「わぁ」
という、慌ててるのかそうじゃないのかいまいちよくわからない、悲鳴らしき声と共に一人の少女が足下の小石に蹴躓いた。
あわや地面と熱烈接吻、というところで、ばふっ、という柔らかい感触がする。
「こころちゃん、大丈夫?」
「ありがとうございます、早苗さん。助かりました」
その前に立って、彼女――秦こころをナイスカバーしたのは東風谷早苗という人物であった。
ちょうど彼女の胸元に顔をうずめる形となっていたこころは、ぴょいと体勢を立て直す。
「ダメよ、足下に気をつけないと」
「はい。
ついうっかり、美味しそうな匂いにつられてよそ見をしてしまいました」
その視線の先には、『店頭実演販売中』と書かれた幟がはためく肉屋。そこから流れる、じゅーじゅー美味しそうな音と匂いは、なるほど、ついうっかり足下から注意をそらしてしまっても責められるものではない。
「おなかすいてるの?」
「はい」
「……ご飯食べてる?」
「……今月は、あまりおひねりがもらえてなくて」
「ついてきなさい」
というわけで、腹ペコ妖怪は、優しいお姉さんの心遣いに預かることが出来たのであった。
「ところで早苗さん」
早苗にご飯をおごってもらったこころは、その視線を隣の彼女へと向ける。
「なに?」
「早苗さんは、どうして柔らかいのですか?」
「……やっぱり太って見える? 最近は体重が……」
「あ、いえ、そうではなく」
何やら乙女の心の琴線に触れてしまったらしく、背中に縦線背負う彼女を見て、慌ててこころは言葉を続ける。
「えっと、その、何ていうか……。
早苗さんの胸元は、どうして柔らかいのか、と」
「……ああ、そっちね」
何とかかんとか、自分の中の『触れちゃいけないタブー』を追い出して――傍目には目をそらしているようにしか見えないが――気を取り直す早苗。
「んー……何でかな」
と、自分の視線を下に向ければ、そこには見事に盛り上がった二つの丘。いやそろそろ山脈の域に達しつつあるものがある。
「子供の頃からねぇ。回りの友達よりも、発育がよかったのは気になってたかな。
体育の時、服を着替えるときとかこそこそしたりね」
「わたしはそんなに大きくありません」
自分の胸元ぺたぺたするこころ。
「いいえ、こころちゃん。あなたはそれでいいのよ。
確かに、世の中、ロリ巨乳というものにはかなりの需要があるものなのだけど、小さくてかわいい子は胸元もまた、ささやかであるべきなのよ」
「はあ」
なんだかよくわからない、しかしやたら説得力のある早苗のセリフに、自分の胸元と彼女の胸元を交互に見比べる。
「まぁ、子供の頃はぺたんこなのに、大人になったら大きくなる、というのも健全な成長とともに宿るギャップ萌えではあるのだけど。
だけど、こころちゃんはまだまだそれくらいが似合ってるから」
「だけど、わたしも大きくなるのでしょうか」
「さあ、それはどうかしら。
それこそ人によるから」
「むー」
なんだかよくわからない。
ごまかされているような、しかし、ある意味では誠実な答えを返してもらっているような。
そんな、何とも言えないもやもやした気持ちにけりをつけるべく、こころは宣言した。
「じゃあ、調べてみます」
「調べる?」
「はい。調べてみるんです。そうしたら、きっと、わかるはずです」
「……それは……どうかしら?」
「頑張ります。
わたしはやれば出来る子です。やってやるです」
何をするのかはいまいちわからないが、小さな握りこぶしを二つ作り、気合を入れる少女を前に、さすがの早苗も微妙な笑みを返すしか出来なかった。
「こんにちは」
「なに、こころ。何か用?」
まずこころがやってきたのは、今日も人のいないとある神社。
そこの巫女を一瞥して、こころは手にノートを取り出した。
『博麗霊夢さん:盛り上がりなし』
「特に用事がないなら、はい、帰った帰った。私は忙しいのよ」
「こら、霊夢。あなた、お客様をそういう扱いして。
相手は妖怪だからとはいえ、この神社を訪れてくれる方ですよ。もう少し、きちっとした対応をなさい」
腰に手を当て、目を三角にして現れたのは、その巫女の後見人を自称する妖怪だ。
