そろそろ風も冷たくなり、山々の木々も色づいてくる、ここは幻想郷の一角、博麗神社。
「こんにちは」
「あ、早苗。いらっしゃい」
手に荷物を提げてやってくる、東風谷早苗を出迎えるのは、普段とは違う、暖かそうな装いに身を包んだ神社の主、博麗霊夢である。
彼女はいつも通り、さっさと境内の掃き掃除に勤しんでいる。
普段と違うのは、いたずら好きの三妖精が、また何か悪さをしたのか、その掃除の手伝いとしてこき使われていることか。
「あったかそうな服ですね」
「そうでしょ。
やっぱり、冬はマフラーとかセーターは必須よね」
「わかります。
それに、女性として、冷えは厳禁。体を冷やしてばかりいると、体調は悪くなるし、何か気分は滅入ってくるし、いいことないですよね」
「だけど、夏場は涼しいのが一番」
「それはそれですね」
彼女は手に提げているそれを掲げて、『おすそ分けです』と笑う。
すると霊夢は目を輝かせて、「やった!」ともろ手を挙げて喜んだ。
「あんた達も、もういいわよ。はい、ごくろーさん」
お掃除は終了したのか、霊夢は掃き掃除をする手を止めて、後ろの妖精たちに言った。
彼女たちは顔を見合わせると、一目散にその場を逃げ出していく。
あれは恐らく、『もう二度と悪いことをするまい』という態度ではないだろう。『次はばれないようにやろう』という態度だ。
「まぁ、妖精が、いたずらしなくなったら、それはそれで問題かもしれないけど」
霊夢はそんなことをつぶやいて肩をすくめると、早苗を伴って母屋へと帰ってくる。
「お帰りなさい」
彼女を出迎えるのは、この神社の居候となって久しい少名針妙丸。
いつも霊夢のお出迎えをしてくれる、健気な同居者である。
霊夢は針妙丸をひょいと肩に乗せると、早苗の前に立って歩いていく。
「お茶淹れるから。二人とも、待ってて」
居間へとやってきた一同は、早苗と針妙丸はテーブルに、霊夢は炊事場へと移動する。
「この前まで、ストーブとか出ていなかったのに」
気がつけば、いつも彼女たちのついているこの机も、普段とは違うものになっている。
普段の、味のある黒檀のテーブルはしまわれて、今は冬の最強能力者『こたつ』へと変貌を遂げていた。
「霊夢さんも、ついに冬支度ですか」
霊夢がお茶とお菓子(こちら、早苗提供)を持って戻ってきた。
そうなのよ、と霊夢は言ってこたつ仕様のテーブルにつく。
ちなみに、コタツ用の布団は外に干されている状態であり、中に火鉢も入っていなかったりするのだが。
「最近、朝晩は特に冷えるからさ。
風邪を引かないようにしないといけないわね」
「そうですね」
「山の上は寒いでしょ」
「寒いですけど、うちは暖房、しっかり整ってますから」
「羨ましい。うちもそうしたい」
年季の入った建物である、この博麗神社の母屋は、冬になると一気に寒さが厳しくなる建物となる。
隙間風ぴゅーぴゅーというわけではないのだが、やはり頑丈な建材を使って作られた建物と木造建築とでは歴然の差があるのだ。
「今夜は泊まってく?
冬の布団、出したから、あったかいわよ」
「じゃあ、そうします」
お茶を飲みつつお菓子を食べながら、他愛もない話に花を咲かせる。
そうこうしていると時計の針は進み、『そろそろ夕食の用意しないと』と霊夢が腰を浮かせて炊事場へ。
「ねぇ、針妙丸ちゃん」
「何ですか?」
「この冬支度、針妙丸ちゃんも手伝ったの?」
「いいえ。わたしは何もしてないです」
テーブルの上にちょこんと座して、針妙丸は答える。
ふむ、とうなずいた早苗は、
「霊夢さんが一人でやったの?」
その問いかけに、針妙丸はふるふると首を横に振る。
事の真相はと言うと、以下の通りである。
「全くもう! さっさと夏物はしまって、秋物と冬物の服を出しておきなさいと言っているでしょう!
