――ピチチチ……――
種類は分からないが、遥か頭上で鳥のけたたましい鳴き声が木霊する。魔法の森の中葉で、ひたすらまっすぐ伸びる針葉樹林の只中を、私たちは練り歩いた。
大木特有の清潔感のある匂いの中、私たちの周りだけ餡子の甘ったるい香りが漂う。かすかな木漏れ日に煌く白髪を漂わせて、もこたんがのんきに呟いた。
「いやあ、まいったまいった。まさかセンセがあないに怒るとは思わんかったわ」
悪いお姉さんの楽観的な口調とは対照的に、私たちはどんよりとした面持ちで餡かけ草団子を貪り食う。
「せっかく知り合えたのに嫌われちゃったかも」
「うーん……お団子のためとは言えやりすぎたね」 チルノのため息混じりの後悔に、私も頷くしかできなかった。一時の気の迷いとは言え、よくしてくれたけーねセンセに反旗を翻すような真似をしたのだ、いつも元気なチルノといえども落ち込まざるをえないのは明白だ。
チルノだけではなく私やルーミアも、今は悔いしか残っていない。もこたんにそそのかされたとはいえ、お団子とけーねセンセを天秤にかけたのは他ならぬ私たちなのだから。
誘惑のお団子も、今最後の一個をルーミアが食べた。最初にもらって食べた団子と違い、悔いの中で味わう団子は、ただ甘いだけで喜びも幸せも何も感じない。口の中に広がるのは、只々甘ったるいだけの後味だった。いや――餡子によってもたらされた後味は、むしろ後悔を持続させているような気さえした。
「お団子だけじゃ割に合わないのだ」
ルーミアも同じ気持ちだったのだろう、私の気持ちを代弁するかのように物言った。
しかし悔恨の言葉に対して、もこたんは呆れた顔でひたすら楽観的な返事をする。
「全部食べてから言うことかいな。まあ安心し、センセが怒ってるのはあてだけであんたらは大丈夫や。気にしな、気にしな。」
出っ張った木の根を飛び越えて、見返りながら手をひらひらさせて軽快に口を動かしている。足取りが重苦しい私たちと正反対だ。
「もこたんはもうちょっと気にしたほうがいいんじゃないの?」
「手厳しいなあ」
もしかしたら、もこたんは私たちを励まそうとしているのかもしれない。しかしお気楽で暢気なもこたんに、大丈夫だと言われれば言われるほど大丈夫じゃない気がする。
「もこたんほど悩みの無い性格だったら毎日幸せなんだろうね」 私たちは本気で悩んでいるというのに本気さの足らないのらりくらりとした態度に、腹を立てた私は少しだけ嫌味を言った。
同じようにぬるま湯的な返事が帰ってくると予想していたが、うんともすんとも返事がなかったのでチラリともこたんを振り返る。
目線を上げて口を尖らせ何かを思い出しているようだ。今までの、よく言えばポジティブな表情を繰り返すもこたんとは思えないネガティブな面差しだ。
予想外の反応に、私たちは揃って立ち止まりもこたんの顔を覗き込む。鈍感なもこたんでもさすがに私たちの好奇心に気づいたのか、パッと眉と口角を上げて重みのない口調で言葉を紡いだ。
「失礼やな~、あてほど悩み深い人間も珍しいもんやで?」
何を言うかと期待したが、にやけ顔とふわふわの軽い口調からして、やはり大した問題ではなさそうだった。少しだけでも心配して損した気分になった。私たちはもこたんを無視して再び進行方向に視線を戻し、歩を進める。
もこたんは悩みを聞いて欲しそうに、私たちの背中をつんつんつついてくる。どうすればけーねセンセと仲直りできるか、自責の念を晴らすことができるのか……私たちが思い悩み、無い知恵を振り絞って解決策を考えているのに……煩わしい。また私の背中をつついてきたので、ため息混じりにうんざりした顔を作って言ってやった。
「もこたんは悪いお姉さんだから悩んでるはずがないでしょ」
「なんやて~決めつけるのはアカンで。あてには、それはそれはとても辛い悩みが……」
「長くなりそうだからいいわ」
「いけずやなあ」
もこたんの言葉を反芻し、ハッとした。
私はもしかしたら新たな悔いの種を蒔いてしまったのかもしれない。
私はもこたんのことを悪いお姉さんと決めつけてかかっていた。いくらもこたんが発端とはいえ、けーねセンセへの不義の事でもこたんに八つ当たりするのは筋違いかもしれない。いや、筋違いだ。