『八雲紫さん:早苗さんより大きい』
「何よ、うっさいわね。
いっつもあんたはそうやって」
「相手は妖怪とは言え子供です。子供を邪険に扱って、あなた、恥ずかしくないの?」
「ざーんねん、私も子供でしたー」
「またそうやって減らず口を」
何やら二人、ケンカを始めてしまった。
きょろきょろ辺りを見回していたこころは、そのケンカの矛先がこちらに向かないうちに、そして自分としてもそれを止めるつもりも毛頭なかったため、ぴょいとその場を後にする。
後に残る言い争いが、やがて一方的なお説教になるのには、そう時間はかからなかった。
「こんにちは」
「あら、こころちゃん。どうしたの?」
続いてやってきたのは、人里よりそう遠くないお寺である。
顔を出した彼女を、その寺の住職が出迎える。
「いえ、ちょっと」
「そう?」
やってきた彼女を見つめる住職様。
それをじっと見つめていたこころがノートを取り出す。
『聖白蓮さん:大きい。きっと紫さんと同じくらい』
「あら、何をしているの?」
「わたし情報です」
「こころちゃん情報?」
「はい。わたし、今、色々研究中なんです」
「まあ、それは素晴らしい。
勉学とは心を豊かにするというものね」
「はい。
いろんなことを学んで、わたしも成長するんです」
「とてもいい心がけだわ」
膝を折って彼女と目線を揃えて、頭をなでなで。
その優しい掌に、こころはなんだか気恥ずかしくなったのか、「それじゃ、わたし、まだ研究中ですから」とすたすた歩いていってしまった。
「……ところで、何しに来たのかしら?」
勉強と言うか研究とは言え、この短い滞在で何がわかったのか。
問いかけてみたくはなったが、それで、せっかくやる気を出している子供のやる気を削いでしまうのは『それを守り導く大人』として失格である。
「こういう時は、子供の自主性に任せればいいというものね」
勝手に納得した住職様は、『さて、それじゃ、境内のお掃除を再開しましょう』と踵を返す。
「はーい、お客様、いらっしゃいませ」
「……」
「何、因幡。あなた、その視線」
「あ、いや、その……姫様が真面目に働いていると言うだけでも信じられないものがあるのに、その姿が似合っているのがまた意外で」
「あなた、あとで私と将棋を指しましょう。オセロでも囲碁でもチェスでも、ダイヤモンドゲームでも、何でもいいわよ」
「てゐ、私は助けない」
「あ、ひどい!」
喧騒渦巻くとある店の中。
そこで、ツインテールふりふりしながら働くお姫様を前に、二名(この場合『二羽』が正しいのかもしれないが)のうさぎが変な会話をしている。
「永琳。何買いに来たの?」
「入院している子供たち向けのケーキを予約してあるの」
「ああ、あれか。
ちょっと、もこたーん。予約のケーキ、持ってきてー」
「誰がもこたんだ」
その二人を連れた女性が言うと、奥からやたらかっこいい服装の人物が現れて、店内が女性の黄色い声に包まれる。
「ほんと、妹紅は女の子に人気だよな」
「あれは妹紅の利点の一つだと、私は思っている」
「それはそれでどうかと思うが」
「いや、才能だ。
人は見た目によらずというが、見た目で人の9割が決まるとも言われる。
恵まれたそれは、才能だ」
「わかりづらい。もっとわかりやすく頼む」
「女の子はかっこいい男に弱い」
「あれ女だぞ」
何やらひでぇことを言ってのける人物が、店の一角のテーブルについて、よくわからないセリフと共にうんうんと頷いていた。
その対面に座る金髪の小柄な少女が『こいつは悪気なくひどいことを言ってのける』とシラけた視線を送っている。
「今日も大繁盛ですね」
「あら、こころ。あなたも何か買いに来たの? ちゃんと列に並んで来なさい」
その店内を眺めているこころに、まるでお姉さんが妹を叱るかのごとく言ってくる相手が一人。
彼女を見て、こころは首を左右に振る。
「今日は研究です」
「研究?」
「はい」
おもむろに、ノートを取り出すこころ。
『アリスさん:目立たないけどちょっと大きいみたい』
「……何してるの?」
「わたし研究です」
