Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

妖精の足跡 ③魔法の森のルーミア邸

2016/08/24 01:33:11
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――夜風が気持ちいい――

 丸太を規則的に積み重ねて作られたルーミアのおうちは、氷のかまくらでもないのに蒸し暑くない。窓がいくつもあり風を効果的に入れているからだろう。ベッドに寝かされた私は、涼しい空気と木の香りに包まれて気持ちが安らぎ落ち着いた。
 ルーミアが部屋の奥にある木製の小さな棚から茶色の瓶を持ってくる。
「ほい、これを飲んで少し安静にしとくのだ」
 瓶からポロリと出した黒い丸薬を口に含むととてつもない苦さが口の中に広がった。良薬にがしなのだ、そう言ってルーミアはコップを差し出す。水で一気に流し込んだが、残念ながらまだ口の中に苦さが残っている。
「うえっ……ありがとう。あれ? チルノは?」 小さくえずいてしまったがルーミアに聞かれなかっただろうか。私は誤魔化すようにチルノの所在を訪ねた。
「チルノは……やっと着いたようなのだ。おうい、チルノ!」
「少しは休ませてよ~」
 チルノは呼びかけるルーミアの声に、絞り出すような疲れきった声でぶうぶうと返事をした。
 玄関のほうを向くと、少し離れたところに青い髪がちょこっと見える。チルノは這うように猪をかつぎ込むと、ばったりとそのまま玄関に倒れこんでしまった。遠くから見ても満身創痍だとすぐわかる。
 ルーミアは疲れきったチルノをよそに仕留めた猪を奥の部屋へ運び込む。
「休むなら家の中で休むのだ。ん? うわっボロボロなのだ」
 猪を包んでいた風呂敷はチルノがズルズルと引きずったせいでズタボロになっていた。変わり果てた姿の風呂敷を手に取り、ルーミアはとても不満げにチルノを睨みつけている。が、チルノはルーミアの冷ややかな目線を気にするでもなく、冷たい玄関の敷石に顔を押し付けていた。
 ルーミアはゴリゴリと凍ったままの猪を引きずりながら奥の部屋へ押し込むと、玄関でへばっているチルノをずるずると引きずってきた。凍った猪と同じような運び方をされてうめき声をあげるチルノは、私の寝ているリビングへ連れてこられる。
 カーペットにごろんと転がされたチルノは、乱暴に扱うルーミアにプンプン怒りながら仰向けになる。この時初めて、チルノはルーミアの家の大きさに気づいたようだ。部屋をぐるりと見渡し目を見開く様は、先ほどの私と同じく羨望の色彩が浮かんでいた。
 チルノも私も、ルーミアがこんな大きな家に住んでるとは思いもしなかったのだ。
「うわぁ広い! ルーミアってこんなところに住んでるの!」
「ふっふっふ。ようこそ我が自慢のルーミア邸に、なのだ」
 チルノは口を開けたまま隅から隅まで目線を動かし、私たちの家との違いをしかと目に収めている。巨大で力強い柱や香り高く規則的に積まれた丸太は絶大な安心感がある。家の構造自体もさる事ながら、随所に設置された家具も非常に良い。氷製の戸棚と違い、木製で温かみのあるタンスはスムーズに開閉するし、今寝ているベッドも非常に柔らかく暖かい。どれをとっても規模や品質が私たちとは大きく異なっている。

 ぐるりと見回したチルノはベッドに横たわる私と目が会うと、はっと気づいて駆け寄ってきた。お腹の具合はどうか、痛いところはないかと矢継ぎ早に質問を投げかける。
「休んだら大分落ち着いてきたみたい」
「ふう、よかった。これで一安心だね」
 チルノはそう言って床にペタンと座る。よく見ると、チルノの足は泥だらけで服にも声だが引っかかっている。延々と森の中を、ましてや凍った猪なんて重たいものを担いできたのだ。チルノも休ませてもらったほうがいい。隣のソファで休むよう促すとチルノは渾身の力を込めて立ち上がり、泥だらけのままソファに全身を投げ出した。柔らかい革製のソファはギュギュギュッと音を立てて、沈むチルノを優しく包む。
 私たちが安堵と疲労でぐったりとしていると、ルーミアが光沢のある黒い革製の長いエプロンをつけて部屋に入ってきた。まともに言葉も発せられないくらい疲れきった私たちと対照的に、上機嫌で軽い足取りのルーミアはチルノと私にニカッと笑顔を見せる。
「アタシは猪をさばいてくるから二人ともゆっくり休むのだ」
 そういってルーミアはスキップをしながら奥の部屋へ消えていく。
 闇に消えた彼女の鼻歌が、リビングに微かに届いている。

