今日も今日とて幻想郷。
新緑が輝く中のとある一場面。
「うむ、出発の準備はいいな」
八雲の家の中庭。革のライディングジャケットを着込んだ藍が呟く。
その目の前にあるのは、赤見がかった黄色に染められた一台のオートバイ。
ガソリンタンクには「ducati」の文字が輝く。
ヘルメットを被り、手にはめたグローブの具合を確認する。
「さて、今日の機嫌はどんなものかな?」
片足をキックペダルにかけ、藍はその力を、重心をペダルに移す。
単気筒のエンジンとはいえ、エンジン始動に失敗すれば手痛いケッチンが待っているのは今までの経験で分かっていた。
「ほいっと!!」
踏み下ろしたキックペダルが、マークⅢ、450デスモのエンジンに火を灯した。
「よしよし、今日はなかなか機嫌がいいな」
太い排気音を奏でながら、異国の地で生まれた騎馬が咆哮する。
「じゃあ、行くぞ」
藍はクラッチレバーを切り、同時にシフトペダルを踏み込んだ。
ギアが組み替えられ、排気音が増す。
「発進!!」
同時にアクセルグリップを握りこみクラッチを開放する。
束縛から解放された鉄の汗馬は前輪を浮かせながら、その力で大地を削る。
「今日の目的地は、河童の工房だ!!」
穏やかな春の日差しの中、九尾と鉄の馬は風を切り裂きながら走り出した。
藍がそのバイクを見つけたのは、たまたまというか、ほんの偶然だった。
外界から流れ着く物達の墓場で、それは必死に己の存在を発していた。
九尾が見回りのルートにいなかったら、そのまま朽ち果てていただろう。
「お前、まだ走りたいのか?」
狐の言葉に、外界で幻となったバイクが呟く。まだ走りたい。俺はまだ走れるんだ。
藍の気まぐれにより、バイクは八雲家に運び込まれた。
錆を磨き落とし、チェーンに油を差す。緩んだ部品を締め直した。
素人整備とはいえ、常に高速演算処理に長けた九尾はバイクの消耗具合を確実に感じ取り、その車体をレストアしていった。
10日後、バイクはまるで新車のように生まれ変わった。
だが十分ではない。エンジン、主にクランクケースの中など、心臓ともいえる部分は手つかずだ。このまま走り出し全開走行などしたら何が起こるか分からない。
試験走行は八雲の庭で何度もやった。普通に乗るならば問題は無いようだ。
「今日は特別な日だ。到着するまでへたばるなよ」
アクセルグリップを握る手にバイクの返事が聞こえたような気がした。
森の木々の隙間をうねるように、九尾とバイクは走り抜ける。
空を飛べばいいじゃない、博麗の巫女あたりはそんな事を言うだろう。
だが、しかし。
森の木の隙間をギリギリの間ですり抜ける。
傾斜のついた山壁を走り抜けた。
ぬかるんだ峠道を体を倒しこみ駆け抜ける。
この感触は巫女には分かる事は無いだろう。
藍とバイクは、人車一体となり突き進んでいった。
数刻後、河童の沢。
「ありゃりゃー、ずいぶん珍しい物をもってきたねー」
「すまん、ここでオーバーホールとやらを頼みたい」
河童のにとりと藍は実は古い顔馴染みだった。藍が外界の品物を拾い、にとりが治す。そういった物が河童の工房に鎮座していた。
「今までは小物だったけど、今回はずいぶんとまぁ面白い物を持ってきたねぇ」
にとりが手をブラブラとさせながらバイクを眺める。こんな時、彼女は心の中で早く手を付けたいと思っているのを藍は知っていた。
「私も初めて見る物、と言いたいところだが、なんだか因縁めいた物を感じるんだ」
「ふーん、前世の絡み物、ってやつかな?」