「あなた、何に感化されたのか知らないけど、変なことしてると魔理沙みたいになるわよ」
「待て、アリス。聞き捨てならないことを言うな。
こころが私のような一流の大魔法使いを目指しているということは歓迎されるべきだろう」
「はいはいそーね」
「こら、何だよ、その態度」
あっさりと軽くあしらわれ、ぷっくーっとほっぺた膨らます。
その相手を見て、ノートへとこころはペンを走らせる。
『魔理沙さん:わたしと同じくらい』
「あまり騒がないで。他のお客さんの迷惑になるでしょ」
それを諌める店主。
『風見幽香さん:おっきい。びっくり』
「というか、わたしの働いた収入が、今の永遠亭を支える柱の一つとなっているのだし」
『ほうらい山かぐ夜さん(字、難しい):そこそこ? アリスさんよりもきっと大きいと思う』
「どうぞ。お前も大変だな」
「ははは……。
まぁ、私はほら、今日は付き人なので。てゐのが大変だから、いいんですよ。
というか、妹紅さんも、お仕事、頑張ってるんですね」
「頑張らないと慧音がうるさいから。
あと、最近は慣れてきたから、そんなに悪くない」
『れいせんさん(漢字書けない):大きい。魔理沙さんがたまに「あいつはエロうさぎだからな」って言ってる。「エロうさぎ」って何だろう』
『妹紅さん:わたし達よりは大きいと思う』
「それにしても、永琳殿。たくさん買われるのだな」
「はい。子供たちは、ほら、甘いものが好きですから。
彼らの栄養管理をするのも医者の務めとはいえ、何でもかんでも『禁止』では治るものも治りません」
「確かに。
食事というのは、生きていく上で必要。だからといって、生きるために必要なものさえ食べてれば、他のものは一切いらない、というわけではない」
「それは屁理屈となりますからね」
『永琳さん:下から見ると顔が見えない』
『けい音さん:多分、幽香さんくらい』
「ところで、あんた、何してるの」
「研究です」
「研究?」
『てゐさん:わたしよりもないかもしれない』
「……何か失礼なことを書かれているような気がするんだけど」
「気のせいです」
もちろん、書いている文字は暴言なんてもんじゃないのだが、こころにはその認識はないのである。
彼女にとって、これはあくまで、自分を育てるための『研究』と『教育』であり『学習』なのだ。
「アリスさーん! 新作ケーキの宣伝、してきましたー!」
「あら、文。おかえりなさい」
「はい、私、頑張りました! ご褒美ください!」
「幽香ー。文にケーキ」
「はいはい」
「やった! これがあるから、このお仕事、やめられない!
あ、皆さん、どーもどもども! じゃあ、私は奥にいってます!」
トレイに一杯ケーキをもらってうっきうきの新聞記者が、店の奥に消えていく。
「あれ、優秀なの? 以前から思ってるんだけど」
「アリスが言うには優秀だってさ。広報係として、少なくとも、この場の誰よりも役に立っているって」
「人も妖怪も見かけによらないわね」
「お前が言うな」
「何よ、失礼しちゃうわね。もこたんのくせに」
「誰がもこたんだ」
『文さん:起伏はあんまりなかった』
『お会計、ありがとうございます』
「はい、ありがとう。
それじゃ、皆さん、帰りましょう」
賑やかなお客様がお帰りとなる。
それを、手に持ったフリップふりふりしてお見送りする人形を見上げるこころ。
『お人形さん達は、多分、関係ないから書かなくていい』
ぱたんとノートを閉じた彼女も、『それじゃ、わたし、忙しいので』とその場を後にする。
「ふぅん……」
「どうしたの? 幽香」
「あ、いや。
普段なら、その辺のショーケースにかじりついて動かないのに、今日はそういうのにも興味を見せてなかったな、って」
「何か研究しているらしいわ。
何に興味を持ったのかしら」
「子供って多感だから」
「確かに」
「何故そこで私を見る」
視線が二つ、自分に向くのを見て、ほっぺた膨らます魔法使いのほっぺたが、さらにぱんぱんになったとさ。
「だいぶわかってきた」
手に持った『こころノート』を見ながら、こころはつぶやく。
そこには、出会った者たちの情報が記されている。
