「おう、霊夢ちゃん! 今日も美人だなぁ!
何を買いに来たんだ!」
「やだ、おじさん。またそうやって。
そういうことばっかり言ってると、おばさんに言いつけるわよ。そうしたらまた怒られるんじゃない?」
「なぁに言ってんだよ!
俺ぁな、霊夢ちゃんがこんなに小さくて、お母さんに手を引かれてた頃から知ってんだ!
俺の娘みたいなもんだよ!」
「だって。おばさん、どう思う?」
「その助平男の言うことは信じちゃいけないよ。
あんた、あとで奥さんに、あたしから言っておくからね!」
「これだから女ってやつは! どいつもこいつも、頭に角が生えて牙を生やしてやがる!
霊夢ちゃんはな、こんな鬼婆になったらダメだぞ! な!」
人里の一角、商店が並ぶ通りでの会話である。
そろそろ季節が冬に向かう幻想郷。
あったかいマフラーとセーターを着込んで、足下まで長さのあるスカートに身を包んで歩く博麗霊夢に、八百屋の、威勢のいい店主が声をかけたのが始まりだ。
その隣の肉屋の女将さんが霊夢に同調して、「まあ、この憎たらしい親父は!」と笑っている。
「おや、霊夢ちゃんじゃないか」
「あ、里長のおじいちゃん。今年も元気で年が越せそうね」
「わっはっは。当然、当然。
わしはな、100歳までは、たとえ死神が迎えに来ようがくたばってやらんと決めておるんじゃ」
「さすが。私が子供の頃からおじいちゃんなだけはある。
お子さんは元気?」
「おお、元気じゃよ。霊夢ちゃんに病魔退散の祈祷をしてもらったおかげじゃろうなぁ」
年齢が、果たしていくつかはわからないのだが、杖を突いている割には腰も曲がっておらず、背筋もぴんと伸びた老人と、彼女は笑いながら会話をしている。
「あ、いたいた!
リボンのおねーちゃーん!」
「あら」
「先日、うちの子供が里の外で妖怪に襲われた時に助けていただいたそうで」
「気にしないでください。
それに、あの妖怪も、本気で襲おうとしたんじゃなくて、ただ脅かしてただけみたいだし」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
元気一杯の子供が父親を連れて、霊夢に笑いかけたりもする。
わいのわいのとにぎやかに、話の中心で笑っている、そんな彼女を見て。
「……霊夢さんって、里の人気者ですよね」
「まあ、そうだな」
その友人、霧雨魔理沙と東風谷早苗が、そんな会話をしている。
早苗は首をかしげ、魔理沙は『どうしたんだ』という顔をしていた。
「ああ、いえ。
あそこまで本人は人気がある……というか、みんなに溶け込んでるのに、どうして神社に人が来ないのかな、って」
「あそこは妖怪のたまり場だからなぁ。
妖怪がうようよいるところに、一般人は怖くて入れないだろ」
「だけど、命蓮寺は人が一杯来てますけれど」
「おお、言われてみれば」
ぽんと手を打つ魔理沙。
最近、さらに客足が遠のきつつある、彼女の住まい、博麗神社。幻想郷では由緒正しい神社なのだが、いかんせん、人が来ない。
なぜ来ない、なぜ来ない、と悩む霊夢であるのだが、理由の一つは、魔理沙のいった『妖怪神社』になっているせいだ。
彼女の知り合いには妖怪が多い。そして妖怪は人間にとって畏怖すべき存在だ。妖怪がうじゃうじゃいる神社など、怖くていけたもんじゃない、というのは当然の帰結である。
「あれじゃないか。命蓮寺は住職が、あいつみたいなちんちくりんじゃないから、とか」
「それはそれで、仏様が笑顔で助走つけて殴りかかってきそうな気はしますが」
「仏ってのは怖いもんだな」
「女人禁制というのが昔のそれですからね。だから男色が流行ったりもしたわけで」
「へぇ、そうなんだ」
「まあ、それはともかくとして」
その人個人の人気と、施設に対する人気というか、信仰と言うものはまた別物ということだろう。
とりあえず、そこで結論づけて納得したりする。
「あとはあれだ、霊夢はめんどくさがりだからな。仕事しないし」
「それはありますね」
と言う話もしたりするのだが、
「ああ、巫女さま。お久しぶりです」
「あ、こんにちは」
「先日の祭りの祈祷、ありがとうございました。
これで、穏やかに年を越せそうです」
「また何かあったら声をかけてくださいな」
そんな声も聞こえてきたりする。
「……徹底したサボり魔、ってわけでもないんですけどね」
「まあ、そうなんだよな。実際」
博麗神社に金銭的なものが少ないというのは、幻想郷住民……というか、霊夢の回りのもの達の間では常識である。
