「ごきげんよう、茨華仙さま。
……あら? 今日はどちらかへお出かけですか?」
「ええ、そのつもりです」
「まあ。それは大変失礼致しました。お忙しい時に」
今日も今日とて、堂々と、真正面から、どうやって来たんだか知らないが、ピンクの仙人茨華仙こと茨木華扇こと華扇ちゃんのおうちを訪れる、青の邪仙、霍青娥。
彼女は手に、「実は先日、廟のもの達と温泉に行って参りまして。おみやげの温泉饅頭を持参したのです」と提げていた紙袋を、ちょうど外出準備中の華扇へと手渡した。
「あら、これは山の温泉の」
「はい。天狗のお宿、という。
あそこは大変に豪華な温泉ですわね。驚いてしまいました」
「私も何度か、日帰りのお湯を堪能させてもらっていますが。確かに、あれだけの設備を備えた温泉は、幻想郷にはないですね」
「布都ちゃんや芳香も大喜びで。
少しお高い出費となってしまいましたが、また行こうかなと思っています。
そこで、温泉饅頭が美味しかったので」
「ありがとうございます。それでは、遠慮なく」
甘いもの好き仙人は、何も洋菓子ばかりを堪能しているわけではない。
和洋折衷、東も西も、もちろん東西南北中央不敗。彼女に苦手なお菓子はないのである。
「ああ、それでは。
あまり時間をとらせてしまうのも申し訳ありませんね。
それでは、わたくしはこれで」
「いえ。構いもせず、申し訳ないと頭を下げるのはこちらの方です」
「いえいえ。それでは」
ぺこりと頭を下げた青娥は、案外あっさりと、踵を返して去っていった。
普段なら、なんらか、よくわからんこと持ちかけてくるのだが、してみると、本当に、今日の目的は華扇にお土産を渡すためだけだったようだ。
もらったそれを片手に提げて、『そうだ』と中身を少し抜いて、華扇が家を後にしたのは、それからしばらく後のことである。
さて、やってきたのは、紅白めでたい巫女さんが、幻想郷の結界と秩序維持と言うとんでもなく重たい任務を背負っているにも拘わらず、ごろごろぐーたらしている博麗神社。
今日も華扇は、そのぐーたら巫女を『さて、そろそろ風も冷たくなってきたから、風邪を引かないように滝行に連れ出してやろう』と思ってやってきたのである。
「霊夢。今日もきちんとお勤めはしていますか?」
舞い降りた神社の境内。
そこには全く人の気配もなく、しかし、掃き掃除だけはきちんとしたのか、落ち葉などが積もっている様子はない。
やれやれ、と華扇は腰に手を当てると、とりあえず、賽銭箱にお賽銭を放り込み、頭を下げてから母屋へと移動する。
「霊夢」
果たして、そこの主は、縁側に寝転がっていた。
ピクリとも動く気配がないところを見ると、寝ているのだろう。
言うまでもなく、博麗霊夢その人である。
「こら、霊夢!」
振り上げた鉄拳が、彼女の後頭部をガツンと一撃する。
――無反応。
おや? と華扇は首をかしげる。
普段の霊夢なら、たとえ寝ていても『痛いわね! 何するのよ!』と起き上がりざまに何らかの攻撃をしてくる瞬間である。
「ちょっと、霊夢。どうしたの?」
軽く揺さぶってみる。
やはり反応はない。
いよいよおかしいと思って、華扇が少し大きな声で『霊夢!』と言おうとした時だ。
「あ、あの、霊夢さん、おなかすかして動けないんです」
この神社の居候、少名針妙丸が、居間のほうからぴょこぴょこ大急ぎで駆けてきた。
は? と思って、華扇は霊夢をひっくり返す。
「……おなかすいた~」
呻く霊夢。
はぁ、と華扇はため息をつくと、
「炊事場を借ります」
とだけ言った。
「全く。何をしているのですか、あなたは。
神社の巫女として、重要かつ神聖な立場にいるであろうものが、腹を空かせて動けなくなっているなど、情けない。言語道断極まれりです。
