北東控え室では、もうじき行われる第六試合より更に後の二試合に備える者達がいる。その内の一人である八坂神奈子は長椅子に座り力ない表情で、まだ試合の始まらない闘技場の映像を眺め続けている。もう一人の魂魄妖夢は一回戦の時同様、部屋の端で正座をして瞑想を続けていた。
「隣、よろしいでしょうか」
自らに向けられた声に反応し、妖夢の開いた目には聖白蓮が映った。しかし、妖夢は少しだけ言葉に迷う。彼女が第七試合で戦う相手は他でもない目の前にいる白蓮なのだ。
「構いませんよ」
表情はそのままに言葉を返した妖夢に白蓮は礼を言い、向かって右隣に座る。胡座を組み、そこから両足の甲を股に乗せる結跏趺坐という体勢になり目を瞑る。視線を変えて二人を見た神奈子は呆けた表情のまま苦笑した。
「変な奴らだねぇ。あんた達、次は敵同士だろう?」
神奈子の言葉に妖夢は心の中で同意していた。
「あなたのような方に……雑念などあるのですか?」
顔の向きを変えず目を閉じたまま妖夢が放った問いに白蓮の身体は反応した。
「人をやめても、人としての心が無くなることはありませんでした」
白蓮の言葉を聞いた神奈子は何の反応をする素振りも見せず闘技場が映る画面に目をやる。
「そろそろか」
画面から響く喧噪の中、鬼と天邪鬼は中央に集っていた。
その喧噪は二極化していた。
地上の有名な道士を一回戦で難なく退けた星熊勇儀に半数の観客が全力の声援を送るのに対し、地底の人気者である土蜘蛛を一回戦で倒した鬼人正邪にはとてつもない侮蔑の言葉が叩きつけられている。
その中で勇儀は苦笑していた。
「大した奴だねぇ。ブーイングとはいえ、此処で客の半分を私から奪い取るとは」
正邪は言葉を返さない。そんな二人の前に映姫がたどり着く。
「双方、試合時間等の申し立てはありますか?」
その言葉を待ち望んでいたかのように正邪はいやしい笑みを浮かべ、長身である勇儀の顔を見上げた。
「あんた。ここで一番強いんだって?」
「……自慢じゃないが、周りが弱すぎて枷を付けないと戦いにならないくらいさ」
「なら、新しい枷を付けても問題ないだろう? いや、正しくは違うな。私の枷を外させてもらう」
正邪は衣服の胸元をはだける。そこには一回戦で使用した物も含め様々な道具があった。
「あんたは今まで通りでいい。ただし、私は道具を十個使わせてほしい。たった十個さ」
かつて一回戦第六試合ではアリス・マーガトロイドが人形と、それに持たせる剃刀のふたつを道具として扱わせてもらうよう、勇儀と同じ鬼である伊吹萃香と交渉した。今回はその五倍である。
「いいよ」
そして勇儀はそれを了承した。当時の萃香と同じく快諾したのだ。
「逆にそれでいいのかい。たった十個の道具で私と肩を並べることができるとでも?」
勇儀の問いかけに正邪はにやけた笑みを返した後、「姫!」と声をあげた。
一応は彼女の相棒である針妙丸は頭に乗せてもらっている萃香に懇願する。萃香は仕方ないといった態度で針妙丸と共に頭へ乗せている小槌を手に取り、それを指と手首の動きだけで正邪に向けて投げた。弧を描かず一直線に向かって行った小槌を受け取った正邪はその勢いに若干負け、よろける。
「その小槌……やっぱり――」
勇儀の言葉を聞き流し、正邪は既に自分の勝ちを確信したかのような笑みをこぼしていた。
「全てひっくり返してやるよ。全てな」
映姫の指示が出る前に正邪は背を向けて試合開始の位置へ進む。
八雲紫が今試合限定の規則について説明する中、勇儀も試合開始の位置まで下がる。
――なるほど、天邪鬼があれを使うか。道具十個は少々太っ腹だったかな。
苦笑いしつつも一切の緊張を感じられない勇儀を見て、萃香は針妙丸に問う。
「正直なところ、どっちが勝つと思ってるんだい?」
「…………。……正邪!」
「はは、そうかい」
あえて言葉の間にはつっこまなかった萃香が見据える中、映姫も元の席に戻り闘技場は二人だけになる。普段持つ杯はさとりの隣に置かれていて勇儀はその手に何も持っておらず、道具で胸元を膨らませる正邪の左手には小槌が握られていた。
――ま、相手は天邪鬼だ。正攻法なら当然。能力を使われようと私の敵じゃあないだろ。だから……。
「二回戦第六試合、始め!」
試合開始が宣言された時、勇儀は既に正邪の眼前にいて拳を振りかぶっていた。
――全力でぶっ飛ばす!
勇儀の行動は正邪の虚を突いていた。一回戦の時とは打って変わり、間合いをはかる素振りも見せずに勇儀は正邪の元へ飛び込んだのだ。
しかし正邪は下から振り上げられた勇儀の拳に対し寸でのところで道具を出す。それは、見た目はただの青い布だった。正邪はそれで自らを護るかのように腹部を覆う。構わず正邪の腹部を貫くような勢いで振られた勇儀の拳は、布に触れるとその軌道は不自然にそれて空を切った。
自らの拳が外れた事に勇儀は驚いていたが、間合いをとった正邪がそれ以上に驚いた表情を見せていた。
「大人気ないじゃないかぁ。鬼ともあろう者が天邪鬼一人に本気で戦う気かい?」
正邪の使う道具が厄介なものであると確認しつつ勇儀は応える。
「あんた、何で自分を下げてるんだい? 第一、弱くない奴相手に本気で戦って何が悪い」
正邪は嫌な予感を感じた。勇儀の言動からは油断のようなものを感じ取ることができない。
「あんたの話は聞いてるよ。妙な道具を使ったとはいえ、あんたはかつて萃香をあしらった。これがどれほど大したものか。そして一回戦ではヤマメも倒したんだ。それでどうして、あんたを弱い奴として見ようと思うんだい」
勇儀はその場から動いていないにも関わらず、思わず正邪は一歩後ろに下がる。
「光栄に思いな。あんたはこの星熊勇儀に『敵』として認められてるんだよ」
それは正邪にとって誤算だった。鬼の油断や慢心を自らの持つ道具で突く戦法は事実上破綻し、もう一つあるとっておきの戦法を滞りなく行えるのも、その慢心がある事を想定してのものだった。
「鬼ではないとはいえ名に鬼を持つ種族なんだ。いい試合になるはずさ!」
跳びながら放たれた勇儀の左拳を正邪はなんとか後ろに跳んでかわす。
「ほう。もう私の拳をかわせるのか!」
勇儀は嬉しそうに次々と正邪に向けて拳を放っていく。その鬼の挙動一つ一つで観客は湧き上がる。踏み込みは会場を揺らし、空を切った拳の風圧は結界に叩き付けられていく。如何に捻くれ者である正邪であっても、その拳を受ければ致命傷は必至だと理解できる。対抗はできず、後退してかわすことしかできない。
しかしそれには限界があり、彼女の背中はあっさりと闘技場の側壁に着いた。
「隙ありだよ」
壁に気をとられた一瞬の隙を勇儀は見逃さなかった。下から掬うようにして、右の拳が正邪の腹部へと繰り出される。
しかし攻撃は外れ勇儀は困惑する。正邪に動いた様子は見られないにも関わらず、自分の拳は空を切ったのだ。
「いいね、やっぱあんた天邪鬼だ。そんな実力を隠してるんだからな!」
一発でも致命傷になりかねない鬼の拳を勇儀は連続で放っていく。正邪は横や空中に逃げることもできないがまるでそこにいないかのように勇儀の攻撃を回避していく。とはいえ、決着がまだ着いていないにも関わらず一回戦とは違う圧倒的な鬼の優勢に地底の妖怪達はこぞって興奮を抑えられず歓声をあげる。
しかし、同種族の者が勝利に近づいているにも関わらずそれを最前列の客席から眺めている萃香は顔をしかめていた。
「待てよ……何か忘れてないか……」
自分に言い聞かせるよう冷静に考える中、萃香は針妙丸の様子を窺う。
「きっと……あれを使ってるはず……」
試合が映し出されている控室で、神奈子はその映像を見て疑問に思う。
「あれは……人形?」
試合の映像に映し出されているのは、赤い着物を着た少女を象った小さな人形に向けて拳を振るっている勇儀の姿だった。その人形がいない部分にも勇儀は攻撃している。まるで人の大きさをした何かを攻撃しているかのように。
「そうか、あの人形だ!」
闘技場ではあくまで勇儀が正邪を追いつめているようにしか見えない。しかし萃香は以前正邪に使われた道具の一つを完全に思い出した。
『呪いのデコイ人形』と正邪が呼んでいるその道具は、相手にとってその人形が正邪だと誤認させる効果がある。それでいて本物の正邪は相手から見えることはない。
「勇儀! その天邪鬼は――」
突如、萃香は背後から口を押さえられた。
――紫!?