こんなぼろぼろの服、いつまでしまってるの! 捨ててきなさい!」
家の中に、そんな怒鳴り声が響いたのは、つい先ほどのことである。
彼女にとっての定位置(おひさまの当たる縁側)で一人、将棋を打っていた針妙丸は『何事か』と立ち上がって居間への障子を開く。
するとそこには、長い金髪を揺らす女がいて、霊夢を叱り飛ばしていた。
「だーかーらぁ!
そのうちやる、って言ってるでしょ!」
「あなたは『そのうち』なんて言ってる間は絶対にやらないでしょ!
……これ! こんな汚れたタオルを、どうして入れておくの! 他のに汚れが移るでしょ!」
「あ、それ、そんなところにあったんだ」
「ほら見なさい。普段から、きちんと整理整頓してないからこういうことになるの。
あなたは本当に、何度言ってもわからない子ね」
腰に手を当て、目を三角にして怒るのは、八雲紫と言う妖怪である。
普段の、ミステリアスかつどこか威厳の漂う衣装ではなく、首元まで覆うセーターと地の厚いパンツと言う出で立ちである。
「こんな小さな服まで取っておいて。捨てなさいと言ってるでしょう」
「だって、何かに使えるかもしれないし」
「何か、って何。
言っておくけれどね、霊夢。
『いつか使うかもしれない』『取っておくといいかもしれない』と言うものは、絶対に使わないものよ。
ほら、一緒に整理しなさい! 何をぼさっとしているの!」
「あーもーうるさい!」
紫に怒鳴られ、叱られて、渋々、霊夢はタンスの中の片づけを始める。
一つ一つの動作に、まぁ、紫のお叱りが飛ぶわ飛ぶわ。
霊夢も『うるさい』だの『ほっといて』だのと反論したりもするのだが、意外に、彼女に言われたことには素直に従っている。
「ほら、これ」
「あ、セーター」
「今まで使っていたのは地がへたってきているでしょう。
新しいのを作ってきたから、今年はこれを着なさい。
あと、これも。マフラーと靴下、手袋」
「うわ、あったかそう。助かるわー」
「助かるわ、じゃないでしょう。
これくらいのもの、自分で用意しなさい。裁縫一つ出来ないというわけではないでしょう」
「えー? だって、めんどくさいし」
「だから、あなたはダメだと言っているの! 何でもかんでも『めんどくさい』って!
そこまでぐーたらしているから、あなた、ここの神社に人が来ないのよ! 全く、何をやっているの!」
余計な一言が火に油を注ぐというか、藪から蛇を引っ張り出すというか。
また紫に怒られて、霊夢がほっぺた膨らませている。
さて、タンスの中の入れ替え作業が終わったら、次は布団の整理である。
「もう敷布団もぺたんこね」
「ずいぶん使ってるからね。干しても打ち直しても、もう限界だわ」
「そう。
じゃあ、また新しいのを持ってきてあげるから。それはもう捨てなさい。
いい? 今日中に、よ。わかったわね?」
「はいはい、わかったわかった」
「『はい』は一回でいいの!」
「はーい!」
押入れの中にしまわれている布団を引っ張り出し、だめになっているそれは廃棄。代わりに、ふっくらふんわりふかふか布団へと装いも新たにして、博麗神社の就寝事情が改善される。
「冬がけの布団と、毛布と……。
あら、タオルケット」
「あ、それ、いい色でしょ。この前、霖之助さんにもらったのよ」
「そうなの。ちゃんと代金は支払ったわね?」
「いらない、って言ってたから」
「それでもきちんと義理を返すのが人の世の常というものです。
今回は、私がお金を払っておくけれど。
次はないからね」
「はいはい」
「『はい』は一回でいいと、さっき言わなかった?」
「はーい」
布団の用意も終わり、次はストーブを引っ張り出すということになって、裏手の蔵へと移動する。
すると、蔵の中からも怒声が響いてくる。
「整理しなさいと言っているでしょう!」
――何と言うか、一事が万事、こんな感じである。
霊夢のやることなすこと一つ一つに細かく指示と指摘をして、それが改善されていないと怒る紫。
