――ホウ、ホウ――
気づけば日は随分と傾きひんやりした空気が漂いはじめた。
ふくろうの声が森の中に響く頃、私たちはチルノの家から荷物を運び出しルーミアの家にようやく到着した。荷物は少ないが服や本は意外とかさばり、もったまま空を飛ぶことなど到底できない。仕方なく歩いて運んだのだが、最短距離とはいえ木の根が生い茂る森の中だ。荷物を持ったまま移動するのはとても時間が掛かり大変である。
「ふう、ようやく運び終えたのだ」
三人の中で一番力持ちのルーミアに多く荷物を持ってもらったので疲れたのだろう、ルーミアは大きなため息をついて汗をぬぐっている。チルノも私も軽い荷物とはいえ、昨日の疲れがまだ残っていたのであっという間に疲労困憊。三人とも床にペタンと座って、じっとりと汗で濡れた服をパタパタと仰いで風を送る――チルノに至ってはスカートでバッサバッサと豪快に仰いで身体の熱気を逃がしていた。
チルノから流れてくるそよ風がひんやりしていて気持ちいい。
「ルーミアと一緒にまっすぐ行ったら意外と近かったね」
「私たち、昨日は同じ所をぐるぐる回っていたみたい」 見覚えのある道は見かけたが、昨日はどこから迷ったのか……まったく見当もつかない。私たちはどうやら方向音痴らしいことが判明した。ルーミアがいないと間違いなく私たちはまた迷うだろう。森で一人歩きは自殺行為だと、私とチルノは引越しの道中で改めて学んだ。
「じゃあ二人とも、居間のタンスを地下室に運ぶのを手伝うのだ」
「なんで? 氷でタンスを作ればいいじゃない」
しばらく休んでいたらルーミアが立ち上がり引越しの残りの作業をうながしてきた。チルノはもう少し休みたいからか、座り込んだ姿勢から腰を上げようとせずに気だるそうに疑問をぶつける。
当初はルーミア邸でも氷のタンスを制作する予定だったがどうしたことだろう。しかしその理由はすごく単純なものだった。
「あんな出し入れしにくいタンスじゃ不便だろ? 木のタンスなら何個もあるから使えばいいのだ」
チルノの家で荷物を手分けして集めていた時のこと。ルーミアは重たく引っかかりのある氷のタンスの引き出しを、ガリゴリと力いっぱい無理やり引っ張りながら開けていた。なんて不便な生活をしているのだと頭を抱えて驚いていたので、この提案は至極まともに思える。
木のタンスを運ぶのも大変だが、三人がかりなら幾分かは楽になるだろう――それにチルノの生活が便利になるのなら、私は労力を惜しまない。
「そうだね、そうしよう」 チルノと一緒に疲労の蓄積で役に立たない足に喝を入れて立ち上がる。
窓の外を見るともう完全に日は落ち、暗闇が森をひたしていた。
「やったあーー! あたいの部屋完成!」
木のタンスを地下室に運び入れすべての服を収納した。結構大きなタンスだったので、運びながらどうやって階段を降りるかと少し議論になった。が、最終的に飛びながら運ぶことで解決した。重いタンスを浮かすために思い切り羽を羽ばたいたので羽の付け根、背中の真ん中が気だるい感覚に襲われる。
チルノのために既に運び入れていたベッドの位置を三人で調整し、部屋のレイアウトが完成した。と、思ったら肉置き用の棚をルーミアがゴソゴソと移動させている。ああそうか、肉をより冷やすためにチルノのベッドに近づけているのか。
「これで本当に完成なのだ!」
「やったねチルノ、これで三人一緒に暮らせるね」
「うん、楽しみだね」
ミトンで包まれた私の手をチルノが握り、頬を思いっきりあげて笑みを浮かべた。
「ちなみにダイの部屋はアタシの部屋と一緒なのだ。は~そろそろ眠たくなってきたのだ」
そういえば昨日は私のミトンを作るのに夜なべしたと言っていた。それ以前に迷った私たちを案内したり、今日の引越しをぶっ続けで敢行したのだから眠たくなるのも当然だ。
「ルーミアっていつもは何時くらいに寝ているの」
「疲れたら寝る、そんな感じだから決まってないのだ」
