうからね」
「分かったよ」
「なんて言って謝るつもり」
「分かんないけど行きがけに猫じゃらしでも買ってったら機嫌直してくれるでしょ」
「ドアが猫じゃらし喜ぶかぁ!」
「ドアって言ってるじゃない!」
「ドアじゃらし買え!」
「無いよそんなもん。もういいよ、行こ行こ」