対する霊夢も『うるさいなぁ!』と反論するものの、結局は黙って紫に従う。
やりこまれているというわけではなく、自分のやっていることよりも紫の言うことの方が正しいと、ちゃんとわかっているのだろう。
そんなこんなで、博麗神社の冬の装いが終わるまで、およそ半日。
それが終わったら晩御飯の時間である。
「あなた、最近、ちゃんとご飯は食べているの? 色んなものを食べるようにはしているの?」
「してるわよ。
野菜ばっかだけど」
「お肉とお魚は」
「この前、裏手の山のいのししと戦ったら、夢想封印を完全グレイズされて敗北した」
「……全くもう」
今夜のご飯は、土鍋に熱々お鍋である。
お野菜お肉お魚お豆腐、その他諸々たーくさん。
ぐつぐつことこと、味噌で煮込まれたそれが美味しそうな色と匂いを漂わせ、針妙丸は目を輝かせて鶏肉の団子にかぶりつく。
「里に買い物に行ってる?」
「行ってるよ。ちゃんと。
ああ、そうそう。肉屋のおばちゃん、いたでしょ」
「ええ、あの人ね」
「最近、また赤ん坊が出来たんだってさ」
「あら、そうなの。あの方、もうそろそろ40も半ばでしょう?」
「話を聞いたら『ようやく、あたしの欲しかった女の子が産まれたのよ』って笑ってた」
「そう。
ちゃんとお祝いは持っていった?」
「もちろん」
そんな感じで、普通の会話をしたりもする。
もちろん、『箸の持ち方が悪い』だの『音を立てて汁をすするな』と怒られたりもするのだが。
「あなた、この前、お風呂が壊れたとか言っていたでしょう。あれは直ったの?」
「にとりを呼んで直してもらった。
お湯を捨てる配管に穴があいていた、って」
「あれももう古いものだからね。いっそのこと、新しくしてしまうのもいいかしら」
「そんなお金ない」
「……あなたは、もう。
何でそれくらいの蓄えを用意しておかないのかしら。
毎度毎度言うけれど、あなたは本当に、ダメな子ね。お金を稼ぐという行為に忌避感があるわけでもあるまいし。
そういう適当な生活をしていると、今に痛い目を見ますからね」
テーブルの上にはデザートのなしがむかれて置かれている。
それをしゃくしゃく食べながら、また紫のお説教が始まった。
霊夢は右から左へとそれを聞き流――そうとして、『きちんと聞きなさい』と耳をつままれて悲鳴を上げる。
そうこうしていると時計が鳴り、針妙丸は『お風呂の用意をしてきます』とそこを後にする。
この家で、お風呂掃除は、最近、針妙丸の仕事なのだ。
――お風呂の用意をして戻ってくると、紫の姿がない。ちらっと視線をやれば、炊事場に彼女が立っているのが見える。
「霊夢さん、もうすぐでお風呂に入れます」
「そう。ありがと」
紫がお茶を手に戻ってくる。
彼女は、『そうそう』と言って、どこからか分厚い本を取り出して霊夢へと押し付ける。
曰く、『新しい結界術の本です。勉強するように』とのことだ。
霊夢は本を受け取り、立ち上がる。
『お風呂いってくる』と歩いていく彼女を、『逃がすまい』と思ったのか、紫が『待ちなさい』と追いかける。
かちこちかちこち、時計は進む。
針妙丸はお茶を飲みながら、先ほど、縁側に放置したままだった将棋盤と駒を持ってくる。
「うーん……」
そうして、棋譜を片手に一人将棋。
相手は、この前、こてんぱんに負けた輝夜という女である。
「あの人の手は、複雑すぎて読みにくいんですよね……」
将棋にはなかなか自信のある針妙丸であるが、この輝夜と言う奴には何度やっても勝てなかった。
それどころか、勝負すればするほど短時間で負けていく。
ちなみに相手からなされた評価は、『あなたはだいぶ強いけれど、少し手が素直すぎるわね』である。
「次は、これを打って……」
ぱちん、と角を動かしたところで、霊夢と紫が戻ってくる。
「いい? わかったわね?」
「わーかーりーまーしーたー! もう、口うるさいな!」
「あなたが、私が口うるさくなるほど、どうしようもないダメな子だからでしょう!