普段からの自堕落なその態度が、こんにちの状態を招いているのです。
そもそも、神社にお賽銭の奉納が全くないなど異常事態です。何度も言いますが、あなたは恥ずかしいと思わないのですか。
そういうところに気配りをせず、堕落した毎日を送っているからこういう目にあうのです。
すなわち、これぞまさしく因果応報。己の行った行為が、己の首を絞める。
あなたは、まぁ、多少おバカなところはありますが、少なくとも愚か者の愚鈍ではない。それくらいは、私だってわかっているつもりです。
だからこそ、私はこういう話を――聞いてるの? あなた」
「あ、うん。聞いてる聞いてる」
「嘘おっしゃい!」
華扇が作ってあげたご飯(なお、予想通り、食材全部空っぽだったので、わざわざ里まで飛んで行って食材を買う羽目になった)をがっつく霊夢。その後頭部に、『有線誘導式華扇ちゃんパンチ』が突き刺さる。
「ったく。
それを食べ終わったら、人里に行きますよ。少しはこの神社に人を呼び込む努力をしないと。
いつもいつも都合のいい時に誰かが助けてくれるわけではないのだから、いつか干からびますよ。あなた」
「うるさいなー、もう。大丈夫よ、それくらい。
今回はたまたま。二度はない」
「とか何とか言って。
二度あることは三度あるを地で行くでしょうが。あなた」
三度目の正直、と言う言葉を主張する霊夢と、華扇の主張は真っ向から対立している。
全く、昔の人間が残した言葉はいい加減だ。
と、それまで黙っていた針妙丸が、『えっと、あの、霊夢さんをあまり怒らないでください』と横から入ってくる。
「あら、どうして?」
「えーっと……その……。
霊夢さん、自分の分の食事とか削って、わたしのご飯を用意してくれてるんです。
わたしが本来は、その分のご恩に報いないといけない立場にいるので……。
だから、霊夢さんは、そこまで悪くないんです」
華扇の視線は霊夢を向く。
霊夢は箸を振りながら、
「家に迷い込んできた野良猫とか、おなかすかせているのに、『自分のおなかが空いてるから』って、あんた、ほっとけるの?」
と、わずかに視線を逸らしながら言って来る。
やれやれ、と華扇は肩をすくめた。
「わかりました」
彼女はそう言って、卓の上に、青娥からもらった温泉饅頭を三つ、取り出す。
「そういう事情があるのでしたら、私も、何も無闇に責めるだけではありません。
今回ばかりは大目に見るとします」
巫女の精神として、『博愛』と言うものは大切である。
それと同時に、自分の身を犠牲にして、他者を守るという自己犠牲精神と言うものも持ち合わせていると、なおいいと言っていい。
人格者なのか、それともただの愚か者なのかの議論はこの際さておくとして、霊夢の持ち合わせたその感覚は、華扇としては歓迎すべきものだった。
「これ食べて、一息ついたら、人里に行きますよ。
私も手伝ってあげますから、少しでも、蓄えを作りなさい」
「これから秋になるし、裏の山のたけのことかきのことか、山菜が豊富になる時期よ」
「そういうサバイバルな生活を送っている巫女の、どこに神性というものがあるというのですか。
きちんと人間らしい生活を送りなさい」
「ちぇー」
「めんどくさがっていると、また同じような目にあいますよ。
次は助けません。いいですね?」
「はーいはいはい」
「本当にわかってるのですか。あなたは」
そもそもですね――、とやっぱりくどくど続く華扇のお説教。
それを霊夢は右から左へ受流しているようだが、華扇から差し出された『自分の』饅頭へ手を出した針妙丸曰く。
『ちゃんと話を聞いて、一応、真面目にやろうとしているみたい』
な態度が、霊夢から垣間見えていたのだそうな。
