Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

地底妖怪トーナメント・21:『2回戦5』

2015/11/13 16:36:24
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 古明地さとりは悪い予感を感じていた。
 今現在まで、地底妖怪武道会は二十試合が行われてきたが、さとりにはそれ自体が驚きだった。闘技場の外で乱入未遂の出来事はあったが、場外、乱入試合等は一度も起きていない。
 ――地底の人達は勇儀さんがいるからともかく、他の妖怪達も八雲紫や閻魔がいるから極力大人しいのかしら?
 武道会の司会進行として何の問題もなく大会が行われる事を望む反面、そのような事はあり得ないと考える。視線を横にずらし、彼女は八雲紫の隣に座っている天人の比那名居天子に目を向けた。
 ――あの天人ももう大人しいけど。きっかけがあれば乱入してきそうね。例えばどこかで引き分けが起こるとか……。
 紫と何か雑談をしている天子を眺める最中――
「さとり様!」
 観客の喧騒を払いのけるがごとき大声によって彼女は視線を変える。彼女のペットである火車の火炎猫燐が慌てた様子でさとりのいる北東の最前列席に走ってきた。
「大変です。こいし様が……!」
 その言葉だけで大よそを把握できたのか、さとりは溜息を吐いて額を押さえた。
 ――いや、これでいいのよ。あの子がここに来るかもしれない。それさえ分かっていれば。
 紫が天子なら、妹である古明地こいしの監視は自分がしなければ、とさとりは思った。



 闘技場南通路。
 試合を行う選手同士は基本、西、東側の通路しか使わないため、ここは滅多な事がない限り通る者はいないだろう。その通路の出入り口寸前で一人の少女が胡坐をかいて座っていた。少女――藤原妹紅は数分間その体勢のまま一人唸っていた。
「何やってんだい?」
 背後から聞き覚えのない声が聞こえた。妹紅の振り向いた先にいたのは死神の小野塚小町だった。
「あぁ……ちょっとな」
「ふーん……。何で半獣のとこじゃなくてこんなとこに……」
「……それより、閻魔の部下なのにそれこそ何でこんなとこに。手伝わないのか?」
「ま、判定が行われるまで基本自由だよ」
 一回戦で敗退した小町は既に選手としての役目を終え、今は審判長である四季映姫・ヤマザナドゥの補佐として動いている。といっても、時間切れにより各審判が書いた判定用紙を読み上げた事だけが、現在までの、彼女の働きである。
「私に勝った半獣だからね。休憩がてら応援に来たのさ」
 休憩するほど働いているのか、という言葉をぐっと飲み込み妹紅は小町の問いに答える。
「どっちを応援すればいいか……よく分かんなくてな」
 言葉に迷いつつも妹紅は続ける。
「ただいつも通り私と輝夜は戦うつもりだった。それが少し回りくどく、場所が騒がしくなっただけ。私と輝夜は順当に勝ち進み、戦いたい。そりゃあ、こうなる可能性があったのは分かってたさ。しかし実際に輝夜と慧音が戦うことになると、正直、本心から慧音を応援できるのか分からなくてな」
 既に闘技場の中央に立つ月の民――蓬莱山輝夜に続き獣人の姿である上白沢慧音が闘技場に姿を現す。中央へ歩みを進める慧音の右角に妹紅は視線を向ける。一回戦で小町によって刈り取られてから、それはほとんど再生していなかった。妖怪に比べ再生能力でやや引けを取る妖獣。今は聖獣である白沢を模した姿ではあるが慧音は純粋な妖獣でさえない。対して輝夜の方は、それはもはや再生にとどまらない。彼女の持つ不老不死の能力は、一回戦で貫かれた顔面の穴を試合終了直後には元通りにする程である。
「両者、規則変更等の申し出はありますか?」
 映姫の問いかけがあがった時、輝夜は南通路を指し示した。
