「星。今年も、そろそろ年末を迎えます」
「そうですね。聖」
「今年も一年、色々とあったような気がします」
「確かに。と言うか毎年が激動の時代のような気がします」
「かもしれません」
「あ、そこ否定しないんだ」
さすがの寅丸星でも、そこはツッコミしてしまう一言であった。
そんな『この世紀末の乱世の時代』みたいな世界を認めてしまっていいのか、仏に帰依するものが、と思ってしまうのも事実であるが、さりとてこの世界――幻想郷という世界――が『平穏に包まれた世の中』であるかと言われると『現実を見ろ』と言いたくなってしまうのも、また事実である。
「年末年始。色々な催事がありますね」
「今年は、鐘つきの儀を人々にやらせようというお話でしたが」
「はい。
鐘を一つつくごとに、人の煩悩は一つ消え去り、108の煩悩全てを消し去り真新しい気持ちで新年を迎えるのです」
「だけど正拳突きで鳴らすのはあまりよくないかと」
「締めは私がやるものと思って」
しかし、この尼僧――聖白蓮の行う『大晦日の108連正拳鐘つき』も、ここ命蓮寺の名物であることは確かである。
あの光景を見て、仏道に帰依するもの達は、『聖さまが我々の煩悩を払ってくださっている』『来年は指先一つで不幸をダウンさせてくれるのであろう』と心洗われる思いに浸っているのも、これまた事実であった。
「まぁ、それはさておき」
それは横に置いといて、という仕草をする白蓮。
「今年は、霊夢さん達などに倣って、この寺でも、少し楽しい催しをしてみようと思うのです」
「宴会でしょうか」
「宴会、というか……甘酒などを配ったり、美味しい精進料理を振る舞ったり」
「なるほど」
「かねてより、我々、命蓮寺のものは『お堅い』と言われて、少し敬遠されているところがありますし」
「……まぁ、そうですね」
しかし、身分と立場、そしてそれ相応の品格を求められるものが、筋の通ってないふにゃふにゃした軟体生物であっては困るし、他者に対して威厳の一つも見せられないようでは、それはそれで問題である。
そう考えると、他者からは『融通の利かない頑固者』な一面をもって見られている方が何かと得策と言えば、それも確かなことであった。
「そうではなく、もっと他者に親しみを持って接することも大事だと思うのです。
ほら、守矢神社とか」
「あれはあれで何か方向間違ってるような気もしますが、まぁ、気持ちはわかります」
この頃は『幻想郷美少女フィギュアシリーズ』なるものを神社の第一収入源としているらしい神社の名前を挙げる白蓮に、星はうなずいた。
「我々も、もっと人々に対してふれんどりぃにならなければ」
ちなみにこの住職、ちょっと横文字が苦手である。
今時の言葉は難しいわね、と言いながらお茶を飲んでいるその姿は、誰からともなく『おばあちゃん』と呼ばれるにふさわしい風格であったとかなんとか。
「というわけで、星。
私が考えたのは、すなわち、『受けを取る』です」
「はあ」
白蓮が突然言い出したその言葉に、星は『何だろう。前回り受け身の実演でもやるのかな』と思った。
寒風吹きすさぶ冬の空の下、柔道着まとった白蓮が真新しいい草で作られた畳の上で受け身やってる光景を思い浮かべる。
……人気は出そうだ。主に男に。
「マミゾウさんに伺ったのですが、冬のこの時期、外の世界では『年末年始のばらえてぃ』なる催しが開かれているらしく」
そこで、何か嫌な予感がした。
つと、星は白蓮の左隣りを見る。
今までついぞ描写の一つもなかったが、そこにはこの命蓮寺にて、白蓮の教えの下、仏に仕えるものの一人である雲居一輪がいる。
ものすっげぇ微妙な顔で。
「その流れに、私も乗ってみることにしました」
何だろう。ここで止めておいた方がいいような気がする。
しかし、星が何かを口にする前に、『こほん』と咳払いをした白蓮が、そんなことを言う方が早かった。
「私と一輪は、この寺における尼僧の責務を負っています。
すなわち、御坊様であり和尚様です。
これならば――」
展開が読めた。
星は『ちょっと待ってください、聖』と言いかけたのだが、
「私と一輪。そしてお正月。
これこそまさに『和尚がツー』」
・・・
・・・・
・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・
「……ぷっ……くく……。
……どうですか? 星。面白いでしょ?」
寒い。
すげぇ寒い。
今日の幻想郷の気温は、氷精が喜び庭駆け回り地獄鴉がこたつで丸くなると言われるくらいに寒いと言われているが、その気温がさらに10度以上は下がった。
部屋の中に吹き荒れる猛烈な吹雪。
しばし身動き一つ出来なかった星が、一輪を見た。
――彼女もまた、同じ顔をしていた。
「この『一発ぎゃぐ』ならば、きっと笑いが取れると思うのです!
