Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

妖精の足跡 ①あたいはチルノ、氷精さ

2016/07/30 04:36:10
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 ミシ、パキ、パキキッ。

「おうい、どこにいる~?」 まだ湿り気のある土を踏みしめながら、あたいは霧の湖の近くを歩いていた。歩くたびに地面に霜柱が出来てはパキパキと音を立てて崩れる。湿気の多い土地ではいつもこうなるので、振り向けば足跡がくっきり残っていた。てちてちと歩いていると周りの霧がより一層濃くなってきた。
 立ち止まり、息を大きく吸い込んで腕を広げて伸びをする。ああ、涼しくて気持ちいい。日差しが強い今日みたいな暑い日は、霧と木々に囲まれたここで過ごすのが一番だ。ある暑い日に日光浴をしていたら、あたい自慢の氷の羽がすごくちっちゃくなっちゃったことがある。あの時は周りに誰もいないことを確認してから大泣きしたっけ。その時から日光浴はやめようと心に誓い、真夏の暑い時期は太陽の下で遊ぶのを極力避けた。
 さすが霧の湖だ。太陽の下と違い、湿気があるからひんやりしていてあたいの能力で氷が作りやすい、遊ぶのにうってつけの場所。しかし、さっきから探しているのに見つからない。

「いつもならこの辺りにアイツがいるはずなんだけどな」 キョロキョロと見渡すと、視界の端で何かがぴょんと飛び跳ねた。探していたアイツを見つけた! あたいの遊び相手、カエルの《トノサマ》だ!
「とう!」 あたいはトノサマに狙いを定めて空気中の湿気を一気に凝縮した。みるみるうちに湿気は水滴になり、水滴はトノサマを包み、そして凝固する。ジャンプしたトノサマは、自分の足で着地することなくコロンと地面に転がった。
「へへん、どんなもんだい!」 芸術的に氷で包まれたトノサマは、恨めしそうに氷の中からこちらを見ている。もちろんトノサマをこれ以上どうこうしようなんてつもりはない。いつもしているように木漏れ日の差している岩の上に置いて、じわじわ溶けるまでじいっと眺める。

 頭上でチチチ、と鳥が囁いた。湿気の多いこの森には動物がたくさん住んでいる。虫も鳥も獣も……妖精も。
 でもみんなあたいには近づかない。

 しばらく凍ったトノサマを三角座りで眺めていたら、汗がポタっと膝に落ちる。暑さに気がついて空を見上げると、いつのまにか木漏れ日があたいに降り注いでいる。陽の光で熱せられた場所にトノサマ置いて、もう一度腰を下ろして三角座り。トノサマから自慢の羽に視線を移すと、暑さと湿気のせいで表面に水滴が浮き出ている。
「……はあ、まだ暑いなあ」 あたいは空を眺める。陽光に照らされて金色に輝く木の葉たちがざわざわとお喋りしていた。木の葉の隙間から木の幹を伝って湿り気を帯びたぬるい風が頭にむわっと
吹きつける。
「この暑さだと、レティはまだ起きないだろうな。ねえトノサマ、もっと早く涼しくならないかな」 氷が溶けて体の半分が露出したトノサマは、よく響く元気な声でゲコッと返事をする。なんだって? 冬はもうすぐやってくる? 本当かいトノサマ! ちょっと待ってて!
 あたいはトノサマの言葉を信じ、わたわたと手足を動かしながら慌てて木の上まで飛んでいく。
 木の葉をかき分け果てしなく広がる青空を眺めると、カンカン照りの太陽とぬるいどころではない熱風があたいを襲った。
「うっぷ、あっちー! ちえっトノサマの嘘つき! ん?」 憎らしいトノサマに憤慨しながら太陽から視線を外すと、遠くの空に薄くて青い丸いものが浮かんでいる。あれは――

