「茨華仙さま、ごきげんよう」
「ごきげんよう。
あら、ずいぶん暖かそうな手袋ね」
「はい。先日、廟のもの達に防寒グッズを作って提供したのですが、素材が余ったので」
色は地味だが品のいい造りの手袋を見せる、青の邪仙、霍青娥。
それと相対するのは、もこもこのコートを身に纏ったピンク仙人、茨華仙こと茨木華扇こと華扇ちゃんである。
「こんなところに何をしに来たのですか」
「ええ。少し、今日は時間が出来まして。
このようなものを」
「本ですか」
「はい。
しかも、幻想郷では手に入らない外様の本ですから」
「なるほど」
言われて、彼女からその本を受け取ってみると、確かに普段、自分が目にするような書物とは別物であるのがわかる。
紙が使われていない……いや、使われているのかもしれないが、自分の知るいわゆる『紙』とは違う『紙』で作られた本だ。
ページは全てカラーページとなっていて、写真がふんだんに使われている。
その内容を見るに、これはいわゆる『料理本』であるらしい。
「こんなものまであるのね、あの本屋は」
「そこのご主人曰く、『とある知り合いに交渉して手に入れた、珍しい代物』だそうですよ。
ご本人は料理が出来ないらしいので、内容自体にそれほど興味はないみたいですけれど」
レアいものだから、中身はともあれ、とにかく欲しい、ということであるらしい。
全く、世の中のコレクターというやつは。物の本質を追求せず、ただ外側だけを追及する不心得もののなんと多いことか。
嘆かわしいと思うと同時に、しかしそれが人間というやつでもあるので、あまり深く立ち入るようなことはしない。
極論、『そんなの人それぞれ』で終わってしまうことだからだ。
「あなた、料理は出来るでしょう。新しい料理を覚えるつもりなの?」
「それもありますけれど」
そこで、華扇は、青娥が妙に嬉しそう……というか、そわそわしているのに気がついた。
はて、どうしたのか。
それを彼女に問いかけると、青娥は『待ってました』とばかりに答えてくれる。
「はい。
実は先日、布都ちゃんと芳香から『バレンタインのチョコレートのお返し』を頂いてしまったのです」
「ああ」
それでか、と華扇は内心、ぽんと手を打った。
青娥が持ってきたこの本。確かに料理が対象となる本なのだが、その内容は若干、偏っている。
こいつはつまるところ『お菓子作り』の本であった。
「いつも色々もらっているから、とたくさんもらってしまいまして。
当然、一人では食べきれないものですから。傷んでしまうのはあまりにももったいないですし」
「そうですね。
どんなものにも、いわゆる『食べ時』がありますから。それを逃してしまうのは惜しいですね」
「ちゃんとした保存環境に置いておけば、いつだって食べられる、そんなものもあるのですけれど、今回のは残念ながら」
「そこまで考慮して買ってこられると、逆に困ってしまいますけどね」
「ええ、全く。仰る通りです」
そういうわけで、と青娥。
その『もらったお返し』を使って、何か美味しいお菓子は作れないかと考えたらしい。
当然、彼女にお返しをした布都や芳香は『青娥に食べてもらう』のが目的でお菓子などを贈っている。青娥が『先日、もらったお菓子なんですけれど、食べきれないのでみんなで食べましょう』と、素直にそれ単品を差し出しても『いや、贈ったものは受け取るわけにはいかない』と断るだろう。
あの二人……というか、布都は特に、そういうところが妙に律儀なのだ。
「わたくしは洋菓子の経験がないもので、やはり、先人の知恵に頼ろうかと」
「よい心がけですね」
そこで、このような本を手に入れ、お菓子を『加工』してしまって、みんなで一緒に食べましょう、ということであった。
さすがは霍青娥。子供をこよなく愛する(やや語弊あり)淑女である。
