Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

恋のある風景

2015/12/24 01:22:19
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1.霧雨魔理沙



 付き合っている、付き合っていない、博麗神社へ続く階段を一段登るごとに霧雨魔理沙は胸の裡でそう呟いてその先にいるであろう二人の運命を占う。最初の一段で答えがわかるくらいに繰り返したその行為は付き合っているで最後の一段を迎えた。幾らでも望み通りの結果を出せる占いにいつも通りの答えが出てにわかに喜び視線を上げると、さながら一枚の絵のように、共にいるのが似合いの二人がいた。紅葉に染まる境内の美しさも背景にならないくらいに、画面の外に追いやって表装にしてしまうくらいに、濃密な、何者にも侵せない、思い合う者たちだけが醸し出せる密室の空気に、魔理沙は遂にと期待した。が、訪れた自分を見て一瞬でも邪険にするような表情を作らない二人に落胆した。いつものように、博麗霊夢とアリス・マーガトロイドは友人のままだった。
 二人はくっつくだろうと魔理沙は常々思っていた。また自分のためにもそうならなければならないとも。というのも、二人が出すあの雰囲気に、自分の恋が破れるのを感じたからだ。
 初めこそただの勘としか言いようのないそれを魔理沙は否定していたのだが、一度考えが浮かべばそう見てしまうのは必然で、幾らでも恋の雰囲気を見つけられた。勿論、色眼鏡で見ているからだとわかっているし、お互いが好きあっているという事実を裏付けるものは何一つないこともわかっている。だというのに魔理沙はそれを信じた。二人を誰よりもよく知る人間だという自負があるだけに、なんの根拠もない勘を絶望的なまでに信じられた。何よりも恋をする少女の、絶対的とも言える嗅覚が告げるものであったのだから、どれだけ否定しても、したくとも、信じざるを得ないもので、今では二人が早く恋人同士になってくれることを願っていた。
 しかし二人は魔理沙が思うようになってくれない。慎重派と、そもそもその自覚があるのかも怪しい者の組み合わせでは、同じ時間を過ごす友人以上に発展するはずもなく、既に実り熟れているであろう恋心も腐り落ちるのを待つばかりである。もしもそうなってくれたのならば、魔理沙は自らの恋のために画策することも、好きだと言って玉砕することも、なにもかも自由にできるようになる。それでも二人の無音の破局は魔理沙の全く望むところではなかった。二人の恋が腐り、潰えても、魔理沙は魔理沙自身の恋心に縛られ、どちらを向いても後ろ髪を引かれる、今以上に苦しむ日々にまた戻ってしまうからだ。
 魔理沙は、霊夢とアリスの二人に恋をしていた。
 三人で付き合えればと、自覚してすぐに考えたが、実りやすいと謳いながらも当てることも困難な邪恋のように、全員の常識や価値観を変える良い案は浮かばず、では恋心の名を冠するスペルカードのように二方向に思いを放射できないものかと、二股ならばと思案しても、左右反対方向へ同時に放てないそのスペルカードと同じように、挟まれれば圧力に負けて自壊してしまう未来しか思い浮かばず、何よりその状況を不誠実だと思ってしまう真っ直ぐな性根が許さずで、結局恋心の望むままに二人を愛せないという自分の限界を知っただけだった。では、どちらかを選ばなければと思っても、一人と結ばれる未来は、もう一人と離れてしまう未来でしかなく、諦められるくらいに成熟していない、ただの恋する少女でしかない魔理沙は、想像しただけでも押しつぶされるような痛みを覚えるその状況に耐えられず、なにも選ぶことはできなかった。そうしているうちに、二人が描く、恋の風景の表装の端に追いやられてしまっていた。気付いた時には、二人の前で涙を流してしまいそうになるくらいに傷ついたが、それはいっそと開き直れる状況でもあり、決められず悩み苦しむくらいならと、魔理沙は二人が結ばれることを望んだ。
 二人にはなんとしてでも恋人同士になってもらわなければならない。自らが手を出して拗らせることを懸念し、自然とそうなることを待っていたが、全く進展のない二人に、魔理沙は遂に痺れを切らせ、自分の手でくっつけるという自棄ともいえる決意を固めたのだった。
 そうして、次の日に魔理沙はアリスの家を訪ねた。