「今日は疲れたしもう夜だからそろそろ寝ようか……ムニャ、ふわああああ」
チルノは大仰にあくびをする。昨日と今日で森を散々てくてく歩いたので疲れるのも無理はない。ルーミアとチルノが揃って眠いというと、私までだんだん眠くなってきた。ああ、まぶたが重い。夜になってからそれほど経っていないが、私たちはおやすみの挨拶をして早めの睡眠をとることにした。
チルノはこのまま自室である地下室に残り、私とルーミアは二階の寝室まで上がる。
「ダイはこっちのベッドに寝るのだ。柔らかくて気持ちいいのだ」
二つ用意されているうちの小さなベッドにルーミアが寝転がると、枕に顔をうずめながら大きなベッドを指さした。真新しい白いシーツが清潔感にあふれた香りを漂わせている。柔らかい感触に安心感を覚えながらルーミアの方を見ると、指さしたまますうすうと寝息を立てていた。あっという間に眠りの園へ旅立ったルーミアの代わりに、私はベッドから立ち上がりロウソクの火をふうっと消す。
オレンジ色の温かい光から一転、青く蒼い闇の中で星々の明かりに照らされた白いベッドだけが部屋に浮かび上がっていた。
「ん、ほんと柔らかい……」 私は優しいぬくもりを帯びた枕に頬をすり寄せ、静かにまぶたを閉じる。遠くの方でふくろうの鳴き声がまた聞こえた気がした。自然の安らかな静寂に包まれ頭の中が洗われていくかのよう。暗闇の中に胸の鼓動が溶けて、心が落ち着き羽や足からすうっと緊張が解かれていく。いよいよ眠りに落ち――
バシッ!
「ふぎゃっ!」
寝入ろうとしたとき。顔面に突然痛みが到来する。暗闇なので何が起こったのかすぐさま理解できなかったが、痛む鼻を押さえて顔の周りを探ると暖かい棒状のものが……ルーミアの腕だった。
暗闇にようやく慣れてきて目を凝らすと、となりあったベッドの境を乗り越えてこちらまで寝返りをしてきたようだ。掛け布団ははだけ、大の字に広げた四肢の奔放な様は、寝相が悪いどころではない。
「びっくりさせないでよ、どうしたの?」 ルーミアに声をかけるも反応がない。時折ギザッ歯を見せる口からはさきほどと変わらない寝息が聞こえている……まだ寝ているようだ。
「布団はだけちゃってるじゃない。はい、ちゃんと寝てね」 ずりずりとルーミアを引っ張り、隣のベッドに戻して掛け布団を包むようにしっかりとかけた。多分これならちょっとやそっとのことでは動かないだろう。私は安心してもう一度ベッドに戻り目を閉じた。
まあ寝相が少しくらい悪くても問題ない。なんといってもこれだけ大きな家にチルノと一緒に住まわせてくれるのだ。文句なんて言えるはずも――
ゴソソ!
「ふぇあっ!」
今度は耳に何かが入ってきた。恐る恐る横目で見ると……
またルーミアがむちゃくちゃな寝相で足の指を私の耳に突っ込んできた。さきほど包んだはずの掛け布団は見事に床へ落ちており、ルーミアのアクロバティックな寝相は容赦なく私を襲っている。
「結構寝相悪いわね。さっ自分のベッドに戻ってね」 ルーミアを再度引っ張ってベッドに戻そうとした時、腕に生温い感触が到来した。
「?」 何の感触か最初はわからなかったがよく見ると月の光に照らされて青白く光る何かが――なんとルーミアのギザッ歯が私の腕に深く突き刺さっているではないか! 噛み付かれたという事実を知った途端、激痛が腕を走り頭の中まで飛び込んでくる。
「ッキャアアアアア! ちょっとルーミア、はなしてええええ! 痛いよーッ!」 ルーミアを放そうとするが、ものすごい顎の力のせいで腕から口が離れない。むしろ動かせば動かすほどギザギザの尖った歯が腕に食い込んでくるではないか。私はたまらず残った左手でルーミアの顔を往復ビンタする。
「ぐへっ……なにごとなのだっ!」
間の抜けた寝ぼけた声でルーミアが文句を言う。文句を言いたいのは私のほうだ。
