Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

桃と焼き芋

2016/03/17 22:48:42
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 河童が木々の間からリヤカーを引いてくるのが見えた。リヤカーの荷台に載っているのは修理を依頼した焼き芋を移動販売するための装置だ。河童は静葉と穣子の横にやってきてリヤカーの引手を離して地面に置いた。
 穣子が装置を覗き込む。
「早かったのね」
「そりゃなるべく急ぎって依頼だったからね。どうだい我ながら見事な仕事だろう?」
 最近幻想郷に流れ着いたそれは、最初に見たときには錆びて朽ちてボロボロになっていたが今は新品同様になっている。静葉は感嘆して煙突部分に触れようとしたが、ほんのり熱を感じることに気づいた。
「あ、今、試しに作ってるから触らないで」
 慌てて手を引っ込めた。
 隣で穣子が呟いた。
「リヤカーなのね」
「車輪部分に特別な仕掛けがしてあってね、どんな悪路でも必ず進めるよ。雪道もへっちゃらだし坂道も普通のリヤカーよりは楽だよ。妖怪の山にも売りにきなよ」
「屋根がある方がよかったかな…」
 静葉はリヤカーのやってきた方角を見た。待ち合わせは妖怪の山の登山口から少し外れた沢の近くだ。道らしい道はない。おまけに昨日の雨で多少ぬかるんでいる。そんなところをどこにも引っかからずにやってきたということは河童の言ってることは真実なのだろう。
 装置に視線を向けた。薪を燃やす窯が下方に設置されていて赤々と燃えていた。その上の部分で焼き芋を焼くのだろう。取っ手を持って中の部分を確かめようとすると河童が手で制してきた。
「まだ開けちゃダメ」
 ふと窯の横に新しく設置された部分があるのに気付いた。そこにも取っ手がついている。
「それはある程度作り置きができるように、出来たモノを保管する場所を作ったんだよ。保温性が高いよ」
 そのときチーンと何かが鳴り響いた。良く見ればタイマーまでついている。
「あ、できたできた」
 河童が石焼窯のフタを開けると中に三つ芋が入っていた。それを取り出して下の方を天狗の新聞でくるんでから姉妹に渡す。
手に取って口を近づけると甘い匂いが鼻腔をくすぐる。一口食べると穣子が大きく頷いた。
「うん、流石私が育てたお芋ね!」
 静葉も続いて食べてみた。しっとりしていて程よい甘さだ。河童もうんうんと頷いている。
「いけるね、うん。で、気づいたと思うけどタイマーを設置しておいた」
 穣子がちょっと不満げな顔をした。
「そんなのなくても経験で分かるんだけどなぁ、焼き加減とか」
「いやいや、これは中の状態を察知して時間を計ってるんだよ。試しに付けてみただけだからいらなかったら使わなきゃいい。あ、そうそう。ここの――車輪の横の部分にブレーキもつけといたからちょっとした坂道でも止まることができるよ」
 リヤカーの周りを一周しながら、静葉はあれこれと思いを巡らす。
 ――焼き芋屋って分かるように幟とかあった方がいいかな。何色がいいだろう。やっぱり赤か芋の色の紫か。
 そんなことを考えていると、河童が大きなリュックから見慣れない小型の装置を取り出した。何個かボタンがある。ボタンを押す内にだんだん険しい表情になりぱんぱんと軽く叩いたり振ったりし始めた。どうしたのか聞こうとしたところで、今度はリュックから算盤を取り出した。そのせいでその装置の正体と今から河童が何の話をしようとしているのか分かってしまった。
「で、本題なんだけど、装置の修理代やらオプション込み込みでこれぐらいかな」
 それは予定していた額より遥かに多かった。静葉は顔を引き攣らせる。チラリと穣子に視線を向けると妹は真顔で固まっていた。