「見てみなさい」
「……妹紅に……死神?」
 両選手が何らかの如何様をしないよう視線を変えずにいた映姫も、慧音の言葉に含まれていた『死神』という単語に反応し振り向いた。南側通路にいたのは胡坐をかいている妹紅と、思っていたより早く閻魔が振り向いたことに驚愕している小町だった。
「あなたの所ではなくあんな所に妹紅は居る。まるで私達のどちらにも勝ってほしくないかのように」
 さぼっている死神に対し閻魔が睨みをきかせる中、慧音は微笑んでいた。
「構わないさ。一回戦ではお互い見守り見守られたとはいえ。初めからああいう感じになっておけば良かったんだ。お前を含めて、私達はまだ誰も脱落していない。昨日の敵は今日の友、とは言うが、このまま私が勝ち進めば妹紅とは準決勝で戦う。この戦いが終わるまでは互い孤独でいるべきなんだ」
 何か芯のある慧音の眼差しに対し、これ以上の揺さ振りは無意味と理解した輝夜はすぐさま本題に切り替わるかのように、懐に手を忍ばせる。そこから出した物は、手の平に収まる程の小さな鉢だった。
「これは此処の砂で作った小鉢よ。これにはちょっとした霊力が籠められていて、地面に落とすと――」
 輝夜は手の平を引っくり返し、小鉢は重力に引かれ地面に落ちる。するとそれは綺麗に、真っ二つに割れた。一切の破片を飛び散らせることなく割れた鉢は、既に地面と接しているにも関わらずそこから更にそれぞれがまた二つに割れた。四つになった小さな破片はそこから更に砕けて八つになる。それを繰り返し続け、小さく細かくなっていく破片はやがて塵となり消滅していった。
「このように地面と接地すれば、それは割れ、砕けるよう術を施してるわ」
 輝夜はまた懐から新たな鉢を今度は二つ取り出した。
「これを互いが持ち、地面に落とし割ってしまった方が負け、というルールを追加しましょう?」
 慧音は何も答えず輝夜が差し出した小鉢の一つを手に取った。それを地面ぎりぎりにまで近づけるが、接してはいないため何も起こらない。
「もう代えは作ってないわよ。当然、イカサマみたいな事はしてないし、それ自体を私の道具として扱う。一回戦の時と同じよ」
 慧音は熟考する。客観的に見て自分と輝夜の差は圧倒的だろう。自分が認める妹紅とおそらく互角に渡り合える実力を持っている。輝夜が本気になれば、彼女が提案したものを除いた規則では、一度勝つために何度負けなければいけないか想像もつかない。博麗霊夢と八雲紫が手を組んでようやく倒せる蓬莱山輝夜。その輝夜が自ら負けの条件を増やしてきているのだ。
「分かった。『自分の鉢を落とし、割ってしまったら負け』だな。それで受けよう」
 慧音に拒む理由はなかった。
「では、試合開始まで両者離れて」
 映姫は紫に視線で伝える。紫は一回戦の時と同じく、今試合限定で追加された規則について客席に向かい説明を始める。それをくつろぎながら聞いていた勇儀に「よう」と声を掛ける者が現れる。横を向いた勇儀の目に映ったのは、二つ前の試合で勝利を収めた小柄な鬼の伊吹萃香だった。
「おぉ、やっと来たか。もう四試合目は終わったぞ」
「控室で見てたよ。こいつが起きるのを待ちながら酒を飲んでた」
 萃香は自らの頭頂部を指差す。そこに乗っていた小人の少名針妙丸を見せられた勇儀は思わず笑みを零した。
「おぉ、こいつかぁ! はは、見直したよ。あんたみたいなのが萃香をあそこまで追い詰めるとは思わなかったよ」
 人差し指の腹で針妙丸の頭を撫でる勇儀を見て萃香は一つの疑問が浮かぶ。
「お前、この次だろ?」
「対策、ってやつだよ。ま、あんな狭いとこで見てるより間近で戦いを見てた方がこっちの士気も上がるってものさ」
 それはとても小さいものだったが言葉に違和感を覚えた萃香は思わず勇儀の腹部に視線を移す。
 ――こいつ……まだ治ってないのか?
