Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

妖精の足跡 ⑩最終話

2017/07/17 09:49:51
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 過ぎゆく日々は矢のごとし。

 みすちーとリグルは初めて会った日からルーミア邸に連日泊まり続けていた。泊まっては私たちと森で遊び原っぱを駆け回る。みすちーが屋台を出すときは全員で手伝い――とは言ってもお客はあまり来ないようで、私たちはもっぱらおしゃべりしていた。たまに来るお客ももこたんかけーねセンセばかりだったので寺子屋とさほど変わりない。
 何日かして雨が降った夜のこと。屋台も出せないのでベッドでおしゃべりやもこたんに教えてもらったカードゲームをして過ごしていたらみすちーとリグルが今日も泊まっていいかと尋ねてきた。
 私もチルノもルーミアも、誰もが一緒に住んでるものと思っていたので予想外の質問に呆けることになる。もちろん私たちは一緒に暮らそうと提案し、その日から改めてみすちーとリグルとハウスメイトになった。
 みすちーとリグルは連泊したのもあってわざわざ家具を持ち込まなくても何不自由ないことがわかっている。ゆえに私たちのような引越し作業は行わず二人の元の家は別荘ということでそのままにしておくことにした。

 私たち五人が一緒に暮らしてから数日後の夕方――ひとしきり森で遊んだ帰りに私にとって大事件が起こった。
「手袋が……ない!」 私はチルノと手をつなごうとポケットの手袋をまさぐったが、革手袋の手触りが全くなかった。急いで振り返り見回したが、遠くからでもすぐわかる黄色い手袋は全く見当たらない。心臓がどくどくと強く脈打ってきた。背中にじとりと汗がにじみ頭が不安に支配される。
「手袋ってダイがいつも付けてるミトンやんな?」
「ポケットに入ってないの?」
 チルノとリグルが心配そうに声をかけてくれたが、今の私は返事をする余裕すらなかった。
「ない……。ないよう……」 ルーミアが丹精込めて作ってくれた手袋、あの手袋がないとチルノと遊ぶ時に触れることができない――私は自分でもわかるほど狼狽しながら近くの草むらをガサガサと探す。
「じゃあ、遊んでた時に落としたん?」
「もしそうだったら見つけるのは難しそうね」
 みんな近くの草むらを同じように探してくれたものの見つかることはついぞなかった。
「私探しに行ってくる!」 私は踵を返し今まで遊んでいた森の奥へ歩を進めた。するとルーミアが肩を掴んで私を制止する。
「やめるのだ、こんな暗くなってからじゃきっと迷子になってしまうのだ」
「でも……」
「でも、は無しなのだ。手袋なんてまたアタシが作ってあげ……」
 ルーミアは途中まで言いかけたが何かを思案するように宙を見つめた。肩を掴まれたまま私はルーミアの様子を見ていると、彼女は私に赤く輝く眼を向ける。

「いや、ここは手袋なんて無くても大丈夫なようにしなきゃ、なのだ」
 無くても……大丈夫に?

「なんでダイは手袋つけてたん? 今って結構暖かいやん?」
「リグルったらおバカさんね。チルノと一緒にお手々をつなぎたいからに決まってるじゃない」
 リグルの問いに即座に答えるみすちー。リグルはお子様扱いをされてむくれていた。
「あたいに触るとしもやけになっちゃうからね。ダイちゃんには迷惑かけちゃってるなあ」
「迷惑だなんて」 チルノが消沈するのを見て私は申し訳ない気持ちになる。私が手袋無しにチルノに触れてたら何の問題もなかったのだ。ああ、自分の身体が恨めしい
「うーん、でもアタシはチルノに触っても大丈夫なのだ。確かにちょっとちめたいけど」
「ワタシたちも同じく、チルノに触ってもしもやけにはならないわ」
「どうしてダイだけしもやけになっちゃうんだろ」
 なぜ私にとって最も大事な友人に気軽に触れ合えないのか。誰がこんな身体にしたのだろう。大事な手袋を失くした情けなさと大事な友人たちに心配をかけてる情けなさが入り混じり、私は穴があったら入りたいほどに恥ずかしくなってきた。