恐る恐る目の端でもこたんの機嫌を伺う。長い白髪に見え隠れするおちゃらけた目元は依然として朗らかなままだった。私の言葉など気にしていないように前を見てのしのし歩いている。私は良くも悪くも変化の少ないもこたんのありさまにホッとした。
私は、思ったことをペロッと言葉にしてしまう浅薄な口にチャックした。
††††††
日が傾き森の地面に木漏れ日が届かなくなってきた頃、ようやく我が家にたどり着く。日が差しても暗い森の中と違い、家の周りは木を切り倒しているので、ポッカリと空が覗いて明るく空を反映している。黄色と赤に染まり上がった天空が、一日の終わりを告げようとしていた。
「ここが私たちのお家だよ」
「お! ええ家やん。ちょっと休ませて」
私が扉を開くと、もこたんはひょいひょいと家の中に入っていった。チルノと一緒にドカッとソファに腰を落ち着ける。もこたんはソファの気持ちよさにリラックスしたのか、ずりずりと徐々にだらしない姿勢になっていき、ついにソファの座面に背中をあずけるくらい弛緩した。もこたんのせいで座る場所が小さくなってしまったチルノは諦めて、ベッドの端で座っている私の横にやってきた。
家に到着したと同時に上の階に上がっていったルーミアが、とたとたと階段を下りてリビングへやって来た。何かを包んだ風呂敷を、ソファでグダっているもこたんの頭にぽんと乗せる。
「これ、お土産にあげるのだ」
もこたんは予想外のプレゼントに頬を緩ませ風呂敷を開けた。
「お! 干し肉やん、おおきに。ルーミアええ子やな~」
「お団子を二回も食べさせてくれたからお返しなのだ」
もこたんがルーミアの頭をグワシグワシと大げさに撫でる。ルーミアは撫でられ慣れていないのか身体ごと揺さぶられているが、顔を見る限りまんざらでもなさそうだ。そしてなにより、もこたんが非常にご機嫌そうだった。
私はまたハッと気づく。
もこたんのことを悪いお姉さんだと思っていたが、よくよく考えれば私たちに直接悪いことをしたわけではない。むしろお団子をくれたり、本が読めない私たちにけーねセンセを紹介してくれたりと、実は私たちには良い事ばかりしている……どうやらもこたんに対してとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。
これからは悪いお姉さん呼ばわりは控えようと思う。
「喜んでもらえてよかったのだ」
「もこたんはお肉好きなの?」
「へ? え、ああ!」
風呂敷に包み直した干し肉を屈託のない笑顔で抱きしめてるもこたんに、チルノが質問する。いままでお姉さん風を吹かせていたもこたんは、自身の無邪気なところを見られた恥ずかしさで、少し挙動がおかしくなり口がしどろもどろになっていた。
小さく咳払いをして風呂敷を小脇に置き、背筋を伸ばしてソファに座り直した。今度はだらけていない普通の座り方なので、当人はお姉さんぶっているのだとよくわかる。さっきまでの姿を見ていたので当然お姉さんのようには見えないのだが。
「こほん……一人暮らしで肉なんてそうそう食べられへんねんよ。狩りするのは邪魔くさいし人里で買うには高すぎるし。こんなふうに加工してあるお肉なんていつぶりやろか」
「もこたんは一人で暮らしてるのか。一人暮らしが大変なのはアタシもよくわかるのだ」
ルーミアが共感した。
私は生まれたその日からチルノと同居を始めたので、ひとり暮らしの辛さは全く知らない。とはいえ、自分一人でなんでもしなければならないということくらいは想像できる。私が一人暮らしをするとなると、何から手をつけたらいいのか右往左往してあっという間に一日が過ぎ去ってしまうだろう。
もこたんも、ルーミアも、チルノも……私より一歩先の苦労を知っているのだ。
私の知らない苦労を聞くのは少し躊躇った。が、大した悩みではなさそうという、勝手な決めつけで軽くあしらってしまった負い目がある。もこたんは素行こそ悪いが、本当の意味で悪いお姉さんではないのだ。
今度は心を入れ替えて、もこたんに優しく接してみようと私は決心した。
「もしかしてさっき言ってた悩みって一人暮らしのこと?」
「せやなあ……なんや悩み聞いてくれるんか」