 ここは姉の出番だろうと仕方なく河童に抗議する。
「最初の話と違うじゃない」
「予定は予定だよ。そりゃあんだけのものをここまで仕上げたんだもの」
「いや、だってそんな」
「分割でいいよ。大丈夫」
「分割とかそんな話じゃ」
 河童は人差し指と親指で輪を作った。
「世の中銭だよ秋神様。私たちは技術を愛しているけど同じようにお金も愛しているんだ。それに焼き芋、配るんじゃなくて売るんでしょ? 今から商売をするわけだ。どこに投資するかで流れが決まるよ」
「でもそんな…分割って言っても高過ぎる…」
「うむ」
 河童は算盤を振った。じゃらんと音が鳴る。
「そうだな……じゃあリースってのはどうかな」
「うん?」
「大雑把に言うと機材を貸与するんだよ。で、ある期間ごとに一定のリース料を支払ってもらう。整備と点検もつけるからどっちかっていうとレンタルかな。機材の買い取りよりは安くしておくよ。まあ、途中で買い取れるって思ったら買い取ってくれてもいいし」
 それでも渋い顔をする静葉を見て河童は苦笑した。そしてパチパチと算盤の珠を弾き始める。
「秋神様の焼き芋だからこれぐらいの売り上げは見込めると思ってる。で、リース料はこれくらい」
「ううん…」
すると横から手が伸びてきて算盤を奪った。見れば穣子が同じような渋い顔をしている。
「年中商売をするわけじゃないんだし、お芋の収穫量だって一定じゃないし、薪の調達とかもあるしこれぐらい」
「少ないなぁ」
「じゃあ、これぐらい」
「うん…ま、それで手を打とう。今度正式な契約書を持ってくるよ」
 穣子が算盤を返すと河童はまた大きなリュックにそれを仕舞った。
 そして窯に薪を突っ込むとこちらに向き直った。
「そういえばブン屋が気にしてたよ。店を出したら真っ先に取材に来るんじゃないかな。宣伝してもらえば?」
 あの新聞は読む分には面白い。しかし被写体になりたいかと言われたら答えは否だ。
 穣子も同じ考えだったのかちょっと顔を歪める。
「面白おかしく書かれそうで…」
「宣伝にはなると思うけどな。広告費にも投資すべきだよ」
「いいの、口コミっていう強い味方があるんだから。農家の人たちにも言っておいたし」
「商売は街中でやるんでしょ? それにその新聞、鈴奈庵にも置かれるらしいじゃないか。ちょっとは目に止まると思うんだけどな」
「それは…うん。そうなんだけど」
 河童は何故か声を落とした。
「これは商売が成功したらの話なんだけどさ……秋神さまが成功したとして、今度は人間連中が模倣を始めるよ。それは間違いない」
「模倣って…いや、でも模倣はないでしょ。第一似たような商売をやってるところは里にもあるわよ? 確か移動販売まではしてなかった気がするけど、でも模倣なら私たちの方が模倣になるんじゃないかしら」
「言い方が悪かったよ。秋神様の名を騙る連中が出てくるかもしれないってこと。秋神ブランドだって言って本人のいないところで売れば、本当にそうかなんて分かりゃしないし」
「名を騙ったりなんかしたら畑を荒らしてやるわよ」
「いやいや、農家がやるとは限らないだろ。どこかで芋を安く手に入れて、これは秋神様のお墨付きをもらってるんだとか何とか言うかもしれない。だから新聞で移動販売で一店舗しか展開してないよって宣伝しておけばいいんじゃないかと思ってさ。これは秋神様だから言うんだよ。私は成功する方にか…成功すると思ってるし」
 賭け事の対象になっているのは察したが黙っていた。
 ――でもやっぱり新聞で宣伝はいいかも。
 客が多く来るに越したことはない。ある程度面白おかしく書かれることは覚悟の上で広告を出すべきかもしれない。
 河童は焼き芋を全部食べたら空を飛んで去って行った。その姿を見送りながら静葉は何気なくリヤカーの引手を持って試しに引いてみた。
――あら?