「お、そろそろか。わくわくするねぇ」
 勇儀の言葉につられて萃香はそれ以上考えず闘技場に目を向ける事にした。
 闘技場では既に閻魔はおらず輝夜と慧音が向き合う。互いの左手には土でできた小鉢が乗せられている。慧音はそれを落とさぬよう指を曲げて掴む一方、輝夜は文字通り掌に乗せた状態でいる。
「二回戦第五試合、始め!」
 二回戦後半の狼煙となる第五試合目が始まったが、観客は前半四試合程の、試合開始時のような盛り上がりを見せていなかった。輝夜、慧音共に一回戦では印象的な勝利を収めたとはいえ地底の妖怪達にとって二人の知名度はそこまで大きいわけではない。それを考慮しつつ紫によって規則追加の説明をされても尚、戦う二人が手に鉢を持っているという光景は奇妙に見えた。しかし、実のところ地底妖怪達にとって、その姿は見覚えのあるものだった。その中で、地底妖怪の長と言ってもいい勇儀は周りを気にすることなく笑う。
「私の真似をするとは面白いね! どっちが三回戦で私と戦う資格があるか見せてみな!」
 星熊勇儀は勝負事を行う際、よく『酒の入った杯を持ち、零さず戦う』という枷を付ける事は地底妖怪の中では常識と言ってもいい程度に知れ渡っている。正確には違うが自分の真似をされる事を毛ほども不快に思っていない勇儀を見て地底の妖怪達もつられるように声を張り上げていった。
「何を言ってるのかしら?」
 対して、闘技場にいる輝夜は表情を崩すことなく疑問を浮かべる。地底の妖怪達が輝夜の事を知らないのと同じく、輝夜にとっても地底の鬼などさほど興味もない。
「まぁいいわ。とにかく始めましょう」
 ――二つ目の難題、『仏の御石の鉢』。
 穏やかに微笑み立ち止まっている輝夜に対し、慧音は片手で剣を構えた体勢のまま少しずつ間合いを詰めていく。
 あまりにもゆっくりな彼女の動きを前に、輝夜は暇を潰すかのように目を逸らし妹紅のいる通路を見た。
 ――妹紅、私はどうすればいいのかしら。十五分という永遠と須臾の中で、目の前にいる相手をどう倒せば心から私と戦う事を望んでくれるのかしら。
 試合開始が宣言されてから輝夜は微動だにしない。互いの間合いは既に、獣人と化している慧音が跳べばあっさりと詰まる程の距離になっている。
 ――それは、未練を断つこと。妹紅だけでなく全ての観客、そしてこの者にも、『この者が勝つ』可能性を浮かばせないこと。全ての攻撃を受け、死ぬことなく勝てばいい。
 間合いは充分と判断した刹那、慧音は跳んだ。知性ある彼女は自らの勝機は輝夜が何らかの判断を誤ることでしかないと考えている。妹紅をも上回っているように見える不死身性に、未だ全容が掴めない永遠と須臾を操る程度の能力。それらを余すところなく駆使されれば楽観的に見ても自分が勝つ望みはあまりにも薄いだろう。やられるまえにやる。あまりにも単純だが、それは一回戦が終わってから考えに考え抜いた末の答えだった。
 輝夜の前で地に足をつけ、そこからの踏み込みで剣に更なる勢いを生む。結果、輝夜にあらゆる対処を許すことなく刃が首の薄皮に触れる。一回戦では槍で輝夜の顔を貫いても『頭部の破壊』とは判定されなかったが、今、このまま慧音の攻撃が炸裂すれば問答無用で『首の切断』により決着するだろう。
 しかし、刃はそこで止まった。
 最前列で試合を見ていた鬼二人が最も早く真実にたどり着く。初めから慧音と輝夜の行動を読んでいたさとりでさえ、「そんな……あり得ない」と、目の前で起こった事が信じられずにいる。
 それは輝夜の相手である慧音も目を疑う光景、というよりは感触だった。意図して剣を止めたわけではない。確かに首の皮は斬れ、血の雫が刃を伝う。しかしそこから先に剣が振り切れなかった。
「なっ……!」