ほら、髪を乾かしてあげるから、こっちいらっしゃい!」
どうやら、二人でお風呂に入ってきたらしい。
その間、霊夢は、ずっと紫に怒られていたのだろう。なかなか大変そうだ。
針妙丸は将棋盤をそのままに、お風呂へと出発する。
もちろん、てくてく歩きながら、『次はあの飛車を……あ、いや、桂馬で金を誘い出して……』とぶつぶつつぶやき、戦略を練るのは忘れない。
――お風呂から戻ってきたら、後は寝るだけ。
針妙丸の布団は、彼女専用のちびっこ布団。対する霊夢は、紫が持ってきた、あったかふわふわ布団である。
「いい? しっかり勉強するのよ」
「わかってるっての。寝る時までうっさいな」
「うっさいな、じゃないでしょう。
あ、こら、もっとしっかり布団をかぶりなさい。風邪はね、夜、寝るときが一番引きやすいのよ」
どうやら紫も泊まっていくらしい。
二人そろって、枕を並べて布団に横になっている。
「……足さむ」
「湯たんぽ持って来る?」
「いいや。とうっ」
「きゃっ。もう、冷たいわね。何するの」
「いいじゃん。そっちの方があったかいし。足くらい入れさせてよ」
「私の布団が冷えるでしょう。こら、やめなさい。もう」
寝る直前まで、やいのやいのと言い合いをしていた二人もやがて静かになり、針妙丸も目を閉じる――。
「……何? 早苗」
「いいえ、何でも」
夜、寝る時になって、霊夢は自分の顔を見ながら、なにやら微笑ましく微笑んでいる早苗を見て首をかしげる。
「……そう?」
「そうですよ」
何がなにやらよくわからない。
そういえば、今日は、ご飯の時からそうだった。
妙に早苗がにやにや笑い、何というか、『幼い子供』を見ているような目で霊夢を見ていた。
何だかどうにもやりづらい。
霊夢は早苗に背中を向けて、布団を頭までかぶって目を閉じる。
あったかふわふわ、ふっかふかの布団の暖かさが心地よく眠りを誘ってくる。
「霊夢さんは、何だかんだで、まだまだお母さんに甘えたい年頃なのね」
何だかそんな声が後ろから聞こえたような気がしたが、それは『気のせいだ』と霊夢は思って眠りについた。
「こんにちは」
「あ、早苗。いらっしゃい」
手に荷物を提げてやってくる、東風谷早苗を出迎えるのは、普段とは違う、暖かそうな装いに身を包んだ神社の主、博麗霊夢である。
彼女はいつも通り、さっさと境内の掃き掃除に勤しんでいる。
普段と違うのは、いたずら好きの三妖精が、また何か悪さをしたのか、その掃除の手伝いとしてこき使われていることか。
「あったかそうな服ですね」
「そうでしょ。
やっぱり、冬はマフラーとかセーターは必須よね」
「わかります。
それに、女性として、冷えは厳禁。体を冷やしてばかりいると、体調は悪くなるし、何か気分は滅入ってくるし、いいことないですよね」
「だけど、夏場は涼しいのが一番」
「それはそれですね」
彼女は手に提げているそれを掲げて、『おすそ分けです』と笑う。
すると霊夢は目を輝かせて、「やった!」ともろ手を挙げて喜んだ。
「あんた達も、もういいわよ。はい、ごくろーさん」
お掃除は終了したのか、霊夢は掃き掃除をする手を止めて、後ろの妖精たちに言った。
彼女たちは顔を見合わせると、一目散にその場を逃げ出していく。
あれは恐らく、『もう二度と悪いことをするまい』という態度ではないだろう。『次はばれないようにやろう』という態度だ。
「まぁ、妖精が、いたずらしなくなったら、それはそれで問題かもしれないけど」
霊夢はそんなことをつぶやいて肩をすくめると、早苗を伴って母屋へと帰ってくる。
「お帰りなさい」
彼女を出迎えるのは、この神社の居候となって久しい少名針妙丸。
いつも霊夢のお出迎えをしてくれる、健気な同居者である。
霊夢は針妙丸をひょいと肩に乗せると、早苗の前に立って歩いていく。
「お茶淹れるから。二人とも、待ってて」
居間へとやってきた一同は、早苗と針妙丸はテーブルに、霊夢は炊事場へと移動する。
「この前まで、ストーブとか出ていなかったのに」
気がつけば、いつも彼女たちのついているこの机も、普段とは違うものになっている。
普段の、味のある黒檀のテーブルはしまわれて、今は冬の最強能力者『こたつ』へと変貌を遂げていた。
「霊夢さんも、ついに冬支度ですか」
霊夢がお茶とお菓子(こちら、早苗提供)を持って戻ってきた。
そうなのよ、と霊夢は言ってこたつ仕様のテーブルにつく。
ちなみに、コタツ用の布団は外に干されている状態であり、中に火鉢も入っていなかったりするのだが。
「最近、朝晩は特に冷えるからさ。
風邪を引かないようにしないといけないわね」
「そうですね」
「山の上は寒いでしょ」
「寒いですけど、うちは暖房、しっかり整ってますから」
「羨ましい。うちもそうしたい」
年季の入った建物である、この博麗神社の母屋は、冬になると一気に寒さが厳しくなる建物となる。
隙間風ぴゅーぴゅーというわけではないのだが、やはり頑丈な建材を使って作られた建物と木造建築とでは歴然の差があるのだ。
「今夜は泊まってく?