「満月! 今日は満月の日なんだ……」

 頭に苦い記憶が蘇る。満月の度に顔を出す、ドロドロとした嫌な思い出。思い出すと胸がムカムカして不安になって気分が悪くなる。あたいはその思い出をすぐさま忘れようと、ぶんぶんとかぶりを振って頭の中から追い出した。
 もしかしてトノサマは凍らされた腹いせに嘘ついたうえ、あたいの嫌な記憶を思い出させたんじゃないか。カエルのくせになんて策士なの、もう一度凍らせて思い知らせないと。あたいはプンプン怒りながらトノサマのもとに戻る。
 しかし残念、凍らせておいていたはずの岩の上には水たまりしかなく、水で湿った足跡が岩をぴょんぴょんはねて茂みの中へと続いている。ああ、トノサマにまんまと逃げられた。
「アイツめ、次はもっと大きな氷で凍らせてやる」

 誰もいない高い木々に囲まれた深い森の真ん中、誰にもぶつけられない憤りで、あたいは地団駄を踏み続ける。足元でパキパキと霜柱の悲鳴が湧いていた。



 ******



 あたいは自分の住処、氷のかまくらにすごすご帰った。ひんやりしたベッドに寝転がり、レティからもらった溶けない雪だるまを抱き抱える。ふかふかした白い雪だるまはニッコリしたまま何も語らないので、あたいは静かに物思いにふけった。

 満月の夜、妖精たちの生まれる場所がある。霧の湖に程近い森の奥、大きな花に囲まれたその場所に、この辺りに住んでいる妖精たちが集まっていた。みんな、新しく生まれる妖精と仲良くしたいから見に来るのだ。
 あたいは何回も来たことがあるからよく知っている。経験上、楽しく喋る妖精や面白い能力を持っている妖精はみんなに仲良くしてもらいやすいみたい。それにいろんなグループがいるので、よっぽどヘンテコな妖精でない限り、滅多に仲間はずれにはならない。そう、滅多には。
 あたいはチルノ。冷気を操る程度の能力を持つ、氷精だ。いつだったかレティが言ってたけど、あたいはどんな妖精よりも魔力が高く強いんだそうだ。魔力に比例してか、ほかの妖精と違って常に冷気を纏っていて身体も大きい。そのせいでポカポカ陽気を好む妖精たちから怖がられたり避けられる。

 あの日――生まれたばかりのあたいは、右も左もわからない状態だった。他の妖精たちは遠巻きにひそひそ話をし、あたいが近づくと わあっ と蜘蛛の子を散らすように離れていく。
「あたいと仲良くしてよ。どうして避けるの?」 あたいは何がなんだかわからないまま、どうしていいか分からず泣き出しそうなのを我慢して訳を聞く。
「あんたといると寒いから嫌よ、こごえちゃうもの」
 少し目のつり上がった薄い羽の金髪妖精があたいの冷気より冷たい言葉を発した。まるで、あたいを避けるのは当然の事のように言い放ち、周りでくすくすと笑い声が密かに聞こえる。そんなにあたいの能力は笑われるような能力なのか。
 金髪妖精は自信をなくしたあたいに興味を無くし、そっぽを向いてその場を離れていった。周りの妖精たちも金髪妖精と同じ意見のようで、うんうんと頷きながら一斉に身体を浮かして飛び立っていく。
……あたい一人を残して。
「そんな……おしゃべりだけでもいいじゃない」 誰もいないその場所で、あたいは寂しさを隠しもせずつぶやいた。けれど、その言葉に応えてくれる妖精は、いなかった。