後ろにいる人物は副審判である八雲紫だった。隣にさとりが座っている萃香の席までいつの間にか移動していたのだ。
「心配はいらないわ」
今、萃香が勇儀に正邪の人形について話しても一応反則ではない。にも関わらず萃香の口を封じた紫はにこりと微笑む。
「星熊勇儀は鬼なのだから、これくらい問題なく突破してくれなくては」
紫の手から逃れようともがく萃香を闘技場から見る正邪は、攻撃を続ける勇儀の背後に立っていた。
「私の声が聞こえますか? 今あなたには私の姿は見えず声も聞こえてない。こんな素晴らしくて反則的な道具を十個も許可した時点で、この試合の勝敗はひっくり返ったのですよ」
今、勇儀の目には逃げることができず攻撃をぎりぎりで回避することがやっとの正邪が映っているだろう。その勇儀の背後に立つ本物の正邪は左手に小槌を持ったまま、懐から新たな道具である、もうひとつの小槌を取り出した。針妙丸から受け取ってからの小槌はずっと持ち続けているので、取り出した方は偽物である。しかしその偽物の小槌は一回戦で直接的な打撃武器として使用され黒谷ヤマメを戦闘不能にしている。単純に力と魔力を込めた質量を叩きつけただけであるが、その力は見た目の小ささからは想像もできないものだ。
「もちろん手加減はしない。一回戦の土蜘蛛は三発でしとめた。今回は、この一撃に全てを込める」
正邪の姿は、客席からは針妙丸でさえも見ることができない。
「種族に鬼の名を持つ……か。ならば……私がお前に代わる新たな鬼となりましょう!」
攻撃に夢中な勇儀の頭に向けて正邪は小槌を振る。
「そうか、わかった」
ふと、勇儀は正邪に背を向けたままそんな言葉を呟いた。そして――
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
その場で雄叫びを放ち、音の圧と共に妖力を解き放った。正邪は向かってくる壁にぶつかったかのように吹き飛び、転がった。
「ふぅ。……ん?」
同時に人形の効力も消えて地面に落ち、先程まで勇儀や観客から見えていた正邪の姿は消えていた。勇儀が振り向くと、そこにいた正邪は未だ困惑したまま、小槌こそ手放していないものの腹を地に付けていた。
「なるほどね。その小槌を私にも喰らわせるつもりだったのかい」
「な……何故だ。何故分かった!?」
「はん。ヤマメを倒したんだ。あんたとの戦いがこんな楽に終わるはずはないんだ。……というのが半分として。運が悪かったね。そういう術を持ってる奴とは、ずっと昔になるけど戦った事があるんだよ」
「……なんだと!」
二人の戦う様を最上段の客席から眺める魔理沙は隣に座る霊夢に向けて口を開く。
「凄いよな。初見であの人形を見破るなんて」
「直接攻撃はすり抜ける……とはいっても、あの大声は完全に人形の弱点を解った上での攻撃よね」
デコイ人形の効力はあくまで、人形を正邪に見せるだけである。正邪自身に攻撃が当たらなくなるわけではない。弾幕勝負で例えるならば、目の前に見える者に惑わされず縦横無尽に弾幕をばらまく攻撃を行えば、正邪がそれに触れれば普通に傷を負わせられるのだ。
「神奈子が言ってたんだが……。常にところ構わず喧嘩を売ってるチルノは経験値の質が圧倒的に濃い、ってな。そういう考えで行くなら量は間違いなくあいつだ。勇儀がどれだけ生きてるのかは分からないが萃香が言ってた『文字通り売られた喧嘩は全部買ってた』っていうのは本当なんだろうな。私の想像さえ超えた数の戦いをして、それを攻略してきた。証拠はないけど、それを直感的に感じさせられるよな」
「……私は質もあいつが一番だと思うけど」
霊夢達が会話する中でも、試合では優劣がひっくり返ることなく再び勇儀が攻めていた。
追いついた勇儀の、何度も振られた拳が今度は当たると直感した正邪はすぐさま再びひらり布を使った。幾度と無く戦いに身を置き、間合いなど見誤ろうはずもない勇儀の確信を得た拳は、またもひらりと空を切った。正邪はにやりとして間合いを開けるため下がろうとするも、目の前の光景に思わず足を止めた。勇儀が追撃として右拳を振り上げた体勢のまま動きを止めていたのだ。
ひらり布は防御手段として万能のように思えるが一つ明確な弱点がある。効力を発揮するために力を集中させなければならず、その場から動けなくなってしまうのだ。
それを勇儀は試合が始まってから最初に正邪がひらり布を使った際に見破っていた。それも勇儀の圧倒的な経験から導き出されたものなのかもしれない。
――見切ったよ!
元々数秒程度しか維持できない布の魔力が消えたと感じるや否や勇儀は拳を振る。正邪も一々道具を仕舞う暇はないと判断したため布を手放し、新たな道具を取り出して力を解き放つ。ひらり布は正邪の手から放れているにも関わらず、またも勇儀の攻撃は空振りに終わる。
――どういうことだい!? 布を捨てて……提灯? というかこいつ、なんか透明に……?
攻撃を回避し間合いを取る正邪の姿はまるで亡霊のように透けていた。今正邪が手に持っている提灯も歴とした道具の一つであり、ひらり布よりも遙かに長い時間相手の攻撃を拒絶でき更には自由に動け、飛び道具等ならばこちらが一方的に攻撃できるという代物である。しかし今回は弾幕を打つことはできず、正邪は体勢を立て直すことしかできなかった。
「頭に来るねぇ。正直自信はあったが、道具がただの時間稼ぎにしかなりやしない」
透明になったにも関わらず正邪は悪態を吐くことしかできない。
「諦めるかい?」
単純な挑発だったが、勇儀は相手が天邪鬼である事を知っている。
「何を言ってる。まだまだ私には、道具はあるさ。さて、そこで一つ問うがこの空間にはお前の攻撃を受け付けない場所が一つある。それは何処だ?」
正邪は提灯の端を持ちつつ、懐をまさぐる。
「答えは簡単」
提灯の効果が切れたのか正邪の姿は観客、勇儀共にはっきりと見えるようになる。同時に正邪は提灯を手放して捨て、懐から新たな道具である、一見ただの折り畳み傘を出した。
「地面さ」
開くと同時に正邪の身体は傘と共に地面へ吸い込まれ、消えた。僅かながら驚愕するも勇儀はすぐに思考する。普通ならば、洩矢諏訪子が持つ特技である地面を自由に潜れる事を想像しただろう。しかし、本当の答えを半ば経験している勇儀は副審判である紫を一瞥する。
「そういうことか」
勇儀は下半身に力を込め、天井を見上げて飛んだ。
天井の役割を成している結界から、地面に潜ったはずの正邪は現れた。しかし――
「な……何故だ!」
自分が天井から出てきた時点で既に勇儀が接近している事に正邪は驚愕した。
正邪が先程使用した『隙間の折りたたみ傘』は、壁、天井や地面に潜り込み反対側から出ることができるという、状況によっては攻撃にも防御にも使える道具である。
今回はひらり布と違い、勇儀は正邪の使う折り畳み傘を初めて見たにも関わらず効果を見破ったのだ。その事に魔理沙が驚く中、霊夢は一人納得していた。
「あいつ、紫の能力を知ってるのよ」
霊夢が話す中で、正邪は再び天井へ潜り込むように消えていく。
「というか、初めて戦った時に私は紫の力を使ったはず。それを覚えてたのよ」
天井と地面を移動した正邪に勇儀は若干遅れて、再び地面に戻る。地面から出てきた正邪は少しだけ余裕を持って勇儀の攻撃をかわすことができた。
しかし勇儀もただで正邪を逃がす事はない。それは経験の量ゆえ、望まずとも気付いてしまうのだ。
「あんたのそれ、あと何回だい?」
曖昧な問いでありながらも強く反応してしまった正邪を見て勇儀は笑みをこぼした。
「やっぱり、道具には使える時間……回数? どちらにせよ、決まってるようだね。でなければあんたはさっきの便利な提灯の方に私の攻撃を避け、拾ったはずだ。そのくらいの余裕はあったよね」
勇儀の言葉に対し正邪は笑みを浮かべる。しかしそれは苦笑いなどではなく、天邪鬼ゆえか、それとも勇儀の気付きなど何の問題もないのか、にこやかな笑みだった。その真意に現時点で気付いているのは針妙丸とさとりだけである。
「もう……そんなものは必要ない」
「は?」
「もう……十分だ。もう……魔力は溜まった」
正邪の言葉と左手に持つ小槌に勇儀は反応し思わず上を見る。
――月の魔力!
「さっきはあぁ言ったけどさ、時間稼ぎで十分だったんだよ。全てはこの小槌の力を引き出すため。私の力と合わせて全てをひっくり返すため」
正邪が今左手に持つのは、偽物ではなく本物の打出の小槌である。
「最後の正常をその目に焼き付けておくんだな。お見せしましょう。これが私の真骨頂だ!」
小槌に溜められていた魔力を勇儀は感じる。それは決して自分のそれを超える程のものではなかったが、数多の戦いを経ても尚、今まで経験したことがないような性質だった。
客席は結界に隔てられているが、その力を本人以外で最もよく知っている針妙丸は喜びと驚きの混ざった顔で闘技場を見る。
「始まる……あいつにしかできない……真の下克上」
正邪はスペルカードルールでないにも関わらず高々と宣言する。
「逆転『リバースヒエラルキー』・真!」
瞬間、勇儀の視界はひっくり返りだす。今自分が見ているものが一枚の絵だとしたらその額縁をくるりと回されるような感覚だった。その一秒にも満たない視界の回転は百八十度で止まった。
「な……。ど……。なに……?」
天地がひっくり返り、月は下から自分達を照らす。しかし、下にある月を見ようと顔を下げたら、視界には何故か上側にある地面が映る。困惑しつつ視界を戻すと、目の前にいる正邪、そして観客全てが重力に逆らうかのように、ひっくり返った地面に立ち、座っていた。自身の一角は視界の下側にあり、鼻や口は上にある。それだけならただ自分が単純にひっくり返ったことになるが、左手を動かすと右側に見える手が動いた。
――私は……地面に立ってる。この状態を『地面に立ってる』と言っていいのか分からないけど、とにかく立ってる。重力とか、そういうものは多分何ともない。ただ私の両目だけが、ぐるりとひっくり返ってる?