冬の布団、出したから、あったかいわよ」
「じゃあ、そうします」
お茶を飲みつつお菓子を食べながら、他愛もない話に花を咲かせる。
そうこうしていると時計の針は進み、『そろそろ夕食の用意しないと』と霊夢が腰を浮かせて炊事場へ。
「ねぇ、針妙丸ちゃん」
「何ですか?」
「この冬支度、針妙丸ちゃんも手伝ったの?」
「いいえ。わたしは何もしてないです」
テーブルの上にちょこんと座して、針妙丸は答える。
ふむ、とうなずいた早苗は、
「霊夢さんが一人でやったの?」
その問いかけに、針妙丸はふるふると首を横に振る。
事の真相はと言うと、以下の通りである。
「全くもう! さっさと夏物はしまって、秋物と冬物の服を出しておきなさいと言っているでしょう!
こんなぼろぼろの服、いつまでしまってるの! 捨ててきなさい!」
家の中に、そんな怒鳴り声が響いたのは、つい先ほどのことである。
彼女にとっての定位置(おひさまの当たる縁側)で一人、将棋を打っていた針妙丸は『何事か』と立ち上がって居間への障子を開く。
するとそこには、長い金髪を揺らす女がいて、霊夢を叱り飛ばしていた。
「だーかーらぁ!
そのうちやる、って言ってるでしょ!」
「あなたは『そのうち』なんて言ってる間は絶対にやらないでしょ!
……これ! こんな汚れたタオルを、どうして入れておくの! 他のに汚れが移るでしょ!」
「あ、それ、そんなところにあったんだ」
「ほら見なさい。普段から、きちんと整理整頓してないからこういうことになるの。
あなたは本当に、何度言ってもわからない子ね」
腰に手を当て、目を三角にして怒るのは、八雲紫と言う妖怪である。
普段の、ミステリアスかつどこか威厳の漂う衣装ではなく、首元まで覆うセーターと地の厚いパンツと言う出で立ちである。
「こんな小さな服まで取っておいて。捨てなさいと言ってるでしょう」
「だって、何かに使えるかもしれないし」
「何か、って何。
言っておくけれどね、霊夢。
『いつか使うかもしれない』『取っておくといいかもしれない』と言うものは、絶対に使わないものよ。
ほら、一緒に整理しなさい! 何をぼさっとしているの!」
「あーもーうるさい!」
紫に怒鳴られ、叱られて、渋々、霊夢はタンスの中の片づけを始める。
一つ一つの動作に、まぁ、紫のお叱りが飛ぶわ飛ぶわ。
霊夢も『うるさい』だの『ほっといて』だのと反論したりもするのだが、意外に、彼女に言われたことには素直に従っている。
「ほら、これ」
「あ、セーター」
「今まで使っていたのは地がへたってきているでしょう。
新しいのを作ってきたから、今年はこれを着なさい。
あと、これも。マフラーと靴下、手袋」
「うわ、あったかそう。助かるわー」
「助かるわ、じゃないでしょう。
これくらいのもの、自分で用意しなさい。裁縫一つ出来ないというわけではないでしょう」
「えー? だって、めんどくさいし」
「だから、あなたはダメだと言っているの! 何でもかんでも『めんどくさい』って!