笑顔であることは、すなわち福を呼び込むこと! 病気で入院しているおじいちゃんおばあちゃん向けに芸達者な人を集めて『一日一回大笑い』の時間を作った永遠亭では、皆さんが病気で入院している日が短くなったと聞いています!」
どうしよう。
これ、どうしたらいいんだろう。
白蓮はやる気になっている。
少なくとも、あの強烈な『一発ギャグ』が笑いを取れると思っている。
星は、迷った。
『いや、聖。それはあまりにも寒いオヤジギャグなのでやめましょう』というのは簡単だ。
だが、その一言を、果たして言ってしまっていいものかどうか。
一輪を見る。
彼女も同じ顔をしている。
『んなこと言ったら、あなた様の威厳ガタ落ちですよ』と言いたいのに言えない苦悩が顔に浮かんでいる。
「雲山は『なるほど。さすがは聖殿。これは傑作であるな』と大笑いしてくれました」
いやあんた、あんなオヤジにオヤジギャグ言ったらそらそうでしょうよ。
「響子も『面白いです!』ってけらけら笑ってましたし」
あんな『見た目=精神年齢』な子供にダジャレ言ったら、そりゃ笑うだろ。色んな意味で。
――とりあえず、色々とツッコミどころはあったが、言えなかった。
なんとかして、『聖を傷つけず、しかしさりげなく、「それつまらないですよ」と言う言葉』が思い浮かばなかった。
言葉とは難しい。
言語とは、人間・妖怪・動物、森羅万象ありとあらゆる者たちが獲得した『他者とのコミュニケーション』で珠玉の手段。
だが、それをうまく使いこなす――ひいては『万人に普遍的に通じる』ように使いこなすのは、本当に難しい。
「私も、こういう『一発ぎゃぐ』を使いこなせる人間であるということが広まれば、もっと命蓮寺に親しみを持ってくださる方も増えてくれると思うのです」
それは確かにそうかもしれないが、それ以前に奈落の底に転がり落ちていく『聖白蓮』というキャラのイメージを考慮すべきである。
「星、どうでしょう。この路線で行きませんか?」
止めたい。
思いっきり『それダメ』って言いたい。
しかし、うまいこと、その言葉が出てこない。
「えーっと……」
星が言葉に迷ったその時、後ろの障子ががらっと開く。
「ねー、星ー。一輪ー。おやつどこー?」
現れたのは封獣ぬえという妖怪である。
この妖怪寺に住まういたずら者であり、いっつも星や一輪に叱られているちびっこの一人だ。
「あ、ちょうどよかった。
ねぇ、ぬえ。ちょっと聞いてほしいのだけど」
白蓮が『己の案』に賛成してくれるものを増やそうとするべく、あのネタを披露しようとする。
――これはまずい!