勇儀にそれ以上考える時間を与えず正邪は動いた。それは単純な、勇儀の右側に回り込んでの空中回し蹴りである。それは勇儀の視界には、ひっくり返った地面を走る正邪が左から回り込もうとする光景が映っていた。
――左!
勇儀は反射的に左を向いた。そこには本来の正邪はいない。勇儀の目にする光景は、自分の向いた方向から更に視界の左端へと正邪が動くというものだった。
――まずい!
勇儀は直感的に顔を動かすことを止めた。視界の端に映る正邪の回し蹴りを何とか目で捉える事はできた。
――ひっくり返ってるんだ。つまりあいつは今、私の右にいる!
そうして勇儀は防御のため腕を上げる。
――違う、左手じゃない!
勇儀が上げたのは、防御の方向として正しい右腕である。しかし彼女の視界で動いたのは左側の手だった。ただ視界がひっくり返るだけで彼女は初歩的と言えるのかどうかも怪しい勘違いをし、怯んでしまった。
そして、防御の機会は失われ、勇儀の側頭部に正邪の回し蹴りが直撃した。
――問題ない。これを耐えればいい! 鬼の強さが単純な攻撃力だけだと……。……!?
小柄な天邪鬼による回し蹴りは勇儀の身体を吹き飛ばし地面に転がした。
「な……なにやってんだ勇儀!」
正邪が放ったのは何の変哲もない空中回し蹴り。自分なら目を瞑って酒を飲みながらでも受け止められる。にも拘わらず同じ鬼である勇儀がそれをあっさり喰らった事が信じられず萃香は叫ばずにはいられなかった。
現在、観客席から見える闘技場は視覚的には何もひっくり返っていない。正邪が何かを宣言したが何も起こってないように見えているのである。
しかし、今萃香が困惑しているのは、それとは違うところにある。今、勇儀は正邪の蹴りを受けてしまったが本来ならばそれでも何の問題もない。鬼の技術、耐久力を持ってすれば天邪鬼程度の蹴りでは傷を負うどころか揺るぐことさえない。しかし、そこで萃香は気付いた。天邪鬼が鬼を蹴り飛ばせる、考えられる唯一の要因を……。
「ひっくり返したのか?」
萃香の言葉に応えるかのように正邪は突如笑い声を上げた。楽しさを一切感じさせることのない、人を見下し蔑むかのような下卑た笑い声である。
「どうだい星熊勇儀、素晴らしい力だろう? これが本来あった……いや、今もあり、ただひっくり返っただけの、私達の力の差だ」
まるで鬼である萃香、あるいはそれ以上の力で蹴り飛ばされた印象を受けた事に困惑しつつも勇儀は何とか立ち上がった。
「これは……凄いもんだね……。さっきの人形でも話したけど。ここまでの幻術は……お目にかかったことがないね……。……しかし凄いねぇ……何杯飲んだって揺れない私の頭を……こんな簡単に揺らすとは……」
「『毒を以て毒を制す』と言えばいいんですかねぇ。鬼の秘宝であるこの打出の小槌。これにかかれば、正しく鬼であるあなたを討つ事は不可能ではなかったという事です」
正邪は勇儀に向かい悠々と歩み寄っていく。
「とはいえ、一応は私も焦ってましたよ。あなたが全力で掛かってくるとは思わず、実はこの技も中途半端に掛けざるを得なかった。そのせいで逆転したのはあなたの視界と、力の差のみ。ですがよく考えてみれば、それは私にとって好都合だった」
正邪が目の前まで迫るも勇儀は決して自ら退く事はない。
「ひっくり返らず丈夫なままのあなたをこの場で殴り続ける事ができるのだから!」
正邪は左手で勇儀に襲いかかる。それを反対の視界のまま勇儀はきちんと右手で防いだ。
――重い!
小柄な天邪鬼の拳は勇儀の腕をきしませる。これで攻撃力がひっくり返っただけなのだから、仮に正邪の術が完了し耐久の差もひっくり返った場合、彼女の腕はあっさりと折れていたかもしれない。
「ほう、防ぎますか。なら……裏拳!」
正邪は身体を捻り反対側から攻める。しかしそれは勇儀から見ても分かりやすく、今度は左の手を上げる。しかし衝撃は腹部に響いた。正邪は言葉とは裏腹に左後蹴りを勇儀の腹部に沈み込ませていた。
「がはっ……!」
星熊勇儀であっても、思わず怯み身体を折る。
「こんな手に引っかかるとは。単純ですねぇ」
余裕の笑みを浮かべる正邪だったが、この瞬間、自分の予想だにしない早さで――
「なめるな!」
勇儀が反撃に移り、襲いかかってきた拳に反応しきれず顔面を捉えられた。その反撃に萃香も思わず「よっし!」と叫ぶ。しかし……。
――あの感触が……敵の骨を砕いた感触がない!
勇儀の攻撃で正邪が吹き飛ぶ事はおろか倒れさえしない。
「痛いなぁ」
勇儀の腕を正邪は掴む。それだけで何か亀裂が走るような音が鳴った。
「が、それだけだ。結局は自分を殴ったようなもの。私の攻撃力で私は倒れない。あんたは……どうかな!?」
鼻から数滴程度の血を流す正邪は、ただ力のままに自分より一回り以上大きな勇儀を投げ飛ばした。勇儀と同じ力を持つ者など幻想郷中探し回ってもいるかどうか判らない。それが仇となり自らにとって未経験な勢いの投げに受け身を取り損ね、勇儀は結界に叩きつけられた。重力に引かれて落ちた勇儀はこの試合で初めて尻を地に着けた。
――凄いなぁ。
ひっくり返っている視界が災いし立ち上がることにも若干の時間がかかる。
――私の力って……こんなに強いのか。これは凄いよ。
客席が割れんばかりに響く。その中で正邪は間合いを詰めようとしない。
「私にこのような素晴らしい力をもたらしてくれた礼です。せめて後ろにいる友人の側で倒してあげましょう」
歓声に紛れて正邪の声は聞こえなかったが――
「勇儀!」
背後にいる友人の声を勇儀は聞き取ることができた。
「萃香……」
たとえ逆さに映っていても一対の角を生やした萃香の姿を彼女が認識できないわけがない。
「なにのんびりやってんだ。こんなところで負けたら承知しねぇぞ!」
彼女の言葉で若干の冷静さを取り戻したのか勇儀の耳に客席の歓声が鮮明に聞こえ始める。それは全て自分に送られているものだった。どう見ても天邪鬼が優勢であるにも関わらず観客は自分の勝利を疑おうとしない。
「何言ってやがる。まだ二回戦だよ……」
勇儀はゆっくりと立ち上がる。
「今は力がひっくり返ってるけどな。そこからまたひっくり返せばいいだけの事さ」
ただ立ち上がっただけで地底の妖怪達は大いに叫ぶ。その絶対的な声援の差に興奮するのは彼女も同じだった。
「いい。素晴らしい。この零対百の声援。この状況で私が鬼を倒したらお前達は一体どんな顔をするんだろうなぁ?」
正邪は左手に小槌を握りしめたまま右手を懐に入れる。
「ところで、そんな間合いで大丈夫かな? 確かに、さっきまでの私なら一呼吸では無理だったな」
通称『天狗のトイカメラ』という道具を持ち跳んだ正邪は、闘技場の半径程度は間合いがあったにも関わらず勇儀の眼前にまで接近した。
「死ねぃ、星熊勇儀!」
そのまま地に足を着けず、正邪の飛び膝蹴りは勇儀の顔面に向け放たれる。事実上今は鬼の力が宿っている正邪の膝は、その瞬間何故か前に出た勇儀の角から下にある僅かな部分の額を捉えた。会心の一撃を入れた正邪は膝蹴りの反動で後ろに跳び着地する。
「今更だが前後はひっくり返ってないんだよ。考えて戦うのは苦手だろ――」
瞬間、正邪は右手に違和感を覚える。彼女は飄々とした態度をとっていながらも決して油断はしておらず、カメラの力によって高速移動し終えた瞬間、すぐに一回戦で黒谷ヤマメに見せた『身代わり地蔵』に道具を持ち替えていた。それが今、自分の右手の中で粉々に砕けているのだ。
「は……?」
地蔵は、致命傷は当然、相当の傷を負うような場面でなければ発動しない。今まで自分が優勢で攻め続けていたにも関わらず地蔵が効力を発揮するような傷をいつの間にか受けていた事に正邪は困惑するも一つの要因が思い浮かぶ。先程自分の跳び膝蹴りを回避することに失敗し勇儀は顔面で受けた。しかしそれが頭突きという攻撃だったなら。そしてそれに自分の膝を砕くほどの威力があったなら。
「萃香。技、借りたぞ」
仮定に対し正邪が納得できない中、先程の膝蹴りを受けても倒れていない勇儀は、その技の名を呟く。
「施餓鬼縛り」
勇儀に意識を集中させると、彼女の妖力がどんどん溢れ出ている事に正邪は気付き、驚いた。
萃香の使う技の一つに『施餓鬼縛りの術』というものがある。鎖で縛りあげた相手を霊力が常に漏れる状態にさせるのだ。
「簡単じゃないが特別な工夫も必要ない。溢れさせるのは自分の力なんだからな」
ひっくり返り力が逆転しているなら自らも弱くなればいい。その勇儀の発想に対し正邪は突如高笑いを上げた。
「墓穴を掘ったな。わかってるのか? 今逆転してるのは攻撃力だけ。お前は今、防御に必要な力を自分の手で捨ててるんだぞ! 今私の攻撃を受ければ、もうお前は――」
突如掌を見せられ正邪は言葉を制される。そして勇儀は手の向きを返し、ひらひらと動かし手招きした。
「なら、どうしてかかってこない? 試してみなよ」
「……終わりだよ、お前」
言葉の威勢とは裏腹に正邪は勇儀に近づかず、しかし懐からまたもカメラを出す。速くなった速度を慣らすよう横跳びを繰り返す。勇儀も握った両の拳を顔の高さまで上げ、構えた。
「あんたのその心ごと砕いてやるよ。鬼ごときが私の下剋上の邪魔をするな」
「……やっぱ面白いよ、あんた」
瞬間、正邪は跳んだ。
――さっきより速い!