「重っ! 何これ重いじゃない! 河童は軽々一人で引いてきてたのに!」
「どれどれ」
 穣子も引っ張ってみたがかなりの重量があることは認めざるを得なかったようだ。
「どんな仕組みで重くなってるのかしら? オプションのせい?」
「これに、薪を載せてお芋を載せるのよね…本当に結構な重さになるわね」
「えーと、とりあえず姉さん、後ろから押して」
「うん」
 後ろのフレームの部分を持って押してみる。
 タイヤがぬかるみに取られることはなくちゃんとまっすぐ前進している。登山道まで出たところで車輪の横についていたレバーのようなものを引っ張るとリヤカーは動かなくなった。
「まぁ、二人なら大丈夫そうね。早速明日からやってみよっか姉さん」
「そうね…それにしても前途多難だわ。まさかあんなに吹っかけられるとは思わなかった」
 穣子がバンバンと静葉の背を叩いた。
「とりあえずやってみようよ。なるようにしかならないって」
「うん…」
それでも心の中に暗い気持ちが湧いてくるのは止めようがなかった。



 商売は順調と言えば順調だった。口コミで広まった評判もあるのだがブン屋の取材を断りきれず何故か最後に新聞に広告まで出すことになってしまい人里だけでなく妖怪コミュニティにまで話が広まってしまったせいもある。
 今のところ販売しているのは人里と妖怪の山の入口の二か所だけである。移動販売の場所を広げることは前から話に出るのだが、これ以上やれば自分たちの本業が疎かになってしまうのではないかという懸念を静葉は持っていた。
 ――そう。
 守矢の一柱に言われたことを参考にこんな商売を始めてはみたが、これでは信仰を得るどころか夜雀のやっている屋台と大差ない状態だ。本業の片手間に始めたものが本業を侵食するのはいただけない。
「姉さん、そろそろ移動する? お芋も途切れたことだし。妖怪の山に行くまでには次のぶんは焼き上がるでしょ」
 穣子の声に顔を上げ、静葉は周りを見回す。
「うん――そうね」
 人通りもまばらになってきたので丁度いい頃合いかもしれない。
 撤退の準備をしていると穣子が離れたところで誰かと話しているのが視界に映った。どこかで見たことがあると思ったら紅魔館のメイドだ。どうやら注文を受け付けたらしい。
 穣子が戻ってきた。
「予約が入ったから」
「うん、いいけど――あそこの吸血鬼は焼き芋も食べるの?」
「うーん、何か割と色々なものを食べてる気がするなぁ。たまに宴会で見るけど。ほら、それにあそこには何か正体不明な門番もいるじゃない? 彼女への差し入れかもね」
 大陸から来たという噂のある門番を思い浮かべる。何の妖怪なのか自分でも忘れてしまったと前に話していたときに言っていた気がする。冗談なのか本気なのか分からなかった。
 ――自分が何であったのか忘れて、それでも自我を保てるのかしら。
 自分が何者であるか知っていてもたまに存在が消えかける自分たちには考えられないことだ。それとも何か他に彼女を定義づけているものがあるのだろうか。
 穣子が引手を持ち、静葉が後ろから押し出す。
 大通りを行きかう人々がチラリとこちらに視線を向ける。それはどう見ても信仰対象に向ける目ではない。穣子は農家以外には馴染みが薄く、ましてや静葉は直接人間に利益をもたらすような存在ではない。知識として何者か知っていてもそれが信仰に結び付くとは限らないのだろう。それでは困るのだが。
 ――もっとこう紅葉神としての仕事に専念した方がいいのかしら。
 妖怪の山の山頂付近の落葉はもう終わっている。しかし山麓部分にはまだ手が回っていないところもある。魔法の森にも着手しなければならない。降雪前には終わらせたいと思っていた。
「姉さん! もっと押して!」
「はいはい」
 腕に力を入れまっすぐに押し出す。
 穣子の本業は順調である。冬の支度や来春の準備などがあるとはいえ豊穣神としての仕事は終わっている。実際薪や芋の仕入れは妹が担当しており、静葉は補佐に回っているのが現状だ。接客も朗らかで明るい妹に任せきりで静葉は黙々と薪の様子を見たりしている。商売が繁盛しているのはそのせいもあるかもしれない。
 人里の門まで来たところで背後から唐突に声をかけられた。
「こんにちは!!!!!」
 思わず耳をふさぐと前で穣子がつんのめるのが見えた。