星と一輪はアイコンタクトを交わしてうなずく。
二人、ぬえに振り返る。
ぬえに向かって、白蓮があのネタを披露する。
『えっ』という顔で硬直するぬえ。
そのぬえに向かって、星と一輪は鋭い視線を向ける。
『笑え』
『とりあえず、今は笑っとけ』
『じゃないと、ずっとおやつ抜きだぞ』
『晩御飯にピーマン増やすぞ』
「……い、いいんじゃないかなぁ? お、面白い面白い」
怖いもの知らずのいたずら者ですら、自分に向けて叩きつけられる、強烈な視線のメッセージに抗することは不可能だった。
『今、ここで笑わないと殺される!』。その恐怖感を植え付けられたぬえは、『笑う』というよりは引きつり笑いに近い笑顔を浮かべて、『じ、じゃあ、わたし、自分でおやつ探してくるね……』とそそくさ退散していった。
「よし。これはいけそうですね」
ぐっとガッツポーズ作って、白蓮は言った。
『今』を丸く収めるために、『未来』を犠牲にしたような気がする。
しかし、何とかうまいこと白蓮にそれを諦めさせる種が見つかるまでは、この『勘違い』な状況を維持する以外に手はない。
「すまぬ、白蓮殿。白蓮殿に客人が来ておるぞ」
また新たな人物がやってきた。
白蓮に余計なこと仕込んだ狸の大将、二ッ岩マミゾウだ。
こいつが諸悪の根源か、な視線を星と一輪は彼女に向ける。マミゾウは『何だ何だ、いきなり』という顔をするだけで、全く動じず、
「天界からの使いだと言う。
毎年、この時期になると、あちこちを回って顔を出しているそうじゃ」
と、その『客人』を部屋の中へと招き入れる。許可もしてないのに。
「ごきげんよう」
「ああ、これはこれは永江さま。ごきげんよう」
ぺこりと、そして深く頭を下げる白蓮。
彼女に頭を下げられた相手――永江衣玖は『そのような対応は困ります』と苦笑する。
「今日はどうされたのですか?」
「はい。
……まぁ、何といいますか、うちの暴れん坊娘が、また来年も皆様に迷惑をかけるでしょうから。
毎年、皆様に今年一年、そして来年一年のお詫びをと」
「また気苦労の絶えぬ仕事をしておるものよ。
そんなに気を使っても仕方のないことじゃろうに」
「彼女にいい相手でも出来て、腰を落ち着けてくれたら、それはそれで変わるのかもしれませんけれど」
「まぁ、子供は風の子。どこでもかしこでも大人に迷惑をかけるものじゃ。それを受け止めてやるのも、また大人の仕事かもしれぬな」
「限度はありますけどね」
「うむ。
だからといって、悪事を働いた場合は話が別じゃな」
かんらからからと笑い、マミゾウは、なるほど『大人っぽい』会話を衣玖と交わす。
その彼女たちの後ろで、星は一輪と、またアイコンタクトを交わしている。
『あの人なら、やんわりと聖にツッコミ入れてくれるんじゃないでしょうか』
『確かに。あの人、物腰は柔らかいけれど、きちんと言うこと言ってくれるものね』
『天界からの使い。流石にその相手に対して、聖も反論はできないはず』
『衣玖さん、お願いします!』
「あ、ところで永江さま、それからマミゾウさん。
先日、マミゾウさんに教えていただいた話なのですが、あれを私なりに解釈して――」
来た。
新たな仲間を増やそうというのではなく、己の『知見が広がった』ことが嬉しい白蓮は、二人に向けて絶対零度の言霊を放った。
――部屋の空気が固まる。
『衣玖さん、すっげぇ微妙な顔してる』
『言え! 言って下さい! それつまらない、って! もうずばりと!』
「……さすがは聖人、聖白蓮さま。
師走の時期、過去の精算、そして新たな一年を迎えるために忙しい民草のために、楽しい笑顔をプレゼントしようとする。それは素晴らしいですね」
『うわこいつ空気読みやがった!』
『余計なところで能力発揮したよこの人!』
顔をひきつらせながらも、当たり障りのないこと言って白蓮を肯定してくれる衣玖。
そう言えば、この人、こういう人だったな、と思った時には後の祭り。
天界の使い、天女さまにそんなこと言われて、ますます『我が意を得た』白蓮。もはやこれを止められるものは誰もいない――そう思った、その時。
「うーむ、白蓮殿。それはちといまいちじゃのぅ」
言った。
言ってくれた。
誰も言えなかった一言を、この人は言ってくれた!
皆の視線がマミゾウに集まる。
腕組みし、難しい顔をしているマミゾウを見て、「え? そ、そうでしょうか?」と白蓮が勢いを失った。
「うむ。
それは、まぁ、悪くはないがいまいちじゃ。
その程度の笑いでは、年末年始の世相に笑顔を振りまくというのは厳しいじゃろぅ」
『さすがマミゾウさん! 私たちに出来ないことをやってのけるっ!』
ガッツポーズ作る星。
『マミゾウさん、私、あなたのこと信じてました!』
今回、ネタの引き合いに出されて、白蓮と一緒に威厳が谷底に転がり落ちかけていた一輪もサムズアップする。
しかし、衣玖だけは、微妙な顔を浮かべている。
その顔の意味が、その場に現れるのはすぐである。
「聖殿と一輪殿。
そこに、わしもこうして一化けして加わってじゃな。
和尚三、なんてどうじゃ!