……あら? 今日はどちらかへお出かけですか?」
「ええ、そのつもりです」
「まあ。それは大変失礼致しました。お忙しい時に」
今日も今日とて、堂々と、真正面から、どうやって来たんだか知らないが、ピンクの仙人茨華仙こと茨木華扇こと華扇ちゃんのおうちを訪れる、青の邪仙、霍青娥。
彼女は手に、「実は先日、廟のもの達と温泉に行って参りまして。おみやげの温泉饅頭を持参したのです」と提げていた紙袋を、ちょうど外出準備中の華扇へと手渡した。
「あら、これは山の温泉の」
「はい。天狗のお宿、という。
あそこは大変に豪華な温泉ですわね。驚いてしまいました」
「私も何度か、日帰りのお湯を堪能させてもらっていますが。確かに、あれだけの設備を備えた温泉は、幻想郷にはないですね」
「布都ちゃんや芳香も大喜びで。
少しお高い出費となってしまいましたが、また行こうかなと思っています。
そこで、温泉饅頭が美味しかったので」
「ありがとうございます。それでは、遠慮なく」
甘いもの好き仙人は、何も洋菓子ばかりを堪能しているわけではない。
和洋折衷、東も西も、もちろん東西南北中央不敗。彼女に苦手なお菓子はないのである。
「ああ、それでは。
あまり時間をとらせてしまうのも申し訳ありませんね。
それでは、わたくしはこれで」
「いえ。構いもせず、申し訳ないと頭を下げるのはこちらの方です」
「いえいえ。それでは」
ぺこりと頭を下げた青娥は、案外あっさりと、踵を返して去っていった。
普段なら、なんらか、よくわからんこと持ちかけてくるのだが、してみると、本当に、今日の目的は華扇にお土産を渡すためだけだったようだ。
もらったそれを片手に提げて、『そうだ』と中身を少し抜いて、華扇が家を後にしたのは、それからしばらく後のことである。
さて、やってきたのは、紅白めでたい巫女さんが、幻想郷の結界と秩序維持と言うとんでもなく重たい任務を背負っているにも拘わらず、ごろごろぐーたらしている博麗神社。
今日も華扇は、そのぐーたら巫女を『さて、そろそろ風も冷たくなってきたから、風邪を引かないように滝行に連れ出してやろう』と思ってやってきたのである。
「霊夢。今日もきちんとお勤めはしていますか?」
舞い降りた神社の境内。
そこには全く人の気配もなく、しかし、掃き掃除だけはきちんとしたのか、落ち葉などが積もっている様子はない。
やれやれ、と華扇は腰に手を当てると、とりあえず、賽銭箱にお賽銭を放り込み、頭を下げてから母屋へと移動する。
「霊夢」
果たして、そこの主は、縁側に寝転がっていた。
ピクリとも動く気配がないところを見ると、寝ているのだろう。
言うまでもなく、博麗霊夢その人である。
「こら、霊夢!」
振り上げた鉄拳が、彼女の後頭部をガツンと一撃する。
――無反応。
おや? と華扇は首をかしげる。
普段の霊夢なら、たとえ寝ていても『痛いわね! 何するのよ!』と起き上がりざまに何らかの攻撃をしてくる瞬間である。
「ちょっと、霊夢。どうしたの?」
軽く揺さぶってみる。
やはり反応はない。
いよいよおかしいと思って、華扇が少し大きな声で『霊夢!』と言おうとした時だ。
「あ、あの、霊夢さん、おなかすかして動けないんです」
この神社の居候、少名針妙丸が、居間のほうからぴょこぴょこ大急ぎで駆けてきた。
は? と思って、華扇は霊夢をひっくり返す。
「……おなかすいた~」
呻く霊夢。
はぁ、と華扇はため息をつくと、
「炊事場を借ります」
とだけ言った。
「全く。何をしているのですか、あなたは。
神社の巫女として、重要かつ神聖な立場にいるであろうものが、腹を空かせて動けなくなっているなど、情けない。言語道断極まれりです。