 振り返れば妖怪寺の山彦がいた。興味津々といった体でリヤカーの中を覗き込む。
「もう今日はお終いですか?」
「いや、これから妖怪の山の方に行くけど、予約するなら寺まで届けてあげましょうか」
「ううん…でもおつかいの途中だし…私だけ食べたら怒られそうだし…」
 すると門の上から何かがふわりと落ちてきた。最初に目に入ったのは大きな尻尾だった。
「ほ、新聞を見たがお前さん方本当に焼き芋屋を始めたんじゃのう」
 最近外の世界からやってきたという化け狸だ。そして山彦の方を見てニタリと笑った。
「住職には内緒で買ってやろうか」
「えっでも」
「構わん構わん」
「えーと、どうしようかな」
 尻尾がパタパタ動いている。
「んーお願いしま」
「それはいいのかなぁ」
どこかからかうような響きを含む声がして山彦と化け狸の更に背後に視線を向けると鼠の耳を持った少女がいた。咎めているわけではないようだ。化け狸は苦笑する。
「仕方ないのう。全部で三つじゃ」
「あ、今準備中なんですよ。予約が他にも入ってて遅くなるかもしれませんができたらお届けしますよ。お寺でいいんですよね? 門のところにいますか?」
「儂と響子はそうじゃな…」
「私はあとで無縁塚の方に頼むよ」
「はい、かしこまりました。できたらお届けしますので…」
 穣子がリヤカーを持ち上げたので押す準備をすると、横から化け狸が覗き込んできた。
「まだまだ現役だと思っておったがこの装置が幻想入りするとはな。もっとお手軽に出来るものに淘汰されてしまったんじゃろうな。しかし考えたものだの。まさか商売を始めるとは…これなら人々の記憶から忘れ去られてしまうことも早々ないじゃろうて。資金繰りに困ったらいつでも来るといい。利息は安くしておくぞい」
 ――いや、いやいやいやいや。
 商売開始早々何を言い出すのかと口を開きかけると、それより先に穣子が言った。
「商売始めたばっかで不吉なこと言わないでよ!」
 すると鼠耳の少女が鼻を鳴らした。
「――これは、もしかしてあれかな。山の神の入れ知恵かな? 随分と現世利益的というか世俗的というか俗な方法だね」
「…言葉をオブラートに包みなさいよ。それに全部一緒の意味じゃない」
「オブラートは幻想郷にないからね。まだまだ外の世界で現役だよ」
「うぎぎ…」
「これじゃ信仰の対象どころかここにいる山彦よりもっとか細い存在感の「妖怪」になるよ。幻の焼き芋売りだとかなんとかいう妖怪だ。そうだろう二つ岩の」
「いや、着眼点はよいと思うぞい。そのビジネスがうまくいけば商売繁盛の神格も得られるかもしれん。成功すればの話じゃがな」
 後半を強調されてムッとしてしまったので静葉は口を挟んだ。
「あなたに何が分かるのよ」
「儂は外の世界で信仰の対象だったからの」
「えっ」
 化け狸は煙管を懐から取り出した。
「家内安全安産その他諸々じゃ。そして儂は必ず己の力を人間たちに見せた。妖怪としても人間を化かした。お前さん方のその素朴さは好ましいと思うが、それだけではこの先厳しいと思っとるぞ」
「……」
 ぐうの音も出ない。新参者にここまで言われるとは正直思ってもみなかった。
 山彦の耳がぴょんと動いた。
「そうだ! 仏門に入りましょうよ! 私もそれで救われましたし!」
「は?」
 静葉と穣子同時に叫んでいた。
「あなた何言ってるの!?」
 鼠耳の少女はその横で大笑いしている。
「いや、それもアリだと思うよ。毘沙門天様だって仏の顔と武神としての顔と財福の神としての顔を持っているんだ。それにあやかればいいよ秋神様」
人 間側に不可抗力で習合されてしまったのならともかく、自ら進んで仏教徒になろうとは決して思わない。八百万の神としての誇りがあるのだ。ここにいても疲労感と悲壮感が蓄積されるだけだと判断して、静葉は前の方に回って穣子からリヤカーの引手を奪った。
「とりあえず、次に移動しなきゃいけないので、できたら持っていきます」
 そしてその場を脱出する。穣子は後ろに回ってリヤカーを押し出した。
暫くはどちらも無言だった。穣子も鼠と化け狸が言ったことが引っかかっているのかもしれなかった。
 ――このまま、これでいいのかしら。
