Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

げんそうのしゅごしゃ。

2015/09/16 19:52:50
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春くらい。

大天狗の庵であった。

「初春、大天狗さまにおかれましては――」
「あぁ。ええ。苦しゅうすぅな」

大天狗は言った。文はは、と答えた。隣を見やれば顔見知りの同じく(おなじく、と文は思っていないが)烏天狗のはたてが並んで頭を下げて伏している。大天狗の一言ではたてが頭を上げるので、文も目をそらして大天狗を見た。

「そいで、為して我等どもを召喚せしむる用というのは、如何な事でありましょうか」
「お前たち二人、最近仲がええと聞いておるが、真か?」
「いえ、私がこの餓鬼に合わせてやっているだけです」
「そうです、どちらかと言うと私たち不倶戴天です。あ、一番は天魔様ですけれどね」

同時に言って、気配で殴り合う。がっちりと組まれた、無形の気組みが見てとれるのか、「まぁ仲はええようやな」と、大天狗は言った。

「日頃人に入り混じるだけあってさすがに八雲の賢者は目が座っとるちゅうことかい」

大天狗は言った。文が何か言う前にどこかから取り出したでかい枡をとん、とん、と文とはたての前にならべ、無言で酒を注ぎ、「ま、飲め。まずは一献」と言い、は、は、と押し戴く二匹に合わせるようにか、残った酒瓶をらっぱにあおる。

「ええ酒じゃ」
「八雲の賢人でございますか」

文は言った。はたては黙っている。酒はすでに二つとも空だった。大天狗が言う。「ふむ」

「特命よな。や、がぁ、構える事では無きや。急な用事と向こうは言うとるが、あいかわらずあのスキマ妖怪は何考え食らわしとるかよぅわからん。重々気は張ってけ」
「して如何様な」
「現世、外の世界に指名する者を二匹ほど寄越せとの事、一匹がおまンで姫ごのはこっちで指名さして貰うた。重ねるが、あのスキマ妖怪の頼み事じゃぁろくな事はあって無しからず、それと一重、お山の名前で受けておるからへっぽこなことがあればお前ら二匹ともあとでシゴゥやぞ」

は、はは、と文ははたてと共に平伏した。


現世。といえ、正確には結界の中も現世であることに変わりないので単に外の世界。


(はーぁ)

光化学すもっぐがきらきらと空を覆う街中を人混みに紛れ、文は疲れた息をついた。隣のはたては物珍しそうに辺りを見ているが、話しかけてこようとはしない。普段掛けないメガネが邪魔して瞳の動きが見えづらいが(さっきまでは色々喋っていたが文の反応が味気なく、その内独り言に変わっていった)。

「あ。文。見て見てほら。あんたの同輩がいるわよ」

ブロロロロロ。
ちょうど止まった車がまた通りすぎるのを待って、文は手元のメモに目を落とした。

「十五時三十二分。もうちょっとか……」
「何すんのよ!?」
「やかぁしいボケが。誰が生ゴミついばんで地域住民に迷惑かけてる恥知らずな焼き鳥どもと同輩か。失礼なこと言うな」

文は言った。ついとメガネを押し上げる。
伊達メガネではあるが、地味に妖怪の目にはしぱしぱと汚染ぎみな空気が刺さるので、飾りというわけでもない。結構躊躇なくぶん殴ったのだが、はたては堪えたようでもなく、頭をさすって言う。

「あんたも昔カラスしてたって言っていたじゃないの。だから本当の事言ってみただけなのに殴るとかもうね」
「うっさいわ。あのなー! 私はなー! 天孫方の所で厳しい修道を経てなー! それをなー! おまえー!」

そこまでまくし立てて、「うっぐぇほぐえほっげぇーほっ!!」と、文は咳きこんだ。ひとしきりむせてから「ふん」と咳払いする。

「まったくどうにも外は苦手だわ。店は店でヘンに空気が渇いててむずむずくるし」
「私は別に平気だけど……年齢のせいじゃない?」
「おまえなーっ!!」
「あ、文! バス来たわよバス!!」



峠近くのバス停。

結局文がはたてをしめ上げるのにバス一本分を乗りすごしたために予定より遅れた到着となった。人里はなれたところで降りる地味な格好(昨今の娘らの服よりはずいぶん飾り気や化粧っけも薄いのでお上りとでも思われていたのだろうが)の若い女二人組を怪訝に思った目もいくつか感じたが、追及されることもなく、予定どおりの場所を確認する。すでに日の落ちそうな時分というのもあったろう。