「お休みダイちゃん」
 チルノは今にも落ちそうなまぶたの奥にしょぼしょぼになった青い目で一言言うやいなや、次の瞬間には完全に目を閉じ沈黙した。すうすうと寝息をたてるチルノの寝顔を見て和んでいると、私にも睡魔が足を忍ばせやって来た。
 私は完全に寝入る前に、そばに置いてあったタオルをチルノにかける。清潔な香りのする柔らかい枕に顔をうずめ、私も目を閉じつぶやいた。
「おやすみ、チルノ」 身体の力が一気に抜け、泥の中へ沈むように意識が下へと埋もれていった。
 まどろみの中でルーミアの鼻歌が聞こえてくる。楽しげな旋律の中に、時折何かをへし折るような鈍い音が混じっていた。



 ●●●●●●



「起きるのだチルノ。もう晩御飯を食べる時間なのだ」 アタシは何度声をかけても無視して寝ているチルノをたたき起こす。ダイが被せたのであろうタオルをひっぺがすと、泥まみれの革のソファに薄く氷が張っていた。なんだこれ、もしかしてチルノのよだれか?
「おいでよチルノ、さっきの猪が焼肉になったよ」
「むにゃ……わあ美味しそう! いただきまーす」
 アタシがいくら起こしても起き上がらなかったのに、ダイが言葉を投げかけただけですぐに飛び起きた。少し呆れたが無理もない。日中さんざん森をさまよい歩いたうえで、重たい猪を担がせたのだ。アタシに反抗的な態度をもっても仕方ない。
 チルノとダイは、焼いた猪の肉をそのまま食べようとするのでアタシはすかさず止めた。焼いてあるとはいえ、そのまま食べるのも味気ない。せっかく美味しい猪肉だ、より旨さが引き立つよう秘伝の味噌が入った小鉢を二人に渡す。
「このお味噌をつけて食べるとうまいのだ」
 ダイは味噌をつけた猪肉を美味しい美味しいとパクパク口の中に運んでいく。お口にあったようで良かった。自慢の料理を美味しそうに食べてくれるとより美味しく思えてくるから不思議だ。
 ふとチルノの方を見ると、ダイとは対照的にじいっと肉を見て口に運ぼうとしていない。アタシはどうしたのかと話しかけようとしたとき、チルノはおもむろに肉を口に放り込み――
「あちちっ!」
 どうやらチルノは猫舌らしく、焼き肉程度でもとても熱く感じるようだ。一度口に入れた肉を手のひらに置き、ふうふうと息で冷やしている。 
「私、猪肉なんて初めて食べたけど美味しいね」
「猪は《山鯨》とも呼ばれるくらい栄養豊富で疲れた体にいいのだ」
 アタシは、人里の狩人がいつだったか言っていた言葉を思い出してそのまま言った。ほう、とダイとチルノが感心し、アタシは少し得意げな気分になる。優越感にひたるのも悪くないもんだ。
「ところで山鯨ってなに?」
「……わかんないのだ」 急に聞かれても困る、また聞きなのだから何の事なのかわかるわけがない。アタシの不本意な返答に、チルノはけらけらと笑いダイがくすくす笑う。ふうむ、知識があるふりをするのも難しい。しかし無知だと思われるのも癪なので、ここは一つアタシの得意なことを宣言しておくべきか。
「――山鯨が何かはわからないけど、お肉の美味しい食べ方は研究したから任せろなのだ」 ドン、と胸を叩き自信たっぷりに言い渡した。が、もはや二人は別のことに関心が移っているようでこちらをまったくみていない。大した反応が得られなかったアタシは物足りなくてフラストレーションが溜まる。これだから妖精ってやつは。