2.アリス・マーガトロイド



 だからあんたのことが嫌いなのよ。アリスはそう言って、霊夢と付き合うよう勧めてきた魔理沙を追い返した。
 魔理沙の話は、霊夢を好きだと自覚するアリスの頬を朱に染めて喜ばせる内容で、邪険にするようなものではなかった。思い人に最も近しい人間から、相手もお前が好きだと、結ばれるに相応しいと言われて、疎ましく思う理由も喜ばない理由もない。しかしそんな喜びも、アリスの心には虚しいばかりだった。
 アリスは確かに恋をしている。付き合えたならと幾度となく思っていて、実際に多くの時間を共有していて、そして決して思いを外に出すことはしなかった。思いを告げるのには、最大の障害があってできなかった。霊夢は博麗の巫女で、人間の味方である。ポーズとはいえ妖怪に対して厳しい姿勢を取る相手と、妖怪であるアリスが、たとえ両思いであっても結ばれるはずがない。むしろ人間である魔理沙こそ、恋人となる資格を持っていると、抱いた恋心と同じ時間だけアリスは思っていた。
 加えて、知っているのだ。眩いものを見るような、焦がれるような、羨望の視線を霊夢が無意識に魔理沙へ向けていることを。努力を惜しまず、砕けることも厭わず全力で輝ける魔理沙に、霊夢が憧憬の念を抱いていることを。霊夢と魔理沙が両思いであることを知っているのだ。本気を出さないという共通点がある故に、その魅力がどれだけ眩く見えるのかを、両思いとなるに足ることを、アリスは知っているのだ。
 それでもアリスが霊夢の元を訪れて、その横に居続けた理由は一つしかない。魔理沙が真っ直ぐに霊夢へ告白しなかった理由を知っているからこそだ。アリスは、魔理沙の恋心が自分にも向いていることも知っていて、霊夢の横に居続け、且つ傷つけるように追い返した。三人の恋模様から脱落するその行為は、どちらとも決められず苦しむ魔理沙のためにも、いまだ恋心を自覚していない霊夢ためにも、何よりもアリス自身のためにも、必要なことだった。一方向へしか放てない魔理沙の恋の魔砲の標的の一方を、アリス自身を取り除かなければ、三者三様に己の恋を諦めて、誰もが幸せにならない。これこそが幸せに至る道への一歩なのだと、アリスは確信して、自身を二人から切り離した。後は霊夢が自らの恋心に気付くだけで丸く収まる。
 後はただ、彼女らの選択を待てばいい。そうなるには、アリスにはもう一仕事残っていた。






3.博麗霊夢



 無意識に魔理沙に恋しているとアリスに教えられてから、付き合いだしてから、眩い時間に夢中になって、霊夢はその違和感に気付くのに一週間を要した。こんなにも大きな違いを何故、今まで気付かなかったのかと、自らの鈍感さを恥じるしかなかった。
 アリスがいない。
 言葉もなく魔理沙のいる風景を楽しむ中、ふとそう思ったのが違和感の始まりだった。恋を自覚する以前、魔理沙とアリスの二人が自分の隣にいる風景がいつまでも続くのだろうと漠然と思っていた霊夢にとって、それは記憶に残る絵に大きな穴が開いたように思えた。その喪失感を、霊夢は自身が抱いたもう一つの恋心だと、すぐに理解できた。
 アリスが好きで、しかし今は魔理沙と付き合っていて、どちらかの感情が偽物なのかと思案したが、そもそも自分の心に偽物などありはしないと霊夢は知っている。二人に恋しているのは疑いようのないことで、ならば受け入れることに仔細ない。問題はその気持ちをどうするのかだ。
 今は魔理沙と付き合っていて、アリスを諦めるのが当然だとまず考えたが、逆撫でることなく、あやすように恋心を説いたアリスの、あの繊細に自分を思ってくれる姿を振り返れば、切り捨ててしまうのに締め付けられるような痛みを霊夢は覚える。かといって魔理沙を捨てられるかといえば、できるはずもない。魔理沙にもアリスにも、それぞれにしかない魅力があって、好きだという気持ちに優劣をつけることは不可能だった。そこに行き当たり、考えることが面倒になって投げ出したくなったが、やめてしまえば、二人に抱く思いへの裏切りのような気がして、霊夢はいつも理不尽なまでに正答を出してくれる勘にも頼らず、ひたすらに悩んだ。そうしてようやく自分が博麗の巫女であることを思い出した。それはアリスを諦める決定打になり得るものだった。人間の味方である博麗の巫女が、明確な好意をもって妖怪と懇ろになるのは許されることではない。害の有無にかかわらず、それだけは幻想郷の、強過ぎる妖怪と弱い人間たちの均衡を守る者として、崩してはならないことだ。必然となれば、霊夢はアリスを諦めることに躊躇いはない。ただせめて好きだった気持ちは残したいと、魔理沙にだけ告白した。
 魔理沙は驚くこともなく、そうだろうな、とだけ言葉を返して、少しだけ傷ついた表情を見せた。一度恋の感情を知ってしまえば聡くなるもので、その声色と表情の温度で霊夢は、魔理沙もアリスが好きだったのだということを察した。そして再び、霊夢の脳裏に三人でいた、すれ違っていたが故に丸く収まっていた恋の原風景が思い起こされる。記憶の中のアリスの視線にも、霊夢と同じ、魔理沙とも同じ、恋の温度が宿っていた。
 それから、霊夢はたった一つの抜け道を思いついた。しかしそれは、魔理沙を道具として扱うようで、口にできるものではなかった。アリスも同じことを思いついて、魔理沙のことを思ってこの結果を選んだのだと考えて、霊夢はその案を封印した。
 ただ無意識に呟いた、みんな同じだったのね、という言葉だけが霊夢と魔理沙の間に重く響いた。