わっはっはっはっは!」
……やべぇ。
……オヤジギャグ放つのが一人増えやがった……。
絶望とは、まさにこのことである。
厄介なことに、白蓮が大笑いした挙句、『それいきましょう!』なんて言い出すものだから。
希望から絶望に叩き落された星と一輪は肩をがっくりと落とした。
一方の衣玖は、それを予感していたために『……私が何を言っても流れは変わらなかったのです』という意味深な顔を浮かべていた。
かくて、命蓮寺の『一発ギャグ』ネタは決まってしまった。
白蓮が意気揚々と、『さあ、用意を始めましょう』とか言い出してしまった。
誰も、この流れを止めることは出来ない。
他にツッコミ入れてくれそうな者たちは皆無。と言うか、下手なこと言って変な方向に話が進んでいっては困るということで、星も一輪も、その他の者たちの言論を封殺する方向に動かざるを得なかった。
年末年始の忙しい時期が迫ってくる。
動かざるをえない日々が近づいてくる。
これを、誰かが止めてくれなくては。
何とかしなければ、命蓮寺が色んな意味でダメになってしまう。
誰か……誰か、命蓮寺を救ってくれ!!
「――でね、命蓮寺に年末の挨拶に行ってさ。
そこで白蓮やらマミゾウやらに寒いギャグ聞かされて、『それつまんないからやめたほうがいい』って言ったら、何か星とか一輪とか村紗とかに抱きつかれて泣かれたんだけど」
「お前、それは空気を読めよ」
こうして、幻想郷の、年末年始のくそ忙しい時期に巻き起こりかけていた異変は紅白の巫女の空気読まない発言によって未然に防がれたのであった。
完!
「そうですね。聖」
「今年も一年、色々とあったような気がします」
「確かに。と言うか毎年が激動の時代のような気がします」
「かもしれません」
「あ、そこ否定しないんだ」
さすがの寅丸星でも、そこはツッコミしてしまう一言であった。
そんな『この世紀末の乱世の時代』みたいな世界を認めてしまっていいのか、仏に帰依するものが、と思ってしまうのも事実であるが、さりとてこの世界――幻想郷という世界――が『平穏に包まれた世の中』であるかと言われると『現実を見ろ』と言いたくなってしまうのも、また事実である。
「年末年始。色々な催事がありますね」
「今年は、鐘つきの儀を人々にやらせようというお話でしたが」
「はい。
鐘を一つつくごとに、人の煩悩は一つ消え去り、108の煩悩全てを消し去り真新しい気持ちで新年を迎えるのです」
「だけど正拳突きで鳴らすのはあまりよくないかと」
「締めは私がやるものと思って」
しかし、この尼僧――聖白蓮の行う『大晦日の108連正拳鐘つき』も、ここ命蓮寺の名物であることは確かである。
あの光景を見て、仏道に帰依するもの達は、『聖さまが我々の煩悩を払ってくださっている』『来年は指先一つで不幸をダウンさせてくれるのであろう』と心洗われる思いに浸っているのも、これまた事実であった。
「まぁ、それはさておき」
それは横に置いといて、という仕草をする白蓮。
「今年は、霊夢さん達などに倣って、この寺でも、少し楽しい催しをしてみようと思うのです」
「宴会でしょうか」
「宴会、というか……甘酒などを配ったり、美味しい精進料理を振る舞ったり」
「なるほど」
「かねてより、我々、命蓮寺のものは『お堅い』と言われて、少し敬遠されているところがありますし」
「……まぁ、そうですね」
しかし、身分と立場、そしてそれ相応の品格を求められるものが、筋の通ってないふにゃふにゃした軟体生物であっては困るし、他者に対して威厳の一つも見せられないようでは、それはそれで問題である。
そう考えると、他者からは『融通の利かない頑固者』な一面をもって見られている方が何かと得策と言えば、それも確かなことであった。
「そうではなく、もっと他者に親しみを持って接することも大事だと思うのです。
ほら、守矢神社とか」
「あれはあれで何か方向間違ってるような気もしますが、まぁ、気持ちはわかります」
この頃は『幻想郷美少女フィギュアシリーズ』なるものを神社の第一収入源としているらしい神社の名前を挙げる白蓮に、星はうなずいた。
「我々も、もっと人々に対してふれんどりぃにならなければ」
ちなみにこの住職、ちょっと横文字が苦手である。
今時の言葉は難しいわね、と言いながらお茶を飲んでいるその姿は、誰からともなく『おばあちゃん』と呼ばれるにふさわしい風格であったとかなんとか。
「というわけで、星。
私が考えたのは、すなわち、『受けを取る』です」
