Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

妖精の足跡 ⑦私、寺子屋に入りたい!

2016/12/02 03:08:08
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 冷涼な空気があたりに立ち込め、湿気を帯びた風がするりと耳をかすめていった。丈の高い細い草が足をカリカリと掻いていく。ルーミア邸から少し歩き、踏みなれた地面からゴツゴツとした道なき地面に入ると、そこはもう完全な森の闇に包まれていた。
 頭上を枝葉に阻まれ星空も見えない鬱蒼とした森の中を、あたいたちはひたすらまっすぐ進む――

「いてっ! もうっ、暗くてわかんない」 あたいは木の根につまづいた。地面の傾斜に伴って大木達の根がわがままに張り巡らされていて、所狭しとひしめく頑丈な根があちらこちらで隆起している。もしこれが野草採りでなければ空を飛んで憎らしい木の根をはるか下にのぞめるのに。
 あたいが木の根をぷんすか蹴り飛ばしていると、もこたんがあたいの前にやってきた。
「ほなこれやったらどうや?」
 そう言うやいなや目の前に差し出されたもこたんの人差し指からぽわっと小さな炎が現れた。揺らめくオレンジ色の炎は優しい光で辺りを照らす。紺と黒に浸されていた森の色は、あたいたちの周りだけ暖かい色に変化した。
「わあ、明るい! 人間って何もないところから火を出せるんだね」
 ダイちゃんが興奮気味に喜んで手を叩く。だがもこたんはかぶりを振った。
「うんにゃ、こんなことできる人間はあんまりおらんよ」
「アタシの知ってる魔女はみんな火を出せるのだ」
「魔女は出来るんだってさ、もこたん」 ルーミアの目撃魔女情報にあたいは便乗した。
「そりゃあ魔女だからな。普通の人間は出せないんだよ」
「そーなのかー」
 ルーミアはあっさりと話を流してしまった。便乗して損した気分だ。
 しかし、そうなると尚更もこたんはよっぽど珍しい人間なのだろう。死ななくて火も出せて人間の里で暮らさない人間……本当に人間なのだろうか?

――サラサラサラ――……
 静かな川のせせらぎが、闇の奥から聞こえてくる。もこたんが音のする方向を照らすと、丸い石がゴロゴロしている細い小川が見えてきた。流量はそれほどなく、あたいたちの膝下くらいしか深さが無さそうな小川。だが、暗闇の中でひたすら流音を紡ぐ様は、どこか怖い印象をおぼえた。
 もこたんはあたいたちを先導し、小さな川のすぐそばに並行してのびている獣道へ歩いていく。小川に沿ってカーブする獣道に、大小さまざまな草が繁茂していた。あたいたちはそこで歩を止める。
「美味しい野草は水辺の近くによく生えてるからな。このへんがええやろ」
 あたりに飛び出す憎らしい木の根を、もこたんはおもむろにバキバキと踏み折った。折った木の根を近くの石の隙間に刺し、それらに火をつけ簡易かがり火にする。もこたんが言うには木の根は油脂が溜まっており、かがり火として使うのに適しているとのことだった。さっき指先に灯していた松明の何倍も明るく照らされ、獣道の一部が夕焼けのように赤く煌めいていく。
 もこたんがさっさと腰を下ろしてその辺の草をむしり始めた。そう、もう野草採りは始まっていたのだ。あたいたちも見よう見まねでその辺の草をむしってみるが、ダイちゃんとルーミアはわかってむしっているのだろうか? もしやあたいだけ、どれが野草なのか分からずにむしりまくっているのでは? だんだん雑草むしりと何ら変わらない気がしてきた……