 生まれてからというもの、あたいはずっと一人で暮らしている。もちろん一人が好きだからじゃない。その証拠に、あたいと仲良くなってくれる妖精はいないかと、満月の夜――新しい妖精が生まれる度に会いに行った。その度に他の妖精に先を越されるか避けられて、話もろくにできないまま一人ぽつんと残される。何度も何度も、数え切れないくらい暗い夜道を一人でトボトボと帰った。
 今でこそ冬の象徴、雪女のレティがいるので昔ほど寂しくはない。けれど、冬にレティが眠りから覚めるまであたいはずっと一人ぼっちなのは変わらない。
 春のポカポカ陽気で周りの妖精たちが歌い踊っている時、あたいはレティとのお別れで悲しみに沈んでいる。夏の暑い日差しの中で水浴びしてる妖精たちと対照的に、あたいは日陰でひんやり孤独に過ごしていた。
「早く冬にならないかな……」 夏になると、毎日この願望が脳裏に浮かぶ。でも、こればかりは願っても叶わない。きゅう、と雪だるまに抱きついて雪だるまのつぶらな黒い目をじいと見つめた。

「今夜こそは大丈夫かな。またダメかもしれないけど」

 雪だるまはなんだかレティに似ていた。話しかけても返事をしてくれないのはわかっている。でも、雪だるまに話しかけるとレティが返事してくれるような気がして、悲しいときや悩んだ時はいつも話しかけていた。そして今回も雪だるま――レティは、行ってみるといい、そう返事したようだった。
「レティがそう言うなら、夜に目が覚めて間に合いそうなら行こうかな。もし間に合わなかったら……その時は……あきらめる」 雪だるまの黒いつぶらな目に目配せして、あたいはすうっと眠りに落ちた。

 深い眠りの中で、レティと一緒にいる夢を見る。レティは微笑みながら、細くてひんやりした手であたいを優しく抱きしめてくれた。



 ******



「……ぐぅぐぅ……んあ?」 じとじとした暑さによる寝苦しさに、たまらず重いまぶたを開いた。
 眼前には氷のかまくらを透して星空が一面に輝いていた。雪だるまを抱いている腕にはあせもが出ていて少し痒い――あたいは何してたんだっけ? と、ぼんやりした頭で寝ぼけていた。
 少ししてようやくはっきり目が開き、お昼寝していたことと寝る前に決めていた事を思い出す。そうだ、新しく生まれた妖精に会いに行くんだった。抱き抱えた雪だるまを横に避け、起き上がって改めて夜空を見る。
「あぁ、完全に月が昇っちゃってる……」 黄色く輝く月を見上げ、これからどうしようかあたいは悩んだ。この高さまで月が昇っている頃にはもう新しい妖精が誕生しているはず。当然他の妖精たちは我先にと押し寄せているので、今更あたいが行ったところで話しかけることさえできない。
 しょうがない、諦めよう。あたいはのそのそとベッドに戻り、ころんと寝転がった。
「ふう」 あたいの放った冷たい溜息が白く煌めき、雪だるまを包むようにかかる。結露がうっすら残る雪だるまの目は依然、黒くて丸い目であたいを見返していた。

――チルノ、後悔しないよう行動しなさい――レティがそう、静かに語りかけてきた気がした。

 一度目を閉じ考えてみる……いつもと同じ結果になる未来しか見えなかった。
 それでも胸の奥がモヤモヤしていた。あたいはこのままベッドに寝転がったままでいいんだろうか。このまま寝ていても何も変わらないけど、もしかしたら、何かの奇跡が起こって変化があるかもしれない。いや、今までだって期待してたけど奇跡なんて怒らなかったじゃないか。
「……でも、もし、もし万が一にでも……一応見に行ってみようかな……」 そう思いだすと、もはや寝ているのがもどかしくなる。がばっと掛け布団を跳ね除けぴょんと飛び出しかけてあったワンピースを着、慌ただしく家を出る。扉の鍵を締めようと手をかざした時にはっと気づきベッドにもどる。
「行ってくるね」 雪だるまにちゅっと口づけをして、あたいは扉を氷で凝結させ、かまくらを早足で出る。
 シダの生い茂る草むらを突っ切り、獣道を突き進んでいるうちにあたいは駆け足になっていた。遅刻してとっくに間に合わないので、急ぐ必要はまったくない。けれども、それでもあたいは走る速度を緩めることはなかった。
 妖精の生まれる場所に向かって、頭上ですうっと星が流れる。あたいは夢中になっていて、空を飛ぶのを忘れていた。