それらを一つずつ列挙して表を作り出し、名前などを当てはめていくと、そこには一つの共通項が見いだせる。
「これは……」
「こころちゃん、何してるのー?」
「別に何も」
「何かしてるー」
「何もしてない」
「してるよー」
「してない」
「してる、してる」
「してないったらしてない」
「教えて」
「やだ」
「教えてよー」
「絶対やだ」
「えー」
「べー」
「そのノートなぁに?」
「勉強と研究の成果」
「やっぱり何かしてた」
「うぐ」
唐突にどこからともなく現れた相手――古明地こいしの誘導尋問(?)に引っかかったこころがほぞをかむ。
「それ何?」
もう一度、こいしが同じことを聞いてくる。
当然、こころも同じ答えを返すのだが『そうじゃなくて』とこいし。
「何を勉強してたの?」
「色々」
「へぇー」
「古明地こいし、お前には関係ない」
「どうして?」
「お前もわたしと同じ」
と、こころの視線はこいしの胸元へ。こいしの視線もこころの胸元へ。
「あー」
そこで何かを察したのか、こいしはぽんと手を打った。
「これから、これから!」
笑顔でばんばんとこころの肩を叩く。
こころはその手を払ってから、「古明地こいしでは無理」と言った。
「どうして?」
「胸元が大きい人には共通していることがある」
「なになに?」
何かに興味を持ったらしいこいしが身を乗り出した。
こころはぱらぱらとノートをめくり、最後のページを突き出す。
「胸元が大きい人は、みんな、大人で優しい人」
その結論に、『おお』とこいしが驚きうなずき首を縦に振る。
「大人であるだけではダメ。優しいだけではダメ。
両方が合わさらないと、胸元が膨らむことはない」
「なるほど。確かに」
それが、こころが導き出した結論であった。
つまり、自分の胸元が大きくなるには、『大人』になり、かつ、『優しく』ならなければならないのだ。
なんとわかりやすい、単純明快な答えであろうか。
「確かに、お姉ちゃんは優しいなぁ。大人……うん、こいしちゃん達よりは大人」
とさりげに自分の姉に痛烈なボディーブロー叩き込むこいしはさておき。
「じゃあ、こころちゃんは、大人で優しい女の人になるんだ?」
「そう。わたしはそれを目指す。
優しい人は大好き」
「わかるわかるー」
道端を歩いている自分に、『こころちゃん、これあげる』と食べ物一杯くれる優しい大人たち。
自分もいつかはそうなり、そしてかつての自分のような『子供』へと食べ物をあげるような、優しい大人になるのだ。
――食いしん坊のちびっこ妖怪の思考とはかくも子供っぽいものなのである。
「じゃあ、具体的にどうしよっか?」
「頑張る」
「わかりやすい」
「でしょう?」
「けど、胸の大きい人って肩こりになるって聞くよ?」
「運動が足りないのだと思う」
「そっかー」
「さとりさんは大変そう」
「お姉ちゃんは肩こりに加えて、最近、腰痛もあるって言ってた」
「大変そう」
「うん、大変。永遠亭に通うかどこかのマッサージに通うかって言ってた。
あ、そうだ! うちの温泉でマッサージサービスって流行るかな!?」
「誰がするの?」
「誰だろう」
「それくらい考えてから発言したら」
「それもそうだね」
などととりとめのない話をしながら、しかし、とりあえずの結論が出ようとしていた時である。
「あ、こころちゃんとこいしちゃんだ。そこで何してるの? 遊んでるの? わたしも混ぜてー」
無邪気な声を弾ませて、やってくる一人のちびっこ妖怪がいる。
二人の視線はそちらに向き、
「ねぇ、こころちゃん」
「何かしら」
「こころちゃんの理論と結論って間違ってると思う」
「奇遇ね、古明地こいし。
今、わたしもそう思ってた」
「え? なになに?」
「小傘。あなたはわたしの研究を振り出しに戻した」
「……え? 研究?」
「こころちゃんは大変だねー」
なんだかよくわからない会話に、やってきた唐傘少女が首を傾げる。
『胸が大きい人は、大人で優しい人』。
その、こころの結論にそぐわない『大人ではないけど優しい少女』の胸元にこころの視線が注がれていたという。