それもこれも、まず、神社に参拝客がほとんど来ないため、お賽銭収入が乏しいのと、霊夢がものぐさであるため、加持祈祷などの巫女としての収入に乏しいためだ。
――と言うのが定説なのだが、実はそうでもない。
霊夢は確かに、その本業が繁盛しているというわけではないのだが、それなりにお仕事してるのだ。
一週間に一度や二度は祈祷や何かを頼まれるし、妖怪退治となれば一番に出張ってくる。
にも拘わらず、『果たして今年は正月を迎えられるだろうか』という蓄えなのが謎である。
「なぁ、霊夢」
「何よ」
「お前、どうして金持ちじゃないんだ?」
「うっさいほっとけ」
彼らと会話をしつつ買い物をして、戻ってきた霊夢に、魔理沙がストレートに尋ねた。
霊夢は憮然とした答えを返し、手に持った荷物を『物持ちは黙って持ってろ』と魔理沙に押し付ける。
「だけど、そういうところを改善しないと、また紫さんに怒られますよ?」
「別にいいじゃない。
お賽銭が入らないのが悪い」
「営業活動すればいいじゃないですか」
「してるよ。してるけど、入らない」
「それが謎なんですよね」
三人、肩を並べて歩いていく。
今日は神社にて鍋パーティーの予定である。先日、魔理沙が霊夢と『晩御飯をかけた勝負』に負けたため、費用は魔理沙持ちであった。
「もういっそ、お賽銭収入は諦めて、祈祷とかのお仕事で稼いだりとか?」
「お金取ってない」
「どうして?」
「別に理由はないよ。
だけど、困ってるから頼んでくるのに、それにつけ込むみたいで、何かやじゃない?」
結局のところ、こういう姿勢が問題だということなのかもしれない。
この彼女、決して『いい人』とは言えないのかもしれない。しかし、こういう、変なところで巫女らしい『奉仕の精神』を持っている。
優しいというわけではなく、慈悲深いというわけでもない。
だが、頼られたら応えてしまうし、相手が困っていたら頑張ってしまうのだ。
そういうのを『いい人』と言うのかもしれないが。
「んで、また紫に怒られるんだろうな。
『そういう精神は重要だけど、それとこれとは話が別』って」
「いいじゃん。
神社とかの修繕は萃香がやってくれるし。仕事やらせるなら、酒の一つでもやれば喜んで引き受けてくれるし。
境内は綺麗に掃除してるし、一応、お守りなんかも作って売ってる。
うちに足りないのは、きっと、加護にあふれた神様ね。それがいたら、もう完璧よ!」
しかしながら、そうした神社に神様が喜んでやってくるかといわれたら微妙である。
善意で与えられた加護に対して、人は感謝はすれこそ、それに対して『神様ありがとう』という意識を育てるのは難しい。
やはり、求めるが故の対価は必要なのだ。
霊夢がこういう考えを持っている限り、霊夢個人に人気は集まっても、神社そのものへの信仰が高まることはないだろう。
ならば神様は、『こんなところにいられるか』と早々に出て行ってしまう。
結果として、信仰の集まらない神社には、加護をなす神様と言うのは居つくものではないし、育つものでもないのである。
とはいえ、
「まぁ、ある意味、霊夢さん個人が神様になって信仰心を集めていると言い換えることも出来ますけどね。
言うなれば、霊夢教?」
それって『霊夢ファンクラブ』とどう違うのと言われたら答えられないのだが、早苗の指摘も、あながち間違いではないだろう。
「そういえば、今日の鍋パーティー。レミリアとかも来るとか言ってたぞ」
「え? 何でまた」
「たまにはお前のところで騒ぎたくなったんじゃないか?
材料とかは持参するように言っておいたから感謝しておけ」
「あー、それなら材料用意せずに、やってくる連中をあてにするべきだったか」
「お前、ほんとに考え方が俗っぽいよなぁ」
「あんたには言われたくないわ」
世俗より浮いてこその神性というのは間違いではないが、世俗にまみれての神性というのもあるのではないか。
早苗は時々、それを考える。
ひょっとしたら、『現人神』とは、こういうものなのかもしれないな、と。
「ま、いいや。
手伝いなさいよ、魔理沙」
「やなこった。物持ちで手伝った。あとは私は食うだけだ」
「働かざるもの食うべからず。
そして、鍋の時に私に従わざるもの、鍋の席に在るべからずよ!」
「何だと、この鍋巫女!」
今日もそんな感じで、幻想郷の日は暮れていくのである。
何を買いに来たんだ!」
「やだ、おじさん。またそうやって。
そういうことばっかり言ってると、おばさんに言いつけるわよ。そうしたらまた怒られるんじゃない?」
「なぁに言ってんだよ!