そこまでぐーたらしているから、あなた、ここの神社に人が来ないのよ! 全く、何をやっているの!」
余計な一言が火に油を注ぐというか、藪から蛇を引っ張り出すというか。
また紫に怒られて、霊夢がほっぺた膨らませている。
さて、タンスの中の入れ替え作業が終わったら、次は布団の整理である。
「もう敷布団もぺたんこね」
「ずいぶん使ってるからね。干しても打ち直しても、もう限界だわ」
「そう。
じゃあ、また新しいのを持ってきてあげるから。それはもう捨てなさい。
いい? 今日中に、よ。わかったわね?」
「はいはい、わかったわかった」
「『はい』は一回でいいの!」
「はーい!」
押入れの中にしまわれている布団を引っ張り出し、だめになっているそれは廃棄。代わりに、ふっくらふんわりふかふか布団へと装いも新たにして、博麗神社の就寝事情が改善される。
「冬がけの布団と、毛布と……。
あら、タオルケット」
「あ、それ、いい色でしょ。この前、霖之助さんにもらったのよ」
「そうなの。ちゃんと代金は支払ったわね?」
「いらない、って言ってたから」
「それでもきちんと義理を返すのが人の世の常というものです。
今回は、私がお金を払っておくけれど。
次はないからね」
「はいはい」
「『はい』は一回でいいと、さっき言わなかった?」
「はーい」
布団の用意も終わり、次はストーブを引っ張り出すということになって、裏手の蔵へと移動する。
すると、蔵の中からも怒声が響いてくる。
「整理しなさいと言っているでしょう!」
――何と言うか、一事が万事、こんな感じである。
霊夢のやることなすこと一つ一つに細かく指示と指摘をして、それが改善されていないと怒る紫。
対する霊夢も『うるさいなぁ!』と反論するものの、結局は黙って紫に従う。
やりこまれているというわけではなく、自分のやっていることよりも紫の言うことの方が正しいと、ちゃんとわかっているのだろう。
そんなこんなで、博麗神社の冬の装いが終わるまで、およそ半日。
それが終わったら晩御飯の時間である。
「あなた、最近、ちゃんとご飯は食べているの? 色んなものを食べるようにはしているの?」
「してるわよ。
野菜ばっかだけど」
「お肉とお魚は」
「この前、裏手の山のいのししと戦ったら、夢想封印を完全グレイズされて敗北した」
「……全くもう」
今夜のご飯は、土鍋に熱々お鍋である。
お野菜お肉お魚お豆腐、その他諸々たーくさん。
ぐつぐつことこと、味噌で煮込まれたそれが美味しそうな色と匂いを漂わせ、針妙丸は目を輝かせて鶏肉の団子にかぶりつく。
「里に買い物に行ってる?」
「行ってるよ。ちゃんと。
ああ、そうそう。肉屋のおばちゃん、いたでしょ」
「ええ、あの人ね」
「最近、また赤ん坊が出来たんだってさ」
「あら、そうなの。あの方、もうそろそろ40も半ばでしょう?」
「話を聞いたら『ようやく、あたしの欲しかった女の子が産まれたのよ』って笑ってた」
「そう。
ちゃんとお祝いは持っていった?」
「もちろん」
そんな感じで、普通の会話をしたりもする。
もちろん、『箸の持ち方が悪い』だの『音を立てて汁をすするな』と怒られたりもするのだが。
「あなた、この前、お風呂が壊れたとか言っていたでしょう。あれは直ったの?」
「にとりを呼んで直してもらった。
お湯を捨てる配管に穴があいていた、って」
「あれももう古いものだからね。いっそのこと、新しくしてしまうのもいいかしら」
「そんなお金ない」
「……あなたは、もう。
何でそれくらいの蓄えを用意しておかないのかしら。
毎度毎度言うけれど、あなたは本当に、ダメな子ね。お金を稼ぐという行為に忌避感があるわけでもあるまいし。
そういう適当な生活をしていると、今に痛い目を見ますからね」
テーブルの上にはデザートのなしがむかれて置かれている。
それをしゃくしゃく食べながら、また紫のお説教が始まった。