 そんな思いで始めたことなのに同じ思いで躓いている。そもそも商売を始めたこと自体が間違いだったのではないだろうか。人間に畏怖の念を抱かせる方向性の方が良かったのではなかろうか。しかし静葉にしろ穣子にしろ畏怖を人間に与えるにしては余りにも力が弱すぎる。畑を荒らすなんて害獣と同じだ。それに紅葉させない、落葉させないなんて木が可哀想でできない。
「…姉さん」
「うん? どうしたの?」
 穣子も不安そうだ。きっと似たようなことを考えているのだろうと思ったのだが。
「さっきの化け狸、ちゃんとお金払ってくれるかしら…まさか葉っぱとかそういう」
「……」
 不安がまた増えてしまった。



 気を集中させて幹の芯を突くよう蹴りを入れる。はらはらと枯れ葉が落ちた。残っているものは風雨に任せることにして次の木へ移る。
次の芋が焼き上がるまでにまだ時間があったので静葉は自分の仕事をすることにした。ある程度は作り置きできるのだが、そんなに大量生産ができないのがネックだ。火の加減を見ながらリヤカーを中心に放射状に落葉を促す。
 その間に河童や天狗や山童が入れ替わり立ち替わり買いに来た。河童や山童はそうでもなかったが、天狗からは奇異な目で見られた。彼らは野次馬根性で買いに来たという方が正しいかもしれない。秋の神が焼き芋を売っているという事実が、神格すら得ている彼らから見れば相当バカバカしいことなのだろう。それに比較対象が恐らくあの山の神だ。技術革新とか言いながらダムを作ろうとしたり地下で発電していたりとやたらスケールのでかい彼女たちと自分たちとでは何もかも違いすぎる。どうして彼女たちが外の世界で信仰を失ったのかさっぱり分からない。彼女たちでさえそうなら、自分たち姉妹は外の世界へ行った途端消滅してしまいそうだ。
 深々とため息をついて屋台の場所に戻った。近くにあった切り株に腰掛ける。
「――」
 静かだ。風の音しか聞こえない。
 ――冬だ。
 風の匂いと音は四季で違う。初冬に吹く風は冷たくて暗い匂いがする。
 ――次の秋まで遠いなぁ。
 四季がなければ自分たちは存在しない。それは頭で理解しているのだが、ずっと秋であればいいと思うことがある。秋は良い季節だ。涼しくて過ごし易い上、美味しいものがたくさん実る。そんな季節がずっと続いたら自分たちの力も強くなる気がする。
 背後でかさりと枯れ葉を踏む音がした。気配は全くなかったのだがそんな風に現れる連中は幻想郷には多い。もしかしたらスキマ妖怪の式が自分の式のために焼き芋を買いに来たのかもしれない。できることならお得意様になって欲しいでも狐や猫も焼き芋食べるのかしら――そんなことを考えながら振り向いた。
 そこにいたのは河童でも天狗でも狐でもなかった。
 ――見たことのない顔。
 それでも誰かに似ていると思った。腰まで伸びる長い金髪と、金色の目、大きく前面部分にスリットの入った露出が少ないようで多い服。
「あなたが焼き芋屋さん?」
「ええ――そうです」
 立ち上がる。
「ある方から聞いてきたのだけれど――焼き芋はあるかしら」
「ええとただ今準備中でして、予約されますか? 出来上がったらお届けいたしますよ」
 彼女は手に持っていた扇子を顎に当ててちょっと考えていたが。
「そうさせてもらいます」
「はい、かしこまりました。ええとおいくつ必要ですか」
「そうね……」
 指が順繰り折られて7で止まった。
「7つね」
「はい。ではお届け先は…」
 しかし彼女は何かに気づいたようで少し困ったような顔をした。
「やっぱりここで待たせてもらってもいいかしら」
「――いいですけど、うーん」
 河童が作ってくれたタイマーを見た。
「あと20分はかかりますよ」
「時間ならたくさんありますから」
「は、はぁ」
まずいことになってしまったと思った。少しくらいなら対応も可能だが長時間見ず知らずの相手と会話するのは苦手だ。
 ――穣子がいれば。
 そろそろ帰って来てもいいころだ。妹の方がそういったことには慣れている。
 空を見上げてみたが曇天が広がるばかりで妹の姿はない。
「この――これは屋台なのですか?」
「ん? え? うーん、まぁ屋台ですね。屋根はないけど」
「この機械を作れる技術が幻想郷にあったかしら」
「いえこれは最近幻想入りしたものなんですよ。河童にちょっと改造してもらいましたが」
「ああ、外の世界のものなのね。どうりで…」
 その後何か言葉が続いたが口元が扇子で覆われてよく聞き取れなかった。