「華扇さまもいかがでしょう?」
「いえ、さすがにそれは。
彼女たちに美味しいお菓子を食べさせてあげてください」
「はい。承知いたしました。
ああ、それでは、わたくしはこれで。茨華仙さま、ごきげんよう」
ぺこりと折り目正しく頭を下げて、青娥はその場を後にする。
珍しく、今日は何事もなく一件が終わったものだと感慨深くうなずきながら、華扇はふと思う。
「……お返しか」
青娥の一言が、妙に深く頭に残っている。
お返し。言うまでもなく、もらったものに対して敬意と感謝を示す行為である。
一般的に言うのなら、贈り物に対する『お返し』というのが最も多い。大抵は、もらったものに対して釣り合うものを相手に返すのが慣わしだろう。
すなわち、『お菓子にはお菓子』のお返しがあるのが常道なのである。
「……」
華扇はその視線をどこぞへと向け、とうっ、と地面を蹴って飛び上がった。
そのまま彼女はまっすぐに目的地――裏寂れた神社へとやってくる。
「霊夢。今日も雪かきに精が出ますね」
「いやみかこんちくしょう」
その境内で、神社の主が甲斐甲斐しく、訪れるものがほとんどいないからと言ってサボるわけにもいかない掃除を行っている。彼女の名を博麗霊夢という。
このうらぶれた神社の主である。
「いえ、実はですね」
と、華扇はポケットから取り出したお財布の口を開け、賽銭箱へと浄財を放り込む。
すると霊夢は先ほどまでの不遜かつ失礼かつ不敵な態度(なお、原因は華扇にもあるのは言うまでもない)をぶん投げて、その場に額ずきひれ伏し、『ははーっ! 仙人さま、ありがたやありがたやー!』と華扇を拝み倒す。
「……何あれ」
「さもしい人生を送っていると、心までさもしくなると言う表れよね」
「スターのそういう態度もそういう人生送ってると醸成されるのね」
「あら何のこと、おほほほほ」
そしてそんな霊夢に『土地代』として、雪かきに担ぎ出されている妖精が三人。うち一人は仕事サボって社殿でのんびりしていたりするのだが、さておき。
「あなた、今年のバレンタインには、誰かに何かもらった?」
「へっ? も、もらったとか、もらってないとか、何でそんなこと、あんたに言わないといけないのよ!」
と、霊夢は予想通りにうろたえてみせる。
これでは自分の素性を白状しているのも同然だ。やはり、この博麗霊夢、人生経験というか恋愛経験値が全く足りていない。
「お返しはしたの?」
「だ、だから! 何で、あんたにそんなこと、言わないといけないのよ!」
顔を真っ赤にして反論してくる。
なるほど。これはすでにその相手に贈り物を贈っているのだろう。
華扇はそれ以上のことを追求せず、なるほど、とうなずく。
「私があなたに何かをあげたら、ちゃんとあなたはお返しをしてくれますか?」
「……は?」
そこで唐突な質問。
霊夢は茹蛸のように沸騰していた頭を一瞬で冷やして、「まぁ、状況によるけど」という曖昧な返事をしてくる。
「そりゃ、ものもらって『はいありがと』なんて、魔理沙以外にはやらないわよ。不義理になるし。釣り合うものはきちんと返す」
「何で魔理沙限定なのかしら」
「あれはあの人の悪友だもの」
「なるほど。ある意味、遠慮しない関係ってことね」
などと、口さがのないこといいまくる妖精たち。霊夢はそちらに向かって「あんたら、聞こえてんのよ!」と雪玉投げつける。
「ふぅん」
「そりゃ、あげたものの10倍の値段のものよこせ、って言われたら夢想封印をプレゼントするけど」
「そんな欲深いことを誰が言うものですか」
「たまにいるみたいよ。そういうの。
人間とは欲深いものだ、ってね。どっかのお坊様が、108回も鐘をつかないといけない理由もわかるわ」
それで? と霊夢。
華扇はうなずいた後、
「あなた、普段、甘いものとか食べる余裕がないでしょう?
