コンコン、と静かにノックをして、アリスは寝室の扉を開けた。中にいる人が眠っていないのは知っている。
「魔理沙、ハーブティ淹れてきたわ。飲める?」
優しく声を掛けると、ベッドの上でぐったりと横になっていた魔理沙が薄く目を開けた。
――今回は、また特に酷そうだ。
「起きれる?」
「ああ……」
「カモミールが効くみたいだから。少しは楽になると思う」
「すまないな……」
アリスは持っていたトレイをサイドテーブルに置くと、魔理沙が身体を起こすのを手伝ってやった。肩を支えて、腰とベッドヘッドの間に枕を差し入れて楽な体勢を取らせてやる。
ハーブティの温度は、もちろん彼女に合わせてぬるめにしてある。
「……おいしい。ありがとう、アリス……」
「気にしなくていいわ」
両手で包んだマグカップがやたら重そうに見えて、つい手を出して支えてやりたくなるのをアリスはこらえた。こういうところが過保護だなんだと言われてしまうのだ。
カモミールティをちびちびと飲む魔理沙の笑みには力がなく、白い肌はよりいっそう白く、血の気がなかった。
――魔理沙は、月に一度訪れる痛みが人に比べて重い。
自分にはもう縁のない話だけれど、辛かった記憶はある。それでも、彼女に比べれば随分と軽かったように思う。
時にはあまりに苦しそうなので、永遠亭だって受診したし、薬だって処方してもらった。病気を疑ったこともあるけれど、検査しても悪い結果は出ず、こればっかりは人によるわねぇ……というところで落ち着いた。
そのうち安定することを、祈るしかない。
「身体があったかくなったら、楽になったよ。ほんとありがとな、アリス」
「えぇ……。もう少し寝ていなさい」
「うん」
そんなに沢山は飲めないだろうなと予想していたので、もともとお茶はマグカップの半分くらいまでしか入れて来ていない。少しの時間をかけて飲み干した魔理沙がもう一度横になるのを、アリスは手伝った。
――細っこすぎるのよねえ、この子。
先ほどよりいくらかは良くなった顔色。目を閉じて仰向けにベッドに横たわるその姿を眺めて、アリスは胸の内で嘆息する。
いくら食べても縦にも横にも伸びやしない。
いつだったか、そんなことを言っていた。
おまけにアリスが知る限りでは魔理沙は冷えやすい傾向にある。加えて、魔法使い特有の不規則な生活時間である。
身体に負担がかかっていないわけがないのだ。
友人が苦しんでいる時に、あまり、助けてやれることがない。
そう思って、アリスはきゅっと唇を引き結んだ。
実際は、そんなことは決してないのに。生真面目な性格がそう考えさせてしまう。
なにかしてやりたくて、アリスは魔理沙の身体を覆っている上掛けの中に静かに手を差し入れた。
負担にならないように慎重に、腹部の上に手を置く。
「ありす……?」
「さすってあげる。じっとしていなさい」
確か、おへその下あたり……ここを温めるといいと聞いた。気休めかもしれないけれど、何もしないよりはずっといい。
ゆっくりと手を動かして、パジャマの上から労わるようにさする。少しでも楽になるようにと、願いながら。
「重くない?」
「あったかいな……アリスの手、……気持ちいい」
アリスがもどかしく感じているなにもかもを吹き飛ばすような、そんな幸福に満ちた顔で、魔理沙が笑った。
「そういえば、知ってた? 手当ての意味ってね、もともとは手を当てていると辛いところが楽になるっていうところから来てるんだって」
「初耳だぜ……さすがに年喰ってるだけはあるな」
ほんの少しだけれど、いつもの調子を取り戻した魔理沙に、アリスも笑顔を向けた。
ほどなくして魔理沙が寝入ってしまってからもしばらくは、そばで寝顔を見つめていたけれど。アリスは立ち上がって椅子を片付けると、静かに寝室を後にした。
今度は自室に入って、図書館から借りてきた数冊の本を取り出す。
ノートとペンを取り出すとアリスはなにやらを熱心に調べ始め。
そうして、夜は更けていった。
「アリス、おはよう」
「おはよう。調子はどう?」
「ああ。もうすっかりよくなった。色々とすまなかったな」
照れたようにはにかむ魔理沙がテーブルの上を見て、目を丸くする。
「わっ、朝ご飯まで作ってくれたのか? おお、ジンジャーティーまであるじゃないか!」
「これから、晴れの日はできるだけ朝にウォーキングしましょう。わたしも付き合うから」
「え」
「あと、ストレッチも。毎日は大変かもしれないけど、慣れればどうってことないわよ」
「えっ」
「あなたはもっと、筋肉つけたり、太らなきゃダメよ」
「……お前はお母さんかよ」
せめてお姉さんと言いなさい。そう言ってアリスが肩を竦めると、魔理沙が困ったように微笑んだ。
「でもいいのかよ? 研究の時間が……」
「構わないわ。もともとウォーキングは日課だし。知らないの? 散歩は脳を活性化させるのにとてもいいのよ」
「勉強になるぜ。今度パチュリーにも教えてやらないとな」
「体質改善するわよ」
「……お手柔らかにお願いするぜ」
魔理沙が照れくさそうに笑って、それから目を細め。ありがとう、と小さく言った。