 ――似てる。
 やはりどことなく仕草があのスキマ妖怪に似ている。もっとも向こうの方が数百倍胡散臭い。目の前の客の方がずっと上品な感じがした。
 客は辺りを見回して、微かに顔を歪めた。その視線の先には――何があるのかよく分からなかった。先刻落葉させたばかりの葉っぱがあるだけだ。
「それにしてもここには本当に色々な存在がいるのね。焼き芋売りですら妖怪化するなんて」
 客ののんびりとした声に顔が引きつった。とうとう恐れていた事態が起きてしまった。妖怪焼き芋売りとしての認識は何としてでも避けたい。
「違います! 違います! 私は幻想郷の秋を司る神です。厳密に言うと紅葉の担当です」
 彼女は目を瞬かせた。
「貴女は竜田姫――そんなわけないわよね」
「違います。滅相もありません。私はたまたまそんな力を持っていただけです。確かに彼女の庇護下にあったことはありますが」
 遠い昔の記憶がよみがえる。容姿はもう朧気だが鮮やかな緋色の錦は今でも思い出せる。手をかざすだけで山の彩りを変えることができ、彼女が通るだけで葉を落葉させることができた。同じような力を持った自分でさえ見惚れてしまうぐらいのものだった。
 ――いや、私は手で塗るのが精一杯だけど。
 そんな彼女ですら最後に会ったときは名だけを残して忘れ去られようとしていた。人間は残酷だ。
 名が残るならまだいい。名すら忘れられたら、特にこの幻想郷で忘れられてしまったら何処に行くのだろう。
「貴女は、ずっとこの地に住んでいるのですか?」
「ここは元々そういう土地だったんですよ。私達のようなものが集まる溜まり場というか。妹とその噂を聞いて引っ越してきて、そしたらいつの間にか博麗大結界に取り込まれていましたね。あ、妹は同じく幻想郷の豊穣を司っています」
「あら、妹がいるのね。私にもいるのよ」
「へぇー」
「妹は私より優秀なのです。だからいつも色々なことを任せっきりで」
 悪戯っぽく客は笑って扇子を閉じた。
「それで差し入れしなきゃと思って――八意様に焼き芋を薦められたのです」
「――」
 一瞬誰だか分からなかった。そういえばそんな名前の医者が竹林にいるという話を聞いたことがある。たまに焼き芋を買いにくる妖怪兎の主だったろうか。何にせよお得意様が増えるのはいいことだ。商売の安定につながる。
 ――商売繁盛か。
 あの化け狸の言った通り、秋だけでなくその神格も増えれば人間の信仰も今よりずっと厚くなるだろう。少なくとも静葉にとっては良い話だ。紅葉の神であることに誇りをもっているが、それだけではやっていけなくなってきているのも事実だ。ここでの時間の流れは外の世界よりずっと緩やかだが、それでも発展は続いている。紅葉という人の生活に直接関わらないものが見向きもされないような時代が来てしまうかもしれない。幻想郷でさえ存在があやふやになって消えかける妖怪だっているのだ。あの山彦のように。
 ふと、彼女に覗き込まれていることに気づいた。
「わっ」
「貴方はさっきから悲しそうな顔ばかりなのね。幻想郷にいると誰でも暢気に平和的になるって聞いていたのだけど」
「――誰がそんなこと言ったんですが。そんなことはありません。ここで暮らしていたって困ったことは起きるし――信仰の取り合いだってあるし」
「まるで人間のようね」
「何がですか」
「神ですら生存競争から逃れられないことが、です」
「それは、まぁ、仕方ないと思ってます。本当は嫌だけど。信仰が無ければ神としては存在できないし、零落して野良妖怪になっちゃうかもしれないし、妖怪になったらなったで今度は幻想郷における妖怪の務めを果たさなきゃ存在できなくなって死んでしまうし」
「死が怖いのですか」
「そりゃ、怖いです。私は秋の女神とは言ってるけど本当はもうかなり野良妖怪に近い状態なんです」
「でも地上に暮らしている限りは死からは逃れられないでしょう? 逃れたいなら穢れのない場所に行くしかないけれど――」
 遥か昔に穢れのない場所へ移り住んだ神々の話を聞いたことがあった。ただ内容はうろ覚えだ。自分たちにはあまり関係のない話だと思っていたからだ。とにかくその頃は自分たちの存在を保つのに必死だったせいもある。どこかへ去っていった神々のことなど気にしてはいられなかった。
 ――どこだったかしら。
 ――浄土?