ようやく口が開き解放された私の腕からは少し血が滲んでいた。噛まれたあとを押さえながらうずくまっていると、眼から涙がとめどなく溢れてくる。胸からこみ上がる嗚咽の声が、私の喉を容赦なく枯らした。
「ぐすっうええ」
「んあ? どうしたのだダイ。怖い夢でも見たのか?」
ルーミアはむせび泣く私を背中越しに覗き込み、のんきな声をかけてくる。当の本人はなぜ私が泣いているのか考えもつかないらしい。こんなにも痛い目をさせておきながらなんと鈍感な! 私は力の限り本音をルーミアにぶつけた。
「あなたよ、ルーミアが怖かったのよ!」
「アタシが? なにかしたのか?」
「ほら、思いっきり噛み跡が残ってるじゃない! 寝てたらいきなりルーミアが噛みついてきたのよ!」 私は痛々しく赤く腫れた腕を、キョトンとしているルーミアの目の前に突き出した。
私が泣いている理由が自分だとようやくわかり、ルーミアはバツの悪そうな表情でポリポリと頭を掻いている。
「ありゃあ、ゴメンなのだ……夢の中で美味しいお肉を食べてたと思ったら……」
「私はお肉じゃないわよっ!」 当たり前のことなのだが、もはや私も気が動転しており、怒りのまま思ったことを口走っている。冷静になれば、流血したわけでもなく赤く腫れただけなのだから大したことはない。しかし寝ぼけたとは言え肉と間違えられたとあっては、冷静にいられるはずもない。こんなこと、生まれてこのかた一度も経験したことがない異常事態である。
「う~悪かったのだ。この軟膏を塗ってればすぐに治るから……あとベッドは少し離すから、な、泣かないでほしいのだ」
軟膏を塗りながら私をなだめているルーミアは、のんびりした普段の話し方とは裏腹に少し慌てているようだった。優しく薬を塗る手のひらの温もりと、焦っているルーミアの姿を見ているうちに私の高ぶった気持ちは段々とおさまってく。流れ落ちる涙はいつしか止まり、息が詰まった喉も程よく呼吸ができるようにまで落ち着いた。
軟膏を塗り終わり包帯を巻いていると、扉の方からバタバタと騒がしい足音が聞こえてくる。
「どうしたどうした! あ、ダイちゃんが泣いてる!」
「あ、チルノ、これには深いわけがあるのだ……」
じろりと睨むチルノの視線に切羽詰るルーミアは、たどたどしい言い訳を紡ぎながら視線を泳がしていた。もう特に怒ってはいないが、私はチルノに嘘を言いたくないので包み隠さず率直に伝えた。
「ルーミアに噛まれたの」
「え! こんのやろ~ダイちゃんをいじめるなんて不届きな!」
目を三角につり上げルーミアに食ってかかっていくチルノは勇ましく、私のためにそこまで怒ってくれるなんてとても嬉しい。なんと友達想いなのかと感動するも、ルーミアも友人なので流石に誤解を招く言い方だったと反省。すぐさまチルノを止めた。
「待ってチルノ、ルーミアは悪気があってかんだわけじゃないの。肉と間違えて噛み付いたら私だったの」
「わけわかんない。ダイちゃんは全然肉じゃないのに、どこをどう見たら間違えるの!」
「寝ぼけてたのだ、すまなんだ」
申し訳なさそうにしゅんとしたルーミアの姿は、流石にこれ以上責めると可哀想になるくらい小さくなってしまっていた。気まずい雰囲気の中、チルノも強く言いすぎたと思ったのかしょぼんとするルーミアにそれ以上は詰め寄らなかった。
「許してあげてチルノ」
「ダイちゃんがそう言うなら。もう噛み付いたらダメだよルーミア」
「りょ、了解なのだ」
チルノは私の怪我の具合を見たあと、おやすみの挨拶をして地下の自室へと戻っていく。
ルーミアを見ると、自分のベッドを部屋の反対側にえっちらおっちら移動させている。眉を垂らしたしょげた表情と背中を丸めてモソモソと布団の中に潜っていく姿を見ていると、噛み付かれた程度で大騒ぎした自分がなんだか悪いことをした気になってきた。