「はあ」
白蓮が突然言い出したその言葉に、星は『何だろう。前回り受け身の実演でもやるのかな』と思った。
寒風吹きすさぶ冬の空の下、柔道着まとった白蓮が真新しいい草で作られた畳の上で受け身やってる光景を思い浮かべる。
……人気は出そうだ。主に男に。
「マミゾウさんに伺ったのですが、冬のこの時期、外の世界では『年末年始のばらえてぃ』なる催しが開かれているらしく」
そこで、何か嫌な予感がした。
つと、星は白蓮の左隣りを見る。
今までついぞ描写の一つもなかったが、そこにはこの命蓮寺にて、白蓮の教えの下、仏に仕えるものの一人である雲居一輪がいる。
ものすっげぇ微妙な顔で。
「その流れに、私も乗ってみることにしました」
何だろう。ここで止めておいた方がいいような気がする。
しかし、星が何かを口にする前に、『こほん』と咳払いをした白蓮が、そんなことを言う方が早かった。
「私と一輪は、この寺における尼僧の責務を負っています。
すなわち、御坊様であり和尚様です。
これならば――」
展開が読めた。
星は『ちょっと待ってください、聖』と言いかけたのだが、
「私と一輪。そしてお正月。
これこそまさに『和尚がツー』」
・・・
・・・・
・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・
「……ぷっ……くく……。
……どうですか? 星。面白いでしょ?」
寒い。
すげぇ寒い。
今日の幻想郷の気温は、氷精が喜び庭駆け回り地獄鴉がこたつで丸くなると言われるくらいに寒いと言われているが、その気温がさらに10度以上は下がった。
部屋の中に吹き荒れる猛烈な吹雪。
しばし身動き一つ出来なかった星が、一輪を見た。
――彼女もまた、同じ顔をしていた。
「この『一発ぎゃぐ』ならば、きっと笑いが取れると思うのです!
笑顔であることは、すなわち福を呼び込むこと! 病気で入院しているおじいちゃんおばあちゃん向けに芸達者な人を集めて『一日一回大笑い』の時間を作った永遠亭では、皆さんが病気で入院している日が短くなったと聞いています!」
どうしよう。
これ、どうしたらいいんだろう。
白蓮はやる気になっている。
少なくとも、あの強烈な『一発ギャグ』が笑いを取れると思っている。
星は、迷った。
『いや、聖。それはあまりにも寒いオヤジギャグなのでやめましょう』というのは簡単だ。
だが、その一言を、果たして言ってしまっていいものかどうか。
一輪を見る。
彼女も同じ顔をしている。
『んなこと言ったら、あなた様の威厳ガタ落ちですよ』と言いたいのに言えない苦悩が顔に浮かんでいる。
「雲山は『なるほど。さすがは聖殿。これは傑作であるな』と大笑いしてくれました」
いやあんた、あんなオヤジにオヤジギャグ言ったらそらそうでしょうよ。
「響子も『面白いです!』ってけらけら笑ってましたし」
あんな『見た目=精神年齢』な子供にダジャレ言ったら、そりゃ笑うだろ。色んな意味で。
――とりあえず、色々とツッコミどころはあったが、言えなかった。
なんとかして、『聖を傷つけず、しかしさりげなく、「それつまらないですよ」と言う言葉』が思い浮かばなかった。
言葉とは難しい。
言語とは、人間・妖怪・動物、森羅万象ありとあらゆる者たちが獲得した『他者とのコミュニケーション』で珠玉の手段。
だが、それをうまく使いこなす――ひいては『万人に普遍的に通じる』ように使いこなすのは、本当に難しい。
「私も、こういう『一発ぎゃぐ』を使いこなせる人間であるということが広まれば、もっと命蓮寺に親しみを持ってくださる方も増えてくれると思うのです」
それは確かにそうかもしれないが、それ以前に奈落の底に転がり落ちていく『聖白蓮』というキャラのイメージを考慮すべきである。
「星、どうでしょう。この路線で行きませんか?」
止めたい。
思いっきり『それダメ』って言いたい。
しかし、うまいこと、その言葉が出てこない。
「えーっと……」
星が言葉に迷ったその時、後ろの障子ががらっと開く。
「ねー、星ー。一輪ー。おやつどこー?」
現れたのは封獣ぬえという妖怪である。
この妖怪寺に住まういたずら者であり、いっつも星や一輪に叱られているちびっこの一人だ。
「あ、ちょうどよかった。
ねぇ、ぬえ。ちょっと聞いてほしいのだけど」
白蓮が『己の案』に賛成してくれるものを増やそうとするべく、あのネタを披露しようとする。
――これはまずい!