「分からん、それとこれが今回の報酬なんだが……」
「おぉー、「大魔王」の一升瓶じゃないか!!こいつは手が抜けないねぇー」
河童は胡瓜も好きだが、旨い酒にも目がない。
「で、どの位時間がかかりそうだい?」
「んー、半日は欲しいね。焦ってせっかくのレアな物を壊したくはないよ」
「分かった。それまでは、適当に時間を潰すことにする」
工具箱に手を突っ込みながら、にとりが答える。
「今日は椛と将棋の約束があったんだ……良かったら相手してくれないかな?」
「大将棋か……。何とかしよう」
実の処、藍は椛が苦手だった。好き嫌い、ではなく生真面目な昔の自分を思い出してしまうのだ。
「九尾の狐が、山に何用だ?」
一言目がこうだ。
妖怪の山の白狼天狗、犬走椛は藍の目を直視しながら詰問する。
妖怪の山は天狗達の縄張りであり、たとえ相手が八雲の従者といえど臆する気は無いようだ。
「いや、実はにとりに用事があってな。それで貴女の将棋の相手を頼まれたんだが……ダメか?」
白狼は尻尾を振りながら答える。ちなみに尾を振っている時は機嫌が良いと、にとりが言っていた。
「ふん、それなら相手をしてやる。八雲の従者だからといって手は抜かん!!」
そして、夕刻。
「えぇーっと、ここをこうしたら……。いやいや、これをあぁーもっていって……。ぬぬぬ……」
将棋盤を眺め長考する椛。
「まったをしてもいいし、数手戻る事もいいよ」
ぶるんぶるんと首を振る椛。
「いやいやいや、相手が八雲の従者なんて次に勝負が何時できるか分からないし……ぐぬぬぬぬ」
その時、藍を呼ぶにとりの声がした。
「オーバーホールおわったよー!!、って、椛、苦戦してるの?」
苦虫を潰したような顔で椛が答える。
「うっさい、善戦中だ!!」
それに対して、ニヤニヤと笑顔を浮かべるにとり。彼女は藍に小さく呟く。
「椛はね、自分と遠慮無く将棋を打ってくれる人には自分の素が出るんだよ」
それを聞いた藍は少し考え、椛に話しかけた。
「白狼殿、今回の勝負はまた後の日にて」
「あぁ、楽しみにしているぞ」
渋面で答える椛。そして何も見なかったように話すにとり。
「ベベルギア、デスモドロミックってやつか。外界では面白い機械があるみたいだね。エンジンの具合は良好だよ。何か悪い所があったらまた持ってくるといい。椛も次が待ちきれないだろ、ね?」
「そ、そんな事!!」
「はいはい、もう意地っぱりなんだから。じゃ、バイクはガレージの外に出してあるから」
河童からイグニッションキーを手渡された藍は呟く。
「分かった、また面倒を見てもらうかもしれん。その時はよろしく」
「はいよ、もみじー、いい酒が手に入ったんだけど……飲まない?」
「うう……、明日も休日だし、飲むよ……」
河童と落ち込む白狼を横目にしながら、藍はガレージの横に置かれたバイクに近づく。
点火キーを差し込み、キックペダルに足をかけた。
車体を起こし体重をかける。
「さて、どうなったかな?」
一息にキックペダルを踏み込んだ。鋼の馬が嘶きを上げる。それは歓喜の叫びだった。
車体が震えている。走り出すのを待ち望んでいるように。
「よし、じゃあ家に帰ろう。私とお前の家にな」
藍はバイクのアクセルを開ける。エキゾーストパイプの叫びがひと際高くなる。
「よし、行こう!!」
クラッチをリリース。間髪入れずアクセルを開ける。鋼の馬は待ちかねたとばかりに大地を蹴って走り出した。
九尾と本来の力を取り戻したバイク。明日はどこに行くのだろうか?