鬼の力を得た事で正邪の踏み込む力も相応のものになっている。一瞬で間合いを詰めた正邪は勇儀の前でしゃがみ、そこから再び地を蹴り、最高の勢いを持った拳を勇儀の腹部に向けて振り上げた。勇儀が反撃に来ようともその距離では勇儀の拳は正邪に当たらない。それにも拘わらず勇儀は拳を振り下ろした。
――あるじゃないか! 私の拳が触れる事ができるあんたの場所が!
振り下ろされた勇儀の拳は、振り上げられた正邪の拳にぶつけられる。
「え?」
彼女の右手の指はそれぞれがありえない方向に曲がっていた。困惑している正邪の顎目掛け勇儀は霊力を散らす事で『強くなった』左拳を振りおろす。先程相手の顔面に放った時とは違い、相手の骨が軋み砕ける感触を勇儀は感じた。
「ほう、まだやるか」
鬼の一撃を受け地を転がった正邪は、しかし、再び立ち上がる。
「わたしが……まけるわけ……ないんだ……」
立ってはいるものの、本物の鬼が放った一撃は強烈であり、目の焦点が定まっていない。
「あぁ、負けを認めなくていい。ただ私が勝つだけだ」
再び拳に力を込めて勇儀は跳び一瞬で正邪との間合いを詰める。
しかし、この時正邪の意識は多少朦朧とはしているものの、止めを刺そうとする勇儀を自らに近づけさせる演技だった。
この瞬間、彼女はこれまで大切に掴んでいた打出の小槌を手放した。
それにより、これまで逆転を保ってきた勇儀の視界は再びひっくり返る。
――またひっくり返って……戻る?
今、弱くなって力を強くした勇儀に対し正邪は技を解き、元に戻した。故に今の勇儀は妖力を自ら溢れさせてしまったがために、攻守共に弱体化している。それは正邪にとって曖昧であるも勝機であった。逆転を利用して強くなり意識を奪われかけた程の攻撃を放つなら、それを元に戻してしまえばいいと。
「残念だったな」
正邪は笑みを浮かべた。瞬間、突如勇儀に膨大な力が集まっていくのを感じる。それは先程勇儀が散らせた自らの魔力だった。小槌を手放して術を解くという方法は知らないが、自らの視界が再び回転したことで正邪は術を解いたのだと勇儀は確信したのだ。
「あぁ、本当に残念だ」
下がる隙も与えないほどの速度を持った拳を勇儀は正邪の腹部に沈めていく。鬼本来の力を持ったそれは軽々と正邪を吹き飛ばし結界に叩きつけた。
「がっ……はっ!」
力を象徴している鬼の一撃は、地に落ち倒れた天邪鬼から既に意識を奪っていた。
「そこまで! 勝負あり!」
鬼の放った一撃の凄まじさに、試合終了の宣言がされても尚、妖怪達は言葉を出せない。だが――
「いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
友の勝利を真っ先に喜ぶ伊吹萃香の叫びを皮切りに闘技会場は狂喜に包まれた。諸手を上げて叫ぶ者。天邪鬼を吹っ飛ばした鬼の一撃を目の当たりに興奮を抑えきれない者。勇儀の逆転勝利に思わず熱くなった目頭を押さえる者。戦況が戦況だったため途中はその声援も中途半端だったが、今では全員が声を高らかに勇儀の名を上げ続ける。
それに応じ星熊勇儀は高々と右手を上げた。
「お前がもう少し強かったら……。弱かったら……か? この痛み程度じゃ済まなかったかもね」
掲げられている勇儀の拳は、よく見ると若干浅黒く腫れていた。魔力を散らしたことで耐久性の下がった拳は、正邪と拳をぶつけ合った際、無傷で済ませる事ができなかった。それでいて道具で攪乱され、様々なものを引っくり返された。とはいえ、彼女は一秒たりとも自らの敗北を考えなどしなかった。その自尊心は彼女の笑みとしてこぼれ、それを見た観客たちはより彼女を称賛した。
その中で、人間である魔理沙達はただただ驚愕していた。
「すげぇ……。あんなの命が二つあっても喰らいたくないぜ」
「なによ、あなたが本命って予想したじゃない」
「別に戦いたいわけじゃ……」
言葉に迷い、両手を頭の後ろに回す魔理沙は背後にいる幽香の様子に違和感を持った。
「なんだ? ようやく、参加しなかった事を後悔してるんじゃないか?」
「……あなたの顔の広さで、あの鬼を私の畑まで連れて来れないかしら?」
「いやぁ……さすがにそれは……」
魔理沙をからかい小さく笑う幽香に対し、少しだけ違和感を抱いたものの霊夢もつられて笑ってしまった。
「正……邪?」
意識を失った後、正邪は萃香に担がれ入場口の通路まで運ばれた。それから針妙丸に見守られて数分が経ち、彼女は意識を取り戻した。
「すごいですね……。私だって妖怪の端くれですけど……まだ腹の中がぐちゃぐちゃだ……」
貫かれた方がまだ苦しくないんじゃないかと思えるほどの不快感が尚も彼女に残り続けていた。それを見て思わず針妙丸は小さく笑った。以前の騒動では博麗霊夢や妖怪の賢者を前にしても痛い目を見ることはなかった天邪鬼が、初めて戦った鬼にとうとう懲らしめられたのだ。笑いを悟られまいと針妙丸は、仰向けでい続ける正邪の脇腹に頭を預け、座った。
「私もお前も鬼に勝てなかったな」
何も言葉を返さない正邪と、針妙丸は共に二回戦で鬼を相手にし、むなしく散った。
「私じゃなかったにせよ、ようやくお前を懲らしめることができたよ。生意気で捻くれ者で、汚くてずるいお前が負けて……お前が負けて……。……こんなに悔しいとは思わなかった」
正邪はただ天井を見続ける。
「私はもう望んではいないし、無理だと思っていた。でも、さっきの戦いで……私の頭にははっきりと『下剋上』の言葉が浮かんだよ。正邪よ、お主は今、鬼に負けた。善戦はしたが負けは負けじゃ。それでもまだお主が下剋上を諦めてなかったら――」
そこで正邪はようやく体を起こし、針妙丸を持ち、闘技場を向くよう置いた。
「ちょっと道具を整理するんで振り向かないでくださいよ。で、何ですって?」
「……友というのは、どちらかが誤った道を進もうとしたらそれを正すことが真だと思っている、今でもな。だけど……過ちだと知っていても……咎められると分かっていても……共に堕ちるのも悪くはない。何となくそう思ってしまったよ」
正邪は何も言葉を返さない。
「お主がまだ下剋上を諦めないというのであれば、その際はもう一度私も連れて行ってくれ」
針妙丸は振り向く。
彼女の予想通り、そこに正邪の姿はなかった。
代わりに一つの道具である打出の小槌がただそこに置かれていた。偽物である可能性を考慮しつつ針妙丸は小槌に触れて魔力を感じ、本物か偽物かを判別して、笑みを零した。
「ありがとう」
ただ利用し、利用されるだけだった関係は、これからも続くだろう。それが自分達を繋ぐ唯一の絆であるならば何度でも騙され、利用されてやろう。
針妙丸は次いつ会えるかも分からない友の魔力がまだ微かに残されている小槌を強く握りしめた。
北東の選手控え室で魂魄妖夢は困惑していた。
――こ、こうまで極められるものなのか……?
彼女と共に聖白蓮が瞑想を行ったのは先程の試合が始まる直前からである。にも関わらず、自らの瞑想が済み目を開いた妖夢は左で座禅を組んでいた白蓮を視界に捉えるまで気配を感じることができなかった。
「もうそろそろですかね」
白蓮も目を開け、ゆっくりと立ち上がる。
「行きましょう」
これから敵同士となるであろうにも関わらず白蓮は妖夢へ向ける笑みを絶やさないまま部屋を後にした。
「おい、半霊剣士」
続けて部屋を出ようとした妖夢を八坂神奈子は呼び止めた。
「勝算はあるのかい?」
「……自分を信じるのみです」
その真っ直ぐな回答に神奈子は苦笑した。
「なるほど、半人前だ。だが、間違ってはいない。邪魔したね」
「いえ」
部屋から出て、既に白蓮のいない通路で妖夢は自らの手を見つめる。
――前に倒した事がある豊聡耳神子さんと互角の実力と噂される方が相手……。なら……問題ない!