 パチパチと弾けるような音をさせて揺らめくかがり火の炎。暖かい光の中でもくもくと草をむしっていると、ふと疑問が頭をよぎる。もこたんはここまで一直線でやってきた。あたいやダイちゃんのようにフラフラあてもなく彷徨うのではなく、脇目も振らずにこの場所に着いた。もしかして森の道に詳しいのだろうか? 見た限りずっと同じような光景だったが……
「もこたんは魔法の森に詳しいの?」
「んにゃ、詳しくないな。この川は竹林から流れてる川なんよ。人里めがけて魔法の森を突っ切るときはこの川に沿って歩いてくと楽やし早いねん。ん~あてが詳しいのは竹林から人里までの限られたとこやね」
 肩をすぼめながら答えると、もこたんはまた野草を採りはじめた。すると後ろの方でルーミアが声を上げる。
「ここの川は獣道も近いからアタシもよく来るのだ。でもこんなところに食べられる雑草なんてあるのか? 見たことないのだ」
 なあんだ、やっぱりルーミアもわかったふりして雑草をむしっていたのか。とするとダイちゃんもわかってないだろうから、実質食べられる野草を採っているのはもこたんだけということになる。
「雑草やない、野草や。そもそも雑草なんて名前の草はないんやで」
「え? でもあっちこっちに雑草あるじゃない。こことかあそことか」
 ダイちゃんが今までむしっていた場所を指差している。
「そりゃダイが草の名前を知らんからやろな。ここのはギシギシ、あっちのはカタバミやね」
 もこたんは時間をおかずに即答で聞いたことのない草の名前を言い出した。ギシギシだって? そんなふざけた名前の草があるのか。もこたんは他の場所を指さして更に草の名前を唱えていたが、いろんな名前が急に出てきたのでまったく頭に入らなかった。
「すごい……よくそんなに名前知ってるなあ」
「ふっふっふ。何百年も生きてるのは伊達やないで~。まあ、あてならこのくらい覚えるのなんてわけないね」
 もこたんは満足げに腕を組み頷いた。ニンマリした口元は、誰が見ても喜んでいることがわかるくらい口角があがっている。
「アタシたちの知らないことをそんなに知ってるだなんてそんけーするのだ!」
「はっはっは、照れるやん。まあもうちょっと褒めてくれてもええんやで」
 さらに自慢げに大きく頷く。頷いて揺れる長い白銀の髪が近くのかがり火に当たるくらい、頭がゆらゆら動いていた。
「じゃあこれは? これは食べられる野草なの?」
 もうこれ以上褒めると頭が吹っ飛んでいくかも知れないと思った矢先、ダイちゃんがマイペースに、さっきまでむしっていた草の種類を聞いた。もう褒めてもらえないとわかったもこたんは、目をぱちくりさせながら普通の調子に戻って草の種類をわさわさと調べ始める。
「お、これは食べれるな。こっちも食べれるな」 
 今度は聞きながらあたいも憶えた。ダイちゃんがむしっていたので食べられる野草はヨモギ、たんぽぽ、オオバコ、ドクダミというのだそうだ。今まで全く気にしなかったであろう雑草が、誰かによってこんな名前をつけられていただなんて驚きだ。もしかしたらまだ名のついていない草花があるのかもしれない。ならばあたいが名付け親になる可能性だって十分にある。もしそうならどんな名前を付けようか……
 あたいが空想にふけっているとルーミアがドクダミを見て大声で叫んだ。
「うわ、これ食べたことあるのだ! すごく苦くてまずかったぞ」
「ドクダミか。生で食べるのは……たしかにちょっとオススメせんなあ。辛い料理にアクセントで使う方がええかもな」
 げんなりした嫌そうな顔で拒絶反応をするルーミア。対照的に、ダイちゃんは好奇心に満ちた目で食べられる野草をしげしげと見つめていた。
「これって食べられるんだ」
「せやで、これはヨモギな。さっきあげた草団子はこれを混ぜて作るんやで」
「そうだったんだ! じゃあまたお団子作ってくれる?」
 ダイちゃんは声をワントーン上げた。あの美味しい草団子の元がこんなところに生えていた野草だったとは。草団子と聞いてルーミアも顔を上げ、ドクダミのせいでしかめていた顔がぱあっと華やいだ。
「えらい気に入ったんやな。ええで、あてオリジナルの最高に旨い草団子作ったるわ」
「やったー! さすがもこたんなのだ!」
「なんや食いしん坊なやっちゃなあ」
 飛び跳ねて喜ぶルーミアに、もこたんは呆れながらも笑顔で返す。金髪のモジャ毛をワシワシとなでられて、ルーミアは嬉しそうにへへへと笑っていた。

