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ラテルナマギカ ~寅と鼠と桜の巫女~ 『念写少女のルナティック・ブルー #5』

2015/12/09 23:11:30
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 石造りの地下通路は暗く寒い。そして結露のために酷く湿っている。地上は残暑の気配がまだまだ色濃く残っているが、ここは暑気とは無縁の冷え切った世界だ。十数歩おきの間隔で吊り下げられた電球が、弱々しく闇を照らし出している。
 メリーベルは、寒々しい道を元来た方へと引き返していた。唇を堅く引き結んだ無表情。しかしその裏側からは、隠し切れない不機嫌の気配が漏れ出していた。退魔鎧の全身が淡く輝いている。彼女の静かな怒りの感情が、霊力へと絶え間無く変換され続けていることの証左だ。ブーツの堅い爪先が、石畳の溝に溢れる水溜まりをぴしゃりと蹴跳ばした。
 吐いた息が白く染まるのが微かに見えて、メリーベルは眉を顰めた。こんな場所を好む人間などいるものか。一刻も早く太陽の下に戻りたい。その願望が、彼女の脚をほんの少し早める。

 この地下通路は、元々は江戸城の要人脱出のために設けられていたものである。城の最下層部から東京湾岸まで延びるこの通路は、図面には一切残されていない。築城に際して死罪人たちに穴を掘らせ、完成と同時に処刑することで情報の漏洩を防ぐ。その後は城の警護を司る僅かな者のみによって引き継がれてきたという、完全なる秘密通路であった。徳川幕府が倒れて江戸城が皇居となってからも、この脱出路の役目自体は変わることなく存在し続けている。
 それだけならばよくある話であるが、帝都東京市に現存するそれはまた事情が違った。現代の管理を引き継ぐことになった帝国陸軍第1師団特殊異変隊は、近年になってこの地下通路を大幅に拡張していた。物資倉庫増設を名目にしてもぎ取った軍費でもって、まるで蟻の巣が広がっていくように通路と部屋を増築しているのである。その空間の幾ばくかは確かに倉庫として使われているが、残りの部分は特殊異変隊のみが知る用途に用いられていた。
 すなわち、妖怪や怪異の封印場所である。

「…………っ!?」

 驚愕とともに、メリーベルは思わず一歩後ずさり身構えた。傍らの扉の硝子窓から、巨大な血走った目玉が彼女を睨み付けていた。

「 ―― 驚いた? ねぇねぇ驚いた?」

 雰囲気に似合わない明るい少女の声が、扉の向こうからくぐもって聞こえてくる。硝子の向こうの目玉が引っ込んで、空色の髪をした少女の顔が覗いた。いつだったか捕縛された唐傘の付喪神だ。

「この場所、凄くいいよ! やっぱり人間を驚かすならこういう暗いところが一番 ―― ぎゃんっ!!」

 硝子の向こう側に霊力矢を形成して、退魔師は妖怪へと無慈悲な一撃を加えた。そのまま一瞥すらくれることなく、メリーベルはつかつかと地上を目指す。

 妖怪の封印と言っても、術師の質が落ちた現在では、あのように独房に閉じこめておくのがやっとであった。かつて古代には石や札へと完全に封じ込める技術も存在したらしいが、それを扱える人間はもはや特殊異変隊はおろかこの世界中を探したって生き残ってはいるまい。メリーベルも戦闘ならば並ぶ者はないと自負しているが、封印術に関してはからっきしである。
 あの唐傘少女のような妖怪が、この辺りには百体ほども収容されている。これら東京に溢れる怪異たちは、西洋式近代軍備の兵隊たちでは如何ともし難い。それらに対処できるのが特殊異変隊であり、これら確保した怪異たちの実存こそがその証明となる。隊の上層部はそう考えているのだろう。近い内に帝国陸軍の幹部に対しても、この秘密基地の存在が公開されるとの噂が、隊員たちの間で囁かれていた。

 メリーベルが特殊異変隊に加わったのは二年ほど前のことである。重大な資金難に喘ぐ退魔術師軍の情報を裏から手に入れた彼女は、亡き父の遺した莫大な遺産と、自らの霊力体質を手土産として隊上層部へ接近した。歓迎すべき習合だった。メリーベルは父の仇を討つ環境さえ手に入るなら何を犠牲にすることも厭わなかったし、特殊異変隊にしてみれば資金と有望な構成員が一度に手に入るまたとない機会だったからだ。
 霊力を循環増幅する特製の退魔鎧は、特殊異変隊の技術部の最高傑作である。一般人に毛が生えた程度の霊力しか持たないメリーベルでも、これを使いこなすことができれば大妖怪とも渡り合えるのだ。もっとも使いこなせるようになるまでには、尋常でない努力と訓練が必要であったが、彼女はそれを見事乗り越えてみせた。

 パトロンとして、そして戦士として、メリーベルは特殊異変隊に対してそれなりの発言権がある。これまで両者の意志はそれほどかけ離れたものではなかった。八雲紫の情報を高い優先度で収集させることは、妖怪から人間を守ることと矛盾してはいなかったからだ。まともな情報を得ることはついぞできなかったが、それでも八雲紫へ接近することには一応の成功を見ていた。
 しかし、御堂はたてに関しての見解は、メリーベルは特殊異変隊に従いかねている。