私は、せめてルーミアが夢の中で自分を責めないようにと、意気消沈したルーミアの頭を撫でにいく。癖のある金色の髪は、ふわふわとした感触で気持ちよくいつまでも撫でていたい気持ちになる。こわばった姿勢で私に大人しく撫でられているルーミアは、赤いつぶらな瞳をパチっと開いて私の顔色をじっとうかがっている。私がルーミアに微笑むと、安心したのかルーミアは再び目を閉じた。こわばった体が解けていき段々と弛緩されていく。これで少しは安らかに眠れるだろう。私は掛け布団をルーミアにそっとかけておやすみ、と耳元で囁いた。
「おやすみなのだ、ダイ」
ルーミアの声が私の耳に届いた。まるで融解していくように、私の耳奥でいつまでも響いていく。ベッドに横たわり月光に包まれた私はまぶたの帳を下ろし、闇に溶けたルーミアの声を胸に抱いて眠りにつく――
●●●●●●
木々の隙間を縫うように、朝の日差しがアタシのベッドに差し込んでくる。キラキラと朝露が光を散らして早朝の調べをアタシに伝えた。
眠い目をこすりながらダイの方を見ると、まだ布団をかぶったまま静かに寝ている。
……アタシは昨日寝ぼけてダイに噛みついたらしい。そんなに寝相が悪かっただなんて、ひとり暮らしが長かったので気がつかなかった。しかし、気がつかなかったでは済まされない。せっかく一緒に暮らしてくれる友人ができたのに寝相の悪さで失うなんて、悔やんでも悔やみきれないだろう。
アタシはダイを起こすためそっと肩を叩く。
「おはよ……腕痛いか?」 薄目を開けてまどろんでるダイに、アタシは開口一番腕の具合を聞いた。
「もう大丈夫よ、軟膏が効いたみたい」
包帯を解き腕をさするダイはニコリとアタシに笑みをかける。アタシはホッと胸をなでおろし、肩の荷が一気に降りた気がした。
「はああうう、よかったのだ~。今後は噛み付かないよう寝る前に腹一杯にしとくのだ」 アタシの考え抜いた解決方法が素晴らしかったのか、はたまたおかしかったのか。ダイはけらけらと笑いだし、窓際の小鳥たちと一緒に賑やかな朝を彩っている。
「おっはよー! 朝ごはん持ってきたよ」
リビングに下りるとチルノが地階から猪肉を持ってきた。猪肉を一口サイズにスライスし暖炉で焼きながら、ダイの腕の具合が良くなったこと、アタシが反省して二度と噛み付かないような措置を取ることをチルノにも話しておく。
「もう寝ぼすけなんだから~」
チルノはカラッとした笑いであたしの背中をバシバシ叩いてくる。二人共アタシのとんでもない寝相のことはもう気にしていないようで、心の底から安堵した。
アタシは暖炉に網を置いて焼いていた肉を、トングで引っペがし皿に盛り付ける。チルノとダイに食卓へ運んでもらい朝食の準備は整った。手を合わせていただきますと言うやいなや、アタシたちは焼肉をまたたく間にたいらげる。食後にのんびりとソファに座りながら雑談をしていると、今日は何をするの、というチルノの質問が飛んできた。
「今日は干し肉を作ろうかな」 アタシの返答にダイは不思議そうに首をかしげる。
「ん? チルノのおかげで保存する必要はなくなったんじゃないの?」
「そうなのだ。だけど、そう毎回毎回獲物を狩れるとは限らないのだ」 ダイとチルノ両方に説明したが、チルノは口を開いたままポケーと聞いていてあまり理解していないようだった。
「この前チルノが運んでくれたのは大物の猪だったから三人で分けても数日分の食料になったのだ。これはとってもラッキーなことで、普段は小さな鹿だったりウサギや野ネズミしか見つからない時だってあるのだ」
「そっか、どうしても獲物を取れない時は干し肉に頼るしかないんだ――でもあたい、干し肉を作るなんてしたことないや」
「私もないわ」
チルノは肉食というわけではなさそうなので、アタシみたいに特別肉に頼らず干し肉を作る機会もなかったのだろう。ダイは生まれたばっかりだからそりゃあそうだ。
そこでふっと閃いた。当初は一人で作業して、チルノとダイは遊んでいてもらおうと思っていた。だが、二人に遊び感覚で手伝ってもらうってのはどうだろう。危険な作業は少ないし、手伝ってもらえれば早く終わってアタシも一緒に遊べるのでは? うむ、我ながら良い考え。