「もこたんやけーねセンセに聞いてみよう!」
「うん……」 チルノの素晴らしい提案にも、私はうなだれつつでしか反応できなかった。

 曇天が空を支配している暗い翌朝。気分は陰鬱な大渦に飲み込まれ、歩けばひんやりとした湿り気のある風が身体中にまとわりついた。寺子屋につくまでに手袋を紛失したことをもこたんに相談すると、あてに任せとき! と力強く声を弾ませた。
 もこたんは寺子屋に着くなり、けーねセンセに開口一番いいかげんな情報を言い放つ。

「ダイが手袋なくしたさかいチルノに触れるようにしたってや」
「? もう少しちゃんと説明してくれないか」 いつもどおり説明不足なもこたんに、けーねセンセはあからさまに業を煮やしていた。
「せやからな……」
 頼りにならないもこたんを遮って私たちはそれぞれけーねセンセに説明しだした。 
「うちらが森の中で遊んでたら、ダイの手袋が無くなってて――」
「それは今はどうでもいいでしょう? 私たちが妹紅様に相談すると、妹紅様が『けーねセンセならどないかしてくれる』と仰るものだから聞いてるのですわ」
「あたいがなんとか出来たらいいんだけど……」
「そうは言ってもできないだろうから手袋作ったのだ」
「けーねセンセ、私が素手でチルノに触れるようにするにはどうすればいいの?」

「ええい、静まりなさい! わたしは聖徳太子ではない、みんなが口々に喋っても聞き取れるわけなかろう!」
 けーねセンセの一喝に私たちは直ちに静まった。けーねセンセは静寂の中ゆっくりとお茶を飲んで一息つく。するとしびれを切らしたもこたんがけーねセンセににじり寄った。
「とどのつまりはダイだけがチルノに触れんから、触れるようにちょちょいとレクチャーしたってや」
「だめだ」
「えっ!」
 けーねセンセの即答に私たちは動揺した。
「だめって……どうして!」 私は一縷の望みを絶たれたかのように不安にさいなまれた。
「チルノに触れないということはチルノよりも著しく妖力が弱い、または使い方が分かってないからだ。そんなダイがチルノに触れるくらいの妖力を持った上で制御できなくなったらどうなると思う?」
「どうなるの?」
 チルノが聞く。
「チルノに触るだけで終わらないかもしれない。得た力を試したくなったり暴走したり、そこまでいかなくても遊んでいて無意識のうちに力を行使してしまうだろう。その力が人間に向けられた場合我々はダイ、君を退治しなければならなくなる」
「わ、私そんなことしないもん!」 何もしていないのに非難されてるようでムッとした。思った以上に大きな声が出たが私は断固反論する。
「ダイちゃんがそんな危ないことしないって、けーねセンセも知ってるでしょ?」
 続けてチルノも私に加勢してくれる。
「もちろんわたしはダイを信頼している。だが、もののはずみで誰かを傷つけるということもありえるだろう? 現状は妖精らしい妖力なので使い方を理解していなくても人里にただちに影響は無い。だが使い方をコントロールできるようになれば将来妖力を増大させる可能性も無きにしも非ずだ。力なき弱き者が不意に力を持ったがゆえに、力に酔いしれ暴走してきたことは数々の歴史が証明している」
「言うてることはわかるけど、ちびっと考え過ぎやあらへんか」
「いや、言い過ぎとは思わない。頻繁に輝夜と傷つけ合い竹林を火の海にしてまわってる妹紅に身に覚えがないとは言わせないぞ」
 よくわからないがもこたんの勢いがしぼんだ。輝夜? という人物と喧嘩しているらしいが初めて知った。
「うぐっ……ほんならあてらがその使い方を無意識でも使わないくらい訓練したらええんちゃうか? なんやかんやで人里もえらいぎょうさん妖怪おるやろ? 出入りしてる妖怪の全部が全部力の使い方を熟知しとるとは思えんなあ~」 もこたんは腕を組みけーねセンセに詰め寄った。
「確かに行商や観光で人里に出入りしている妖怪の中には未熟なものもいることはいる。だがこの子達のように人里の中心にまで行かせないよう、例外なく人里での行動が制限されている――仮に制限を突破したとしよう。もし未熟な妖怪が人里に危険な問題を起こせば、人里を守護する我々や巫女が退治する。だろう?」
「まあ、な」
 真剣でまっすぐな眼差しを向けるけーねセンセの迫力に、もこたんは口をつぐみつつも負けじと目線をそらさなかった。
「ではもし、ダイの力が暴走したら? 暴走しないと責任をもてるのか? そして暴走した場合、妹紅はダイを退治できるのか?」
「それは……」
 もこたんの瞳がわずかに揺れる。もこたんはそれ以上言葉を繋げなかった。