新緑が輝く中のとある一場面。
「うむ、出発の準備はいいな」
八雲の家の中庭。革のライディングジャケットを着込んだ藍が呟く。
その目の前にあるのは、赤見がかった黄色に染められた一台のオートバイ。
ガソリンタンクには「ducati」の文字が輝く。
ヘルメットを被り、手にはめたグローブの具合を確認する。
「さて、今日の機嫌はどんなものかな?」
片足をキックペダルにかけ、藍はその力を、重心をペダルに移す。
単気筒のエンジンとはいえ、エンジン始動に失敗すれば手痛いケッチンが待っているのは今までの経験で分かっていた。
「ほいっと!!」
踏み下ろしたキックペダルが、マークⅢ、450デスモのエンジンに火を灯した。
「よしよし、今日はなかなか機嫌がいいな」
太い排気音を奏でながら、異国の地で生まれた騎馬が咆哮する。
「じゃあ、行くぞ」
藍はクラッチレバーを切り、同時にシフトペダルを踏み込んだ。
ギアが組み替えられ、排気音が増す。
「発進!!」
同時にアクセルグリップを握りこみクラッチを開放する。
束縛から解放された鉄の汗馬は前輪を浮かせながら、その力で大地を削る。
「今日の目的地は、河童の工房だ!!」
穏やかな春の日差しの中、九尾と鉄の馬は風を切り裂きながら走り出した。
藍がそのバイクを見つけたのは、たまたまというか、ほんの偶然だった。
外界から流れ着く物達の墓場で、それは必死に己の存在を発していた。
九尾が見回りのルートにいなかったら、そのまま朽ち果てていただろう。
「お前、まだ走りたいのか?」
狐の言葉に、外界で幻となったバイクが呟く。まだ走りたい。俺はまだ走れるんだ。
藍の気まぐれにより、バイクは八雲家に運び込まれた。
錆を磨き落とし、チェーンに油を差す。緩んだ部品を締め直した。
素人整備とはいえ、常に高速演算処理に長けた九尾はバイクの消耗具合を確実に感じ取り、その車体をレストアしていった。
10日後、バイクはまるで新車のように生まれ変わった。
だが十分ではない。エンジン、主にクランクケースの中など、心臓ともいえる部分は手つかずだ。このまま走り出し全開走行などしたら何が起こるか分からない。
試験走行は八雲の庭で何度もやった。普通に乗るならば問題は無いようだ。
「今日は特別な日だ。到着するまでへたばるなよ」
アクセルグリップを握る手にバイクの返事が聞こえたような気がした。
森の木々の隙間をうねるように、九尾とバイクは走り抜ける。
空を飛べばいいじゃない、博麗の巫女あたりはそんな事を言うだろう。
だが、しかし。
森の木の隙間をギリギリの間ですり抜ける。
傾斜のついた山壁を走り抜けた。
ぬかるんだ峠道を体を倒しこみ駆け抜ける。
この感触は巫女には分かる事は無いだろう。
藍とバイクは、人車一体となり突き進んでいった。
数刻後、河童の沢。
「ありゃりゃー、ずいぶん珍しい物をもってきたねー」
「すまん、ここでオーバーホールとやらを頼みたい」
河童のにとりと藍は実は古い顔馴染みだった。藍が外界の品物を拾い、にとりが治す。そういった物が河童の工房に鎮座していた。
「今までは小物だったけど、今回はずいぶんとまぁ面白い物を持ってきたねぇ」
にとりが手をブラブラとさせながらバイクを眺める。こんな時、彼女は心の中で早く手を付けたいと思っているのを藍は知っていた。
「私も初めて見る物、と言いたいところだが、なんだか因縁めいた物を感じるんだ」
「ふーん、前世の絡み物、ってやつかな?」
「分からん、それとこれが今回の報酬なんだが……」
「おぉー、「大魔王」の一升瓶じゃないか!!こいつは手が抜けないねぇー」