 しばらくして、あたいは妖精の生まれる場所に着いた。そこには大きな花に囲まれた切り株があり、その平らな部分に大地の要素が集まって妖精が生まれているはず。
 荒い息を整え、茂みから頭を出して様子を伺う。

 あたいは自分の目を疑った。どうせ誰もいないか、他の妖精が群がっていて近づくことすらできない状態を想像していたからだ。でも、眼に飛び込んだその光景はどちらでもなく、緑髪の少女が切り株に一人座っている姿だった。
 緑髪の妖精とは目があっていないので、あたいはすぐさま茂みに頭を隠す。
「もしかしてあの子が今日生まれた妖精? まだ誰も迎えに行ってないの?」 頭に疑問が次々と沸くけれど、答えが見つからなかった。ふいに、トクントクンと小さな音が耳に届いていることに気づく。
 自分の胸に手を置き、これは自分の鼓動の高まりであることを知った。何の高まりだろう、驚き? 不安? 期待? 自分のことでさえわからない位、あたいは動転していた。
 思い惑っていると、横の茂みから微かだがガサッと音がした。あたいは不審に思い暗い茂みに目を凝らしてみると、金髪の妖精の頭がひょっこり出ている。いつもあたいを避ける、あの妖精の金髪だ。本当は、あの子とはあまり話したくないけれど――この不思議な事態について何か知っているかもしれない。あたいは思いきって声をかけてみた。
「ねえ……」 物音を立てないように近づき、後ろから声をかけた。
 金髪妖精は予想外のところから声をかけられビクンと身体を跳ねている。振り返った金髪妖精は驚いた顔から一変、あたいだと気づくと眉をキッとつり上がらせて高飛車な態度であたいを諌めた。
「しー! 気づかれるじゃない、話しかけないでよ!」
 あたいの目の前まで迫って静かにしろとジェスチャーをする。なんだい、あんたの方がうるさいよ。でも、なぜだか気づかれることに過敏になっているみたい。気づかれたらまずいのかな。
「なんで誰もあの子に話しかけないの?」 取り付くしまもない金髪妖精をよそに、そばにいるもう一人の小さな妖精に訳を聞く。
「見てわかんないの? あんたみたいにのっぽだからよ」
「話しかけて、あんたみたいに攻撃されたら嫌じゃない」
 と、小さな妖精と金髪妖精が交互に騒ぎ立てる。さっき、あたいに静かにしろといったことはもう忘れているようだった。それにしても、納得いかない。
「あたい、攻撃なんてしてないよ」 頬を膨らませて抗議した。あたいは妖精に対して攻撃なんてしたことない、悪口でさえ言ったことがない――機会さえなかったのだから。
「何言ってるの、あんたが近くにいた時、次の日しもやけになったのよ。十分攻撃されてるわ、存在自体が攻撃的なのよ!」
 ひどい事を言う。でも知らない間にしもやけにさせてしまっていたのか。それほどまでにあたいは……
 どんよりとうなだれていると、小さな妖精が金髪妖精を小声で呼んだ。
「ちょっと、あの妖精がこっち見てる! 早く逃げよ!」
「バカ、あんたがうるさくしたせいよ!」
 金髪妖精は最後の最後まであたいに暴言を吐いていた。
「……フン、バカって言う方がバカなんだい」 あたいはなけなしの悪口を送ったけれど、ぴゅーんと飛んでいく金髪妖精の後ろ姿を見るに聞こえていなさそうだった。
 ぴりっと背中に視線を感じる。そうだ、あの妖精を忘れていた。振り返ると、緑髪の妖精はあたいのことをまっすぐ見ていた。
 長くて少しぼさっとした緑の髪、なんとなく気の強そうなその目つき、吸い込まれそうな青く透き通った眼を持つその子は、どうしていいのかわからないようでじっと立ち尽くしていた。そう、まさに生まれた時のあたいと同じように。