「チルノは熱い料理でも大丈夫なの?」
「冷ましたら大丈夫だよ。ほら、ね」
 ふうっと冷たい息を吹きかけると、肉は柔らかさを失い表面に霜がついていく。冷たく硬くなった肉は、チルノの口の中でしゃくっしゃくっと信じられない音を立てて咀嚼されていった。はたして焼いた意味があったのだろうか。疑問に包まれつつ、アタシはチルノの能力に興味を持つ。
「さっき猪を捕まえる時も氷出してたけれど、チルノはものを凍らせられるのか?」 これだけ見せられたら答えなどわかりきっていたけれど、妖精にしては珍しい能力を持っているので詳しく聞きたくなった。
「あたいは氷精だからね。元気だったら凍らせるだけじゃなく自由自在に冷気を操れるよ。さっきは疲れてたから、足元だけのつもりが猪の全身を凍らせちゃったの」
「すごいでしょ、ルーミア」
 何故か自分のことのように隣の席でダイが威張っている。だが自慢したくなるのも頷ける。たしかに羨ましい能力だ。この能力があればアタシの悩みも……解決するかもしれない。
 アタシは皿に残った猪肉を口に頬ばり、考え事を整理しながらごくっと飲み込む。
――やっぱり、そうしてもらおう――
 味噌と肉汁にまみれた皿を片付けながら、アタシは二人に言った。
「食べ終わったらちょっと地下室に来てくれないか」

 火のついたロウソク入りのランタン片手に暗い階段を下りていく。二人も後からてちてちと裸足で下りてきた。ぶ厚い樫の扉をぎいと開け、暗い地下室にぞろぞろと入る。壁のロウソクに火を移し、明かりを部屋全体に行き渡らせた。
 ダイとチルノは棚と肉しかない部屋に疑問を持つも、ここが食料庫だということを説明すると理解したようだ。
「お肉まだまだあるね。食べきれるの?」
 ダイの指差す猪肉は明日食べようと塩漬けした猪のブロック肉だ。巨大な肉なので棚から少しはみ出している。パーツごとに小分けした小さな肉も、他の棚に並べている。
「普通サイズなら腐る前に食べられるけど、こいつは大きいからとても食べきれないのだ。しかも今の季節は暑いから、せいぜい二日くらいしか鮮度がもたないのだ……」 アタシを悩ませる問題とは、食料の《賞味期限》のことだった。肉はアタシの大好物で主食でもある。だが残念ながらとても腐りやすく長期保存に向いていない。狩りをした直後に上手に血抜きをしてもあっという間に腐っていく。
「こっちのカチカチのお肉は?」
「そっちは干し肉なのだ。乾燥させたら長持ちするけれど、見た目通りカッチカチなので美味しくないのだ」 大きな動物が冬眠して狩りができないシーズンは、保存しておいた干し肉を食べるしかない。とはいえ干し肉をかじるだけでは味が単調ですぐに飽きてしまう。調味料を駆使して干し肉の様々な食べ方を模索したが、アタシ好みの新鮮な肉の柔らかさと旨さには到底敵わなかった。
 どうあがいても干された肉はジューシーな肉に戻らないのである。
 しかも今は初夏だ。最も狩りに向いたシーズンなのに、賞味期限のせいで干し肉ばかり食べるなんて勿体無い。
「アタシは肉の新鮮さを保つ方法をずうっと考えていたのだ。でもこの季節に長期保存する方法は結局、干す以外に見つからなかったのだ」 アタシは干し肉をガリガリ噛むチルノのもとに行き、チルノの冷たい手を握り締めた。
「でも今日、ついにチルノという逸材に出会ったのだ。チルノに凍らせてもらえれば、新鮮な肉がいつだって食べられるのだ!」 半ば興奮気味のアタシと突然手を握られたチルノとは温度差があったが、とにかくアタシはチルノの能力に期待した。
 チルノはアタシの期待に満ちた眼差しに気づいたのか、自信たっぷりにつり上げた口角でフフンと得意げに笑う。
「なあんだ凍らせればいいんだね。お安い御用だよ、とう!」
 キラキラと空気が輝いたかと思うと、そばの台に置かれたブロック肉が一瞬のうちに氷に包まれる。室温も一気に冷えたようで、アタシとダイの口から白い息が吹き出した。
「おお~素晴らしいのだ!」 アタシは感嘆の声を上げ、チルノを賞賛した。ダイもすごいすごいとチルノに駆け寄る。さらに次々と猪肉を凍らせていき、ついに棚にあった全ての肉を氷漬けにしてしまった。
 なぜ干し肉まで凍らせたのかは……この際不問に付すとしよう。