という、慌ててるのかそうじゃないのかいまいちよくわからない、悲鳴らしき声と共に一人の少女が足下の小石に蹴躓いた。
あわや地面と熱烈接吻、というところで、ばふっ、という柔らかい感触がする。
「こころちゃん、大丈夫?」
「ありがとうございます、早苗さん。助かりました」
その前に立って、彼女――秦こころをナイスカバーしたのは東風谷早苗という人物であった。
ちょうど彼女の胸元に顔をうずめる形となっていたこころは、ぴょいと体勢を立て直す。
「ダメよ、足下に気をつけないと」
「はい。
ついうっかり、美味しそうな匂いにつられてよそ見をしてしまいました」
その視線の先には、『店頭実演販売中』と書かれた幟がはためく肉屋。そこから流れる、じゅーじゅー美味しそうな音と匂いは、なるほど、ついうっかり足下から注意をそらしてしまっても責められるものではない。
「おなかすいてるの?」
「はい」
「……ご飯食べてる?」
「……今月は、あまりおひねりがもらえてなくて」
「ついてきなさい」
というわけで、腹ペコ妖怪は、優しいお姉さんの心遣いに預かることが出来たのであった。
「ところで早苗さん」
早苗にご飯をおごってもらったこころは、その視線を隣の彼女へと向ける。
「なに?」
「早苗さんは、どうして柔らかいのですか?」
「……やっぱり太って見える? 最近は体重が……」
「あ、いえ、そうではなく」
何やら乙女の心の琴線に触れてしまったらしく、背中に縦線背負う彼女を見て、慌ててこころは言葉を続ける。
「えっと、その、何ていうか……。
早苗さんの胸元は、どうして柔らかいのか、と」
「……ああ、そっちね」
何とかかんとか、自分の中の『触れちゃいけないタブー』を追い出して――傍目には目をそらしているようにしか見えないが――気を取り直す早苗。
「んー……何でかな」
と、自分の視線を下に向ければ、そこには見事に盛り上がった二つの丘。いやそろそろ山脈の域に達しつつあるものがある。
「子供の頃からねぇ。回りの友達よりも、発育がよかったのは気になってたかな。
体育の時、服を着替えるときとかこそこそしたりね」
「わたしはそんなに大きくありません」
自分の胸元ぺたぺたするこころ。
「いいえ、こころちゃん。あなたはそれでいいのよ。
確かに、世の中、ロリ巨乳というものにはかなりの需要があるものなのだけど、小さくてかわいい子は胸元もまた、ささやかであるべきなのよ」
「はあ」
なんだかよくわからない、しかしやたら説得力のある早苗のセリフに、自分の胸元と彼女の胸元を交互に見比べる。
「まぁ、子供の頃はぺたんこなのに、大人になったら大きくなる、というのも健全な成長とともに宿るギャップ萌えではあるのだけど。
だけど、こころちゃんはまだまだそれくらいが似合ってるから」
「だけど、わたしも大きくなるのでしょうか」
「さあ、それはどうかしら。
それこそ人によるから」
「むー」
なんだかよくわからない。
ごまかされているような、しかし、ある意味では誠実な答えを返してもらっているような。
そんな、何とも言えないもやもやした気持ちにけりをつけるべく、こころは宣言した。
「じゃあ、調べてみます」
「調べる?」
「はい。調べてみるんです。そうしたら、きっと、わかるはずです」
「……それは……どうかしら?」
「頑張ります。
わたしはやれば出来る子です。やってやるです」
何をするのかはいまいちわからないが、小さな握りこぶしを二つ作り、気合を入れる少女を前に、さすがの早苗も微妙な笑みを返すしか出来なかった。
「こんにちは」
「なに、こころ。何か用?」
まずこころがやってきたのは、今日も人のいないとある神社。
そこの巫女を一瞥して、こころは手にノートを取り出した。
『博麗霊夢さん:盛り上がりなし』
「特に用事がないなら、はい、帰った帰った。私は忙しいのよ」
「こら、霊夢。あなた、お客様をそういう扱いして。
相手は妖怪だからとはいえ、この神社を訪れてくれる方ですよ。もう少し、きちっとした対応をなさい」
腰に手を当て、目を三角にして現れたのは、その巫女の後見人を自称する妖怪だ。
『八雲紫さん:早苗さんより大きい』