心の底からの感謝が伝わってくる、耳を撫でるような、まろい音だった。
「魔理沙、ハーブティ淹れてきたわ。飲める?」
優しく声を掛けると、ベッドの上でぐったりと横になっていた魔理沙が薄く目を開けた。
――今回は、また特に酷そうだ。
「起きれる?」
「ああ……」
「カモミールが効くみたいだから。少しは楽になると思う」
「すまないな……」
アリスは持っていたトレイをサイドテーブルに置くと、魔理沙が身体を起こすのを手伝ってやった。肩を支えて、腰とベッドヘッドの間に枕を差し入れて楽な体勢を取らせてやる。
ハーブティの温度は、もちろん彼女に合わせてぬるめにしてある。
「……おいしい。ありがとう、アリス……」
「気にしなくていいわ」
両手で包んだマグカップがやたら重そうに見えて、つい手を出して支えてやりたくなるのをアリスはこらえた。こういうところが過保護だなんだと言われてしまうのだ。
カモミールティをちびちびと飲む魔理沙の笑みには力がなく、白い肌はよりいっそう白く、血の気がなかった。
――魔理沙は、月に一度訪れる痛みが人に比べて重い。
自分にはもう縁のない話だけれど、辛かった記憶はある。それでも、彼女に比べれば随分と軽かったように思う。
時にはあまりに苦しそうなので、永遠亭だって受診したし、薬だって処方してもらった。病気を疑ったこともあるけれど、検査しても悪い結果は出ず、こればっかりは人によるわねぇ……というところで落ち着いた。
そのうち安定することを、祈るしかない。
「身体があったかくなったら、楽になったよ。ほんとありがとな、アリス」
「えぇ……。もう少し寝ていなさい」
「うん」
そんなに沢山は飲めないだろうなと予想していたので、もともとお茶はマグカップの半分くらいまでしか入れて来ていない。少しの時間をかけて飲み干した魔理沙がもう一度横になるのを、アリスは手伝った。
――細っこすぎるのよねえ、この子。
先ほどよりいくらかは良くなった顔色。目を閉じて仰向けにベッドに横たわるその姿を眺めて、アリスは胸の内で嘆息する。
いくら食べても縦にも横にも伸びやしない。
いつだったか、そんなことを言っていた。
おまけにアリスが知る限りでは魔理沙は冷えやすい傾向にある。加えて、魔法使い特有の不規則な生活時間である。
身体に負担がかかっていないわけがないのだ。
友人が苦しんでいる時に、あまり、助けてやれることがない。
そう思って、アリスはきゅっと唇を引き結んだ。
実際は、そんなことは決してないのに。生真面目な性格がそう考えさせてしまう。
なにかしてやりたくて、アリスは魔理沙の身体を覆っている上掛けの中に静かに手を差し入れた。
負担にならないように慎重に、腹部の上に手を置く。
「ありす……?」
「さすってあげる。じっとしていなさい」
確か、おへその下あたり……ここを温めるといいと聞いた。気休めかもしれないけれど、何もしないよりはずっといい。
ゆっくりと手を動かして、パジャマの上から労わるようにさする。少しでも楽になるようにと、願いながら。
「重くない?」
「あったかいな……アリスの手、……気持ちいい」
アリスがもどかしく感じているなにもかもを吹き飛ばすような、そんな幸福に満ちた顔で、魔理沙が笑った。
「そういえば、知ってた? 手当ての意味ってね、もともとは手を当てていると辛いところが楽になるっていうところから来てるんだって」
「初耳だぜ……さすがに年喰ってるだけはあるな」
ほんの少しだけれど、いつもの調子を取り戻した魔理沙に、アリスも笑顔を向けた。
ほどなくして魔理沙が寝入ってしまってからもしばらくは、そばで寝顔を見つめていたけれど。アリスは立ち上がって椅子を片付けると、静かに寝室を後にした。
今度は自室に入って、図書館から借りてきた数冊の本を取り出す。
ノートとペンを取り出すとアリスはなにやらを熱心に調べ始め。
そうして、夜は更けていった。
「アリス、おはよう」
「おはよう。調子はどう?」
「ああ。もうすっかりよくなった。色々とすまなかったな」
照れたようにはにかむ魔理沙がテーブルの上を見て、目を丸くする。
「わっ、朝ご飯まで作ってくれたのか? おお、ジンジャーティーまであるじゃないか!」
「これから、晴れの日はできるだけ朝にウォーキングしましょう。わたしも付き合うから」
「え」
「あと、ストレッチも。毎日は大変かもしれないけど、慣れればどうってことないわよ」
「えっ」
「あなたはもっと、筋肉つけたり、太らなきゃダメよ」
「……お前はお母さんかよ」
せめてお姉さんと言いなさい。そう言ってアリスが肩を竦めると、魔理沙が困ったように微笑んだ。
「でもいいのかよ? 研究の時間が……」
「構わないわ。もともとウォーキングは日課だし。知らないの? 散歩は脳を活性化させるのにとてもいいのよ」
「勉強になるぜ。今度パチュリーにも教えてやらないとな」
「体質改善するわよ」
「……お手柔らかにお願いするぜ」
魔理沙が照れくさそうに笑って、それから目を細め。ありがとう、と小さく言った。
心の底からの感謝が伝わってくる、耳を撫でるような、まろい音だった。