来年から、私もあなたに何かあげましょうか」
「あ、ほんと? くれるならもらう。
お返し? そりゃするけど」
「あら、珍しい」
「こういう時に紅魔館に頼るのよ」
華扇は『よろしい。商談成立ね』と霊夢の肩をぽんと叩いた。
それで満足したのか、彼女は神社を後にする。
「……何しにきたのよ。あいつ」
その後ろ姿を見ながら、いまいち、華扇の真意が推し量れない霊夢は首を傾げるだけだった。
「……紅魔館の『季節限定 プレゼントスイートファッション』来年こそ手に入る!」
家に戻ってきた華扇は、そう、嬉しそうに宣言した。
――説明しよう。
紅魔館の『季節限定プレゼントスイートファッション』とは、この季節――要するに、バレンタインとホワイトデー限定――で販売される『お菓子の詰め合わせギフト』のようなものである。
世の男性、そして女性たち向けに販売されるこの商品は、バレンタインの時期なら『義理』と『本命』を同時に手に入れることが可能なお得なセットとなっており、どんと購入して回りに配って回ることが出来るということで、主に社会的つながりを持つ人々(要はお仕事してる人たち)が好んで買っていく。
一方のホワイトデーの時期には、これまた様々な『女性が好きそうなお菓子』が詰め込まれており、それぞれに『用途』を解説するメッセージも付け加えられていると言う気の配られたセットとなっている。
質より量と、これだけを見れば思うことだろう。だが、そこは紅魔館。『そんな手抜きはしない』と、たとえ『義理』として配られるものであっても、紅魔館の本気がこれでもかと詰め込まれた、味的にも大変美味しい代物なのだ。
そして、このセット、値段がとにかく安い。驚くほど安い。本当に採算取れてるのかと疑うほどひたすら安い。
にも拘わらず、内容は上記の通りであるのだから、『お一人様一つ限定』なのは当然として、『配る相手』がいない人にはそもそも販売してくれないのだ。
――華扇にとって、バレンタイン、そしてホワイトデーと言うのは、『日頃の自分へのご褒美』に過ぎないものであった。
だから、彼女は、たとえ一週間前から紅魔館の前に並んだとしても『対象者じゃない』として売ってもらえない立場のものなのだ。そのたびに血の涙を流したものである。
だが、これで彼女も、来年からは『対象者』となる。
霊夢は間違いなく、この商品を購入するだろう。何せ『安くてお得』なのだ。あの万年金欠巫女が飛びつかないわけがない。そして、彼女の恋愛経験値の低さから言っても、『何買ったらいいかわからないからとりあえず』で選ぶ可能性は実に高い。
その時に、霊夢があれを『釣り合うもの』として華扇に返してくれるように、華扇は霊夢に『贈り物』をすればいい。
何なら霊夢にも『要求』をしておいて、バレンタインの時に自らそれを購入してきたっていい。
「ふっふっふ……! 我ながら、完璧な計画ね!」
自分は欲しいものが手に入る。相手も欲しいものが手に入る。まさにWin-Win。どちらも悲しむことはない、勝利の方程式がここに組みあがった。
これは来年が待ち遠しいと言わざるを得ないだろう。
霊夢からもらった『贈り物』を三日ほどかけて――ちなみにその内容量は、もしも一人で食べることを想定した場合、一週間はかかるレベル――ゆっくりと味わうのである。
日頃の苦労が報われる、そんな瞬間が年に二度、しかも二月三月と連続してやってくる。
――我が生涯にいっぺんの悔いなし!
華扇は己の勝利を確信して拳を突き上げる。
「そうなれば、来年に向けて、情報のリサーチを始めないと。
霊夢が好きそうなものをうまいこと仕上げて、値段的にも遜色ない感じに収めて、あとしれっと情報流して洗脳して――やること盛りだくさんだわ! 頑張らないと!」
こうして、華扇ちゃんの『バレンタイン&ホワイトデープレゼント大作戦』が始まった。
己の精力の全てをかけて、ただ一つの目的に到達するために。
仙人は、決して、手を抜かない。
獅子はただ一匹の兎を狩るにも全力を出すのだ。
勝利のために、いざ突き進め、茨華仙! これがわたしの仙人道!!