「じゃあ二人共アタシの手伝いをして一緒に作ってみるか?」
「あっ面白そう! やってみたい!」
「あたいもやる! 頑張ろうねダイちゃん」
二人はきゃっきゃっとはしゃいで初めての体験に胸をときめかせているようだ。その様子を見ていると、なんだかこちらまで楽しくなってきてウキウキしてくる。アタシたちは士気を上げ、意気揚々と地下の食料庫兼チルノの部屋へ針路をとった。
「ルーミア、エプロン付けたよ!」
アタシお手製の黒革のエプロンを身に付けて二人は鼻息を荒くしている。
「今から下準備をするのだ。さっき解凍した残りの猪肉を使うのだ」 ずしっとした凍った猪肉を棚からリビングの暖炉にえっちらおっちら持っていく。ボウルに入れ火にあてて解凍した後さらに調理場へ持っていく。
「まずこの包丁で白い脂身の部分を切り落とすのだ。ここは腐りやすいから干し肉には向かないのだ」 包丁で切り分ける作業を実演してみせる。二人は興味深そうに覗き込み私もやりたいと騒ぎ出したので、脂身のわかりやすい肉を渡してさせてみる。案の定チルノはものすごく危なっかしい手つきでぐりぐりと肉に包丁を擦りつけた。チルノに正しい包丁の持ち方から教え込む。
「切り分けた脂身はラードっていうものにするからここに入れといて」 アタシはダイに四角い容器を手渡し、切り分けた脂身を集めてもらう。どうも二人は脂身のニュクニュクした感触がお気に入りのようだ。干し肉には適さないが、いずれ脂身を生かした料理を作ってあげよう。
「さて次はこの岩塩を……あ、こら!」
「うわ、しょっぱい! なにこれ?」
チルノはさっそく岩塩をつまみ食いしていた。なぜ聞く前に口に含んでしまうのか。
「これは河童からもらった岩塩、つまり塩。これが干し肉作りですごく重要になる物なのだ」 アタシが説明しながら岩塩と胡椒をたっぷり肉にすり込んでいると見よう見まねでダイとチルノもすり込んでいく。ひとしきり塩まみれになった肉を紙でくるんだところでダイが質問してきた。
「どうして紙で包むの?」
「岩塩をまぶすと肉の水分が飛び出してくるから、それをしっかり吸い取るためなのだ。そのうち……ホラ言っている間にどんどん湿ってきただろ? この紙が湿らなくなるまで岩塩で肉から水分を取るのだ」
「でもこんなしょっぱいんじゃ干し肉できても食べられないじゃない」
チルノは苦い顔をして不満げにしているが、それはチルノが岩塩をそのままつまみ食いなんてするからである。
「そこは後でなんとかするから安心するのだ。それじゃあアタシは脂身をひたすら除く作業に移るからダイとチルノで塩もみと紙の取替を頼むのだ」
「オッケー、じゃああたい塩もみする!」
「私も塩もみしたい!」
ぐにゅぐにゅした工程が楽しいのか、二人で作業を取り合っている……まあ好きにさせておこう。
「じゃあ交代してやろう。あたい紙の包み方わかんないから、先にダイちゃんがやってあたいに教えて」
「うん、それじゃあそうしよう」
しばらくして二人の作業を覗いてみると作業を交代したらしく、ダイがチルノに紙の包み方をレクチャーしている。
「こうするのよ、チルノ。こう包むの」
「なるほど~」
紙で包むといっても丁寧に可愛く包むわけではなく、ただ水分を吸い取るためだけなのだからクシャクシャに巻いても良い。しかし個人の性格が現れるらしく、アタシの包み方は要所を抑えてはいるが大雑把、ダイは丁寧に見栄えも良く包まれはみ出している部分が全くない。チルノはというと……もうめちゃくちゃである。まあいいか、この肉はチルノに食べさせよう。
「二人のおかげでかなり早く出来たのだ。さあこの塩漬け肉を屋根裏に持っていこう」
「水気をとったからもう完成したんじゃないの?」
「いや、まだまだなのだ。干し肉を作るには結構日数がかかるのだ」