 余りのことに慧音は言葉も出せない。この剣をかわされ、または剣よりも早い攻撃を繰り出され、反撃を受ける事は想定していたが剣を首で受け止められることなど想定できるはずもない。
「あなた、料理は得意かしら」
 剣が首元にあることなど何の問題もないかのような態度で、まるで真意の読めない問いが更に慧音を戸惑わせる。
「刃物というものは引くから切れる、というのを何処かで聞いたことがあるの。それを応用しただけよ」
 さほど関係ないような話にも聞き取れる輝夜の言葉は、それでも慧音に状況を理解させた。刀の中でも一際軽く、よく斬れる日本刀。しかしそれで万物を斬るとなれば、一切の狂いも許さない剣の筋を描く必要がある。慧音は剣の扱いはそこそこ慣れていたが、それでも参加選手の中で最も刀剣に精通しているであろう魂魄妖夢には及ばない。分かりやすく言えば今現在の輝夜は、剣の斬る方向に合わせて首筋の力を動かしている、という行為を行っている。それに加えて剣の力を首の力で押さえているのだ。
 しかし、それが如何に不可能な事かは妖怪に限らずある程度の知識を持った人間でも理解できる。だが、蓬莱山輝夜はそれを難なく行っている。鬼二人でさえその行いには驚愕していた。自分達なら、なまくら刀程度なら筋肉を締めて身体を硬くさせれば抵抗できるかもしれない。しかし輝夜のそれは紛れもなく技術によるものだった。
「意味が……わからん」
「わからない? 人に物事を教えるくせに物事を理解できないなんて」
 動揺に加え心を抉られ隙を見せた慧音の左手首を輝夜は手刀で叩く。剣が通用しない事に意識を持っていかれていたせいで小鉢はあっさりと慧音の手からこぼれ落ちた。剣を受け止められた動揺は未だ収まらないが鉢を落としてしまえば元も子もないと、慧音の左手は反射的に小鉢を取ろうとする。その手首を輝夜の右手が掴んだ。
 ――私から目を逸らすなんてつれないわね。それに、鉢に構わず私を攻撃した方が……。
 そんな戯れの言葉を思う輝夜に対し、慧音はほくそ笑んでいた。思わず目を丸くする輝夜の右手ごと慧音は左手を引く。前に体勢を崩した輝夜の思いに応えるかのように慧音は再び輝夜の首に向けて剣を振り下ろした。
 ――見事だわ。本当に鉢を見捨てて、あくまでも私を倒そうとするその度胸と判断。流石の私もこの体勢では先程のようにいく可能性は半分にも満たない。でも……。
 見えてないはずの背後から振り下ろされる剣に対し、輝夜は左手に持つ土の鉢を掲げた。
「言ったはずよ。落とすと割れるこの鉢。つまり、落とさない限りは何があろうと割れず、砕けない」
 盾でも何でもないはずの小鉢は高い音を鳴らして慧音の剣を受け止めた。その光景に目を丸くし、自分の方を失念していた慧音に輝夜は――
「そして勇猛に攻めたあなたは、それ故に敗北する」
 慧音は輝夜に叩き落とされた自分の鉢に目も暮れず輝夜を攻撃した。それが失敗した今、慧音の鉢はそのまま地面に落ちているはずだった。慧音は鉢に背を向けていて、輝夜は慧音が間にいるため鉢を見ることができない。だからこそ、二人にとって鉢が落ちたかどうかの判断は審判に委ねるしかなく、しかしその審判三名は誰も勝負ありを唱えなかった。
「どういうこと?」
 僅かながら輝夜は動揺の意を見せていた。
「お前は私の能力を知ってるか?」
 慧音は腋を締め、右手に持つ剣を左に構える。
「知るわけないか」
 慧音は体勢を崩している輝夜の顔めがけて剣を振り払う。輝夜は咄嗟に慧音を掴む手を放し素早く仰け反った。慧音の手に手応えがあった。しかし彼女は追撃しようとはせず、後ろに跳んで間合いを広げた。
「お前には妹紅しか見えていない。私など眼中にもないだろう」
 慧音の方へ視線を戻した輝夜の顔には、鼻に掛けて頬から頬へ一文字の傷があった。そこから流れる血は彼女の衣服を赤く染めていく。