 少しだけ足を止めて、通路の奥の闇へと視線を投げた。繰り返し行われた念写実験のせいで御堂はたては疲労困憊し、ついには気を失ってしまった。少女を妖怪用の独房に収容するように命じられた際にもメリーベルは反論したが、幹部たちに聞く耳はなかった。思いがけない収穫に、彼らは完全に浮き足立っていた。

「……おかしいわ、こんなの」

 呟きは壁に反響することもなく、白く染まって霧散していく。
 御堂はたては人間だ。超常的な念写能力を持ってこそいるが、彼女は化け物ではない。人間を脅かす妖怪ではない。それなのにこんな場所に閉じ籠めようとすることが、メリーベルには許せなかった。
 人間が妖怪を退治する時には、手段を選んでなどいられないだろう。相手は計り知れない力でもってこちらに襲い掛かってくるのだ。どんな手を使ってでも立ち向かい、討滅する必要がある。
 だが、人間相手ならば話は全く違う。その尊厳には敬意を払い、対等な存在として接するべきではないのか。ましてやあの娘は自分よりも幼い。そんな子供を閉じ籠めて縛り付けて、利用することが許されていいのだろうか。

 がちん、と硬質な衝突音が響いた。石壁が少しだけ砕け、破片がぱらぱらと落ちていく。石壁を殴り付けたメリーベルの籠手は、一層の強い輝きを放っている。しばしの沈黙の後、深く長い息を吐いてから、彼女は再び地上への道を歩き出した。

 特殊異変隊に一定の発言権を有していても、その意思決定まではメリーベルの関わるところではない。御堂はたての処遇について、彼女の意見が聞き入れられることはついぞ無かった。少女は囚われ続けるのだろう。その異能を死ぬまで搾取されながら。もはやメリーベルにできることは何も無い。この牢獄から、少女を救う手段など。
 運命という概念を、メリーベルは信じていない。未来が定められているだなんて考えたくはない。己の進む先は己で勝ち取るものだ。彼女はそう信じてきたし、これからもそうやって生きていくだろう。
 だが、あの念写少女はどうなのだろう。この鳥籠から抜け出す手段が、彼女に残されているのだろうか。己の未来を、彼女はこんな地の底から掴み取ることができるのだろうか。

 思案しながら脚を進めるメリーベルの目の前に、何かがひと粒ぽとりと落ちた。水滴かと思ったがどうやら違う。石畳の上に転がるそれを、メリーベルは屈んで見定めた。

「……種?」

 平べったい楕円形をした指先ほどの粒。向日葵の種であるように、彼女には見えた。
 どうしてこんなものがこんな場所にあるのだろうか。メリーベルが怪しむのと同時に、その異変は起こった。種がひとりでに震え出し、白い髭と翠の芽を延ばし始めたのだ。それも尋常ではない速度で。
 ぎょっとしたメリーベルの周囲に、次々とそれは降ってきた。幾つもの種子が天井を突き抜け降り注ぎ、冷たく湿った床に着地しては発芽する。芽吹いた双葉は瞬く間に太い茎となり、その頭を天井へと突き刺してはぐんぐんと育ち続ける。あっと言う間に、辺りには翠色の柱が何本も形成されていた。
 ここまで来てようやく、メリーベルは自分が強大な妖力場の中にいることに気付く。少しずつ、けれど着実に、何者かの能力が周囲を変化させているのだ。

「これは……」

 メリーベルは駆け出していた。覚えのある気配な様にも思えるけれど、まさかそんなはずはあるまい。そう自分に言い聞かせながら走った。瞼の裏に浮かぶ翠色の不敵な笑顔には、こんな大それたことをする動機などなさそうだったのに。
 やがて向こう側から、息急(せ)き切って隊員がひとりやってきた。彼女を探していたのか、その口元に安堵の表情が浮かぶ。

「ハーン殿、探しておりました。早く外へおいでください。とんでもないことになっています」
「やっぱり、上で誰かが暴れているのね」
「はい。滅茶苦茶な妖怪です。あんなもの、見たことも聞いたこともありません」
「……見れば分かるわ」

 今なお成長を続ける茎たちを見やりながら、メリーベルは先を促した。

「他の隊員たちの様子は?」
「霊力砲で応戦していますが、全く歯が立たず……。このままでは、帝都の陥落も時間の問題かと」
「ちょっと、そんなに滅茶苦茶なの?」
「えぇ。それと、相手はこちらに要求をひとつ出してまして」

 怪訝な顔をしていたメリーベルは、次の言葉を聞いて驚愕に顎を外しかけた。

「 ―― 『うちのウェイトレスを返せ』と」





     ◆     ◇     ◆





 柱が次々と成長し、ビルディングを覆い尽くしていく。車輪と人間に圧し固められた路面が、無数の茎によって掘り返されていく。東京が、翠に染まっていく。
 その光景を、私はただ呆気に取られながら眺めていた。