「え~じゃあ今日中にできないの……」
チルノはわかりやすくがっかりしてしまったが、アタシはいつも流れ作業でやっているので特に慌てずチルノをなだめる。
「まあついてくるのだ」 紙で包んだ肉を籐の籠に入れ、調理室からはしごを登り屋根裏の扉を開ける。涼しい風が森の木の香りを運び、階下へと抜けていく。チルノとダイを屋根裏部屋へ招き入れると二人共予想外の光景に驚いていた。
「あれ、お肉がいっぱいある! なにここ? なんでこんなにいっぱいあるの?」
「さっきの塩漬け肉を、こういう風通しのいい所に置いてじっくり干して水気をとるのが次の工程なのだ。この屋根裏部屋ですでに干してある肉は一週間ほど前に狩った肉で、さっきまでの塩漬け工程をすでに終わらしているものなのだ」 紙に包まれた肉たちは、加工した日付ごとに床に線を引いてブースを区分けしている。ちょうど空いているブースに置いて、風が通りやすいよう配置した。
「私たちが作った塩漬け肉をここに置いたらおしまいなの?」
「いや、既に干してあるここの肉を今度は下に持ってくのだ」
「なるほど! 時間のかかる干し肉作りをそうやって順繰りにやって行けば定期的に干し肉ができるのね」
ダイは非常に飲み込みが早く、説明する手間が省けて非常に助かる。
「下に持ってきたけどどうするの? かじるの?」
チルノは残念ながらまだ理解していないらしく、奇想天外なセリフを吐いてアタシを驚かせる。
「チルノは気が早いのだ。まず、この肉は塩まみれだからこの塩を落とすためにお湯をかけて……ほらほらチルノ、あんまり近寄ると溶けるぞ」
「薄く切って……あ、チルノ! 危なっかしいからそんな包丁の持ち方しちゃダメなのだ」
「ちえ」
アタシが逐一注意するとチルノは面白くないらしく、ぷうっと膨れてしかめっ面をしてる。そんな顔されても、友達が怪我するところなんて見たくないのだからしょうがない。
「そしてこの鉄串にズラッと刺してもう一度風通しのいい屋根裏に持ってくのだ」 鉄の串に二十枚ほど薄くスライスした肉を突き刺したものを二人に見せる。残りの肉を三人で手分けして突き刺し屋根裏部屋に綺麗に並べ、ふうと一息ついた。
「これをあと一週間ほど乾燥させれば干し肉の完成なのだ」
「ねえ、もうここに鉄串に刺さってるお肉があるけど?」
ダイの指差す部屋の隅の方に、同じように鉄串に刺された肉が並んでいる。ダイは鋭い観察眼があるみたい。
「これが二週間前に狩った獲物の肉なのだ。触ると……ほら、カチカチなのだ」
「おお! うすいのにカチカチのお肉! これが完成した干し肉なんだ!」
「根気よく二週間かければ常温でも半年持つ保存食になるのだ」
「すごーい! じゃあ今日、私たちがコネコネしたお肉も二週間後にはこんな風になるのね」
ダイは目をキラキラさせて鼻息を荒くしている。そんなに楽しかったのか、手伝ってもらってここまで喜んでもらえるとこちらも嬉しい。
「おもしろい! うわあ、かってえ!」 チルノは早速干し肉に噛み付き味を確かめている。チルノの作ったブニョブニョの肉は、果たしてどんな干し肉になるだろうか。二週間後のチルノの反応が楽しみである。
「今日できる干し肉作りもおわったのだ。さあ、遊びに行こう!」
「わ~いっ!」
干し肉をお弁当箱に詰めて水筒を首からぶら下げ、アタシたちは裸足で外に飛び出した――緑の木漏れ日が射しいる森の中、探検の予感を胸に秘めて――
******
あたいたちが森の中を遊び回っていると、森の中のぽっかり空いた小さな原っぱにたどり着いた。見渡す限りシロツメクサの白い花が広がって、まるで絨毯のように敷き詰められている。空を遮る木々が全くないので日光がさんさんと降り注ぎ、雰囲気がガラリと変わり森の中とは思えなかった。
「わあ、綺麗。こんなにお花がいっぱい咲いてるの初めて見た」