――なお、そういうのを、世の中では『取らぬ狸の皮算用』というのであるが、それはまぁ、この際、さておこう。
「ごきげんよう。
あら、ずいぶん暖かそうな手袋ね」
「はい。先日、廟のもの達に防寒グッズを作って提供したのですが、素材が余ったので」
色は地味だが品のいい造りの手袋を見せる、青の邪仙、霍青娥。
それと相対するのは、もこもこのコートを身に纏ったピンク仙人、茨華仙こと茨木華扇こと華扇ちゃんである。
「こんなところに何をしに来たのですか」
「ええ。少し、今日は時間が出来まして。
このようなものを」
「本ですか」
「はい。
しかも、幻想郷では手に入らない外様の本ですから」
「なるほど」
言われて、彼女からその本を受け取ってみると、確かに普段、自分が目にするような書物とは別物であるのがわかる。
紙が使われていない……いや、使われているのかもしれないが、自分の知るいわゆる『紙』とは違う『紙』で作られた本だ。
ページは全てカラーページとなっていて、写真がふんだんに使われている。
その内容を見るに、これはいわゆる『料理本』であるらしい。
「こんなものまであるのね、あの本屋は」
「そこのご主人曰く、『とある知り合いに交渉して手に入れた、珍しい代物』だそうですよ。
ご本人は料理が出来ないらしいので、内容自体にそれほど興味はないみたいですけれど」
レアいものだから、中身はともあれ、とにかく欲しい、ということであるらしい。
全く、世の中のコレクターというやつは。物の本質を追求せず、ただ外側だけを追及する不心得もののなんと多いことか。
嘆かわしいと思うと同時に、しかしそれが人間というやつでもあるので、あまり深く立ち入るようなことはしない。
極論、『そんなの人それぞれ』で終わってしまうことだからだ。
「あなた、料理は出来るでしょう。新しい料理を覚えるつもりなの?」
「それもありますけれど」
そこで、華扇は、青娥が妙に嬉しそう……というか、そわそわしているのに気がついた。
はて、どうしたのか。
それを彼女に問いかけると、青娥は『待ってました』とばかりに答えてくれる。
「はい。
実は先日、布都ちゃんと芳香から『バレンタインのチョコレートのお返し』を頂いてしまったのです」
「ああ」
それでか、と華扇は内心、ぽんと手を打った。
青娥が持ってきたこの本。確かに料理が対象となる本なのだが、その内容は若干、偏っている。
こいつはつまるところ『お菓子作り』の本であった。
「いつも色々もらっているから、とたくさんもらってしまいまして。
当然、一人では食べきれないものですから。傷んでしまうのはあまりにももったいないですし」
「そうですね。
どんなものにも、いわゆる『食べ時』がありますから。それを逃してしまうのは惜しいですね」
「ちゃんとした保存環境に置いておけば、いつだって食べられる、そんなものもあるのですけれど、今回のは残念ながら」
「そこまで考慮して買ってこられると、逆に困ってしまいますけどね」
「ええ、全く。仰る通りです」
そういうわけで、と青娥。
その『もらったお返し』を使って、何か美味しいお菓子は作れないかと考えたらしい。
当然、彼女にお返しをした布都や芳香は『青娥に食べてもらう』のが目的でお菓子などを贈っている。青娥が『先日、もらったお菓子なんですけれど、食べきれないのでみんなで食べましょう』と、素直にそれ単品を差し出しても『いや、贈ったものは受け取るわけにはいかない』と断るだろう。
あの二人……というか、布都は特に、そういうところが妙に律儀なのだ。
「わたくしは洋菓子の経験がないもので、やはり、先人の知恵に頼ろうかと」
「よい心がけですね」
そこで、このような本を手に入れ、お菓子を『加工』してしまって、みんなで一緒に食べましょう、ということであった。
