星の綺麗な夜空を、私は神社の縁側からぼんやりと眺めていた。
風がそよそよと肌を薙いでいる。少し生温いけれど、今の私にはちょうど良かった。
背中に温かい重みを感じながら、ほぅ、と溜め息を吐く。それと一緒に霊夢も、同じように少し、息を吐くのが分かった。
「好きよ、魔理沙」
霊夢が小さく、そう囁いた。その言葉は私には、心からの言葉に思えた。
背中の霊夢がゆらゆらと揺れる。ゆっくりと、ゆらゆらと。
私と一緒に。
「好きよ、魔理沙」
「うん」
両肩から回されてた霊夢の手のひらに、そっと触れる。手を合わせるように握る。
あたたかくて、やわらかい。ひとの熱が、気持ちいい。
「好きよ、魔理沙」
もう一度背中で霊夢が、私と一緒に揺れた。霊夢と一緒になっているという気分が、本当に、たまらなく、心地良かった。
後ろの障子の向こうで、楽しげな笑い声がしている。
夕方から始まった宴会はまだ続いていた。薄い障子一つ隔てて、鬼や河童や魔女たちが、お酒やお話に興じている。きっと夜中まで、この雰囲気は続くのだろう。
私はそこから少し抜け出して、この縁側で夜風に当たっているところだった。少々はしゃぎ過ぎて、柄にもなく酔ってしまったのだ。夜空を眺めてぼんやりとしていると、しばらくして霊夢もここにやって来ていた。
「飲み過ぎた?」
霊夢は両手に水の入ったコップを持っていた。その片方を私に手渡すと、もう片方を自分で、目の前で飲み干してしまった。そうしたあと霊夢は、隣に座るのではなく、私に抱きつくように背中から寄りかかってきていた。
「私もね、そうなの」
耳元で囁くようにそう言ったあと、霊夢は小さく「ごめんね」と言った。少し驚きはしたけれど、酔った霊夢に抱きつかれたくらい、別に気にすることでもなかった。私が素直に「いいよ」と返すと、ふふっと霊夢は可笑しそうに笑った。珍しくちょっと赤くなってたな、と私は思い返す。手に持ったコップの水を飲む機会は、ついに無くなってしまっていた。
「好きよ、魔理沙」
「うん」
後ろで騒ぐ声が、まるで別の世界の出来事のように思えた。
障子一つ隔てて、私たちは幻想郷とは違う世界にいる。私と霊夢の、二人だけの世界だ。
霊夢が少し強く、私を抱きしめた。霊夢の火照った頬が、私の耳元に触れた。いつもより、ほんのりと熱い。ほとんど密着する形になった背中からは、霊夢の熱が一層強く感じ取れた。背中越しに聞こえる霊夢の鼓動は、私より少し早かった。
霊夢は何を想ってこんな風に言っているのだろうか。私のことをどれくらい想って、こんな風に言っているのだろうか。そんなことを、ふと思った。そして思ったそばからそんな考えは、お酒でとろとろになった頭の中で溶けるように消えてしまった。結局、難しいことを考えるのは、酔った頭じゃ無理なのだ。どう頑張ったって、霊夢って温かいなぁ、って感覚しか残らないのが関の山なのだ。だから今は、難しいことは考えない。言いたいことだけ、素直になった気持ちだけを口にして、その想いを伝える。それが今の霊夢と、そして私。きっとそういう事なのだろう。
「霊夢、酔ってる?」
「酔ってるわ」
「うん」
「魔理沙は?」
「私も、大分飲んだから」
「うん」
「気持ちいいぜ」
「そうね」
「霊夢は……」
「うん?」
「私のこと」
「分かるでしょ」
「まぁ、いつもの事だから」
「うん」
「……」
「でも本当はね……ちょっと恥ずかしい、かも」
「そっか」
「魔理沙は?」
「ン……。私も、かな?」
「ふふっ」
二人して笑ってしまった。
心を落ち着かせるように、一つ深呼吸をする。深く吸って、深く吐く。ゆっくりと。
そして口を開く。
「私も、霊夢と同じ気持ちだぜ」
「そう。よかった……嬉しい」
霊夢の声が、少しやわらかくなっていた。やっぱり緊張していたんじゃないか……そう思って静かに苦笑して、けど私も他人の事は言えないなと思い返す。