河童は胡瓜も好きだが、旨い酒にも目がない。
「で、どの位時間がかかりそうだい?」
「んー、半日は欲しいね。焦ってせっかくのレアな物を壊したくはないよ」
「分かった。それまでは、適当に時間を潰すことにする」
工具箱に手を突っ込みながら、にとりが答える。
「今日は椛と将棋の約束があったんだ……良かったら相手してくれないかな?」
「大将棋か……。何とかしよう」
実の処、藍は椛が苦手だった。好き嫌い、ではなく生真面目な昔の自分を思い出してしまうのだ。
「九尾の狐が、山に何用だ?」
一言目がこうだ。
妖怪の山の白狼天狗、犬走椛は藍の目を直視しながら詰問する。
妖怪の山は天狗達の縄張りであり、たとえ相手が八雲の従者といえど臆する気は無いようだ。
「いや、実はにとりに用事があってな。それで貴女の将棋の相手を頼まれたんだが……ダメか?」
白狼は尻尾を振りながら答える。ちなみに尾を振っている時は機嫌が良いと、にとりが言っていた。
「ふん、それなら相手をしてやる。八雲の従者だからといって手は抜かん!!」
そして、夕刻。
「えぇーっと、ここをこうしたら……。いやいや、これをあぁーもっていって……。ぬぬぬ……」
将棋盤を眺め長考する椛。
「まったをしてもいいし、数手戻る事もいいよ」
ぶるんぶるんと首を振る椛。
「いやいやいや、相手が八雲の従者なんて次に勝負が何時できるか分からないし……ぐぬぬぬぬ」
その時、藍を呼ぶにとりの声がした。
「オーバーホールおわったよー!!、って、椛、苦戦してるの?」
苦虫を潰したような顔で椛が答える。
「うっさい、善戦中だ!!」
それに対して、ニヤニヤと笑顔を浮かべるにとり。彼女は藍に小さく呟く。
「椛はね、自分と遠慮無く将棋を打ってくれる人には自分の素が出るんだよ」
それを聞いた藍は少し考え、椛に話しかけた。
「白狼殿、今回の勝負はまた後の日にて」
「あぁ、楽しみにしているぞ」
渋面で答える椛。そして何も見なかったように話すにとり。
「ベベルギア、デスモドロミックってやつか。外界では面白い機械があるみたいだね。エンジンの具合は良好だよ。何か悪い所があったらまた持ってくるといい。椛も次が待ちきれないだろ、ね?」
「そ、そんな事!!」
「はいはい、もう意地っぱりなんだから。じゃ、バイクはガレージの外に出してあるから」
河童からイグニッションキーを手渡された藍は呟く。
「分かった、また面倒を見てもらうかもしれん。その時はよろしく」
「はいよ、もみじー、いい酒が手に入ったんだけど……飲まない?」
「うう……、明日も休日だし、飲むよ……」
河童と落ち込む白狼を横目にしながら、藍はガレージの横に置かれたバイクに近づく。
点火キーを差し込み、キックペダルに足をかけた。
車体を起こし体重をかける。
「さて、どうなったかな?」
一息にキックペダルを踏み込んだ。鋼の馬が嘶きを上げる。それは歓喜の叫びだった。
車体が震えている。走り出すのを待ち望んでいるように。
「よし、じゃあ家に帰ろう。私とお前の家にな」
藍はバイクのアクセルを開ける。エキゾーストパイプの叫びがひと際高くなる。
「よし、行こう!!」
クラッチをリリース。間髪入れずアクセルを開ける。鋼の馬は待ちかねたとばかりに大地を蹴って走り出した。
九尾と本来の力を取り戻したバイク。明日はどこに行くのだろうか?
面白かったです
面白かったです
マイペースで話を作れたらいいなと思います。
バイク描写も興味深いですが、椛の負けん気が可愛かったです
親父にはお前は石頭だといわれる自分。基本に戻り頑張ります。