「私も、お団子のお礼もあるから聞くよ」 ホントは申し訳ないからだが、そこは黙っておこう。
もこたんはソファの背もたれに身体を預けたあと、目を少し閉じて何かをおもんばかっているようだ。先程は悩みがあると言いつつ軽い口調だったので今回もサラッと悩みを打ち明けるのかと思ったが、どうも悩みの内容を分別しているようだった。悩みのなさそうな顔をしているが実は本当に悩み多き人なのかも知れない。
しばらくの沈黙のあと目を開き、身体を前のめりに起こす。私たちもどんな悩みを打ち明けるのかと身体をつんのめる。
「……一人暮らしが悩みの種なんは間違いないねん。とはいっても一人暮らしの大変さなんて慣れたからそこまで悩んでないんや。けどな、寂しさだけはどうしようもあらへんなあ」
しみじみと話す様は何かを思い出しながら言葉を継いでいるようだった。一人暮らしになった理由でもあるのだろうか。そもそも人間なのに人里から離れて暮らすのも不自然だ。
「なんで一人暮らししてるの? 人里で暮らしたら寂しくないんじゃない?」
「できひん理由があんねん……実はあてはな、不死身の人間なんや。普通の人間やないねん」
「普通の人間じゃないの!」
チルノが驚き目を見開く。
「死なれへん不老不死の呪われた身体でな、大切な人には先立たれて辛いったらないで。おまけに、永遠にこの姿のままやから普通の人間に薄気味悪がられて人里におられへん。無理やり居座ったこともあったけど家焼かれて追い出されたからなあ。しょうがおまへんさかい何百年も昔から人里を離れて竹林で暮らしてんねん」
もこたんが人間ではない人間だということがわかった……というより、人間は不死身ではないということがよくわかった。不死身ではないということはそのうち死ぬということなのか……死というものがあまりピンと来ない事柄なので、話を聞きながらも右から左へ言葉が通り過ぎていく。
「人里で暮らしてないけど商売しには行けるの? それは大丈夫なの?」 かろうじて頭の隅に残った言葉を噛み締めて、もこたんに質問として投げかける。しかし、自分で言っておきながらこの質問はとんちんかんだと思った。
「センセに紹介してもろた、不死の人間でもつきおうてくれる奇特な人達と商いしてるからな。紹介してもらうまでは、あてなんて誰とも付き合いのないつまはじき者やってん。本来なら奇異の目で見られて門前払いがええとこや」
質問を意図したわけではないのに偶然にももこたんと人里のつながりが少し見えた。なるほど、けーねセンセがもこたんと人里を結ぶパイプ役だったのか。
けーねセンセは生真面目そうで厳粛な空気を携えているが、同時に話せばわかる気さく女性だ。種族の違う私たちにも物怖じせず平然と接してくれる人間だから、もこたんのような死なない人間――普通の人間に気味悪がられているような不死人でも平等に接してくれたのだろう。
ぱっと見悪いお姉さん……いや流れ者の風来坊なもこたんと正反対の礼儀に則ったけーねセンセが知り合いだったのもなんとなくうなずける。もこたんとけーねセンセがどういう経緯で知り合ったのかは気になるが。
経緯もさる事ながら、一部の人とはいえ人里に紹介してもらったはずなのに、なぜ今も離れた竹林で住んでいるのだろう。けーねセンセに反抗しているのだろうか。
「その奇特な人たちと仲良くしたらいいんじゃない? その人たちも人里に暮らしてるんでしょ?」
「そうもいかんのや。人里に暮らすにはやっぱり人間でないとアカンやろ? まあ例外はちょいちょいおるけど」
一番手っ取り早い解決策だと思うのだが、どうもはっきりしない。人里では嫌なのだろうか。もう少し踏み込んだほうが良いのだろうか。
「じゃあ、その例外になればいいのに。一人暮らしは寂しいのに人里じゃダメなの?」
「例外ね……えらい簡単に言うてくれるけど、その例外はいろんな苦労してようやく人里に自分の居場所を見つけた御人や、そんな人になれるとは死んでも思えん」
どうやら人里で住むのは早々に諦めているようだ。
よく考えたら無理もないか、何百年も前から一度ならず人里を追い出され、あまつさえ家まで焼かれたのだから。そう簡単に普通の人が不死身の人間であるもこたんを受け入れるはずはないと身にしみているのかもしれない。