「あー。山近くはちょっとはマシね――おぅっ!!?」

いきなり道ばたでげぇ~とやりはじめた文から、はたてが飛び退く。「あ~すっきりした」と文は言って、口元をぬぐった。

「なにか静かだと思ったら我慢してたの?」
「乗り物は苦手なのよ。さてと、こっちの道を」
「ちょっと寄らないで、ちょっとゲロくさい」
「山の方か……遊園地? あぁ、アレかしら」

文は言った。道はのぼり坂の上の方だが、ちょうど木々がなく見晴らしもいいそこから、大きな観覧車と建設会社のハタが見える。遠目に見た感じでも建設途中で止まっている、もしくは廃棄されたまま時が経過している風に見えた。はたてがちょっと押さえていた口元から手を離し、メガネのツルを癖のようについと押しやる。

「今時あんなのあるのねぇ。こっちでも大分昔の話だろうに」

薄い浅葱色のカーディガン(その下は春物のツーピースという地味な姿に短靴を履いている。文は薄手の明るめな黒のブラウスにスカート、ガーリーなシューズだが、足元が心もとなくて仕方ない。はたては平然としているが)にちょっと手をこすり、腕組みする。
スキマ妖怪の要件としては、文ともう一人(こちらは先述どおり、お山の側の要求ではたてとなったが、天狗特有の気位の高さからくるもので特に意味はないと文は判断していた)指定した者を現世に派遣し、特定の場所へ行き、そこを調査せよ、とのことだった。本人にも直接訊いたが、もちろんそれ以上の事は聞けなかったし見い出せなかった。(本人はうさん臭く何を考えているか分からないと言われるが、直近に接する機会のある、とくに人間に近い者からすれば、彼女は大ざっぱで抜けているところがあるとも評するだろう。それでいてスキのない奴であるのは認めるが)

(直接行って確かめるしかないということね)

よくも悪くもだ、と付け足して文はさっさとはたてを促して歩き出した。空は飛べないのでもちろん徒歩で行く。


真っ暗。

侵入して建物のひとところ、入ってみると中は予想以上にぼろく荒れており、(だからどうしたというくらいだが、妖怪、ことに天狗にとっては)ぽっかり開いた自然の穴から天の星がちかちかとまたたいて見えるが、中は暗い。とはいえこれも文たちの目には何ということのないもので、フェンスを乗り越えて中に入ってからは、ちゃくちゃくと中の調査は進んでいた。
正しくは調べるほどのものがなかった。

「何もないわね」

はたてが気楽に言う。足もとがごちゃごちゃして歩きにくい以外はただの放棄された建物だ。

「外のゲームなんかのネタだとここで怪物やゾンビが出てくるんだけれど」
「ぞんび? 何それ」
「西洋の妖怪だって。人間の死体が呪術や病原菌で動いたりして人間を喰いにくるらしいけれど」
「ふーん」
「私が今ハマっているのもそういうネタのゲームで」
「聞いてないわよ」
「ショッピングモールのホールにあふれんばかりのゾンビが集まってくるのをプロレス技でなぎ倒したり」
「だから聞いてないって」
「面白いのに。文もゲームやりなさいよ。たまには外界の堕落した娯楽に関心をもたないとババアって言われるわよ」
「うっさい若造」

ガシャン!! ウィー、ウィー、ピロロロロロ、ピロロロロロ。コンニチィハーテッテロテロテロテンテロテンテンと、ものすごい音量で鳴り出した音に「うおっ!?」と、はたてがびびった声を上げた。音のしたほうを見やると、なぜか(何かのマスコットだろうか)何か妙に頭のでかい動物、クマだろうか。ネコやネズミならアウトだが、が、二本足で立った様子の乗り物っぽいのが、突然なんの前触れもなく動き出したようだった。それはしばらくしてぴたりと、これまた唐突に止まり、辺りを静まり返らせた。

「び、びっくりした……って文、何隠れているのよ」
「いえ、爆発したら盾になるかと思ってね」
「悪びれてない!?」
「ちょうどいいわ。そのまま近づいてそいつを調べてちょうだい、何か起きたときのために私ははなれて見ているから」
「いや、あんたも調べてよ」
「うかつにさわって感電とかしたら危ないでしょう? 古いものだから爆発とかはあるかもだし」
「私スケープゴートかよ」

ぶつぶつ言いながらもはたてがおそるおそる動いた機械を調べはじめる。その間、文は宣言どおりあたりに何とはなしに視線をやっていた。

「うーん。よくわかんないわね。でもこれってたぶん河童とかがよく無縁塚から拾ってきて、直してるあの不気味なやつに似ているわね。ほら、外の世界の硬貨をいれるとガコガコ動いてなんか音ので楽とかも流すやつ」