「ふう。さっきお腹いっぱい食べたし、いっぱい凍らせて疲れたからまた眠くなってきちゃった」
 チルノはひとしきり凍らせると霜のついた壁に寄りかかり、とろんとした顔でもしょもしょとつぶやく。
「今日は泊めてくれるんでしょ? ルーミア」
「もちろん!」 ダイの言葉にアタシは上機嫌で答える。チルノの偉業のおかげで気持ちが浮き立ち、軽やかな足取りで階段を上り二人をリビングへ案内する。

 寝る準備をしようとするも、さっきまでチルノが寝ていたソファが泥と氷でぐちゃぐちゃになっていたので諦める。ダイはベッドに、チルノは汚いソファに、アタシは綺麗なソファで寝ることにした。
 夕食の時から気づいていたが、チルノのそばにいるとヒンヤリとした冷気が漂ってくる。じんわり暑いこの季節には非常に助かるの。だけどダイはお腹を壊しているので、冷えで悪化する可能性がある。今夜はダイとチルノを隣同士にして寝るのはまずいと思い、チルノのソファとダイのベッドの間にアタシのソファをねじ込んだ。
「じゃあおやすみ~」
 チルノは掛け布団もタオルもかけずにソファにぽてっと転がると、たちまちいびきをかいて眠りに落ちた。また革のソファにヨダレの氷膜を作られても困るので、チルノの頭をぐいっと上げて枕がわりにタオルを敷く。
 結構乱暴に頭を動かしたが、チルノはムニャムニャ言うだけで既に夢の世界へ旅立っていた。
――チルノの頭を触った手は、冷たさのせいで感覚がわずかに鈍っている。



 ††††††



 私は薄手のタオルケットにくるまりベッドに横たわる。ルーミアがランタンや壁掛けの燭台に灯った灯りを消してくれた。窓から差し込む優しい月光だけが静かな青で部屋を照らしている。
 ルーミアはテーブルや椅子をひょいひょいかわして隣のソファに寝――いや、寝転がるかと思ったらベッドのふちに顎を乗せ、キョロっとした目で私をじいっと見る。
「? どうしたのルーミア、寝ないの?」 ルーミアは何かを考えていたかと思うと、ギザッ歯を光らせながら小声で話しかけてきた。
「チルノって結構ちめたいのによく一緒に暮らせるなあ。ダイは寒さに耐性でもあるのか」
「ううん……寒いわ。だから、どうすれば一緒に暮らせるかまだわからないの」
「どういうことなのだ?」
 頭の上に疑問符がたくさん浮かんでいるルーミアに私はこんこんと説明した。
「実は私生まれたてで、チルノと知り合って暮らし始めたのもほんの数日前のことなの。でもたった数日でしもやけになっちゃって……それにチルノの家は氷のかまくらでできているから一緒に暮らすためには暖かい服が必要なんじゃないかって思ってね。それを探しに森の中に来たのよ」 ルーミアは私の説明に浅く頷き理解したかと思うと、また頭をひねり始めた。もしかしたら言葉足らずで伝わっていないのだろうか。
「なぜそこで森の中なのだ。服なんて森の中じゃ落ちてないのだ」
「暖かい服を作るために素材を探してるの。普通の妖精じゃ私とサイズが合わないし、チルノは薄着だから」
「ああ、そーなのかー」
 今度は完全に伝わったようだ。ルーミアは深く頷いた。
「今のところまだ見つかってないけれど、また迷うのが目に見えてるから一度家に帰らないと」
 私もチルノも本当に体力を使い切っている。広大で深い森の中を探索するには、私たちの力ではちっぽけすぎた。羽はとうの昔に疲労で動かなくなっているし、足も棒のようになるくらいだるさに浸っている。あのままルーミアに出会えなかったら、果たしてどうなっていただろう。
「……ダイも疲れているようだしもう寝ようか。布団をしっかりお腹にかけとけば腹痛になることはないのだ」
 もう一枚タオルケットを私にかぶせて、ルーミアはソファにごろんと寝転がる。腕を枕がわりに頭の後ろに回し、まだ何かを考えているようだった。私は少しだけ気になったが、猛烈な睡魔がまぶたを強引におろしに来る。
「おやすみ……」 
「おやすみなのだ」
 しいん、と静寂が訪れたかと思うと窓の外からジィジィとキリギリスの鳴き声が風に乗って微かに聞こえる。風はチルノの体温に冷やされて、ほどよく涼しいベールとなって私をやさしく覆った。
 