酔っていても、やっぱり『好き』って言葉を口に出すのは恥ずかしかった。言い慣れた言葉だと思っていたのだけど。そう思うととても意外だった。なんだか初心に帰ったみたいだ、と私は思った。
「一緒にいてほしいわ」
「どうしようか?」
「出来れば毎日、来てほしい」
「うん」
「縁側でお茶を飲んで」
「うん」
「一緒にご飯を食べて」
「うん」
「たまに弾幕ごっこをして」
「負けないぜ」
「それで疲れきったらお風呂入って、泊まっていくの」
「いいね」
「でしょう?」
「でもそれ、いつもと同じだよね?」
「うふふふ」
霊夢が本当に可笑しそうに笑うので、つられて私も笑っていた。そうして笑いながら、私はようやく、霊夢が本当に意図したことが分かったような気がしていた。
きっと霊夢はなんでもないことを、だけどとても大切なことを、私に伝えたかっただけなのだ。ただそのことを伝えるのは、私に『好き』と言うこと以上に、きっと勇気のいることだったに違いないのだ。霊夢と触れ合って、そんな気がしていた。
「そろそろ戻ろっか」
そう言って立ち上がろうとした霊夢を引き留めて、隣に座らせた。きょとんとした表情を浮かべる霊夢をしっかりと見つめながら私は、今度は淀みなく素直な想いを伝えていた。
「私も、霊夢のことが好きだぜ」
はっと一瞬驚いたような表情を浮かべた霊夢は、しばし目を伏せて黙っていた。私は口を閉じて、霊夢の言葉をじっと待った。遠くで妖怪たちが騒ぐ声と、草むらの虫の鳴き声だけが聞こえている。
しばらくして顔を上げた霊夢は、ちょっと泣きそうで、でも和らいだ笑みを浮かべていた。
「ありがとう、魔理沙」
いつも一緒にいてくれて、ありがとう。
私は肩を竦めて、小さく笑ってみせた。
……ちょっと照れくさくなったのは、霊夢には内緒だ。
風がそよそよと肌を薙いでいる。少し生温いけれど、今の私にはちょうど良かった。
背中に温かい重みを感じながら、ほぅ、と溜め息を吐く。それと一緒に霊夢も、同じように少し、息を吐くのが分かった。
「好きよ、魔理沙」
霊夢が小さく、そう囁いた。その言葉は私には、心からの言葉に思えた。
背中の霊夢がゆらゆらと揺れる。ゆっくりと、ゆらゆらと。
私と一緒に。
「好きよ、魔理沙」
「うん」
両肩から回されてた霊夢の手のひらに、そっと触れる。手を合わせるように握る。
あたたかくて、やわらかい。ひとの熱が、気持ちいい。
「好きよ、魔理沙」
もう一度背中で霊夢が、私と一緒に揺れた。霊夢と一緒になっているという気分が、本当に、たまらなく、心地良かった。
後ろの障子の向こうで、楽しげな笑い声がしている。
夕方から始まった宴会はまだ続いていた。薄い障子一つ隔てて、鬼や河童や魔女たちが、お酒やお話に興じている。きっと夜中まで、この雰囲気は続くのだろう。
私はそこから少し抜け出して、この縁側で夜風に当たっているところだった。少々はしゃぎ過ぎて、柄にもなく酔ってしまったのだ。夜空を眺めてぼんやりとしていると、しばらくして霊夢もここにやって来ていた。
「飲み過ぎた?」
霊夢は両手に水の入ったコップを持っていた。その片方を私に手渡すと、もう片方を自分で、目の前で飲み干してしまった。そうしたあと霊夢は、隣に座るのではなく、私に抱きつくように背中から寄りかかってきていた。
「私もね、そうなの」
耳元で囁くようにそう言ったあと、霊夢は小さく「ごめんね」と言った。少し驚きはしたけれど、酔った霊夢に抱きつかれたくらい、別に気にすることでもなかった。私が素直に「いいよ」と返すと、ふふっと霊夢は可笑しそうに笑った。珍しくちょっと赤くなってたな、と私は思い返す。手に持ったコップの水を飲む機会は、ついに無くなってしまっていた。
「好きよ、魔理沙」
「うん」
後ろで騒ぐ声が、まるで別の世界の出来事のように思えた。