 するとチルノが突然立ち上がり仁王立ちで啖呵を切った。
「あたいが止める!」
 もこたんとけーねセンセはぎょっとしてチルノに向き直す。氷の羽は私を守るように大きく展開し、威風堂々とした出で立ちは神々しく、いつものチルノ以上にとても美しかった。

「そーなのだ、アタシたちが責任もつのだ!」
「ひとつ屋根の下で住んでるんやもん、うちらで何とかするよ」
「妹紅様にもけーねセンセにも人里にも迷惑はかけませんわ」
「チルノ……みんな……!」 ルーミアが、リグルが、みすちーが……それぞれ私を守るように立ち上がってくれた。私はみんなの気遣いに胸がいっぱいになり目頭が熱くなる。
「もしこの子らだけでどうしようもなくなったら、そんときはあてが何とかするわ」
「ほう……――それだけの覚悟があるのか? ダイ」
「うん!」 私はみんなの心意気に支えられ、失いかけた自信を取り戻した。
「わかった、ならばわたしも責任を取る覚悟を決めるとしよう。ダイと、それに君たちに妖力の使い方を徹底して教育する! しっかりついてこい!」
「はい!」
 気づけば私たちは号令の如き威勢の良い返事をしていた。

 ふと見上げると明り障子から空が見える。空は相変わらずの鈍色だったが、雲の合間から一筋の光が差していた。地上にも届く力強い日光は、私たちの希望を敢然と後押ししてくれる。

 私たちは教室に移動した。けーねセンセが黒板を使い、私たちにも分かりやすいように妖力の使い方を説明しはじめた。
「要するに、暴走しないよう力をコントロールすればよい」
「コントロール? 暴走するだけの力が無くても?」 そもそも私の妖力に暴走するほどの素質はないと思う。しかし私の質問にけーねセンセはやんわりと首を振った。
「妖精・妖怪に生まれた以上、妖力がまったく無いということはない。みんな空を飛べるだろう? 歩くのと同じで生まれ持った能力を無意識に使ってるに過ぎん」
「でもアタシは飛ぶのが遅いのだ」
 ルーミアが手をあげる。確かに私やチルノに比べたら飛ぶのは遅い。たまに手を取って一緒に飛ぶくらいだ。
「妖怪によって得意なことも違う。妖力を腕力に上乗せしてとてつもなく力持ちな妖怪もいれば、翼に妖力を集中させて空を素早く飛べるものもいる。それらは無意識で行われてることが多いが、意識すれば妖力に見合った力を発揮することも可能だ」
「意識すれば……」 飛ぶときに妖力を使っていたのか。そういえば意識したことはなかった。どうやって飛んでただろう。私は思い出すように羽を緩やかに動かした――羽の根元が少しあったかい感じがする。これが妖力を使うということなのだろうか。
「例えばもこたんを見てみなさい。本来の身体能力は人間と同じだが、霊符を効果的に使用することで瞬時に炎を灯すことができる。これも力のコントロールの一つだ」 
「物でもいいならやっぱり手袋でもいいってこと?」 
「その通りだ。だが物によるコントロールは、例えば今回のダイのように物が無くなるとコントロールできなくなる。つまり、もとより持っている妖力を自力で制御できていないので根本の解決にならん」
「なので自身の力をコントロールすることに帰結する。力のコントロール方法は大きく分けて二つある。強すぎる力を抑える制御と、力を要領よく使い分けて最小限の力で最大の効果を発揮する制御だ」
「私の場合はどっちだろ」 コントロールの仕方か……考えたこともなかった。いや、そもそも妖力すらも意識したことがない。
「どちらも必要な制御方法なのだが、特にダイは要領良く使い分ける方法、チルノは力を抑える方法を重点的に覚えたほうが良い」
「アタシたちは?」
「ルーミア・ミスティア・リグルは制御がほぼ出来ているので両方の概念を知るだけで良い」
「お話だけなのか? なあんだ」
 ルーミアはつまらなそうに頬杖をついた。ルーミアの消沈をみかねたもこたんが背中をつついてルーミアに話しかける。
「あんたらは弾幕ごっこってできるんか? あれができたら問題なしやな」
「なんなのだ?」
「妖力や魔力を具現化して美しさを競う遊びよ。ですわよね、妹紅様」
「せ、せやな」
 みすちーはこれ幸いともこたんにスススと近寄った。ぴったり横にくっついた積極的なみすちーにもこたんはたじたじになっている。
 少しイライラしながらリグルはみすちーともこたんの間に割って入った。助かったと浅くため息を漏らすもこたんを尻目にリグルは私たちに弾幕の手本を見せる。
「ルーミア見てみ、こんなんやで」
 リグルが天井に手のひらを向けると翡翠色の光がぽうっと灯り、何かがぴょんと放たれる。光り輝く何か――弾幕は赤杉の天井に当たってふっと消えた。
「は~……ピカピカしてきれいなのだ」
「妹紅の言うように弾幕を出せるようならとりあえず力の制御は出来ていると言える。皆も一度やってみよう」
 けーねセンセはそう言うと私たちを連れて隣の空き地にむかった。私もリグルのようにキラキラした綺麗な弾幕を出せるのだろうか。もしかしたら変な物が出てくるかも知れないが、それはそれで面白いかも。チルノはきっと出せるだろうから、私ができるようになったらチルノと一緒に弾幕ごっこをしようかな。