 気づくとまぶたに光が飛び込み、朝の到来を賑やかに伝える。私はまだ眠いので頑としてまぶたを開けなかった。しかしチルノはもう完全に目が覚めたようで、まもなくベッドを揺らして私を起こそうとしてきた。
「おはようダイちゃん。あれっ? ねえ、ダイちゃん起きて起きて」
 最初はゆっくりと揺らしていたのだが、いきなりグイグイと身体を乱暴に揺らしはじめた。私の頭は右往左往して首がだんだん痛くなってくる。こうなったらもう寝たふりを継続できる訳もなく、私はしぶしぶ重いまぶたをゆっくりあげた。
「もう、なあにチルノ……あと少しくらい寝かせてくれても……ん? なあにこれ。あっ!」
「これって手袋じゃない?」
 チルノが指差す枕元に革製の手袋がぽん、と置かれていた。手首のところにはファーがつき、見るからに暖かそうな黄色いミトン型の手袋だ。
「前に獲った猪の毛皮が残っていたので、夜なべして手袋を作ったのだ。ダイの手はアタシと同じくらいだから作りやすかったのだ」
 私とチルノのもとにルーミアがとてとてと歩いてきた。照れくさいからか、赤い目を細めて視線をずらしている。
 私は突然のプレゼントに、驚きのあまり感謝する言葉を忘れていた。まだ信じられないのでプレゼントを現実のものと確かめるために手袋を手に取り触る。表面はしっとりとしつつがっしりした革で、柔らかく頑丈。しかも手を入れるともさもさした猪の毛が私の手を豪快に包んだ。

 ああ、暖かい。

 刹那、私は気づく。この手袋なら――
「これなら……チルノにさわれる! 触っても冷たくない!」 わたしは手袋をつけたままチルノのほっぺを撫でまわす。手袋のおかげで全く冷気が伝わらず、当然しもやけになりようもない。これで気兼ねなく、そしてチルノに気を遣わせることなく触れることが出来るようになった。
「わあい、やった! やったねダイちゃん!」
 私とチルノは喜び手を取り合い、ベッドの上で飛び跳ねまわる。チルノも私と同じく喜んでくれて、手をしっかりと握り二人でくるくるとダンスのステップを踏んだ。間近でキラキラ光ってはねるチルノの髪で私の心は明るくに照らされ、ウキウキした気持ちが無限大に昇っていく。舞い上がる嬉しさのメロディーの中、ニコニコと笑顔を浮かべるルーミアの姿が眼に飛び込んだ。
 夜中眠いのも我慢して私のために手袋を作ってくれたルーミアに、私はこれ以上ないくらい気持ちを込めて感謝の言葉を贈る。
「ありがとうルーミア!」
「あたいからも、ありがとう!」
「どういたしまして、なのだ」
 喜びのダンスが終わりしっかりと絡めた指を離す。チルノはちぎれんばかりの笑顔を私に送ったあと、ぱっと振り向きルーミアに向けて手を出した。
「で、あたいの手袋は?」
「チルノにはいらないだろ。手袋なんてつけたら暑くて溶けちゃうんじゃないのか」
「なんだー……」
 チルノは期待した分、自分には手袋が無いとわかり落胆する。
 けれどルーミアは笑顔のまま、チルノにも素敵なプレゼントがある、と一言つけ足した。チルノはうなだれた頭をバッと起こして目を見開き、ルーミアの口から発せられるプレゼント名に固唾を呑む。