「何よ、うっさいわね。
いっつもあんたはそうやって」
「相手は妖怪とは言え子供です。子供を邪険に扱って、あなた、恥ずかしくないの?」
「ざーんねん、私も子供でしたー」
「またそうやって減らず口を」
何やら二人、ケンカを始めてしまった。
きょろきょろ辺りを見回していたこころは、そのケンカの矛先がこちらに向かないうちに、そして自分としてもそれを止めるつもりも毛頭なかったため、ぴょいとその場を後にする。
後に残る言い争いが、やがて一方的なお説教になるのには、そう時間はかからなかった。
「こんにちは」
「あら、こころちゃん。どうしたの?」
続いてやってきたのは、人里よりそう遠くないお寺である。
顔を出した彼女を、その寺の住職が出迎える。
「いえ、ちょっと」
「そう?」
やってきた彼女を見つめる住職様。
それをじっと見つめていたこころがノートを取り出す。
『聖白蓮さん:大きい。きっと紫さんと同じくらい』
「あら、何をしているの?」
「わたし情報です」
「こころちゃん情報?」
「はい。わたし、今、色々研究中なんです」
「まあ、それは素晴らしい。
勉学とは心を豊かにするというものね」
「はい。
いろんなことを学んで、わたしも成長するんです」
「とてもいい心がけだわ」
膝を折って彼女と目線を揃えて、頭をなでなで。
その優しい掌に、こころはなんだか気恥ずかしくなったのか、「それじゃ、わたし、まだ研究中ですから」とすたすた歩いていってしまった。
「……ところで、何しに来たのかしら?」
勉強と言うか研究とは言え、この短い滞在で何がわかったのか。
問いかけてみたくはなったが、それで、せっかくやる気を出している子供のやる気を削いでしまうのは『それを守り導く大人』として失格である。
「こういう時は、子供の自主性に任せればいいというものね」
勝手に納得した住職様は、『さて、それじゃ、境内のお掃除を再開しましょう』と踵を返す。
「はーい、お客様、いらっしゃいませ」
「……」
「何、因幡。あなた、その視線」
「あ、いや、その……姫様が真面目に働いていると言うだけでも信じられないものがあるのに、その姿が似合っているのがまた意外で」
「あなた、あとで私と将棋を指しましょう。オセロでも囲碁でもチェスでも、ダイヤモンドゲームでも、何でもいいわよ」
「てゐ、私は助けない」
「あ、ひどい!」
喧騒渦巻くとある店の中。
そこで、ツインテールふりふりしながら働くお姫様を前に、二名(この場合『二羽』が正しいのかもしれないが)のうさぎが変な会話をしている。
「永琳。何買いに来たの?」
「入院している子供たち向けのケーキを予約してあるの」
「ああ、あれか。
ちょっと、もこたーん。予約のケーキ、持ってきてー」
「誰がもこたんだ」
その二人を連れた女性が言うと、奥からやたらかっこいい服装の人物が現れて、店内が女性の黄色い声に包まれる。
「ほんと、妹紅は女の子に人気だよな」
「あれは妹紅の利点の一つだと、私は思っている」
「それはそれでどうかと思うが」
「いや、才能だ。
人は見た目によらずというが、見た目で人の9割が決まるとも言われる。
恵まれたそれは、才能だ」
「わかりづらい。もっとわかりやすく頼む」
「女の子はかっこいい男に弱い」
「あれ女だぞ」
何やらひでぇことを言ってのける人物が、店の一角のテーブルについて、よくわからないセリフと共にうんうんと頷いていた。
その対面に座る金髪の小柄な少女が『こいつは悪気なくひどいことを言ってのける』とシラけた視線を送っている。
「今日も大繁盛ですね」
「あら、こころ。あなたも何か買いに来たの? ちゃんと列に並んで来なさい」
その店内を眺めているこころに、まるでお姉さんが妹を叱るかのごとく言ってくる相手が一人。
彼女を見て、こころは首を左右に振る。
「今日は研究です」
「研究?」
「はい」
おもむろに、ノートを取り出すこころ。
『アリスさん:目立たないけどちょっと大きいみたい』
「……何してるの?」
「わたし研究です」
「あなた、何に感化されたのか知らないけど、変なことしてると魔理沙みたいになるわよ」