 初めての試みに私は内心ワクワクしていた。どうやらチルノも同じ気分のようで、この時のほほ笑んでるチルノの顔は心のアルバムにそっとしまった。



††††††



 相変わらず空き地周辺には私たち以外に誰もいない。人里であることを忘れてしまうくらい寂しい場所だ。空き地の周りには寺子屋や住居らしき家屋もちらほらあるのだが全く人の気配がしない。いや、どちらかというと動物っぽい気配がする。タヌキやキツネでも住んでいるのだろうか。
 草しか生えていないところに向かって弾幕を出してみなさいとけーねセンセが言った。
「とう!」
 チルノが手のひらをかざし掛け声をかけると巨大な氷塊が一瞬にして現れた。以前猪を凍らせた時と同じくらい大きく、そこにあるだけで周りの空気がひんやりするくらいとても冷たい。ルーミアも黒くて四角い影のようなものを出して自分の周りをふわふわ浮かせている。ところが私はというと何も出ず……これでも力を込めているのだが全くと言っていいほど変化がない。
「なんでみんなそんなに簡単に出せるの?」 
「大丈夫やで、ダイにも出せるようになるからしょげなや」
 もこたんは背中を優しく叩いて励ましてくれた。が、私が弾幕を出せるようになるとはとても思えなかった。
「やはりチルノとダイは弾幕が苦手のようだ……ルーミアはコツさえ教えたら上手く出せそうだな」
 けーねセンセの言葉が刺さった――ん? チルノも苦手? こんなに大きな氷塊を鮮やかに出して見せたのになぜ私と同じ評価なのか。
「ダイの場合は力の使い方がわかってないようだ。どれ……飛ぼうとしてごらん」
 けーねセンセはそう言うと私の羽を両手でぐっと押さえた。痛くはなかったが全く羽を動かせない。
「いま羽を動かそうとした力があるだろう? それがダイの妖力だ」
 動かせなかったが確かになにかの手応えはあった――おへそから背中にかけて意識したことがない流れのようなものを感じた。
「いままで飛ぶこと以外に妖力を使っていなかっただろうから、腕や足に妖力を使う感覚がわからなかっただけだ。いまならその力を認識できただろうから手に集中させるだけで弾幕が出ると思うぞ」
 けーねセンセはそう言うとまっすぐな眉毛をクイッとあげてにっこり笑った。私は半信半疑ながらけーねセンセの言うとおりにもう一度、力を込めて手をかざした。
「えいっ!」 掛け声とともに手のひらからビョッと色とりどりのくさび形の弾幕が飛び出した。弾幕は勢いもなく数メートル先の地面にころりと転がる。まもなくくさび形の弾幕は弾けるように光の粒子となり空気中に消えていった。
「やった! やったねダイちゃん!」
 チルノが拍手して喜んだ。私には何が起こったのか少しの間理解できなかったが、チルノの歓声で我に返る。
「でた……やったあ!」 私は今しがた弾幕が飛び出した自分の手をまじまじと見ながら高揚感に包まれる。私にもできる! 自信がだんだんと全身にみなぎり鼻息が荒くなった。
 けーねセンセが喜ぶ私に静かに言う。
「今のは全力ではなかっただろう? 一度あそこに手のひらを向けて全力でやってみなさい」
 岩を指さすけーねセンセの言うとおり、そして私は高揚感も相まって思いっきり力を双掌に込めて――放った。