俺ぁな、霊夢ちゃんがこんなに小さくて、お母さんに手を引かれてた頃から知ってんだ!
俺の娘みたいなもんだよ!」
「だって。おばさん、どう思う?」
「その助平男の言うことは信じちゃいけないよ。
あんた、あとで奥さんに、あたしから言っておくからね!」
「これだから女ってやつは! どいつもこいつも、頭に角が生えて牙を生やしてやがる!
霊夢ちゃんはな、こんな鬼婆になったらダメだぞ! な!」
人里の一角、商店が並ぶ通りでの会話である。
そろそろ季節が冬に向かう幻想郷。
あったかいマフラーとセーターを着込んで、足下まで長さのあるスカートに身を包んで歩く博麗霊夢に、八百屋の、威勢のいい店主が声をかけたのが始まりだ。
その隣の肉屋の女将さんが霊夢に同調して、「まあ、この憎たらしい親父は!」と笑っている。
「おや、霊夢ちゃんじゃないか」
「あ、里長のおじいちゃん。今年も元気で年が越せそうね」
「わっはっは。当然、当然。
わしはな、100歳までは、たとえ死神が迎えに来ようがくたばってやらんと決めておるんじゃ」
「さすが。私が子供の頃からおじいちゃんなだけはある。
お子さんは元気?」
「おお、元気じゃよ。霊夢ちゃんに病魔退散の祈祷をしてもらったおかげじゃろうなぁ」
年齢が、果たしていくつかはわからないのだが、杖を突いている割には腰も曲がっておらず、背筋もぴんと伸びた老人と、彼女は笑いながら会話をしている。
「あ、いたいた!
リボンのおねーちゃーん!」
「あら」
「先日、うちの子供が里の外で妖怪に襲われた時に助けていただいたそうで」
「気にしないでください。
それに、あの妖怪も、本気で襲おうとしたんじゃなくて、ただ脅かしてただけみたいだし」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
元気一杯の子供が父親を連れて、霊夢に笑いかけたりもする。
わいのわいのとにぎやかに、話の中心で笑っている、そんな彼女を見て。
「……霊夢さんって、里の人気者ですよね」
「まあ、そうだな」
その友人、霧雨魔理沙と東風谷早苗が、そんな会話をしている。
早苗は首をかしげ、魔理沙は『どうしたんだ』という顔をしていた。
「ああ、いえ。
あそこまで本人は人気がある……というか、みんなに溶け込んでるのに、どうして神社に人が来ないのかな、って」
「あそこは妖怪のたまり場だからなぁ。
妖怪がうようよいるところに、一般人は怖くて入れないだろ」
「だけど、命蓮寺は人が一杯来てますけれど」
「おお、言われてみれば」
ぽんと手を打つ魔理沙。
最近、さらに客足が遠のきつつある、彼女の住まい、博麗神社。幻想郷では由緒正しい神社なのだが、いかんせん、人が来ない。
なぜ来ない、なぜ来ない、と悩む霊夢であるのだが、理由の一つは、魔理沙のいった『妖怪神社』になっているせいだ。
彼女の知り合いには妖怪が多い。そして妖怪は人間にとって畏怖すべき存在だ。妖怪がうじゃうじゃいる神社など、怖くていけたもんじゃない、というのは当然の帰結である。
「あれじゃないか。命蓮寺は住職が、あいつみたいなちんちくりんじゃないから、とか」
「それはそれで、仏様が笑顔で助走つけて殴りかかってきそうな気はしますが」
「仏ってのは怖いもんだな」
「女人禁制というのが昔のそれですからね。だから男色が流行ったりもしたわけで」
「へぇ、そうなんだ」
「まあ、それはともかくとして」
その人個人の人気と、施設に対する人気というか、信仰と言うものはまた別物ということだろう。
とりあえず、そこで結論づけて納得したりする。
「あとはあれだ、霊夢はめんどくさがりだからな。仕事しないし」
「それはありますね」
と言う話もしたりするのだが、
「ああ、巫女さま。お久しぶりです」
「あ、こんにちは」
「先日の祭りの祈祷、ありがとうございました。
これで、穏やかに年を越せそうです」
「また何かあったら声をかけてくださいな」
そんな声も聞こえてきたりする。
「……徹底したサボり魔、ってわけでもないんですけどね」
「まあ、そうなんだよな。実際」
博麗神社に金銭的なものが少ないというのは、幻想郷住民……というか、霊夢の回りのもの達の間では常識である。