「待て、アリス。聞き捨てならないことを言うな。
こころが私のような一流の大魔法使いを目指しているということは歓迎されるべきだろう」
「はいはいそーね」
「こら、何だよ、その態度」
あっさりと軽くあしらわれ、ぷっくーっとほっぺた膨らます。
その相手を見て、ノートへとこころはペンを走らせる。
『魔理沙さん:わたしと同じくらい』
「あまり騒がないで。他のお客さんの迷惑になるでしょ」
それを諌める店主。
『風見幽香さん:おっきい。びっくり』
「というか、わたしの働いた収入が、今の永遠亭を支える柱の一つとなっているのだし」
『ほうらい山かぐ夜さん(字、難しい):そこそこ? アリスさんよりもきっと大きいと思う』
「どうぞ。お前も大変だな」
「ははは……。
まぁ、私はほら、今日は付き人なので。てゐのが大変だから、いいんですよ。
というか、妹紅さんも、お仕事、頑張ってるんですね」
「頑張らないと慧音がうるさいから。
あと、最近は慣れてきたから、そんなに悪くない」
『れいせんさん(漢字書けない):大きい。魔理沙さんがたまに「あいつはエロうさぎだからな」って言ってる。「エロうさぎ」って何だろう』
『妹紅さん:わたし達よりは大きいと思う』
「それにしても、永琳殿。たくさん買われるのだな」
「はい。子供たちは、ほら、甘いものが好きですから。
彼らの栄養管理をするのも医者の務めとはいえ、何でもかんでも『禁止』では治るものも治りません」
「確かに。
食事というのは、生きていく上で必要。だからといって、生きるために必要なものさえ食べてれば、他のものは一切いらない、というわけではない」
「それは屁理屈となりますからね」
『永琳さん:下から見ると顔が見えない』
『けい音さん:多分、幽香さんくらい』
「ところで、あんた、何してるの」
「研究です」
「研究?」
『てゐさん:わたしよりもないかもしれない』
「……何か失礼なことを書かれているような気がするんだけど」
「気のせいです」
もちろん、書いている文字は暴言なんてもんじゃないのだが、こころにはその認識はないのである。
彼女にとって、これはあくまで、自分を育てるための『研究』と『教育』であり『学習』なのだ。
「アリスさーん! 新作ケーキの宣伝、してきましたー!」
「あら、文。おかえりなさい」
「はい、私、頑張りました! ご褒美ください!」
「幽香ー。文にケーキ」
「はいはい」
「やった! これがあるから、このお仕事、やめられない!
あ、皆さん、どーもどもども! じゃあ、私は奥にいってます!」
トレイに一杯ケーキをもらってうっきうきの新聞記者が、店の奥に消えていく。
「あれ、優秀なの? 以前から思ってるんだけど」
「アリスが言うには優秀だってさ。広報係として、少なくとも、この場の誰よりも役に立っているって」
「人も妖怪も見かけによらないわね」
「お前が言うな」
「何よ、失礼しちゃうわね。もこたんのくせに」
「誰がもこたんだ」
『文さん:起伏はあんまりなかった』
『お会計、ありがとうございます』
「はい、ありがとう。
それじゃ、皆さん、帰りましょう」
賑やかなお客様がお帰りとなる。
それを、手に持ったフリップふりふりしてお見送りする人形を見上げるこころ。
『お人形さん達は、多分、関係ないから書かなくていい』
ぱたんとノートを閉じた彼女も、『それじゃ、わたし、忙しいので』とその場を後にする。
「ふぅん……」
「どうしたの? 幽香」
「あ、いや。
普段なら、その辺のショーケースにかじりついて動かないのに、今日はそういうのにも興味を見せてなかったな、って」
「何か研究しているらしいわ。
何に興味を持ったのかしら」
「子供って多感だから」
「確かに」
「何故そこで私を見る」
視線が二つ、自分に向くのを見て、ほっぺた膨らます魔法使いのほっぺたが、さらにぱんぱんになったとさ。
「だいぶわかってきた」
手に持った『こころノート』を見ながら、こころはつぶやく。
そこには、出会った者たちの情報が記されている。