不安を誤魔化すように自らを鼓舞させ魂魄妖夢は闘技場へ歩みを進めていった。
「隣、よろしいでしょうか」
自らに向けられた声に反応し、妖夢の開いた目には聖白蓮が映った。しかし、妖夢は少しだけ言葉に迷う。彼女が第七試合で戦う相手は他でもない目の前にいる白蓮なのだ。
「構いませんよ」
表情はそのままに言葉を返した妖夢に白蓮は礼を言い、向かって右隣に座る。胡座を組み、そこから両足の甲を股に乗せる結跏趺坐という体勢になり目を瞑る。視線を変えて二人を見た神奈子は呆けた表情のまま苦笑した。
「変な奴らだねぇ。あんた達、次は敵同士だろう?」
神奈子の言葉に妖夢は心の中で同意していた。
「あなたのような方に……雑念などあるのですか?」
顔の向きを変えず目を閉じたまま妖夢が放った問いに白蓮の身体は反応した。
「人をやめても、人としての心が無くなることはありませんでした」
白蓮の言葉を聞いた神奈子は何の反応をする素振りも見せず闘技場が映る画面に目をやる。
「そろそろか」
画面から響く喧噪の中、鬼と天邪鬼は中央に集っていた。
その喧噪は二極化していた。
地上の有名な道士を一回戦で難なく退けた星熊勇儀に半数の観客が全力の声援を送るのに対し、地底の人気者である土蜘蛛を一回戦で倒した鬼人正邪にはとてつもない侮蔑の言葉が叩きつけられている。
その中で勇儀は苦笑していた。
「大した奴だねぇ。ブーイングとはいえ、此処で客の半分を私から奪い取るとは」
正邪は言葉を返さない。そんな二人の前に映姫がたどり着く。
「双方、試合時間等の申し立てはありますか?」
その言葉を待ち望んでいたかのように正邪はいやしい笑みを浮かべ、長身である勇儀の顔を見上げた。
「あんた。ここで一番強いんだって?」
「……自慢じゃないが、周りが弱すぎて枷を付けないと戦いにならないくらいさ」
「なら、新しい枷を付けても問題ないだろう? いや、正しくは違うな。私の枷を外させてもらう」
正邪は衣服の胸元をはだける。そこには一回戦で使用した物も含め様々な道具があった。
「あんたは今まで通りでいい。ただし、私は道具を十個使わせてほしい。たった十個さ」
かつて一回戦第六試合ではアリス・マーガトロイドが人形と、それに持たせる剃刀のふたつを道具として扱わせてもらうよう、勇儀と同じ鬼である伊吹萃香と交渉した。今回はその五倍である。
「いいよ」
そして勇儀はそれを了承した。当時の萃香と同じく快諾したのだ。
「逆にそれでいいのかい。たった十個の道具で私と肩を並べることができるとでも?」
勇儀の問いかけに正邪はにやけた笑みを返した後、「姫!」と声をあげた。
一応は彼女の相棒である針妙丸は頭に乗せてもらっている萃香に懇願する。萃香は仕方ないといった態度で針妙丸と共に頭へ乗せている小槌を手に取り、それを指と手首の動きだけで正邪に向けて投げた。弧を描かず一直線に向かって行った小槌を受け取った正邪はその勢いに若干負け、よろける。
「その小槌……やっぱり――」
勇儀の言葉を聞き流し、正邪は既に自分の勝ちを確信したかのような笑みをこぼしていた。
「全てひっくり返してやるよ。全てな」
映姫の指示が出る前に正邪は背を向けて試合開始の位置へ進む。
八雲紫が今試合限定の規則について説明する中、勇儀も試合開始の位置まで下がる。
――なるほど、天邪鬼があれを使うか。道具十個は少々太っ腹だったかな。
苦笑いしつつも一切の緊張を感じられない勇儀を見て、萃香は針妙丸に問う。
「正直なところ、どっちが勝つと思ってるんだい?」
「…………。……正邪!」
「はは、そうかい」
あえて言葉の間にはつっこまなかった萃香が見据える中、映姫も元の席に戻り闘技場は二人だけになる。普段持つ杯はさとりの隣に置かれていて勇儀はその手に何も持っておらず、道具で胸元を膨らませる正邪の左手には小槌が握られていた。
――ま、相手は天邪鬼だ。正攻法なら当然。能力を使われようと私の敵じゃあないだろ。だから……。
「二回戦第六試合、始め!」
試合開始が宣言された時、勇儀は既に正邪の眼前にいて拳を振りかぶっていた。
――全力でぶっ飛ばす!
勇儀の行動は正邪の虚を突いていた。一回戦の時とは打って変わり、間合いをはかる素振りも見せずに勇儀は正邪の元へ飛び込んだのだ。
しかし正邪は下から振り上げられた勇儀の拳に対し寸でのところで道具を出す。それは、見た目はただの青い布だった。正邪はそれで自らを護るかのように腹部を覆う。構わず正邪の腹部を貫くような勢いで振られた勇儀の拳は、布に触れるとその軌道は不自然にそれて空を切った。
自らの拳が外れた事に勇儀は驚いていたが、間合いをとった正邪がそれ以上に驚いた表情を見せていた。
「大人気ないじゃないかぁ。鬼ともあろう者が天邪鬼一人に本気で戦う気かい?」
正邪の使う道具が厄介なものであると確認しつつ勇儀は応える。
「あんた、何で自分を下げてるんだい? 第一、弱くない奴相手に本気で戦って何が悪い」
正邪は嫌な予感を感じた。勇儀の言動からは油断のようなものを感じ取ることができない。
「あんたの話は聞いてるよ。妙な道具を使ったとはいえ、あんたはかつて萃香をあしらった。これがどれほど大したものか。そして一回戦ではヤマメも倒したんだ。それでどうして、あんたを弱い奴として見ようと思うんだい」
勇儀はその場から動いていないにも関わらず、思わず正邪は一歩後ろに下がる。
「光栄に思いな。あんたはこの星熊勇儀に『敵』として認められてるんだよ」
それは正邪にとって誤算だった。鬼の油断や慢心を自らの持つ道具で突く戦法は事実上破綻し、もう一つあるとっておきの戦法を滞りなく行えるのも、その慢心がある事を想定してのものだった。
「鬼ではないとはいえ名に鬼を持つ種族なんだ。いい試合になるはずさ!」
跳びながら放たれた勇儀の左拳を正邪はなんとか後ろに跳んでかわす。
「ほう。もう私の拳をかわせるのか!」
勇儀は嬉しそうに次々と正邪に向けて拳を放っていく。その鬼の挙動一つ一つで観客は湧き上がる。踏み込みは会場を揺らし、空を切った拳の風圧は結界に叩き付けられていく。如何に捻くれ者である正邪であっても、その拳を受ければ致命傷は必至だと理解できる。対抗はできず、後退してかわすことしかできない。
しかしそれには限界があり、彼女の背中はあっさりと闘技場の側壁に着いた。
「隙ありだよ」
壁に気をとられた一瞬の隙を勇儀は見逃さなかった。下から掬うようにして、右の拳が正邪の腹部へと繰り出される。
しかし攻撃は外れ勇儀は困惑する。正邪に動いた様子は見られないにも関わらず、自分の拳は空を切ったのだ。
「いいね、やっぱあんた天邪鬼だ。そんな実力を隠してるんだからな!」
一発でも致命傷になりかねない鬼の拳を勇儀は連続で放っていく。正邪は横や空中に逃げることもできないがまるでそこにいないかのように勇儀の攻撃を回避していく。とはいえ、決着がまだ着いていないにも関わらず一回戦とは違う圧倒的な鬼の優勢に地底の妖怪達はこぞって興奮を抑えられず歓声をあげる。
しかし、同種族の者が勝利に近づいているにも関わらずそれを最前列の客席から眺めている萃香は顔をしかめていた。
「待てよ……何か忘れてないか……」
自分に言い聞かせるよう冷静に考える中、萃香は針妙丸の様子を窺う。
「きっと……あれを使ってるはず……」
試合が映し出されている控室で、神奈子はその映像を見て疑問に思う。
「あれは……人形?」
試合の映像に映し出されているのは、赤い着物を着た少女を象った小さな人形に向けて拳を振るっている勇儀の姿だった。その人形がいない部分にも勇儀は攻撃している。まるで人の大きさをした何かを攻撃しているかのように。
「そうか、あの人形だ!」
闘技場ではあくまで勇儀が正邪を追いつめているようにしか見えない。しかし萃香は以前正邪に使われた道具の一つを完全に思い出した。
『呪いのデコイ人形』と正邪が呼んでいるその道具は、相手にとってその人形が正邪だと誤認させる効果がある。それでいて本物の正邪は相手から見えることはない。
「勇儀! その天邪鬼は――」
突如、萃香は背後から口を押さえられた。
――紫!?