「集中して――――えいいっ!」 私の手から猛烈な勢いですごい数の弾幕が飛び出し、瞬く間に岩を粉砕した。
「えっ……?」 私たちは何が起こったのか理解できずに唖然とした。しかしけーねセンセともこたんは顔色変えずに私を見つめる。
「見ただろう、本気で行えば岩など簡単に粉砕してしまう力がある。わたしが危惧した理由もわかってくれたかね」
 けーねセンセは私を落ち着かせようとゆっくりと喋る。私は努めて冷静にしようとしたが初めてのことで狼狽し、パニックこそ起こさないが内心は動転していた。
「ワタシたち弾幕を使ったことあるけどこんな威力出したことないわ」
「うちも……ダイって実はすごいん?」
「いや、実はあんたら全員これくらいはできるんや。でもミスティアとリグルは使い慣れてるから無意識のうちに力をセーブしてるんのな。せやからここまで威力は出えへんのやで」
 みすちーとリグルに……いや、私たち全員に諭すようにもこたんは説いた。
「いま自分の弾幕が岩を粉々にしたのを見て、どのように感じた?」
 けーねセンセは私の肩に手を置いて言った。私は言葉こそ発しなかったが、自分の力がこれほどの破壊を遂行できることに恐怖した。私のひきつる顔を見て察したのか、けーねセンセは私と同じ目線にまで腰をかがめて頭を優しく撫でた。
「心に留めておきなさい。弾幕ごっこといえど、力無き者にとっては命の危機にさらされる。弾幕ごっこをするときは周りを十分注意して迷惑にならないよう配慮するように」
 けーねセンセの優しい手はゆっくりと、ただゆっくりと私の頭を撫で続けた。

「ルーミアは前にあてにぶつけた、あの黒いやつの要領でやればすぐできるで」
 ルーミアがもこたんやけーねセンセにぶつけていた闇を思い出した。人の頭を覆うくらいの大きさの、真っ黒い闇の塊――ルーミアは先程から大小さまざまな黒い影をポコポコと断続的に生み出していたので、妖力を使いこなすのも時間の問題だろう。
「問題はチルノやな……ちょい加減しいや」
「加減って言ってもどうすればいいかわかんない」
 チルノは焦らされてふてくされていた。
「ふむ……チルノ、妹紅に弾幕をぶつけてみなさい」
「え……そんなの出せないよ」
「もっともだ。だがそれでは力に振り回される日がいつかきっとくる。そうならないためにも妖力をコントロールできるようになりなさい。まずはできるだけ妹紅を傷つけないよう工夫してごらん」
「まあ心配せんと、あてに向けてドーンとやってみ」
「……うん……」
 ヘラヘラとするもこたんにチルノは自信なさげに両手を向けた。
「たあっ!」 周りの空気がほのかに吸い込まれた次の瞬間、強烈な冷気がもこたんを包み氷塊となる。もこたんはヘラヘラしたまま氷漬けになった。だがまもなく氷塊にピシッ、ピシッとヒビが現れ――
「おらあっ!」 豪快に氷塊を割り紅蓮の炎を腕にまといながらもこたんが私たちにのしのしと歩み寄る。近くの氷礫を纏った劫火で昇華させて辺りを水蒸気まみれにした。
「ぜんっぜん手加減できてへんやん」
 呆れながらチルノの頭をぐりぐりとする。チルノは嫌だと言ったのに強行したのはもこたんではないか。私はもこたんに呆れた。