空を飛んでいたダイちゃんが原っぱに降り立ち、物珍しそうにシロツメクサを観察している。あたいもルーミアも地上に降り、素足で草の感触を確かめる。
「ふかふかして気持いいね。どうしてここだけこんなに花が咲いてるの?」
「よくわからないけど魔法の森はあちこちに木が生えてないこういうところがちょこちょこあるのだ」
「ふうん。ちょっと上から見てみよ」 この森をよく知っているルーミアでさえわからないのか。空から見た限りだとまん丸に木が無くなっており、周りの地盤より少しだけ低くなっている。まるで、大きな奴が木々ごと踏み潰して平らになったところに原っぱができたような、そんな印象を受ける。まあ、そんなでっかい奴はだいだらぼっちくらいしかいないだろうけどね。
再び地上に降りると、視界の隅に白い影がぴょんとはねる。
「あ、うさぎ! えいっ……ああ、逃げられちゃった」 白うさぎを捕まえようと追いかけるも、森と原っぱの境界の低い段差で姿が見えなくなる。ルーミアは、ここの巣穴に隠れたのだと小さな穴ぐらを指差した。あたいの追跡から逃げおおせるなんてなかなかのやり手ね、カエルのトノサマとは大違い。
「こういう原っぱには餌の花とか草がいっぱい生えてるから、うさぎとか野ねずみがいっぱいうろちょろしてるのだ」
「可愛いね、ペットにしたいわ」
「ペット! 考えたこともなかったのだ」
ダイちゃんのペット発言にルーミアは目を丸くしている。ルーミアからすればうさぎなんて食べ物にしか見えてないのかもしれない、そう思ってあたいは冗談交じりに聞いてみた。
「ルーミアはうさぎも食べちゃうの?」
「うん。でも一口分くらいしかないからお腹がすぐすいちゃうのだ」
予想通りというかなんというか。その返答に今度はダイちゃんが信じられないといった顔でまじまじと見ている。食料として猪は良くてうさぎはダメなのか、ダイちゃんの中になにかの基準があるらしい。
「じゃあ今度うさぎを捕まえたらペットにしよう!」
「私絶対たくさん可愛がろうっと。ペットは食べちゃダメよ」
そのセリフを言った当の本人であるダイちゃんが腕をかじられたのに、ルーミアに普段食料にされてるうさぎが無事にペットとして過ごせるのだろうか。
「もしペットとして飼うのなら、家の周りの雑草を食べてもらうのだ」
「えっ私が!」
「うさぎが、なのだ」
ルーミアがダイちゃんに向かって言うものだから、ダイちゃんが雑草を食べると勘違いしてしまった。あたいはつい、ダイちゃんがもしゃもしゃと雑草を噛み締めている想像をしてしまう。思わず吹き出した拍子に鼻水が鼻から顔を出した。勘違いした恥ずかしさから耳まで真っ赤にしたダイちゃんを、あたいもルーミアもゲラゲラ笑う。
ひとしきり笑いシロツメクサのカーペットに転がって遊んでいると、小さな岩に額をぶつけて痛めてしまった。じいんとする額をさすっていると岩の陰になにか四角いものがチラリと見える。
「なんだろう」
ひっぱりだしてみると、薄っぺらい紙の束が――なにかの本だった。表紙には人間となんだかよくわからないものが書いてある。
あたいが本を眺めていると、二人が集まってきた。ルーミアとダイちゃんにも手渡し見せてみるが、二人共頭をひねっている。
「むむむ、本なんて読んだことないのだ」
「チルノ、なんて書いてるの?」
「んーとね……漢字が多いなあ」 ふにゃついた変な書き方のせいでとても読みづらい本だった。
「とうとう――まえたぞ。むっくりしたいい――だ。さあさあ―― 」
「漢字読めないし下手くそな字ばっかりで読みづらいよ」 あたいは早々に投げ出した。レティに教えてもらったのは平仮名だけだったので、独力で本を全て読むのは苦手である。あたいが持ってる絵本なら平仮名だけで構成されているし絵が豊富なので読めるのだが……この本は絵がいっぱい描いてあるくせに、文章が全く優しくない。
「漢字の所がわからないと何を書いてるのかさっぱりわからないのだ」