後ろにいる人物は副審判である八雲紫だった。隣にさとりが座っている萃香の席までいつの間にか移動していたのだ。
「心配はいらないわ」
今、萃香が勇儀に正邪の人形について話しても一応反則ではない。にも関わらず萃香の口を封じた紫はにこりと微笑む。
「星熊勇儀は鬼なのだから、これくらい問題なく突破してくれなくては」
紫の手から逃れようともがく萃香を闘技場から見る正邪は、攻撃を続ける勇儀の背後に立っていた。
「私の声が聞こえますか? 今あなたには私の姿は見えず声も聞こえてない。こんな素晴らしくて反則的な道具を十個も許可した時点で、この試合の勝敗はひっくり返ったのですよ」
今、勇儀の目には逃げることができず攻撃をぎりぎりで回避することがやっとの正邪が映っているだろう。その勇儀の背後に立つ本物の正邪は左手に小槌を持ったまま、懐から新たな道具である、もうひとつの小槌を取り出した。針妙丸から受け取ってからの小槌はずっと持ち続けているので、取り出した方は偽物である。しかしその偽物の小槌は一回戦で直接的な打撃武器として使用され黒谷ヤマメを戦闘不能にしている。単純に力と魔力を込めた質量を叩きつけただけであるが、その力は見た目の小ささからは想像もできないものだ。
「もちろん手加減はしない。一回戦の土蜘蛛は三発でしとめた。今回は、この一撃に全てを込める」
正邪の姿は、客席からは針妙丸でさえも見ることができない。
「種族に鬼の名を持つ……か。ならば……私がお前に代わる新たな鬼となりましょう!」
攻撃に夢中な勇儀の頭に向けて正邪は小槌を振る。
「そうか、わかった」
ふと、勇儀は正邪に背を向けたままそんな言葉を呟いた。そして――
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
その場で雄叫びを放ち、音の圧と共に妖力を解き放った。正邪は向かってくる壁にぶつかったかのように吹き飛び、転がった。
「ふぅ。……ん?」
同時に人形の効力も消えて地面に落ち、先程まで勇儀や観客から見えていた正邪の姿は消えていた。勇儀が振り向くと、そこにいた正邪は未だ困惑したまま、小槌こそ手放していないものの腹を地に付けていた。
「なるほどね。その小槌を私にも喰らわせるつもりだったのかい」
「な……何故だ。何故分かった!?」
「はん。ヤマメを倒したんだ。あんたとの戦いがこんな楽に終わるはずはないんだ。……というのが半分として。運が悪かったね。そういう術を持ってる奴とは、ずっと昔になるけど戦った事があるんだよ」
「……なんだと!」
二人の戦う様を最上段の客席から眺める魔理沙は隣に座る霊夢に向けて口を開く。
「凄いよな。初見であの人形を見破るなんて」
「直接攻撃はすり抜ける……とはいっても、あの大声は完全に人形の弱点を解った上での攻撃よね」
デコイ人形の効力はあくまで、人形を正邪に見せるだけである。正邪自身に攻撃が当たらなくなるわけではない。弾幕勝負で例えるならば、目の前に見える者に惑わされず縦横無尽に弾幕をばらまく攻撃を行えば、正邪がそれに触れれば普通に傷を負わせられるのだ。
「神奈子が言ってたんだが……。常にところ構わず喧嘩を売ってるチルノは経験値の質が圧倒的に濃い、ってな。そういう考えで行くなら量は間違いなくあいつだ。勇儀がどれだけ生きてるのかは分からないが萃香が言ってた『文字通り売られた喧嘩は全部買ってた』っていうのは本当なんだろうな。私の想像さえ超えた数の戦いをして、それを攻略してきた。証拠はないけど、それを直感的に感じさせられるよな」
「……私は質もあいつが一番だと思うけど」
霊夢達が会話する中でも、試合では優劣がひっくり返ることなく再び勇儀が攻めていた。
追いついた勇儀の、何度も振られた拳が今度は当たると直感した正邪はすぐさま再びひらり布を使った。幾度と無く戦いに身を置き、間合いなど見誤ろうはずもない勇儀の確信を得た拳は、またもひらりと空を切った。正邪はにやりとして間合いを開けるため下がろうとするも、目の前の光景に思わず足を止めた。勇儀が追撃として右拳を振り上げた体勢のまま動きを止めていたのだ。
ひらり布は防御手段として万能のように思えるが一つ明確な弱点がある。効力を発揮するために力を集中させなければならず、その場から動けなくなってしまうのだ。
それを勇儀は試合が始まってから最初に正邪がひらり布を使った際に見破っていた。それも勇儀の圧倒的な経験から導き出されたものなのかもしれない。
――見切ったよ!
元々数秒程度しか維持できない布の魔力が消えたと感じるや否や勇儀は拳を振る。正邪も一々道具を仕舞う暇はないと判断したため布を手放し、新たな道具を取り出して力を解き放つ。ひらり布は正邪の手から放れているにも関わらず、またも勇儀の攻撃は空振りに終わる。
――どういうことだい!? 布を捨てて……提灯? というかこいつ、なんか透明に……?
攻撃を回避し間合いを取る正邪の姿はまるで亡霊のように透けていた。今正邪が手に持っている提灯も歴とした道具の一つであり、ひらり布よりも遙かに長い時間相手の攻撃を拒絶でき更には自由に動け、飛び道具等ならばこちらが一方的に攻撃できるという代物である。しかし今回は弾幕を打つことはできず、正邪は体勢を立て直すことしかできなかった。
「頭に来るねぇ。正直自信はあったが、道具がただの時間稼ぎにしかなりやしない」
透明になったにも関わらず正邪は悪態を吐くことしかできない。
「諦めるかい?」
単純な挑発だったが、勇儀は相手が天邪鬼である事を知っている。
「何を言ってる。まだまだ私には、道具はあるさ。さて、そこで一つ問うがこの空間にはお前の攻撃を受け付けない場所が一つある。それは何処だ?」
正邪は提灯の端を持ちつつ、懐をまさぐる。
「答えは簡単」
提灯の効果が切れたのか正邪の姿は観客、勇儀共にはっきりと見えるようになる。同時に正邪は提灯を手放して捨て、懐から新たな道具である、一見ただの折り畳み傘を出した。
「地面さ」
開くと同時に正邪の身体は傘と共に地面へ吸い込まれ、消えた。僅かながら驚愕するも勇儀はすぐに思考する。普通ならば、洩矢諏訪子が持つ特技である地面を自由に潜れる事を想像しただろう。しかし、本当の答えを半ば経験している勇儀は副審判である紫を一瞥する。
「そういうことか」
勇儀は下半身に力を込め、天井を見上げて飛んだ。
天井の役割を成している結界から、地面に潜ったはずの正邪は現れた。しかし――
「な……何故だ!」
自分が天井から出てきた時点で既に勇儀が接近している事に正邪は驚愕した。
正邪が先程使用した『隙間の折りたたみ傘』は、壁、天井や地面に潜り込み反対側から出ることができるという、状況によっては攻撃にも防御にも使える道具である。
今回はひらり布と違い、勇儀は正邪の使う折り畳み傘を初めて見たにも関わらず効果を見破ったのだ。その事に魔理沙が驚く中、霊夢は一人納得していた。
「あいつ、紫の能力を知ってるのよ」
霊夢が話す中で、正邪は再び天井へ潜り込むように消えていく。
「というか、初めて戦った時に私は紫の力を使ったはず。それを覚えてたのよ」
天井と地面を移動した正邪に勇儀は若干遅れて、再び地面に戻る。地面から出てきた正邪は少しだけ余裕を持って勇儀の攻撃をかわすことができた。
しかし勇儀もただで正邪を逃がす事はない。それは経験の量ゆえ、望まずとも気付いてしまうのだ。
「あんたのそれ、あと何回だい?」
曖昧な問いでありながらも強く反応してしまった正邪を見て勇儀は笑みをこぼした。
「やっぱり、道具には使える時間……回数? どちらにせよ、決まってるようだね。でなければあんたはさっきの便利な提灯の方に私の攻撃を避け、拾ったはずだ。そのくらいの余裕はあったよね」
勇儀の言葉に対し正邪は笑みを浮かべる。しかしそれは苦笑いなどではなく、天邪鬼ゆえか、それとも勇儀の気付きなど何の問題もないのか、にこやかな笑みだった。その真意に現時点で気付いているのは針妙丸とさとりだけである。
「もう……そんなものは必要ない」
「は?」
「もう……十分だ。もう……魔力は溜まった」
正邪の言葉と左手に持つ小槌に勇儀は反応し思わず上を見る。
――月の魔力!
「さっきはあぁ言ったけどさ、時間稼ぎで十分だったんだよ。全てはこの小槌の力を引き出すため。私の力と合わせて全てをひっくり返すため」
正邪が今左手に持つのは、偽物ではなく本物の打出の小槌である。
「最後の正常をその目に焼き付けておくんだな。お見せしましょう。これが私の真骨頂だ!」
小槌に溜められていた魔力を勇儀は感じる。それは決して自分のそれを超える程のものではなかったが、数多の戦いを経ても尚、今まで経験したことがないような性質だった。
客席は結界に隔てられているが、その力を本人以外で最もよく知っている針妙丸は喜びと驚きの混ざった顔で闘技場を見る。
「始まる……あいつにしかできない……真の下克上」
正邪はスペルカードルールでないにも関わらず高々と宣言する。
「逆転『リバースヒエラルキー』・真!」
瞬間、勇儀の視界はひっくり返りだす。今自分が見ているものが一枚の絵だとしたらその額縁をくるりと回されるような感覚だった。その一秒にも満たない視界の回転は百八十度で止まった。
「な……。ど……。なに……?」
天地がひっくり返り、月は下から自分達を照らす。しかし、下にある月を見ようと顔を下げたら、視界には何故か上側にある地面が映る。困惑しつつ視界を戻すと、目の前にいる正邪、そして観客全てが重力に逆らうかのように、ひっくり返った地面に立ち、座っていた。自身の一角は視界の下側にあり、鼻や口は上にある。それだけならただ自分が単純にひっくり返ったことになるが、左手を動かすと右側に見える手が動いた。
――私は……地面に立ってる。この状態を『地面に立ってる』と言っていいのか分からないけど、とにかく立ってる。重力とか、そういうものは多分何ともない。ただ私の両目だけが、ぐるりとひっくり返ってる?