「チルノには……部屋をあげるのだ!」
「え?」 チルノも私も、あまりに予想外すぎるプレゼント名だったのでつい聞き直してしまった。

「じつは、この家は廃屋だったのをちまちま改装してここまで住めるようにしたのだ。でも部屋が多いから一人には広すぎるのだ」
「ここって廃屋だったの!」
「確かに広いよね」 よくよく見てみれば壁を構成している丸太はところどころ毛羽立っているし、済の方には虫食いの穴があいている。とはいえ、すみずみまでキレイに掃除されているので大して気にならず、元が廃屋だとはとても信じられなかった。
 思うに、ルーミアはとても綺麗好きなのだろう。
「一人で住んでるより、仲良し三人で暮らしたほうが賑やかで絶対楽しいはずなのだ。それに食料を冷凍してくれたら食べ物を腐らせずに無駄なく食べられるので食べ物にも困らないのだ」
 ルーミアはパチンとウインクしながらチルノに目配せする。
「そうか……こんなにいっぱい部屋があるんだから、寝る時にダイちゃんを凍えさせることもないか――ダイちゃん、どうする?」
 チルノは踵を返して私の手を取り、ルーミア邸に一緒に住むかを聞いてきた。

 私には断る理由などこれっぽっちもなかった。たくさんの部屋、温かい食事、清潔なベッド、どれをとっても生まれて初めて見る素敵な空間なのだから。
 でも、チルノの氷のかまくらが不快だとは思わない。チルノと一緒だったら贅沢など必要ない。少し寒いくらい、ちょっと工夫すれば普通に住めるのだ。チルノと一緒に暮らすと決めたのだから、チルノの意見を尊重する。
「チルノがいいなら。私はチルノについていくわ」 私は素直な気持ちをチルノに言うと、チルノも大きく頷いた。
「じゃあ、引っ越そか! へへ、これからよろしくね、ルーミア!」
「こちらこそよろしくなのだ」
 私もチルノもルーミアも、これから始まる新しい生活を各々想像して頬がちぎれんばかりに笑顔になった。

「今日はとりあえずチルノの家に向かうのだ。引越しするんだから荷物を持ってこないとな」
「そうだね。でも家具は全部氷で出来てるから重たい思いをして運ばなくてもいいんだ。運ぶものといったらあたいの服とか絵本くらいだからすぐに引っ越せるよ」
「私も荷物らしい荷物はないから、一回往復するだけで引越しが終わりそうね」
 チルノの家具は全てチルノの能力で作り出した氷で出来ている。移動したかったらその場所に作り出せば良いし、いらなくなったら放置しておけば勝手に溶ける。そして私は、当然ながら生まれて間もないので荷物などない。二人分の引っ越しだから大変かと思ったが、よくよく考えてみればそれほど大変でもなかった。

「ところで二人はどこに住んでるのだ?」
「大きな湖の近くよ。湖までいけたら家の場所はわかるわ」
「よ~し、朝食の《猪のもも肉ワイルド焼き》を食べたら霧の湖にレッツゴーなのだ!」
「レッツゴー!」

 私たちはベッドの上で手を取り合い、新生活への第一歩を進み始める。
 昇り始めた太陽が、まるで私たちを祝福するかのように燦々と窓ガラスを輝かせていた。



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