「ね、ねぇ那津。流石にこれは不味いんじゃないの」
「奇遇だね。実は私もそう思っていたところなんだ」
「ちょっと、私たちは妖怪が暴れたらそれを咎める立場でしょうが! それなのに、こっちがそそのかしてこんなことになっただなんて知れたら……」
「私はちゃんと言ったぞ。『適度に暴れてくれ』って」
「これのどこが適度なのよ!!」
「いやぁ、流石は風見幽香。圧巻の光景ですねぇ」

 取り返しの付かない事態に慌てふためく私と那津を余所に、文はとても愉快そうである。シャッターを切るその手はしばらく止まりそうにない。

「これだけやれば間違いなく、ヘンタイの連中も青い顔で飛び出してくるわ」
「誰だって飛び出してくるわよ!」
「でも、これしか方法がないんじゃ仕方ないでしょう」
「ぐ……」

 言葉に詰まった私は、やる方ない憤懣を視線に余さず籠めて、遠くに浮かぶ彼女を見た。
 喫茶店COINのマスター、風見幽香は、もはや猫を被ることを完全に放棄していた。帝都東京を悠然と見下ろす彼女の姿は、歴とした大妖怪である。日傘とともに宙に浮かぶ彼女を中心に、地面には翠の円が描かれていた。それは時とともに色濃く、そして巨大になっていく。
 地面から延びているのは、主に向日葵の茎だった。幽香の足下、おそらくは最も彼女の力をよく受けているだろう辺りでは、すでに大きな花輪が空に向けて開いている。翠が広がっていくのを追うように、黄色い同心円が広がり始めていた。

「あれが花の大妖、風見幽香の本領よ」

 ようやく満足したのか、文がカメラを折り畳みながら言った。

「彼女は種を撒き、花を育て、力を収穫する。あの力場の中で、彼女の力は何倍にも膨れ上がるの」

 メリーベル曰く、幽香さんは鬼神のように強いらしい。だがそれは、彼女の力のほんの一部にしか過ぎなかったということか。現に、かなり離れた位置にいる私にも、暴威そのものとしか形容できない強大な妖気がひしひしと伝わってくる。

「……立案は那津なんだからね。責任は取りなさいよ」

 私の一言に、那津は引き攣った笑いを零した。

 ヘンタイの秘密基地を特定するために、大きな騒ぎを起こしておびき出す。那津がそう言い出さざるを得なかったのは、彼女のダウジングが全く反応しなかったからだ。邪気を祓う結界が張られていて、ダウジングを無効化しているのだと那津はぼやいた。ならば次善の策にと、私たちは誰かに騒動を巻き起こしてもらうことにした。
 問題は騒動を起こす者の人選だった。私では論外だし、白蓮寺の2人がやるわけにもいかない。ならば文に、と纏まりかけた議論を、ブン屋は上手く差し替えた。風見幽香の名が上がったときに誰も反対しなかったのは、今となっては不思議としか言いようがない。本当に口だけはよく回るやつだ。こうなる可能性があったのだから、断固として止めるべきであった。

「起こってしまったことは仕方がない。時間は戻せないのです。それより今は、はたてさんのことだけに集中しましょう」

 星さんはいつも通りの真っ直ぐな瞳で、街の隅々までを油断無く見張っている。怪しい者が飛び出してくるのを待っているのだ。しかし私は、星さんが握る拳を震わせていることに気づいてしまった。

「星さん、大丈夫?」
「……おや、私としたことが」

 両掌で自らの頬をばしんと叩いて、星さんは震えを無理矢理止める。

「私もまだまだ未熟です。あの強大な妖怪を目の当たりにして、つい挑んでみたくなってしまう。彼女は争うべき相手ではないというのに」
「 ―― 本当に、それだけは止めてくれよ、ご主人様」
「勿論です。それにしても、あれほどの妖怪がまだ日本に生きていたとは驚きです。八雲紫の一件といい、見聞の狭さに恥じ入るばかり」
「んふふ、まだまだ驚くことになると思いますよ ―― おや?」

 文が一点を指さし、全員の視線がそこへ向く。
 米粒のような霊力弾がひとつ、幽香さん目掛けて放たれる。最初の一発は力場の壁に阻まれてあっと言う間に消散したが、次々と射手が繰り出してきているのか、やがて砲撃は雨霰のごとく激しくなった。

「……よし、特定した。地図上のこことここ、あとこっちにも2箇所」

 那津のダウジングがついに完成する。結界の中に引き籠もった相手を捜し出すことは無理でも、外へ出て来たならばその出入り口は特定できる。その作戦は成功したわけだ。

「それじゃ幽香さんに撤退の指示を……どうやって伝える?」
「そういえばそこまで考えてなかったわねぇ。ま、どうにかなるでしょ」

 文が黒い翼を広げ、にかっと笑って見せた。

「ここからは二手に分かれましょう。私は桜子さんに密着取材していますから、寅丸さんと那津さんは別の入り口から侵入してください」
「奪取の成否に関わらず、3時間後にこの場所へ集合だ。では行こう」

 那津の合図で、私たちは駆け出した。翠に染まった都市の中へと。




 
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