 いい加減にむしっていたせいで食べられない野草がたくさん籠に入っていたのでそれらをより分け、教わった通りの野草をみんなで採りなおした。
「結構取れたのだ。こっちの籠はもういっぱいなのだ」
「じゃあそろそろ戻ってお肉に合う前菜の作り方を教えたるな」
「あたいたちにも作れるの?」
「おう、できるで。しかも簡単にな。美味しいかどうかは……まあ出来てからのお楽しみやな」
 さっきのドクダミでルーミアが激しく拒絶していたが、本当に大丈夫なのだろうか。ドクダミに限らず採った野草はどれも独特の変なにおいがする。もこたんに草団子を作ったという実績があるにも関わらず、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ不安が残った。
「最後にこれとって……ほな帰ろか」
 そう言ってもこたんは近くの樹になっていたオレンジを籠に放り込む。長い時間燃え尽きずに灯っていたかがり火に冷たい小川の水をかけ、あたいたちは帰路に着く。
 木の根をジャンプして飛び越えると、着地と同時にお腹がキュルルルと間抜けな音を鳴らした。ルーミアやダイちゃんにくいしんぼとか可愛いお腹と言われる。恥ずかしい思いで顔から火が出そうに熱くなってしまった。ルーミアがあたいの頬を指先でつんつんつついてからかったが、あたいはかがり火のせいでほっぺたが熱いんだと言い訳する。

 ジャンプしなきゃからかわれなかったのに……全部木の根が悪い。



 ******



「こうやって並べてってちょうだい」
 もこたんに習ってあたいたちは台所に土を払い落とした野草を並べはじめる。同じ種類の野草をわけて、今回使う分だけを残し他は袋に入れた。そうして袋に野草の種類を書いて分別することで今度使うときに迷うことなく調理にすぐかかれるのだ。しかし、こういってはなんだが、率先して書いているもこたんの字がとても汚い。
「なんて書いたのだ?」
「オオバコ……読めるやろ?」
「読めなくはないかな」 あたいが字を知ってるかどうかというより、字がへにゃくちゃということで読めるかどうかのギリギリのラインなのである。艶本に出てくる変な字とはまた違った、珍奇な字体だった。

 袋に詰め終わり、いよいよ調理が始まるというのに野草とサラダボウル以外台所には何も並んでいない。
「ねえ、包丁はいつ使うの?」
「チルノは包丁持ったらダメなのだ」 
「大丈夫なのにー」 あたいが包丁を用意しようと戸棚を開けるとルーミアが制止してきた。ちょっと使い慣れていないところを見ただけなのに、あたいが包丁を持とうとするとダイちゃんもルーミアも止めようとする。知ってるよ、猫の手でしょ。あたいだって包丁くらい使えるもん。
「包丁なんて使わんで。こうやってざっくりと手でちぎるんや」
「こう?」 もこたんの見よう見まねでちぎってみた。
「せやな、んで水で洗ってボウルに盛り付けて……っと。次はドレッシングの準備な」
「ドレッシングの材料がないのよ」
 そう、あたいのサラダ事情でもっとも壁となっているのがドレッシングだ。レティが作ってくれるドレッシングがかかったサラダは美味しいけど、レティがいない春から秋は材料もわからないので作りようがないのだ。
「へーきへーき。このレティさんの手帳に書かれたドレッシングもそそられるけど、オリーブオイルとかマスタードなんて洒落たもんがここにないことくらい知ってるわ」
「なんなのだそれは。謎の食材なのだ」
 ルーミアが片眉を上げて怪訝な面持ちでもこたんに問う。もこたんは返答に困り顎に手を当てて言葉を探していた。
「ん~オリーブオイルは美味しい油、マスタードは辛くてネットリした調味料…みたいなもんやな」
「ふーん、よく知ってるのだ。食べたことあるのか」
「随分昔に舶来品で食べたことあるけど、あては日本の調味料のほうがええな」
 舶来品……? どういうものなのだろう。聞いたことのない品だ。
「そのかっこいい名前の油もネットリ調味料もないけど、どうやってドレッシング作るのだ?」
「オレンジをかけたらええねん。んでルーミアが持ってる塩コショウでちょいちょい調整してっと」
 そういってもこたんは小さなボウルにさっさとオレンジの皮をむいて実をぎゅうっと絞る。絞ってできたオレンジのジュースに簡単な調味をしておもむろにサラダにかけた。本当にこんな単純な作り方でいいのだろうか。野草を洗ってオレンジジュースをかけただけではないか。
「ほい、完成。たべてみ」
 オレンジドレッシングのついたオオバコを恐る恐る口に入れる。
「甘酸っぱくて美味しい! これならあたいも作れるかも!」 舌を刺激する酸っぱさと甘さが、複雑にオオバコを包んで絶妙なハーモニーを繰り広げた。レティの作ったサラダはこってりした味だったが、このオレンジドレッシングはすごくさっぱりして後味がいい。今まで味わってきたサラダとはまた違った美味しさを奏でていた。
「このオレンジはな、魔法の森にはあそこしか生えてないねん。あんたらに教えたのは特別やで」
「私たちだけの秘密ね」
「ひみつひみつ!」 あたいたちは秘密の情報を共有し、なんだか嬉しくなってきゃあきゃあはしゃいだ。ルーミアが笑いながら、なんだかチルノは喋ってしまいそうな気がするのだ、とあたいを冷やかす。憎たらしいことを言うのでルーミアのほっぺを軽くつねってやった。