「しばらくかかりそうだな。妹紅に任せたぞ。ではダイ、先ほど弾幕を出した要領で手のひらだけに弱めの妖力を集めてごらん。妖力を飛ばすのではなく手のひらにとどまらせるように、な」
「こ、こうかな」 手の周りに少しだけ空気の層のようなものができた感覚……もちろん自分の服を触ることもできるし感触もある。ただ、薄くて見えない手袋をはめてるような不思議な感覚が自分の手にあった。
「そう! 飲み込みが早いな。ではその手でチルノを触ってきてごらん」
 もこたんとの熾烈な訓練に精を出してるチルノだ、きっと近寄るだけで冷たさが伝わるのではないか。私は半信半疑のまま、けーねセンセに促されてチルノに触れた。
「ああ! ほとんど冷たくない!」 以前は素手でチルノを触ると氷のような冷たさを感じていたが、いまは川の水くらいの冷たさしか感じなかった。そっと背中を触った私に気づいたチルノは、驚きの眼のまま固まっていた。
「力をこのようにコントロールすれば感覚を保護することもできる。いままでルーミアやミスティアやリグルがチルノに触っても大丈夫だったのは、妖力を無意識に操ってチルノの溢れ出た冷気から防御していたからだ。とはいえ無意識なので多少の冷たさは感じていただろう。今のダイのように意識すれば完全に冷たさを感じなくすることも可能だ」
「チルノっ! やったあ♪」 私はけーねセンセの説明が耳に入ってなかった。それほどまでに嬉しかったのだ。チルノに全力で抱きついた私は、妖力で保護していないほっぺが張り付きそうなほど冷たかったが気にならないほどに幸せだった。
「えへへ♪ あたいもダイちゃんみたいにコントロールできるようにならなきゃ!」
「せやで~力の使い方覚えたら寝るときにみんなと同じ部屋で寝れるんやで。もうちょいやから頑張りや」
 よく見ると、数分しか経っていないのにもう空き地の半分以上が氷の塊に占拠されていた。だがもこたんのアドバイスのおかげか、転がってる氷塊の大きさがだんだん小さくなってきている
「ほう……チルノはみんなと別の部屋で寝てるのか」
「うん、あたいはいつも冷気が身体のまわりにあるからね」
 けーねセンセはいいことを思いついたとばかりに普段真面目でキリっとしている口元の、片方だけをくいっと上げた。
「……チルノ、妹紅をダイだと思って弾幕を飛ばしてみなさい」
 こそっとチルノに耳打ちしたのを私は聞いてしまった。
「ダイちゃん――」
 チルノが私をチラっと見る。私は頑張ってとも気をつけてとも声に出さなかったが、チルノの目を見る限り気負いは全く感じなかった。チルノは浅くうなづくと再びもこたんに向き直す。

「うぬんぬぬぅ~~~えいっ!」
 小さな氷粒が一つ、もこたんにコンと当たった。

「おっできたやん! やるなあ、センセはどんなコツ教えてくれたんや?」
 上機嫌になったもこたんがチルノの方に手を回す。
「えっと、もこたんをダイちゃんだと思ってやってみなさいって……」
 チルノはおずおずとしながら真実を伝えると、もこたんは薄目でチルノと私とけーねセンセを見た。
「……はあ~? センセっ! あてをなんやと思ってるんや!」
「ふはは、悪かった。あとでねぎらうから許せ」
「かなわんな~。まあねぎらってくれるんやったらええで。ほんまにねぎらってや!」
 一瞬本気で怒ったのかと思ったが、笑いながら氷を片付け始めるけーねセンセにつられて口元を緩ませ顔をほころばせている所を見ると、もこたんがけーねセンセに怒ることはこれからも無さそうだなと思った。