さすがは霍青娥。子供をこよなく愛する(やや語弊あり)淑女である。
「華扇さまもいかがでしょう?」
「いえ、さすがにそれは。
彼女たちに美味しいお菓子を食べさせてあげてください」
「はい。承知いたしました。
ああ、それでは、わたくしはこれで。茨華仙さま、ごきげんよう」
ぺこりと折り目正しく頭を下げて、青娥はその場を後にする。
珍しく、今日は何事もなく一件が終わったものだと感慨深くうなずきながら、華扇はふと思う。
「……お返しか」
青娥の一言が、妙に深く頭に残っている。
お返し。言うまでもなく、もらったものに対して敬意と感謝を示す行為である。
一般的に言うのなら、贈り物に対する『お返し』というのが最も多い。大抵は、もらったものに対して釣り合うものを相手に返すのが慣わしだろう。
すなわち、『お菓子にはお菓子』のお返しがあるのが常道なのである。
「……」
華扇はその視線をどこぞへと向け、とうっ、と地面を蹴って飛び上がった。
そのまま彼女はまっすぐに目的地――裏寂れた神社へとやってくる。
「霊夢。今日も雪かきに精が出ますね」
「いやみかこんちくしょう」
その境内で、神社の主が甲斐甲斐しく、訪れるものがほとんどいないからと言ってサボるわけにもいかない掃除を行っている。彼女の名を博麗霊夢という。
このうらぶれた神社の主である。
「いえ、実はですね」
と、華扇はポケットから取り出したお財布の口を開け、賽銭箱へと浄財を放り込む。
すると霊夢は先ほどまでの不遜かつ失礼かつ不敵な態度(なお、原因は華扇にもあるのは言うまでもない)をぶん投げて、その場に額ずきひれ伏し、『ははーっ! 仙人さま、ありがたやありがたやー!』と華扇を拝み倒す。
「……何あれ」
「さもしい人生を送っていると、心までさもしくなると言う表れよね」
「スターのそういう態度もそういう人生送ってると醸成されるのね」
「あら何のこと、おほほほほ」
そしてそんな霊夢に『土地代』として、雪かきに担ぎ出されている妖精が三人。うち一人は仕事サボって社殿でのんびりしていたりするのだが、さておき。
「あなた、今年のバレンタインには、誰かに何かもらった?」
「へっ? も、もらったとか、もらってないとか、何でそんなこと、あんたに言わないといけないのよ!」
と、霊夢は予想通りにうろたえてみせる。
これでは自分の素性を白状しているのも同然だ。やはり、この博麗霊夢、人生経験というか恋愛経験値が全く足りていない。
「お返しはしたの?」
「だ、だから! 何で、あんたにそんなこと、言わないといけないのよ!」
顔を真っ赤にして反論してくる。
なるほど。これはすでにその相手に贈り物を贈っているのだろう。
華扇はそれ以上のことを追求せず、なるほど、とうなずく。
「私があなたに何かをあげたら、ちゃんとあなたはお返しをしてくれますか?」
「……は?」
そこで唐突な質問。
霊夢は茹蛸のように沸騰していた頭を一瞬で冷やして、「まぁ、状況によるけど」という曖昧な返事をしてくる。
「そりゃ、ものもらって『はいありがと』なんて、魔理沙以外にはやらないわよ。不義理になるし。釣り合うものはきちんと返す」
「何で魔理沙限定なのかしら」
「あれはあの人の悪友だもの」
「なるほど。ある意味、遠慮しない関係ってことね」
などと、口さがのないこといいまくる妖精たち。霊夢はそちらに向かって「あんたら、聞こえてんのよ!」と雪玉投げつける。
「ふぅん」
「そりゃ、あげたものの10倍の値段のものよこせ、って言われたら夢想封印をプレゼントするけど」
「そんな欲深いことを誰が言うものですか」
「たまにいるみたいよ。そういうの。
人間とは欲深いものだ、ってね。どっかのお坊様が、108回も鐘をつかないといけない理由もわかるわ」
それで? と霊夢。
華扇はうなずいた後、
「あなた、普段、甘いものとか食べる余裕がないでしょう?