 あたいたちは保存していた猪肉を使ってもこたん得意の火焔でミディアムステーキを調理した。豪快に湯気を立てる猪肉と、さっぱりした冷たいサラダに舌鼓を打つ。美味しい料理に気分が高揚し、会話も弾んでとても楽しいディナーになった。
「ふう、お腹いっぱい。なんだか眠いなあ~」 
「いっぱい食べたもんね……私もいっぱい食べたら眠くなってきちゃった……」
「……」
 あたいの向かいでルーミアが黙ってうつらうつらと頭を揺らしている。よく見ると上唇をムニュムニュと動かしながら何かを喋ろうとしているようだった。しかし、眠気の方が勝っているようだ、柔らかそうな唇は開かれることなくずっとむにゃむにゃしている。
「もうさ、みんなここで寝ようや」
 もこたんはいつのまにやら靴を脱いで、メイキングしたベッドに倒れ込んでいる。
 食べてすぐ寝たら牛になるとレティに教わったが、牛になるのもやぶさかではない程眠くなってきた。ルーミアとダイちゃんはフラフラとベッドに吸い寄せられ、もこたん用に作った簡易ベッドに潜っていく。
 あたいも簡易ベッドの横にある黄色いソファに丸まる。するともこたんのベッドからダイちゃんが這い出てきて、眠い目をこすりながらあたいにタオルケットをかぶせてくれた。ありがとうと言うと、ダイちゃんは目をつぶりながらにっこり微笑み、もそもそとベッドに入っていく。

「まさか家に帰らずに、今日知り合ったあんたらの家に泊まるとはなあ」
 一息ついて、明かりが消えた部屋の中でもこたんがつぶやいた。
「それはこっちのセリフなのだ。悪いお姉さんかと思ってたけどそうでもなくてよかったのだ」
「何やねん悪いお姉さんって。こんなに優しそうなお姉さんおらんやろ」
 ルーミアの本音に少し不満げにもこたんが反論する。優しいお姉さん像を思い出そうと今日の出来事を振り返ってみたが、お団子や夕食を作ってくれた事以外に優しい部分が思い出せない。
「けーねセンセを怒らせてるんだから悪いお姉さんじゃない?」
「……そんなに怒ってた?」
「……あたいたちも怒らせちゃったからね……」 走り去りながら聞いた、けーねセンセのあの怒号は、今でも頭にこびりついて残っていた。やはり人を怒らせるのは良くないな、気持ちよく寝れなくなってしまう。
「やっぱり謝ったほうがいいかも。明日みんなで謝りに行こうよ」 
 ダイちゃんが掛け布団から顔を出し、真剣な顔をしてあたいたちに目配せする。あたいも、ルーミアも賛成だと大きく頷いた。それから三人でもこたんにアイコンタクトを送る。だが、当のもこたんは思いっきり嫌な顔をしている。こういうところが、優しいお姉さん像からかけ離れていく原因だというのに、当の本人はまったくわかっていないようだ。
「えぇ……あても謝りに行くん?」
 不服そうに文句を言っているもこたんを、あたいたちはジロリ睨んだ。
「わかったわかった。行く行く……はぁ」
 渋々了解したもこたんに安心し、あたいは改めて入眠する。