そこまで言って、どん! とはたては横から突き飛ばされた。「ほぇ?」声を上げつつ、今度は反対からさらに強い衝撃が襲い、吹っ飛ばされて思わず転げ、パンツがチラ見えする。
はたてが転がっているあいだに文ははたてをぶつけてやった黒い影に、もってきた懐中電灯を浴びせたが、姿が映る間もなく、何者かはざざっと消えた。
ただし文の目はその姿をしっかり追っていた。だが何もせずに逃がし、消えていった方を灯りで照らし、しばらくして消した。

(ふむ)

何かがいた、が、形までは分からなかった。天狗の自慢」の鼻もあいにくこのガソリンや機械油らしい匂いがする中ではほとんどつぶれている。かすかに獣臭かった猪か何かかもしれない。

「はたて。向こうに行くわよ」
「ってあんた!!」

はたてがつめ寄ってきた。文は構わず進んだ。

「獣かなんかかなぁ。でも妖怪のたぐいならここなら山も近いし」
「ちょっと! 待ちなさいよ! 異議とかいろいろあるんだけど聞いてもらいたいことが! 聞けよ!」
「あ。パンツは写真に収めたから」
「はやっ!! 何という早業! 違うわよ!」

ごちゃごちゃ言ってくるはたてを早足でいなしつつ奥に進む。そもそも外の世界に長いこと疎い感じの文にはここの建物自体がこの園地の中でどういう役割のものだったかよくわからないし、はたてに意見を求めるのも不毛に思われる。しかしひとつだけ思い出されていたのはそういえばここに来る前にはたてが言っていたことだ。たしかに外の世界でも今どきこのようなもの、つまりは廃棄された大遊園地などというものが残っているのは古くさい。残っているのには何か理由がある。単純でつまらない理由ならいいが、まれに、今の現代社会の世においてもまれにだが、「そういう」理由というのもある。そして、そういうものの大概は大外れの枯れ尾花だが、妖怪や実際の化け物の身からすれば、別の意見もまたあるのだ。


しばし。

進んではみたが、そこに別段何がいるわけでもない。ただしあの黒い影もいないようだった。ここに住み着いている獣やなんかなら見つかるはずだし、そこらに抜け道があって見つからない、どちらも考えられた。しかし軽く文は探してみたが、獣らしいフンもなかった。サルやネズミのフンは散見されたからそれかもしれないが。サルならはたてに引っかき傷やかみつきの一つも加えているだろう。文はふと後ろに目をやったが、文句ありげにはたてが背中を向けているだけだ。叩くなら今がチャンスだがあまりに意味もないのでやめておく。

「何もないわね。次に行くか」
「危ない! 文!」

ごん!! とふりおろされた板状のものにはたかれて、文は重力の向くまま前に倒れた。ギャッ! ギャギャッ!! と、甲高い音がして、ドタタ、ドタと逃げる足音がする。しばらくして静かになると、はたてがふっと息をついた。

「なんだ猿か。危ないところだったわ。大丈夫? 文」

答えずに文は起き上がって(床に直接のぺったせいで木くずやフンだらけだが)ばっばっと服を払い、「……。サル?」と聞き返した。顔についているものがネズミのフンとかでないことを願い、引き払う。
はたては化粧板のきれ(ひと抱えはある。これで殴ったらしい)をそこらに放り捨てつつ言った。

「ってあんた何も言わないと逆に怖いんだけど」
「あんた顔にサルのフンついているわよ。さっき言わなかったけど」
「えっまじ」
「嘘だよ。おかしいわね。どこにいたのかしら。まぁいいか。何もないみたいだしそこのバカ天狗ビッチを物理でファックしてそろそろ帰ろうかしら」
「暴力はよくないと思うわ」
「やかましい。ここのクソみたいな荒れた床の味をあんたにも舐めさせてやるけぇ、たっぷりカクゴしん――、ん?」

「え?」と視線をそらしたはたてに「ドーモ、はたて=サン!!」と、叫んで文は飛び蹴りを喰らわした。加減しなかったので、けっこうシャレにならない勢いではたてが吹っ飛んで床をなめ、さらには向かう先の壁際にあった装飾の入った(遊具のひとつのようだ)乗り物らしいカゴのような物体に衝突しガォン、とものすごい音と埃を立てる。文は何事も無かったように足を下ろすと、誤作動したのか何かの電子音的な音楽が鳴り響くなかを、目的のものの近くまで歩いていき、ひょいと持ち上げて確認した。
しばらくして復帰したはたてがゆらゆら近づいてくるのは感じていたが、ちょっと考えこむ。これはどう捉えるべきか。