「私も字が読めないからよくわからないわ。だいたいなんでこの絵の人たちは裸なの」
あたいの持ってる絵本と違って、この絵に出てくる人物は全員服がはだけているか着ていない。それだけに、余計に内容が気になった。
「これって人間だよね?」
「すごくのっぺりした顔だけど多分人間」
そう、絵の人物はなぜかすごく目が小さく面長な顔だった。こんな人間見たことないが、なぜか人間とわかる。多分手足が生えているからだろう。
「私人間って見たことないけど、みんな裸なの?」
「いや、私たちみたいな見た目なのだ。でもこの人にくっついてるうねうねした生物はよくわからないのだ」
ページをめくると人間と一緒に変な触手をからみつけてる赤い生物が描かれている。どうやら襲われているようなので怪物退治の物語なのかもしれない。が、いかんせんどのページも同じ調子のふざけた字なのでまったく読めず、この本を理解するには情報が足らない。
「結局何の本なのかはわからずじまいね。絵は面白くて良さそうなんだけどなあ」
「せっかく拾ったんだから、どうせなら全部読みたいよね」
「なかなか賢い事を言うのだ。アタシなんか字を見ただけで目が回るのだ」
ルーミアは頭を抱えてしまい、謎の本をあたいに返す。よっぽど字が嫌いなんだね、そういうとルーミアはこくこくと頭を縦に何度も振った。
「あーあ、こんな時にレティがいたら読んでくれるんだけどな~」
「それだ! チルノ天才ね」
「えっどういうこと」 ダイちゃんが突然大きな声を張り上げ、手をパチンと鳴らす。あたいもルーミアも頭上に疑問符を浮かばせた。
「読める人を探せばいいのよ」
「でもレティは春夏秋眠中だよ」
「レティじゃない大人に読んでもらえれば何の本なのかわかるわ」
「ああそうか、なるほどなのだ」
「この本を大人に見せて読んでもらうの? どこに大人がいるの?」 あたいが言うと、ダイちゃんはハッとした後うなだれた。
「そうか、森の中じゃ動物しかいないか……」
もしかして言っちゃいけないことだったのだろうか。内心焦っていると、うーんと横でルーミアが唸るではないか。お腹が痛いのだろうか?
「魔法の森にも大人は居るのだ」
「そうなの! じゃあこの本のことが聞けるわ」
ダイちゃんはルーミアの言葉に顔を上げ、また興奮しだした。
「でもなあ、ここから近いところにいる魔女は意地悪だし、優しい魔女は森の反対側だからすごく遠いのだ」
「意地悪な奴はやだなあ」 あたいが湖の近くで住んでいた頃の金髪妖精を思い出した。もう会うこともないだろうからどうでもいいが、すき好んで意地悪な奴に会いにいくつもりは毛頭ない。
「あとは……人間の里か」
「えっ! この裸の人たちの里?」
ダイちゃんがすっとんきょうな声を出す。多分この絵のままの変な顔の人間がわらわらいるのを想像しているのだろう。流石にそれはあたいも怖い。ダイちゃんにちゃんとした人間像を伝えると、ああなんだと胸をなでおろしていた。
「この本って人間が描かかれているんだし、きっと人間の読み物だと思うのだ。人間の里なら結構近いぞ。ここからなら獣道を通っていけばすぐに着くのだ」
「人間の里なら読める大人がたくさんいるかもね。この本の持ち主がいたりして」 意地悪な魔女なんかに頼るくらいならいっそ人間に頼んだほうがいい。
「行っちゃう?」
ダイちゃんもルーミアもうん、と二つ返事で賛同した。
「じゃあ、謎の本の正体を探りに人間の里にレッツゴー!」
「お~っ!」
あたいたちは原っぱの端から伸びる獣道を突き進む。キツツキの木を突く規則的な行進曲に後押しされて、あたいたちは背丈ほどもある草をかき分け湿った土を踏みしだいた。
一体どんな所だろうか、どんな出会いがあるのだろうか。初めて訪れる人間の里に期待を膨らませ、胸の鼓動がとくんとくんと高まっていく――
楽しんでもらえたようでよかったですヽ(*´∀`)ノ
三人が拾った本はなんとも怪しげですねぜひ次もご覧くださいね☆