 瞼を閉じた暗闇の中で、生真面目そのものなけーねセンセが立っていた。近寄って手をつなぐと、けーねセンセの表情が少しだけ緩み、微笑んでくれたような気がした。



 ††††††



 私たちは再び人里にやってきた。人里の門をくぐると何軒か小さな建物が連なり、その先に寺子屋がある。もこたん曰くその近くにけーねセンセは住んでいるらしい。
「この日の高さやったら、まだ寺子屋やってるんちゃうかな~。家と寺子屋どっちにおるかな」
 そう言って寺子屋のすぐ近く、昨日本を読んでもらった空き地までやってきた。すると寺子屋から子供がわらわらと出てくるではないか。どうやら寺子屋の勉強が終わったらしい。笑顔で走りながら人里の中心へ走っていく子供たちは、私たちが森の中で遊んでいる姿と変わらない。人間と妖怪と妖精はそれほど違いがないように思えた。彼らに羽をつければ、私たちと同じように空を飛びまわって遊ぶんだろうな。
「あ、けーねセンセいた!」
 チルノが指差す方向に青髪長身の女性――けーねセンセが寺子屋の子供たちを見送りに外へ出てきた。お調子者の子供に早く帰るように促し、走り去っていく姿を眺めている。相変わらずぴしっとした威厳のある立ち姿だが、その表情は優しさに緩んでいた――
 ルーミアがもこたんの手を引きながら勢いよく飛び出した。
「今がチャンスなのだ!」
「うん! けーねセンセ~!」 私たちは揃って大声でけーねセンセを読んだ。けーねセンセは予期せぬ方向から突然呼ばれたからであろう、びっくりお目目で私たちを見返した。
「ぬ? 妹紅じゃないか! それに君たちも」
「昨日はごめんなさい」 私たちは声を揃えてセンセに謝った。
「そうか、謝りに来たのか……おや、妹紅はわたしに何も言わないのか?」
「ん……いやその……」
 もこたんはけーねセンセの詰問にたじろぎながら頭をポリポリ掻いていた。
「ふふ、三人とも妹紅にそそのかされてあんなことをしたんだろう。それくらいわかるよ」
 けーねセンセは全てお見通しのようだった。私たちの頭を優しく撫でながら柔らかな言葉を投げかけてくれる。私はうつむきながら、チルノとルーミアに目配せした。
「お団子くれるって言われたからついもこたんの味方しちゃったのだ……」
 ルーミアは正直に私たちの言葉を代表して言ってくれた。センセの顔をこわごわ見ると、目をつぶって宙に顔を向けている――何かを考えているようだ。
「食い気に負けたか。まあそれも仕方ないだろう、そそのかした妹紅が悪いのだ。な、も・こ・た・ん」
 けーねセンセは先程よりも強い口調で、もこたんにずいずいと迫っていった。しかし、もこたんも負けじとおよび腰で反論していく。
「いやいや、あてだけのせいやないんやから――」

「妹紅っ!」
「はひっ!」

 突然けーねセンセが大声をあげた。私たちの張り上げるどんな声よりも深く、強く、重く――空気がビリビリと震える声量で、びしゃんと雷のように叱りつける。私たちは怒られたわけでもないのに三人揃ってびくんと飛び跳ねた。チルノの羽はカチカチと音を立てて震え、ルーミアの髪が逆立ち、私の目頭が少し潤んだ。
「こんな子供たちが素直に謝っているというのに、なぜいい年した妹紅が素直になれない!」
「な、なんでって言われても……」
「理由など聞いとらん! 謝る気があるのか無いのか!」
 猛烈な勢いに面食らい、もこたんの腰はどんどん引けていく。けーねセンセとそれほど身長差がなかったのに、今や両者の頭の位置は見下ろす者と見上げる者のそれだった。
「いや謝る気は……あるけど……ごめん」
 もこたんはどこか納得してない言い方でふてくされながら謝っている。本心から謝っていないのは私でもわかるくらいだが、どんな形であれ謝ったことによってけーねセンセの怒りは静まったようだった。
「……わたしはいつだって妹紅のためになるように動いてるつもりだ。妹紅も少しは私の気持ちをくみ取ってくれると助かるんだが」
「そんなん、どうくみ取ればいいのかわからんもん」
 もこたんは口を尖らせながら私たちの後ろにまわりこみ、けーねセンセから距離を取ろうとする。ルーミアを生贄に差し出そうと後ろからグイグイとけーねセンセに向かって押しているので、私はもこたんの手をベシッと叩いておいた。
「私の気持ちになって考えてくれるだけでいいんだ。例えばこの子達に本を読むのを依頼するならちゃんとその内容まで相談するとかだな。まさか前情報もなしに艶本を読まされるなんて、思いもよらなかったぞ」
「そりゃ悪かったわ。でもセンセならいけるかな~って思ってもうて……」
 同じ大人だというのにこうも両極端になれるのであろうか。もこたんのちゃらんぽらんな返答に、けーねセンセは心底困っているようだった。
「少しくらい道徳的観念があってもいいのではないか?」
 腕を組み口をへの字に曲げて呆れている表情が、ブーたれながら謝ったもこたんの顔にそっくりだった。性格や見た目は全然違うが、意外と二人は共通点があるのかもしれない。