(ふ~む)
「ハイクを詠め、カイシャク!」
「待ってはたて。これ」
「いいえ。もうカウントはゼロよ。ヒャア! 待てねえ!」

言いつつも、はたても差し出されたものを見ると、文の様子を推し量ったのか、差し出されたものを見た。
手袋だ。ただし人間の手首にはまったままの。腕時計もついており、そこから先で千切れた破片のようだ。はたても手に取ってそれを確かめる。

「死体? 殺人事件?」
「人間だって馬鹿じゃないわよ。というか切断されたものをわざわざ無造作に放り捨てていくのは不自然でしょ」
「動物が咥えてきたんじゃないの? 野良犬くらいいそうだし、この調子だと」
「でもこの切断面は刃物によるものだと思うけれど」

ばっばっとはたてが服を払う中、突如笑い声が響き渡った。


しばし。

笑い声とは言ったが、それは例の遊具の一種がまた誤作動だか何かしているようだった。そういえばここの電源や何かはどうなっているのか、今になって改めて思い直すが、まぁそれは通っていることもあるのかもしれない。文の頭では知ったことではない。文たちがやってきたときにはそのおどろおどろしい(と、人間向けにはそうなるのだろう)白々しい芝居がかった子供だましの雑音は止まり、作動していた遊具……の一部だか何だかは止まったところだった。文も機械仕掛けのそばに寄ってとりあえず外見を確かめてみる。
それから無言で立ち上がると、スカートのポケットに入れていた例の手首を取り出して、少し臭いを嗅ぐようにした。

「げっ、それ持ってきてたの?」
「証拠品でしょ」
「バチ当たりというか何というか、そういうのあるじゃない?」
「この時計、まだ動いてるわ」
「ん?」
「臭いもきつくない。新しい死体ってことよ。で、偶然殺人犯だかなんだか。そいつが遺棄していったのを野良犬だかが持ってきて置いた。あるいは殺人犯だかが野ざらしで捨てていったのを、私たちがちょうど折良く見つけた。まぁそういうこともあるだろうからそれはいいんだけど」
「まぁ……そうね」
「すると捨てていった奴は私たちのすぐ近くにいたことになる。別の入口から出たんならすれ違わないけれど」
「まぁ、そうかもね?」
「さっきは言わなかったけれど、実はあなたを蹴飛ばしてあそこにいた奴に当てる前にちらっと見えたのよね」
「私のパンツ?」
「それも。あと人影だかなんだか。私たちに接触しないで消えたみたいだけれど」
「じゃあ殺人犯が隠れていたんじゃないの? どっちにしろあんまり大した問題とも思えないけれど」

はたてが言う。文はふむと呟いて考えこみ、またちょっと手首(あまり若くもない女のようだ。わりと太めの体形だったのだろうことが腕時計のバンドから伺える)を見てから、やがてぽいとそこらに捨てて歩き出した。「あ~ぁ」と、はたてが気にするような声を上げる。

「仏さまに叱られるわよ」
「大丈夫よ。怒られるのは死んだ後よ、こんなところじゃ」

文は素っ気なく返した。


また、しばし。

元のところまで戻り、何者か、あるいは何か、(とくに手首の落ちていた一画を重点的に調べたが)それか少しの手がかりでも探したが、怪しい点は見つけられなかった。相変わらず鼻はにぶっているが血の臭い一つ――ガォン。
そんな音だったと思うが、ものすごい重量感のあるものに後頭部を殴打され、ガン、ガッ、と鈍い音がはね返るのに(首ごと持っていかれそうな衝突ではあったが、文は頭を押さえて数瞬うめいただけだった)、なんとか顔を上げ――視界のはしに自分を直撃したらしい、例のふざけたマスコットの類似ぽい機械のからくり詰めの頭の部分が視界のはしに映る――、飛んできた方を見やると、音に反応してこっちを見たらしいはたてと目をぱちくりさせているところで目が合ったので、素早く理解を閃かせると歩みよってむんずと胸ぐらを掴む。

「え? え?」
「いやいやいや。いやいやいやいや」
「いやいやいや! いやいやいやいや! 今のは私じゃないって!」
「ほう、今のが何が起こったか正確に把握しているわけね。言致は取れました。処刑しまーす」
「違うわよ!! あっほら文の顔にだらだら流れている頭からの流血! 私の角度からではそこを狙ってあんなの投げつけるのは物理法則がムリって証明してくれると思うの!」
「おい!! 誰かいるのか!!」