 どうしようかとまごついていたら――後悔しないよう行動しなさい――またレティの声が聞こえた気がした。

 行動……あたいがこの世に生を受けたあの時、して欲しかったこと……そうか! あたいは決意を固め、茂みから出る。緑髪の妖精に近づき、勇気を出して声をかけた。
「ね……ねえ、名前なんて言うの?」
「わからないわ、だって生まれたばかりだもの」
「じゃあどんな能力持ってるの?」
「わからない……あなたは生まれた時に聞かれて答えられたの?」
「あ、そうかゴメン」 考えなしに質問しすぎた。あたいだって、生まれた直後に自分のことを完璧に理解なんてしていなかったんだもの。わからないと答えるのが当たり前だ。緊張していたのか暑かったからなのか、あたいの手には汗が凝固して氷の粒だらけになっていた。
「あたい、チルノっていうの」
「チルノ……私は名前がまだ無いから好きに呼んでちょうだい」
 細かいことは気にしない性格みたいで、緑髪の妖精はざっくばらんにそう答えた。好きに呼んで、か。いきなりそう言われると困るなあ。

「じゃあ、背が大きいから大ちゃんでいいかな」
「ダイチャン……ダイ=チャンね」
「え、違うよ。ダイだよ」 緑髪の妖精は何かを勘違いしてるようだった。少し抜けている所は生まれたばかりだから、ということで解釈してよいのだろうか。
「じゃあ私はダイね。よろしく、チルノ」
「うん、よろしくね」 今度は納得したようで、にっこりと微笑んでいる。つられてあたいも笑顔になった。よかった、悪い子じゃなさそうだ。
 そしてなにより、あたいの初めての妖精の友達なのだ。笑顔にならないわけがない。ああレティ、レティの言うとおりだったよ、行動して良かった。

 あたいは昔、初めて出会ったレティと交わしたように握手をしようと一瞬だけ手を動かした。が、思いとどまり手を後ろに回す。しもやけ――あの金髪妖精の言葉が脳裏をよぎったからだ。



 ******



 あたいの後ろをてくてく歩くダイちゃんは、二の腕をさすりながら私を覗き込んだ。
「なんだか肌寒いの。チルノみたいな服、どこで手に入るの?」
「あ、そうか。ウチにおいでよ、近くにあるんだ」 真っ裸のまま夜の森を歩くのは危険だし、なによりあたいがそばにいると気温がどんどん下がっていく。どうやらあたいのせいで寒いとは気づいていないみたいだ。
 もしあたいのせいだと知ったらどういう反応をするだろう……もしかしたら他の妖精たちみたいに……

 モヤモヤと考えを堂々巡りさせていたら家に着いてしまった。
「ここがチルノの家? 氷で出来てるの?」
 夜とはいえ初夏らしい暑さのなかで、あたいの氷のかまくらは不自然に冷気を漂わせていた。
 さすがにダイちゃんも感づいたかもしれない、あたいの能力のせいで寒かったのだと。そう思って恐る恐るダイちゃんのほうを向くと、生まれて初めて見た氷のかまくらに興味津々で、コンコンと透き通った氷の壁を小突いていた。どうやらそこまで深く考えていなかったようだ。
 あたいは小さな氷製のタンスに手をかける。ゴリゴリと音を立てながら重くて開けにくい引き出しを引っ張る。外気に触れた途端ひんやりとした白いモヤに包まれるタンスの中身。その中からあたいのお気に入りの青いワンピースを取り出した。今まで氷点下にあったからか、服が少し固まっていたのでダイちゃんに気づかれないようにほぐしておく。
「ほら、あたいのお古だけど」
「ありがとう」
 もそもそと袖を通し、あたいと同じ服を着るダイちゃん。
「サイズは……少し小さいみたい。それにこの服、なんだか冷たいね」
「す、すぐあったかくなるよ! ほら、このスカーフ、これをつけたら首元暖かいよ!」 自分の付けていた黄色いスカーフを手渡した。白いシャツの尖った襟にスカーフを通し、首元でふんわりするように結んであげる。
「うん、あったかい」
 よくよく考えれば、あたいがしてたのだからスカーフも冷気に浸されてものすごく冷たくなっていたはず。ダイちゃんはそれでも、あたいに気を使ったのか、暖かいふりをしてくれていた。
「サイズは……しょうがないね、ダイちゃんは大きいもの。レティに作り方を教わったことあるから、今度一緒に作ろう」 ダイちゃんは屈託のない笑顔でこっくり頷いたあと、不思議そうな顔に変わり首をかしげた。