「ではチルノ、今やったように妖力を我慢をしながらダイを触ってみなさい」
「こう?」
「あ、冷たくない! 私、妖力を使ってないよ」 チルノが私のほっぺにツンと指先をくっつけたが全く冷気を感じなかった。みんなが驚いて駆け寄ってきた。チルノのほっぺをぶにぶに触ったり氷の羽に顔をくっつけたりしていた。
 みんなにこんなに触られることが初めてだったのか、チルノは頬をやんわりと赤らめて笑顔でじゃれてきた。わたしはチルノをギュッと抱きしめる。
「チルノが普通にしてても冷気をまとい続けていたのは、今まで加減を知らなかったからだ。慣れてくれば寝るときも今みたいに冷気をコントロールしてみんなと一緒の部屋で寝ることができるだろう」
「うん! あたいがんばる!」
 にこやかで元気いっぱいの返事が空き地に飛び跳ねる。

「あれ? これやとダイが妖力をコントロールせんでもチルノに触れるようになったんやないん?」
 リグルが鋭い指摘をした。
 けーねセンセは即座に応える。
「チルノにばかり我慢させるつもりなのか? きっと長くは続くまい。だがチルノだけではなくダイも妖力をコントロールするなら負担は半分以下になる」
「あ、そっか!」
 リグルだけでなく私たちも納得した。みんなに妖力コントロールのレクチャーしたのはそういう狙いがあったのか。
「今日は技術面での講習だが明日からは妖力をコントロールする心構えも講習するから全員しっかりと学びなさい」
「はい!」 私たちは喜色満面で元気よく返事した。曇天はいつしか晴れ渡り、天高く覗く太陽がにっこり笑っているような気がした。



 ******



「チルノの頑張りは相当やな~」
「そうですわ、たった半日でほとんど冷気を感じなくなるくらい使いこなせたのですから」
「今日からでも同じ部屋で寝れるかもね」
 みんなにそろって褒めてもらえて、あたいはとても嬉しかった。
 今までレティ以外の人と一緒に寝るなんてことなんて数える程しかなかった。でも今日からあたいは変わるんだ。みんなと一緒におしゃべりしながら愉快な夢に包まれて幸せに眠る――ああ、今から楽しみで仕方ない。

「――ん? なんだろあれ?」 飛び上がりそうな期待を胸に秘めていると、少し先の低木の枝に何かが引っかかっているのを見つける。近くで見てあたいはその正体に驚いた。
「あれは……ダイちゃんの手袋! 両手ともあるよ!」 ダイちゃんに見せるよう手袋を高らかに振り上げた。すると妙な重みの手袋の中からグエっと音が鳴る。
「うわっ! なんだ? なかに何かいる……あっトノサマ!」 蛙のトノサマが手袋の中からびょんと飛び出てきた。相変わらず可愛げのないジャンプの仕方だ。
 みんなが近寄ってきてトノサマを眺める。リグルがトノサマをつついて不思議そうにあたいに尋ねる。
「なんなん? この蛙。チルノ知ってるん?」
「ダイちゃんと出会う前のあたいの遊び相手のトノサマだよ。凍らせたり溶かしたりして一緒に遊んでたの」 あたいは得意げにトノサマを見せびらかせた。するとリグルが素っ頓狂な声を上げる。
「ええ~チルノいじめっ子やん!」
「違うよ、遊んでただけだもん」 あたいはいじめっ子という言葉にぎょっとして即座に否定した。いじめっ子……? あたいはトノサマと遊んでいただけなのに?
 しかしあたい自身がそう思っていても、みんなの視線はあたいがいじめっ子であると言っていた。
「ねえチルノ。チルノが私たちにしてくれたのと同じように、トノサマにも優しくしてあげようよ、ね?」
「優しく……」 ダイちゃんがトノサマを手に乗せてあたいの前に差し出した。あたいの手にのったトノサマはげこっとも鳴かずにあたいの瞳をまっすぐ見返している。トノサマの目を見ていると、忘れていた記憶がふっと頭によぎった。