「私は歴史を食べることができる。この力を使って鉢を消せば――」
 鉢が例え割れて消えようとも、その歴史を見ることができない審判は私の失格を宣言できない。そう言おうとした慧音だったが右手に違和感を覚え、その原因を確認した際に言葉は止まった。先程まで持っていたはずの剣はその手に収まっていなかった。
「なっ……」
「慧音!」
 通路にいる妹紅の叫びで慧音は我に返る。しかし既に飛んでいた輝夜が慧音の目前に迫っていた。そして彼女が振り上げている右手には先程まで慧音が持っていたはずの剣が握られていた。その瞬間、慧音の中で合点がいく。自分より格上の輝夜が先程の剣であっさりと顔に傷を付けた事には違和感を感じていた。輝夜は一回戦から持ち前の不死性に頼った戦法で封獣ぬえに圧勝している。輝夜が傷を負うことは何か意味があると感じ慧音は先程、無意識に後ろへ下がった。しかしその時点で時既に遅く、剣は輝夜の手に握られていた。無刀取りという剣術の一種で、相手の刀を奪い自らの武器と成す技がある。輝夜の顔を斬った感触とそれによる驚き、そして輝夜の持つ生物の域を越えた技術が合わさり、結果として剣を奪った事を慧音に気付かせない完璧な無刀取りを輝夜は繰り出したのだ。
「あっけない」
 輝夜は上段に構えている剣を振り下ろす。対する慧音の手には、剣は当然、それを防げる可能性のある鉢もなかった。しかし慧音は下がろうとはしない。彼女にはまだ迎撃手段が残されていた。一回戦で小野塚小町によって刈り取られていない方である左角があった。輝夜が剣を右手に持っていたことが幸いし、左角の方が若干距離も近い。奪われた剣を弾き飛ばすため慧音は角を振る。剣と角が交錯しようとした瞬間、しかし輝夜は剣を止めた。空振り、迎撃を失敗した慧音の体勢は今試合で最も隙だらけである。輝夜は速く、しかし優雅に背後をとった。剣の刃を慧音の喉元に当てる。輝夜は左手に鉢を持っているため一応慧音の四肢は自由だが、この時点で一本をとられても問題ないほどに詰みの形だった。
「余計な動きを見せたり降参を宣言しようとしたらすぐに首を落とすわ」
 慧音に淡々と輝夜が言葉を述べるその光景を妹紅は悔しそうに眺める事しかできない。それに加えて彼女にはある一つの事柄が引っかかっていた。それは輝夜ではなく慧音に対してのものであり、彼女が先程言った『歴史を食べる程度の能力』についてであった。
「も、妹紅と肩を並べるお前の実力……さすがに大したものだ。しかし……降参してはいけない、というのは……?」
「私の持つ五つの難題。あなた達――私の対戦者は、それによって負けないといけないのよ。それに加えて、あなたには妹紅に『あなたと妹紅が戦う可能性』を消させる役目がある。これを成すことなく勝手に幕を下ろすのは許されないわ」
「そうか……。しかし残念だが……能力によって私の鉢が存在していた歴史は隠した。落ちて既に塵となっているだろうから、そのルールで私を負けにすることは――」
「いいえ」
 言葉を否定した輝夜は慧音の衣服に手を入れる。
「ほら」
 ものの数秒で慧音の服から出した輝夜の手には小鉢が二つ乗っていた。先程、慧音の鉢は輝夜の手によって落とされたにも関わらず。
「力を込めたのでしょう? 一回戦の時、死神を奇襲した技。あなたは能力なんて使っていなかった」
 慧音は死神と戦った際、魔力を込めた剣と自分で死神を挟み、剣を自分の元に動かして死神の喉を貫いた。その能力を応用し、輝夜の手によって落とされた鉢は慧音の衣服に入り、ひとりでに隠れた。それを輝夜は既に見破っていたのだ。
「馬鹿な……」
「そもそも、あなたの能力は既に知っているわ。歴史を食べる程度の能力。そして言わせてもらえるなら――」