「レティ? もしかしてチルノのお友達?」
「うん。でも冬にならないと会えないの。今は春夏秋眠中なんだって」 昔、あややって天狗がレティとあたいを写真に撮ってくれたんだった。その写真を見せようと写真立てを探すと、先ほど無理矢理引き出したタンスの上にばったり倒れていた。写真立てなのに立っていないなんて軟弱モノだ、あとでタンスに癒着してやろう。
「これがあたいで、これがレティ。綺麗な人でしょ!」 細身の高い身長を屈めてあたいと同じ高さで写真に納まっているレティを、自分のことのように自慢した。透き通った白い肌、可憐な細い指でいつもあたいの頭を撫でてくれる、とても優しいあたいの尊敬する雪女。レティの素敵なところをあたいは余すところなくダイちゃんに話し続けた。

 ダイちゃんは飽きることなくずっと相槌を打ってくれていたので、あたいは気をよくして長々と自慢話を語ってしまう。まだダイちゃんはレティと会ったことがないのに自慢話ばかりしても仕方がないのに、だ。途中ではっと気づいて一区切りをつけ、冬になったらレティに紹介するという約束をしてあたいはお口にチャックをした。

「そう、冬まで会えないのね。じゃあ、チルノがいつも遊んでるお友達を紹介して」
「えっ」

 あたいは予想だにしていない言葉にドキッとして体が固まった。レティ以外に友達なんていないのに……誤魔化そうか正直に言おうか、切羽詰って頭の中がぐるぐるする。背中にひやりと汗が――いや、今は氷の粒になってコロンと足元に落ちていった。
「どうしたの?」
「いや、その……あたい、ダイちゃんに紹介するほど友達多くないから……」
「なんだそんなこと、大丈夫よ。多かったら名前を覚えるのが大変だもの、逆に少ないほうが覚えやすいわ。さ、紹介して」
 うう、万事休す。思い切ってあたいは口を開いた。

「レティだけなの」
「!」

 一秒だけ空白があった後、ダイちゃんは声にならない声を上げた。
 あたいは気まずさというか恥ずかしさというか、いたたまれない空気の中、針のむしろに立たされた気分でソワソワしていた。そんなあたいに、ダイちゃんはにっこりと微笑んでこう答えた。
「じゃあ、私が二人目ね!」
 握手を差し出すダイちゃん。勢いに負けてあたいは思わず手を握り返しそうになったが、慌てて差し出しそうになった手を引っ込めた。
 当然握手を返されると思っていたであろうダイちゃんは怪訝な顔であたいを見返す。でも、ダイちゃんのその目を見ることはできなかった。視線を落としたまま、手についた氷の粒をパラパラ払う。
「握手できない」
「どうして?」
「あたいに触るとしもやけになるよ。あたいは氷精、氷の化身だから……」 どうしようもない事実を言った。本当は誤魔化したかったけれど、うまい言い訳が思いつかなかない。
「そっか。やっぱり、どうりで寒いと思った」
「寒い思いさせてごめんね、もう近寄らないよ」 あたいと一緒になんて、普通の妖精はいられない。あたいは意気消沈して踵を返し、氷のかまくらに戻ろうとした。その時ダイちゃんがあたいを呼び止めた。
「ちょっと、なんでそうなるの? 意味がわからないけど」
「だって、あたいといると寒いんでしょ。しもやけになる前にさっさと離れたほうが……」 振り返るとダイちゃんは腕を組んで片眉を上げている。納得いかない不満げな顔であたいをにらみつけていた。
「寒いのと、チルノと離れ離れになるのは関係ないんじゃない?」
「でも、他の妖精たちは、あたいといると寒くてしもやけになるから近寄るなって」 あたいは小声でボソボソと理由を伝える。
「ああ、あのちびすけ達ね、そんなひどいこと言うの。まさかあんな弱虫達の言うことを間に受けてたの?」
 鼻をフンとならして呆れ顔でそう答える。意外な言葉にあたいは目を見張った。
「あのちびすけ達、生まれたての私にびくついて遠巻きにジロジロ見てただけの弱虫よ。何にもわからない私を、ずうっと一人にしたままほったらかしてたんだもの。失礼しちゃうわ! あんなのと私を一緒にしないで」
 ダイちゃんはまくし立てるように不満をぶちまけた。どうやら、あたいと違ってすごく気が強いみたいだ。あんなイジワル妖精たちの誹謗中傷なんかにもきっと立ち向かっていけるだろう。対してあたいはというと……ダイちゃんの言うとおりだ。あたいを避けるような弱虫妖精たちの言うことを真に受けて、避けるように一人引っ込んでいた。