障子一つ隔てて、私たちは幻想郷とは違う世界にいる。私と霊夢の、二人だけの世界だ。
霊夢が少し強く、私を抱きしめた。霊夢の火照った頬が、私の耳元に触れた。いつもより、ほんのりと熱い。ほとんど密着する形になった背中からは、霊夢の熱が一層強く感じ取れた。背中越しに聞こえる霊夢の鼓動は、私より少し早かった。
霊夢は何を想ってこんな風に言っているのだろうか。私のことをどれくらい想って、こんな風に言っているのだろうか。そんなことを、ふと思った。そして思ったそばからそんな考えは、お酒でとろとろになった頭の中で溶けるように消えてしまった。結局、難しいことを考えるのは、酔った頭じゃ無理なのだ。どう頑張ったって、霊夢って温かいなぁ、って感覚しか残らないのが関の山なのだ。だから今は、難しいことは考えない。言いたいことだけ、素直になった気持ちだけを口にして、その想いを伝える。それが今の霊夢と、そして私。きっとそういう事なのだろう。
「霊夢、酔ってる?」
「酔ってるわ」
「うん」
「魔理沙は?」
「私も、大分飲んだから」
「うん」
「気持ちいいぜ」
「そうね」
「霊夢は……」
「うん?」
「私のこと」
「分かるでしょ」
「まぁ、いつもの事だから」
「うん」
「……」
「でも本当はね……ちょっと恥ずかしい、かも」
「そっか」
「魔理沙は?」
「ン……。私も、かな?」
「ふふっ」
二人して笑ってしまった。
心を落ち着かせるように、一つ深呼吸をする。深く吸って、深く吐く。ゆっくりと。
そして口を開く。
「私も、霊夢と同じ気持ちだぜ」
「そう。よかった……嬉しい」
霊夢の声が、少しやわらかくなっていた。やっぱり緊張していたんじゃないか……そう思って静かに苦笑して、けど私も他人の事は言えないなと思い返す。
酔っていても、やっぱり『好き』って言葉を口に出すのは恥ずかしかった。言い慣れた言葉だと思っていたのだけど。そう思うととても意外だった。なんだか初心に帰ったみたいだ、と私は思った。
「一緒にいてほしいわ」
「どうしようか?」
「出来れば毎日、来てほしい」
「うん」
「縁側でお茶を飲んで」
「うん」
「一緒にご飯を食べて」
「うん」
「たまに弾幕ごっこをして」
「負けないぜ」
「それで疲れきったらお風呂入って、泊まっていくの」
「いいね」
「でしょう?」
「でもそれ、いつもと同じだよね?」
「うふふふ」
霊夢が本当に可笑しそうに笑うので、つられて私も笑っていた。そうして笑いながら、私はようやく、霊夢が本当に意図したことが分かったような気がしていた。
きっと霊夢はなんでもないことを、だけどとても大切なことを、私に伝えたかっただけなのだ。ただそのことを伝えるのは、私に『好き』と言うこと以上に、きっと勇気のいることだったに違いないのだ。霊夢と触れ合って、そんな気がしていた。
「そろそろ戻ろっか」
そう言って立ち上がろうとした霊夢を引き留めて、隣に座らせた。きょとんとした表情を浮かべる霊夢をしっかりと見つめながら私は、今度は淀みなく素直な想いを伝えていた。
「私も、霊夢のことが好きだぜ」
はっと一瞬驚いたような表情を浮かべた霊夢は、しばし目を伏せて黙っていた。私は口を閉じて、霊夢の言葉をじっと待った。遠くで妖怪たちが騒ぐ声と、草むらの虫の鳴き声だけが聞こえている。
しばらくして顔を上げた霊夢は、ちょっと泣きそうで、でも和らいだ笑みを浮かべていた。
「ありがとう、魔理沙」
いつも一緒にいてくれて、ありがとう。
私は肩を竦めて、小さく笑ってみせた。
……ちょっと照れくさくなったのは、霊夢には内緒だ。
もう結婚しろよ。
自然の営みのように流れていく二人の時間が感じられて素敵でした。
とてもよいお話でした。ご馳走様です。
もどかしい感じが大好きです
人物の気持ちが素直に描かれていてとても良かったです!