「むっ! そうか!」
 突然何かを閃いたのか、けーねセンセ天啓を授かったような晴れ晴れとした表情でもこたんに向き直す。私たちの頭上でもこたんの襟元を掴んで引き寄せ、自信満々の顔を近づけた。
「どうだ妹紅! 寺子屋に寺入りしないか」
「はあ? いやいや、せえへんよ」
「どう考えてもこの方法が一番だ! 道徳的に欠如している妹紅にこそ学習の機会が与えられるべきだ。ちょうど寺子屋は夜の部が空いているぞ」
 なんともこたんに勉強させようということだった。大人も勉強するんだということに驚いた。が、それよりも驚いたのがそんなに簡単に寺子屋で勉強する機会が得られるのかということだった。
 勉強というからには字の読み書きができるようになるに違いない。ルーミアはそもそも勉強が嫌いらしいが、チルノと同じく字が少しは読める。反面、私は字を全く読めない。読み方を学ぼうにもどうすれば読めるようになるのか見当もつかないのだ。でも、この場所――寺子屋でならきっと私の希望を叶えてくれるはず。
「ねえセンセ、私も寺子屋に入れる?」
「おお! 君はダイといったな。もちろん寺入りできるぞ。昼は人間の寺子達で手一杯なのでさすがに無理だが、夜なら妖怪や妖精も大歓迎だ」
「寺子屋で勉強したら字が読めるようになる?」
「なるぞ。意欲さえあれば字だけでなく他にもいろんなことを知れる。ダイ、チルノ、ルーミア。君たちならきっと沢山のことを学んで世界が広がることだろう」
 けーねセンセはもこたんの襟元を離し、両の手で私たちの方を順番につかみながら熱弁した。キリっとした眉は尚の事くっきり三角形になり、力強い赤い目がらんらんと輝いている。
「面白そう!」
「お料理のことも勉強できるならアタシも入りたいのだ」
 チルノとルーミアも乗り気のようだ。寺子屋の勉強がどういうものなのかわからないが、胸の奥で期待がむくむくと膨らんできた。未知の領域に足を踏み入れるのはドキドキして不安も湧いてくるのだが、同時に好奇心が刺激されてとても楽しくワクワクもする。
「よし! じゃあ四人とも寺入りだな! 妹紅には三人の先輩としてわたしの補佐も兼任してもらおう」
「いやあては入るなんて一言も……」
 いまだに煮え切らない態度で拒否し続けているのが、なぜそんなに嫌がるのだろう。昨日の夜だって私たちの知らない野草のおいしい食べ方を教えてくれたのだから、けーねセンセのお手伝いくらい出来そうなものなのに。もしかして謙遜しているのだろうか。私はそう思い、もこたんの昨日の活躍をけーねセンセに伝えることにした。
「センセ、もこたんすごいんだよ。食べられる草の名前をいっぱい知ってて私たちに料理してくれたんだよ」
「ほほう、それはすごいな」
「美味しい食材の秘密の場所まで教えてくれたんだよ」
「ダメだよチルノ、それは内緒だよ」
「しかも、もこたんはめちゃくちゃ美味しいオリジナル草団子も作れるのだ!」
「それはそれは、では料理の授業の時は妹紅にリードしてもらおうかな」
 私たちがもこたんの良いところを上げていると、もこたんがどんどん小さくなっていった。やはり謙遜していたようだ。
「あのさ、センセ……」
 か細い声と、何故か赤い顔で気弱なもこたんが何かを言いたそうにしていた。しかし、けーねセンセがもこたんの耳に口を近づけ――何かを囁いた。なんて言ったのかはわからなかったが、その言葉を聞いた瞬間もこたんの赤い顔が青くなり、引きつった笑みにじわりと変化する。
 初めて聞いた裏声で、もこたんの口から寺子屋への肯定的な言葉がようやくひねり出された。
「……寺入りがたのしみやな~……」



慧音「せっかく三人の羨望を受けているんだ、わたしが妹紅に教えた知識だということは黙っておいてやる」
CARTE
http://www.geocities.jp/carte_0406/index.html
コメント



1.ぎゃーて削除
野草に詳しく美味しいサラダを作れてしまうなんてさすがもこたん!って思ってたけど慧音先生に教えて貰った知識だったとは、予想外でした(笑)チルノ達が相変わらず可愛いです。そして慧音先生優しい(惚)
今回も楽しませて頂きました。
2.CARTE削除
ぎゃーてさんコメントありがとうございます☆
慧音先生は私の理想の教師をイメージしましたヽ(*´∀`)ノまた読んでくださいね♪