「もっとも、そこへ移り住んでも完全に死を回避することはできませんけどね。何物にも僅かに穢れはあるものだから」
「そうなんですか? よく分かりません」
「そうなのです。けれども地上に生きるよりは遥かに長い歳月を生きることが出来るでしょう」
「うーん、前に聞いたことがあるけどイマイチよく理解が…」
「例えば、飢えることも暑さも寒さも競争もない――そんな場所があれば、生きることが最善ではなくなると思いませんか? 生きることを意識するからこそ死の匂いが濃くなるのです。生も死もない世界、生きることが競争ではない世界、そんな場所で穏やかに暮らす」
「うーん」
 寒さや暑さがないということは紅葉もないのではないだろうか。それに飢えることがないのはいいとは思うのだが、豊穣の喜びを知ることもないということだ。全てが満ちたりているというのは全てが無いのと同じような気がした。それとも、その考えがよくないという話なのだろうか。
 ――でも紅葉がないのは嫌よね。
「納得がいきませんか? まぁ、地上に生きる貴女にこんな話をしても仕方がなかったですね」
「いえ――ただ、そんなところに住んでたら私も妹も真っ先に忘れ去られそうですね」
「――それもそうね」
「そういう穏やかな世界はいいと思うんですけど……でも今暮らしてるのはこの幻想郷ですし。私も妹も幻想郷が気に入っていて……ここで生きて行こうって妹と昔決めたんです」
「昔?」
「元々私達姉妹は大陸の――ずっとずっと西にいて」
 小さくて平和な村だった。秋の訪れと終焉をもたらしていた精霊の姉妹はいつか秋の女神として信仰されるようになっていった。そんな日々はあるとき唐突に終わってしまった。大きな勢力を持った神が自分たちを邪教の神だと判断し村を焼き払ったのだ。残った村人は改宗し、自分たちはいつの間にか人間を惑わす淫魔だと罵られる対象になってしまった。本当にそんな存在にならないように東へ逃げて逃げてやっと辿り着いたのがこの島国だった。その頃にはもうあの村での自分たちの名前すら忘れかけていた。島国には四季があり、外から来たものを全て神として取り込んでいった。自分たち姉妹も似たような能力を持つ女神の庇護下に置かれ島国風の名前をもらって、ここにいる。
「ここは平和でいいです。うん…確かにここにいると暢気になるかもしれません。今まで過去のことを思い出したことはあまりなかったから」
 存在が消えてしまうかもしれないという恐怖は確かにあるのだが、淫魔になってしまうかもしれないという恐怖よりはマシだと思っている。別の何かに変わってしまうくらいなら存在が薄れても紅葉の神でありたい。
「私も妹も幻想郷になくてはならない存在だと…自称してます。雨風をもたらすことはできないけれど美味しいお芋を作ることができるし。この芋は私が落とした葉っぱから作った堆肥を肥料にして妹が丹精込めて育てたものです」
「あら、材料は貴方たちがつくったの」
「そうです」
 ――ちょっと契約農家さんのも混じってるけど。
 その辺は内緒にすることにした。
 タイマーが鳴り響いた。
「…できました」
 窯の蓋を開けると甘い匂いが漂った。竹串を刺してみるとめり込んで貫通した。大丈夫そうだった。
 天狗の新聞を取り出して、芋を包む。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 手元に一つ余った。ふと思いついたので二つに割って片方を渡す。
「試しに食べてみてください」
「いいのかしら?」
「どうぞ」
 彼女は片方を受け取ると湯気が立っている芋にそのままかぶりついた。そのままもくもくと咀嚼する。
 美味しいと言うと思った。自分たちの焼き芋を食べた者は例外なくうまいと言ったからだ。
 しかし嚥下して彼女が言い放った一言は。
「うん。いかにも地上の食べ物という感じの味ね。雑味があって逆に味わい深いというか――クセになる味ね」
 ――これは、ひょっとして褒められていない?