星と一輪はアイコンタクトを交わしてうなずく。
二人、ぬえに振り返る。
ぬえに向かって、白蓮があのネタを披露する。
『えっ』という顔で硬直するぬえ。
そのぬえに向かって、星と一輪は鋭い視線を向ける。
『笑え』
『とりあえず、今は笑っとけ』
『じゃないと、ずっとおやつ抜きだぞ』
『晩御飯にピーマン増やすぞ』
「……い、いいんじゃないかなぁ? お、面白い面白い」
怖いもの知らずのいたずら者ですら、自分に向けて叩きつけられる、強烈な視線のメッセージに抗することは不可能だった。
『今、ここで笑わないと殺される!』。その恐怖感を植え付けられたぬえは、『笑う』というよりは引きつり笑いに近い笑顔を浮かべて、『じ、じゃあ、わたし、自分でおやつ探してくるね……』とそそくさ退散していった。
「よし。これはいけそうですね」
ぐっとガッツポーズ作って、白蓮は言った。
『今』を丸く収めるために、『未来』を犠牲にしたような気がする。
しかし、何とかうまいこと白蓮にそれを諦めさせる種が見つかるまでは、この『勘違い』な状況を維持する以外に手はない。
「すまぬ、白蓮殿。白蓮殿に客人が来ておるぞ」
また新たな人物がやってきた。
白蓮に余計なこと仕込んだ狸の大将、二ッ岩マミゾウだ。
こいつが諸悪の根源か、な視線を星と一輪は彼女に向ける。マミゾウは『何だ何だ、いきなり』という顔をするだけで、全く動じず、
「天界からの使いだと言う。
毎年、この時期になると、あちこちを回って顔を出しているそうじゃ」
と、その『客人』を部屋の中へと招き入れる。許可もしてないのに。
「ごきげんよう」
「ああ、これはこれは永江さま。ごきげんよう」
ぺこりと、そして深く頭を下げる白蓮。
彼女に頭を下げられた相手――永江衣玖は『そのような対応は困ります』と苦笑する。
「今日はどうされたのですか?」
「はい。
……まぁ、何といいますか、うちの暴れん坊娘が、また来年も皆様に迷惑をかけるでしょうから。
毎年、皆様に今年一年、そして来年一年のお詫びをと」
「また気苦労の絶えぬ仕事をしておるものよ。
そんなに気を使っても仕方のないことじゃろうに」
「彼女にいい相手でも出来て、腰を落ち着けてくれたら、それはそれで変わるのかもしれませんけれど」
「まぁ、子供は風の子。どこでもかしこでも大人に迷惑をかけるものじゃ。それを受け止めてやるのも、また大人の仕事かもしれぬな」
「限度はありますけどね」
「うむ。
だからといって、悪事を働いた場合は話が別じゃな」
かんらからからと笑い、マミゾウは、なるほど『大人っぽい』会話を衣玖と交わす。
その彼女たちの後ろで、星は一輪と、またアイコンタクトを交わしている。
『あの人なら、やんわりと聖にツッコミ入れてくれるんじゃないでしょうか』
『確かに。あの人、物腰は柔らかいけれど、きちんと言うこと言ってくれるものね』
『天界からの使い。流石にその相手に対して、聖も反論はできないはず』
『衣玖さん、お願いします!』
「あ、ところで永江さま、それからマミゾウさん。
先日、マミゾウさんに教えていただいた話なのですが、あれを私なりに解釈して――」
来た。
新たな仲間を増やそうというのではなく、己の『知見が広がった』ことが嬉しい白蓮は、二人に向けて絶対零度の言霊を放った。
――部屋の空気が固まる。
『衣玖さん、すっげぇ微妙な顔してる』