思い起こせば私だって、生まれていきなりチビ妖精たちに失礼な態度とられ、彼女たちとは絶対仲良くしないと憤慨していたではないか。今だってそう思っているのだから、気持ちなんてそう簡単には変わらないのだろう。
「じゃあもこたんの悩みを解決するためにはどうしよう」
チルノがぴょんとベッドから飛び降り私とルーミアに向かい合う。
「死ねないから人里で暮らせないんでしょ? 死ねる身体にするのってどうかな。普通の人間だったら人里の普通の人間たちも受け入れてくれるはずなんだけどなあ」
「死ねる身体……食べちゃえばいいのだ」
ルーミアがとんでもなく過激なことを口走る。多分何も考えていない。
「わはは! あんたらがあての悩みを解決してくれるんかいな。気持ちは嬉しいけどな、あてを食っても身体が生えるから死ぬことはないんよ。不死の身体は解決できへんねん」
「そうなのかー。じゃあ不死を治す以外だとどうすればいいのだ?」
不死を治さずに普通の人間に……? 私は完全に思考の迷路に行き詰まり、新しい解決策を見いだせずにいた。
しかしそこは天才チルノ。青天の霹靂の如き妙案を思いつく。
「同じ仲間を見つけるってのは? ダイちゃんと出会えなかったらあたいは今でも一人ぼっちだったかも」
「そうか……アタシも長いこと一人でここに住んでたからよくわかるのだ。今はチルノとダイがいるから毎日が楽しいのだ」
「でしょ? あたい、今から一人暮らしに戻るなんて考えられない」
「わ、私も! チルノに出会えなかったらと思うとゾッとする!」 一人暮らし経験者同士でしみじみと納得している。なんだか仲間はずれのような気がしたので私も言葉と発しておく。
「やっぱりそうやんな。人里に住んでた頃もあるから余計に、今の一人暮らしが虚しいわ。でも仲間って例えばどうゆう奴のこと言うてるの?」
「同じような不死の人間っているのかな? もこたん知ってる?」
「ああ~……知ってるには知ってるけど……あいつらとは仲悪いから一緒に暮らすなんて絶対嫌や」
わがままだなあ。せっかくチルノが素晴らしい提案をしてくれたというのに。
何百年も悩んでいたことが今日のこの瞬間にいきなり解決できるはずもなく、私たちはしだいにソファやベッドで寝転がりだした。だらけた姿でルーミアの用意してくれた水を飲みながら話しているとだんだん雑談の割合が多くなり、遂には雑談だけになる。のんびりとした時間が部屋の中を流れていった。
ふと窓へ視線を移すと、いつのまにか空は紺碧の帳が降りている。
談話の合間に訪れた沈黙に、ホウホウと夜の住人たちの声が割り込んできた。
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アタシは寝室にある押し入れの中に身体ごと突っ込んで、奥にギュウギュウとしまわれている布団を引っ張り出す。柔らかい布団を抱えながら前も見えずにえっちらおっちら階段を下りていると、チルノとダイがすかさず手伝ってくれて無事一階のリビングにたどり着いた。黄色い革製ソファのそばに常備している簡易ベッドの上に布団をかぶせ、一人分の即席の寝床をセッティングする。
もこたんはソファにグダグダと寝転がりながら、何をしているのかと不思議そうな顔でアタシたちを眺めていた。さすがにベッドメイキングが終わった頃には鈍いもこたんもようやく気づいたようで、ニンマリと明るい表情になる。
「もう遅いから今日は泊まっていってもいいのだ」
「やったね!今から家に帰るのも面倒だなと思ってたとこだったんよ」
そう言った途端ソファからひょいと軽い身のこなしでベッドに突っ伏した。まだ寝る時間でもないのにもう大の字に身体を伸ばして感嘆の声を上げている。
「や~気持ちいいなあ。ますます良い家やね」
「しょうがないお姉さんだなあ」
ダイが呆れ顔で寝転がったままのもこたんに言葉を放り投げる。ダイが呆れるのも無理もない。もこたんは帰るそぶりなど、この家に入ってから一度も見せていないのだから。まあ、それが許されるくらいお団子がうまかったのだからこれ以上は言うまい。それに、我が家が心地いいと言われて悪い気はしない。