普段からの自堕落なその態度が、こんにちの状態を招いているのです。
そもそも、神社にお賽銭の奉納が全くないなど異常事態です。何度も言いますが、あなたは恥ずかしいと思わないのですか。
そういうところに気配りをせず、堕落した毎日を送っているからこういう目にあうのです。
すなわち、これぞまさしく因果応報。己の行った行為が、己の首を絞める。
あなたは、まぁ、多少おバカなところはありますが、少なくとも愚か者の愚鈍ではない。それくらいは、私だってわかっているつもりです。
だからこそ、私はこういう話を――聞いてるの? あなた」
「あ、うん。聞いてる聞いてる」
「嘘おっしゃい!」
華扇が作ってあげたご飯(なお、予想通り、食材全部空っぽだったので、わざわざ里まで飛んで行って食材を買う羽目になった)をがっつく霊夢。その後頭部に、『有線誘導式華扇ちゃんパンチ』が突き刺さる。
「ったく。
それを食べ終わったら、人里に行きますよ。少しはこの神社に人を呼び込む努力をしないと。
いつもいつも都合のいい時に誰かが助けてくれるわけではないのだから、いつか干からびますよ。あなた」
「うるさいなー、もう。大丈夫よ、それくらい。
今回はたまたま。二度はない」
「とか何とか言って。
二度あることは三度あるを地で行くでしょうが。あなた」
三度目の正直、と言う言葉を主張する霊夢と、華扇の主張は真っ向から対立している。
全く、昔の人間が残した言葉はいい加減だ。
と、それまで黙っていた針妙丸が、『えっと、あの、霊夢さんをあまり怒らないでください』と横から入ってくる。
「あら、どうして?」
「えーっと……その……。
霊夢さん、自分の分の食事とか削って、わたしのご飯を用意してくれてるんです。
わたしが本来は、その分のご恩に報いないといけない立場にいるので……。
だから、霊夢さんは、そこまで悪くないんです」
華扇の視線は霊夢を向く。
霊夢は箸を振りながら、
「家に迷い込んできた野良猫とか、おなかすかせているのに、『自分のおなかが空いてるから』って、あんた、ほっとけるの?」
と、わずかに視線を逸らしながら言って来る。
やれやれ、と華扇は肩をすくめた。
「わかりました」
彼女はそう言って、卓の上に、青娥からもらった温泉饅頭を三つ、取り出す。
「そういう事情があるのでしたら、私も、何も無闇に責めるだけではありません。
今回ばかりは大目に見るとします」
巫女の精神として、『博愛』と言うものは大切である。
それと同時に、自分の身を犠牲にして、他者を守るという自己犠牲精神と言うものも持ち合わせていると、なおいいと言っていい。
人格者なのか、それともただの愚か者なのかの議論はこの際さておくとして、霊夢の持ち合わせたその感覚は、華扇としては歓迎すべきものだった。
「これ食べて、一息ついたら、人里に行きますよ。
私も手伝ってあげますから、少しでも、蓄えを作りなさい」
「これから秋になるし、裏の山のたけのことかきのことか、山菜が豊富になる時期よ」
「そういうサバイバルな生活を送っている巫女の、どこに神性というものがあるというのですか。
きちんと人間らしい生活を送りなさい」
「ちぇー」
「めんどくさがっていると、また同じような目にあいますよ。
次は助けません。いいですね?」
「はーいはいはい」
「本当にわかってるのですか。あなたは」
そもそもですね――、とやっぱりくどくど続く華扇のお説教。
それを霊夢は右から左へ受流しているようだが、華扇から差し出された『自分の』饅頭へ手を出した針妙丸曰く。
『ちゃんと話を聞いて、一応、真面目にやろうとしているみたい』
な態度が、霊夢から垣間見えていたのだそうな。