『言え! 言って下さい! それつまらない、って! もうずばりと!』
「……さすがは聖人、聖白蓮さま。
師走の時期、過去の精算、そして新たな一年を迎えるために忙しい民草のために、楽しい笑顔をプレゼントしようとする。それは素晴らしいですね」
『うわこいつ空気読みやがった!』
『余計なところで能力発揮したよこの人!』
顔をひきつらせながらも、当たり障りのないこと言って白蓮を肯定してくれる衣玖。
そう言えば、この人、こういう人だったな、と思った時には後の祭り。
天界の使い、天女さまにそんなこと言われて、ますます『我が意を得た』白蓮。もはやこれを止められるものは誰もいない――そう思った、その時。
「うーむ、白蓮殿。それはちといまいちじゃのぅ」
言った。
言ってくれた。
誰も言えなかった一言を、この人は言ってくれた!
皆の視線がマミゾウに集まる。
腕組みし、難しい顔をしているマミゾウを見て、「え? そ、そうでしょうか?」と白蓮が勢いを失った。
「うむ。
それは、まぁ、悪くはないがいまいちじゃ。
その程度の笑いでは、年末年始の世相に笑顔を振りまくというのは厳しいじゃろぅ」
『さすがマミゾウさん! 私たちに出来ないことをやってのけるっ!』
ガッツポーズ作る星。
『マミゾウさん、私、あなたのこと信じてました!』
今回、ネタの引き合いに出されて、白蓮と一緒に威厳が谷底に転がり落ちかけていた一輪もサムズアップする。
しかし、衣玖だけは、微妙な顔を浮かべている。
その顔の意味が、その場に現れるのはすぐである。
「聖殿と一輪殿。
そこに、わしもこうして一化けして加わってじゃな。
和尚三、なんてどうじゃ!
わっはっはっはっは!」
……やべぇ。
……オヤジギャグ放つのが一人増えやがった……。
絶望とは、まさにこのことである。
厄介なことに、白蓮が大笑いした挙句、『それいきましょう!』なんて言い出すものだから。
希望から絶望に叩き落された星と一輪は肩をがっくりと落とした。
一方の衣玖は、それを予感していたために『……私が何を言っても流れは変わらなかったのです』という意味深な顔を浮かべていた。
かくて、命蓮寺の『一発ギャグ』ネタは決まってしまった。
白蓮が意気揚々と、『さあ、用意を始めましょう』とか言い出してしまった。
誰も、この流れを止めることは出来ない。
他にツッコミ入れてくれそうな者たちは皆無。と言うか、下手なこと言って変な方向に話が進んでいっては困るということで、星も一輪も、その他の者たちの言論を封殺する方向に動かざるを得なかった。
年末年始の忙しい時期が迫ってくる。
動かざるをえない日々が近づいてくる。
これを、誰かが止めてくれなくては。
何とかしなければ、命蓮寺が色んな意味でダメになってしまう。
誰か……誰か、命蓮寺を救ってくれ!!
「――でね、命蓮寺に年末の挨拶に行ってさ。
そこで白蓮やらマミゾウやらに寒いギャグ聞かされて、『それつまんないからやめたほうがいい』って言ったら、何か星とか一輪とか村紗とかに抱きつかれて泣かれたんだけど」
「お前、それは空気を読めよ」
こうして、幻想郷の、年末年始のくそ忙しい時期に巻き起こりかけていた異変は紅白の巫女の空気読まない発言によって未然に防がれたのであった。
完!
ところで『幻想郷美少女フィギュアシリーズ』に大いに興味があるのですが、どうすれば買えますか?
霊夢さんマジ異変ブレイカー