 昔のあたいを振り返りながらダイちゃんの憤慨っぷりを見ていると、何故だかおかしくなってきて フフフ と口の端から笑みがこぼれる。
「あら、なんで笑うの?」
「いや、ダイちゃんって強いなあと思ったの」
「そうかもね」
 お互いに、にひっと笑って目を細め合った。

「だいたい、チルノが氷精なのはうすうす気づいていたわ。気づいた上でついてきたんだもの」
「え、言わなかったのにどうして気づいてたの?」 驚いたあたいにダイちゃんはクスクス笑いながら指をさす。
「チルノ、自分の羽が氷なのを忘れたの?」
 ああ、そうだった。あたいの背中に氷の羽が燦然と輝いているのに、後ろを歩いていたダイちゃんが気づかないわけがない。
 照れ隠しに頭をかいていたら、指をさしていたダイちゃんの手が開き――握手を求められた。あたいは手を見て、ダイちゃんの眼に視線を移す。
「もちろん、私のことなら構わないでいいわ。しもやけとやらも問題無しよ」
「そ、そうなの? じゃあ、あたいと仲良しこよしになってくれるんだ」
「望むところよ」
 ダイちゃんはドンっと自身の胸に拳を叩き、自信たっぷりに応えてくれた。嬉しい言葉にあたいの胸はいっぱいになり、こみ上げてくる想いで頬がゆるんだ。
「よろしくね、チルノ」
「うん! よろしくね、ダイちゃん」 あたいは後ろに引っ込めていた手に期待を握り、差し出されたダイちゃんの手を握り返した。
「ちめたっ!」
「にしし、ごめんね」 ダイちゃんと二人、ケタケタと笑いながら氷のかまくらに一緒に入る。
 入口に耳を澄ますと近くの草むらからコオロギの音色が響き、天井には氷を通した幻想的で美しい夜空が広がる。いつもの見慣れたあたいの家なのに、なんだか特別なものに変わった気がする。

 綺麗な音と荘厳な景色に包まれた幻想的な空間で、あたいたちは夜通し楽しく語り合った。



 ******



 翌日、ダイちゃんは見事にしもやけになった。



創想話で連載していたものを同人誌として電子書籍化いたしました。下記のアドレスまたはホームページからご購入できます。是非一度ご覧下さい。

購入ページ直接リンク https://carte.booth.pm/items/285353
CARTE
http://www.geocities.jp/carte_0406/index.html
コメント



1.絶望を司る程度の能力削除
オチが……w
気の強い大妖精はなんだか新鮮で面白いと思いました。
2.CARTE削除

>絶望を司る程度の能力さん

コメント&感想ありがとうございます☆
気の強い大妖精を、今後共どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m