 優しく接してくれなかった霧の森の金髪妖精たちを――

 あたいはトノサマに優しくしてきただろうか? いくら思い返しても優しくした覚えが……なかった。よく考えれば、あたいにとって大したことのない氷漬けも蛙のトノサマにとっては命に関わることだったのかもしれない。
 ダイちゃんを始めみんなにはしもやけにしないよう気をつけていたが、トノサマには――しもやけどころではない所業をしていた――あたいはハッとする。優しくしてこなかった自分は意地悪な金髪妖精たちと何ら変わり無い。自覚が無い分さらにタチが悪いのかも。
「あたい、トノサマをいじめてたのかな……」 仲がいいと思って少し乱暴な接し方をしていたが、まさかいじめになっていたとは。あたいは頭の上に黒くて大きな重しがのしかかったように感じた。
「別にええやん。ごめんなさいしてこれから優しくすれば。過去にこだわってもおもろい事あれへんで」
 もこたんがあたいの頭に手をのせてふわっと撫でた。
「妹紅様の言うとおりですわ。それに、本当に嫌がってるのならいまにでもチルノの手から飛び出すはずですわ」
「もしかしたらチルノを探しに来たのかもしれないのだ」
「私がこの手袋でチルノと手をつないでたからチルノの匂いにつられてきたのかも!」
 みんなはあたいを責めなかった。その優しさがあたいのいたらなさを強調して、苦しくてお腹の奥がもやもやする。でももこたんが言うようにトノサマに謝ればあるいは――
「トノサマ、あたいのこと探しに来たの?」 トノサマはウンともスンとも言わなかった。いや――応えるわけがない。なぜあたいはそんな言葉を口走ったのか。あたいはこの期に及んでまだ心のどこかで自分と金髪妖精たちとは違う、トノサマの良き遊び仲間だと思っていたのかもしれない。
 くだらない保身であたいは謝るどころか意味のない質問を投げかけてしまったのだ。あたいはぎゅっと頬をつねり、再度トノサマに真摯に向き合う。
「今まで凍らせたり……凍らせてごめんね。許してくれる?」 たどたどしく出たあたいの言葉にトノサマはじっと耳を傾ける。
 そして一言、トノサマは黒いつぶらな瞳をあたいに向けてげこっと鳴いた。

「トノサマはいいよって言ってるみたい。よかったね、チルノ」
「へへ……」 ダイちゃんがあたいのそばでトノサマを見ながら優しい言葉をかけてくれた。

「せやったらここで放すのもなんやしルーミア邸でこうたらええんちゃう?」
 もこたんが微笑みながら持ちかけた。動物と一緒に暮らすとは思ってもみなかったが、冷気のコントロールに成功した今のあたいなら一緒に暮らせるはず。
「トノサマ、一緒に暮らす?」
 トノサマはゲコッともう一度鳴いた。
 トノサマの鳴き声は、あたいのしてきた所業についてこれっぽっちも恨みがないと語っていた。
 ありがとうトノサマ、あたいこれからトノサマにも優しくなるね。
「これでトノサマも一緒に暮らせるね」
「うん! トノサマは……ここに乗ってね♪」 あたいはトノサマを肩にのせ、ダイちゃんと手をつなぐ。

 みんなと手をつないで空を眺めていると、気の早い白銀の月が青空にうっすら浮かんでいた。月の模様が優しく微笑むようにのんびりとあたいたちを眺め返していた。
「さあっおうちに帰ろ♪」 あたいたちはルーミア邸に進路をとる。
 わあっとかけっこするリグルとルーミア。もこたんに寄り添いながらおしゃべりするミスティア。そしてあたいと手を取り合うダイちゃんを見て――あたいはレティの顔を思い浮かべる。

『レティ、あたい早くレティに会いたいよ』

『紹介したい友達がいっぱいできたよ、レティ』
前回からやたらと時間がかかってしまい申し訳ございません。
妖精たちのゆったりとした生活はいかがでしたでしょうか。私は楽しくかけました♪
この小説も挿絵を追加して書籍化しようと思いますのでその際はよろしくお願いいたします。
長らくご覧頂きありがとうございました。
CARTE
http://www.geocities.jp/carte_0406/index.html
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