 彼女を凝視したが別に貶しているわけではなさそうだった。
「ん? あ、そうそう、お金が必要なのよね。持ち合わせが今ないから物々交換でいいかしら」
 その視線を別の意味に取られてしまった。物々交換でも一応応じていたので頷く。
 彼女は一旦焼き芋の包みを切り株の上に置くとどこか――どこかだった。空中のどこかに手を突っ込んで桃を何個か取り出した。
「桃…? 今の季節に?」
「この桃は特別なのです」
 ウインクして桃を静葉に渡した。
「あまり暗い顔ばかりしていてはダメですよ? せっかくの美味しいものも美味しくなくなってしまいますから」
 そしてまた焼き芋を持った。
 ――あれは。
 見たことがある。あの空間の裂け目。いや境界だろうか。スキマ妖怪の使うものによく似ていたがでも違う。両端のリボンと空間の中の目がない。その中に彼女は入っていった。
 裂け目が閉じた。
 ――何だったのかしら。
 とりあえず桃を荷台にあった風呂敷に包んで置いておいた。そして残っていた片方の芋を頬張る。
「美味しいじゃない」
 ぽつりと呟いて、リヤカー後ろの芋の残量を確認した。
 ――今日はもう終わりかな。
 幟を降ろして窯の火を消していると穣子が帰ってきた。
「あ、姉さん、全部売れたの?」
「ちょっと残ってるけど明日でいいでしょ」
「そうね…うん? これはなに?」
「ああそれ? お金がないって言ったから物々交換したの」
「桃? 今の季節に桃なんて…」
 穣子がその一つを手に取って見つめた。すぅと目が細くなる。
「姉さん、これ…」
 そしてそのまま噛り付いた。
「えっ、ちょっとちょっと。後で切り分けて食べようと思ってたのに」
 食べかけを差し出された。
「姉さん、これ一口食べてみて」
「ええ…?」
「いいから」
 気迫に押されて仕方なく桃を受け取ってそのまま噛り付く。
 ――美味しい。
 それは村人からたまにもらう農産物とはかけ離れたまろやかで洗練された甘さの桃だった。
 ――だけど。
 ――何か物足りない気が。
「土の味がしないでしょ」
「…ああ、言われてみれば」
「多分地上で作られたものじゃないと思う」
「あー」
「何、姉さん」
 何となく納得してしまった。竹林に住むものは元々宇宙人だったらしいので、その知り合いとなれば宇宙人でもおかしくない。これは宇宙で作られたものなのかもしれない。
「ううん。宇宙で作られたものなのかなって」
「宇宙? まさか。どうやって宇宙で桃を作るの。というか天界の桃なのかって一瞬思っちゃった」
「天界か、そうね。それも考えられるわけよね。確か食べると身体が頑丈になるのよね」
「身体が頑丈になってもねぇ……」
 穣子がため息をついた。
「もっとこう、精神的に頑丈になるような食べ物はないかしら。何言われても動じなくなる奴とか。聞いてよ姉さん。お金はちゃんと化け狸から回収してきたんだけどさぁ、商売の在り方について説教されて、そうこうしてる内に住職に見つかって、仏教に勧誘されて散々だったのよ。もう自棄になって本当に仏門に入ってやろうかって思っちゃったくらいにして――」
 更に深いため息をついた後、穣子はしゃがみ込んだ。
「悟りを開いたら、信仰についてとか色々考えることがなくなるのかしら。そんなことまで考えちゃったの」
「――」
「…自信が無くなってきて」
「――穣子、あのね」
「なに、姉さん」
「私達、ここで生きて行こうって、あのとき決めたわよね?」
「…うん、なに? いきなり」
「何かに悩むことが無いって、それは満たされているってことじゃなくて何も無いのと同じだと思うの。ここで生きていくってことは悩むことを受け入れているってことじゃない?」
「うん?」
「要するに、私は紅葉、あなたは豊穣の神として頑張って生きていくってあのとき決めたんだからもうちょっとここで頑張りましょう。これを頑張れば商売繁盛の神格も得られるかもしれないし、そしたら力が増してもっと色々なことができるようになるかもしれないし」
「……ん、そうね」
 手を差し出すと穣子はその手を掴んで立ち上がった。
「今度は私が引くから穣子は押してちょうだい」
「うん……もっと軽量化できないか河童に聴いてみないと」
「もう少しお金を稼がないとね」
「世知辛いわー。皆が喜んでくれるのは嬉しいけど、どうしたって銭が絡むのねぇ」
 それでも、自分たちの存在がもっと確かなものになって寿命が伸びたら、誰かの喜ぶ顔が見れる機会が増えるのだ。
 それはいいことのように思えた。
 飢えも渇きも争いもなかったらそれは平和だろうが、多分退屈だ。
 妖怪として認識されてしまうのは困るが、今のように四苦八苦している内が実は幸せなのかもしれなかった。
桃と焼き芋の物々交換の風景を書きたかっただけです。
銅緑
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
恐らく、細部まで拘りたいタイプの作家さんなのかな?
物語の骨子となる重要な部分はそのままにして、その他の部分で要約できそうな箇所は要約するなど、もう少し情報を整理して、文章をシェイプアップすると良いかなーと。そこがとても惜しいなと感じました。
折角、物語の内容自体はオチも含めて、とても面白い仕上がりになっているのに、過度な情報量の多さが足を引っ張っている印象を受けました。

ただ、先述した通り、お話自体はとても面白かったです。
次回作に期待してます。
2.銅緑削除
滅茶苦茶遅くなりましたがコメントありがとうございます。
最初の原稿がスッカスカだったので色々付け足したのが逆にいけなかったみたいですね。
反省点です。