4.アリス・マーガトロイド



 アリスには、気付いたのならそうなるだろうという確信と期待があった。が、同時に気付かなくともいいと思っていた。アリスが霊夢を愛する道はある。残滓でしかなくとも、痕しかなくとも、確かに。それは、魔理沙を通して、その向こうにいる霊夢を愛するという歪な道だった。霊夢と直接手を繋げなくとも、魔理沙が霊夢と手を繋いでいれば、間接的にでも手を取り合うことができる。俯瞰して事物を見ることが得意であることもあり、霊夢の気持ちも、魔理沙の気持ちも、全て見通せていたからこそ、なによりもアリス自身も、霊夢と魔理沙に二心を抱いていたからこそ、邪道とも言える愛し方を思いつくことができた。しかしそれは恋する相手を手紙として扱うことで、もしもそんな邪恋を提案して叶ってしまえば、一生、魔理沙へ罪悪感を抱き続けなければならない。本当に愛していたとしても、贖罪ばかりが真っ先に浮かんで、誰も愛せなくなり、全て壊れて、最後には不幸しか残らない。
 恋心に気付かない霊夢を諦め切り離して、魔理沙を奪うこともアリスはできた。全く反対のことをしたのは、死に別れ残されるのが自分であるとわかっていたからで、諦めるよりも深い痛みを恐れたからこそだった。邪恋が叶ってもそれは変わらないことで、結局どちらにしても傷つくのならと、自分自身で選ぶことを放棄して身を引いた。諦めとしか思えないその選択は、実は邪恋も叶えられる可能性を残すもので、傷つけそこに至る思考を持てないであろう魔理沙が邪恋に気付き望んでくれたのなら、アリスにも霊夢にも生まれる罪悪感も減じられ、全てが壊れる可能性も薄れる。それには霊夢と魔理沙が結ばれることが絶対の条件なのだから、その状況を整えた今、邪恋が叶うことへの、叶わないことへの、二つの結果への期待と恐れが、もう待つことしかできないアリスの中に渦巻いていた。選ぶ権利がないからこそ、死別の傷も、疎遠となる寂しさも、可能性に気付かれないままに終わりまで待ち続けることになることも、どれも受け入れるしかない。それはアリスの、二人の意思を尊重して幾らでも傷つくことを許容できる優しさでもあったし、なにも選ばず求められることを一方的に期待する臆病故の姑息さでもあった。
 そして、そんなアリスの優しさに応えるように、魔理沙が、全身に霊夢の匂いを纏って現れた。それだけで、霊夢の気持ちも、魔理沙が自分で気付きそれを選んだことも、全てアリスに伝わった。
 そっと、アリスは魔理沙を抱きしめる。霊夢の匂いも、その奥にある魔理沙の香も、思いきり吸い込んで、上書きするように、自分の匂いを擦り付けるように、魔理沙も、その先の霊夢も、愛した。
 残される三人の愛の痕だけが、恋を宿した風景を描く。
お読みくださり、ありがとうございました。
dockndoll
コメント



1.大根屋削除
あぁ……もうたまりませんね。ツボにハマって抜け出せません……
あなたの文章から想像し、描き出される風景が最高です。誰が何と言おうと、私の中であなたは最高なのです。
読ませていただき、ありがとうございました(拝)
2.奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気でした
3.名前が無い程度の能力削除
レイマリアリの歪な関係…素敵ですね
4.名前が無い程度の能力削除
もどかしい行き違いがいじらしく、ほんのりと楽しめました。
5.Yuya削除
レイアリ派の僕には、3人で愛を育む話は生理的に無理。でも読んでいてとても面白かったです。認めないけど、3人と作者様には敬意を表します。
6.サク_ウマ削除
どこまでも歪で歪んで全員幸せなハッピーエンドでした。異常な愛情はいいぞ。ご馳走様でした。