それらを一つずつ列挙して表を作り出し、名前などを当てはめていくと、そこには一つの共通項が見いだせる。
「これは……」
「こころちゃん、何してるのー?」
「別に何も」
「何かしてるー」
「何もしてない」
「してるよー」
「してない」
「してる、してる」
「してないったらしてない」
「教えて」
「やだ」
「教えてよー」
「絶対やだ」
「えー」
「べー」
「そのノートなぁに?」
「勉強と研究の成果」
「やっぱり何かしてた」
「うぐ」
唐突にどこからともなく現れた相手――古明地こいしの誘導尋問(?)に引っかかったこころがほぞをかむ。
「それ何?」
もう一度、こいしが同じことを聞いてくる。
当然、こころも同じ答えを返すのだが『そうじゃなくて』とこいし。
「何を勉強してたの?」
「色々」
「へぇー」
「古明地こいし、お前には関係ない」
「どうして?」
「お前もわたしと同じ」
と、こころの視線はこいしの胸元へ。こいしの視線もこころの胸元へ。
「あー」
そこで何かを察したのか、こいしはぽんと手を打った。
「これから、これから!」
笑顔でばんばんとこころの肩を叩く。
こころはその手を払ってから、「古明地こいしでは無理」と言った。
「どうして?」
「胸元が大きい人には共通していることがある」
「なになに?」
何かに興味を持ったらしいこいしが身を乗り出した。
こころはぱらぱらとノートをめくり、最後のページを突き出す。
「胸元が大きい人は、みんな、大人で優しい人」
その結論に、『おお』とこいしが驚きうなずき首を縦に振る。
「大人であるだけではダメ。優しいだけではダメ。
両方が合わさらないと、胸元が膨らむことはない」
「なるほど。確かに」
それが、こころが導き出した結論であった。
つまり、自分の胸元が大きくなるには、『大人』になり、かつ、『優しく』ならなければならないのだ。
なんとわかりやすい、単純明快な答えであろうか。
「確かに、お姉ちゃんは優しいなぁ。大人……うん、こいしちゃん達よりは大人」
とさりげに自分の姉に痛烈なボディーブロー叩き込むこいしはさておき。
「じゃあ、こころちゃんは、大人で優しい女の人になるんだ?」
「そう。わたしはそれを目指す。
優しい人は大好き」
「わかるわかるー」
道端を歩いている自分に、『こころちゃん、これあげる』と食べ物一杯くれる優しい大人たち。
自分もいつかはそうなり、そしてかつての自分のような『子供』へと食べ物をあげるような、優しい大人になるのだ。
――食いしん坊のちびっこ妖怪の思考とはかくも子供っぽいものなのである。
「じゃあ、具体的にどうしよっか?」
「頑張る」
「わかりやすい」
「でしょう?」
「けど、胸の大きい人って肩こりになるって聞くよ?」
「運動が足りないのだと思う」
「そっかー」
「さとりさんは大変そう」
「お姉ちゃんは肩こりに加えて、最近、腰痛もあるって言ってた」
「大変そう」
「うん、大変。永遠亭に通うかどこかのマッサージに通うかって言ってた。
あ、そうだ! うちの温泉でマッサージサービスって流行るかな!?」
「誰がするの?」
「誰だろう」
「それくらい考えてから発言したら」
「それもそうだね」
などととりとめのない話をしながら、しかし、とりあえずの結論が出ようとしていた時である。
「あ、こころちゃんとこいしちゃんだ。そこで何してるの? 遊んでるの? わたしも混ぜてー」
無邪気な声を弾ませて、やってくる一人のちびっこ妖怪がいる。
二人の視線はそちらに向き、
「ねぇ、こころちゃん」
「何かしら」
「こころちゃんの理論と結論って間違ってると思う」
「奇遇ね、古明地こいし。
今、わたしもそう思ってた」
「え? なになに?」
「小傘。あなたはわたしの研究を振り出しに戻した」
「……え? 研究?」
「こころちゃんは大変だねー」
なんだかよくわからない会話に、やってきた唐傘少女が首を傾げる。
『胸が大きい人は、大人で優しい人』。
その、こころの結論にそぐわない『大人ではないけど優しい少女』の胸元にこころの視線が注がれていたという。
ロリ巨乳って最強だと思う
早苗さんは速やかに霊夢さんの育成を開始するべき