勇儀にそれ以上考える時間を与えず正邪は動いた。それは単純な、勇儀の右側に回り込んでの空中回し蹴りである。それは勇儀の視界には、ひっくり返った地面を走る正邪が左から回り込もうとする光景が映っていた。
――左!
勇儀は反射的に左を向いた。そこには本来の正邪はいない。勇儀の目にする光景は、自分の向いた方向から更に視界の左端へと正邪が動くというものだった。
――まずい!
勇儀は直感的に顔を動かすことを止めた。視界の端に映る正邪の回し蹴りを何とか目で捉える事はできた。
――ひっくり返ってるんだ。つまりあいつは今、私の右にいる!
そうして勇儀は防御のため腕を上げる。
――違う、左手じゃない!
勇儀が上げたのは、防御の方向として正しい右腕である。しかし彼女の視界で動いたのは左側の手だった。ただ視界がひっくり返るだけで彼女は初歩的と言えるのかどうかも怪しい勘違いをし、怯んでしまった。
そして、防御の機会は失われ、勇儀の側頭部に正邪の回し蹴りが直撃した。
――問題ない。これを耐えればいい! 鬼の強さが単純な攻撃力だけだと……。……!?
小柄な天邪鬼による回し蹴りは勇儀の身体を吹き飛ばし地面に転がした。
「な……なにやってんだ勇儀!」
正邪が放ったのは何の変哲もない空中回し蹴り。自分なら目を瞑って酒を飲みながらでも受け止められる。にも拘わらず同じ鬼である勇儀がそれをあっさり喰らった事が信じられず萃香は叫ばずにはいられなかった。
現在、観客席から見える闘技場は視覚的には何もひっくり返っていない。正邪が何かを宣言したが何も起こってないように見えているのである。
しかし、今萃香が困惑しているのは、それとは違うところにある。今、勇儀は正邪の蹴りを受けてしまったが本来ならばそれでも何の問題もない。鬼の技術、耐久力を持ってすれば天邪鬼程度の蹴りでは傷を負うどころか揺るぐことさえない。しかし、そこで萃香は気付いた。天邪鬼が鬼を蹴り飛ばせる、考えられる唯一の要因を……。
「ひっくり返したのか?」
萃香の言葉に応えるかのように正邪は突如笑い声を上げた。楽しさを一切感じさせることのない、人を見下し蔑むかのような下卑た笑い声である。
「どうだい星熊勇儀、素晴らしい力だろう? これが本来あった……いや、今もあり、ただひっくり返っただけの、私達の力の差だ」
まるで鬼である萃香、あるいはそれ以上の力で蹴り飛ばされた印象を受けた事に困惑しつつも勇儀は何とか立ち上がった。
「これは……凄いもんだね……。さっきの人形でも話したけど。ここまでの幻術は……お目にかかったことがないね……。……しかし凄いねぇ……何杯飲んだって揺れない私の頭を……こんな簡単に揺らすとは……」
「『毒を以て毒を制す』と言えばいいんですかねぇ。鬼の秘宝であるこの打出の小槌。これにかかれば、正しく鬼であるあなたを討つ事は不可能ではなかったという事です」
正邪は勇儀に向かい悠々と歩み寄っていく。
「とはいえ、一応は私も焦ってましたよ。あなたが全力で掛かってくるとは思わず、実はこの技も中途半端に掛けざるを得なかった。そのせいで逆転したのはあなたの視界と、力の差のみ。ですがよく考えてみれば、それは私にとって好都合だった」
正邪が目の前まで迫るも勇儀は決して自ら退く事はない。
「ひっくり返らず丈夫なままのあなたをこの場で殴り続ける事ができるのだから!」
正邪は左手で勇儀に襲いかかる。それを反対の視界のまま勇儀はきちんと右手で防いだ。
――重い!
小柄な天邪鬼の拳は勇儀の腕をきしませる。これで攻撃力がひっくり返っただけなのだから、仮に正邪の術が完了し耐久の差もひっくり返った場合、彼女の腕はあっさりと折れていたかもしれない。
「ほう、防ぎますか。なら……裏拳!」
正邪は身体を捻り反対側から攻める。しかしそれは勇儀から見ても分かりやすく、今度は左の手を上げる。しかし衝撃は腹部に響いた。正邪は言葉とは裏腹に左後蹴りを勇儀の腹部に沈み込ませていた。
「がはっ……!」
星熊勇儀であっても、思わず怯み身体を折る。
「こんな手に引っかかるとは。単純ですねぇ」
余裕の笑みを浮かべる正邪だったが、この瞬間、自分の予想だにしない早さで――
「なめるな!」
勇儀が反撃に移り、襲いかかってきた拳に反応しきれず顔面を捉えられた。その反撃に萃香も思わず「よっし!」と叫ぶ。しかし……。
――あの感触が……敵の骨を砕いた感触がない!
勇儀の攻撃で正邪が吹き飛ぶ事はおろか倒れさえしない。
「痛いなぁ」
勇儀の腕を正邪は掴む。それだけで何か亀裂が走るような音が鳴った。
「が、それだけだ。結局は自分を殴ったようなもの。私の攻撃力で私は倒れない。あんたは……どうかな!?」
鼻から数滴程度の血を流す正邪は、ただ力のままに自分より一回り以上大きな勇儀を投げ飛ばした。勇儀と同じ力を持つ者など幻想郷中探し回ってもいるかどうか判らない。それが仇となり自らにとって未経験な勢いの投げに受け身を取り損ね、勇儀は結界に叩きつけられた。重力に引かれて落ちた勇儀はこの試合で初めて尻を地に着けた。
――凄いなぁ。
ひっくり返っている視界が災いし立ち上がることにも若干の時間がかかる。
――私の力って……こんなに強いのか。これは凄いよ。
客席が割れんばかりに響く。その中で正邪は間合いを詰めようとしない。
「私にこのような素晴らしい力をもたらしてくれた礼です。せめて後ろにいる友人の側で倒してあげましょう」
歓声に紛れて正邪の声は聞こえなかったが――
「勇儀!」
背後にいる友人の声を勇儀は聞き取ることができた。
「萃香……」
たとえ逆さに映っていても一対の角を生やした萃香の姿を彼女が認識できないわけがない。
「なにのんびりやってんだ。こんなところで負けたら承知しねぇぞ!」
彼女の言葉で若干の冷静さを取り戻したのか勇儀の耳に客席の歓声が鮮明に聞こえ始める。それは全て自分に送られているものだった。どう見ても天邪鬼が優勢であるにも関わらず観客は自分の勝利を疑おうとしない。
「何言ってやがる。まだ二回戦だよ……」
勇儀はゆっくりと立ち上がる。
「今は力がひっくり返ってるけどな。そこからまたひっくり返せばいいだけの事さ」
ただ立ち上がっただけで地底の妖怪達は大いに叫ぶ。その絶対的な声援の差に興奮するのは彼女も同じだった。
「いい。素晴らしい。この零対百の声援。この状況で私が鬼を倒したらお前達は一体どんな顔をするんだろうなぁ?」
正邪は左手に小槌を握りしめたまま右手を懐に入れる。
「ところで、そんな間合いで大丈夫かな? 確かに、さっきまでの私なら一呼吸では無理だったな」
通称『天狗のトイカメラ』という道具を持ち跳んだ正邪は、闘技場の半径程度は間合いがあったにも関わらず勇儀の眼前にまで接近した。
「死ねぃ、星熊勇儀!」
そのまま地に足を着けず、正邪の飛び膝蹴りは勇儀の顔面に向け放たれる。事実上今は鬼の力が宿っている正邪の膝は、その瞬間何故か前に出た勇儀の角から下にある僅かな部分の額を捉えた。会心の一撃を入れた正邪は膝蹴りの反動で後ろに跳び着地する。
「今更だが前後はひっくり返ってないんだよ。考えて戦うのは苦手だろ――」
瞬間、正邪は右手に違和感を覚える。彼女は飄々とした態度をとっていながらも決して油断はしておらず、カメラの力によって高速移動し終えた瞬間、すぐに一回戦で黒谷ヤマメに見せた『身代わり地蔵』に道具を持ち替えていた。それが今、自分の右手の中で粉々に砕けているのだ。
「は……?」
地蔵は、致命傷は当然、相当の傷を負うような場面でなければ発動しない。今まで自分が優勢で攻め続けていたにも関わらず地蔵が効力を発揮するような傷をいつの間にか受けていた事に正邪は困惑するも一つの要因が思い浮かぶ。先程自分の跳び膝蹴りを回避することに失敗し勇儀は顔面で受けた。しかしそれが頭突きという攻撃だったなら。そしてそれに自分の膝を砕くほどの威力があったなら。
「萃香。技、借りたぞ」
仮定に対し正邪が納得できない中、先程の膝蹴りを受けても倒れていない勇儀は、その技の名を呟く。
「施餓鬼縛り」
勇儀に意識を集中させると、彼女の妖力がどんどん溢れ出ている事に正邪は気付き、驚いた。
萃香の使う技の一つに『施餓鬼縛りの術』というものがある。鎖で縛りあげた相手を霊力が常に漏れる状態にさせるのだ。
「簡単じゃないが特別な工夫も必要ない。溢れさせるのは自分の力なんだからな」
ひっくり返り力が逆転しているなら自らも弱くなればいい。その勇儀の発想に対し正邪は突如高笑いを上げた。
「墓穴を掘ったな。わかってるのか? 今逆転してるのは攻撃力だけ。お前は今、防御に必要な力を自分の手で捨ててるんだぞ! 今私の攻撃を受ければ、もうお前は――」
突如掌を見せられ正邪は言葉を制される。そして勇儀は手の向きを返し、ひらひらと動かし手招きした。
「なら、どうしてかかってこない? 試してみなよ」
「……終わりだよ、お前」
言葉の威勢とは裏腹に正邪は勇儀に近づかず、しかし懐からまたもカメラを出す。速くなった速度を慣らすよう横跳びを繰り返す。勇儀も握った両の拳を顔の高さまで上げ、構えた。
「あんたのその心ごと砕いてやるよ。鬼ごときが私の下剋上の邪魔をするな」
「……やっぱ面白いよ、あんた」
瞬間、正邪は跳んだ。
――さっきより速い!