それもこれも、まず、神社に参拝客がほとんど来ないため、お賽銭収入が乏しいのと、霊夢がものぐさであるため、加持祈祷などの巫女としての収入に乏しいためだ。
――と言うのが定説なのだが、実はそうでもない。
霊夢は確かに、その本業が繁盛しているというわけではないのだが、それなりにお仕事してるのだ。
一週間に一度や二度は祈祷や何かを頼まれるし、妖怪退治となれば一番に出張ってくる。
にも拘わらず、『果たして今年は正月を迎えられるだろうか』という蓄えなのが謎である。
「なぁ、霊夢」
「何よ」
「お前、どうして金持ちじゃないんだ?」
「うっさいほっとけ」
彼らと会話をしつつ買い物をして、戻ってきた霊夢に、魔理沙がストレートに尋ねた。
霊夢は憮然とした答えを返し、手に持った荷物を『物持ちは黙って持ってろ』と魔理沙に押し付ける。
「だけど、そういうところを改善しないと、また紫さんに怒られますよ?」
「別にいいじゃない。
お賽銭が入らないのが悪い」
「営業活動すればいいじゃないですか」
「してるよ。してるけど、入らない」
「それが謎なんですよね」
三人、肩を並べて歩いていく。
今日は神社にて鍋パーティーの予定である。先日、魔理沙が霊夢と『晩御飯をかけた勝負』に負けたため、費用は魔理沙持ちであった。
「もういっそ、お賽銭収入は諦めて、祈祷とかのお仕事で稼いだりとか?」
「お金取ってない」
「どうして?」
「別に理由はないよ。
だけど、困ってるから頼んでくるのに、それにつけ込むみたいで、何かやじゃない?」
結局のところ、こういう姿勢が問題だということなのかもしれない。
この彼女、決して『いい人』とは言えないのかもしれない。しかし、こういう、変なところで巫女らしい『奉仕の精神』を持っている。
優しいというわけではなく、慈悲深いというわけでもない。
だが、頼られたら応えてしまうし、相手が困っていたら頑張ってしまうのだ。
そういうのを『いい人』と言うのかもしれないが。
「んで、また紫に怒られるんだろうな。
『そういう精神は重要だけど、それとこれとは話が別』って」
「いいじゃん。
神社とかの修繕は萃香がやってくれるし。仕事やらせるなら、酒の一つでもやれば喜んで引き受けてくれるし。
境内は綺麗に掃除してるし、一応、お守りなんかも作って売ってる。
うちに足りないのは、きっと、加護にあふれた神様ね。それがいたら、もう完璧よ!」
しかしながら、そうした神社に神様が喜んでやってくるかといわれたら微妙である。
善意で与えられた加護に対して、人は感謝はすれこそ、それに対して『神様ありがとう』という意識を育てるのは難しい。
やはり、求めるが故の対価は必要なのだ。
霊夢がこういう考えを持っている限り、霊夢個人に人気は集まっても、神社そのものへの信仰が高まることはないだろう。
ならば神様は、『こんなところにいられるか』と早々に出て行ってしまう。
結果として、信仰の集まらない神社には、加護をなす神様と言うのは居つくものではないし、育つものでもないのである。
とはいえ、
「まぁ、ある意味、霊夢さん個人が神様になって信仰心を集めていると言い換えることも出来ますけどね。
言うなれば、霊夢教?」
それって『霊夢ファンクラブ』とどう違うのと言われたら答えられないのだが、早苗の指摘も、あながち間違いではないだろう。
「そういえば、今日の鍋パーティー。レミリアとかも来るとか言ってたぞ」
「え? 何でまた」
「たまにはお前のところで騒ぎたくなったんじゃないか?
材料とかは持参するように言っておいたから感謝しておけ」
「あー、それなら材料用意せずに、やってくる連中をあてにするべきだったか」
「お前、ほんとに考え方が俗っぽいよなぁ」
「あんたには言われたくないわ」
世俗より浮いてこその神性というのは間違いではないが、世俗にまみれての神性というのもあるのではないか。
早苗は時々、それを考える。
ひょっとしたら、『現人神』とは、こういうものなのかもしれないな、と。
「ま、いいや。
手伝いなさいよ、魔理沙」
「やなこった。物持ちで手伝った。あとは私は食うだけだ」
「働かざるもの食うべからず。
そして、鍋の時に私に従わざるもの、鍋の席に在るべからずよ!」
「何だと、この鍋巫女!」
今日もそんな感じで、幻想郷の日は暮れていくのである。