「あ、そうだ! 泊めてもらう代わりになんかご飯でも作ろっか?」
「おお! もこたん料理できるんだ!」
チルノが驚きの顔で声を上げる。
「そりゃ一人暮らし長いからね。餡かけ草団子だって人里で買うばかりじゃなく自分でも作れるしな」
「ということはまたおいしいお菓子を作ってくれるのか」 アタシは超絶美味のお団子に期待を込めて、もこたんへ言葉をかぶせ気味に当て込んだ。
「いやいや、こんな夜に甘いもん食べたら虫歯なるで」
虫歯とはなんなのか。アタシにはよくわからなかったが、チルノが顔を、髪と同じくらい真っ青にしながらほっぺたを抑えたので歯の異常かなにかなのだろう。幸いアタシは歯が丈夫なので、これからも異常が起こることは金輪際ないと断言できる。
「で、食材はどんなのがあるん?」
「猪の冷凍肉と干し肉があるのだ。あとは調味料が少しあるな」
「どーだ、すごいでしょ」
アタシたちの珠玉の冷凍地下室に案内し、三人で大仰に手を広げて自慢した。とくに新鮮なまま食材を保存可能にした功績を持つチルノは鼻高々な表情になっている。アタシもチルノと友人であることを誇りに思う。
一方もこたんはというと、開いた口を塞がない気の抜けた顔で呆然としていた。冷凍地下室の設備の良さに驚いてしまったのだろう。当然だ、アタシだって夏のこの時期に冬と同じように、肉を生のまま保存できるなど想像すらしていなかったのだから。
「……それだけ?」
「それだけなのだ」
もこたんが目を細めながら思いがけないといった様子で肉達を指さした。
なにか不満そうだが何が不満なのだろう、こんなにも大量に上質な猪肉が鎮座しているというのに。肉に謝るべきなのだ。
「まさか肉だけとは……あんたら野菜は嫌いなん?」
何を言うかと思いきや、なんと野菜が欲しかったようだ。
アタシはとっても肉が大好きなので、サラダの類など当然ここには置いていない。そもそも植物なんて不味いのばかりでとても食べられたものじゃない。ごく少数の肉に合う風味の香草や山椒や胡椒は、家の周りに自生しているのでそれらを採って調味料に加工している。しかし、もこたんは香草では不満らしい。
「野菜は前に食べたことあるけど苦くて嫌いなのだ」
「あたいとダイちゃんはたまに食べるよ……でもレティの手帳に載ってるサラダは作ったことあるけど、ドレッシングがよくわかんない調味料使ってるから作れなくて野菜そのまま食べてるんだ」
チルノはもこたんに、レティが執筆した手帳を渡した。料理の項目が書いてあるページを、ふむふむと言いながらもこたんはペラペラとめくっている。
「この手帳、なかなかええ料理紹介してるんやけど……チルノにはちょっと難しいみたいやな。あんたらでも作れる簡単でおいしい野菜の食べ方知ってるから作ってあげるわ」
もこたんはそう言うとベッドから飛びおり、すたすたと玄関まで歩いていく。
「どこいくの?」
「食べられる野草を探しにね。あんたらも来るか?」
「行く!」
二人共即答してもこたんについていくのでアタシも後ろからついていく。
う~ん、食べられる野草か。それはアタシにも食べられるということなのだろうか? 美味しいとわざわざ自分で言うのだからよほど自信があるのだろう。お団子のセンセーショナルな味覚革命を果たしたもこたんのことだ。もしかしたら肉食主義のアタシですら絶賛するような美味のサラダを作ってくれるのかもしれない。まして教われるのであれば、これほど良い機会などそうそうないだろう。
「スコップと籠持っておいで」
「わかったのだ」
アタシは玄関脇の小さな棚から四人分のスコップと籠を引きずり出し皆に手渡す。チルノもダイも、アタシと同じようにもこたんの野草料理が楽しみなのだろう、終始喜色満面でご機嫌の様子。二人の雰囲気に当てられたのか、アタシもだんだん期待が胸の中で膨らんできた。
もこたんはまだ暖かさの残る草を踏みしめ月夜に照らされる瑠璃紺の原を突き進む。鉛白の背中は、先ほどの不精さなど微塵も感じさせない頼もしさを湛えていた。
もこたんは現代ではそうそうお目にかかれないコテコテの京都弁なので読みにくいかもしれませんが面白く読んでもらえて安心しました☆これからも応援よろしくお願いします(*≧∀≦*)