鬼の力を得た事で正邪の踏み込む力も相応のものになっている。一瞬で間合いを詰めた正邪は勇儀の前でしゃがみ、そこから再び地を蹴り、最高の勢いを持った拳を勇儀の腹部に向けて振り上げた。勇儀が反撃に来ようともその距離では勇儀の拳は正邪に当たらない。それにも拘わらず勇儀は拳を振り下ろした。
――あるじゃないか! 私の拳が触れる事ができるあんたの場所が!
振り下ろされた勇儀の拳は、振り上げられた正邪の拳にぶつけられる。
「え?」
彼女の右手の指はそれぞれがありえない方向に曲がっていた。困惑している正邪の顎目掛け勇儀は霊力を散らす事で『強くなった』左拳を振りおろす。先程相手の顔面に放った時とは違い、相手の骨が軋み砕ける感触を勇儀は感じた。
「ほう、まだやるか」
鬼の一撃を受け地を転がった正邪は、しかし、再び立ち上がる。
「わたしが……まけるわけ……ないんだ……」
立ってはいるものの、本物の鬼が放った一撃は強烈であり、目の焦点が定まっていない。
「あぁ、負けを認めなくていい。ただ私が勝つだけだ」
再び拳に力を込めて勇儀は跳び一瞬で正邪との間合いを詰める。
しかし、この時正邪の意識は多少朦朧とはしているものの、止めを刺そうとする勇儀を自らに近づけさせる演技だった。
この瞬間、彼女はこれまで大切に掴んでいた打出の小槌を手放した。
それにより、これまで逆転を保ってきた勇儀の視界は再びひっくり返る。
――またひっくり返って……戻る?
今、弱くなって力を強くした勇儀に対し正邪は技を解き、元に戻した。故に今の勇儀は妖力を自ら溢れさせてしまったがために、攻守共に弱体化している。それは正邪にとって曖昧であるも勝機であった。逆転を利用して強くなり意識を奪われかけた程の攻撃を放つなら、それを元に戻してしまえばいいと。
「残念だったな」
正邪は笑みを浮かべた。瞬間、突如勇儀に膨大な力が集まっていくのを感じる。それは先程勇儀が散らせた自らの魔力だった。小槌を手放して術を解くという方法は知らないが、自らの視界が再び回転したことで正邪は術を解いたのだと勇儀は確信したのだ。
「あぁ、本当に残念だ」
下がる隙も与えないほどの速度を持った拳を勇儀は正邪の腹部に沈めていく。鬼本来の力を持ったそれは軽々と正邪を吹き飛ばし結界に叩きつけた。
「がっ……はっ!」
力を象徴している鬼の一撃は、地に落ち倒れた天邪鬼から既に意識を奪っていた。
「そこまで! 勝負あり!」
鬼の放った一撃の凄まじさに、試合終了の宣言がされても尚、妖怪達は言葉を出せない。だが――
「いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
友の勝利を真っ先に喜ぶ伊吹萃香の叫びを皮切りに闘技会場は狂喜に包まれた。諸手を上げて叫ぶ者。天邪鬼を吹っ飛ばした鬼の一撃を目の当たりに興奮を抑えきれない者。勇儀の逆転勝利に思わず熱くなった目頭を押さえる者。戦況が戦況だったため途中はその声援も中途半端だったが、今では全員が声を高らかに勇儀の名を上げ続ける。
それに応じ星熊勇儀は高々と右手を上げた。
「お前がもう少し強かったら……。弱かったら……か? この痛み程度じゃ済まなかったかもね」
掲げられている勇儀の拳は、よく見ると若干浅黒く腫れていた。魔力を散らしたことで耐久性の下がった拳は、正邪と拳をぶつけ合った際、無傷で済ませる事ができなかった。それでいて道具で攪乱され、様々なものを引っくり返された。とはいえ、彼女は一秒たりとも自らの敗北を考えなどしなかった。その自尊心は彼女の笑みとしてこぼれ、それを見た観客たちはより彼女を称賛した。
その中で、人間である魔理沙達はただただ驚愕していた。
「すげぇ……。あんなの命が二つあっても喰らいたくないぜ」
「なによ、あなたが本命って予想したじゃない」
「別に戦いたいわけじゃ……」
言葉に迷い、両手を頭の後ろに回す魔理沙は背後にいる幽香の様子に違和感を持った。
「なんだ? ようやく、参加しなかった事を後悔してるんじゃないか?」
「……あなたの顔の広さで、あの鬼を私の畑まで連れて来れないかしら?」
「いやぁ……さすがにそれは……」
魔理沙をからかい小さく笑う幽香に対し、少しだけ違和感を抱いたものの霊夢もつられて笑ってしまった。
「正……邪?」
意識を失った後、正邪は萃香に担がれ入場口の通路まで運ばれた。それから針妙丸に見守られて数分が経ち、彼女は意識を取り戻した。
「すごいですね……。私だって妖怪の端くれですけど……まだ腹の中がぐちゃぐちゃだ……」
貫かれた方がまだ苦しくないんじゃないかと思えるほどの不快感が尚も彼女に残り続けていた。それを見て思わず針妙丸は小さく笑った。以前の騒動では博麗霊夢や妖怪の賢者を前にしても痛い目を見ることはなかった天邪鬼が、初めて戦った鬼にとうとう懲らしめられたのだ。笑いを悟られまいと針妙丸は、仰向けでい続ける正邪の脇腹に頭を預け、座った。
「私もお前も鬼に勝てなかったな」
何も言葉を返さない正邪と、針妙丸は共に二回戦で鬼を相手にし、むなしく散った。
「私じゃなかったにせよ、ようやくお前を懲らしめることができたよ。生意気で捻くれ者で、汚くてずるいお前が負けて……お前が負けて……。……こんなに悔しいとは思わなかった」
正邪はただ天井を見続ける。
「私はもう望んではいないし、無理だと思っていた。でも、さっきの戦いで……私の頭にははっきりと『下剋上』の言葉が浮かんだよ。正邪よ、お主は今、鬼に負けた。善戦はしたが負けは負けじゃ。それでもまだお主が下剋上を諦めてなかったら――」
そこで正邪はようやく体を起こし、針妙丸を持ち、闘技場を向くよう置いた。
「ちょっと道具を整理するんで振り向かないでくださいよ。で、何ですって?」
「……友というのは、どちらかが誤った道を進もうとしたらそれを正すことが真だと思っている、今でもな。だけど……過ちだと知っていても……咎められると分かっていても……共に堕ちるのも悪くはない。何となくそう思ってしまったよ」
正邪は何も言葉を返さない。
「お主がまだ下剋上を諦めないというのであれば、その際はもう一度私も連れて行ってくれ」
針妙丸は振り向く。
彼女の予想通り、そこに正邪の姿はなかった。
代わりに一つの道具である打出の小槌がただそこに置かれていた。偽物である可能性を考慮しつつ針妙丸は小槌に触れて魔力を感じ、本物か偽物かを判別して、笑みを零した。
「ありがとう」
ただ利用し、利用されるだけだった関係は、これからも続くだろう。それが自分達を繋ぐ唯一の絆であるならば何度でも騙され、利用されてやろう。
針妙丸は次いつ会えるかも分からない友の魔力がまだ微かに残されている小槌を強く握りしめた。
北東の選手控え室で魂魄妖夢は困惑していた。
――こ、こうまで極められるものなのか……?
彼女と共に聖白蓮が瞑想を行ったのは先程の試合が始まる直前からである。にも関わらず、自らの瞑想が済み目を開いた妖夢は左で座禅を組んでいた白蓮を視界に捉えるまで気配を感じることができなかった。
「もうそろそろですかね」
白蓮も目を開け、ゆっくりと立ち上がる。
「行きましょう」
これから敵同士となるであろうにも関わらず白蓮は妖夢へ向ける笑みを絶やさないまま部屋を後にした。
「おい、半霊剣士」
続けて部屋を出ようとした妖夢を八坂神奈子は呼び止めた。
「勝算はあるのかい?」
「……自分を信じるのみです」
その真っ直ぐな回答に神奈子は苦笑した。
「なるほど、半人前だ。だが、間違ってはいない。邪魔したね」
「いえ」
部屋から出て、既に白蓮のいない通路で妖夢は自らの手を見つめる。
――前に倒した事がある豊聡耳神子さんと互角の実力と噂される方が相手……。なら……問題ない!
不安を誤魔化すように自らを鼓舞させ魂魄妖夢は闘技場へ歩みを進めていった。
次回もお待ちしております。
ありきたりというか
もう半年位待ってる(涙