来年から、私もあなたに何かあげましょうか」
「あ、ほんと? くれるならもらう。
お返し? そりゃするけど」
「あら、珍しい」
「こういう時に紅魔館に頼るのよ」
華扇は『よろしい。商談成立ね』と霊夢の肩をぽんと叩いた。
それで満足したのか、彼女は神社を後にする。
「……何しにきたのよ。あいつ」
その後ろ姿を見ながら、いまいち、華扇の真意が推し量れない霊夢は首を傾げるだけだった。
「……紅魔館の『季節限定 プレゼントスイートファッション』来年こそ手に入る!」
家に戻ってきた華扇は、そう、嬉しそうに宣言した。
――説明しよう。
紅魔館の『季節限定プレゼントスイートファッション』とは、この季節――要するに、バレンタインとホワイトデー限定――で販売される『お菓子の詰め合わせギフト』のようなものである。
世の男性、そして女性たち向けに販売されるこの商品は、バレンタインの時期なら『義理』と『本命』を同時に手に入れることが可能なお得なセットとなっており、どんと購入して回りに配って回ることが出来るということで、主に社会的つながりを持つ人々(要はお仕事してる人たち)が好んで買っていく。
一方のホワイトデーの時期には、これまた様々な『女性が好きそうなお菓子』が詰め込まれており、それぞれに『用途』を解説するメッセージも付け加えられていると言う気の配られたセットとなっている。
質より量と、これだけを見れば思うことだろう。だが、そこは紅魔館。『そんな手抜きはしない』と、たとえ『義理』として配られるものであっても、紅魔館の本気がこれでもかと詰め込まれた、味的にも大変美味しい代物なのだ。
そして、このセット、値段がとにかく安い。驚くほど安い。本当に採算取れてるのかと疑うほどひたすら安い。
にも拘わらず、内容は上記の通りであるのだから、『お一人様一つ限定』なのは当然として、『配る相手』がいない人にはそもそも販売してくれないのだ。
――華扇にとって、バレンタイン、そしてホワイトデーと言うのは、『日頃の自分へのご褒美』に過ぎないものであった。
だから、彼女は、たとえ一週間前から紅魔館の前に並んだとしても『対象者じゃない』として売ってもらえない立場のものなのだ。そのたびに血の涙を流したものである。
だが、これで彼女も、来年からは『対象者』となる。
霊夢は間違いなく、この商品を購入するだろう。何せ『安くてお得』なのだ。あの万年金欠巫女が飛びつかないわけがない。そして、彼女の恋愛経験値の低さから言っても、『何買ったらいいかわからないからとりあえず』で選ぶ可能性は実に高い。
その時に、霊夢があれを『釣り合うもの』として華扇に返してくれるように、華扇は霊夢に『贈り物』をすればいい。
何なら霊夢にも『要求』をしておいて、バレンタインの時に自らそれを購入してきたっていい。
「ふっふっふ……! 我ながら、完璧な計画ね!」
自分は欲しいものが手に入る。相手も欲しいものが手に入る。まさにWin-Win。どちらも悲しむことはない、勝利の方程式がここに組みあがった。
これは来年が待ち遠しいと言わざるを得ないだろう。
霊夢からもらった『贈り物』を三日ほどかけて――ちなみにその内容量は、もしも一人で食べることを想定した場合、一週間はかかるレベル――ゆっくりと味わうのである。
日頃の苦労が報われる、そんな瞬間が年に二度、しかも二月三月と連続してやってくる。
――我が生涯にいっぺんの悔いなし!
華扇は己の勝利を確信して拳を突き上げる。
「そうなれば、来年に向けて、情報のリサーチを始めないと。
霊夢が好きそうなものをうまいこと仕上げて、値段的にも遜色ない感じに収めて、あとしれっと情報流して洗脳して――やること盛りだくさんだわ! 頑張らないと!」
こうして、華扇ちゃんの『バレンタイン&ホワイトデープレゼント大作戦』が始まった。
己の精力の全てをかけて、ただ一つの目的に到達するために。
仙人は、決して、手を抜かない。
獅子はただ一匹の兎を狩るにも全力を出すのだ。
勝利のために、いざ突き進め、茨華仙! これがわたしの仙人道!!
――なお、そういうのを、世の中では『取らぬ狸の皮算用』というのであるが、それはまぁ、この際、さておこう。