大声がした。鋭い声である。とっさに文は懐中電灯の光がこちらを照らすのと、それを持っている人物とを見比べ、ぐぃ、とはたてをひっぱった。「おぅえ!?」はたては息が詰まったようだったが、とりあえず一気に懐中電灯を照らしてきた人物――一人か。制服? と、文はいぶかった――の横をすりぬけ、制止の声を聞きながら、ぐりっと「ぐぇ」強引にはたてをひきしぼり、「ほら、走って!」と、一喝した。はたては目を回しながらも「ちょっと!? いいの――」と、言ってきたが、それより早く、文は手近な窓を割り、そこから外に勢いのまま飛び出し、駆け抜けた。


はたてはついてこれたようだ。


「ちょっと。いいの?」

はたてはちょっと息をはずませつつ(外界では能力が制限されるようなことはないが、身体に鉛のような重たい感じが終始つきまとう)言った。文は答えた。

「いいのよ」
「よくないんじゃないの?」
「制服着た人物とは関わっちゃ駄目、って外に出てくる前に聞かなかったの?」
「あ。制服着てたんだ。警官?」
「たぶんねぇ」

文は言った。はたては不服、というかやや不安そうだ。言う。

「結局何もわからんわからんで出てきちゃったんだけれど……」
「でも警察だか警備員? だか、私たちの姿は見られているでしょう? 事実確認は不明だけれど、今後しばらくあそこに立ち入るのは人の目を引いて危ないと思うわよ」

文は空を見た。そろそろうっすら明るくなり始めている。

「私たちがあそこに入っていくのが通報されたんだか、警官ならひょっとしてあの身元不明の死体の当人を探していたのか――どっちみち調査に当てられているのは二日だし、確かめようがないでしょう。帰った方が無難て言うね」
「けどこのまま帰ったら大天狗様が確実にシゴキがさぁ~」

はたてが言う。文は言った。

「適当に脚色して事実を事実として書けばいいのよ。大幅に誤魔化して。色々と」
「例えば?」
「まぁあそこが実は外の世界に残っている妖怪どもの一大住み家になっていてね。中に入った私たちを襲う面妖な仕掛け、そして悪意に満ちた罠。『スキマのやつに嵌められた!』そう直感した私たちは流血の手傷を負いながらも――」



……。静寂。


「ふぅ、やれやれ」
「上手い事いったようです」

暗い室内、数々のモニターが園内の様子を切り取って照らしている。「ん。御苦労」と、モニタの前の椅子でかるく機器を操作して、老齢くらいの男は言った。警官の制服が折り目正しく光に照らされている。

「何処ぞの人外でありましょうや? 見たところどちらも相当高い妖のように思われましたが」
「ふぅむ……」

老齢の方が言う。モニターの光がとぎれ、室内に暗闇が満ちる。心なしか闇の中に老齢の男の目が浮かび上がって光り、もう一人立っている男の目もぼんやり光って見える。

「……まぁよう分からん。捨てちょうけ。どっちみち追跡も見事に撒かれちまったようだしのぅ。それよか下下の連中が騒いどろうしとうから、何人かでなだめすかしちょけ。はぐれがどっからか迷いこんだちゅうことにしておけばええ」
「重々得ました。では」

男はぬるんと闇で姿を変えたようにも思われ、そのまま部屋の床にしみ込んで消えた。「天狗か」と、老齢の男は一人残って、しばらくしてからぽつぽつ言った。

(お外道様とはのう)

人間連中が解体をケチ渋るのに尤もな噂を流してがらんとさせたこの建物を彼とその一派と徒党が棲みついてから細々暮らして数十年かそこら。昔のように依り所を喪ってはろくに身動きもとれず、時折めぼしい人間を狩って喰うだけの日月の中でも、彼はほそぼそと、しかし着実には外の様子を知り、もはやこの国の妖は枯れはて、自分らもいずれこのまま忘れ去られるという結論を出していた。
二百年ほども前になるか、彼の目の前にやって来たふてぶてしい女、でっかい力を持つ黄金色の目に眩しい狐妖怪を従えたあの女が彼に約束していったこと。いつか妖怪の楽園に彼らを招待し、永住を約束すること。
戯言としか思っていなかったが。

(まったく底意地のひねくれた遣いの寄越し方をする)

一個だけ点灯したモニタに例の二人組を映しつつ、彼はあご(人間で言うならそれにあたるような仕草で)をなでつつ、思考した。
天狗が相手ではさすがに引き上げるところまでにはばれてしまうだろうが、引き返した追跡の者とは別に、内密につけさせた手練がいる。うまいこと話をつけてくれるだろう。
モニターが消えた。


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