 慧音からは見えない輝夜の笑みは、妹紅に向けられていた。
「『今のあなた』の能力は『歴史を創る程度の能力』じゃなくて」
 彼女の言葉で妹紅は合点がいった。『鉢の歴史を食べて隠した』という慧音の言葉は、そもそも真実ではなかった。今の彼女には一対の角が生えており、どう見ても人間の状態に近いとは言えない。歴史を食べる能力はあくまで彼女が人間である時限定であり、今の彼女がその能力によって鉢を隠す事などあり得ないのだ。
「私の能力を……知っていただと……両方も? ……思ったより勤勉なんだな」
「別に、ただ教えてもらったのよ」
「……誰にだ?」
 自分で言って、すぐに慧音は察知する。自分と輝夜の両方と親しい。それに当てはまる中で真っ先に一人の人物が思い浮かぶ。
「あなたの大好きな妹紅に教えてもらったのよ」
 慧音の中で納得と驚嘆が入り交じり、言葉が詰まった。
「いつも長く殺し合うと、時々暇になるのよね。戦いながらの何気ない話で、あなたの事はほとんど聞かせてもらったわ。私のルールで勝つことはできない、って言ってたけど、返すわ。あなたは能力で私を欺くことはできない」
 能力を見破られ、それによって鉢を奪われ。剣を奪われてそれを喉元に突きつけられている。客観的に見ても詰みの形だったが諦めず逆転の鍵を探していた慧音の身体から、徐々に力は抜けていく。
 ――ここまでね。
 輝夜は自分の鉢だけを落とさぬよう握る。
「ここまでか……。……妹紅……すまない」
 輝夜の返された掌から慧音の鉢はこぼれ落ちていく。
「完敗だ。参った」
 慧音の言葉より先に地へ落ちていた鉢は一瞬で亀裂が入り、ひとりでに割れた。
「そこまで! 勝負あり!」
 時間にして三分足らずの攻防で、二回戦第五試合は決した。
「とはいえ、無傷で勝つのは中々難しいわね」
 顔に負った傷は既に元々なかったかのように消え、輝夜は左手に持つ剣を放す。それは重力に引かれて地に落ちた。その音でも十分響き渡ってしまう程に今の客席からは小さなざわめきしか起きていなかった。その中で輝夜は、ゆっくりと歩み出す。妹紅のいる南側通路に向かって。
 力が抜けたのか片膝を着いた慧音の前に紫は現れた。驚いた表情で見上げる慧音には目も暮れず紫は慧音の剣を拾う。
「これは私から店主に返しておきましょう。野放しにするには少々危険ですから。『三種の神器 剣』……。あなたにこれほど合う武器もありませんが――」
「どこかで……驕っていたのかもな」
 慧音の言葉に何も応えず紫は客席へ戻って行った。
 既に南側通路に入った輝夜は妹紅と視線を合わせる。
「これで私はあと一つ。あなたは二つ。悲しむ事はないわ。上白沢慧音が消えても私はあなたの――」
 聞き流すどころか初めから聞こえなかったかのように妹紅は輝夜を横切り、慧音のいる闘技場へ向かって行った。
「語る事の葉は無き……か」
 その場にいる死神には一瞥もせず輝夜もその場から立ち去っていった。



 次の試合を迎える闘技場の通路では一人の天邪鬼が下卑た笑みを浮かべていた。彼女の衣服には様々な道具が溢れる程に詰め込まれている。
「さぁ、姫。全てをひっくり返しましょう」
 彼女の手にする偽物であるはずの小槌は怪しげな輝きを放っていた。



コメント



1.非現実世界に棲む者削除
輝夜の戦法は本当に優雅で、かつ自分のペースに引き込みながらも、行動を計画せずに臨機応変に動けることに感服しています。
次も楽しみにしております。
2.名前が無い程度の能力削除
この姫様、道具に頼らずとも能力に頼らずとも・・・、強いぞ。
『「意味が……わからん」』
私も意味が分からない。
ちーと道具にも頼らないえ~りんにも頼らない姫など姫様じゃない!
(傷の治りが~ 勇儀さんそれって負けフラグ......。)