霊夢は右から左へとそれを聞き流――そうとして、『きちんと聞きなさい』と耳をつままれて悲鳴を上げる。
そうこうしていると時計が鳴り、針妙丸は『お風呂の用意をしてきます』とそこを後にする。
この家で、お風呂掃除は、最近、針妙丸の仕事なのだ。
――お風呂の用意をして戻ってくると、紫の姿がない。ちらっと視線をやれば、炊事場に彼女が立っているのが見える。
「霊夢さん、もうすぐでお風呂に入れます」
「そう。ありがと」
紫がお茶を手に戻ってくる。
彼女は、『そうそう』と言って、どこからか分厚い本を取り出して霊夢へと押し付ける。
曰く、『新しい結界術の本です。勉強するように』とのことだ。
霊夢は本を受け取り、立ち上がる。
『お風呂いってくる』と歩いていく彼女を、『逃がすまい』と思ったのか、紫が『待ちなさい』と追いかける。
かちこちかちこち、時計は進む。
針妙丸はお茶を飲みながら、先ほど、縁側に放置したままだった将棋盤と駒を持ってくる。
「うーん……」
そうして、棋譜を片手に一人将棋。
相手は、この前、こてんぱんに負けた輝夜という女である。
「あの人の手は、複雑すぎて読みにくいんですよね……」
将棋にはなかなか自信のある針妙丸であるが、この輝夜と言う奴には何度やっても勝てなかった。
それどころか、勝負すればするほど短時間で負けていく。
ちなみに相手からなされた評価は、『あなたはだいぶ強いけれど、少し手が素直すぎるわね』である。
「次は、これを打って……」
ぱちん、と角を動かしたところで、霊夢と紫が戻ってくる。
「いい? わかったわね?」
「わーかーりーまーしーたー! もう、口うるさいな!」
「あなたが、私が口うるさくなるほど、どうしようもないダメな子だからでしょう!
ほら、髪を乾かしてあげるから、こっちいらっしゃい!」
どうやら、二人でお風呂に入ってきたらしい。
その間、霊夢は、ずっと紫に怒られていたのだろう。なかなか大変そうだ。
針妙丸は将棋盤をそのままに、お風呂へと出発する。
もちろん、てくてく歩きながら、『次はあの飛車を……あ、いや、桂馬で金を誘い出して……』とぶつぶつつぶやき、戦略を練るのは忘れない。
――お風呂から戻ってきたら、後は寝るだけ。
針妙丸の布団は、彼女専用のちびっこ布団。対する霊夢は、紫が持ってきた、あったかふわふわ布団である。
「いい? しっかり勉強するのよ」
「わかってるっての。寝る時までうっさいな」
「うっさいな、じゃないでしょう。
あ、こら、もっとしっかり布団をかぶりなさい。風邪はね、夜、寝るときが一番引きやすいのよ」
どうやら紫も泊まっていくらしい。
二人そろって、枕を並べて布団に横になっている。
「……足さむ」
「湯たんぽ持って来る?」
「いいや。とうっ」
「きゃっ。もう、冷たいわね。何するの」
「いいじゃん。そっちの方があったかいし。足くらい入れさせてよ」
「私の布団が冷えるでしょう。こら、やめなさい。もう」
寝る直前まで、やいのやいのと言い合いをしていた二人もやがて静かになり、針妙丸も目を閉じる――。
「……何? 早苗」
「いいえ、何でも」
夜、寝る時になって、霊夢は自分の顔を見ながら、なにやら微笑ましく微笑んでいる早苗を見て首をかしげる。
「……そう?」
「そうですよ」
何がなにやらよくわからない。
そういえば、今日は、ご飯の時からそうだった。
妙に早苗がにやにや笑い、何というか、『幼い子供』を見ているような目で霊夢を見ていた。
何だかどうにもやりづらい。
霊夢は早苗に背中を向けて、布団を頭までかぶって目を閉じる。
あったかふわふわ、ふっかふかの布団の暖かさが心地よく眠りを誘ってくる。
「霊夢さんは、何だかんだで、まだまだお母さんに甘えたい年頃なのね」
何だかそんな声が後ろから聞こえたような気がしたが、それは『気のせいだ』と霊夢は思って眠りについた。
暖かい話ですね